道遠い自民党

自民党のファロン党首は、労働党の党首に再選されたコービンが野党第一党の党首として失敗した、労働党がその役割を果たさなければ、保守党のBrext政策に対し自民党が反対する用意があると主張した。

2010年総選挙で57議席を獲得した自民党(Liberal Democrats)は、選挙で過半数を獲得できなかったキャメロン率いる保守党との連立政権に参加し、当時の党首のクレッグは副首相に就任した。連立政権では、課税最低限度額の大幅アップや児童への無料昼食などを推進し、また、保守党の行き過ぎを止める役割を果たした。しかし、自民党が総選挙で約束した大学授業料アップ反対に背き、大学の授業料3倍増に同意。その次の2015年総選挙では、自民党の議席が半減するとの予測を大きく下回り、わずか8議席獲得したのみ。クレッグが党首を辞任し、ティム・ファロンがその後任となった。

それから1年。世論調査での支持率は6%ほどと停滞し、ファロンの知名度はほとんど上がっていない。世論調査によると、現在の支持者の85%は連立政権に参加したことに意義があったと感じている。また、2010年に自民党に投票したが、2015年には他の政党に投票した有権者の4分の3は、次の総選挙で自民党に投票することを検討するという。しかし、その7割は、自民党の目的をわかっていない。また、有権者の3分の2が、ファロンがどうしているか知らない。

6月23日の国民投票で、イギリスがEU離脱を決めた後、自民党に2万人近い人が入党し、今や7万8千人ほどになり、1990年代半ば以来最大レベルである。一時、2014年4月には、党員数が4万4千まで落ち込んだと言われるが、2015年総選挙直後、そしてEU国民投票後の増加で、現在のレベルまで回復した。また、コービンが党首に再選された後、1日で300人が参加し、党大会以来の1週間で1千人が加入したという。

自民党の党大会の締めくくりの演説で、ファロンは、Brexitについて、事実上の2度目の国民投票となる、EU離脱交渉の成果についての是非を問う国民投票を提起した。ただし、これには自民党が全体として賛成しているわけではない。例えば、ケーブル前ビジネス相は、そのような試みは有権者の意思をバカにしているという。また、ラム下院議員も反対している。ファロンは、自民党が親欧州政党であり、国民投票後の入党者の増加を勘案し、特に残留を求めた有権者の支持を求めようとしているが、既に国民の多くはBrexitを受け入れ、しかも恐れられていた経済ショックがまだ具体的に表れていない中では弱いかもしれない。しかし、ファロンは、他の政党と異なることを訴えて、注目を集める必要がある。

ファロンは、さらに、労働党のブレア元首相を称えた。ブレア政権はイラク戦争参戦の汚点がついているが、イラク問題などを除けば多くの称賛すべきものがあるとする。例えば、NHSへの投資、最低賃金制度の導入、労働者の権利の向上などである。ファロンは、ブレアを引き合いに、強硬左派のコービン率いる労働党の中道左派、さらには、右のメイ政権の中道右派を引き寄せようとしているようだ。既に傷ついたブレアの名前を出すことでその当初の目的を成し遂げられたか疑問に思えたが、それ以降、千人の入党者があったことから見るとある程度の効果はあったようだ。

それでもファロンの問題は、メイが右の立場から、少数特権階級ではなく「誰にもうまく働く国」というレトリックで中道まで惹きつけしようとしている一方、コービンが鉄道などの「国有化」、「社会正義」などで、強硬左派の立場をはっきりさせている中、自民党の立場が中道というだけで、はっきりしていないことにあるように思われる。

かつて自民党は、保守党ではなく、労働党でもないということで支持を受けていた時代があった。2010年の連立政権交渉で、連立政権に参画する代償として、下院の投票制度の改革(AV)の国民投票実施を保守党に約束させたが、その背景には、保守党や労働党の支持者が、それぞれの選挙区で支持政党が当選する可能性が乏しい場合、より当選可能性の高い自民党候補者に投票する傾向があったことがある。しかし、現在では、特に労働党の支持者が自民党候補者に当選する可能性がかなり少なくなった。自民党が保守党と手を組むことを警戒しているためである。

時代は変わった。2010年には、自民党と保守党との連立の可能性はほとんどないと思われたが、労働党のブラウンを嫌うクレッグが党首で、しかも2010年総選挙キャンペーンではクレッグブームが巻き起こり、クレッグの権威が高かったために実現した。イギリスに経済危機が襲うのではないかとする見通しが高まり、政治の安定が強く求められていた時でもあった。ケネディ元党首が、保守党との連立政権に反対したが、そのような声は少数派だった。自民党の党員は、キャメロン政権でクレッグらが成し遂げたことに今でも誇りを持っている。

ファロンはコービンの労働党を批判し、反メイ保守党政権の有権者の支持を集めようとしている。しかし、その回復への道はまだかなり遠い。