イギリスのEU離脱交渉の行方

イギリスとEUが、イギリスのRU離脱後「移行期間」を設けることに合意した。2016年6月のEU国民投票で離脱が多数を占めた後、イギリスは、2017年3月末にEUを離脱する通知を出した。リスボン条約50条には、その通知後、離脱交渉は2年間と決められている。すなわち、2019年3月末にイギリスはEUを離脱する。そしてイギリスが40年以上、ほとんどすべての面で関わってきたEUからの離脱交渉をそれまでに終える必要があることになる。そのため、離脱後のイギリスとEUとの貿易などの重要な経済的関係は、この離脱後の「移行期間」で煮詰められることとなる。

ただし、この2020年末までの「移行期間」の合意も絶対的なものではなく、離脱交渉が「合意できなければ、何も合意されなかった」こととなるという但し書きがつく。それでも、イギリスとEUとの将来の関係は、少なくともカナダとEUとの「自由貿易協定」程度のものにはなると思われ、何らかの合意を生む努力がなされるのは間違いない。そのため、ある程度の問題があっても「移行期間」には進むだろう。

ただし、今回の「移行期間」合意に関して注目されるのは、保守党の離脱派のリーダーであるジェイコブ・リース=モグが「ほとんどすべての分野でEU側の要求に屈した」とコメントしている点だ。離脱派にとっては、メイ政権は急速にソフトな離脱に向かっているように見える。この評価はあながち誤りではないと思われ、メイ首相は、できるだけソフトな離脱に向かって進んでいるように思われる。

メイの戦略は、保守党の離脱派の反乱をできるだけ抑え、離脱派の重視する問題はなるべく先延ばしにし、最終的な局面まで手の内を明かさず、その時点で「賛成するか反対するか」の二者択一に労働党など野党を追い込み、それらの協力を得て押し通すといったものではないか。あまり早くから手の内を明かすと、保守党内の反乱が本格化する可能性がある上、親EU派の多い野党から余計な介入が入る可能性がある。

メイ首相は、2017年6月の総選挙で、下院の過半数を失い、北アイルランドの民主統一党(DUP)の閣外協力を得て政権を維持している。その中で、党内の不満をできるだけ防ぎ、政権維持していくことが必要とされる。ただし、現在のような状況をいつまで維持できるかは大きな課題で、早晩メイ政権が倒れる可能性は否定できない。

その時に総選挙となる可能性はある。もしメイ首相が円満に退き、後継に保守党首相が選出された場合には、その最有力候補はリース=モグである。リース=モグが保守党党首・首相となった場合、イギリスとEUとの交渉はかなり不透明になるだろう。

ホーキング教授の政治観

宇宙物理学者のスティーブン・ホーキング教授が亡くなった。ホーキング教授には深刻な身体障碍があり、30歳ぐらいまでしか生きられないと言われながら、70代まで生きた。宇宙について新しい見方を提供し、合成音声を通じて世界中で多くのスピーチを行い、世界的に有名な人物である。それではこのホーキング教授の政治観はどうだったのだろうか?

現在のイギリスの面する最大の課題は、EUからの離脱である。ホーキング教授は、イギリスのEU離脱に反対だった。EUの科学研究にマイナスとなると考えたからである。さらに、富は国内だけではなく、国際間でより公平に分配されるべきだと考えており、イギリスがEUから離れ、孤立主義的な立場をとることに反対だった。

イラク戦争にも反対し、この戦争は二つのウソで始められたとし、この戦争は戦争犯罪だと示唆した。また、核兵器は、人類最大の脅威だとし、イギリスの核抑止システムであるトライデントの更新に反対した。核軍縮を難しくする上、危険を増加させ、それをイギリス単独で使うような状況はないため、お金の無駄遣いだと考えたからである。

ホーキング教授は、労働党支持者であった。その考え方の多くは、労働党のコービン党首の考え方に似ている。コービンのイラク戦争を始め、数々の外交政策に対する立場は正しかったと右の新聞メイル日曜版(The Mail on Sunday)のコラムニストがコメント(2018年3月18日)し、話題になったが、その平和主義的な考え方には共通するものがある。

ただし、ホーキング教授は、コービンに批判的だった。コービンの考え方は正しく、その政策の多くは健全だとしながらも、コービンが右のメディアに「極端な左翼」と言われるに任せたと感じたからだ。この批判は当たっているだろう。コービンには唯我独尊的な面がある。それがゆえに多くの支持者がいるが、広がりに欠ける点がある。政権を狙う立場なら、自分の立場をより多くの有権者に受け入れられるよう正当化する努力をするべきだったと感じていたからだろう。