サッチャーの盛衰(Thatcher’s Rise and Fall)

マーガレット・サッチャー元首相(1925年10月13日-2013年4月8日)が87歳で亡くなった。

政治は、理屈だけで動くものではない。サッチャーの場合、その非常に強い信念と勇気で幸運を呼び込み、1979年から1990年の11年間もの長い間政権を担当し、英国の歴史に残る首相となった。

サッチャーの信念は、1979年の総選挙のマニフェストの前文に色濃く出ている。

FOR ME, THE HEART OF POLITICS is not political theory, it is people and how they want to live their lives.

No one who has lived in this country during the last five years can fail to be aware of how the balance of our society has been increasingly tilted in favour of the State at the expense of individual freedom.

中略

Together with the threat to freedom there has been a feeling of helplessness, that we are a once great nation that has somehow fallen behind and that it is too late now to turn things round.

I don’t accept that. 1 believe we not only can, we must. This manifesto points the way.

It contains no magic formula or lavish promises. It is not a recipe for an easy or a perfect life. But it sets out a broad framework for the recovery of our country, based not on dogma, but On reason, on common sense, above all on the liberty of the people under the law.

The things we have in common as a nation far outnumber those that set us apart.

It is in that spirit that I commend to you this manifesto.

Margaret Thatcher

ここでは、政治の中心にあるのは人だ、かつて偉大な国であった英国が今や後れをとっている、この事態を逆転させねばならない、国を立ち直らせるのは、常識と、とりわけ法の下での人々の自由だ、そういうサッチャーの思いが出ている。

サッチャーは、1975年に保守党の党首となったが、もし1978年から9年にかけての「不満の冬」がなかったら、サッチャーは、1979年の総選挙には勝っていなかっただろう。そして保守党の下院議員に不評だったサッチャーの党首としての役割は終わっていただろう。

1982年のフォークランド紛争では、多くの反対を押し切って、アルゼンチンと対決することを決め、軍艦と兵を送った。アルゼンチンのミサイルが英国の軍艦に多数命中したが、不発のものが多かった。もし不発のものが少なかったならば、英国は大損害を負い、撤退を余儀なくされていただろうといわれる。そして次の総選挙での勝利はなく、失業者を大きく増やし、戦争に負けた首相として、三流首相と見なされていただろう。

1984年にはIRA(アイルランド革命軍)が、サッチャーが保守党大会のために泊まっていたホテルに時限爆弾を仕掛けた。党首演説の当日午前3時前にそれが爆発し、サッチャーは危うく難を逃れたが、5人が死亡し、31人が負傷した。

サッチャーの信念と勇気が幸運を呼び、その長期政権につながり、ついには自分の目的としたことをやり遂げた。

しかし、サッチャーのいつまでも政権を担当したいという貪欲さが「人頭税」の失敗を招き、政権の重要な政治家を離反させ、サッチャーの失墜を招いた。その上、欧州懐疑派の中心的存在となりメージャー保守党政権の運営に大きな障害をもたらした。

サッチャーの盛衰から学ぶことは多い。

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