辞任した内務相

内務相のアンバー・ラッドが辞任した。ラッドの下で移民担当の閣外相だった、現保守党幹事長が4月29日のBBCテレビの看板政治番組アンドリュー・マーショーで、ラッドを救おうと細かな議論をしようとしたが、逆効果に終わり、事態はさらに悪化した。ラッドが自らを強制退去数の目標の問題から遠ざけようとする試みは、完全に失敗し、さらに多くの情報の漏えいが始まる中、ラッドはとても4月30日の下院内務委員会の厳しい尋問に耐えられないと判断したのだろう、4月29日午後10時前(イギリス時間)、メイ首相に辞表を提出し、メイはそれを受諾した。

ラッドは、前任の内務相メイや自分が、内務省の役人に強制退去数の目標で強い圧力をかけていたことを隠したかったのだろう。その目標を達成するため、役人が「ウィンドラッシュ世代」をはじめ、本来在留権はあるが、必要な書類をすぐに提出できない、簡単な標的(Low-hanging fruitsという表現がよく使われる)を狙い、それぞれの個人の事情を慎重に見極めることなく、非情な処分に走っていた事実から自分たちを守りたかったように思われる。

国家公務員は、ラッドやメイ政権の言動に強い不満を持っていた。内務相の大臣室の首席秘書官も自分が重要書類をラッドに渡さなかったという疑いを受け、自分の立場を守るためにも内務省の事務方トップの事務次官に文句を言っていたのではないか。ガーディアン紙が内務省筋の強い不満を報道し、BBCはさらなる情報の漏えいを指摘した。

メイがラッドを何とかして守ろうとしたのは、2010年から、首相となる2016年7月まで自分が内相としてこの状況を作り出したためだ。これまで盾となっていたラッドがいなくなり、自分が直接その標的になる可能性がある。内務相の後任には、現コミュニティ相のサジード・ジャビドが就く可能性が高い。少数民族出身のジャビドを内相にし、より同情的な対応を内務省がするような印象を与えたい狙いがあるだろう。

いずれにしても5月3日にはイングランドの都市部の多くで地方選挙がある。特にロンドンの区議会議員選挙では、労働党がかなり優勢だと見られており、ラッド辞任は、メイ政権にとって大きな打撃だ。

国家公務員に責任を押し付ける政治家

イギリスの大臣たちは、レッドボックス(Red Box)と呼ばれる赤いブリーフケースを持つ。この中には、大臣が目を通しておくべき書類が入っており、公私ともに多忙な大臣たちがどこででも書類に目を通すことができるようになっている。レッドボックスは、大臣のいるところに届けられる。

現在、内務大臣のアンバー・ラッドが、内務省の強制退去達成目標を知っていたかどうかの議論がある。ラッドが、下院の内務委員会で、達成目標はないと主張したが、実際にはあったことが明らかになった。ラッドは、そのような目標を知らなかったと謝罪したが、後に、達成目標を記した書類が、ラッド、その下の閣外大臣らを始め数人に送られていたことが漏洩され、ラッドの主張に大きな疑問が投げかけられている。

このような問題を国家公務員の責任にしようとする政治的な動きがある。これまでにもラッドは、いわゆる「ウインドラッシュ世代問題」は内務省の国家公務員の問題だと示唆した。イギリスに正規に入国してきて、何十年も住み、本来在留権のある人たちが、書類で証明できなければ強制退去を迫られたり、NHS(健康保険サービス)や社会福祉を正当に受けられなかったり、仕事を解雇されたり、住居を借りられなかったりした問題である。さらにラッドが強制退去目標を知っていたかどうかの問題では、メイ政権の環境相マイケル・ゴブが、国家公務員がラッドにそのような書類を渡していなかったためだと示唆した。しかし、担当の国家公務員が、そのような書類をラッドに渡していなかった可能性は極めて少ない。

各省庁の大臣室には、首席秘書官(Principal Private Secretary)がいる。この首席秘書官は国家公務員であり、将来事務次官になりそうな優秀な人物が任命される。この首席秘書官が、このような書類の仕分けの責任を持つ。大臣に目を通してもらいたい書類を重要なものを上にして重ね、書類の一覧表をつけ、書類が一目瞭然でわかるようになっている。しかも大臣からの問い合わせに備えて、副本を作っておく。

今回、漏らされた書類は、昨年夏のもので、強制退去目標を10%上回ったというものである。当時、これは大臣にとって良いニュースであり、それが大臣に知らされなかった可能性はまずない。この点は、ゴブ環境相が4月28日に出演した公共放送BBCラジオの看板番組Todayでもキャスターのジョン・ハンフリーが指摘したことだ。

国家公務員にむやみに責任を負わせようとするのは賢明ではないだろう。4月29日のBBCテレビのSunday Politicsでも、ブロガーのイアン・デールが指摘したように、そのような動きに反発した国家公務員が政治家に不利な情報を意図的に漏らす可能性がある。

ラッドは、4月30日に再び下院の内務委員会に招かれたが、この委員会は内務省事務方トップの事務次官も呼んだ。政治家が国家公務員に責任を擦り付けるような事態に事務方がどのような見方をしているか確認するためのようだ。いずれにしても、政治家が国家公務員を粗末に扱うのは危険だといえる。

政府のターゲット

ウィンドラッシュ世代の在留資格問題で、政府が、移民に「敵意のある環境」を作っていたことに焦点があたった。それに関連し、内相のアンバー・ラッドが下院の内務委員会に呼ばれ、強制退去のターゲット(達成目標)がないと答えた。ところがこれはすぐに事実ではないことがわかり、ラッド内相は下院でターゲットはあったと説明する事態となる。その後、このターゲットは廃止することとなった。

さらに、ラッドがターゲットの存在を知らなかったはずはない事実が次々に出てきている。国家公務員のターゲットについては、移民を管理する国境庁のトップだった人物が、公共放送BBCの看板番組Todayに出演し、このターゲットがないというのは不正直で、政府のどこにもターゲットがあると発言した。

このようなターゲットは、通常、部門全体のターゲットとして提供され、それがさらに細分化され、下に降りていくこととなる。そしてそれぞれの現場の担当者からはじまり、ターゲットが課され、その成果が個人の業績の評価の大きな要因となる。

内務省の問題でいえば、正味の移民数の数が1年に20万から30万人であるのに対し、政府の目標は非現実的な10万人未満であり、その差が大きく、現場の担当者にかかる重圧は極めて大きかったと思われる。それが今回のウィンドラッシュ世代などの問題につながった。

このような状況下で、ターゲットを否定するのは、賢明でないどころか、まさしく自殺行為といえる

ベーシックインカム導入の可能性

世界の多くの人々がユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)に注目している。その中、フィンランドでパイロットが行われているが、それがうまくいっていないようだ。

ベーシックインカムとは、最低所得保障制度で、国民が何の条件もなしに国からの現金給付を受けるものである。来るロボット化、AI化で多くの人々が仕事を失う可能性がある中、人々の生活を守る手段として考えられたり、貧困者をなくしたりするなどの効果があるとの主張もある。また、このような制度があるとパートタイムの仕事に就きやすい、一つの仕事から次の仕事に移る間の期間にも一定の収入を与えられ、仕事を移りやすくするとの効果もあるなどと主張される他、一律に支給することで、福祉手当システム全体の運営コストを下げる効果もあるという主張もある。イギリスでも緑の党が政策として掲げ、日本でも希望の党などがこの政策を訴えている。スコットランドでもこのパイロット事業に取り組む動きがある

しかし、この制度を進めるのはそう簡単なことではない。フィンランドの実験は世界的な注目を浴びている。この実験は、25歳から58歳までの失業者2千人に毎月、無税の560ユーロ(7万4千円)を支給するものである。当初の案は、800ユーロ(10万6千円)だったが、全国に導入されることとなれば、国の歳出額を上回るとして、減額されたと言われる。このパイロットは、2017年1月から始まり、2年間のものだが、既に2018年末に終了することが決まったという。このパイロットの主催者は、その後さらに拡張したパイロット案を持っていたと言われるが、それを政府が認めなかったと言われる。

このパイロットでは、人々の勤労意欲は増えていないようだ。中には給付だけ受けて、家でコンピュータゲームをしているという例もあると言われる。フィンランドの政権政党は右だが、他の北欧国と比べて就業率が低いため、その改善を図る手段を考えていたようだ。さらなる実験を行わないのには、2019年には選挙が控えているからだという見方がある。

このベーシックインカムの問題は、このような制度を設けるためのコストだ。OECDの報告では、所得税を30%上げる必要があるとされており、このような制度が正当化できるかという疑問がある。

もちろん社会全体としてコストと便益がつり合い、そのような制度が正当化できる状況が生まれれば別だが、それまでは実現する可能性は乏しいように思われる。

政治的な「敵意のある環境」の作り方

1940年代から1970年代にかけて、旧植民地などからの移民がイギリスに来た。その多くは労働力不足を補うためのもので、それらの人々と一緒に子供達もやってきた。そういう人たちは50万人いると言われる。それらの子供たちは、ウィンドラッシュ(Windrush)世代と呼ばれる。この言葉は、その先駆けとなった船の名前からとられたものである。

この子供たちは、親のパスポートでイギリスに入ってきたのであり、全く違法入国などではない。そしてこれまで何十年もイギリスに住み、学び、また働いてきた。ところが、その中のかなり多くの人たちが、イギリスで正式に滞在資格を得ていないために、強制退去をさせられたり、解雇されたり、健康保険サービス(NHS)や福祉手当などの社会保障を拒否されたりなどの例が非常に大きな問題となった。

この問題が起きたのは、1970年代から法制が徐々に変わったこと、特に、2010年にそれまでの労働党政権から代わったキャメロン政権で、移民に「敵意のある環境」が作られたことにある。移民を担当するのは内務省であり、メイ現首相は、キャメロン政権下で2010年から2016年まで内相だった。

ウィンドラッシュ世代の子供たちの特定に大きな役割を果たしてきたのは、その入国の際の上陸カードである。そこに一緒に来た子供たちの名前も書かれていたが、そのカードは、メイ内相の下で廃棄された。それまでにも保存スペースの問題などで廃棄する計画はあったが、労働党政権下で導入されることとなっていたIDカードでその問題をカバーできるとの考え方もあったようだ。しかし、キャメロン政権がそのIDカード制度を中止した。

キャメロン政権下では、保守党がそれまで約束してきた正味の移民数を10万人未満とする政策が貫かれた。その先頭に立っていたのがメイ現首相である。しかし、2012年を除き、その2倍以上の正味の移民があり、2014年、2015年にはその3倍を超える。それでもこの10万人未満という目標は、現政権も維持している。

この中、内務省は、強制退去や自発的に退去させる政策に力を入れ、また入国が難しくなる政策に力を入れてきた。つまり、移民に「敵意のある環境」作りに力を入れてきたのである。その結果、ウィンドラッシュ世代の問題があることはかなり早くからわかっていたが、それらの人々の問題を無視し、その在留資格を証明できなければ、強制退去させ、NHSなどの本来無料で受けられるサービスは実費を請求することとした。また、社会保障受給、働いたり住居を賃貸したりするにも同様の証明が必要とした。そして、この問題が表面化してきても、無視してきた。この4月にロンドンで開かれたコモンウェルス会議の際、西インド諸島の首相らが共同でこの問題をメイと協議したいとしたが、首相側はそれを取り上げられないとしていた。それがもう無視できなくなったのである。

「敵意のある環境」作りをすることはそう難しいことではない。イギリスの政府でも、政策が上から降りてくる場合と下から上がってくる場合があるが、それぞれの担当部署からその政策の良い点と悪い点の両方を記したブリーフィングペーパーが大臣に上がってくる。これらの書類にその政策の問題点が列挙されており、もしそれらが明記されていなければ、その担当者の能力が疑われることとなる。このようなブリーフィングペーパーは、情報公開法の開示対象外であるため、率直な見解を述べやすい。それでも、特に問題となりそうな点を書類の中で目立たなくさせることは可能である。

一方、大臣らが、政策を自らの考える方に向けていくためには、それを反映させた法制を設けることが有効であるが、それ以外に自分たちの意図が十分反映できるような人物を主要なポストにつけられるような仕組みとしていくことができる。例えば、内務省でいえば、国境局のトップに元警察・軍関係者を配置しやすい制度とすれば、法執行の実務に自ら力を入れるようになる。

国家公務員も結果を出す必要があることから、移民の問題であれば、強制もしくは自発的国外退去数の結果が出せるような方向へ舵を取っていくこととなる。そして「小さな問題」を無視しても、結果が出せれば、昇進していくこととなる。

そして大臣らが「小さな問題」を無視していけば、「敵対的な環境」を醸成することはそう難しいことではない。

Brexitと北アイルランド

20年前の1998年4月10日、北アイルランドでグッドフライデー合意(ベルファスト合意)が結ばれた。これは、それまで30年余にわたる血で血を洗う争いをやめ、南のアイルランド共和国との統一を求めるナショナリスト側と、イギリス本土側との関係を維持していくことを求めるユニオニスト側とが、平和な北アイルランドを求めて合意したものである。特に、これに武装グループIRA(アイルランド共和国軍)の政治組織シンフェインが加わったことが大きな成果となった。IRAは武器放棄することとなった。

ところが、Brexitが、この合意を脅かしているという見方がある。これは、イギリスとEUとのBrexit交渉で北アイルランドとアイルランド共和国との国境が大きな問題となっていることに関係がある。これまで、北アイルランドとアイルランド共和国との間に「国境」はなかった。もちろん地図上にはあるのだが、車でその国境を横切っても、通り過ぎてから道路際の表示で違う国に入ったと知る程度である。

イギリスがEUを離れるにあたり、EU内の人やモノの移動の自由がなくなる可能性があり、もしその自由がなくなれば、国境で検査をする必要があるかもしれない。もしそのような事態となれば、グッドフライデー合意の基礎が揺るがせられるというのである。

この議論に対し、野党労働党の影の国際貿易相が、アイルランド共和国やシンフェイン党が、この議論を誇張しているとコメントした。そのコメントに対し、強い非難があったが、この影の国際貿易相のコメントは正しいように思われる。もう時代は変わった。かつてのように武器云々の時代ではない。ユニオニスト側のロイヤリストと呼ばれる武装グループは麻薬取引や売春などの非合法な活動を行っていると見られていたが、それらも、非合法な活動をする者たちをその組織から除名すると宣言した。また、シンフェイン党が北アイルランドでもアイルランド共和国でも正当な政党として勢力を大きく伸ばし、いずれも女性リーダーをいただく中、IRAが武器闘争に復活するとは思われない。むしろグッドフライデー合意の精神は根付いたと見る方が正しいだろう。

もちろん、グッドフライデー合意では、北アイルランドの将来は、最終的に北アイルランド住民が決めることとなっている。そのため、シンフェイン党にとっては、北アイルランドとアイルランド共和国の間に何らかの目に見える国境ができることは象徴的な意味でマイナスだろう。また、アイルランド共和国は、人やモノの動きに制約が生まれ、その経済への影響を恐れるだろう。それは、ユニオニスト側のDUP(民主統一党)などにとっても同じである。

Brexitが北アイルランドに一定の影響を与えるのは間違いないだろうが、それがグッドフライデー合意の根本に関わるという議論は少し行き過ぎのように思われる。