保守党少数政権の行方

68日のイギリス総選挙の結果、保守党は、前回の2015年総選挙から13議席減らして318議席にとどまり、過半数を獲得できなかった。そこでメイ首相は、10議席を獲得したDUP(北アイルランドの民主統一党)の支持を閣外協力で得、少数政権を運営していくこととした。この合意で本当にメイ政権はやっていけるのだろうか?

保守党とDUPの合意で、全650議席のうち過半数(650の半分に1を足したもので、小数点以下切り捨て)を意味する326議席を2議席上回る。ただし、シンフェイン(北アイルランド)は、女王に忠誠を誓うことを拒否して下院の審議に参加しておらず、今回もその旨を明確にした。そのため、事実上の過半数は322である。

メイは、EUとの交渉が始まる前に、その立場を強くするためとし、必要のない総選挙を実施したが、13千万ポンド(182億円)の公費を選挙に使った上、議席数を減らした。権威を失ったメイ政権は、そう長く続かないだろう。保守党をまとめることも難しく、しかもかなり極端な政党であるDUPへの対応も簡単ではない。恐らく年内、遅くとも来年前半にはメイの後任が選ばれ、直ちに総選挙となるだろう。

総選挙結果

政党 議席数 増減 得票増減%
保守党 318 -13 +5.5
労働党 262 +30 +9.5
SNP 35 -21 -1.7
自民党 12 +4 -0.5
DUP 10 +2 +0.3
シンフェイン 7 +3 +0.2
プライドカムリ 4 +1 -0.1
緑の党 1 ±0 -2.1
無所属 1 ±0  

投票率68.7%
SNP
:スコットランド国民党
DUP:民主統一党

保守党の中の問題

保守党が一致結束してメイ首相を支えれば、この政権がしばらく続く可能性がある。しかし、それはかなり難しい。

最大の課題であるEU離脱交渉では、離脱派と残留派の対立が表面化するだろう。メイ首相はこれまでEUの単一市場並びに関税同盟に残らないとし、EUと新しい自由貿易の枠組みを作ることを想定してきた。しかし、権威を失ったメイ首相は、すでに内閣改造をする力も乏しく、そのような枠組みへの党内調整能力はないだろう。

しかも619日に始まる、EUとの交渉ではいわゆる「離婚料」の問題がある。EU側は1000億ユーロ(123500億円)を求めてくるという憶測がある。これがもし、600億ユーロ(74千億円)程度で落ち着いたとしても、保守党内に、これまでのイギリスの貢献額を考えれば、むしろお金が返ってくるはずで、一切そのような「離婚料」を支払う必要がないという考え方がある。その金額の多寡にかかわらず、党内の考え方をまとめることは難しい。

党内の問題は、EU離脱に関わる問題だけではない。例えば、メイ政権は、ヒースロー空港の第3滑走路の建設推進を決めているが、今でも空港周辺の保守党下院議員たちには不満がある。飛航路のリッチモンドパーク選挙区で当選したゴールドスミスは反対派だが、今回の選挙ではわずか45票の差で当選した。ロンドンとイングランド北部を結ぶ高速鉄道HS2建設問題など、それぞれの地元の事情でメイ政権の政策に反対する議員が少なからずでるだろう。

しかも党内の右左の問題もある。福祉政策などをめぐり、対立が表面化する可能性もある。

DUPの問題

DUPは、もともと過激なロイヤリスト(イギリスとの関係を維持する立場)だった牧師イアン・ペーズリーの設立した政党である。1998年のグッドフライデー合意に反対。2006年のセントアンドリュース合意で、仇敵だったシンフェイン(アイルランド共和国との統一を求める立場)と北アイルランド分権政府をともに運営していくことに合意したが、それまで北アイルランド政治の異端だった。

今でも同性婚反対、妊娠中絶反対などかなり極端な政党である。一方では、過激ロイヤリスト武装集団との関係が今でもあると見られている。このため、従来の保守党政権はDUPと深い関係にならないよう注意してきた。

北アイルランド最大政党であるDUPのフォスター党首は、北アイルランドの首席大臣だったが、ビジネス相時代に推進した再生エネルギー政策の大失敗で、その後始末のコストが49000万ポンド(690億円)に上ると見られている。この問題で、北アイルランド議会は解散され、3月に北アイルランド議会議員選挙が行われた。しかし、この問題は解決に至っておらず、未だに再開されていない。

本来、イギリスの中央政府は、この北アイルランドの問題に中立的な立場で臨み、利害の対立する政党を融和させ、話し合いを促進させる立場にある。しかし、メイ政権がDUPの支援を受け、その中立性が失われてしまった。北アイルランドの分権政権回復が難しくなったのは間違いなく、現在の中途半端な状態が慢性化する可能性がある。

すなわち、今回の合意で保守党が支払う代償は、そう小さなものではない。

次期総選挙

保守党が、党内の対立を防ぎ、DUPの枷を一刻も早くなくしたいと考えるのは当然だろう。そのベストの方法は、党首を入れ替え、総選挙を実施し、勝つことである。野党労働党のコービン党首の人気が高まっていることから、人気の点で対抗できるのは、現外相のジョンソンである。すなわち次期保守党党首・首相にジョンソンが就任する可能性は高い。

コービンは2017年総選挙で勝てなかったが、その評価は大きく上がった。労働党内の反コービン勢力の多くが、コービンのリーダーシップを称えた。一般でも、若者だけではなく、コービンを評価する見方が広がっている。

今やコービン率いる労働党は、これまでよりはるかに統一され、活性化された集団となっている。恐らく、労働党は、今回の総選挙直後に政権に就かなかったことを幸運だと考えているだろう。少数政権ではできることが限られているからだ。次期総選挙が実施されるのはそう遠い先ではなく、その準備に既に走り始めていると思われる。

コービンにとっては、次期総選挙、そして政権に就くまでの準備が十分にできることになる。柔軟性に欠けるメイ政権が早晩挫折するのは間違いなく、次の総選挙では、人気はあるが、信念の乏しいジョンソンを党首に抱く保守党をコービン労働党が大きく破ることとなるだろう。

その際、労働党は今回の総選挙で掲げた政策を実施していくこととなる。保守党は、コービンの政策は「魔法のお金のなる木」に頼っていると主張した。しかし、その経済政策は、ノーベル経済学賞を受賞した、アメリカのジョセフ・スティグリッツが「慎重に練られた計画」だと評価している。

いずれにしても、これからメイ政権への重圧は高まる一方で、メイ首相にとっては非常に厳しい政権運営となる。