「裸の王様」のようなメイ首相

2017年3月29日、イギリスはEUに離脱の通告。2年間の離脱交渉が始まった。通告書の中で、メイは、EU離脱交渉と、貿易関係も含む離脱後のイギリスとEUとの関係についての交渉を同時並行で進めることを要求。また、イギリスが優位なセキュリティの分野を交渉の道具に使うことを明示した。

また、通告後のインタビューでメイ首相は、イギリスは「離脱後も貿易で同じ便益を受けると思う」と発言した。

EU離脱交渉と離脱後の関係の交渉を同時に進める要求は、EUの盟主であるドイツのメルケル首相が拒否。まず、EU離脱交渉が先行し、それがまとまった段階で離脱後の交渉に入る方針を明らかにした。また、6ページの文書でセキュリティに11回触れているが、これは脅迫だという批判がEU側、さらにはイギリス国内でも出た。

さらに離脱後も貿易で同じ便益を受けるという発言は、3月30日、デービス離脱相が、それは野心だと釈明する羽目に陥った。

メイは、内相時代から自分に都合の悪い事態が発生すると、内務省の担当大臣をインタビューに派遣して答弁させるという傾向があった。今回も同じである。

ただし、イギリスのEU離脱交渉は、これまでになかったほど大規模、複雑、困難な交渉で、イギリスの将来がかかっている。このような大切な交渉にかかわる問題では、メイが自ら説明すべきではないか?

この事態を目のあたりにして、メイは「裸の王様」になっているのではないかと感じた。つまり、メイに本当のことを率直に言う人がその周辺におらず、メイの判断が大きく狂っているのではないかということである。離脱交渉で重要な3閣僚、外相、離脱相、国際貿易相はいずれも離脱派である。財相は残留派だったが、メイとの関係がよくないと見られている。経験豊富なイギリスの前EU大使は、2017年1月に突如辞任した。メイ政権の離脱交渉への考え方が非現実的だと判断したためである。

EU側は自分たちの利益と結束を守ることに躍起である。イギリスが有利に離脱することを防ぎ、他の国が離脱に魅力を感じることのないようにする必要がある。そのためには、イギリスにこれまで約束したことの責任を果たさせ(支払い)、労働力の移動の自由とEU単一市場へのアクセスは切り離せないという原則を貫き、イギリスにいいとこ取りをさせないようにしなければならないという考えがある。

メイが言うような、離脱後も同じ便益を受けるというのは、上記に反する。

イギリスは6400万の人口だが、EU全体の人口5億1千万の市場にアクセスしたい。このためイギリスの立場は強くない。その中でメイの手の内が限られているのは理解できるが、メイのやり方は、EU側の多くを反発させ、交渉をさらに厳しくさせるだけのように思われる。

メイのBrexit

2017年3月29日、イギリスはEUに離脱通知を手渡す。2016年6月23日の国民投票で国民が52%対48%でEU離脱を選択して以来9か月、やっとそのプロセスが始まる。

この間、EU離脱の結果の責任をとってキャメロン首相が辞任、そして後任の保守党党首にテリーザ・メイ前内相が選ばれ、7月13日、首相に就任した。メイ首相は、もともと保守党内の右で、EU離脱を目指す欧州懐疑派に近いと見られていたが、EU国民投票ではEU残留派に名を連ねる。しかし、EU国民投票前のキャンペーンでは、できるだけ表面に立たないよう慎重に行動し、キャメロン首相の広報戦略局長が内情を明らかにした著作でメイの行動を批判した。

メイは閣僚の中でも最も重要なポストの一つ内相を6年間勤めてきており、しかも手堅いと思われたことが首相となった要因だが、首相就任後、レトリックで、その手堅さを捨て去り、国内的な政治的得点稼ぎにまい進し始めた。

メイはこれまでの8か月で自らほとんど何も成し遂げていない。しかし、そのレトリックと弱い労働党のおかげで、世論調査では高い支持率を維持している。

EUとの関係で、メイは、EUからの移民の制限が優先で、関税などの障壁がない欧州単一市場から離脱するとした。そしてEUとの離脱交渉、さらに貿易関係を含むEUとの将来の関係交渉を2年以内に終えるとし、しかも「悪い合意をするよりも合意のない方が良い」と主張するに至る。

このようなレトリックは、国民には強いリーダーのような印象を与え、期待が集まる。しかし、最近になって、これまでの主張は現実的ではないと悟るに至ったようだ。

2年後、合意なしでEUを離れた場合、輸出の半分近くを占めるEUへの輸出には、その日から関税がかかり始め、輸出関係書類などの複雑な手続きが必要となる。一方、EUからの輸入を審査するシステムを構築する必要があり、ある推計では、現在のスタッフを10倍近く増員する必要があるという。しかもEU以外の国との貿易もこれまでEU管轄下のシステムで行われていたが、それがWTO管轄下のシステムにスムーズに移行できるとは考えられていない。

イギリスの国家公務員たちは、財政削減と行政改革で第二次世界大戦後、最小のレベルであり、現在抱えている仕事の上に、過去40年余りの関係を清算し、またイギリス法の中のEU法を仕分けするような複雑で困難な仕事まで対処する能力には乏しい。メイは、一つの法律でイギリスがEUの前身に加入した際の1972年EC法を廃止し、一挙にEU法をイギリス法の中に組み入れる方針だが、それだけでこの問題が解決するわけではない。

スコットランドの独立住民投票の問題でも、そのような住民投票が許されるかもしれないのは、EUとの交渉が終わるばかりか、その後の調整等が終わった後だとして、事実上、無期限に先延ばしし、EUとの交渉が2年では終わらないだろうと考えていることがうかがえる。

実際、EUとの離脱交渉は2年で終えることができるかもしれないが、重要な離脱後の関係交渉をその期限内で終えることができるとみている人は少ない。いずれにしても何らかの移行合意が必要になると見られている。

メイは、これまで離脱交渉と将来の関係交渉を同時並行で進めることができると見ていたが、EU側は、離脱交渉の中で最も重要な「離別清算金」の交渉をまず優先する姿勢だ。これはすでにイギリスがEUのプロジェクトなどで支払うことを保証している金額である。すなわち、この問題が解決できなければ、将来の関係の実質的な交渉に入れない状況だ。

この「清算金」の金額は600億ユーロ(520億ポンド:7兆3000億円)との非公式の概算がある。イギリスには、この「清算金」を払うことなしに離脱できるという議論があるが、もしそのようなことをすれば、EUとの将来関係は、極めて困難なものとなる。離脱派は、現ジョンソン外相も含め、国民投票前のキャンペーンで、イギリスがEUから離脱すれば、イギリスが「週に3億5千万ポンド(490億円)のEUへの負担金をNHS(国民保健サービス)に向けられる」と訴えた。この離脱派の数字は正確ではなく、偽の情報だと攻撃されたが、離脱派はそれを貫き通した。その人たちは、巨額の「清算金」を支払うのには抵抗するだろう。

イギリスは、EU予算の12%を拠出している。イギリスの離脱でそれがなくなるのは大きな痛手だ。EUの中でも、東欧らの経済的に比較的恵まれていない国は、EUからの開発資金などに依存しているが、EUからの援助が大きく減少する状況に面している。これらの国がそう簡単に「清算金」の問題で譲歩するとは考えにくい。

EU側の交渉担当者は、交渉の経緯を透明にすると発表している。すなわち、裏取引のようなことを排除し、またイギリス国民にはっきりと交渉経過を見せることが念頭にある。

結局、強いレトリックで国民の期待を煽り、「悪い合意をするよりも合意のない方が良い」と主張したメイだが、「清算金」の問題で、国内的にもEUとの関係でも躓く可能性がある。この問題をいかに乗り越えられるかがメイの最初の大きな課題である。