高望みしすぎのメイ首相

7月13日、キャメロン首相が辞任し、メイ新首相(59歳)が誕生した。キャメロン首相は、第2のアンソニー・イーデンとも揶揄されている。イーデンは、1956年のスエズ危機で誤算し、イギリス兵を送り、自滅した元保守党首相である。戦後のイギリス首相のランキングでイーデンは最下位に置かれるが、6月23日の欧州連合(EU)国民投票で計算を誤ったキャメロンは「EU離脱の首相」として歴史に残ることとなると見られている。

キャメロンは、2010年当時の不安定な経済状況から、首相として財政赤字を半分に減らし、また、G7でトップクラスの経済へ導いた。運営の難しいと思われていた自民党との連立政権を5年間うまく運営し、2015年総選挙では、保守党として1992年以来の過半数を成し遂げた。2019年には首相を退くと見られていたが、キャメロンは、既に2度のレファレンダム(自民党の求めた下院議員選挙へのAV 選挙制度の導入、スコットランド独立)で勝っており、さらに6月のEU国民投票でも勝ち、首相在任期間9年の、歴史に残る業績を成し遂げた首相となるのではないかと見られていた。しかし、このEU国民投票で敗れ、キャメロンの命運は尽きた。キャメロンは、これからの数年で、自分の政治的遺産をまとめようと考えていたようだが、時間切れとなってしまった。

一方、EU国民投票で残留派だったが、あまり目立たないようにしていたメイは、イギリスのEU離脱でほとんど傷を受けなかった。そしてキャメロンの後継首相となる最大のライバルと見られていた、残留派のジョージ・オズボーン前財相と、離脱派のリーダーだったボリス・ジョンソン前ロンドン市長が脱落した結果、首相の座が転がり込んできたのである。

メイは、バッキンガム宮殿で、エリザベス女王に首相として任命された後、ダウニング街10番地の首相官邸の前に立って、首相として初めてのスピーチを行い、「誰にもうまく働く国」を築きたいと抱負を述べた。ただし、目下のイギリスの最大の課題は、EUからの離脱にいかに対処するかである。保守党党首選での7月11日の演説では社会正義に重点を置き、さらに残留派、離脱派で割れた保守党の融和、その上、女性を閣僚級に大幅登用する計画など、必ずしも関連していない多くの課題を一挙に解決しようとするメイの試みは、すべてがそう簡単に成功するとは思えない。

メイのこれまでを見ると、危険なことを極力避けてきた、いわゆる優等生タイプのようだ。メイは、小さなことにこだわりすぎ(マイクロマネジャー)、コントロールフリークとも言われる。それがゆえに内相として6年間やってこられた。そして首相の地位が回ってきたと言える。しかし、首相には、内相とかなり違う能力が要求される。その一つは、いかにそれぞれの大臣に権限を委譲し、それぞれの能力を最大限に発揮させるかである。コントロールフリークには、そのような転換は極めて困難なのではないか。むしろ、目的を広げようとすればするほど、自分でコントロールできる範囲が狭まり、その狭間で苦しむことになりかねない。

メイの場合、内相としての業績がそう優れていたとは言えない。犯罪の数が減ったと言われるが、その原因ははっきりしていない。最も注目された、正味の移民数を10万人未満とする目標は、最終的に33万人と全く達成できなかった。イングランドとウェールズの41警察管区で設けられた犯罪・警察コミッショナーは、成功したどころか、次々に問題が起き、2015年総選挙の労働党のマニフェストでも廃止するとうたわれていたが、保守党の中でも失敗だったとする声がある。メイが内相として6年間生き延びたのは、むしろ、あまり内閣改造を好まないキャメロンと、メイをそう攻撃しなかった右寄りのメディアによるところが大きい。もちろん、イギリスでは、6年間、内相の職務についていたこと自体に重みがあるのは事実である。そのような運があったとも言える。

それでも、メイは「ピーターの法則」の典型的な人物のように思える。ピーターの法則とは、ある地位への候補者を、その地位に適切な能力によって判断するよりも、現在の役割での業績に基づいて判断するものである。メイの場合、その「業績」は、在任期間の長さであろう。

メイはこの重要な時期に、おっちょこちょいのボリス・ジョンソンを外相に任じた。党内対策を考慮したのだろう。メイは、目的を拡散させずに、むしろ、絞ることからスタートすべきであったように思われる。

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