メイに拍手喝采したEUリーダーたち

メイ首相が12月14日、EU首脳の夕食会に出席した。そこで短いスピーチをしたメイを他の首脳が拍手喝采でたたえたという。イギリスのEU離脱交渉には、いいニュースだろう。2段階の交渉のうち、第1段階の交渉で合意に至り、貿易を含む将来の関係を扱う第2段階の交渉に進むこととなったが、今後の交渉が比較的明るいものとなる兆しである。

イギリスの下院の採決で、EU離脱関係で初めて敗れたばかりのメイも他のリーダーたちの拍手には喜んだだろう。しかし、これは国内政治的にはそうよいニュースではないだろうと思われる。というのは、特に強硬離脱派が、メイが第1段階の交渉で譲歩しすぎたのではないかという疑いを強めるからだ。これからの国内対策が難しくなるかもしれない。

Blessing in disguise

これまでのEU離脱交渉の展開を見ていて、強く感じることがある。英語に“Blessing in disguise(不運に見えるが実は幸運)”という言葉があるが、これが当てはまるのではないかと思われる。

昨年7月に首相に就任して以来、メイの首相としての能力には疑問符が付きっぱなしであった。首相官邸前の最初の演説で、メイは、なんとか生計を立てている人たちを助けると言いながら、それは言葉だけで、実行されていない。メイの最重点項目の一つだった、能力選別「グラマースクール」の拡張、新設政策は、保守党内でも多くの反対を受け、既に放棄した。権限移譲できず、小さなことにこだわりすぎ、しかも「秘密裏」にことを進める傾向は、EU離脱交渉でもそうで、政府内で何が起きているかわからないという不満が募り、政府内のまとまりを欠いた。

大勝するとの世論調査予測でメイが突然実施した今年6月の総選挙では、予想外に保守党は議席を減らし、過半数を割り、北アイルランドの統一民主党(DUP)の10議席の閣外協力で政権を維持していく羽目に陥った。メイ政権は風前の灯火で、いつ崩壊するかわからないという状況だったが、これまで生き延びてきた。総選挙で議席を伸ばした、コービン党首率いる野党労働党が復活の兆しを見せ、もし再び総選挙があれば労働党が政権に就く可能性がある上、EU離脱という難問を処理しなければならず、保守党でメイの後の火中の栗を拾う人物が現れなかったことがその大きな原因だ。

メイは、12月初旬、追い込まれた立場にいた。イギリスのEU離脱に伴うこれまでの責任負担部分の支払い(いわゆる「EU離婚料」)ばかりではなく、政権を維持していくためにアイルランドの国境問題にも全力で取り組まざるを得なかった。EU側も、メイが国内的に苦しい立場にあることは十分に承知しており、協力的だった。

保守党が下院で過半数がないため、メイは、従来のドグマ的で専横的な政権運営から、保守党内の考え方の違い、野党の動き、さらに北アイルランドのDUPの意向などを慎重に見極めながら政権運営をしていかざるをえなくなっているが、それが現在の状況につながっている。まさに“Blessing in disguise”ではないか。

英国下院のEU撤退関連の採決でメイ政権が敗れる

12月13日の下院で、EU撤退法案の修正案が4票差で可決された。EU離脱に関して、メイ政権が敗れるのは初めてである。イギリスの新聞にはこれを殊更に騒ぎ立てる向きがあるが、実際にはそう大きな意味があるとは思われない。メイ政権は下院で過半数がなく、北アイルランドの10議席を持つ民主統一党の閣外協力で政権を維持している。そのため、もし少数の保守党の下院議員が、今回は11人だったが、反対票を投じれば、政府提出法案が否決されることとなる。

この修正案は、EU撤退法案が、EUとの最終合意の実施を政府が命令で行うことができるとしていることに歯止めをかけるもので、議会が法制の形で最終合意を承認しなければできないとしたものである。政府側は、これまで議会に最終合意を承認するか承認しないかの採決をさせるとしてきたが、もし承認しなければ、合意なしの離脱だとしてきた。また、そのような議決の時期がいつかはっきりしていなかった。

EU撤退法案には、イギリスがEUを離脱するにあたって、これまでイギリスの法制でEUの法令に依拠していた部分を、一挙にイギリスの法制とすることを含んでいる。2万にもわたると思われる項目を検討していくには膨大な時間がかかり、しかも最終合意の内容次第で変更方法が異なるかもしれない。実情にそぐわないものは、管轄大臣の職権で変更できるとしているが、本来、議会で吟味して決められるべきものを、このような方法で行うのはおかしいという議論があり、メイは譲歩した。

イギリスは、議会主権の国である。すなわち、議会の法制権をバイパスするようなやり方は、EU離脱が本来、イギリスの主権を取り戻すという考え方から出てきていることを考えると、EU離脱の場合でも、本来の目的にそぐわないこととなる。

多くは、大臣が職権を党利党略に使う可能性があると心配している。そして、議会がきちんと関与した方法を模索すべきだとする考え方が、保守党内にもある。それらの人たちは、いわゆる「EU残留派」であり、それがゆえに、イギリスのEU離脱に反対していると攻撃されている。しかし、これらの人たちが求めた改正案は、そう極端なものではない。

今回の事態に至ったのは、メイ首相の考え方にあるのは間違いないように思われる。EUとの間で第一段階の交渉に合意し、貿易を含む将来の関係を扱う第二段階の交渉に進むこととなり、保守党内をかなりまとめることができたと判断し、その勢いで、今回の採決も乗り切れるだろうと判断したのではないか。メイ政権には、裁量の余地を残したいという気持ちからか、このような雑な計算がしばしばある。きちんとした議論を詰めるべきだった。政府側は、採決前、反乱の可能性のある議員に猛烈な働きかけをしたが、不十分だった。保守党内の強硬離脱派に配慮し、メイが簡単に野党に妥協する姿勢を見せたくないという考えもあっただろう。

但し、これからのイギリスとEUとの交渉を考えると、議会でメイの提案が頻繁に否決されるという事態は避けたいだろう。EU側との第1段階の交渉でも、メイはその方針を大きく覆した。そのようなことが、議会対策でもあるように思われる。