保守党の「SNPに支えられた労働党」警告

5月7日の総選挙の結果が、いずれの政党も過半数を占めることのないハングパーリメント(宙づりの国会)となると見られている中、30から50議席を獲得し、下院で、保守党と労働党に次ぐ勢力を持つこととなると予測されているスコットランド国民党(SNP)の動向が注目されている。

SNPは、労働党との連立政権は否定しながらも、保守党政権を阻むために、労働党に支持協力する意向を繰り返している。つまり、SNPが過半数を確保できない労働党政権を支えれば、保守党政権は生まれないが、その代わりに、SNPは強い立場となり、労働党政権の政策に影響を与えると言うのである。

これに対し、保守党は、イギリスからスコットランドを分離独立させようとするSNPに支えられた労働党政権は危険だ、SNPに牛耳られるとして、キャメロン首相、それにメージャー元首相も、強く警告している。保守党ならばSNPに牛耳られないと言うのである。

これには、2つの狙いがあるようだ。まだ態度を決めていない有権者、特にイングランドの有権者と、UKIP支持者の反スコットランド感情を高めさせ、その結果、保守党に投票させようという作戦である。一方、スコットランドでは、SNPの中央政権での影響力に期待する有権者と、イングランドでの反スコットランド感情に憤ったスコットランド有権者からSNPにさらに支持が集まり、労働党がさらに議席を失うという具合である。

前者に関しては、YouGovの世論調査によると、労働党とSNPが何らかの提携をしそうだが、これは悪いことで、保守党政権の方がよいと考えているが、まだ保守党に投票するとは決めていない人が有権者の8%いるという。つまり、保守党の選挙戦略上の狙いはよいと言えるだろう。

しかし、保守党の中にもこの作戦は、スコットランド住民とイングランド住民の溝を広げ、危険だと指摘する声もある。

ただし、この保守党の作戦には、一つ欠陥があるように思える。例え、保守党がイングランドで、若干の議席を増やしたとしても、スコットランドでは、党派を超えて、スコットランドの反独立派の人たちが、SNPの候補者を破る可能性のある候補者に、こぞって投票する可能性を高めるように思える。

さて、前回の2010年のスコットランドでの総選挙結果は以下のとおりであった。スコットランドの議席59議席のうち、2010年の総選挙では、労働党が41議席を獲得し、SNPは6議席であった。しかし、今回は、数多くの世論調査によると様相が一変している。

スコットランドのストラスクライド大学のジョン・カーティス教授は、大手の世論調査会社がすべて参加しているイギリス世論調査協議会の会長も務める、世論調査の専門家だが、4月20日現在の世論調査の平均は以下のとおりだとする。なお、まだどの党に投票するか決めていない有権者は除かれている。

2010年得票率(%)

世論調査2015年4月20日現在(%)

2010年議席数

現在の世論調査による2015年議席予想

SNP

20

49

6

54

労働党

42

26

41

4

自由民主党

19

4

11

1

保守党

17

15

1

0

SNP以外の政党の支持者は、SNPに対抗して、議席を獲得する可能性のある他の政党に投票する可能性が高い。これは、タクティカル・ボーティング(戦術的に投票すること)と呼ばれ、最近の世論調査でも裏付けられている。それは、そう簡単にはいかないとカーティス教授は言う。ただ、かなりタクティカル・ボーティングが行われても、労働党が大幅に議席を減らすことは間違いない。

保守党は、過半数が取れなくとも、最大議席を獲得することを目指している。最も有権者の支持を集めた政党として、正当性が高まり、政権交渉を最初にする権利が生まれると考えているためだ。自民党は、この最大議席の政党の問題に敏感だ。自民党は、ハングパーリメントとなった場合、最大政党がまず、政権設立の試みをした上で、もしまとまらなければ、第2位の政党に機会が与えられるべきだと考えている。自民党としては、連立政権参加、もしくは、閣外協力をする場合には、最大政党と連携する方が正当性の観点からは都合がよい。

そのため、保守党が最大政党となれば、話し合いを有利に進めることができる。そのため、労働党がスコットランドで議席を減らせば減らすほど保守党には都合がよい。それがキャメロン首相、メージャー元首相の行動の裏にある。

SNPの前党首が、労働党政権となれば、自分が予算を書くと冗談を言ったと報道され、その結果、既にSNPとの連立を否定している労働党のミリバンド党首は、SNPとの協定はないと言明した。しかし、保守党の「SNPに支えられた労働党」への攻撃はまだ続く。勢いづいている労働党に対抗するには、これはほとんど最後の手段とも言えるからだ。総選挙の結果にどのような影響を与えるか注目される。

新聞のミリバンド攻撃

今回の総選挙では、いくつかの新聞が露骨な偏向報道を行っている。そのため、それぞれの新聞の論調傾向を踏まえて、記事を読む必要があるように思われる。特に労働党の党首ミリバンドへの個人攻撃は過剰と言える。

イギリスの新聞には、支持政党がはっきりしているものがいくつもある。2005年と2010年の総選挙では、支持動向は以下のとおりだった。

新聞 2010年支持政党 2005年支持政党
タイムズ 保守党 労働党
ガーディアン 自民党 労働党
テレグラフ 保守党 保守党
ファイナンシャルタイムズ 保守党 労働党
インデペンデント 保守党 自民党
メール 保守党 保守党
エキスプレス 保守党 保守党
ミラー 労働党 労働党
サン 保守党 労働党

(この表で挙げた新聞紙の多くには日曜の姉妹紙があるが、それらの政党支持動向も同一である。)

これを見ればわかるように、ブレア労働党時代(1997年から2007年)には、新聞王ルパート・マードック氏のニューズ・コープ傘下の新聞、タイムズとサンは労働党を支持した。しかし、2010年には、保守党支持に転換した。なお、ブラウン労働党政権政党だった2010年には、労働党を支持したのはミラー紙のみである。

2005年と2010年に保守党を支持したのは、保守党の別名トーリーをつけた「トーリーグラフ」と揶揄して呼ばれるテレグラフ、それにメールとエキスプレスだった。このうち、今回の総選挙では、エキスプレスの社主がイギリス独立党(UKIP)に130万ポンド(2億3400万円:£1=180円)の献金をしており、UKIP支持となった。

今回の総選挙では、メールとサンの労働党党首ミリバンドへの個人攻撃は徹底している。メールは、かつて、ミリバンドの父(マルクス主義学者:故人)を、イギリスを嫌ったと攻撃し、反駁したミリバンドが涙ぐむシーンもあったほどだった。サンは、最近、その記者が労働党の記者会見などから締め出されたと紙面で公表した。

ガーディアン紙は、これらの新聞のミリバンド攻撃は、単にその政党支持だけではなく、プレス規制の問題が絡んでいると指摘する。主要政党の中でプレス規制に最も強硬な立場をとっているのは労働党であり、ミリバンドは、新聞の電話盗聴問題に関連した、レヴィソン判事を委員長とする公聴会で、プレスに対する規制が手ぬるすぎる、また、メディアに対する一部企業の影響力が大きすぎると批判した。そして、一企業のメディア所有を制限する意向を表明した。

レヴィソン答申を受け、主要政党の保守党、労働党、自民党は、勅許によるプレス規制制度を設けたが、新聞大手らは、この制度は、報道の自由を妨げる恐れがあるとして、自分たちで自主規制組織を立ち上げ、勅許による制度には入らない立場を明確にしている。そして、右寄りの新聞大手が、労働党の立場を嫌い、そのような政権が生まれるのを何としてでも阻止したいと考えているとガーディアン紙は指摘する。

労働党のマニフェストでは、メディアについて労働党の立場を再確認している(68ページ)。ここでは、メディアの支配の寡占を防ぐ手段を取り、しかもプレス規制については、勅許制度の下で、レヴィソンの勧告を実施するとしている。メディアの寡占の問題の標的は、タイムズ紙とサン紙、さらに衛星放送のSkyBの大株主であるマードック氏のニューズ・コープと見られている。

もともと、このような立場を取ったミリバンドは、非常に勇気があったといえるだろうが、ここまでの攻撃があるとは予想していなかったかもしれない。しかし、投票日までの3週間足らずの間、これらのメディアからのミリバンドと労働党への攻撃が、さらに強まる可能性がある。

自信を見せ始めたミリバンド

4月16日に行われた、野党5党のBBCテレビ討論で、ミリバンド労働党党首が、自信をにじませた討論ぶりを見せた。このテレビ討論では、連立政権の保守党、自民党が参加せず、野党の労働党、ウェールズのプライド・カムリ、緑の党、スコットランド国民党(SNP)それにイギリス独立党(UKIP)の5党の党首が参加した。

ミリバンドは、これまでの「テレビ討論」とは異なり、最初からリラックスしていた。保守党のキャメロンが出席していなかったので、リラックスしていたという見方があるかもしれないが、労働党関係者の中には、この討論に出席するミリバンドを愚かだと批判する人もかなりいた。他の野党から、主要政党の一角である労働党に攻撃の矛先が向かい、ミリバンドが苦戦するのは明らかだと主張していたのである。特に、SNPの二コラ・スタージョンは強敵だと警戒していた。

実際、スタージョンの討論ぶりは、その的確で、十分に練られた内容ばかりではなく、話しぶりが明確で、しかもタイミングがよく、聴衆から最も多くの拍手を受けていた。労働党の政策を批判しながらも、SNPは保守党が政権に就くことを阻むために、労働党に協力するとの立場を明確にし、もし労働党がSNPの申し出を受け、進歩的な政策を進める機会をつかみ取らなければ、人々はミリバンドを許さないだろうと主張した。

もちろん、この主張の背景には、スコットランドの事情がある。スコットランドの有権者は、これまで、ウェストミンスターの下院の選挙では、政権を獲得する可能性のある労働党を支持していた。SNPは、スコットランドの利益を代弁するのは我が党であり、SNPは労働党を支持するので、SNPに投票すれば、労働党を政権につけさせることができるばかりではなく、スコットランドの利益も代弁できるとする。すなわち、SNPに投票すれば、スコットランド住民にとって一石二鳥で、労働党に投票する必要はないと主張しているのである。

労働党は、スコットランドの59議席のうち、前回の2010年総選挙では41議席を獲得した。SNPは6議席だったが、今回は、SNPが30~50議席を獲得すると予測されている。そのため、議席を失う可能性の高まっている、労働党のスコットランド選出の現職は、この状況に神経質になっており、ミリバンドがSNPの主張を裏付けるような言動をすることを警戒している。

その上、保守党は、ミリバンドがスコットランドをイギリスから分離独立させようとするSNPの助けを借りて、首相官邸に入るつもりだと攻撃し、過半数を獲得できない労働党は、SNPの言いなりになると警告している。

この状況下で、ミリバンドは、労働党が過半数を獲得することが、働く人たちに最も利益となるとし、スコットランドでも労働党への投票を求め、SNPの主張を否定している。既にSNPとの連立は否定し、SNPと距離を置く姿勢を保っているが、SNPの協力を完全には否定していない。どの政党も過半数を獲得できないと見られている状況では、事実上、労働党はSNPの支持がなければ、例え政権を獲得しても維持することは困難だろうからである。

4月16日のテレビ討論では、これらの事情を踏まえた上で、ミリバンドは、SNP対策ばかりではなく、他の野党対策も考えた上で、うまく立ち回る必要があった。テレビ討論前には、ミリバンドは、2日間、選挙運動の日程を最小限にし、この討論の準備にあてたと伝えられるが、その効果は、この討論にはっきりと出ていたように思われる。

ミリバンドは、他の党から、はっきり答えるのが難しい質問が出ると、UKIPのファラージュ党首を攻撃するなど、余裕のある対応ぶりを見せた。明らかに、想定質問を準備し、相当練習していたことが見て取れた。また、この討論での表情の作り方も練習していたように思われる。それでも、時に、これまでの「テレビ討論」で見られたような不用意な表情も見られたが、全般に、首相を目指す人物の顔になってきたような印象があった。なお、ミリバンドの顔は、エネルギーに満ちているように見えたが、かつてサッチャー元首相も使ったビタミン注射をしているように思われた。

このテレビ討論が終わった直後、SNPのスタージョンが、わざわざミリバンドと握手するためにその演台まで行くというシーンもあり、スタージョンの抜け目のなさを改めて印象付けた。

いずれにもしても、430万人が視聴したと言われるテレビ討論では、ミリバンドとスタージョンの二人が目立った結果となり、ミリバンドには、特にマイナスにはならなかったように思われる。

世論調査会社のPopulusによると、いずれの党も過半数を取れないハングパーリアメント(宙づりの国会)の数多くのシナリオを分析した結果、総選挙後、労働党のミリバンド党首が首相となる確率は、10のうち8だという。政治状況は、ミリバンド労働党の方向へ大きくシフトしてきたており、わずか1週間ほど前には、賭け屋が、総選挙後の首相は、1/2の賭け率でキャメロンとしていたが、現在の賭け率は、キャメロンとミリバンドが拮抗している。支持の拡大に苦しんでいるキャメロンと、上り調子のミリバンドという構図となっている。

キャメロンの苦悩

保守党のもともとの選挙戦略は、投票日が近づくに従い、支持率で労働党に追いつき、逆転し、その差を拡大していくというものだった。つまり、有権者は、経済財政政策で弱い労働党を信頼できず、しかも「首相らしくない」ミリバンド労働党党首に投票できないと判断し、保守党に支持が帰ってくるとの計算であった。

このシナリオは、多くの政治コメンテーターも描いており、また、イギリスの賭け屋もそうだった。そのため、保守党は、これらの労働党の「弱み」を強調することに重点をおいた選挙運動を展開してきた。

ところが、実際に起きたことはこのシナリオどおりではなかった。保守党は、支持率で労働党に追いつき、少しリードし始めたものの、労働党の大学学費値下げや非定住外国人の税優遇取扱い廃止などの政策、さらに「テレビ討論」で、ミリバンドの評価が次第に上がり、再び、労働党に少し差をつけられ始めた。

それに慌てた保守党は、ミリバンドへの個人攻撃を強めるとともに、人気取りのために、国民保健サービスNHSへの予算に80億ポンド(1兆4400億円:£1=180円)追加、さらには、公共住宅の住民購入権の拡大など、予算の裏付けに乏しい、疑問のある政策を打ち出し、また、かつて人気のあった政策、すなわち、相続税がかかり始める額を、住宅の場合100万ポンド(1億8千万円)まで拡大する公約も出した。

しかし、これらの支持拡大を狙った政策は、有権者から予期した反応が得られておらず、不発に終わっているばかりではなく、逆に保守党の経済財政運営能力に疑問を投げかけることとなっている。

一方、保守党のマニフェストの主要な政策である、欧州連合(EU)のメンバーシップに関する国民投票を2017年末までに実施することは、大きな頭痛の種になっているように思われる。キャメロン首相は、イギリスのEUとの関係を見直し、その関係を再交渉し、イギリスに有利な状況を作った上で、EUに留まるかどうかの国民投票をすることとしていた。ところが、EUの欧州委員会委員長周辺や他の加盟国から、そのような交渉は、現欧州委員会委員長の任期の終わる2019年11月までないという話が伝わった。フランスなどは、かつて条約批准のための国民投票で敗れた過去があり、EUの加盟国との関係を見直すことに消極的だ。

これは、キャメロン首相にはかなり悪いニュースである。それでも、交渉し、一定の成果を得られるとする見方もあるが、実質的な交渉ができないまま、もし国民投票が行われるようなら、イギリスのEU脱退の可能性が大きく高まることになりかねないからである。

労働党のミリバンド党首が、「テレビ討論」など、メディアに頻繁に登場し、その評価が上がる中、キャメロン首相は、決め手となるはずの政策が不発で、しかも次から次に出てくる問題に対処しながら、接戦の選挙を戦うのは容易なことではない。

さらに輪をかけているのは、キャメロン政権の経済財政運営の成果と誇る、経済成長の結果、雇用が大きく増え、失業率が大きく下がり、しかも所得が上昇しているのに、それが保守党支持につながっていないように見える点だ。キャメロン首相の苦悩は続く。

 

保守党マニフェストの目玉:住宅組合の住宅購入権

保守党のマニフェストの発表で、キャメロン首相は、労働党のお株を奪うかのように、保守党を「働く人の党」と主張した。ミリバンド労働党党首への個人攻撃はなく、有権者に前向きなメッセージを送ることを狙ったものだった。

その目玉は、低中所得層をターゲットにした住宅政策である。住宅組合(Housing Association)の住宅に住む人たちに、その住宅を購入できるようにすると約束した。これは、かつて保守党が大きな成功を収めた政策の焼き直しで、相続税の削減政策とともに、かつて一定の効果のあった政策である。この住宅政策には、特に、前回総選挙で次点との差の少ない選挙区のイギリス独立党UKIPの支持者を保守党支持へ向けるという選挙上の戦略があるが、保守党のアイデアが枯渇していることのあらわれとも言える。

このもともとの政策は、マーガレット・サッチャーのもので、サッチャーが保守党党首として、1979年の総選挙で勝利を収め、首相となったが、その際のマニフェストに「不動産所有デモクラシー」として、公営住宅を借りている人に、その住宅を買う権利を与えるとしたものだ。

そして、そのマニフェストで謳っていた通り、1980年から住民が住んでいる公営住宅を割引価格で買えるようにしたのである。この政策は、非常に人気があり、1983年の次の総選挙までに50万軒の公営住宅が買われた。また、この政策で、150万軒の公営住宅が購入されることとなる。

イギリスでは、不動産を所有することは、中流の象徴であり、その結果、その人たちの多くは、保守党を支持することとなり、この政策は、保守党支持の強化に役立った。一方、労働党はこの政策を嫌った。利用できる公営住宅の数が減ることとなり、しかも保守党の勢力拡大の道具という意識があったためだ。そのため、1997年からの労働党政権では、割引率を徐々に下げた。ところが、キャメロン政権では、その割引率を大幅に拡大し、現在では、最大限70%の割引が適用されることとなっている。

今回の保守党のマニフェストでの公約は、この方式をイングランドの住宅組合の家にも、公営住宅と同様、住民が買える仕組みを導入するというものである。住宅組合は、民間の組織であるが、公共的な役割を果たしており、公費を受け取っているが、これまで大半の住宅には購入制度はなかった。しかし、もし、保守党が総選挙後に政権を担当することとなれば、この制度を利用できる世帯は130万ある。

保守党は、この政策を、低中所得層への明るい材料とし、特にこの層に多い、UKIP支持を保守党支持へと向ける狙いがあった。

しかしながら、この政策には少なからぬ批判がある。まず、この政策の実施に必要なお金の調達方法である。それぞれの地方自治体の公営住宅のうち、最も価値のあるトップの3分の1の公営住宅が空いた場合、それを販売した収益を充てることにしている。この収益から、その住宅の割引額、そして、汚染されているなどの理由で使えない、もしくは使っていない用地を使えるようにする費用、さらに、売った住宅の代替住宅を建設する費用に充てられることになっており、その金額は年に45億ポンド(8100億円:£1=180円)が期待されており、政府の追加の財源は必要ないことになっている。

ただし、これが計画通りにいくかどうかには疑問がある上、売った後、その代替の住宅を建設したとしても、それまでにはかなりの時間がかかり、ただでさえ、住宅の供給が大幅に遅れている状態をさらに悪化させる可能性が高い。

労働党は、この計画は、お金の裏付けがないと批判している。サッチャー政権時代、特にその初期に大きなインパクトがあったが、その効果が、今回もあるかには疑問がある。保守党のマニフェストの目玉のうちの一つで、保守党支持新聞が特に大きく第一面で報じたが、これで保守党支持への大きな原動力となるだろうか?

保守党のマニフェスト発表は、インパクトを欠き、恐らく、このまま労働党との支持獲得競争が膠着したまま、投票日を迎えるのではないかと思われる。

保守党選挙戦略の転換

総選挙投票日まであと3週間余りとなった。4月13日に始まる週には、保守党と労働党のマニフェストも発表される。いずれの党もしっかりとした総選挙キャンペーン計画に基づいて行動していると思われたが、ここ最近大幅な手直しが行われているようだ。

この中でも注目すべきは、保守党の転換だ。保守党は、これまで、この5年間の実績をもとに、キャメロン首相の高い評価を売り物にした選挙戦略を立てていた。確かに5年間の政権で、財政赤字を半分にし、経済は、先進国G7で1、2位を争う成長ぶりを示している。これを有権者は評価し、世論調査で、経済財政運営能力では、労働党に大きな差をつけている。

しかしながら、この過去の業績に頼ろうとする姿勢が、保守党に大きな問題を起こしている。つまり、次期政権のイメージがはっきりと出てきていない。これには、財政赤字削減に力を入れ過ぎている点があるように思われる。つまり、財政削減で、新しい分野に予算をつぎ込む意欲が減退しているように見える点だ。

2010年総選挙では、保守党は、その選挙キャンペーンの中心に「ビッグソサエティ」を打ち出した。市民が、それぞれの地域社会に、より大きな責任と権限を持つというアイデアだった。これは、当時、「ビッグソサエティと小さな政府」というスローガンにも使われた。キャメロン政権が発足して、当初、ビッグソサエティが積極的に進められたが、財政削減などでチャリティの予算が減り、順調に進まず、政府の責任者は辞任し、運動そのものが停滞してしまった。これに懲りたためか、今回の総選挙では前向きの発想が乏しくなっている。

一方、財政研究所IFSが、それぞれの政党の政策の予算的な裏付けを細かく分析していることは、政党にとってかなりの重荷となっている。保守党は、2016と17年度の300億ポンド(5兆4千億円:£1=180円)の財政削減計画で、例えば、福祉予算でどの分野の削減をするか明らかにしていない。また、独立機関の予算責任局は、オズボーン財相が徴税回避策などへの取り締まり強化で生み出せるとしている額に疑問を呈した。既に、保守党のオズボーン財相が、3月の予算発表で、大幅な財政削減を打ち出しているのに、その削減がどの分野で行われるか、明らかになっていない部分が多いのである。もちろん、選挙結果にマイナスの影響を与えるような税などの変更は、この段階ではなるべく触れずにおきたいという考えがある。

例えば、保守党の相続税の緩和政策で、夫婦の控除額を合わせれば、100万ポンド(1億8千万円)までの家には、相続税がかからないようにすると発表したが、その税収減で生まれる10億ポンド(1800億円)の財政への穴は、年収15万ポンド(2700万円)以上の高額所得者の年金拠出金への控除額を大幅に減らすことで生み出すとした。このような政策は、選挙前にはなるべく発表したくないが、財源を明らかにするためには、やむをえないということになる。なるべく、選挙への悪影響が少なく、一般の有権者にアピールできるようなものを発表したいという考えはわかるが、この穴埋め策をIFSは批判している。

このような財源作り策は、他にも数多くあると思われるが、選挙前には、なるべく触れるのを避けたいがために、新しいものを打ち出せる余地が、極めて小さくなっている。有権者の最大の関心事である国民保健サービスNHSを守るために、80億ポンド(1兆4400億円)追加して支出するという約束も、その財源がはっきりとしていない。もともとNHSに関して、有権者の保守党への信頼は乏しいが、有権者は、この約束には懐疑的だ。

次に、キャメロン首相の高い評価と、ミリバンド労働党党首の低い評価を、選挙戦略の中心に据えた考え方だ。

イギリスの有権者は、総選挙で、どの党に投票するかを決めるのに、党首、政党のイメージ、そしてマニフェストの3つを考えると言われ、どの党首がイギリスの首相にふさわしいかは、有権者の選択の大きな要素だ。つまり、マンガの登場人物のようで、「奇妙な」ミリバンドはイギリスの首相にふさわしくなく、そのため、有権者は、最終的にキャメロンを選ぶという見通しで、それを促進する戦略を取っていたのである。

これには、保守党支持の新聞、特に、デイリーメールやサン、テレグラフなどが協力し、ミリバンド攻撃を繰り広げた。しかも、キャメロンは、自分自身が、ミリバンドを軽蔑するような態度、発言をすれば、効果があると判断したようで、それを繰り返した。ところが、保守党支持者の中にも、キャメロンがそのようなことを言うとは思わなかったという見解も出た。その上、国防相のマイケル・ファロンにも、ミリバンドは、自分の権力欲のために、兄も裏切った人物だと言わせた。ファロンは、イギリスの政界では、かなりの尊敬を集めている人物であるが、ファロンは、わざわざタイムズ紙に寄稿して、そう主張したのである。ファロンはメディアでも自分の主張を正当化しようとしたが、ファロンが自分の発案でそうしたと見る人はほとんどいない。有権者は、このような主張は、アンフェアだと見ている。

一方、ミリバンドは、3月26日の、キャメロンと別々に行ったジェレミー・パックスマンとのインタビューで評価を上げ、4月2日の、7党党首の「テレビ討論」では、まずまずの成果を上げた。これらの結果、有権者のミリバンドへの評価は次第に上がっている。また、労働党は、非定住外国人への課税政策などで、次々に、保守党との差をつけ、一般の有権者の関心を引く政策を発表してきている。

これらの結果、保守党のこれまでの、労働党は信用できないが、保守党は信用できるという主張は、次第に力を失い、逆に、保守党は、「嫌な政党」、金持ちを守る政党、人の気持ちのわかっていない政党との、従来のイメージが復活してきた。そのため、保守党は、選挙キャンペーンの戦略を見直す必要に迫られ、もっと前向きのイメージを作り出すような方策に転換した。

マニフェストがその大きなカギを握ると見られているが、その発表で、保守党のイメージ回復ができるだろうか?その大きな柱は、相続税対策だが、これでメリットを受けるのは、わずか4%の人たちだとされる。2007年の保守党大会で発表され、有権者の多くが支持し、そのために、当時の労働党のブラウン労働党首相が解散すれば勝つと見られていた総選挙を食い止めたとされる政策だが、柳の下にドジョウがまたいるとは限らない。

イギリス政界にスター誕生

4月2日夜に行われた、7党の「テレビ討論」。首相候補の、保守党のキャメロンと労働党のミリバンドを含め、7党の党首同士が顔を突き合わせて討論した。770万人が視たと言われる、出席者は、上記の2人を含め、自民党のクレッグ副首相、ファラージュUKIP党首、それに緑の党、ウェールズのプライド・カムリ、そしてスコットランド国民党SNPからだった。

7党もの党首が討論するのは、日本の総選挙前の党首討論に似て、盛り上がりに欠けるのではないかと予想していたが、かなり白熱した討論となった。その理由は、課題が限定されていたことと、それぞれの参加者が、自分たちの党の有権者へのメッセージをきちんと練り、十分な準備をしていたことがあるように思われる。

注目された、首相候補のキャメロン首相とミリバンド党首は、引き分けに終わった。キャメロンは、低調なスタートだったが、後半、いかにも首相らしい「顔」をし、首相らしい話し方をした。一方、ミリバンドは、有権者へのメッセージの点では、優れていたが、「首相らしい」マナーや「顔」に欠け、未だに学生のようだった。そのため、決め手に欠けた。

UKIPのファラージュ党首は、他の6党とは一線を画して、移民とEUの問題に焦点を絞り、その話しぶりは巧みで、UKIPへの支持を伸ばしたように思える。保守党はUKIPにさらに支持を奪われる可能性があろう。

一方、SNPの二コラ・スタージョンの政治勘には、驚くべきものがあった。スタージョンは小柄な女性である。7党首のうち3人は女性だったが、最も小さかった。それでも発言は、落ち着き、的を得ていた。スコットランドでは、SNPが多くの議席を獲得するのは間違いない情勢で、スタージョンには、この討論で心配することはほとんどなく、リラックスしていたことがあろう。

それでも、他の人の発言中に「ナンセンス(Rubbish)」との言葉を差し挟んだ、そのタイミングと声のトーンには、ハッと思わせるものがあった。恐らく、この女性の政治的な能力は、ウェストミンスターの主要政党、保守党、労働党、自民党の党首よりも優れているだろう。

その時点まで忘れていたのは、スタージョンは、昨年11月から、既に半年近く、スコットランドの首席大臣であることである。つまり、スコットランドのトップ政治家で、かなりの経験がある。この女性を、デイリーメール紙が、「イギリスで最も危険な女性」と第一面で攻撃した。

それだけの注目を浴びているからである。スコットランドの政治家で、ウェストミンスターの政治家ではないが、今後、ウェストミンスターが無視できない存在となった。7党首の討論で、イギリスの政界にスターが誕生したといえる。