労働党党首選:コービンが大勝する見込み

労働党の党首選で、投票が行われている。現職のコービンと影の労働年金相だったスミスの2人が立候補している。この投票は9月21日に締め切られ、その結果は9月24日に発表される。

この党首選に投票できる人に世論調査した結果が発表された。それによると、コービン支持が57%、スミスが35%の支持、未定が8%となっており、未定を除くと62%対38%で、コービンが前回の昨年9月の党首選で獲得した59.5%を上回る勢いとなっており、コービンが当選するのは確実な状況だ。

この世論調査会社は、有権者の極めて大きな登録ベースを持っており、その結果、労働党の党首選の有権者をピックアップし、有意義な世論調査、すなわち1000プラスのサンプルで世論調査を実施できる。前回の4人の立候補した党首選でも同様の世論調査を実施した。それでは、コービン支持が53%で、2番目の候補に30ポイントの差をつけており、コービン圧勝を予測した。党首選の結果は、1回目の開票でコービンが59.5%を獲得し、半分以上の票を獲得したため2回目以降の開票が必要なかった。なお、コービンは2番目の候補に40ポイントの差をつけた。

前回党首選で、この世論調査会社のコービン大勝の予測があたったため、今回の世論調査も注目される。この結果によると、党首選有権者カテゴリーの3部門である、党員(今年1月12日までに加入した者)、労働党関連団体サポーター(今年1月12日までに関連団体のメンバーとなり、投票の権利のある者)、登録サポーター(今年7月の48時間の枠内に25ポンド⦅3500円⦆を支払った者)のいずれの部門でもコービンが優勢だ。

カテゴリー コービン スミス 未定
全体 57 35 8
党員 52 40 8
関連団体サポーター 54 33 13
登録サポーター 70 25 5

興味深いことは、ミリバンド前党首下の2015年総選挙までに入党した党員の下では、スミスがコービンを支持率で68%対32%とリードしているのに対し、ミリバンド辞任後の2015年5月から9月に入党したメンバーでは、スミスへの支持は28%に下がり、しかもコービン党首当選後の9月以降に入党した人の間では、スミス支持は14%に下がる。つまり、新しいメンバーほどコービン支持が強い。

前回の党首選では、有権者登録は、有権者データベースの整理の始まるまでできたが、今回は、新しい党員・サポーターが圧倒的にコービン支持であることが明らかであったため、党員入党などが1月12日までに限定され、しかも登録サポーターは、48時間の枠を設けられ、しかも登録費が前回の3ポンドから25ポンドに大幅アップされた。それでもコービン支持の強さが浮き彫りになっている。

この世論調査会社のデータベースに偏りがある可能性は否定できず、また、18万人余りの登録サポーターのうち、5万人近くが様々な理由で投票を拒まれているとも伝えられている。投票締め切りまでにはまだ3週間あり、最終的な結果が、この予測通りにならない可能性はあるが、大勢としては、既に多くが予想しているように、コービン大勝の結果となるように思われる

政党の党員数

保守党の党員数が、EU国民投票から急増していると言われる。その数は5万人と言われ、それをメイ新首相の誕生による「メイ・マニア」効果とする見方があるが、実際には、もっと複雑なようだ。キャメロン前首相辞任後、党首選に投票するために入党した人が4人に3人という地方支部もある。保守党の党員数に関する最も新しい情報は、2013年12月現在のものであり、保守党の党員数は、それ以来、減少していたことがうかがわれる。党員の「急増」の結果、現在どの程度の党員数になっているかは不明だ。

なお、労働党、自民党、SNPも6月23日に行われたEU国民投票の後、党員数が増加している。

下院図書館が2016年7月現在でまとめた現状(8月5日発行)では以下のとおり。

政党 2016年07
労働党 515,000
保守党 149,800 2013年12月が最新の数字
SNP 120,000 2013年12月には、25,000
自民党 76,000
緑の党 55,500 2013年には138,000
UKIP 39,000 2015年5月には47,000
PC 8,300

:緑の党はイングランドとウェールズのもの
PCはウェールズの地域政党プライド・カムリ
SNPはスコットランドの地域政党スコットランド国民党
UKIPはイギリス独立党

労働党の党員は、有権者の1.1%、すなわち100人弱に1人程度であり、また、SNPの党員は、スコットランドの有権者数と比較すると、2.9%であり、スコットランドの有権者30数人に1人がSNPの党員ということになる。

SNPと労働党

スコットランドの政情は、過去10年で大きく変わった。2005年の下院総選挙(完全小選挙区制)では、労働党がスコットランドに割り当てられた59議席のうち41議席を獲得したが、2年後の2007年のスコットランド議会議員選挙(小選挙区比例代表併用制)で、スコットランド国民党(SNP)が第1党となり、少数与党として初めて政権を担当。2010年総選挙では、労働党が41議席(SNPは前回同様6議席)を維持したものの、2011年のスコットランド議会議員選挙では、SNPが過半数を制し、2014年のスコットランド独立住民投票が可能となった。独立住民投票は、55%対45%で独立が否定されたものの、2015年の総選挙では、SNPが59議席のうち56議席を獲得。2016年のスコットランド議会議員選挙では、SNPが過半数を若干下回ったものの、2007年以来、与党として政権を担当している。一方、労働党は、2015年総選挙でわずか1議席に留まったばかりではなく、2016年スコットランド議会議員選挙では、かつて牙城だったスコットランドで、サッチャー政権以来嫌われていた保守党を下回り、議会第3党となった。

労働党は、なぜわずか10年ほどで急に勢力が衰えたのか?

労働党が有権者の信を失い、その上、2010年総選挙で政権を失い、政党として投票する魅力がなくなった。一方、その代わりにSNPが中道左派の選択肢となったためである。労働党がエスブリッシュメントの政党となり、かつての労働党支持者が離れていった。SNPは、2007年の政権では、全129議席のうち47議席しかなかったが、政策ごとに提携政党をうまく選択し、無難な政権運営をした上、特に2011年以降、イギリスから独立するという党是を武器にスコットランドの愛国心を煽り、キャメロン政権に立ち向かい、独立住民投票を実施させた。また、スコットランドの大学の学費無料を継続し、教育、福祉に力を入れ、スコットランド住民第一の姿勢を維持し、住民の信頼を勝ち得たといえる。それが2015年の総選挙ではっきりと出た。

この状態から労働党を立ち直らせるのは簡単ではない。

8月25日、労働党の党首選で立候補しているコービン党首とスミス前影の労働年金相の討論会がスコットランドのグラスゴーで開かれた。党首選討論会は全国で行われている。この党首選の投票は既に始まっており、9月21日に締め切られ、その結果は9月24日に発表される。コービンの当選は確実視されており、コービン支持者はスコットランドでも増えている。しかし、スコットランドの独立に反対しているため、スコットランドでの支持者の増え方は、イングランドやウェールズほどではない

6月23日の国民投票でイギリスは欧州連合(EU)からの離脱を選択したが、スコットランドでは3分の2近くが残留に投票した。労働党は残留の立場でキャンペーンしたが、コービンはキャンペーンを中途半端に行ったと批判された。コービンは、1975年のEC(EUの前身)国民投票で離脱票を投じた人物であり、また、EUとアメリカとのTTIP貿易投資パートナーシップ協定に反対している。しかし、労働者や消費者の権利などを考え、全体として残留を支持するという立場だった。

この討論会は、残留派の多かったスコットランドで行われ、SNP党首のスタージョン首席大臣が、スコットランドがEUから離脱しないために最大限の努力をすると主張しているため、スミスは、この国民投票の問題でコービン攻撃に出たと思われる。スミスは、2度目のEU国民投票を含め、イギリスのEU離脱を防ぐことに力を入れている。6月の国民投票の結果をそのまま受け入れたコービンが国民投票では離脱に投票をしたのではないか、また、その結果を喜んでいるのではないかと主張した。これに対し、コービンは残留に投票したと即座に答え、残念ながら離脱の結果となったが、民主的な選択の結果に従う必要があると答えた。そして、そのような疑問を投げかけたスミスは、保守党支持のタブロイド紙デイリーメールなどのレベルに落ちていると示唆した。

スコットランドの労働党建て直しについては、スミスが、革新的な政策で保守党政府を攻撃し、政権を取り戻すことが必要だとしたが、具体的な内容に欠けた。一方、コービンは、労働党とSNPは政党の伝統も目的も異なる、労働党は勤労者のための政党だが、SNPはスコットランドの独立を求める政党だと指摘した。コービン労働党は反緊縮策を訴えており、コービン政権が誕生すれば、スコットランドへの財政支援を打ち出すと約束した。

スコットランドは、これまで大きな財政収入源と期待していた北海油田からの税収が、オイル価格の騰落でほとんどゼロになり、その2015年度の財政赤字は、名目上スコットランドのGNPの10%近くとなっており、イギリス全体の財政赤字が5%を下回るのに対し、2倍以上である。スコットランド政府は、財政削減にも取り組んでいるが、教育や福祉などの人気政策の変更を渋っているため、そのしわ寄せは、地方自治体にかかっている。この財政状況は、イギリスの枠内であればしのげるが、独立国としては維持が難しく、独立機運が増す可能性は乏しい。

スタージョン政権では、財政削減に取り組みながら、スコットランドでの政権支持の維持に取り組んでいく必要があり、今後厳しい時期を迎えると言える。ここに、労働党回復のカギがある。コービンは、労働党が政権を取れば、スコットランドを助けることができるというのである。

コービンもスミスも政権樹立のためのSNPとの連携を否定している。議員の数の上では、例えば、2015年総選挙で232議席を獲得した労働党と56議席のSNPが提携すれば、288議席となり、全650議席のうち330議席を獲得した保守党から、労働党が次期総選挙で、例えば30議席獲得すれば、政権を獲得するための土台ができる。もし40議席獲得すれば、労働党とSNPで過半数を占められる。しかし、次期総選挙で、労働党が一挙に単純過半数の326議席(もしくは選挙区区割りが変更されれば、全600議席となり、301議席となる)の獲得を目指すのは、不可能と言えないが、かなり困難だ。労働党の下院議員の4分の3がコービンを不信任したのは、世論調査の支持率で労働党が低迷している上、有権者のコービンへの個人評価が極めて低いために次期総選挙では、議席を獲得するどころか、さらに大きく議席が減るという不安があるためだ。そのため、党首を変えようとした動きが、今回の党首選につながっている。

コービンは、労働党の政策にSNPが賛成するのは自由だが、それを政党間の提携のような形では行わないという。2015年総選挙で保守党やその支持メディアが、「弱いミリバンド(労働党前党首)」を「狡猾なサモンド(SNP前党首で、前スコットランド首席大臣)」が操るイメージを振りまき、保守党が過半数を制し、労働党が惨敗する一つの原因となった。同じようなことが起きることを警戒しているためだ。

いずれにしても、ここ10年ほどの選挙結果から見ると、スコットランドの住民は政権から離れた労働党に愛想をつかしており、これまでの政治への不満を集め、巧みな政策と政権運営を行ってきたSNPへの支持が強くなった。ところが、SNPは財政的にかなり厳しい状況となっており、これまで通りの政策の実施が困難になってきている。また、2016年スコットランド議会議員選挙で、SNPは議席を減らし、過半数を失った。一方、保守党が議席を伸ばし、スコットランド議会でSNPに次ぐ第2党となった。また、緑の党が議席を伸ばしたことから見ると、既成の政治への不満も集めていたSNPへの支持は既にピークを越したようだ。スコットランド政府は、イギリスの中央政府から大きな自治権を与えられており、その付与された権限を使って、独自の政策を実施できる立場にある。そのため、スタージョンの政権運営能力がこれから厳しく問われるが、財政緊縮の背景の下では容易なことではない。

イギリスのEU離脱交渉はまだ始まっておらず、また、国民投票後心配された経済的ショックは今のところ一般の人の生活には大きな影響をもたらしていない。しかし、投資は鈍っており、早晩その影響は出てくる。特に歳入に影響が出てくるだろう。

それから考えると、スコットランド政府の苦しみは、これから悪化するだろう。ただし、そのためにスコットランドの有権者が直ちに労働党への支持に向かうかどうか疑問だ。スコットランドの労働党は、基本的に自律的な組織であり、その政策は必ずしも中央とは一致しない。SNPは地域政党であり、単独でイギリス全体の政権を獲得できない。スコットランドが独立すれば別だが、独立の機は熟しておらず、イギリスの中に留まる限り、政権に参画するには他の政党に頼るしかない弱い立場である。労働党は中央政府の政権獲得の可能性があり、コービン労働党はSNPよりも左で、有権者が、労働党へ再び目を向ける可能性はないとは言えない。しかし、そうなるには、コービン労働党にプラスαが必要だ。それは、具体的には、SNP政権の失政と、コービン労働党への支持率が増加し、コービン労働党が政権を取るかもしれないという状況となった時である。そのような時がくるかもしれないが、今のところ、その可能性は見えてこない。結局、スコットランドの政局は、かなり不透明なまま、しばらく継続することとなる。

コービンを嘘つきと決めつけるメディア

8月11日のこと。労働党のコービン党首が、労働党党首選の候補者討論に出席するため、ロンドンから列車でイングランド北部のニューカッスルの隣のゲイツヘッドに向かった。このヴァージン鉄道の車内を、席を探して歩き回ったが妻と一緒に座れなかったコービンは他の乗客と一緒に床に座った。そして、それを関係者がビデオに撮った。その中で、コービンは列車が非常に混んでいるとし、乗客のために鉄道の国有化を唱えた。そのビデオは、ガーディアン紙オンラインに掲載された。

この話に対し、ヴァージン鉄道を創設した億万長者のリチャード・ブランソンは、空席があったのに、コービンが座らず、床に座ったのは、そのビデオを撮るためのスタントだったと示唆し、コービンが車内を歩いた際のCCTVの映像をインターネットで公開した。これには、データ保護法違反の疑いがあり、情報コミッショナーの調査が始まった。

ただし、ヴァージンの映像だけでは、すべての事実関係が明らかになったとは言えない。ガーディアンが、最初のビデオの映像には含まれていなかった映像を追加で出したが、この列車はかなり混んでいたようだ。指定席に空席があったのは明らかだが、自由席がどうであったのかはっきりしない。車掌が、2等切符を持ったコービンに1等席に座るよう話をしたが、コービンは他の乗客も床に座っている状態で、そのようなアップグレードは受けられないと断ったため、車掌が2等席に座っていた他の乗客に1等席に移ってもらい、そこにコービンが座ったと言われる。それは、列車が出発してから42分後のことだった。

ヴァージン鉄道の言い分は、事実に反して、コービンがこの列車をスタントに使ったというものだが、テレグラフ紙、デイリーメール紙、タイムズ紙らは、この出来事をコービンが「嘘つき」だと決めつけるのに使った。正直なはずのコービンがメディア操作をしようとした、「新しい種類の政治」を唱える人物は「嘘つき」だと言うのである。

この報道ぶりを見て、2010年総選挙時の、自民党クレッグ党首への個人攻撃を思い出した。保守党、労働党、そして自民党の3党首テレビ討論の後、突如、クレッグブームが起き、自民党の支持率が大幅にアップした。そのクレッグブームを抑えようと、次の3党首テレビ討論前夜、テレグラフ紙らが協同してクレッグの政治献金疑惑を打ち上げた。その疑惑は数日で消えるが、テレビ討論後の世論調査で、クレッグブームは沈静化した。

コービンへの反対勢力は、労働党内の下院議員の4分の3以上に及び、労働党は内乱の状態に陥っている。しかし、コービンへの一般党員やサポーターの支持は非常に強く、党首選でもコービンが勝つのは間違いないと見られている。コービンへの一般有権者の評価は低いが、コービンの信念と誠実さに惹きつけられたコービン支持者の広がりは誰もが驚くものがある。アメリカで予想外にトランプが共和党の大統領候補となったように、既成のエスタブリッシュメントに飽き足らない有権者は新しいものを求める傾向がある。万一、一般有権者のコービンへの支持に火がつかないよう、コービンをけなし、信用を失わせるように仕向けているのではないかという感じがする。有権者に最も評価の高いビジネスマン、リチャード・ブランソンのコービン攻撃を誇大に報道することで、その目的を達成しようとしているようだ。また、ブランソンにもコービン攻撃へのメリットがあるという見方もある。

過剰に反応するスタージョン・スコットランド首席大臣

イギリスが欧州連合(EU)を離脱し、それとともにスコットランドがEUを離脱すると、2030年までに、スコットランドのGDPが、年あたり、17億ポンド(2380億円)から112億ポンド(1兆5680億円)減るとスコットランドのスタージョン首席大臣が主張した。

2015年度のイギリス中央政府からの交付金と人口540万人のスコットランド政府の税収の詳細が8月24日に発表されるが、北海油田からの税収が大幅に減っており、スコットランドの財政的な問題を指摘される前に問題を発表しておくことや、政府のEUからの離脱交渉に対する警告だとする見方がある。

ただし、このような主張は、エコノミストの予測に基づいたものとはいえ、6月23日のEU国民投票前、当時のオズボーン財相が同じように行い、顰蹙を買った経緯がある。2030年は、14年も先のことで、それまでに実際どのようなことが起きるかは予想が難しく、そのような予測をすること自体、意味が乏しい。そのため、このような「脅し」に効果があるとは考えにくい。それでもスタージョンが主張するのは、スコットランドの独立に向けて少しでも有利な条件を作りたいと考えている、もしくは、イギリスの中央政府から徴税権も含め多くの権限を与えられたが、それでもGDPが下降した場合の言い訳に使おうとしているかのように思われる。

現状では第2独立住民投票を行うことのできる条件、すなわち住民の6割以上がはっきりと独立に賛成しているといったような状況は整っていない。7月末に行われた世論調査では、独立賛成40%、反対45%だった。そのような住民投票を実施しようとすることは、既に5月のスコットランド議会議員選挙で議席数を減らしたスタージョンの率いるスコットランド国民党(SNP)の立場を弱めるだけである。

有能なリーダーとの評判があるスタージョンであるだけに、その評判をできるだけ維持したいという意図はわかるが、今回の反応ぶりは、少し過剰なように思える。

コービン労働党への世論支持は最悪か?

EU残留か離脱かをめぐる国民投票が行われた後、労働党影の内閣のメンバー大量辞任、そして党所属下院議員4分の3が党首コービンを不信任し、労働党の内乱が始まった。それでもコービンは昨年9月の党首選で党員・サポーターの圧倒的な負託を受けていると主張し、辞任することを拒否した。そして、現在、コービンと影の労働年金相だったスミスの2人による党首選となっている。この党首選の結果は9月24日に発表される。8月12日時点での労働党の選挙区支部の推薦状況では、コービン242、スミス45で、コービンが大きな差をつけている。

反コービン派の内乱は、EU国民投票で労働党が残留を支持したにもかかわらず、コービンが中途半端な運動をしたために、離脱が勝ったとして、コービンの責任を問うことから始まった。しかし、昨年9月にコービンが予想を裏切って党首に選ばれて以来、労働党下院議員の多くは、強硬左派のコービンでは選挙に勝てないと決めてかかっていた点がある。

コービン下ろしの最大の理由は、世論調査で労働党の支持率が低迷していることである。通常、野党第一党は、政権政党への批判を吸収して、選挙と選挙の間のかなりの期間、高い支持を集める傾向がある。特に、その後の総選挙で勝った政党は、10ポイント以上の大きな差をつけることが多い。ところが、コービン率いる労働党は、政権政党の保守党より、継続して下回っており、これでは到底選挙に勝てないというのである。今年5月の地方選挙でも労働党は大きく勝つべきだったが議席を減らしたと批判する。コービンは最悪だというのである。

これを分析するには、プリモス大学のRallingsとThrasher両教授の分析(p16)が参考となる。地方選挙は、毎年、部分的に行われるが、全国的に見た得票率を1979年から推計したものである。これによると、この5月の地方選挙では、労働党が33%、保守党が32%となり、労働党が1%上回っている。コービンが党首として初めて迎えた地方選挙の得票率としてはかなり低いと言えるが、それでも2002年のイアン・ダンカン=スミス党首の保守党が労働党を1%リードした時と並ぶ。また、2011年のミリバンド党首の労働党は保守党に1%よりも下回っていた。いずれの場合もその次の総選挙では大敗しているが、コービンが最悪というわけではない。

ただし、こういう過去の例が、そもそもコービン労働党の場合に当てはまるかどうか疑問がある。コービンが労働党の党首に当選したこと自体、本来あるべきではなかったことが起きた。また、多くの労働党下院議員の動きで見られるように、コービンブームは昨年の党首選の一時的なものだったと思った人が多かったと思われるが、今回の労働党内乱では、そのブームは継続しているだけではなく、昨年よりも強まっているように思われる。労働党選挙区支部で党員が急速に増加しているが、その圧倒的多数は、コービン支持と伝えられる。また、党首選で投票するためにサポーターになろうとして、今年7月、わずか48時間の時間枠内に18万3千人が25ポンド(3500円)を支払ったということに見られる。この人たちの圧倒的多数は、コービン支持だと見られている。閣僚も長く経験した労働党のベテラン下院議員マーガレット・ベケットが、これらの人たちは、労働党を支持して労働党の党員になったわけではなく、「コービンのファン」だと指摘したが、ここに現在のコービンブームの源泉がある。

保守党のメイ党首が首相に就任して1ヶ月、まだそのハネムーンが続いており、保守党と労働党の支持率の差は7から14ポイントある。総選挙が近いと見る人が多く、メイが総選挙を実施すれば、労働党は大敗するという声が強い。しかし、2011年固定議会法がある中、2020年より前に総選挙を実施することは、そう簡単ではない。

また、政権は野党が獲得するのではなく、政権政党が失うものだとよく言われる。メイ政権がEU離脱交渉をめぐるごたごたなどの問題を抱え、コービンブームがさらに大きく広がるような事態が起きれば、保守党が過半数を割る事態が起きるかもしれない。ただし、現在のように労働党の中で内乱が続き、コービンがメイに満足率で極めて大きな差をつけられているような状況では、コービンの議論に真剣に耳を傾けるような有権者はそう多くないだろうが。

スコットランドは親EU?

6月23日に行われた国民投票で、イギリスは52%対48%で欧州連合(EU)離脱を選択。しかし、スコットランドでは62%が残留を選択した。スコットランドの最大政党で、その分権政府を担当するスコットランド国民党(SNP)は党を挙げて残留のキャンペーンを行った。国民投票の前、もしスコットランドが残留を選択したにもかかわらず、イギリス全体が離脱を選択した場合には第2の独立住民投票を行う権利があると示唆したほどである。第1の独立住民投票は2014年9月に行われ、55%対45%で独立反対が上回った。

SNPは、親EUの立場を取っているが、常にそうだったわけではない。1975年に行われたEC(欧州共同体、EUの前身)国民投票では離脱派だった。当時、スコットランドの漁業と農業を守ろうとしたことがその背景にあり、イギリスから離れても、その代わりに主権をECに与えるようなことはしたくないと考えたことがある。

EC加盟後、共通漁業政策でスコットランドの漁業は衰退し、SNPのEUとの関係に関する立場は1980年代に変化するが、現在のSNPの親EUの立場は、SNPの戦略的なものだとする見方もある。すなわち、EUとの関係を梃子にスコットランドとイギリスの立場の差を明確にし、イギリスからの独立を推進する材料とする戦略が背景にあるとする考え方だ。

ただし、反イングランド感情も無視できない。スコットランドでの人種差別事件の4分の1は、イギリス人白人に対するもので、その大半がイングランド人に対するものであると思われる。すなわち、歴史的ないきさつからイングランドから分離したいというスコットランド人がかなりいる。その一方、人口540万人のスコットランドが独立した場合、国際的に十分なバックアップを受けられるかどうか心配する住民に対し、SNPが、EUの枠内に留まり、EUから援助を受けられるとして安心させる目的もあるだろう。

政党の立場は、時代に応じて変わりうる。SNPは、イギリスからの独立を謳って設立された政党だが、その方針を変えないまでも、その時々の状況を見計らい、その政治的勢力を維持・拡大していくために巧みな運営が必要とされると言える。

メイ首相の1ヶ月

テリーザ・メイが7月13日に首相に就任して1か月たった。現在、スイスで8月24日まで夏季ホリデー中だが、1型糖尿病でインシュリン注射の必要なメイは、特に健康に留意しなければならないのは当然であり、休暇は必要なものだと言える。このスイス行きは、イギリスがEUを離脱することとなったことを受け、EUでもなく、イギリス国内でもない所を選択するという政治的判断が絡んでいると見る向きがある。それでも、スイスでのウォーキングホリデーの愛好者であることを考えるとそう深く考える必要もないだろう。

それでは、これまでの1ヶ月の評価はどうか。筆者の見るところ、残念ながら、十分なものではない。メイの本来の慎重さと勇み足がミックスしたもので、期待外れの結果となっている。

「誰にもうまく働く政府」

メイは、その首相就任直後の官邸前の演説で「誰にもうまく働く政府」にするとした。そして、重要な政策を決める時、強い人を慮るのではなく、弱い立場の「あなた」をまず考えるとしたのである。この原則を政府全体で実施するとしたが、これは今のところ勇み足に終わっている。

なお、メイをソフトな政治家と考えるのは誤りである。メイは、保守党の右として知られ、例えば、内相として欧州人権条約から離脱したかったが、保守党の中にも反対があり、実現不可能であるため、保守党党首選に立候補する際に、公約から外した経緯がある。

フラッキング 

メイは、フラッキングの実施に、この原則を適用し、この作業の実施される地域の住民に直接現金で補償するとした。フラッキングは、地下のシェールガスなどを取り出すため超高水圧で岩体を破砕するものである。イギリスにはこのガスの埋蔵量が多く、現在の消費量の500年分以上あり、今後の燃料源として期待されているが、環境団体などから、地下水の汚染や地震などの原因となるなどとして反対が強い。一時、原油などの燃料価格の低落で、フラッキングのコストが見合わないのではないかという見方があったが、今では、掘削申請が数多く出ており、メイは、この促進を積極的に図る考えだ。

フラッキングは、キャメロン政権でも推進されていた。オズボーン前財相は、フラッキングで政府が得られた税収の一定割合をコミュニティファンドなどとして、該当コミュニティや地方自治体に支給する構想をもっていたが、メイの場合、それを地域の住民が直接金銭的な便益を受けられるようにするというのである。5000ポンド(70万円)から2万ポンド(280万円)程度と見られている。

メイは、これを「誰にもうまく働く政府」の一環と位置付けているが、果たして、これがそういうものに当てはまるかどうか?地下2~3千メートルといったかなり深いところの作業だが、そのような地域の住人に現金で補償することが、本当に「強い人を慮るのではなく、弱い立場の『あなた』」を考えることになるのかどうか?これでフラッキング反対運動を本当に抑えることができるのかどうか?

その上、住民が何らかの金銭的補償を受けられるとしても、それは、掘削し始めてから5年以上後のことであることがわかった。メイがフラッキングをその原則の一つの適用例として挙げたが、かなり針小棒大の傾向があるように思われる。

グラマースクール

教育の面では、メイが推進する「グラマースクール」がある。グラマースクールとは、児童が10から11歳で受ける11プラスと呼ばれる学業達成度試験で優秀な生徒が進学を許される公立の中等学校である。これまでにグラマースクールの大半が廃止されるか、非選別の総合学校化もしくは私立化されたが、今も一部残っており、政府の教育省が管轄するイングランド(それ以外は分権政府が担当している)の3000ほどの中等学校のうち、163校ある。しかし、新規の開設は許されていない。なお、スコットランドとウェールズにはないが、北アイルランドには69校ある。このグラマースクールの新規開校を許す政策が、首相官邸のジャーナリストへのブリーフィングで紹介され、この10月の保守党の党大会で正式に発表し、推進される考えであった。

グラマースクールは選別学校であり、11歳で人生が決定される結果となるとして、多くの批判がある。メイの父親は英国国教会の牧師で、メイ自身グラマースクールに入学したが、在学中に選別無しの総合学校となった。恵まれない家庭の子弟でも、私立のパブリックスクールのような優れた教育が受けられ、社会の流動性、すなわち、貧しい家庭出身の子弟が、このルートを通じて、社会的に階層を上がれると評価する向きもあるが、その効果には疑問があるという主張も強い。メイの保守党の中にもグラマースクールの新規開設に反対する声がある。グラマースクールの新規開設を許す方針というニュースを受け、労働党、自民党が直ちに反対し、この政策が具体化されるには多くのハードルがある。

メイは、自分の選挙区に既成のグラマースクールの分校を設ける案に賛成しており、このような政策が出てくることは予想されていた。メイの「誰にもうまく働く政府」の原則から見れば、この政策が推進される理由付けは、基本的に優秀な生徒の能力を伸ばし、それほど優秀でない生徒には、それとは異なる道を選ばせることが、それぞれのためになるという理由付けがあるのではないかと思われる。

反対意見の強さに、メイ政権は、新規グラマースクールの許可を20程度と地域と数を限定して実施することにした。反対の強さが示すように、「誰にもうまく働く政府」が、メイらの考えている姿と、それ以外の人たちの考える姿でかなり差があることは明らかである。

これに関連し、大学教育の担当をビジネス省から文部省に移したが、大学も「間引き」が進む可能性があるように思われる。すべての人に大学教育が与えられるべきだとして、大学の数が急増した。このため、大学卒業生の数も急増したが、その学位の価値が下がったという批判があり、大学を出ても、それに見合う仕事に就けないという現実がある。メイは、内相時代、外国人留学生のビザ取得、並びに卒業後の滞在期間に大幅の制限を加えた。多くの大学は、授業料の高く取れる留学生で経営が成り立っていると言われるが、大学によっては、ビザの制限で大学院などへの応募者が大きく減ったと言われる。グラマースクールの理屈でいけば、優れた大学は残るが、そうでない大学は減る可能性があるように思われる。

高齢者ケアの自己負担の原則

さらに、高齢者ケアの問題では、首相官邸の政策責任者が、コストの問題で発言した。既に5人の1人は、ケア費用に10万ポンド(1400万円)以上かかっていると言われるが、資産価値のある住宅を持っている人は、それを全体もしくは部分を売却したり、その資産価値を使ったりして、その費用に充てるようにすべきだという。すなわち、「誰にもうまく働く政府」とは、少しでも資産のある人は、それを使い、ない人は公共がカバーするという形になるようだ。キャメロン政権では、2016年から個人負担の上限を72000ポンド(1000万円)とすることとしたが、この制度の導入は2020年まで延期された。しかし、この上限をさらに上げる、もしくは上限を撤廃し、基本的に個人の負担に重きを置く制度にする意図があるように思われる。しかし、これは、伝統的な保守党の政策、すなわち相続税を軽減し、なるべく資産を子弟などに残す方針に反し、スムーズにいかない可能性が高いように思われる。

重要施策の決定延期

ヒンクリー・ポイントC原子力発電所は、フランスの電力会社EDFが中国の資本協力を得て建設することになっており、EDFの役員会でそれが承認されたが、政府が再検討することを表明した。その決定は、今秋まで延期された。メイがそれを求めたためだと言われる。この原子力発電所の建設は、キャメロン政権で推進されていたが、これには原子炉のタイプ、建設費用、将来の保証価格など、多くの問題があり、再検討することには何ら不思議な点はない。しかし、この決定には、中国側が反発している。特に中国がこの建設に関与することで、セキュリティリスクの問題を指摘する見解があり、中国側がそう簡単には引き下がれない状態にある。イギリスのEU離脱で、中国との関係が重要となるだけに、簡単に再検討というだけでは許されない状況にある。

また、ロンドンのハブ空港であるヒースロー空港がほとんど満杯の状態になっていることから、ロンドン近郊の空港建設・拡張が急務になっている問題がある。キャメロン前政権で、空港委員会を設け、その委員会は、昨年7月、全員一致でヒースロー空港に第三滑走路を建設することを答申した。しかし、ヒースロー空港周辺は航空騒音などの問題で反対運動が強く、キャメロンは決定をEU国民投票後まで遅らせていた。メイは、この決定を秋まで延期した。メイの選挙区でも反対が強い上、内閣には、ヒースロー空港拡張に反対する閣僚が何人もいる。そのうちの1人は、ジョンソン外相である。また、航路が選挙区周辺となるために反対しているグリニング教育相やハモンド財相がいる。ガトウィック空港の拡張へ見方が移っているという憶測もある。

どのような判断となっても、その手法は、上記のフラッキングのように税収の一部を利用して基金を設け、影響を受ける地元住民へ金銭補償となるように思われる。このようなやり方には、金銭補償を受ける住民と受けない住民との溝を広げるだけという批判があり、本当にそのような手法が「誰にもうまく働く」という具合にいくか疑問がある。

イギリスのEU離脱後、経済の先行きが不透明な中、大規模公共事業の推進が求められているが、これらの大規模プロジェクトの判断が遅れている。さらにイギリスがEUから離脱する上での交渉の立場を決める作業を急速に進めていく必要がある。

まだメイ首相の政策は、部分的にしか明らかになっていない。これまでは、そのレトリックに対して様々な解釈がなされてきたが、右寄りのメイが、キャメロン政権の緊縮政策を大幅に変更するとは考えにくい。かつて、ブレア労働党政権下、経済成長が続き、歳入が大幅に伸びた時期があるが、それまでの公共セクターへの不十分な投資への対応などで公共セクターへの実際の効果はかなり制限された。メイ政権下、EU離脱投票の影響で歳入が伸びないような状況下、メイ首相の手は縛られている。メイが国民に「誰にもうまく働く政府」を運営していると思わせられるかどうか、かなり難しいといえる。