EUで孤立し、自らの立場を苦しくしたキャメロン首相

EUの首相」ともいえる立場の欧州委員会委員長の選任をめぐって、キャメロン首相はEU加盟国28か国の中で孤立し、627日の異例の投票の結果、キャメロンがEU改革の妨げになると真っ向から反対していた「本命」が26か国の支持を得て選ばれた。

イギリスの新聞は、この結果をイギリスが「EU脱退に一歩近づいた」と表現した。 

イギリスの有権者は、この投票前からキャメロン首相が反対するのは正しいと見ていた。例えば、投票数日前に発表されたPopulus/FTの世論調査によると、キャメロン首相が「本命」のユンケル前ルクセンブルグ首相の就任を阻止しようとするのはどういう結果になっても正しいと有権者の43%が見ていた。さらにもしその就任をブロックできるのなら正しいと見た人は14%で、そのような態度は誤りだという人は13%だけだった。

同じく投票前に行われたYouGov/Sunday Timesの世論調査でも40%の人がキャメロン首相は正しいと言い、誤っているという人はわずか14%であった。それは投票後に行われたSurvation/Mail on Sundayでも同じで、43%の有権者が正しかったと評価し、誤っていたと考えている人は、15%に過ぎない。

キャメロンの取った行動の結果、Survation/Mail on Sundayによると47%の有権者がイギリスをEUから脱退させたいと考え、留めさせたいと考えている人は39%で、脱退派が増えている。

つまり、キャメロン首相の行動は、さらにイギリスをEU脱退の道へと進める結果となった。有権者から支持を得ているのなら、10か月先に行われる総選挙も考えると決してマイナスではないという見方もあろう。

しかしながら、キャメロン首相は、イギリスをEUに留めたいと考えている。イギリスは、EU改革で国の権限をEUから取り戻したい。次期総選挙でキャメロンが再び首相となれば、その改革を行った上で、2017年末までにEUに残留するかどうかの国民投票をすると約束している。

そのような戦略を進めるために、ユンケル反対の立場を早くから明らかにしたが、あてにしていたメルケル独首相がユンケルやむなしという立場に変わった。そのため、キャメロン首相は振り上げたこぶしを下ろせず、面目を保つために、選考方法が正しくないとし、「原則を貫く」という旗印のもとに突っ走ったというのが実態である。

国民には、そのような改革が行なわれた上でなら、EU残留に賛成するという人が多い。それは上記のSurvation/Mail on Sundayでもそうで、41%が残留、脱退は37%である。問題は、それではどのような権限を取り戻せるかである。

キャメロンは、その詳細についてはあいまいにしたままで総選挙を乗り切り、EUの他の加盟国と交渉した上で、できることとそうでないことを見極めたいという判断をしていたと思われる。

ところが、上記のSurvation/Mail on Sundayでも、有権者は、移民の制限を一番に挙げている。ところが、これはEUの基本にかかわる問題であり、EUに留まりながらこの権限が取り戻せると考えている人は恐らくいないだろう。

さらに同じ世論調査で誰がEUを支配していると思うかでは、メルケル独首相と答えた人が50%、次期欧州委員会委員長のユンケルが12%、そしてキャメロン首相が9%である。キャメロン首相のEU内での影響力は、イギリスの有権者の目にも弱まっている。

その一方、キャメロン首相は、自分の反対したユンケルが欧州委員会委員長となることから、自らの立場を明確に打ち出す必要に迫られており、イギリスの取り戻したい権限のリストを求められると考えられている。しかし、このようなリストに保守党内の欧州懐疑派の求めているような、本格的な移民の制限などが含まれる可能性は乏しく、次期総選挙前に保守党内の党内抗争の火種を増やすだけのように思われる。また、もしそのようなことを含めても、それが達成できる可能性は少ない。そしてその結果、イギリスのEU脱退の可能性が大きくなる。

ブルーンバーグのコメンテーターは、イギリスがEUに留まるには、キャメロンがもう一度敗れる必要があるとコメントした。この敗北は次期総選挙での敗北である。

キャメロンがもう少し慎重にことを運んでいれば、ユンケルの次期委員長就任を防げただけではなく、EUの運営に大きな影響力を維持できていただろう。誤算のため、自らの今後の選択肢を極めて狭くし、自らをより厳しい立場に追い込んだことは間違いない。