英国下院のEU撤退関連の採決でメイ政権が敗れる

12月13日の下院で、EU撤退法案の修正案が4票差で可決された。EU離脱に関して、メイ政権が敗れるのは初めてである。イギリスの新聞にはこれを殊更に騒ぎ立てる向きがあるが、実際にはそう大きな意味があるとは思われない。メイ政権は下院で過半数がなく、北アイルランドの10議席を持つ民主統一党の閣外協力で政権を維持している。そのため、もし少数の保守党の下院議員が、今回は11人だったが、反対票を投じれば、政府提出法案が否決されることとなる。

この修正案は、EU撤退法案が、EUとの最終合意の実施を政府が命令で行うことができるとしていることに歯止めをかけるもので、議会が法制の形で最終合意を承認しなければできないとしたものである。政府側は、これまで議会に最終合意を承認するか承認しないかの採決をさせるとしてきたが、もし承認しなければ、合意なしの離脱だとしてきた。また、そのような議決の時期がいつかはっきりしていなかった。

EU撤退法案には、イギリスがEUを離脱するにあたって、これまでイギリスの法制でEUの法令に依拠していた部分を、一挙にイギリスの法制とすることを含んでいる。2万にもわたると思われる項目を検討していくには膨大な時間がかかり、しかも最終合意の内容次第で変更方法が異なるかもしれない。実情にそぐわないものは、管轄大臣の職権で変更できるとしているが、本来、議会で吟味して決められるべきものを、このような方法で行うのはおかしいという議論がある。

イギリスは、議会主権の国である。すなわち、議会の法制権をバイパスするようなやり方は、EU離脱が本来、イギリスの主権を取り戻すという考え方から出てきていることを考えると、EU離脱の場合でも、本来の目的にそぐわないこととなる。

多くは、大臣が職権を党利党略に使う可能性があると心配している。そして、議会がきちんと関与した方法を模索すべきだとする考え方が、保守党内にもある。それらの人たちは、いわゆる「EU残留派」であり、それがゆえに、イギリスのEU離脱に反対していると攻撃されている。しかし、これらの人たちが求めた改正案は、そう極端なものではない。

今回の事態に至ったのは、メイ首相の考え方にあるのは間違いないように思われる。EUとの間で第一段階の交渉に合意し、貿易を含む将来の関係を扱う第二段階の交渉に進むこととなり、保守党内をかなりまとめることができたと判断し、その勢いで、今回の採決も乗り切れるだろうと判断したのではないか。メイ政権には、裁量の余地を残したいという気持ちからか、このような雑な計算がしばしばある。きちんとした議論を詰めるべきだった。政府側は、採決前、反乱の可能性のある議員に猛烈な働きかけをしたが、不十分だった。保守党内の強硬離脱派に配慮し、メイが簡単に野党に妥協する姿勢を見せたくないという考えもあっただろう。

但し、これからのイギリスとEUとの交渉を考えると、議会でメイの提案が頻繁に否決されるという事態は避けたいだろう。EU側との第1段階の交渉でも、メイはその方針を大きく覆した。そのようなことが、議会対策でもあるように思われる。

英EU離脱後どうなるか?

イギリスは、EUを2019年3月に離脱することとなっている。12月8日にイギリスとEU 側は基本的な3つの問題を扱う第1段階の交渉に合意し、貿易を含む将来の関係に関する第2段階の交渉に進むことに合意した。今後の交渉の経緯如何では、イギリスの離脱の時期が変更される、または、離脱後に2年ほど設けると見られる「移行期間」が延長される、さらには現在では考えにくい「合意なし」などの可能性もあるが、イギリスがいずれEUを離脱するのは間違いない。

イギリスとEU側は、お互いができるだけ自由に貿易できる環境を作ろうとしている。しかし、お互いの原則的な条件のために、それを現状維持のような形で実施するのは極めて難しい。

イギリス側の条件は以下のようなものだ。

  • EU市民の英国における権利を制限する(特に労働力の移動の自由)
  • イギリスの主権の回復(EUルール・裁判管轄権から離れる)
  • 非EU国との自由な貿易関係の樹立(現在はEUのみが行い、個別にはできない)

EU側の条件は以下のようだ。

  • EU加盟国の利益を損なわない。
  • EUの4つの自由(もの、サービス、資本、人)を守る。
  • EUの統一を維持する。

いずれの側の条件も100%かなえるのは難しいが、そこに妥協する余地があるともいえる。すなわち、いずれの側も、イギリスがEUを離脱した後、少なくともある程度の期間、経済的な悪影響があることを想定している。

アメリカのシンクタンク、ランドコーポレーションが、イギリスのEU離脱後の経済予測を発表した。このシンクタンクはその予算の半分以上をアメリカ政府から得ており、アメリカ寄りの分析が出ることは予測できる。

このシンクタンクの結論は、以下のようである。

  • EU側と比べ、イギリスへの経済的悪影響が大きい。特に合意なしの場合。
  • アメリカのイギリスへの投資の28%はイギリスがEUメンバーであるため。
  • EUがアメリカに敵対的になる可能性がある。イギリスがEUを離脱すると、アメリカのパートナーとしてのイギリスの影響力がEU内で無くなるため。
  • アメリカ、イギリス、そしてEUの3者間の包括的自由貿易協定が、イギリスの経済にベストだが、そのような協定ができる可能性は少ない。

上記で述べたように、イギリスもEU側も、イギリスのEU離脱で、お互いに経済的にある程度マイナスとなることは覚悟している。ただし、長期的に見ると、イギリスのEU離脱が必ずしもマイナス面ばかりだとは言えないかもしれない。特にEUの経済成長力より、それ以外の国の経済成長力が大きく上回っている例が増えているからだ。

イギリスのEU離脱は、経済的なものというより、政治的なものだ。そしてそれが長期的にどのような結果を招くかは、これからの離脱交渉と世界の今後の政治、経済状況によると思われる。

イギリス第二の都市バーミンガムの吸引力

労働党が政権に就けば、イギリスの中央銀行であるイングランド銀行の部門をイギリス第二の都市バーミンガムに移すという考えを発表した。この背景に見られるのは、単に、政府関係機能を中央のロンドンから地方に移すというだけではなく、人やビジネスがロンドンから他の地域へ移り始めている動きだ。

ロンドンから160キロほど離れたバーミンガムは、産業革命後工業都市として発展。高速道路でつながっている他、現在電車で1時間半足らず。2026年にはハイスピード列車(HS2)でつながれ、49分となる見込み。なお、HS2は、バーミンガム近郊経由でイングランド北部のマンチェスターやリーズにもつながる予定。さらに近郊にはバーミンガム国際空港もある。将来的には、イングランド南部のロンドンと北部、さらにはスコットランドとをつなぐ中継地として重要だ。

イギリスの議会が改修を迫られているが、その一時移転先にバーミンガムの名が挙がった。この案の実現可能性は、国会議員がロンドン好みのためほとんどない。しかし、人口がイギリス第二の110万人近くで、その周辺のウェストミッドランド地方は300万人近い人口があり、自動車産業などハイテクを含む多くの産業がある。

大手の銀行HSBCやドイツ銀行、さらにはPwCもそれらの主要拠点がバーミンガムに移ることに見られるように、イングランド銀行が移転してきても、そのニーズを支える基本的な能力がある。一方、ロンドンの住宅価格と比べると割安なウェストミッドランドに居を移す人もかなり増えている。

イギリスのEU離脱でEUとの将来の関係に不安があり、ロンドンからEU内に拠点を移すことを検討した企業も多いかと思われる。その過程で、ロンドンでなければならないとする考え方が弱くなったように思われる。EUとの交渉の見通しが少し明るくなってきた現在、バーミンガムや、その他の地域に目を向け始めるビジネスもかなりあるだろう。

イギリスとEUの合意の意味

イギリスとEUが、12月8日、貿易を含めた将来の関係に交渉を進めることを合意した。それを受け、12月10日の英国公共放送BBCのテレビ番組で、デイビス離脱相が、合意は、その意図を示したもので、拘束力のあるものではないと主張し、アイルランドが反駁している。

メイ首相らは、最終合意ができるまで、合意は何も意味を持たないと主張しているが、これは、通常の駆け引きとみなされるものだろう。最終合意に至らなければ、イギリスはEU側に離脱清算金を何ら支払わないでよいという主張があるが、これも現実を無視した議論と言える。ハモンド財相は、合意ができようができまいが、お金は支払わねばならないと発言し、非難されたが、イギリスがこれまで国際的に事実上約束してきたことは守らねばならない。そうしなければ、国際紛争となる。

今回の合意には、その内容について疑義や争いが生じた場合の手続きは定められていないが、それゆえにそれが無視できるというものではない。合意の最大の障害となったのは、アイルランド島内の、アイルランド共和国とイギリスに属する北アイルランドの間の国境の問題であったが、もし万一最終合意に至らないことがあったとしても、ここで合意されたことが、将来の両者間の関係に大きな影響を及ぼす。

もちろん、今後の関係をスムーズに保ち、しかも将来の関係交渉をまとめていくためには、今回の合意に沿って話を進めていくことが重要だ。

今回の合意で意外に思われたのは、EU側がメイの苦衷を勘案し、それまで強く主張していた原則にかなり柔軟に対応する姿勢を示したことだ。この合意を見て、EU側が何としても最終合意に至りたいという見方をするものもあるが、決してそうではないだろう。むしろ、メイが、離脱清算金でかなりの譲歩をし、しかもイギリスに住むEU市民の権利の面での合意に至ったことで、EU側はそれら以外の面である程度柔軟に対応できる余地ができたと言える。

イギリス側、EU側が大きく譲歩し、この合意ができたことで、イギリスはかなりソフトなEU離脱をするのではないかという見方が強くなっている。それが成るかどうかは、今後の交渉次第だが、EU側のバルニエ交渉代表、デイビス離脱相の両者がカナダとEUとの自由貿易合意に言及し、基本となる考え方は両者一致しているようだ。そのような状況では、今後の交渉はかなりスムーズにいく可能性が強いだろう。

わかってきたメイのEU離脱交渉基本戦略

イギリスのEU離脱を巡り、12月8日、イギリスとEU側が最初のハードルを越え、貿易を含めた将来の関係の本格的な交渉に入ることとなった。この交渉は2段階に分かれており、本格的な交渉に進むには以下の点で基本的な合意をすることが必要だった。

  • イギリスでのEU市民の権利(EU加盟国でのイギリス市民の権利を含む)
  • EU離脱に伴う、イギリスの支払う清算金(よく「離婚料」と表現される)
  • イギリスとEUとの新しい「国境」となるアイルランド島の北アイルランドとアイルランド共和国との境界の取り扱い

このうち、特に難しいと思われた清算金の支払いで、メイ首相は最終局面で想定額を大きく増やし(具体的な金額を合意したわけではなく、何を払うかについて合意、390億ポンド⦅5.9兆円⦆程度と見られる)、EU側の了解を取ったが、アイルランド国境の問題のために合意が延期されていた。

この交渉過程で、メイのEU離脱交渉の基本戦略が明らかになってきたように思われる。これまでメイ政権は、戦略がない、政府部内での体制が整っていないと攻撃されてきた。しかもハモンド財相が明らかにしたように、イギリスがEUとどのような関係を作るかについて閣議で話し合われたこともなかった。このような「秘密」ぶりが、メイの戦略を見えにくくさせていた。しかし、実際には、メイには戦略があったが、それを隠し、他の人、特に強硬離脱派に誤った印象を与えることで、自らの立場を守ってきたようだ。

昨年2016年6月のEU国民投票で国民がEU離脱を選択し、キャメロン前首相が責任を取って辞任した後、メイが首相に就任した。そして、3人の離脱派、ジョンソン外相、デイビス離脱相、フォックス国際貿易相を任命。そして繰り返し、EU強硬離脱派を喜ばせる発言をすることとなる。また、メイは、ユンケル欧州委員会委員長らを強く攻撃した。しかし、今回の合意前のユンケルらとの最終交渉で示されたように、ユンケルは、メイが交渉相手としてふさわしいと判断するに至ったようだ。

今回の合意の大きな障害となったのは、アイルランド国境問題だった。現在アイルランドと北アイルランドの間には地図上の国境はあるが、検問など物理的な国境はない。アイルランド共和国も北アイルランドの政党もこの現状維持を強く求めていた。そしてEUのメンバーであるアイルランドは、イギリスのEU離脱後もその状態を維持することを保証するよう求めていた。

ところが、メイは既にイギリスはEUの関税同盟も単一市場も離脱すると明言している。このような枠組みがあれば、イギリスの離脱後、EU側とイギリスとの事実上の「国境」となるアイルランドと北アイルランドの国境に検問などを設けずにすませることはできるが、そのような枠組みがなければ、現状維持は困難だ。

そこでメイらが当初選択したのは、他に方法がなければという但し書きがつくが、北アイルランドをEUの規制を必要な限り受け入れる地域とするというものであった。アイルランドとEU側はこれを受け入れたが、イギリスの下院でメイ政権に閣外協力している、北アイルランドの民主統一党(DUP)が反対した。DUPはイギリスとの関係を重んじるユニオニストの強硬派で、北アイルランドがイギリスの他の地域と異なって扱われるのは受け入れられないとしたのである。北アイルランドは多くの面ですでにイギリスの他の地域と異なる扱いを受けているが、メイらの妥協案は、政治的に受け入れられないものだった。DUPも受け入れた最終合意では、北アイルランドをその意思に反して他の地域と異なるようにさせないとし、国境問題の解決策はさらに検討を重ねることで妥協した。

ここで注目されるのは以下の2点である。

まず、メイはこれまでEU側に対して無謀とも思えるような強硬な発言をしてきた。例えば、昨年の10月の保守党大会で、イギリスがEUの単一市場と関税同盟から離脱すると明言し、また、今年1月のいわゆる「ランカスター・ハウス演説」で「悪い合意より合意のない方がよい」と主張した。また、今年5月には、ユンケルらを強く非難した。

一方、メイはEU離脱後、これまでと同様EU市場へのアクセスができるとも発言した。これらの立場が、どこでつなげられるのか?多くは、メイが交渉を全く分かっていないと見ていた。

しかし、今回わかってきたのは以下のようなことである。

確かにメイがEUとの交渉を見くびっていたように思われる。それでもメイにはメイなりの戦略があった。すなわち、保守党内の強硬離脱派をなだめながら、実際にはかなりソフトな離脱をするというものである。

今年6月の総選挙まで、保守党は十数議席他の政党の合計議数を上回っていたが、もし強硬離脱派がメイに反旗を翻すと政権運営が極めて苦しくなる状況だった。そのため、強硬離脱派をなだめるための継続的な発言が要求されたのである。

その一方、離脱後もEU市場に対して同じ便益が得られるという発言は、12月4日のアイルランド国境を巡る草稿で明らかになったように、単一市場、関税同盟と「名前」は異なるが、同じような効果を持つことを想定したものである。すなわち、イギリスは、単一市場、関税同盟から離脱するが、少なくとも北アイルランドで同じような効果を持つことを狙っているということである。

ここで今回のアイルランド国境に関する問題が絡んでくる。メイ政権を閣外協力で支えるDUPの立場は、はっきりしていた。国境は現状維持を求めるが、イギリスの他の地域と異なる扱いは拒否するというものである。DUPらのユニオニスト側は、アイルランド島全体が他のイギリスの地域と関係なしに大きく動き始めると、アイルランド統一の機運が高まるとともに、北アイルランドとイギリスとの距離が広がっていくのではないかと強い懸念を持っている。

メイは、この要求を十分理解していたが、アイルランド国境の問題を解決するために北アイルランドを一定の範囲内で単一市場、関税同盟に残すというのは、将来のEUとの関係交渉で実質上そのような仕組みを作れば、北アイルランドだけが他の地域と異なるという事態を避けられるのではないかという判断があったのではないかと思われる。

ここで問題となるのが、イギリスのEU離脱の目的である。イギリスが「名前」だけEUから離脱するのでは不十分だ。イギリスがEUのメンバーであることで、イギリスの手が縛られているような状況、例えば、イギリスが単独で他の国と貿易交渉ができない、イギリスの主権が「侵害」されているなどの問題をEUから離脱することで解決するという狙いがあった。もしイギリスが単一市場、関税同盟に残れば、もしくはそれに近い状態で関係を維持すれば、イギリスの手が縛られる状態は変わらないこととなる。

メイは、6月の総選挙で保守党の議席を大きく増やし、自分の立場を強化した上で、自分の裁量の余地を増やそうとした。メイが求めたのは、EUから離脱したような、離脱していないような曖昧な状態だが、独自の判断で動ける、そのような立場にイギリスを置くことを狙いとしていたのではないか。

この意味でメイの戦略は一貫してきた。

第二段階の交渉はそう簡単なものではない。強硬離脱派が、メイの戦略をある程度読んだ上でメイの足を引っ張る攻撃を仕掛けてくるだろう。ただし、どのような交渉でも、交渉相手との信頼関係を作ることができれば、交渉は既に半分済んだものと言える。保守党内の強硬離脱派らが反撃に出てくる可能性はあるが、メイがユンケルとの信頼関係を構築し、また交渉の方向性が定まったと言えるため、強硬離脱派のできることには限りがあろう。風前の灯火と見られたメイ政権だが、かなり続く可能性がでてきた。

EU交渉第ニ段階へ

12月8日、EUとイギリスは、イギリスのEU離脱に関する第一段階の交渉が進展したとして、第二段階の交渉へ進むことを明らかにした。12月4日に、メイ政権を下院で支える民主統一党(DUP)の反対によって、土壇場で合意に失敗したが、その後のDUPも関与した交渉で最終的に合意に至ったのである。しかし、EUのユンケル欧州委員会委員長とメイ英首相の共同記者会見は、それほど勝利に満ちたものとは言えなかった。この合意の経過はこれから明らかになっていくものと思われるが、この背景には、党内基盤が弱く、脆弱なメイと、EU側には、メイを救って交渉を進めなければ、イギリスはEUとの合意なしに離脱していくという恐れがあったためと思われる。

結局、アイルランドの国境の問題は、北アイルランドを特別に扱わないと保証することなどで将来に先延ばしにされた。イギリスに住むEU市民の権利の争いについては、8年間、欧州司法裁判所(ECJ)がある程度管轄することとなった。

メイは、非常に困難な立場に立たされていた。もし、この12月に第二段階の交渉へ進むことができなければ、ビジネスがメイに見切りをつけていた可能性があった。しかもアイルランドの国境の問題は、時間が立てば解決するというものではなく、さらにねじれる可能性があった。

この中、EU側は、もしここで第二段階の交渉に進めなければ、メイ政権が崩壊するかもしれない、もしそうなれば、強硬離脱派が首相になる可能性があり、イギリスが合意なしに離脱するかもしれないと恐れたようだ。つまり、メイの方がEUの交渉相手としてよりよいとの判断がEU側にあったと思われる。

これまでのメイのEUとの対決姿勢を強調したレトリックから見れば、メイの立場は大きく変わったと言える。

メイ首相の大博打不発

メイ首相は、12月4日のユンケル欧州委員会委員長との会談で、EU離脱の第一段階の交渉で十分な合意を成し遂げ、第二段階の貿易を含む将来の具体的な交渉に移ることができると考えていた。しかし、その希望を叶えることはできなかった。

何が起きたのか?

実は、4日の午前中、イギリス側とEU側は一旦基本合意した。しかし、メイ政権を閣外協力で支える北アイルランドの民主統一党(DUP:下院に10議席持つ)が、北アイルランドと南のアイルランド共和国の間の国境をめぐる基本合意に反対したため、メイはそれ以上進めることができなかったのである。

第一段階の交渉では以下の項目で十分な進捗がなされる必要があるとされていた。

  • イギリスでのEU市民の権利(EU加盟国でのイギリス市民の権利を含む)
  • EU離脱に伴う、イギリスの支払う清算金
  • イギリスとEUとの新しい「国境」となるアイルランド島の北アイルランドとアイルランド共和国との境界の取り扱い

これまでこの中でもイギリスの支払う清算金が最も難しい問題とみなされていた。メイ首相率いる保守党内の強硬離脱派が巨額の清算金の支払いに反対すると見られていたためである。しかし、この問題は、9月にメイ首相が200億ユーロ(2.7兆円)程度とみられる提案を行い、党内からそう大きな反対の声が出なかったことから、特に重要だと判断される今回のメイ首相のユンケル委員長との会談の際に大幅に増やすことを計画していたものとみられる。先週半ばからイギリスとEUとの交渉が順調に進んでおり、この清算金の額は500億ユーロ(6.7兆円)にも上るとの情報が伝わったが、その段階では、強硬離脱派も異議を唱えることが難しく、合意に対するいくつかの条件を付けるにとどまった。

離脱強硬派も、もし今の時点でメイ政権が倒れるようなことがあれば、総選挙となる可能性が高いことは十分に承知している。総選挙があれば、野党第一党の労働党が過半数を獲得し、政権に就く可能性がある。2017年6月の総選挙で、ほとんどの世論調査会社は大きく結果を読み誤ったが、最も正確だった世論会社の行った世論調査によると、支持率で労働党(45%)が保守党(37%)を大きくリードしている。メイ首相を追い詰めれば、保守党が政権を失うことにつながる。

この状況を逆手にとって、メイ首相は、大胆な清算金支払いに応じる決断をしたようだ。そして、この戦略は一定の成功を収めたようだ。ところが、これだけでは不十分だった。

アイルランドの国境問題

北アイルランドの問題は、第一次世界大戦後、アイルランドがイギリスから離れ、アイルランド自由国を設立した時にさかのぼる。カソリック以外のキリスト教信者(プロテスタント)の多くが、アイルランド島の北側の、イギリス領に属する北アイルランドに移り住んだ。そして、それまでに住んでいたカソリックの人々は差別されることとなる。これが後に、北アイルランドの南のアイルランド共和国との統一を求めるIRAなどの、いわゆる「トラブルズ」と呼ばれる3000人以上が犠牲者となる武力闘争を招く。そして1998年のグッドフライデー(ベルファスト)合意で武力闘争が終結した(ごく一部の分派の活動は続く)。この合意は、それまでの歴史的な経緯を踏まえ、プロテスタント側の、イギリスとのつながりを重視する立場と、カソリック側の立場を同等に重視し、バランスを取ったもので、イギリス政府とアイルランド政府がその後見人となるというものであった。北アイルランドとアイルランド共和国の間には、地図上の国境はあるが、国境の検問もなく、通り過ぎてから道路の標識を見て、他の国に入ったとわかるような状態である。

ところが、メイ首相が、イギリスはEUから離脱し、その関税同盟にも単一市場にも残らないとしたことから問題が複雑になった。というのは、イギリスがEUから離脱し、関税同盟にも単一市場にも残らなければ、EUとイギリスの地上での境は北アイルランドとアイルランド共和国との国境となるからである。そのため、両国の499キロにわたる国境に通関などを設ける必要があることとなると考えられた。

イギリス側は、最新のテクノロジーを利用し、自動的な物の通行ができる制度を導入しようとしたが、それではEU側、特にアイルランドの合意が得られなかった。

メイ政権は、2017年6月の総選挙で過半数を失い、DUPの支持を受けて政権を運営しているが、このプロテスタント政党は、アイルランドとの間に具体的な国境を設けることには反対だが、イギリスとのつながりを重視し、北アイルランドがイギリス本土と異なる取り扱いを受けることを受けいれない立場をとっている。メイ首相が、この立場にどの程度配慮したのかは不明だが、メイ首相の計算が誤っていたのは、EU側との基本合意がほぼできた段階で、DUPの了解が取れず、合意ができなかったことではっきりしている。

この基本合意の内容は、北アイルランドは、他に方法が見つからなければ、EUの規制に基本的に従うというものであった。つまり、関税同盟もしくは単一市場に残ることをある程度認めたものであり、イギリスの他の地域とは異なった地域となるというものであった。

北アイルランドのプロテスタント系の政党、並びにDUPの支持者らは、この提案に真っ向から反対している。もちろん経済的には、北アイルランドは、EUとイギリスの「いいとこ取り」をできる可能性があり、投資などでかなり有利になると見られるが、これらの政党にとっては政治的に大きな痛手となる。とくにDUPには、最大のライバルであるアルスター統一党(UUP)の復活を招く可能性がある。

この状況下では、メイが、アイルランドの国境問題で、これらの政党の了解を得て大きな前進を勝ち取るのは難しく、メイの離脱交渉戦略全体に大きな暗雲が立ち込めたといえる。

Brexit交渉どうなる?

イギリスのEUとの離脱交渉は、大きな分岐点にさしかかった。この12月のEU首脳会議で、これまでの交渉で十分な進捗があったかどうかが評価される。もしあったと認められれば、第二段階の交渉に移れるが、もしそうでなければ、第二段階の交渉はさらに先になる。

交渉プロセス

1.    第一段階の交渉

  • イギリスでのEU市民の権利(EU加盟国でのイギリス市民の権利を含む)
  • EU離脱に伴う、イギリスの支払う清算金
  • イギリスとEUとの新しい「国境」となるアイルランド島の北アイルランドとアイルランド共和国との境界の取り扱い

2.    第二段階の交渉

  • 貿易を含めた将来の関係

イギリスは、2016年6月の国民投票でEUから離脱することを選択した。しかし、イギリスとEUとの交渉は決して対等のものではない。イギリスは、EU28か国のうちの1国に過ぎず、経済力も人口の面でも、他のEU27か国全体と比べるとはるかに小さい。そのため、交渉は当然EU主導となる。もちろんEU側は、イギリスに多くのEU市民が住み、働き、イギリスを生活の基盤にしている人も多いこともあり、イギリスがスムーズに離脱し、経済的にも政治的にもEUとイギリスとの良好な関係を維持する方がよいことは十分に承知している。しかし、イギリスの要求に屈服するような形での離脱は絶対に避けたいと考えている。すなわち、EU内の利害と結束を最も重視するという立場だ。

ただし、ここで考慮に入れておかねばならないのは、時間的な制約である。2017年3月末にイギリスはEU側に離脱通知を送ったが、離脱交渉期限は2年間と定められている。すなわち、2019年3月末にイギリスはEUを離脱することとなる。2年の後、一定期間の移行期を設けるにしても、それを設けるかどうかの交渉もそれまでになされておく必要があり、そのためには、かなり具体的に将来の関係がどのようなものとなるかの合意が必要である。問題は、この12月に第二段階への交渉への移行が合意されないと、交渉時間が本当になくなるということである。次のEU首脳会議は2018年3月であり、EU27か国の合意や欧州議会の合意を得るためには、2018年秋までに交渉の合意がなされておく必要があり、将来の関係の交渉期間が半年ぐらいになってしまう。この複雑な交渉をその期間で実施するのには、大きな疑問がある上、ビジネスの投資は、1年以上前になされる傾向があることから来年3月から将来の関係交渉を始めるのでは遅すぎると見られている。

そのため、メイ政権は、12月の第二段階交渉開始のために、最大の努力をしている。第一段階の交渉の中で最も大きな問題は、イギリスの清算金支払いであったが、その額も、EU側の額に大きく近づいてきた。ところが、アイルランドの国境問題で、アイルランドが態度を硬化させ、イギリス側からはっきりとした保証がなければ、第二段階の交渉に入ることに意義を唱えると主張し始めた。このアイルランドの要求は、至極当然の物であろう。メイ政権や保守党内の強硬離脱派は、これまでこの問題を軽んじていた傾向がある。

さらに保守党内を中心とした強硬離脱派らは、メイ首相に、巨額の清算金を支払うことに対して、メイ首相がそのまま飲めないような条件を突きつけた。

メイ首相にとっては、12月4日のユンケル欧州委員会委員長との会談で、12月に第二段階の交渉開始を決めたかったと思われるが、まだ多くの難問がある