首相としての仕事がおっくうになってきたようなジョンソン首相

2021年11月22日、英国産業連盟(CBI、日本の経団連のような団体)の総会でスピーチしたジョンソン首相は、話が脱線し、演説原稿のどこを読んでいるかわからなくなってしまった。産業界のリーダーたちは、コロナパンデミック後の産業政策、サプライチェーン問題、技能者不足対策、クリーンエネルギー問題など多くの課題の政府の対応の話が聞けると思っていたと思われる。また、首相にとっては、これらの課題を直接リーダーたちに語りかけられる良いチャンスだったが、スピーチの時間を埋めるためだったのだろう、話がそれてしまって、折角のチャンスを無駄にしてしまった。この後、取材していた記者から「大丈夫ですか?」と聞かれる羽目となった。

ジョンソン首相が国政に真剣に取り組んでいるのか疑問を抱かせるエピソードである。ジョンソン首相は、2週間前には、保守党下院議員の行動基準ルール違反問題で大失敗した。ジョンソン首相は、問題の議員を救済し、さらに行動基準ルールの体制の見直しを図ろうとし、保守党議員に強引に指示して投票させ、自分の思う通りの結果を得たが、世論や保守党内の反発を受けて、一日で方針を転換する羽目に陥った。それまでも政府の政策の度重なるUターンが批判されていたが、この問題を契機に保守党関係の疑惑(スリーズと言われるが)が次々とメディアで報道されるに至り、保守党の中でもジョンソン首相の施政能力と信頼度に大きな疑問が生まれてきている。

世論調査でも、ジョンソン首相の自ら招いた問題で、保守党と野党第一党の労働党の支持率が拮抗している。前回総選挙では、ジョンソン首相の魅力が、保守党が多くの労働党議席を奪った原動力となったと分析されている。これらの議席は、よく「赤い壁(Red Wall)」と呼ばれるが、これらの議席から選出された保守党の議員は、ジョンソンが約束をしたことを守らない上、しかもジョンソン自身の魅力が減退する中で、次の総選挙がどうなるか心配している。一方、保守党のベテラン下院議員らは、ジョンソンの行動基準ルールをめぐる失敗で、自分たちの議員以外の収入への影響を心配している。

前回総選挙は2019年12月だった。5年の任期があることから次期総選挙はまだ先である。しかし、英国のEU離脱の悪影響が、身近に感じられるようになったり、北アイルランド問題の処理をめぐるEUとの対立が円満に収まらない事態となったりした場合には、ジョンソン首相を交代させる動きが出てくる可能性がある。現在は、まだ、メイ前首相の際にあったような、党首不信任の手紙が提出される動きにはなっていないと言われる。ただし、ジョンソン首相には、何が何でも首相として継続してやっていくという気迫に欠ける。ジョンソン首相には健康問題があるように思われるが、自ら退陣するという事態があるかもしれない。

公職に関するノーラン7原則とジョンソン首相

公職にある者が心がけておかなければならない原則として、「公職にあるものの行動基準に関する委員会」の初代会長ノーランが掲げた7原則がある。それらは以下の通り

  1. 無私無欲
  2. 誠実さ
  3. 客観性
  4. 説明責任
  5. オープン性
  6. 正直
  7. リーダーシップ

ジョンソン首相が、30日間の登院停止処分を勧告された保守党下院議員を救い、それとともに、行動基準を逸脱、もしくは逸脱した可能性のある議員の調査を実施し、その処分を決定するシステム全体を改革しようとした。そして、下院のその勧告に関する投票で、保守党所属下院議員に指示し、以上の2つの投票で勝利を収めた。ところが、これを英国政治の大きな危機だとみなしたメディアや識者が強く反発したため、ジョンソン政権はその翌日Uターンすることとなる。そのUターンの前、上記委員会の現会長のエバンス卿(元MI5のトップ)が政府の倫理基準は、国民の信頼の基盤であるとして、強く批判し、ノーラン7原則を改めて強調した。

そして、これまであった、Good Chap theory という、みんなが自制してうまくいくように運営できるという前提は当てにできないとし、コンプライアンスのシステムが必要で、その文化を養成していく必要があると強調したのである。

ジョンソン首相の狙いは、下院議員の行動基準コミッショナーのキャスリン・ストーンの排除にあったと見られている。ジョンソン首相は、既にストーンに3度調べられている。ストーンが公職にあるものとして自分の仕事をきちんと行っているところが煙たがられたようだ。しかも首相の住居の改修費用の問題やホリデーなど、さらに調べられる材料がいくつもある。ジョンソン首相のトップアドバイザーだったドミニク・カニングスは、ジョンソンは、自分への非合法な献金が暴かれるのを恐れているのだと言う。ストーンに脅迫などの攻撃が激しくなったとして、警察のセキュリティが強化されたと伝えられるが、ストーンは現在の職を離れるつもりはないと明言している。

今回の件で、公職への任命を含み、公職の行動基準への関心が大きく高まったことから、ジョンソン首相の行動は、やぶ蛇になったと言えよう。