大失敗した、キャメロンの移民の約束

5月7日の総選挙で、移民の問題は、大きな争点の一つである。イギリス独立党(UKIP)への支持が高まった大きな原因は、移民である。

キャメロン首相は、前回の総選挙で、移民を減らすと約束した。そしてその数を10万人以下とすると言ったのである。ところが、その数は、今やその3倍近く、キャメロンが首相に就任した時より、はるかに多い。そしてこの数字は、総選挙前最後の数字であるために、キャメロン政権の移民政策が、これで評価される。つまり、キャメロンは、約束を守れなかった、むしろ、悪化させた。キャメロン首相は、その約束を全く守れなかったのである。

もちろんキャメロン首相には政治的な痛手が大きい。そこでメディア対策である。キャメロン首相は、メディアにこの問題で出ない。移民を管轄する内務省のメイ内相も出ない。テレビに出てくるのは、内務省の担当大臣である。また、約束を守れなかったのは、イギリスの経済が他のEU加盟国よりかなり良いためで、EU内の移民を誘っている、また、連立を組む自民党の制約があったからだ、と主張した。しかし、実際には、政府のコントロールが効くはずの、EU外からの移民が大きく増えている。

この移民の問題は、既にメディアでは織り込み済みで、当日、テレビやラジオのニュースではトップニュースの一つとして扱われたが、他に大きなニュースがあったために、翌日の主要新聞では第一面で扱われなかった

政府統計局が2月26日に発表した2014年9月までの1年間の移民の数は、29万8千人である。次の発表は、5月21日の予定であるため、5月7日の総選挙の後となる。つまり、キャメロン首相は、この数字で、約束を果たしたかどうかを判断されることとなる。キャメロン首相が政権に就いた時の移民数は25万2千人ほどであったため、就任時より大きく増えたことになる。

なお、この場合の移民の数は、外国からイギリスに、1年以上住むために、来る人の数から、イギリスから、1年以上、外国で住むために出ていく人の数を引いたものである。これには、イギリス人で外国に移住する人や外国から帰ってくる人も含んでいる。

また、政府は、外国からイギリスに来る人の数を制限することができるかもしれないが、イギリスから外国に行く人の数を制限したり、増やしたりすることはかなり難しい。このため、キャメロン首相の約束は、最初から、コントロールできないものを含んでいたが、2010年以降、移出の数は安定している。

EU加盟国からの正味の移民は16万2千人で、その前年の13万人より増えているが、EU外からの正味の移民は、19万人と、前年の13万8千人から大きく増えている。つまり、政府の説明は、実態をきちんと説明していない。

ただし、有権者がどの程度「10万人以下」にこだわっているかには、疑問がある。メディアが騒ぎ、野党労働党の「影の内相」は強く批判したが、それらは、うつろな批判に聞こえる。有権者の多くは、EUからの移民を大きく制限しない限り、移民は減らないと見ている。

政治的には、そのような「有権者の認識」は重要で、政治は、それをもとに動くが、それが必ずしも真実ではないことも注意しておく必要があろう。

女性であっても「男らしい」ということがある

緑の党の女性党首ナタリー・ベネットが、党の総選挙キャンペーンをスタートした日の2月24日、朝のラジオ番組に出演し、聞かれたことに答えられなかった。緑の党は、その選挙公約で、公共住宅を50万軒建設するとしているが、その財源を説明できなかったばかりか、他の質問にもきちんと返事ができなかったのである。

緑の党は、党員が急増しており、世論調査でも、自民党と並ぶ支持を得ており、大きな注目を浴びている。その日の選挙キャンペーンのスタートの記者会見で、記者たちの関心は、党首のラジオ番組での返答ぶりだった。

その記者会見の司会を務めたのは、大ロンドン市議会議員で、緑の党のベテラン、ジェニー・ジョーンズである。そのジョーンズが、記者たちにベネットに関する質問を受け付けない態度に出た。ジョーンズは、ケン・リビングストン前ロンドン市長時代に、副市長も務めた人物で、2012年のロンドン市長選前の候補者討論では、現職のボリス・ジョンソンに市長が務まるなら、私にもできると発言した、まさしく「女傑」である。今や、一代貴族の女男爵に任命され、上院議員(貴族院議員)も兼ねている。そのジョーンズが、その記者会見でダメと言えば、それで押し通すことができた。

ところが、この女傑の「助け」にもかかわらず、ベネットは、この質問に真っ向から答えた。ジョーンズの配慮に感謝しながらも、ラジオ番組出演中、頭が真っ白になり、答えられなかった、と自分の非を認めたのである。また、党員にも謝罪した。

これは、困難な問題を避けがちな政治家が多い現在、久しぶりに「男らしい」態度といえるような気がした。