スコットランド住民投票の行方(Scotland Referendum)

スコットランドの独立に関する住民投票が2014年9月18日に行われる。スコットランド分権政府の発表した白書では、もしこの住民投票で独立賛成が多数を占めれば、2016年3月24日を独立の日とする考えだ。また、この白書では、現在と同様、エリザベス女王を国王とし、英国の通貨ポンドを独立スコットランドの通貨として使う予定である。

これまでの世論調査では、独立反対がリードしている。独立に反対の結果が出ると見られており、現在ではむしろどの程度、独立反対が賛成に差をつけるかに焦点が移ってきているといえる。

現在、スコットランド議会で過半数の議席を占めるスコットランド国民党(SNP)は、この住民投票の結果がその今後にかなり大きな影響を与えるため、少なくとも「かなりよい戦いをした」と言えるだけの結果を勝ち取る必要がある。その結果を背景にウェストミンスターの中央政府からさらに権限の大幅委譲を求めることとなろう。

ただし、もし万一、独立賛成が多数を占めた場合、英国の他の地域に対するショックは極めて大きなものとなる。主要三党すべてが独立反対の立場で、スコットランドの独立反対キャンペーングループのリーダーは、前のブラウン労働党政権で財相を務めたアリスター・ダーリングだが、次期総選挙では、政権を与るキャメロン首相の保守党がその責任を取らされることになるだろう。単なるメンツの喪失だけではなく、独立交渉から始まり、既存の様々な公的機関からスコットランド分を分割するなど、英国にたいへん大きな出費が伴う。つまり、キャメロン首相にとっては絶対に負けられない住民投票である。

スコットランドの独立問題では、そのプラス、マイナスの議論は金銭的に得か損かの次元で議論されることが多い。しかしながら、ガーディアン紙でサイモン・ジェンキンスが「金持ちになるために独立を求める国民はいない、自由を求めてだ」と指摘するように、これはスコットランド人の誇りの問題で、すべてがお金の面で判断されるわけではない。特にスコットランド人の反イングランド感情にはかなりのものがある。

白書は670ページにもわたるものだが、実際のところ、大方の有権者はその中身にそれほど関心があるとは言えないだろう。ただし、それほど大部のものを用意し、その中にスコットランドの有権者の共感を得そうな多くの政策を散りばめたことは、それなりの政治的な判断に基づく。

1934年に既成の団体が集まり、スコットランドの独立を求めてSNPが設立されたが、このような住民投票が行われると信じた人はあまりいなかった。そもそもブレア政権で設けたスコットランド議会ではこのようなことがないよう一党が過半数を占めるのは極めて難しい選挙制度を導入した。それでも数々のハードルを乗り越え、SNP結成80年後に住民投票が行われることとなった。スコットランドの首席大臣アレックス・サモンドは巧妙ともいえる有能な政治家だ。その手腕は侮れない。

予測できないことのある政治(Unpredictable Political Events)

政治の流れ、動きは予測できないことが多い。コープ銀行の会長を今年6月まで3年余り務めたポール・フラワーズの個人的な不行跡の問題が11月17日の日曜紙で取り上げられ、労働党にかなり大きな影響を与えている。

コープ銀行は、協同組合から出発し、様々な企業体を持つようになったコープ・グループの主幹企業の一つである。労働党は、コープとの関係が深く、32人の下院議員が、労働党とコープ党の両方から推されている、いわゆる労働党・コープ議員である。

労働党の影の財相エド・ボールズは、そのような議員の一人であり、コープ・グループから5万ポンド(800万円)の政治献金を2012年に労働党を通して受けている。また、労働党は、今年4月にコープ銀行から120万ポンド(1億9200万円)の融資を受けている。

コープ銀行の元会長フラワーズは、禁止薬物を乱用していた。しかも様々な不行跡が次々と発覚している。フラワーズは、キリスト教メソジスト派の牧師である。かつては、労働党の地方議会議員であり、そこからのし上がった人物だが、あまり経験のない銀行の分野で会長となり、しかもコープ・グループ全体の副会長でもあったことは多くの人を驚かせた。この点については、内部の問題を扱うのにフラワーズの推しの強い政治的な調整力が役に立ったと言われる。

労働党とコープの近い関係から、フラワーズと労働党党首のミリバンドも何度か接触があった。また、ミリバンドのビジネス関係の諮問員会のメンバーでもあった。

フラワーズがかつて労働党の地方議会議員であったことからミリバンドや労働党トップがフラワーズの不行跡を知りながらそれを隠していたのではないかと保守党支持の新聞各紙が示唆した。

11月20日水曜日の首相のクエスチョンタイムはこういう背景のもとで行われた。これまでミリバンドは一か月半ほど「生活費の危機」を材料に優勢だったが、コープ銀行の問題に焦点を当てたキャメロンに上手を取られた。この問題に執拗に触れるキャメロンの前にたじろいだ。そのミリバンドの姿を見たキャメロンは久しぶりに溜飲を下げたような晴れ晴れとした顔をした。

しかし、政治は一種の魔物だ。調子に乗りすぎたキャメロン首相は労働党の古参下院議員がエコノミスト紙の記事を基に英国のビジネス投資の問題について質問したのに対し「フラワーズと一緒に夜外出し、精神状態を変化させる薬物をやった」に違いないと答えた。

これには労働党側から非常に強い非難の声が上がり、当該労働党下院議員が、議事進行上の問題(Point of order)を提起し、キャメロンの発言は、非議会的で、無礼で、不愉快な発言だと述べた。キャメロンは自らの言葉は軽い気持ちの冗談だと言い、それで不愉快な思いをしたのなら撤回すると言った。

この過程で、影の財相ボールズや他の労働党下院議員たちがキャメロンに「コカインをやったのか?」とヤジを飛ばした。これは、キャメロンがこれまでコカインをやったことがあるかどうかについてはっきりと答えていないことに関連している。

2005年の保守党の党首選では、他の候補者たちはやっていいないと答えたのに対し、キャメロンはみんなのようにやるべきではないことをたくさんやったと述べたにとどまった。また、キャメロンはオックスフォード大学に入る前に学んだイートン校で大麻を吸った疑いで放校処分を受けかけたと言われる。

キャメロンはボールズらのヤジに反応しなかった。議場のヤジ騒音のために公式な議事録であるハンサードには記録されていないが、マスコミがこのやり取りを報じた。

これはキャメロン首相に痛手である。多くの人がキャメロンのコカインの問題を既に記憶の片隅に追いやっていたのに、それを再び公共の面前に突き付けたからだ。

フラワーズの問題が労働党にどの程度の影響を与えたかは、今のところ不明だが、今後大きな影響を与えるとは考えにくい。保守党はこの問題で労働党とミリバンドにできるだけ大きなダメージを与えようとしているが、労働党とコープは同じ団体ではないことや、コープ自体の評判は今でも高いことから考えると、そう大きな傷跡を残すとは思えない。

オズボーン財相がコープ銀行の調査を命じたが、その結果が出るにはかなり長期間、恐らく数年かかり、これで労働党に大きなダメージを与えることも考えにくい。そのため、この事件は一過性のものとなる可能性が高い。

ただし、直接関係のない労働党には晴天の霹靂ともいえる事件であっても、それが政治の力学に影響を及ぼす可能性を改めて示した出来事だと言える。