政治家の税金公開(Politician’s Tax Disclosure)

 

英国のトップ政治家がどれくらいの税金を払っているか公開する動きが強まっている。アメリカの共和党大統領候補であるミット・ロムニーが、迫られて自分の税金額を公開したことに例えられて、「アメリカ化」とも言われている。

この動きの原因は、5月3日に行われるロンドン市長選だ。ロンドン市長選は投票日が近づき過熱してきたが、過熱の原因は必ずしも政策ではない。スキャンダルでもない。それは主要候補者の税金のためだ。そしてその結果、閣僚はじめ、その他の政治家まで影響が出る状況となっている。もちろんこれは歓迎すべき動きだろう。例えば、ノルウェーでは政治家の税金を公表するのは当たり前のことだと言われる。

しかし、これに至る経過を確認しておきたい。この問題のそもそもの原因は、保守党の候補で現職のボリス・ジョンソン(47歳)の支援者やジョンソンを支援するマスコミが、その対立候補の労働党の候補者で2000年から2008年の間市長を務めたケン・リビングストン(66歳)が自分の稼いだお金を設立した会社に払い込んで「節税した」と攻撃したことだ。リビングストンがアフターディナースピーチ(英国ではかなり需要がある)やラジオ、テレビなどに出演して稼いだお金を会社に入れ、自分を会社の役員とし、会社から報酬と配当を受け取る形としていることだ。これなら小企業のその会社にかかる税金は20%である。もしすべての収入を自分の所得とすれば、2010年度の場合、37,400ポンド(約500万円)以上の収入には40%の所得税がかかる上に、その収入に応じて国民保険を払う必要がある。役員としての報酬や配当などの収入にも税がかかるが、かなりの節税となる。しかし、これは完全に合法である。特にリビングストンは自分の稼いだお金で会社に3人雇用したと言っており、人を雇うために会社を設立するのは当たり前と言える。

問題は、リビングストンがかつて金持ちの節税を批判したことがあることだった。そのために、リビングストンは言うことと、することが違うと攻撃されたのである。ジョンソンの陣営らの関係者は、リビングストンを攻撃し、その信用を貶めることが目的であったが、これは大きな問題に飛び火したと言える。

まず、ロンドンのラジオ局での主要4候補討論会で、リビングストンが、ジョンソンも市長になる前に設立した会社で同じようなことをしたと発言した。ジョンソンは「節税目的で会社を設立したことはない」と主張し、リビングストンは嘘つきだと攻撃した。その後も激昂して、直接本人に面と向かって同じことを繰り返したとされる。

その後、他の討論会で主要4候補がそれぞれの収入と税金額を公表することに合意し、発表した。リビングストンのものでは、自分がその会社から受けた報酬額や配当額、そして会社の支払った税金額はわかるが、その妻が会社の役員であり、その妻の分なども明らかにならなければ全体像ははっきりしない。リビングストンは、自分の妻も含めての収入と税金額は、ジョンソンや他の候補者も発表すれば、公表すると主張した。

ジョンソンは恐らくそこまでするつもりはないだろうと思われる。英国では妻などの名義を使って様々な税対策をしていることはよくあることだ。ジョンソンの発表したものを見ると、過去4年間で170万ポンド(約2億2千万円)とかなり多くの収入を得ており、資産もかなりあると思われるが、誰もが知っている主要な収入以外、計上されているのは利子として538ポンド(約7万円)だけである。

この点で話題となったのはオズボーン財相だ。財相として年俸約13万5千ポンド(約1800万円)を受け取っているが、他からの収入を含めた年収は15万ポンド(約2千万円)以下だと発言した。オズボーンは、百万長者であり、その上、家も貸していることからその家賃収入を考えると、15万ポンドを超えているのは間違いないと見られている。つまり、オズボーンは何らかの形で妻フランシスの名義を使っているのではないかとみられていることだ。ジョンソンも同じようなことをしている可能性がある。

オズボーン財相が3月の予算で来年度から15万ポンド以上の所得税を50%から45%としたこと、このロンドン市長選の問題、それにかなり多くの数の公務員ら(国家公務員、地方公務員、それにBBCなども含む)の給料が源泉徴収ではなく会社払いになっていることが明らかになるなどいくつかのことが相俟って、政治家がどの程度の税金を支払っているかに注目が集まった。特に、キャメロン政権では閣僚の多くが百万長者だ。その税金の詳細が白日の下にさらされれば、現政権が庶民感覚からかけ離れていることが示される可能性がある。

オズボーン財相は、自分のものを発表するのは問題がないし、閣僚らの税金の公開については「検討する」と答えた。キャメロン首相は自分のものを公開するのにはこだわりがないと発言している。ただし、これで、閣僚全員が公開することとはならない。既に、予算を左右できる立場のトップ政治家のみのことだと限定する声が保守党内で強くなっている。一方では、保守党の党首選でキャメロンに敗れたデービッド・デービスのように、もし公開するのなら、資産や将来の遺産なども含めてすべてを公開すべきだ、という見解もある。

面白いと思われるのは、「これで誰もが公開せざるを得なくなると、優秀な人たちが政治家になろうとしなくなる」とか、「収入や税金は、個人のプライバシーに関することだ、それを守ろうとしないような政府に個人のプライバシーが守れるのか」という議論があることだ。しかし、潮流は、公開の方向だ。