選挙提携の難しさ(Electoral Alliance Not Easy)

一党で十分な支持が得られない場合、複数の政党が協力して選挙に臨めば、それぞれの支持率を合計した数字に近い支持率が得られるのではないかと考えがちだ。しかし、必ずしもそうとは言えない。

英国保守党の中にも、右の英国独立党(UKIP)が保守党の票を奪っているため、両党が選挙で提携すべきだという見解がある。

来年行われる欧州議会議員選挙は地区別の比例代表制であり、前回の欧州議会議員選挙で保守党に続き第二位の得票をしたUKIPは、次回最も多くの得票をするのではないかと見られている。UKIPの勢いを考えれば、再来年の下院議員選挙で保守党は票をUKIPに奪われ、大きな打撃を受けるのではないかというのである。

UKIPは下院議員選挙のほとんどの選挙区で候補者を立てる予定だが、独自の候補者を完全小選挙区制の選挙区で当選させる力はないと考えられている。そこで保守党がUKIPと選挙提携をして幾つかの選挙区をUKIPに渡して応援し、かわりにそれ以外の選挙区でUKIPに保守党候補者を応援させれば保守党への影響を最小限にできるのではないかというのである。

9月25日から26日に行われたYouGov/Sunの世論調査では、政党支持率が保守党33%、労働党40%、自民党9%、UKIP11%であった。もし保守党とUKIPの支持がそのまま合算されば、44%と労働党を上回る。UKIPの支持がそのまま移行しなくても労働党と互角程度の支持率になるのではないかという計算だ。

この世論調査で、もし保守党とUKIPが上記のような選挙提携すればどのように投票するかの調査も行っている。

わからない、もしくは棄権すると答えた人を除くと、保守党への支持は35%と2%アップする。一方、労働党への支持は45%と5%アップ、自民党への支持は11%と2%アップする。

この選挙提携があれば、UKIP支持者のうち56%はそのまま投票するが、あとの44%は他へ動くという(UK Polling Report)。つまり、UKIPを支持しているのは、現在の政府や保守党に不満を持っているからであり、それらの人たちが単純にそのような選挙提携を認めるわけではない。

興味深いのは、保守党支持者の4分の1が、もし保守党がUKIPと提携すれば、保守党には投票しないという点だ。保守党支持でも、右寄りの政策を嫌う人たちは、保守党の代わりに労働党や自民党に投票する人が、それぞれ5%、4%いる。

つまり、政党間の選挙提携は、ある程度支持率を増やすと言えるが、同時にその提携に不満を持つ人たちを生み、他の政党らに追いやり(棄権も含む)、その結果、プラスにならない場合があるということである。

キャメロンの誤算(Cameron’s Miscalculation)

キャメロン首相は、保守党の党首として非常に大きな計算違いをした。そしてそのために自分を非常に苦しい立場に追いやっている。キャメロン後の保守党党首の座を狙っていると目されるロンドン市長のボリス・ジョンソンも下院議員に復帰する可能性をほのめかした

まず、キャメロンは、2005年に党首に就任以来、テレビ党首討論に前向きであることを繰り返し表明し、その結果、2010年の総選挙期間中に行われた三党党首討論に参加せざるを得ない状況を自ら作り出した。世論調査で有力な政党の候補者は、それまでテレビ討論を避けてきた。不測の事態が起きる可能性があるからである。

そして2010年に初めて行われた三党党首討論では、ほとんど誰も予想しなかったことが起きた。自民党のクレッグ党首の「クレッグブーム」である。それまで自民党はクレッグの知名度の低さを心配し、クレッグより知名度の高いヴィンス・ケーブルと一緒の写真を選挙で使っていたくらいだった。

テレビ討論の結果、自民党はその前の2005年の総選挙より若干議席を減らしたものの得票率では上回った。保守党は、そのため直接的、間接的に議席を落とし、その結果、過半数が占められないままに終わった。第一の誤算である。

自民党との連立では、自民党の求めた、選挙制度にAV制度を導入するかどうかの国民投票の実施を認めるかわりに、保守党は下院の議席を650から600に減らし、また選挙区の有権者の数を均等化することを求め、合意された。

もしこれらが実現していれば、キャメロンの第一の誤算は、帳消しになっていたかもしれない。しかし、これらは実現せず、第二の誤算につながった。なぜそれらが誤算となったのか?

AV(Alternative vote:選好順位指定投票)

英国は完全小選挙区制で、最高得票者がその得票割合にかかわらず当選する仕組みである。AVとは、それを修正するものである。もし、最高投票者が過半数の得票をした場合にはその人物が当選するが、過半数を下回った時には、最も少ない得票をした人の票からその第二選好で票が振り分けられる。そして誰かが過半数を上回るまでその作業を続ける。つまり、それぞれの選挙区で投票した有権者の過半数の支持する候補者を選出する方法である。

自民党が提案した時には、自民党候補者が保守党支持者並びに労働党支持者から第二選好として選ばれると見られていたため、自民党が有利となり、保守党と労働党には不利だと見られていた。

キャメロンはこのAVの導入に反対した。キャメロン本人は反対運動で目立たなかったが、保守党は大反対運動を繰り広げた。AV反対派はクレッグへの個人攻撃を繰り広げてキャンペーンを行い、結果は、大差で否決された。

ところが今や保守党は英国独立党(UKIP)に大きく票を失っている。ある世論調査では、保守党の党員さえもその2割がUKIPに投票するという。つまりこれまで保守党に投票してきた人たちのかなり多くがUKIPに流れている。

もしAVがあれば、UKIPに投票する人たちの多くは保守党を第二選好とするため、UKIPの影響を最小限にできていた。

選挙区改革

自民党の求めた、AVの国民投票、さらにその後の上院改革を保守党が妨げたことから、自民党は保守党の求めていた選挙区改革、すなわち、選挙区数を減らし、選挙区のサイズを均等化することに反対した。そのため、これらは今国会では実現しない。

この選挙区改革を簡単に説明すると以下のようなこととなる。

現在の選挙区割りでは、特に都市部の選挙区のサイズ(有権者の数)が小さく、郊外は大きい傾向がある。一般に都市部では労働党が強く、郊外は保守党が強い。郊外には裕福な有権者が多い保守党の強い地域が多く、しかも教育レベルが高く、投票率も高い。

そこで選挙区の数を減らし、一つ一つの選挙区のサイズを平均化すれば、都市部の労働党の強い選挙区の数が減り、しかもかつて労働党の下院議員を選出していた選挙区と郊外の保守党に投票する人たちの住んでいる地域が一緒になり、その結果、投票率の低い労働党支持者と投票率の高い保守党支持者の組み合わせとなって保守党候補者に有利となる。

このため、この選挙区改革は、保守党にかなり有利になると考えられていた。

ところが、新区画策定作業は公聴会も終え、ほぼ終了していたが、自民党の反対でこれが進められないこととなった。

もし、AVと新選挙区区割りが実施されていれば、現在の政治状況はかなり異なっていたものとなっていただろう。保守党の立場ははるかに強固だったと思われる。

ミリバンド労働党党首も、いわゆる「真ん中」の有権者を獲得するために「左寄り」と見られるエネルギー価格の凍結のような政策には二の足を踏んでいた可能性が高い。

キャメロンの誤算のもたらした結果である。

ミリバンドイズムの出現(Milibandism)

エド・ミリバンドが党大会のスピーチの中で言った。2010年の党首選挙に、本命だった兄の元外相デービッドに対抗して出馬したのは、党首に「自分が最もふさわしい」と思ったからだと。

この真髄は、そのスピーチの内容が物語る。デービッドはゴードン・ブラウンに対抗するのを躊躇したが、ミリバンドは兄のデービッドよりはるかに大胆だ。国の力を使って公平でないことを正すと言った。

その代表的な政策は以下のようなものである。

①現在のエネルギー市場は機能していない。2015年5月の総選挙に勝てば、20107年初めまでの20か月間ガス、電気のエネルギー料金を凍結し、一般家庭、企業を援助し、市場改革を行う。

②慢性的な住宅不足を解消するため、年に20万戸の住宅を建設する。住宅デベロッパーで土地を持っているものは、建てなければ、その土地を取り上げる。

これらは現在の英国では、非常にドラスティックな政策である。

エネルギー料金の凍結

ミリバンドはこの凍結で、一般家庭で年に120ポンド(1万9千円)、企業で1800ポンド(28万円)の節約ができ、一方でエネルギー会社の収入減は45億ポンド(7000億円)と計算している。

エネルギー料金の凍結には直ちにエネルギー会社やビジネス団体などから大きな反発の声が上がった。エネルギー料金がある程度高くなければ今後の投資ができない、2015年には石炭発電所の廃止などでエネルギーの余裕がわずか2%となると予測されているが、停電の恐れもあるという。

ただし、これまで何度もエネルギー料金の値上げが行われ、一般家庭の支出に占めるエネルギー料金支払いの割合がかなり増え、一般の家庭ではエネルギー料金の値上げに苦しんでいる。エネルギー会社は、エネルギー源の仕入れ価格が下がっている時には価格引き下げを渋り、上がっている時にはすぐに値上げをする、そして何十億ポンドもの利潤を上げる体質に反省がないという批判がある。

労働党はこの政策発表の前に、慎重に検討したようだ。過去二十年ほどのエネルギー市場を分析し、様々なシナリオを想定して検討した上、法律の専門家の見解も確認して万全を期したようである。

日本では、このようなことは行政指導などで行えるかもしれない。しかし、労働党は、この法律を制定する考えだ。

土地の取り上げ

土地の強制取り上げは、恐らく「言うは易く、行うは難し」の部類に入ると思われる。日本ではこのような政策を打ち出すことは憲法上難しいだろうが、英国は国会主権の国であり、国会で法律制定すれば基本的には実施可能だ。もちろんEU法上の制限はあるが。

「責任ある資本主義」

ミリバンドのスピーチで明らかになったのは、ミリバンドはこのような行動を今後も行う用意があるということである。このような政策を社会主義だと見る向きもある。

ミリバンドの重視しているのは「責任ある資本主義」と「フェア・ディール(取引や取り決めが公平であること)」である。

つまり、もし市場がきちんと働かず、一部のものに格別に有利で、それで害を受けているものがいれば、ミリバンドは国の力を使って行動に出るということである。ミリバンドの言葉を借りれば以下のようである。

「もし競争が失敗し、もしそれが特定の市場で失敗しているという証拠があれば、監視機関が行動するべきだろうか?そしてもしその監視機関が、その市場で起きたように失敗すれば、政府が行動すべきだろうか?もちろんだ」

かつて2008年から2009年の世界金融危機の中、経営危機に陥ったロイヤル・バンク・オブ・スコットランド(RBS)を救済する際、当時の労働党首相ゴードン・ブラウンはRBSを国有化することが最も手早い方法であることはわかっていた。しかし、それになかなか踏み切れなかったのは、過去の労働党政権の国有化や価格統制政策の悪い記憶だった。つまり、RBSを国有化すると労働党政権への信頼が揺るぎかねないという恐怖があったのである。

もともとそのような過去から決別し、選挙でカギを握ると思われた中流階級の支持を得るためにブラウンやブレアは「ニュー・レイバー(新労働党)」を打ち出した経緯があった。

しかし、ミリバンドはそのような心配をよそに行動した。現在のエネルギー市場の仕組みが壊れているとし、現状ではフェア・ディールはできないと判断した。そして、エネルギー市場を真に競争的な市場とすることを目的に、エネルギーの生産者と販売者を分離し、さらに現在の監視機関Ofgemをさらに強い権限を持った機関に入れ替えるとし、価格凍結期間にそれを行うとしたのである。

このような政策は、恐らく兄のデービッドにはできなかっただろう。デービッドは労働党の右寄りのブレア派であった。市場や投資家の反応を心配しただろう。その意味では、ミリバンド弟は兄とはっきりと違うということを示した。

ミリバンドイズムの出現で、これまで主要三党が同じような政策を打ち出し、お互いに違いがないというこれまでの批判が過去のものとなったといえる。

自民党は、その党大会で「公平な社会」を目指す責任政党と主張したが、それはミリバンドイズムで吹き飛んでしまったように思われる。今後自民党は、極めて保守党に近い政党と見られるだろう。そのため自民党はさらに苦しい立場に追い込まれることとなる。

ミリバンドは保守党を攻撃し、保守党は大手企業や金持ちの味方で、それらを助けるために一般の人々の生活を犠牲にしていると主張した。それに今週末からの党大会でキャメロンがどのように反論できるかがカギとなるように思われる。

ミリバンドのエネルギー価格凍結政策発表後、9月25日、26日と大手エネルギー会社の株価が大きく下がった。例えば、エネルギー大手のブリティッシュガスを所有するセントリカとSSEの株価である。25日に5%余り下がり、それが26日さらに下がった。これは、ミリバンドが次期総選挙後首相となると多くが見ていることを示している。キャメロンがこのような波を覆すことができるかどうかが課題である。

ミリバンドの戦い(What Miliband is Doing)

労働党大会でのエド・ミリバンド党首のスピーチには感心した。スピーチの原稿が既に記者団らに渡っている中、1時間余りのスピーチをメモなしで力強く行った。しかし、そのことに感心したのではない。共感を呼ぶような材料を巧みに構成し、その内容がよく考えられていたからである。会場で聞いていた人たちは、感銘しているように見えた。

この労働党の党大会は、ブレア・ブラウン時代にスピンドクターだった人物の暴露本のために影が薄くなるという見方があったが、逆にこの本で注目が集まったように思われる。

この本の著者ダミエン・マクブライドはケンブリッジ大学卒の元国家公務員である。ゴードン・ブラウンに認められてスペシャルアドバイザーとして側近となったが、「マクポイゾン(姓のマクブライドのマクと毒を合わせた)」と言われて恐れられた人物である。ブラウンの広報担当者で、ブラウンの政敵らに対して卑劣な策略を次々と講じた。その謀略が明らかになり、2009年に辞職した。現在はカソリック系のCAFODという国際援助機関でメディアの責任者として働いているが、一種の懺悔のために(もちろんお金のためもあるが)自分の行ったこと、そして関係した人物のことを赤裸々に描いた。

ミリバンドは、そのマクブライドに向かって「あんたは嘘つきだ。あんたとの関係は終わりだ」と告げて、ブラウンにマクブライドをクビにするように働きかけたという。これはミリバンドの性格の一端を物語る話であり、ミリバンドにとってはそう悪い話ではない。

さて、このスピーチは、ミリバンドのリーダーシップを問う声や具体的な政策の欠如などに対する批判への答えであった。

ミリバンドは「英国はこれよりもっとよくできる」を謳い言葉に、次々にキャメロン連立政権の施策を批判しながら自分の政策を披露した。英国はトップを争っているのであり、底辺を競っているのではないと愛国心をあおり、また英国の労働者を守る立場を明確に打ち出した。

英国の景気が上向いていることが伝えられているが、ミリバンドは、インフレ率が3%近くある中で賃金の削減や据え置きで苦しむ一般の労働者らを援ける政策を打ち出した。「公平な取引」を訴え、電気・ガス料金の据え置き(2015年の総選挙に勝てば2017年初めまで20か月間)では有権者も企業も助かる、また、最低賃金のアップや無料育児の拡大などを行うと約束した。

また、労働者の権利を守ることも強調したが、これらが労働組合の関係者を喜ばせたことは間違いないだろう。

ミリバンドと労働組合との関係には溝ができていた。現在、労働組合の組合員は労働組合を通して全体として労働党に関係しているが、ある選挙区の候補者選出を巡る事件に端を発して、ミリバンドは労働組合員がそれぞれ自分の意志で労働党の組合員となる関係に変えようとして、労働組合のボスたちの不興を買っていた。しかし、スピーチを終えたミリバンドをミリバンド批判の急先鋒ともいえるGMB労働組合の書記長が称える仕草をする光景も見られた。

ミリバンドのスピーチの中に具体的な経済政策や財政政策がないという見方もあろうが、総選挙まで1年半ある時点で、そういうものに具体的に踏み込んだものを発表することが適切かどうかには疑問があるだろう。

ただし、毎年20万件の住宅の建設を行い、グリーンエネルギー関係で100万人の雇用を生み出すと約束。また、小さな企業への支援を打ち出した。

このスピーチが党大会に出席した労働党の党員らを勇気づけたのは間違いないように思われる。もちろんこのスピーチは1960から70年代の左傾化した労働党の価格政策などを思い出させるとか、エドは「赤いエド」となったと批判する向きはある。しかし、物価が上がる中で生活レベルを下げることを強いられている人たちにとってはかなり魅力ある政策と言えるだろう。

次の総選挙は自民党がはっきりと2015年まで連立政権を維持する意思表示をしたために、予定通り2015年に行われる見通しだ。総選挙は、政権政党が政権を失うのであり、野党が獲得するのではないと言われるが、ミリバンドの置かれた立場はかなり特殊なように思われる。

次期総選挙の大きな焦点の一つは、英国独立党(UKIP)がどの程度票を集めるかである。UKIPは既成政党に不満を持つ有権者の票を吸収しているが、そのUKIPに最も票を奪われるのは保守党である。つまり、UKIPが支持を集めれば集めるほど保守党の票が減り、労働党に有利となる。保守党はUKIPと党内の欧州懐疑派に押されてEUの国民投票を約束したが、それでも、来年6月に行われる欧州議会議員選挙でUKIPは最も票を多く集めると見られている。

そのUKIPが再来年の総選挙で、保守党と労働党の競う選挙区で保守党に大きなダメージを与える可能性が高いことが9月15日に発表された元保守党幹事長のアッシュクロフト卿の世論調査で示されている。

一方、保守党は経済政策が成功すれば次期総選挙で有権者はその成功を認め、保守党に投票すると見ているようだ。必ずしもそうとは言えないかもしれない。むしろ連立政権の経済政策が成功すればするほど国民はその報酬を求めて、財政削減を旗印に掲げる連立政権の政党から労働党へ向かう可能性があるように思われる。経済が成功してもそれを一般の人々が実感するまでにはかなり時間のギャップがあるためである。

さらにいわゆる「ベッドルーム税」の問題がある。英国では、この問題に多くの人が関心を持っている。これは、部屋の余っている公共住宅などに福祉手当受給者が住み続けているとその福祉手当が減額される政策である。一見合理的だが、実は小さな公共住宅に移転したくても適切な公共住宅がない、家賃の滞納が増えているなど多くの問題が出ており、現政権の失敗政策で象徴的なものの一つと言える。

これらから考えると、労働党はかなり有利な状況といえる。しかしながら、労働党には危機感がある。世論調査では労働党が保守党を上回っているが、保守党の党首であるキャメロン首相の個人評価と比べるとミリバンド党首の個人評価がかなり低い。

英国の総選挙は、誰を首相とするかの選挙でもある。つまり、ミリバンドが英国の首相としてふさわしいと思われなければ、労働党はそのために大きく票を失いかねない。

保守党の選挙アドバイザーであるリントン・クリスビーがそれを突いてくることに労働党は大きな危機感を持っていた。そのため、ミリバンドのスピーチはこれへの対応に焦点を絞っていたともいえる。

ミリバンドは自分が首相になればと言い、次の政権を担うという意思を明確にした。「ベッドルーム税」はキャメロンが始めたが、首相となれば自分がこれを撤廃するとして、喝采を受けた。

また、自分のリーダーシップと個性を比較しようとキャメロンに挑戦した。さらに政策がないという批判にこたえて、様々な政策を一挙に打ち出した。

これらがどの程度一般有権者に影響を与えるかは今しばらく様子を見る必要がある。ミリバンドには、労働党の支持者並びに自民党からの支持替え者をしっかりと固めれば、総選挙で十分に勝てるという考えがあるように思われる。その点では、今回のスピーチはその戦略の第一弾として十分な役割を果たしたものと言えるだろう。

スコットランド独立のコスト(Independence Not Cheap)

スコットランドの独立に関する住民投票が来年2014年9月18日に行われる。もし独立すればどのような経済への影響があるかについては、独立賛成派と反対派で結論が大きく異なる。

独立賛成派の議論にはナショナリズムがその背景にある。スコットランドとイングランドの間の敵対意識を掻き立てるために、スコットランドの政権を与るスコットランド国民党(SNP)は、両者の歴史的なバノックバーンの戦いの700周年にあたる来年を選んだ。

実際のところ問題はそうクリアーカットなものではない。私の知人のイングランド人はスコットランドに住んでいるが、スコットランド独立に賛成している。一方、イングランドに住んでいるスコットランド人の知り合いは独立に反対だ。

そのスコットランドの独立の議論の最も大きな基礎は、北海油田の石油・ガスである。つまりそれらからの収益をスコットランドだけに使えば十分独立できるという議論である(参照 またスコットランド政府の分析)。

そして油田からの収入でソブリンファンドを築いているノルウェーのように小さな国であっても十分に自立していけるという考え方である。

ただし、このような考え方がどの程度有効かは実際のところ独立してみるまで不明な要素がある。

スコットランド独立の経済分析には以下のようなものがある。IFSNiesrそして英国政府のものである。いずれも独立賛成派には厳しいものだ。

それでも以前の記事に引き続き、2点補足しておきたい。

①北海油田の産出量は減少している。また、長期的に見れば、シェールガス・オイルなどの開発でその行方がそう明るいとは思われない。

特にスコットランドは1人当たりの公共支出は、一人当たり£12,200程度だが、英国全体では£11,000程度で£1,200ほど高く、スコットランドは優遇されている(英国政府)。

その公共支出の高さと、英国全体の政府債務の割合分への利子払い(Niesrレポートでは英国と同じ通貨を使っても英国より0.72から1.65%高くなると見られている)を考えると、財政的にかなり苦しくなる。

②スコットランドが英国から分離独立した場合のスコットランド経済へのマイナス効果がかなり大きいことが想定される。

つまり、スコットランドが英国の一部である状態から別の国となると、かなりの割合のビジネス関係が減少する可能性がある。

例えば、20年前の1993年、チェコスロバキアが分離し、チェコ共和国とスロバキア共和国に分かれた。分離前、チェコの対外取引の22%がスロバキアだったが、10年後にはそれが8%となった。反対にスロバキアからチェコへは42%から13%となった(英国政府の分析p. 60)。

また、アイルランドが1922年に英国から分離する前は、90%が英国との取引だったというが、それ以降徐々に減り、現在では20%程度となっている(上記英国政府の分析p.62)。

スコットランドの主要産業の一つである金融サービスは顧客の9割がスコットランドを除いた英国内にあり、ビジネスサービスの6割、食品・飲料の3分の1もそうだという。

つまり、スコットランドの独立は、これらの産業に大きな影響を与えかねない。

独立の議論は改めて、英国の中におけるスコットランドの地位を見直す機会を与えている。それが英国の地域振興をさらに促進する役割を果たせば大きな効果があると言えるだろう。

これらの議論は、北アイルランド問題を考える場合にも重要だと思われる。北アイルランド政府は、その過去の問題のために英国政府から優遇されている。しかも英国の一部として受けているビジネス上の便益が多い。もし、北アイルランドが南のアイルランド共和国と併合されるようなことがあれば、それらが減る可能性がある。その上、IRAと逆の問題が内部の問題として残ることを考えればあまりよい選択肢とは思われない。スコットランドの独立問題は、他の国や地域を考える上で多くの材料を提供していると言える。

苦しい立場の自民党クレッグ党首(Clegg at a Crossroad)

自民党の党大会が終わった。ビジネス相のビンス・ケーブルと経済政策を巡る見解の相違があると伝えられたが、党首のニック・クレッグ副首相は、この党大会を無難に終えたと言える。2010年総選挙で保守党との連立政権に参画した結果、党員の3分の1を失い、しかも地方議員の数は半分程度になったが、それでもクレッグへの「反乱」はうかがわれない。自民党の党内の協調力は衰えていないようだ。クレッグがスピーチでも触れたが、党内に影響力のある元党首のパディ・アッシュダウン上院議員との関係が強いことが大きい。

自民党は、前党首のメンジー・キャンベルを世論調査の支持率が低すぎるとして退陣に追いやった。そのキャンベル時代の自民党の支持率は10%台の半ばであった。クレッグが副首相となって以来、自民党の支持率は、それより低く、一桁となることも多い。しかもクレッグ本人への支持率は、極めて低い。そういう中、クレッグは、この党大会を通じて有権者に自分をもっと知ってもらい、そして連立政権の中での自民党の役割を明確にし、政府の中でその役割をきちんとこなせる、責任ある政党だと訴えようとした。しかし、その目的を達成したとは言えないだろう。

この党大会は、自民党の一つの政策と、クレッグの示した方向で特徴づけられたように思われる。7歳以下の小学校児童への無料の昼食を与える政策と、18か月後に予定されている次の総選挙後も連立政権に参加する構えを示したことだ。

児童への無料の昼食

無料の昼食の政策を聞いた時、一般の国民にアピールする政策だと思われた。タイムズ/YouGovの世論調査では、53%が賛成、36%が反対している。親の負担を、該当する年齢の子供一人当たり年間437ポンド(6万8千円)軽減するうえ、子供の健康・栄養が向上し、さらにこれまでの例では子供の成績にもよい結果が出ているからである。既に福祉手当を受けている家庭や、年収が16,190ポンド(250万円)を下回る家庭の子供たちには既に無料の昼食を与えられており、それは子供の約4分の1いる。しかし、弁当を持ってくる子供たちの1%の弁当しか基準の栄養価を満たしていないという話もあり、富裕な家の子供が必ずしも栄養満点の昼食をとっているとは言えない。

ところがこの政策は、各方面から大きな批判を受けた。財政削減の一環として子供手当も親の収入に応じ削減もしくは完全になくなっており、この無料昼食を親の貧富にかかわらず全員が受けることになるというのはおかしいというのである。誰もが受ける「ユニバーサル」なものはできるだけ少なくし、社会の弱者に焦点を絞った福祉給付をしようとする方向に反するというのである。

さらに、この無料昼食は貧しい家庭を助けるよう装っているが、実際は中流階級を助けているのではないかという批判がある。この批判にはある程度信じられる要素がある。というのは、自民党の強い支持層は、保守党にも労働党にも投票したくないという、リベラルな中流階級である。つまり、子供手当の減額を受けた、もしくは失ったこの層への一種の懐柔策という要素があったように思われる。

さらに、この無料昼食の政策は、労働党が区政を握っているロンドンのサザーク区やイズリントン区などで既に行われており、自民党はそれを「ユニバーサル」でお金の無駄遣いだと批判した経緯がある。今回の自民党の政策では、その費用は6億ポンド(1千億円弱)であり、そのお金はもっと有効に使われるべきだというのである。

批判はそれだけにとどまらない、昼食を該当年齢全員に提供することになれば、それを食べる食堂の大きさやそれを調理・給仕する人の増員が問題となる。つまり、予定以上の予算がかかる可能性がある。

この政策は、クレッグ党首らと保守党のキャメロン首相とオズボーン財相との交渉で直前に決まったと言われる。2010年の連立合意でも、結婚している夫婦に税控除を与える保守党の政策を認めると述べているが、それをキャメロン首相が実施する代償として、同じ程度の費用のかかるこの政策が決まった。そのため、自民党はこの政策を十分検討しないまま打ち出したようだ。

自民党は、これまでにも貧しい家庭の子供のための政策を連立政権で打ち出しており、その流れで、子供のことを考える自民党というイメージに合致する政策であったのは事実だが、そのようなことを理解している有権者がどの程度いるかは別の問題である。

この政策で最も大きな受益者と目される、いわゆる家計の圧迫されている中流階級の中でも、特にリベラルな中流階級にこの「ユニバーサル」か「弱者に焦点を絞る」方策を取るかという点で自民党の方針がぐらつき、焦点がぼけているような印象を与えたように思える。

次期総選挙後の連立

クレッグは、次期総選挙後も連立政権に参画する方針を打ち出した。

自民党は、世論の支持率で保守党に大きく水をあけられているが、アッシュクロフト卿の行った世論調査で、前回の総選挙で保守党と自民党の競った選挙区では両党の支持率の差がかなり小さいことが明らかになった。つまり、もう少しの努力で自民党が保守党を破ることが可能だというのである。

この結果が、自民党が無料の昼食政策を生み出す一つの背景にあったことは十分に考えられる。

しかし、これだけで自民党が次期総選挙で現在の議席を維持できる可能性が高まったわけではない。むしろ、一般にはかなり議席を減らす可能性があると見られている。特に、自民党が労働党と競っている選挙区では自民党はかなり弱いと思われる。

次期総選挙で自民党がかなりの議席を獲得しなければ、次期総選挙後に再び、どの政党も過半数を制することのない、いわゆる「ハング・パーリアメント」となる可能性は少なくなる。その点では、連立を言うのは、自民党にとっては、かなり希望的観測といえるだろう。

クレッグには、自分が保守党と連立政権を作ったことを正当化するとともに、次期総選挙後同じことが起きれば、党内の反対を防ぐ意味があったように思われる。

しかし、1年半後の選挙後のことを現在持ち出すのはいささか先走り過ぎている観がある。クレッグは、そのスピーチで国民の気持ちをわかっていると訴えたが、連立政権ではなく単独政権を求める有権者が多い中、自民党が有権者にそのような印象を与えたことは確かであろう。

クレッグが自民党そして自らの置かれた苦しい状況を脱するために努力を払ったことは理解できるが、それが自民党やクレッグの一般有権者に対する立場を大きく変えたようには思えない。クレッグのスピーチは力強く好感のもてるものであったが、結局、自民党の再生は党首交代が最も効果的で手早い方法のように思える。クレッグの苦しみはまだまだ続く。

スコットランド独立投票まであと一年(One year to Scottish Referendum)

独立に関するスコットランドの住民投票がちょうど一年後の来年9月18日に行われる。スコットランドは英国の一部であるが、スコットランドには反イングランド感情が伝統的にある。英国からの独立を掲げて1934年に設立されたスコットランド独立党(SNP)が現在スコットランド議会の過半数を占めており、キャメロン首相らと交渉の結果、この住民投票を実施することとなった。

ちょうど一年前となったため、幾つかのメディアがそれに関する世論調査を実施しているが、独立反対が20から30ポイントほど多い。例えば、以下のようなだ。

タイムズ/YouGov 独立賛成32%、反対52%
デイリーメイル/Progressive Scottish Opinion 独立賛成27%、反対59%

これまでも多くの世論調査が行われているが、世論調査のほとんどはこのような割合の結果となっており、来年の住民投票で、独立への賛成票が多数を占める可能性は乏しい。

特に最近大きな争点となっているのは、もし、スコットランドが独立することとなると解決しなければならない問題である。

例えば、独立したスコットランドの通貨である。まずはポンドを使い続けるにしても独自の通貨を導入するかどうか。軍隊をどうするか、EUとの関係をどうするかなどもある。また、巨額に上る英国の国の債務の一定割合分を負担することになるが、独立したばかりのスコットランドは英国のような信用力がなく、支払う利子が高くなるなどすぐには解決できない問題が多い(参照)。

むしろ、現在のスコットランド政府の権限をさらに拡大すべきだという見解が多い。

スコットランドの独立の可能性が高まるのは、英国がEU離脱/継続の国民投票の結果、EUを離脱した場合だろう。その場合には、スコットランドが英国から独立した方がよいという意見が高まるかもしれない。

SNPは、今回の住民投票は党の設立趣旨に適うことから強気の姿勢を崩していないが、SNPにとっては、スコットランド独立の準備が十分できているとは言えず、独立反対の結果はそう悪いものではないように思われる。むしろ、できるだけ多くの独立賛成票を獲得し、その結果、スコットランド議会の権限を大幅に拡大する狙いがその背後にあるように思われる

政治家の信念と政治的なセンス(Clegg: Lack of Political Sense)

政治家が信念を持つことは大切だが、同時に政治的なセンスがなければ、その政治家が生き延びて行くことは難しい。

ここでは、自民党の党首ニック・クレッグ副首相の例をとりあげる。クレッグを主要3政党、保守党、労働党そして自民党の3党首の中で最も信念のある政治家だと見る人が多いが、政治的なセンスに乏しいように思われる。

2010年5月の総選挙で、どの政党も過半数を占めることのない「ハング・パーリアメント(Hung Parliament)」すなわち「宙ぶらりんの議会」の状況となったため、最も議席数の多かった保守党と第三党の自民党が連立した。

そしてクレッグ自民党党首は、保守党のキャメロン首相の下で副首相に就任した。

自民党は2010年の総選挙では23%の得票をしたが、それ以降、世論調査で自民党の支持率は非常に低く、せいぜい総選挙の得票率の半分程度で、一桁のこともしばしばある。

その自民党の秋の党大会は9月14日からだが、9月13日に発表されたEvening Standard/Ipsos Moriの世論調査によると、自民党支持者の中で、クレッグが自民党を正しい方向に導いているという人はわずか51%しかおらず、誤った方向に導いているという人が45%もいる(なお、同じ質問でキャメロンは78%と14%の割合、ミリバンド労働党首は59%、32%である)。

つまり、総選挙以降自民党は多くの支持者を失ったが、今でも残っている自民党支持者の中にもクレッグ党首に疑問を持っている人がかなりいることを示している。

クレッグの「自分が正しいと思ったことをする」ということ自体悪いことではないと思われるが、その政治的なセンスを疑われる例が以下のような重要な問題に表れている。

①シリア問題への対応。キャメロン首相が下院に提出した、化学兵器を使ったアサド政権に軍事攻撃を含む制裁を加えるという動議に賛成した。

②大学授業料の値上げ。財政削減の折柄、授業料の大幅値上げはやむを得ないと賛成した。

③保守党との連立政権に参画。政権を安定させないと株価、英国の格付けが下がり、大きな困難を招く、と踏み切った。

いずれも正しいことをする、という動機から生まれたことのように思われるが、これらの①から③の何が問題なのだろうか。

①シリア問題での下院での採決では、自民党の中でも議論が分かれ、30人が賛成したが、9人が反対した(自民党下院議員55人中)。

10年前の英国のイラン参戦に自民党は反対した。その後の2005年の総選挙で、当時のチャールズ・ケネディ党首率いる自民党は躍進し、62議席を獲得した。その際の最大の要素は「イラク参戦反対」だった。

2010年の総選挙では、主要3政党の党首テレビ討論が初めて行われ、その結果、クレッグ・ブームが起きた。それでも2005年より獲得議席数を減らした。それを考えると、自民党のシリア武力攻撃賛成は、2005年以来自民党を支持してきた人たちをさらに離反させる可能性がある。

②自民党は、大学授業料の値上げ絶対反対を訴えて2010年の総選挙を戦かった。しかし、連立政権が授業料を9千ポンド(135万円)までと3倍に上げたことから大きな公約違反となった。

③自民党はその中に多様な意見があるが、労働党と多くの政策が似ており、そのため、選挙区によっては、自民党・労働党の支持者が、いずれかの他の党の候補者が保守党の候補者を破って当選するよう他党の候補者に投票する、いわゆる「タクティカル・ボーティング(Tactical Voting)」、すなわち「戦術的投票」がかなり広範囲に行われてきた。

自民党が保守党と連立政権を組んだために、これまで自民党に投票してきた人たちのかなり多くが自民党を離れたが、さらに労働党支持者が「タクティカル・ボーディング」で自民党候補者に投票する可能性が減った。

クレッグ党首の前任の党首だったケネディは、保守党との連立に反対したが、反対は少数派にとどまった。かつて1997年にブレア労働党との連立政権を画策したパディ・アッシュダウン元自民党党首・現上院議員らが、保守党との連立に賛成し、自民党の「トリプル・ロック(Triple Lock)」つまり「3重のカギ」となっている党内合意の仕組みを通過させ、連立に踏み切ったのである。

ケネディ元党首は、アルコール中毒で党首を退いたが、以上のことを考えると、政治感覚のある人物だったと言えるだろう。つまり、党勢拡大という点では、ケネディ元党首の判断はかなり優れていたと思われる。

ところが、上記の①から③のような重要な判断で、クレッグは党勢拡大とは反対の方向に動いている。「正しい方向」かもしれない。しかし、問題は、必ずしも自民党にとって「正しい方向」とは思われない点である。

クレッグは、連立政権の中で、一般の国民に対して大きな貢献をしている。例えば、課税最低限度額の大幅アップであり、所得税を払い始める収入額が上がったため、多くの勤労者が恩恵を受けた。しかしこういう貢献はあまり目立っていない。

自民党が次期総選挙でどの程度の議席を維持できるか予測は難しいが、議席を大きく減らすことは間違いなく、「正しいことをする」けれども、政治感覚の乏しいクレッグを党首に選んだことの叡智が問われることとなるように思われる

コンフォート・ゾーンに陥った英国(Britain Dwells in Comfort Zone)

8月29日、夏休み中にもかかわらず、英国の下院が緊急招集された。シリアのアサド政権が3月21日に反政府勢力に対して化学兵器のサリンを使い、人道に反する行為をしたとして、英国はアメリカ、フランスと共同してシリアにミサイル攻撃をする計画を立てた。そして、その承認を下院に求めたのである。しかし、英国の世論の3分の2がそのような攻撃に反対しており、この動議はわずかな差で否決された。

これを民主主義の勝利と見る向きもあるが、ことはそう簡単ではない。

野党労働党のミリバンド党首は、当初キャメロン首相に、その計画に賛成すると思われるような発言をしたと言われるが、採決間近となり、その立場を変えた。アサド政権が化学兵器を使ったという確実な証拠が示されたわけではなく、国連査察団らによるさらなる証拠が必要だとして反対した。また、与党の保守党、自民党からそれぞれ30人、9人の反対者を出した。

キャメロン首相がなぜそう急いで下院の採決を求めたのかについては様々な憶測がある。その週末にもアメリカのオバマ大統領が攻撃指令を出す予定であったため、その前に英国は態度を決めておく必要があったと言われる。英国下院否決の後で起きたことを考えると、英国の下院が軍事介入を認めれば、それを理由にオバマ大統領が英国、フランスと共同して直ちに攻撃指令を出すという計画ではなかったかと思われる。

一方、もし可決されていれば、英国はこの人道的な軍事介入への先鞭をつけるという役割を果たしていただろう。そしてその翌週に行われるG20でキャメロン首相に注目が集まり、そのステイツマンらしいイメージで、労働党のミリバンド党首に個人の支持率でさらに大きな差をつけるという狙いがあったのではないかと思われる。ところが、英国の下院が否決したため、キャメロン首相は屈辱を味わい、そのまずい処理を批判された。また、アメリカは議会の承認を求めることとなり、またフランスまで議会の承認を求める圧力が高まった。

問題は、この採決の結果、英国がアメリカと最も近い友邦国として行動するという信頼関係に水が差されたことだ。これまでの英米関係の中心にあった共同軍事行動をこれからは必ずしもあてにできなくなった。

これは、今後英国に非常に大きな影響を与えるように思われる。というのは、英国が国際社会で孤立する可能性を増したからである。

キャメロン首相は、既に、2015年に予定される次期総選挙で保守党が勝てば、2017年末までに英国がEUに留まるか離れるかの国民投票を行うと約束している。これは、欧州懐疑的な世論を反映したものだ。

この国民投票で、もし英国がEUを離れることとなっても、英国には友邦国であるアメリカがいるという考えがあった。しかし、アメリカとの関係が緊密ではなくなり、EUからも離れるということになれば、英国が孤立する可能性が高まる。

財政削減の中で、国防支出を減らしており、兵士の解雇も実施した。軍首脳の中には、今後の英国の軍事介入能力を疑問視する人もいる中、英国は、軍事、政治、そして経済的にも国際社会の中で国としての影響力が減少している。

英国には、チャーチルらによってもたらされた戦勝国としての誇りが残っている。しかし、移民に反対し、EUから手を引こうとし、人道介入に積極的に関与することを避け、アメリカとの関係も犠牲にする用意のある英国民は、自分の殻に閉じこもって、対外的な関係を避ける「コンフォート・ゾーン」に引きこもろうとしているようだ。

英国の政治リーダーシップはこういう姿を避け、英国の位置づけをはっきりとさせ、正しいと思われる方向へ国民を導いていく役割がある。それには、慎重な判断と運営が必要だ。今回のシリア対応に見られるようなお粗末な対応は、今後長きにわたって悔恨を残すと思われる。