4党時代に入ったイギリス

5月に欧州議会議員選挙が行われ、イギリスではイギリス独立党(UKIP)が躍進した。欧州議会議員選挙は地区別の比例代表制であり、それぞれの選挙区から最多得票をした一人だけが当選する小選挙区制の下院とは異なるため、UKIPが次期総選挙で多くの議席を獲得する可能性はほとんどない。しかし、欧州議会議員選挙を地方自治体ごとの得票状況で分析した研究によると、イギリスでは既に保守党、労働党、自民党それにUKIP4党時代に入っているようだ。

2014年欧州議会議員選挙の2009年の前回選挙との比較

政党

議席数

得票率

UKIP

24(+11)

27.5%(+11.0%)

労働党

20(+7)

25.4%(+9.7%)

保守党

19(-7)

23.9%(-3.8%)

自民党

1(-10)

6.9%(-6.8%)

UKIPはイギリスをEUから脱退させることを目的に1993年に設立された政党だが、2009年の前回の欧州議会議員選挙より得票率を11%アップさせ、イギリスで最多の得票と議席を獲得した。

この選挙と同時に行われた地方議会議員選挙の結果から、UKIPの強い地域が出現してきていることが指摘されていたが、この分析によると、UKIPの中核地域と呼べるような地域ができている。そこではUKIPが地方議会へ進出し始めており、与党に対する主要な対立政党は労働党ではなく、UKIPになっているという。特にイングランド東部や南部の海岸沿いにそのような地域がある。

そのような地域では、年配の白人の労働者階級が多く、特に年金生活者が多く、移民や少数民族が少ない、現場労働者が多いところだという。一方、若い大卒が多い、移民や少数民族と交流の多い大都市ではあまり伸びなかった

労働党はこの選挙で10%近く票を伸ばしたが、労働党が大きく票を伸ばした地域は、特に若い有権者がいるところで、大卒と少数民族の多いところである。しかも自民党から都市部の中流階級や若い大卒を奪っている。大都市での支持は大きく伸びているが、それは既に労働党の強い地域であり、それだけでは次期総選挙で過半数を占めるのは難しい。

自民党は、軒並み支持を減らしている。これまで保守党、労働党に飽き足らなかった層を吸収していたのが、保守党との連立政権参加以降、それがなくなった。むしろそのような層はUKIPに流れており、UKIPがその勢力を確立すると、自民党へそれらの票が返ってくる可能性は少なくなる。

保守党は、この4党時代に対応するためには、それぞれの政党に対する戦略を細かく立てねばならず、資源が限られている中、慎重な判断が要求される。UKIPとは最も票が重なるため、その対応に留意する必要がある。特にUKIPの票が伸びているところでは、保守党と票を二分する可能性があり、その結果、弱い労働党候補が漁夫の利を得る可能性がある。また、連立を組む自民党とは次点との票差の少ない、マージナル選挙区で争っているところがかなりあり、これらの選挙区で勝てないと過半数は難しい。

いずれにしても、4党時代を迎え、それぞれの政党が、それ以外の3つの党への対応戦略を立てる必要があり、選挙戦はかなり複雑なものとなる。イギリスの政治は変わってきており、次期総選挙の結果は、興味深いものになりそうだ。

EUで孤立し、自らの立場を苦しくしたキャメロン首相

EUの首相」ともいえる立場の欧州委員会委員長の選任をめぐって、キャメロン首相はEU加盟国28か国の中で孤立し、627日の異例の投票の結果、キャメロンがEU改革の妨げになると真っ向から反対していた「本命」が26か国の支持を得て選ばれた。

イギリスの新聞は、この結果をイギリスが「EU脱退に一歩近づいた」と表現した。 

イギリスの有権者は、この投票前からキャメロン首相が反対するのは正しいと見ていた。例えば、投票数日前に発表されたPopulus/FTの世論調査によると、キャメロン首相が「本命」のユンケル前ルクセンブルグ首相の就任を阻止しようとするのはどういう結果になっても正しいと有権者の43%が見ていた。さらにもしその就任をブロックできるのなら正しいと見た人は14%で、そのような態度は誤りだという人は13%だけだった。

同じく投票前に行われたYouGov/Sunday Timesの世論調査でも40%の人がキャメロン首相は正しいと言い、誤っているという人はわずか14%であった。それは投票後に行われたSurvation/Mail on Sundayでも同じで、43%の有権者が正しかったと評価し、誤っていたと考えている人は、15%に過ぎない。

キャメロンの取った行動の結果、Survation/Mail on Sundayによると47%の有権者がイギリスをEUから脱退させたいと考え、留めさせたいと考えている人は39%で、脱退派が増えている。

つまり、キャメロン首相の行動は、さらにイギリスをEU脱退の道へと進める結果となった。有権者から支持を得ているのなら、10か月先に行われる総選挙も考えると決してマイナスではないという見方もあろう。

しかしながら、キャメロン首相は、イギリスをEUに留めたいと考えている。イギリスは、EU改革で国の権限をEUから取り戻したい。次期総選挙でキャメロンが再び首相となれば、その改革を行った上で、2017年末までにEUに残留するかどうかの国民投票をすると約束している。

そのような戦略を進めるために、ユンケル反対の立場を早くから明らかにしたが、あてにしていたメルケル独首相がユンケルやむなしという立場に変わった。そのため、キャメロン首相は振り上げたこぶしを下ろせず、面目を保つために、選考方法が正しくないとし、「原則を貫く」という旗印のもとに突っ走ったというのが実態である。

国民には、そのような改革が行なわれた上でなら、EU残留に賛成するという人が多い。それは上記のSurvation/Mail on Sundayでもそうで、41%が残留、脱退は37%である。問題は、それではどのような権限を取り戻せるかである。

キャメロンは、その詳細についてはあいまいにしたままで総選挙を乗り切り、EUの他の加盟国と交渉した上で、できることとそうでないことを見極めたいという判断をしていたと思われる。

ところが、上記のSurvation/Mail on Sundayでも、有権者は、移民の制限を一番に挙げている。ところが、これはEUの基本にかかわる問題であり、EUに留まりながらこの権限が取り戻せると考えている人は恐らくいないだろう。

さらに同じ世論調査で誰がEUを支配していると思うかでは、メルケル独首相と答えた人が50%、次期欧州委員会委員長のユンケルが12%、そしてキャメロン首相が9%である。キャメロン首相のEU内での影響力は、イギリスの有権者の目にも弱まっている。

その一方、キャメロン首相は、自分の反対したユンケルが欧州委員会委員長となることから、自らの立場を明確に打ち出す必要に迫られており、イギリスの取り戻したい権限のリストを求められると考えられている。しかし、このようなリストに保守党内の欧州懐疑派の求めているような、本格的な移民の制限などが含まれる可能性は乏しく、次期総選挙前に保守党内の党内抗争の火種を増やすだけのように思われる。また、もしそのようなことを含めても、それが達成できる可能性は少ない。そしてその結果、イギリスのEU脱退の可能性が大きくなる。

ブルーンバーグのコメンテーターは、イギリスがEUに留まるには、キャメロンがもう一度敗れる必要があるとコメントした。この敗北は次期総選挙での敗北である。

キャメロンがもう少し慎重にことを運んでいれば、ユンケルの次期委員長就任を防げただけではなく、EUの運営に大きな影響力を維持できていただろう。誤算のため、自らの今後の選択肢を極めて狭くし、自らをより厳しい立場に追い込んだことは間違いない。