ブレクシットの行方

EU離脱法案をついに上下両院が承認した。メイ政権が崩壊する可能性があったが、保守党内のソフトな離脱を求める勢力の反乱を妥協で何とか抑えきった。しかし、メイ首相が主張するようなスムーズな離脱ができると見る人は多くない。メイ首相がEU離脱法案の問題を乗り切ったのは、メイ政権が極度に弱体化しており、政権が崩壊して総選挙や党首選挙などの混乱を避けたいなどという保守党下院議員の身内の事情による。メイ首相が強硬離脱派とソフトな離脱派のはざまで苦しんでいる構図が変わったわけではない。メイ首相の弱い立場を利用しようとする防衛相らをはじめとする勢力もある

なお、世論調査では保守党が労働党を数ポイントリードしているが、保守党の世論調査でのポジションは、2017年総選挙前の世論調査より大幅に悪化している。

また、世論調査でメイ首相が、ブレクシットの交渉をうまくしていると見ている人は少なく、3分の2の有権者はメイの交渉はまずいと見ている。このような状態にしたメイ首相の責任が問われるのは確かだ。メイ首相は、セキュリティなどの面からEU側が折れてくると考えていた節があるが、欧州版GPSガリレオ衛星システムや欧州逮捕状の問題などでイギリスがEU枠外におかれることがはっきりした。今やメイ首相の状況は切羽詰まっており、メイ首相は、EU側の助けを求めなければならないような状況におかれていると言える。

この中、強硬離脱派は、メイ首相に、EUと合意しないまま離脱する準備も進めるよう要求した。EUやアイルランドも合意なしのイギリス離脱の準備を進めておりエアバスやBMWなどの大手企業も合意なしの場合の警告を発している。しかし、メイ首相の性格を考えると、合意なしでEU離脱をするとは考えにくく、そのためメイ首相の苦悩はさらに深まることが予想される。

必死なメイ首相

メイ首相は、自分の政権を守るために国民の最も関心の高い政治課題、国民保健サービス(NHS)に飛びついた。国民は誰でもNHSで無料の診療、手術、投薬、入院などの医療が受けられ、中流階級を含め、多くの国民がその恩恵を受けている。しかしながら、NHSは、緊縮財政の中、お金が不足しており、人手不足でその運営目標が達成できない例がほとんどだが、これまで冬季のNHSの最も忙しい時期でも追加のお金を渋っていたメイ首相が、突然、気前のいいことを言い始め、毎年大きく増やし、2023年には実質200億ポンド(3兆円)あまりのお金を追加すると約束したのである。しかもその財源の一部は、EU離脱のため支払う必要のなくなる負担金だと言うのである。

こういう財政問題が問われる際、多くの人がコメントを求める先は、政治的に中立の立場で権威のある財政問題研究所(IFS)である。IFSのトップは、EU離脱で浮く負担金は、離脱の際の清算金や国内でEU補助金がなくなるための埋め合わせなどで既に数年間の分はなくなっているとコメントした。そのため、大幅な増税が予想されている。これは昨年の総選挙での公約に反する可能性がある。その財政的な裏付けは、今秋の予算で発表されるが、メイ首相は、ハモンド財相に任せているとする。

一方、メイ首相は先週EU離脱法案の最初の危機を乗り切ったが、それが爆発する可能性がある。EU離脱法案は、イギリスがEUを離脱した後、効力のなくなるEU法に取り替わって、それをイギリス国内法とするための手続き法案である。この法案が下院の審議を終えた後、上院で、政府の意思に反して修正が加えられた。その修正は、再び下院で覆されたが、議会が「意味のある」判断をするという点で、上院が、前回よりもさらに大きな差で再び修正した。それが再び水曜日に下院で採決される。

前回は、メイ首相が、上院の修正に賛成する可能性の高かった、保守党内のソフト離脱派と交渉して反乱を防いだが、その後、メイ首相が上院に提出した新修正案はソフト離脱派に裏切りとみなされており、今回は反乱につながる可能性がある。NHSへのお金投入の話は、この反乱を防ぐ狙いもあると見られるが、その効果がどこまであるか注目される。いずれにしても、メイ首相は、これまでの方針を歪めても生き残りに必死にならざるを得ない状況になっている。