Brexit交渉の本質

通常、外国との関係、特に貿易交渉は、お互いの利益を図り、関税等を低くすることに重点が置かれる。しかし、Brexitの交渉は必ずしもそうではない。イギリスとEUとの交渉では、お互いの関係をより疎遠にし、関税、非関税障壁を上げる方向で動いている。この背景にはイギリス側、EU側双方の思惑がある。

多くのイギリス人には、欧州との関係が行き過ぎているという感覚がある。他のEU加盟国の国民が自由にイギリスに来て生活することができ、それが公共サービスに重荷になっているだけではなく、イギリス国民よりも優先されているという印象がある。また、欧州司法裁判所がイギリスの裁判所の上位にあり、イギリスの主権が失われてきている、EUに多額の負担金を支払っているという不満がある。それらの感覚が昨年のEU国民投票で離脱派が多数となるという結果を招いた。経済的なものだけではなく、政治的、感情的なものを含め、様々な要素が複雑に絡み合っている。それを単に、経済的な面だけで割り切ろうとするのには無理がある。

一方、EUという組織への疑いもある。巨大な官僚組織であり、民主的な吟味の過程を必ずしも経ることなく、EUの判断がそれぞれの加盟国の国民に大きな影響を与えている。確かにEU法令には、労働、環境、消費者の保護など、多くのプラス面があるが、その政策決定に不透明な点がある。秘密裏に進められていたEUとアメリカとの環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP)交渉が漏えいされ、ネオリベラル的な規制緩和で、大企業に有利な制度となる可能性があったことが明らかになったが、そのすべてが前向きであるわけではない。

また、産業の国有化や、国からの援助には、一定の制限があり、現在のままでは、例えば、労働党が2017年総選挙マニフェストで謳った、鉄道などの再国有化などの政策が実施できない可能性がある。

フランスのマクロン新大統領の主張しているように、EU改革の話があるが、それが、これからどの程度前進するか、どのような形でまとまるかなど、その行く手がはっきりしていない。EU改革の議論はこれまでにもあったが、その方向性は「さらなる緊密化」であり、イギリス国民にある不満を解決する方向ではなかった。

イギリスはEU離脱の決断をした。国民投票そのものは、諮問的なものであったが、イギリス人の二者択一の政治感覚では、その差が小さくとも、どちらかが勝てば、それに従うのが当然である。それがイギリスの政権交代の本質でもある。議会でも、イギリスのEU離脱作業を開始するリスボン条約50条による通知に保守党、労働党が賛成し、承認された。

先述したように、EU離脱に投票した人たちには、様々な思いがある。これを経済的な、単一市場に残る、もしくは関税同盟に残るかどうかの議論に集約してしまうのには無理があるといえる。むしろ、国民の様々な思いを反映した、イギリス独自のEUとの関係を求めていく方向にはそれなりのメリットがある。この点で、最終的な考え方に差はあるものの、保守党のメイ首相や労働党のコービン党首が求めている方向性は正しいように思われる。

というのは、多くのコメンテーターたちの議論する、単一市場や関税同盟の「選択肢」には多くの問題があり、複雑な国民の気持ちを反映したものとはかなり離れた結果となる可能性が高いためである。

単一市場に残るかどうか?

EUを離脱しながら、EUの単一市場に残る、すなわち、欧州経済地域(EEA)に残るという案がある。この案の問題は、人の移動の自由を含む、いわゆる4つの自由を守る必要があり、しかも、EUの規制下に残る必要があることだ。すなわち、国境のコントロールと主権の回復ができないという問題である。欧州司法裁判所の判断に従う必要があり、しかも巨額の支払い義務が継続する。

例えば、ノルウェーはEU加盟国ではなく、EEAのメンバーとして単一市場にアクセスが許されているが、その人口一人当たりの負担金は、他のEU加盟国の6割余りである。一方、EUの執行機関である欧州委員会の委員の任命権はなく、欧州理事会で意見を述べ、投票する権利はない。欧州司法裁判所への判事の任命権もない。ノルウェーなどのEEA加盟国の人口は少なく、その国民性もイギリスとは大きく異なる。多くのお金を支払いながら、イギリスがEU主要国の座からほとんど影響力のない「属国」となれば、国民は納得しないだろう。

関税同盟はどうか?

関税同盟は、物の関税に関するもので、関税同盟以外の国との関税を統一するものである。ただし、このメンバーはEUの加盟国のみで、これらの国のみが他の国との交渉権を持つ。関税同盟の話で、よくトルコの話が出てくるが、トルコは、EUとの合意に基づく、別の関税同盟のメンバーであり、広い意味で関税同盟のメンバーではあるが、基本的にEU加盟国の関税同盟の決定に対する影響力は乏しく、関税同盟以外の国との交渉権はない。すなわち、それ以外の国との2国間貿易合意はできないこととなる。

さらにイギリスはEUの判断に従わざるを得ず、一方、欧州司法裁判所の判例に従う必要があるが、この裁判所に訴えることはできない。また、EUとアメリカの貿易合意ができれば、それをイギリスも受け入れる必要があるが、それが必ずしもイギリスの利益となるとは限らない。

結局、単一市場も関税同盟の方向も、現在のままでは、イギリス国民がとても受け入れられるものではないと思われる。

経済的な面で、イギリス経済に大きな影響を与えないよう、単一市場や関税同盟のような効果を求めながらも、特定のモデルに拠った方向ではなく、イギリスとEUの双方が受け入れられる、最善の道を求めるという立場にならざるを得ないこととなる。この立場をメイ首相も労働党も取っている。