クロスビー問題(Crosby Problem)

2012年11月から保守党の選挙ストラテジストとなったオーストラリア人のリントン・クロスビーの本職はロビイストである。ロビイストとは、一般に、顧客からの依頼を受けて政府の政策に影響を与えようとして活動する人たちのことを言う。

クロスビーに、そのロビイストとしての立場と選挙ストラテジストとしての立場に「利害の対立」があるのではないかという疑問が出ている。

世界最大のタバコ会社フィリップ・モリスは、クロスビーの英国での顧客の一つであり、タバコの包装の無地化に反対してきている。キャメロン首相は元来タバコの包装の無地化に賛成であったが、その立場を変えた。その決定にクロスビーが関与しているのではないかという疑いが出た(参照 http://kikugawa.co.uk/?p=1737)。

キャメロン首相は、そのような疑惑を否定し、この疑惑を早く片付けたいと努力しているが、それがなかなか思ったようにいっていない。ウィリアム王子の妻キャサリン妃が男の子を出産し、多くの国民が将来に楽観的になっている中、この問題が影を投げかけている。

保守党支持の新聞テレグラフ紙のコメンテーターは、この問題に関心のある人は少なくなっているが、ガーディアン紙とタイムズ紙がしつこく追っていると書いている(http://blogs.telegraph.co.uk/news/benedictbrogan/100227859/the-lynton-crosby-story-is-fast-losing-its-audience/)。それにロンドンの夕刊紙イブニング・スタンダードも加わっている(http://www.standard.co.uk/news/politics/lynton-crosby-tory-strategist-could-keep-lobby-role-and-work-for-david-cameron-8729699.html)。

この問題に決着をつけようと、7月23日、クロスビーが声明を発表し、首相とタバコの包装について話したことはないと否定した(http://www.bbc.co.uk/news/uk-politics-23423947)。

また、労働党のミリバンド党首が内閣書記官長(Cabinet Secretary)にクロスビーの行動について調査するよう求めていたが、その返事で、クロスビーは保守党の仕事に従事する際の指針通りに行動しているのでその調査の必要はないとした(http://www.guardian.co.uk/politics/interactive/2013/jul/23/letter-ed-miliband-lynton-crobsy-pdf)。

ところが、この返事がきっかけでさらに次の問題が出てきたようだ。

クロスビーは、一週間に一日だけ保守党の本部の仕事をすることになっているそうだが、それでも年俸は、22万ポンド(3300万円:1ポンド=150円)と言われる。クロスビーがいかに高く評価されているかの証しである。

イブニング・スタンダードによると、クロスビーは、来年5月からフルタイムで保守党のために働くことになっている。しかし、先述の「指針」にはそのことが触れられていない。つまり、この「指針」は雇用条件を網羅したものではなく、最近になって書かれたもので、しかも口頭での合意をまとめたものだというのである。つまり、雇用条件は最初からかなり柔軟だったようだ

こういうことは実はキャメロン政権ではそう稀なことではないようだ。キャメロン政権には、最も有能な人を雇いたいという強い願望がある。

この7月から英国の中央銀行であるイングランド銀行の総裁となったカナダ人のマーク・カーニーの例にもみられる。オズボーン財相はカーニーを直接口説いたと言われるが、その過程で、総裁の任期を7年から5年とするなどカーニーの希望を取り入れた。

キャメロン首相の広報局長だったアンディ・クールソンでも同様である。クールソンは英国最大の売り上げ数を誇っていたタブロイド紙の編集長で、ニュースに非常に鋭敏な感覚を持った人物であった。育ちのよいキャメロン首相やオズボーン財相にはないタフさがあったと言われる。野党時代の保守党に広報担当としてキャメロン党首の二倍以上と言われる年俸で雇われたが、その時既に電話盗聴問題でニューズ・オブ・ザ・ワールド編集長を辞職していた。既にその時から「やばい」人物であったが、それでもキャメロンは雇った。

そして今回のクロスビーである。クロスビーには保守党内でもアッシュクロフト卿に見られるように反対があった。しかし、オーストラリアの選挙やロンドン市長選で発揮したその能力は、保守党が最も必要なストラテジストだと思わせたようだ。特にキャメロン首相に必要なのは、修羅場のような現場をくぐってきた並々ならぬ能力を発揮する人物であり、そのような人物に完全に「きれいな」人は少ないだろう。

さらに、上の3人はすべて本人が当初断ったと言われるが、説得して就任してもらった。つまり、キャメロン側は、条件を呑む側であり、決して強い立場ではなかった。このクロスビーの雇用に関する約束を「口頭」でしていたというのは、最初から「利害の対立」があろうがなかろうが気にしていなかった、もしくは触れないようにしていたというのが本当ではないか?

キャメロン首相は、クロスビーを失うことはできないので、あくまで守ろうとするだろう。オーストラリアにはクロスビーに帰ってきて選挙を手伝ってほしいと考えている政治家がいるようだが。

しかしながら、保守党の選挙を手伝う上で、クロスビーがその行動の自由を大きく制約されるのは間違いないように思われる。つまり、メディアの注目が高くなっており、保守党とクロスビーの両方を守るためにその行動を誰かが記録しておく必要があるだろうからである。

一時しのぎの保守党政権(Cameron’s Temporary Relief)

下院は夏休みに入った。キャメロン首相は、7月17日に予想されていた副大臣、政務官クラスの改造を取りやめたが、その理由は現在の保守党の良い雰囲気を壊さないためだという。改造すれば、それでポストを外される人、降格される人、またはポストを得られなかった人たちが不満を持つためだ。

確かに、この改造の話の出てきたのは、キャメロン首相への不満が非常に高まっている時であった。例えば、EU国民投票法を政権の施政方針である「女王のスピーチ」に入れなかったこと、同性結婚法を、党内の反対を押し切って進めようとしたことや、さらに保守党が最も大きく票を奪われる政党UKIPの支持率が高かった。その不満が夏の間にさらに鬱積してキャメロンの地位を脅かすことのないよう、改造で党内の統制を保とうとしたのである。

今では状況は大きく変わった。保守党内の雰囲気がはるかに良くなり、表面化していたキャメロン首相に対する不満が大きく軽減された。

保守党は党としてEU国民投票法案を提出した。これは2017年末までにEUに留まるか脱退するかの国民投票を行うことを約束するものである。連立政権をともに組む自民党が賛成しないために政府法案として出せないので、その代わりに保守党議員の議員提出法案として出した。保守党はこれを最重要法案とし、党所属議員に賛成するよう求めた。議員提出法案の審議は金曜日に行われるが、通常木曜日に選挙区に帰る議員たちのために、キャメロン首相は前日の木曜日の夕方バーベキュー大会を開き、党内融和に努めた。少なくとも保守党議員の気持ちはよくなったようだ。しかし、このEU国民投票法案が法制化される可能性はほとんどない。

同性結婚法案は、多くの保守党議員が反対したが、自民党、労働党議員の多くが賛成し、両院を通過し、女王の裁可を受けて法制化された。つまり、もう既成の事実となった。

また、UKIP支持熱が冷めてきたようで、世論調査で一時期20%にも達した支持率がその半分近くに落ち着いてきた。

一方、犯罪数が減っている。これまでに6人の内相が取り組んできたイスラム教過激派説教師アブ・カタダの本国送還にやっと成功した。

景気が改善している兆候が出てきている上、次期総選挙で政権を競う労働党は、次期総選挙の候補者選定をめぐって労働組合の関与が大きな問題となり、ミリバンド党首のリーダーシップに疑問が生じた。また、財政政策や福祉手当の削減をめぐって労働党を受け身に追い込んだ。

キャメロン政権のストラテジーが効果を出しているように感じられる。

そして下院議員も人間であり、これから1か月余りの「夏休み」が始まることを楽しみにしている。もちろん地元選挙区での活動もある程度あるだろうが。来年の夏は選挙前で、ある程度ゆっくりできるのは今年ぐらいである。その浮き上がった気持ちもあるだろう。

しかしながら、保守党の面する問題はそう楽観視できるものではない。

例えば、7月16日の「首相のクエスチョンタイム」でミリバンド労働党党首は、キャメロン首相の選挙ストラテジストのリントン・クロスビーの問題に触れた。政府がたばこの包装を規制しないとしたことについて、クロスビーのロビー会社の顧客がたばこ会社大手であることとの関係を問うたのである。キャメロン首相は、もともとたばこの包装の規制に積極的な立場を取っていた。しかし、その立場を変えた。キャメロン首相は、この政策判断は、自分とハント健康相で行った、と述べ、クロスビーから今まで「働きかけを受けたことはない」と主張した。

クロスビーは、オーストラリア人で、オーストラリアの保守連合の選挙をその卓越した戦略で連続して勝ち抜いた人物である。英国では、2005年の総選挙時に、当時の保守党党首マイケル・ハワードに頼まれて選挙を手伝った。その際には敗北したものの、その後、2008年と2012年のロンドン市長選で保守党のボリス・ジョンソンが当選するのに大きな役割を果たした。保守党内で評価が高く、2012年11月、2015年総選挙のためのステラテジストとして雇われたのである。

キャメロン首相は、ミリバンド党首がこの問題を取り上げたのは、ミリバンドが労働組合の問題で立場が弱くなっているので、それから注意をそらせるためだとし、政府は、ロビイングにはそれを規制する法律案を出すと述べた。さらにミリバンドは「弱い」と攻撃して保守党下院議員たちから喝さいを浴びた。

ここでの問題は、キャメロン首相の返答である。キャメロン首相は、クロスビーから「働きかけを受けたことがない」と答えているが、このタバコの包装の問題についてクロスビーと話したことを否定してはいない。

7月18日に英国のテレビ放送局のチャンネル4のニュース番組で、その政治部長がこの点について突っ込んだ質問を繰り返したが、キャメロン首相の答えは、「働きかけを受けたことがない」との一点張りだった。その顔は、硬直していた(その映像は、http://www.channel4.com/news/lynton-crosby-any-questions)。

クロスビーは、選挙のストラテジストとして、重要でないことは切り捨てるべきだと考えている。キャメロン首相は、このタバコの包装の問題と、アルコール飲料の最低価格を設ける課題は、いずれも総選挙前には対応しないこととした。そのような政策は、評価する人が少ない割に敵を作る可能性が高いからである。総選挙で保守党が過半数を占めるには労働党より少なくとも7から10ポイント支持率が上回っている必要があるが、現在、支持率は労働党を下回っている。そのためこのような問題に時間を費やすべきではないと考えるのは戦略的には理解できるが、問題は、このクロスビーとたばこ会社の関係である。

キャメロン側近は、クロスビーの英国の会社には多くの顧客がおり、このタバコ会社はその中のわずか一社にしか過ぎないと事態を鎮静化しようとした。これに対して、先にも取り上げたチャンネル4ニュースの有名な政治記者は、英国の大手企業に連絡を取り、誰がその顧客となっているかの調査を始めている。これまでのところ、どの企業も顧客ではないと言っているようだ。

ここでの問題は、保守党の有力な上院議員アッシュクロフト卿がキャメロンのクロスビー雇用に反対したことにも表れている。アッシュクロフト卿は、クロスビーは「ニュースの対象」となるからふさわしくないと主張した。

キャメロンには、ミリバンドも「首相のクエスチョンタイム」で指摘したように、失敗の経験がある。その最たるものは、首相の広報局長だったアンディ・クールソンの問題である。クールソンは、今では廃刊となったニューズ・オブ・ザ・ワールドの編集長時代に電話盗聴問題に関与した疑いで起訴されている。

こういう問題を承知しながらもあえてクールソンを野党時代の自分の広報担当とし、しかも首相就任後そのまま広報局長とした。しかし、クールソンは、逮捕される前に、自分は本来黒子であるべきなのに、自分がニュースの対象となったのでは仕事ができないと言って辞職した。クロスビーの問題は、これからも尾を引く可能性がある。

さらに、「首相のクエスチョンタイム」でキャメロン首相が取り上げたロビイング法案の問題である。

保守党や労働党などの国会議員が自分たちの政治的な影響力を利用してお金を稼ごうとしたことが、顧客を装ったメディアの「おとり」でさらけ出され、ロビイングには高い関心が集まっている。

このロビイング法案は、ロビイング会社が、その顧客から依頼を受けてロビイングをする場合、その顧客の名前を公表しなければならないとするものである。しかし、これが適用されるのは大臣や事務次官らに働きかけ、しかもその主要な事業がロビイングであるロビイング会社に限られる。つまり、これは、会社や組織が自らロビイングをする場合は含まれておらず、しかもロビイングの相手から大臣や事務次官らの高官を除けば、公表する必要はなくなる。

その結果、現在行われているロビイングの99%はこの範疇に含まれないことになるという(タイムズ紙 7月18日)。つまり、このロビイング法案は一種の見せかけの行動といえるだろう。キャメロン自身、クロスビーがこの範疇に入るかどうかたずねられて、クロスビーは自分に戦略のアドバイスはするが、ロビイングはしないので公表する義務はないと発言した(http://www.bbc.co.uk/news/uk-politics-23376828)。

6月末のオズボーン財相のスペンディングレヴュー(2015年度の歳出のフレームワーク)では大きな問題がなく、また、英国の景気には少し上向きの指標が出されている。楽観的な見方が強まっているが、経済成長率の見直し値で、2012年の景気後退はなかったと宣言されたことがある反面、今年の第一四半期の実質所得の下落は1987年以来最も大きく、しかも貯蓄率が減少している。独立機関である予算責任局の議長は、まだまだ予断を許さないと言う。

キャメロン首相は労働党のミリバンド党首が弱いと繰り返し強調しているが、これは希望的観測のように思われる。また、国民の関心の高いNHSの問題で、NHS病院の中に患者の死亡率の高い病院があるのは、労働党政権の責任だと主張したが、専門家は必ずしもそうは言えないと指摘している。

現在表面化している問題は労働党に責任があり、キャメロン政権は成果を着々と上げているとの主張がどこまで通用するのだろうか?

今夏は昨年とは打って変わって暑くなっており、明るいムードが漂っている。保守党支持者のキャメロン首相への支持率は高い。「首相のクエスチョンタイム」でも多くの保守党下院議員は、その内容はともかく、キャメロン首相の言うことに大きな歓声を上げた。

キャメロン首相は、とりあえず一時危ぶまれた危機を乗り越えられたが、それは政権運営が成功しているというよりも、若干の良いニュースと問題の先送りのためのように思われる。夏が終わって今秋以降、2015年総選挙に向かって、キャメロン首相の真価が問われる。

 

人々の「印象」と事実の違い(Gaps Between Perceptions and Facts)

人々の考えている現実と事実はかなり違うことがある。例えば、テレビや新聞で報道されると、稀な事件であっても、かなり頻繁に起きているような印象を与える。そのため人々が捉えている現実と事実の間に差が生じてくることがある。

人々の持つ認識と現実はどのように違うのだろうか?世論調査会社のIpsos Moriとキングズ・カレッジが共同して調査を行った(http://www.ipsos-mori.com/researchpublications/researcharchive/3188/Perceptions-are-not-reality-the-top-10-we-get-wrong.aspx)。その結果から幾つかを取り上げてみる。

まず、16歳未満の女子の妊娠の問題。これは英国でよく取り上げられる話題である。この世論調査では、年に15%が妊娠すると答えているが、実際には0.6%。0.6%でも千人に6人でかなり多いが、一般の人の考えている割合よりははるかに低い。

さらに犯罪。58%の人は犯罪が減っているとは思っていない。しかし、2006年度から2012年の間に19%減っている。1995年から2012年まで見ると53%減。つまり、半分以下になっている。

また、福祉手当の不正受給はどうだろうか?福祉に向けられるお金の24%が不正に受給されていると見ているが、公式の推定では0.7%である。どのような不正を考えたのかという質問に対して、外国から来た人たちが福祉手当を受けている、納税していない人が福祉手当を受けている、子供がいるので様々な福祉手当を受けているなどの答えが上がっている。しかし、これらのほとんどのケースは不正ではない。つまり、合法的なものであっても、そういう人たちは福祉手当を受けるべきだはないと感じている人たちは、「不正」の範疇に入れているのである。

英国の中の移民は?ここでの移民は、英国外で生まれた人のことを指すが、その割合は31%と見ている。実際の割合は13%である。実際の数字の2倍以上の数字をあげた人に事実を告げても、46%の人が13%は低すぎると言い、56%の人は国勢調査では違法移民を入れていないに違いないと答えたそうだ。なお、もし違法移民を加えたとしても、それは15%以下と見られている。人々は自分の見解が誤っていても自分の見解を守ろうとする傾向があるようだ。

これらは、政治の世界ではかなり留意しておかねばならないことのように思われる。たとえ、稀な問題であったり、実際にはあまり大きな影響のない問題であったりしても、国民の多くが関心を持っている問題には、政治家は何らかの行動を取る必要に迫られる。そうでなければ、政治家は、国民の気持ちをわかっていないと批判される。一方、一般の人々は、嘘の悲観的な話を聞くと信じがちだという見方もある(http://ukpollingreport.co.uk/blog/archives/7784)。要は、これらの傾向を十分にわきまえた上で、政治家は取るべき行動を決める必要があるということである。

キャメロン政権では、7月15日から一家族当たりの福祉手当の上限枠2万6千ポンド(390万円:1ポンド=150円)を施行したが、キャメロン首相率いる保守党は、次期総選挙に勝てば、福祉手当の上限を2万ポンド(300万円)に下げる方針だ。連立政権を構成する自民党がこれ以上の削減に反対していることから現政権では無理である。しかし、保守党はこの公約が有権者にアピールする上に、自民党や労働党との違いをはっきりと示せると見ているようだ。上の福祉手当の例から言うと、この判断は正しいように思える。

下院議員の歳費アップ提案(A Proposal to Raise MPs’ Pay)

下院議員の年俸を現在の₤66,396(約1千万円:₤1=150円)から2015年から₤74,000(1千百万円)に上げる提案がなされた。これは、政府と議会から独立した機関である独立議会倫理基準局(Ipsa)の提案である。2009年に発覚した議員経費乱用問題で、議会の担当部門がその役割を十分果たしていなかったことから、Ipsaは独立した組織とされ、しかも下院議員の歳費を定める役割も果たすことになった。歳費に関する権限が2011年5月、年金は同年11月にIpsaに渡った。なお。上院議員には歳費はなく、日当である。

Ipsa提案の概要

・2015年5月に予定されている総選挙後に下院議員の歳費を₤74,000とする。それ以降、経済全体の平均収入のインデックスに従って決まる。
・国家公務員並みに年金を引き下げる。
・議員を辞めた後の調整費(Resettlement Payments)を廃止し、落選した場合のみに解雇手当を支給する。
・ビジネス経費とそれ以外の経費を区別し、支出基準や項目を厳しくする。

さらに議員に年間報告書を発行するよう提案した。

英国ではインフレが2%台であるが、国家公務員の給与は年に1%アップまでと凍結されており、下院議員の給与もそれに横並びとなっている。ところが、Ipsaが2年近く先ではあるが、2015年春から下院議員の給与を大幅に上げることとしたことから、この提案が「政治的な問題」となった。

政治家にとっては、国家公務員給与を凍結し、また、民間では給与カットを受けている人も少なくない状態で、しかも総選挙からそう遠くない時期に下院議員の給与の大幅アップを決めるのはまずい、という判断がある。引退・落選議員に支払う補助金や、議員の経費の削減、さらに年金の削減が伴うが、全体からすれば支出が₤500,000(7500万円)増える。

そのため、主要三党の党首のいずれもがそのアップに反対した。問題は、政治家がその給与に関与できないように独立機関を設けたのにもかかわらず、政治家がその提案に反対するという状態になっていることだ。

Ipsaの判断の背景

Ipsaの判断の背景には、英国の下院議員の歳費が他の主要国の国会議員の歳費よりかなり少ないことがある。また、英国内の同等と思われる職業の給与水準との比較もある。

これまで、特に諸外国と比べて低いため、大幅に上げる提案が出るたびに、その時の首相がそれに反対し、その上昇率を抑える代わりに、議員の経費の枠と額を増やしていた。それが議員の経費乱用問題を招いた大きな要因である。

この過去からの「遺産」を考えると、行わねばならないことは、議員の歳費を上げるとともに、それ以外の経費の枠を削り、整理することである。Ipsaの案はそれを反映している(http://parliamentarystandards.org.uk/payandpensions/Documents/9.%20MPs%27%20Pay%20and%20Pensions%20-%20A%20New%20Package%20-%20July%202013.pdf)。

実際に、英国の下院議員の歳費の額は、世界ではかなり低い。このIpsaの報告書では、2013年7月2日現在の数字が上げられているが、主な国は以下の通りである。

 

国名 金額
スペイン ₤28,969(435万円)
フランス ₤56,815U(852万円)
英国 ₤66,396(996万円)
スウェーデン ₤69,017(1035万円)
米国 ₤114,660(1720万円)
オーストラリア ₤117,805(1767万円)
イタリア ₤120,546(1808万円)

なお、上記の報告書では触れられていないが、他のメディアでは、Ipsaの出所として日本は2012年現在、₤167,784(2517万円)とされている。

なぜこの緊縮財政の時に大幅アップをしなければならないのかについては、上記の報告書でも触れているが、タイミングを待っていると、これまでの30年間と同じことの繰り返しとなってしまうと主張している。そして、議会の途中で大幅アップは望ましくないが、次の総選挙後から新しくスタートすべきだとしている。そして長期的な案を出すようにしたという。

Ipsaの言っていることはかなり筋が通っているように思える。しかし、今までのところ国民の多くは、このアップに反対のようだ。

なぜIpsaなのか

ここでもう一度考える必要があるように思えるのは、なぜIpsaが必要なのか、ということである。多くのお金をかけて議員の経費を細かく査定する必要がほんとうにあるのだろうか?細かなお役所仕事をする組織を新たに設けただけではないのか?問題に直面した政治家たちが、その場をやり過ごすために新たな組織を設けてきちんと対応したように振る舞うのは常套手段である。Ipsaは設けられて日が浅いが、それに本当の価値があるのか見直す必要があるように思われる。

大きく変わった政治の構図(A Game Changer in British Politics)

英語にGame changerという言葉がある。これは、それまでの状況を大きく変える出来事や行動を指すが、7月9日のエド・ミリバンドの労働党と労働組合の関係を変える改革案は、まさにこの言葉通りの意味があったようだ。

7月10日(水曜日)の「首相のクエスチョンタイム」は、まさにそれがはっきりと示された場であった。最初から、保守党と労働党議員席がたいへん騒々しく、これほど騒々しいのは久しぶりだという。BBCの政治部長ニック・ロビンソンによると、中にいては、何を言っているか聞き取れなかったそうだ。テレビ中継のためのマイクのお蔭でテレビで聞き取れる音を集められたと言っていた。さらにスカイニュースでは、キャメロン首相がわずか数列後ろの保守党下院議員の発言を聞き取るために身体を大きく斜めに傾けている光景が映し出された。

この場では、先週の「首相のクエスチョンタイム」で優位だったキャメロン首相が、守勢に回った。

労働組合の労働党候補者選出関与問題が、一挙に過去の問題となってしまったようだ。キャメロン首相が懸命に、労働党は労働組合のお金に頼っている、労働組合はその影響力をその資金力で買っていると訴えたが、もうこれらの問題は、過ぎ去った問題のように感じられた。

一方、ミリバンドは、一週間前と違う人のように見えた。余裕を持ってキャメロン首相を攻撃した。

ミリバンドは、保守党がヘッジファンドからどれだけ政治献金を受けているか質問した。それに答えようとしないキャメロンに、ミリバンドは、それは2500万ポンド(37億5千万円)だと自ら答え、ヘッジファンドに財相が与えた減税額は、1億4500万ポンド(217億5千万円)だと付け加えた。

ミリバンドは、労働党に関係メンバーとして献金している労働組合員、すなわち普通の人は、1週間に6ペンス(9円)出していると言い、保守党の大口献金者に頼る体質を、少数の百万長者に所有されている党と攻撃した。

ミリバンドの提案したのは、以下のようなことだ。

①政治献金の上限を設けること。実は、これまで主要政党間で交渉されてきたが、保守党によると、労働党が労働組合からの献金をまとめて受けているのでこれに反対したという。キャメロン首相は、「首相のクエスチョンタイム」で、労働党は、労働組合のユナイトから800万ポンド(12億円)、GMBから400万ポンド(6億円)、ユニゾンから400万ポンド(6億円)受けていると発言した。一方、労働党によると、労働党は上限を5千ポンド(75万円)とする案を出したが、5年間で25万ポンド(3750万円)を主張する保守党が交渉を打ち切ったのだという。

いずれにしても、2011年に諮問機関である「公人の倫理基準委員会(The Committee of Standards in Public Life)」が政治献金の上限を1万ポンド(150万円)とするよう提案した際に、労働組合の場合には、組合員が能動的に労働党に献金する場合は別だが、現在のように組合全体として政治献金する場合を認めなかった。つまり、ミリバンドの提案は、この問題をクリアーできることとなる。

ミリバンドは、「首相のクエスチョンタイム」で5千ポンド(75万円)を再び提案したが、キャメロン首相は、上限を低くすると、それを埋め合わせるために公的助成が増えると批判した。これには、労働党は、公的助成の増額を求めてはいないと反論している。

②下院議員の会社役員やコンサルタントへの就任を禁止し、副業にはその内容や金額の制限を設けることを提案した。これは、7月9日のミリバンドのスピーチでも触れたが、アメリカには上限があるという。なお、「就任」には、「新しく」という言葉をミリバンドはその提案でつけている。つまり、これまでに就いているものを止める必要はないことを示唆している。

これには、キャメロンは、これらはきちんと透明化されていると答えたのみだ。

ミリバンドは、これらの問いを今後総選挙まで継続的に問い続けていく考えだ。そして保守党はこれらの質問の答えに苦しんでいくこととなりそうだ。

しかし、ミリバンドの提案したことを実際に実行するのはそう簡単なことではない。まず、労働組合を納得させる必要があり、しかも大きく減少する収入をどうするか考えなければならない。もちろん党員を増やすというのは第一番目に考えなければならないことだろうが、それがうまくいかない場合には、収入に見合った政党、政治並びに選挙活動をしていくのか、もしくは公的助成を増やすのか。労働組合大手のGMBの書記長は、この改革で労働党に能動的に献金を払い込もうとする組合員は現在の1割に留まると示唆したが、かなり大きな影響がある。

いずれにしても、英国政治の改革が一歩動き出したのは確かなようだ。

政治の「窮鼠猫を噛む」(Miliband’s Counter Attack As a“Cornered Mouse”)

デービッド・キャメロン首相は、保守党の党首としてたいへん大きな失敗をしでかした。野党第一党の労働党エド・ミリバンド党首を追い詰め、ミリバンドを「窮鼠」の立場に追い込み、その結果、ミリバンドを「これまでと違う人物」に仕立て上げたからである。これまで穏やかで、少し臆病な所の見えたミリバンドが、これからは大胆で勇気ある行動をしていくのは間違いないだろうからだ。

フォルカーク選挙区事件

事の発端は、ユナイトという英国最大の労働組合が2015年に予定される次期総選挙の候補者に自分たちの推す人を選ぼうとしたことにある。特に、スコットランドのフォルカーク選挙区の事例に注目が集まった。

この選挙区は労働党が強く、労働党の候補者にとっては、いわゆる「安全な選挙区」である。この選挙区から選出されている現職議員が国会内のバーで暴行事件を起こしたことから労働党を離れ、次期総選挙には立候補しない。つまり、この選挙区の労働党の候補者に選ばれれば当選はほぼ間違いない。

この選挙区で、ユナイトが推した候補は、そのトップである書記長の知り合い(元ガールフレンドと報道したメディアもある)であり、しかも書記長とかつて一緒の家に住んでいたことのある、トム・ワトソンという有名労働党下院議員の国会事務所の責任者であった。ワトソンは、労働党の次期総選挙コーディネーターとして、大きな影響力を揮える立場にあった。

しかし、フォルカーク選挙区の候補者選定作業に疑問が出た。ユナイトが自分たちの候補者が有利になるよう、新しい党員を党費負担して加入させていた。もともと党員の数が少ない状態であるのに対して、ユナイトの労働組合員を、候補者選定の結果を左右できるよう、新しい党員として多数加入させていたのである。その新党員の中には、本人の知らないうちに加入していたという例もあり、不当な行為が絡んでいたようだ。労働党が調査に乗り出し、その結果、この選挙区の候補者選定をストップさせた。

そしてユナイトとの公の場での論争の結果、労働党は、党の報告書をスコットランド警察に渡し、警察が違法な行為があったかどうか調べることとなった。

フォルカークの例では、人間関係だけでもかなり面白い話だと思われる。46歳のワトソンには26歳のガールフレンドがいるが、この女性はワトソンの選挙区の隣の選挙区の労働党の候補者として選ばれている。

ユナイトには41人の推薦候補者がおり、できるだけ当選可能な選挙区に送り込もうと躍起になっていた。ユナイトには資金力があり、候補者選定そのものが組合の意のままになっているような印象が出てきていた。つまり、他の多くの選挙区でも同じようなことが起きているのではないかと思われたのである。

ただし、労働党では、候補者は労働組合員でなければならないというルールがあり(労働党ルールブック第5章A.1.B http://www.leftfutures.org/wp-content/uploads/2011/02/Labour-Party-Rule-Book-2010.pdf)、労働組合の影響を受けるのは当然だと言える。

フォルカークの問題は2週間余り前にマスコミで大きく取り扱われ始め、ワトソンは、事態の進展がかなり深刻だと考え、7月2日(火曜日)、選挙コーディネーターの役割を辞職したいとミリバンド党首に申し出たと言われる。しかし、ミリバンド党首が慰留した。この段階では、ミリバンドはこの問題をそれほど深刻だとはみなしていなかったようだ。ところが、7月3日(水曜日)の「首相のクエスチョンタイム」で、キャメロン首相が、この労働組合の候補者選定の問題を繰り返し取り上げ、ミリバンドは弱い、労働組合に牛耳られていると攻撃したことから状況が変わった。その翌日、ワトソンは選挙の役割を辞職し、ミリバンドは何らかの対策を取らねばならないこととなった。

ミリバンド党首

ミリバンド党首は、2010年9月の党首選挙で、本命だった実兄のデービッドを破って党首に選ばれた。労働党の党首選には、三つの選挙人団があり、それぞれが3分の1ずつの割合を占めることになっている。デービッドが国会・欧州議会議員団と一般党員の部で優勢だったのに対し、エド・ミリバンドは労働組合が強く推し、労働組合の部門で大きく優勢となり、その結果全体でわずかな差で党首となった。デービッドは、ブレア元首相と近く、党内右寄りで労働組合が嫌ったのである。エド・ミリバンドは、この党首選の結果から、党首に当選した時から「赤いエド」と呼ばれ、労働組合寄りと見られていた。

もともと労働党は、労働組合からの政治献金に大きく頼ってきた。労働党の23%の収入を占めていると言われる。ユナイトは、ミリバンドが党首となって以来、3年間で800万ポンド(12億円)の献金をしており、ミリバンドが労働組合をコントロールできない弱い立場にあると見られていた。

ミリバンドには、なかなか決断できない人物というイメージがあった。これまでも次期総選挙に向かうはっきりとした政策をなかなか出せないとして、何も決められないと攻撃されていた。

「首相のクエスチョンタイム」の中でキャメロン首相はフォルカークに代表される労働組合の問題に何度も触れ、ミリバンドが労働組合の影響下にあり、コントロールできない、そして弱いと繰り返し主張し、国の政治を司るには弱すぎると攻撃したのである。この背景には、労働党が世論調査で保守党をリードしており、次期総選挙後にミリバンドが単独政権、もしくは自民党との連立で首相となると見られていることがある。

保守党側は、この攻撃に効果があると信じたのだろうが、やりすぎの感があった。つまり、今後もミリバンドをこの線で攻撃していくならば、ほどほどのところで止めておき、その材料を今後とも残しておくという判断もあり得たように思われる。

ところが、ミリバンドはこの件で追い詰められてしまった。つまり、何か画期的な行動をしなければ、ミリバンドが弱いという印象を決定的に与えてしまう可能性があった。

「窮鼠猫を噛む」という言葉があるが、ミリバンドは自分の立場を守るために、7月9日(火曜日)、労働党と労働組合との関係を大きく見直し、従来、労働組合員が望まずとも、組合全体として労働党に献金していたのを、組合員が能動的に労働党に献金するとした時のみ献金がなされることに変えることを発表した。そして、組合はこれまで労働組合員の名前を労働党に知らせていなかったが、能動的に労働党を支える組合員と労働党は直接関係を持つことができるようにする方針だ。

労働党は、この新しい関係が実施されれば、多くの収入を失うこととなる。現在年に800万ポンド(12億円)労働組合から献金を受けているが、500万ポンド(7億5千万円)失うだろうとする見解もある。つまり、非常に大きなリスクがある。それでも、21世紀にふさわしい、政治不信を改善していく政治・政党としていくためには、妥当な方向だと訴えた。

しかも、ミリバンドは、その返す刀で、保守党にも切りつけた。大口献金が多い保守党にダメージとなる政治献金の上限を設けること、しかも議員報酬以外の収入については上限を設け、しかもその内容について新しい基準を設けるべきだと主張した。議員報酬以外の収入が多い議員のほとんどは保守党議員である。

ミリバンドの払った代償は決して小さなものではない。また、労働組合の幹部にとっては、それぞれの組合員への掌握力が減り、また、労働党への影響力の減少も意味する。また、党首選の三つの選挙人団制度も変更を迫られる。また、次期ロンドン市長選挙に対しては、党員だけではなく、一般の支持者も登録して候補者選定に参加できる、プライマリー方式を導入すると発表した。選挙区の候補者選定でも使えるお金の制限を設けるなど、労働組合が陰に日向に揮ってきた影響力を少なくさせるものである。労働組合の同意を取り付けるのはそう簡単ではないかもしれない。

しかしながら、これまで、ブレア時代に、多くの反対のあった、産業国有化の党効力を変えた「4条問題」や、その前のスミス時代に、党首選挙で一人一票制度を導入した時にも党指導部は改革を押し通した。今回の改革は、まさしく肉を切らせて骨を断つともいえる改革である。

転換期にある英国政治

ミリバンドの改革案の背景にあるのは、既存政党が時代の転換に対応できなくなっていることがある。主要政党はいずれも大きく党員を減らしている(参照 http://kikugawa.co.uk/?p=427)。つまり、これまでの政党政治に多くの人が関心を失っている。このような状態では、政党の地方支部が候補者を選ぶ仕組みは、ごく一部の人々の見解を反映するだけであり、また、一部の人たちによる候補者選定の「操作」を容易にする。これが、英国独立党(UKIP)などの躍進を招く一つの背景となっている。つまり、政治が人々の生活からかけ離れてきている。これを変える必要がある。

これは、政治と金の問題でもそうであり、保守党も自らの現状を大きく改革しなければならない状況と言える。

7月9日に、改革案を発表したミリバンドは、決意に満ちていた。これまでのミリバンドとは一皮むけた印象があった。

ミリバンド党首は追い詰められて、大胆な改革案を打ち出したが、これが英国の政治を大きく変える可能性がある。そしてキャメロン首相に突き付けられる質問はこうだろう。ミリバンドが弱いのか、保守党の収入源に大きな影響を与え、しかも保守党下院議員の収入に大きな影響を与える改革に踏み切れず、保守党を時代に対応して改革できないキャメロン首相が弱いのか、という問いである。

イスラム教過激派指導者の本国強制送還(Abu Qatada Finally Deported)

歴代の英国政府が国外退去させようと努力していたイスラム教過激派指導者のアブ・カタダがついに本国のヨルダンに帰国させられた。カタダはかつてオサマ・ビン・ラディンの欧州での右腕と呼ばれた人物で、国連安保理決議1267で2001年10月17日以来アル・カイーダの関係者リストに載せられている。英国では、国家の安全に対する脅威と見なされていたが、この問題を担当する歴代内務相がなかなか片づけられなかった(参照http://kikugawa.co.uk/?p=1485)。しかし、この問題に着手して6人目の内相テリーザ・メイがそれをとうとう成し遂げた。

カタダは、1960年12月生まれ。1993年に英国へ偽パスポートで入国し、亡命申請をした。そして1994年に難民の資格を与えられた。1999年にヨルダンで、本人不在のまま、その前年のテロリスト事件で終身刑を受けたが、この裁判で使われた証拠は拷問によって得られたものと見られている。米国同時テロ事件などに関与した疑いがあり、英国の最も危険な過激派説教師の一人と言われてきた。2001年2月に逮捕され、2002年にその裁判が始まって以来、10年以上の長い裁判闘争となった。

日本なら、このような問題の処理ははるかに簡単かもしれない。しかし、英国は、欧州人権条約の加盟国であり、その制約を受ける。つまり、英国内の問題であっても、欧州人権裁判所の判決に従う必要があるのである。

カタダの問題が長引き、しかもコストがかなりの額にのぼった。これまで内務省側とカタダへの法律扶助で170万ポンド(2億5500万円)の公費が使われている。しかもカタダやその家族の住居費や警護費(1週間当たり10万ポンド(1500万円))なども公費である。つまり、カタダを英国内に留めておくだけで、ますます多くの公費がかかることとなっていた。

問題は、カタダの人権だった。つまり、カタダの存在そのものが英国の公共の安全への脅威だと認識されながらも、その人権がきちんと守られるかどうかが、大きな争点だったのである。この点、最後の課題は、カタダがヨルダンに帰国させられた後の裁判で、拷問で得られた証拠を使わないとの約束がとれるかどうかであった。英国とヨルダンの二国間条約でそれが約束され、その結果、ようやくカタダの強制送還が可能となった。

これは、キャメロン政権にとって大きな成功といえる。メイ内相にとっては、個人的に非常に大きな功績である。キャメロン後の保守党の党首の座を狙うメイ内相の能力を示した格好の実例となったからである。

英国の視学官の学校訪問の仕方(How English School Inspectors Do)

2013年7月3日のタイムズ紙の付録の7ページに、イングランドの学校視察官の学校訪問の随行記が掲載されている。学校視察はどのように行われるのだろうか?

対象の学校

(1)この学校はロンドン郊外のリッチモンド・アポン・テムズのハムということころにあるグレイ・コート・スクールである。11歳から16歳の生徒の通う中等学校で、貧しい地区の読み書きの能力の低い子供たちが多いという。さらに生徒の19%は英語が母国語でない。近所にカウンシルエステイト(地方自治体の公共住宅の団地)がある。これはよくカウンシルハウスと呼ばれる。地方公共団体からそのアパート(フラットと呼ばれるが)を購入して住んでいる人もかなりいる。しかし、一般には貧しい人たちが多く、福祉手当で生活している人たちも多い

(2)この学校は10年前に不適当校と認定された。現在の校長が赴任した2007年に可(Satisfactory)となり、2010年にも可。

(3)GCSEの試験結果は、過去3年間向上している。昨年、68%の生徒が英語と数学を含み、少なくとも5つのGCSE科目でCもしくはそれ以上を獲得した。今年の目標は81%。

なお、GCSEとは中等教育修了到達度試験のことで、必須科目と選択科目を受験し、到達度の最も高いA*から順にA、B、C、D、E、F、Gで評価される。履歴書にはこれらを書き込む必要がある場合が多い。日本のような一般的な学校修了証書とは異なる。

校長

50代の女性、マギー・ベイリー。これまで、達成度が低く、教員の入れ替わりの多い(英国では本人の意志で転職・転校する)困難校で多くの経験を積んできた人。

視察の評価

かつては4段階で上から優(Outstanding)、良(Good)、可(Satisfactory)そして不適当(Not adequate)とし、可で合格とされていた。しかし、2012年1月に就任した、視学官の責任者(Chief Inspector of Schools)マイケル・ウィルショーが、優と良のみが学校として許されるべきであり、可は向上する必要があるとして、基準を変えた。ウィルショーはイングランド学校教育水準局の(Ofsted)のトップである。なお、Ofstedは独立機関。(ウィルショーについては、参照http://kikugawa.co.uk/?p=205

なお、2013年の最初の3か月間で717校が向上の必要があると判定され、さらに115校が不適当と評価された。

この期間に、4分の3の学校が良以上と評価されており、昨年に比べてその数が9%向上している。ウィルショーのアプローチの効果が出ているようだ。

視察 

視察前日の午後12時10分にOfstedから学校に電話。校長は外出中で、連絡を受け、すぐに帰校。ウィルショーの方針で、連絡は前日に行われることとなっている。

校長は、用意していた視察対応計画を実施。生徒を学年ごとに集めて視察の説明。教員たちへのアドバイス。

当日午前7時半、4人の視学官が学校到着。視学官は、4人。上級視学官、大学の学者、元校長、それにアカデミー校グループの副校長。

午前8時 校長と学校の幹部スタッフと視学官たちのミーティング。40分。校長らからの説明。急速に向上しているので良と評価される価値があると主張する。

視学官からの質問例
・解雇問題のある教師はいるか?
・授業援助の必要な教員の数は?
・見てほしくないことがあるか?
・GCSEの試験を年齢より早く受ける生徒の数は?
・優秀な生徒の能力をどのように伸ばしているか?

視学官の授業査察
・手分けして授業を見る。
・内容と教え方の査察
・教員の授業プラン書を確認
・生徒と会話、それぞれのノートを見る。教師の書き込んだコメントなども確認。

一日の査察の後、視学官が教員にフィードバックを与える。緊張のあまり泣き出す教員もいる。

そして校長ら幹部スタッフとのミーティング。一日目の査察後の暫定的な評価を与える。28の授業を査察した結果を4つの分野について1から4の4段階で評価。

校長からのコメント。一日目の授業では、教員がピリピリしており、それぞれの能力がきちんとでないことがある。

視学官が学校を出るのは夕方。宿にさらに多くの書類を持って帰る。なお、視学官たちはお昼のサンドイッチ代として一人当たり5ポンド(750円)を出す。

2日目の査察では、教員も慣れ、教え方がよくなった。また、試験結果とそれ以外のデータも考慮に入れる。

結果は、優との判定。

補足

視学官には、Ofsted直属の視学官と外部からの専門家らによる視学官がいる。総勢2千人を超える。Ofstedの視察は、非常に恐れられており、特にその責任者であるウィルショーは教員や校長から嫌われているようだ。