プレスの新自主規制機関の段取り(Schedule for New Press Regulation)

3月18日に主要三党の間で合意されたプレスの新自主規制機関に関する勅許は、今年5月に出される予定である。

この勅許に関連した法は、以下の二つの法案に取り入れられた。いずれの法案も今回のプレスの自主規制には関係のないものであるが、たまたま上下両院で審議が最終段階に入っていたものである。

下院では、犯罪・裁判所法案が使われ、裁判所が新規制機関に加入していない新聞などのプレスの常軌を逸した行動に懲罰的賠償金を科す条項が入れられた。この法案そのものは既に上院の審議を一度終えており、下院で審議中であった。この条項を付け加えた法案は下院で3月18日に賛成多数で可決されており、上院に最後の修正のために送られた。

上院では、エンタープライズ・規制改革法案が使われた。この法案に「2013年3月1日以降に勅許で設けられた機関」については、勅許の中に定められた要件を満たさないと規定を変更できないことを明記した。この法案そのものは既に下院の審議を一度終えており、3月20日に上院を通過する。その後、下院に修正のために送られる。

以上からこれらの二法案は、来週にも法となる予定だ。その後、5月に枢密院に勅許案が提出され、女王の勅許が出されるという段取りである。

なお、プレスの自主規制機関に加入しないまま、もし被害者から訴えられるようなことがあれば、通常よりはるかに高額の懲罰的な賠償金を科される可能性があることは、日本では憲法上の問題となるかもしれない。しかし、英国は「国会主権」であり、日本の「国民主権」下での憲法の枠組みとは異なり、基本的に国会は、国会がふさわしいとみなす法を制定できる。

もちろん、今回の合意の内容が、欧州人権条約10条の表現の自由に反するという見解を持つ専門家もいるが、それが今回の合意を妨げるものとはなっていない。

一方、このプレスの自主規制機関のような極めてセンシティブな問題が政治的に急に決着が図られるということについて、納得のいかない人もいるかもしれない。しかし、これも上記の「国会主権」の産物の一つであり、国会で決定されれば、従わざるをえないという民主主義の基本原則に関連している。

新しいプレス自主規制機関をめぐる議論(Arguments on the New Press Regulator)

保守党、自民党そして労働党の主要三党の合意した新しいプレスの自主規制機関を巡っては様々な議論がある。新聞の中にもインデペンデント紙のように「もっと悪いものになっていたかもしれない」と受け入れるところもあれば、今回の合意を非難し、態度を留保している新聞も多い。その中で、ガーディアン紙の見解は、「書類の上ではよい取り決めのように見えるが・・・」で、新聞業界との交渉がこれから始まるかもしれないと警告している。(http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2013/mar/18/press-regulation-pressandpublishing

ガーディアン紙は、報道の自由とプレスの個人のプライバシー侵害とのバランスをどうとるかという議論の他に、政治家とプレスとの「腐敗」の問題に言及している。この「腐敗」で示唆しているのは、レヴィソン委員会の公聴会でも明らかになったように、政治家が、読者に大きな影響力を持つ大手の新聞を恐れ、選挙で有利な扱いを受けるようご機嫌取りをし、これらの新聞はそのためにかなり有利な取り扱いを受けていたことだ。その結果、レヴィソン卿の言葉を借りれば、プレスは「罪なき人たちの人生を滅茶苦茶に」していた。

このプレスと政治家の関係のため、政治家は、これまで「報道の自由」の原則を盾に、プレス規制に消極的であったといえる。もちろん、ここでの政治家は、保守党だけではなく、労働党もそうである。結局、レヴィソン卿が報告書で主張したように、政治家の意思が重要であった。主要三党が妥協し、超党派で合意したことで、どの政党もプレスの標的になることを免れたと見られている。

今後の行方であるが、この自主規制機関はかなりのスピードで制定されることになると思われる。3月18日夜、下院で、新しい自主規制機関に参加しない新聞に対して 裁判所に懲罰的賠償金を課すことを許す条項が、ある法案に入れられた。その採決結果は、賛成530、反対13であった。下院議員は党派を超えて、この新制度を受け入れているようである。

勅許の内容は、今後若干の修正があるかもしれないが、一度決まってしまえば、上下両院で3分の2の支持がなければ条項は修正できないことになっている。プレスはこの新制度をできるだけ受け入れやすくするよう懸命のロビイング活動を行うかもしれないが、基本的な枠組みは受け入れざるを得ない状態となっているといえる。

プレス自主規制機関の妥協(Compromise on Press Regulator)

保守党、自民党、労働党が、ようやくプレスの独立自主規制機関の設置に合意した。新聞の中にはこの機関に加盟するかどうか態度を保留しているところもあるが、この妥協は、現在の状況下では最善のものと言えるのではないかと思われる。

経過

2012年11月の控訴院判事レヴィソン卿の報告書にさかのぼる。レヴィソン卿率いる公の調査委員会は、新聞紙らによる電話盗聴など個人の権利に対する侵害が明らかになり、プレスの行動などについて調査するため2011年7月に設けられた。

レヴィソンは、その報告書で、過去70年足らずの間に同様の調査が行われるのは今回で7回目だと指摘し、今回の勧告を採用し、次の調査が行われる必要をなくしてほしいと訴えた。

そこでは、独立の自主規制機関の設立が提案され、この機関は、法的根拠を持つものとすべきだと明記された。それ以来、主要三党間で交渉が進められてきていた。

キャメロン首相が、3月14日、突然、もうこれ以上議論しても、お互いの溝は埋められない、交渉を打ち切り、3月18日に採決すると記者会見した。そして3月15日にキャメロン案を発表。

キャメロン首相の突然の交渉打ち切りに野党労働党のミリバンド党首も、保守党と連立政権を構成する自民党のクレッグ副首相も驚いた。しかしミリバンドとクレッグは共同して案をまとめ、独自の案を3月15日に発表した。保守党内のキャメロン案への反対勢力(20人程度と伝えられた)とも連携し、3月18日には、キャメロン首相は敗れるという見込みが強まった。ところが、3党間の交渉は続いており、3月18日午前2時半ごろ、合意に達した。

争点

キャメロン首相とミリバンド党首・クレッグ副首相との考え方の違いは基本的にプレス側に立つか、被害者側に立つかということだった。キャメロンはプレス側の立場に立とうとした。プレスの自由を大義名分にしたが、プレスの影響力を恐れたためである。メージャー元首相も、23年前に同様の調査委員会を持ったが、その対応は不十分に終わった。現職の首相はこのような場面では極めて弱い立場に置かれるようだ。

一方、ミリバンド・クレッグは被害者側の立場に立とうとした。プレスの影響力は恐れたが、有名な被害者支援組織「ハックド・オフ」から安易な妥協をすれば徹底的な攻撃の書面を発表すると脅されたといわれる。

両者の立場の違いは、端的に、独立の自主規制機関を法に根拠を置くものとするかどうかに集約された。

レヴィソン報告書ではこの法について以下のように述べている

http://www.official-documents.gov.uk/document/hc1213/hc07/0779/0779.pdf.P18)。

この法律で行わないことは

  • プレスを規制する機関を設けない。規定された基準に合う自分たちの組織を設けるかどうかはプレス次第である。
  • その法律は、国会にも政府にも、いかなる規制(またはそれ以外の)機関に対しても、新聞がどのような記事であっても刊行することを妨げる権利を与えない。
  • これらの団体に、認証された自主規制機関に、その機関が認めた情報に関して訂正や謝罪の配置や目立ち方について新聞に指示する権限を持たせるよう求める場合以外、どのような記事であってもそれを刊行するよう命じるいかなる権利も与えない。

この法律で成し遂げることは

  • 政府にプレスの自由を守る法的な義務を初めて課す。
  • 新しい自主規制機関を承認する独立したプロセスを提供し、基本的な要件である独立と有効性があり、また今後とも継続してそうであることを国民に安心させる。(レヴィソンはOfcomを推奨)
  • 新しい機関を承認することにより、その行動基準と仲裁制度が、加入する者にもたらされる法の便益を正当化するのに十分であるかを認証する。これらは、データ保護、容認できる慣行・実務に関して様々な問題に対する裁判所の取り扱い方、さらに妥当な裁判外紛争処理が利用できる場合にはコストの結果に関連することもあり得る。

レヴィソン卿は、以上のような制限をつけながらも、法律で規定された独立の自主規制機関を求めたが、3党ともに、キャメロン案の勅許の方式でこの自主規制機関を設ける案で合意した。問題は、勅許をさらに法律で裏打ちするかどうかであった。キャメロンはそれに反対し、他の2党がそれは必要だと主張した。

勅許だけでは不十分

勅許とは、国王(女王)が出す、一種の手紙のようなもので、羊皮紙に書かれたものである。BBCや数々の大学、プロフェッショナルの機関、地方自治体など合計700余りがこの勅許を受けている。

この勅許を出す手続きは、枢密院で行われる。立憲君主制の下で、枢密院の役割は限られているが、その役割の一つは勅許に関したものである。枢密院の会議で、女王の正式な承認を得るが、それは既に大臣が議論して認めたものであり、勅許で自主規制機関を設けても、大臣が勅許の内容を変えようとすれば、それは枢密院で認められる可能性がある。

この点を反映して、最終的に、上院で審議されている別の法案の中にこの件の条項を付け加えることになった。

ここで重要なのは、この条項で、勅許はその中で述べられた要求事項に合致しなければ変更できないとしたことだ。この条項には、特にどの勅許とも明確にはしていないが、そのような要求事項をつけた勅許は一つしかないことから、どの勅許を指しているかは明らかである。そしてこの勅許の中には、上下議会のそれぞれ3分の2の賛成がなければ修正できないと述べる。

かなり回りくどい方法であるが、その結果、キャメロンは、これは法律に根拠を置くものではないと主張でき、一方、ミリバンドとクレッグは、これは法律に根拠を置くものだと主張できる。役人の入れ知恵かと思われる。

自主規制機関の内容

この自主規制機関は、新しい行動基準を持ち、その役員の任命も運営資金の獲得も自ら行う。苦情処理を行い、無料の被害者との仲裁機関を持ち、プレスが誤ったことをしたと判断した場合には最大限100万ポンド(1億4500万円)の罰金を命じることができる。この自主規制機関に参加しないプレスが裁判で誤りが認められると、懲罰的損害賠償を命じられる。なお、この機関を認証する独立した組織が設けられる。

今でも英国に強い社会階級意識(British Social Class Awareness)

英国社会は今でも、中流階級や労働者階級といった社会階級の意識が強い。これは英国の社会を理解するうえで日本人にわかりにくいものの一つだ。その理由の一つは、日本人が英国の社会階級の外に置かれていることにある。

社会階級には、それぞれの人の生まれ育ちや言葉の発音の仕方(これは英国ではアクセントと呼ばれる)、それに行動様式などが重要な要素として含まれており、これらの類型に入らない日本人の場合、既成の英国の社会階級の意識の枠組みに入らないためだ。

日本では、社会階級は、それぞれの人の現在の仕事、収入や資産によって分かれると見る人が多いと思われるが、英国では必ずしもそうではない。中流階級はかなり広く解釈されるようになっているが、それでも誰がどの階級に属するかで最も重要な要素は人の生まれ育ちである。

最近発表された、ある調査によると、90%の英国人は、英国には社会階級の考え方に基づいて人を類型的に見る見方があると感じており、64%の人は、今でも社会階級は社会で重要だと考えている。

人が中流階級かどうかを判断するのは、次の順番になっている。

1.生まれ育ち

2.仕事

3.給料

4.家

5.貯金

6.投資

7.車

8.物

9.趣味

10.社会保障給付を受けているかどうか

生まれ育ちは、英国社会ではすぐにわかる場合が多く、それがわかればその仕事や給料にかかわらず中流と判断される。

なお、この調査は、4DVDという会社が世論調査会社に依頼して行ったもので、2千人の大人に対して行なわれた。そのうち48%は自らを労働者階級と見なしている。この調査では、現在では2人に1人が自らを中流と見なしており、1966年の調査ではそれが30%であった(タイムズ紙2013年3月15日)ことを見ると中流がかなり増えてきていると言える。

平均的な中流の人の像は以下の通りである。(£1=145円)

・既婚

・年収£24,744(359万円)

・配偶者との合計年収£43,592(632万円)

・家 £278,7143(4,041万円)のベッドルームの一戸建ての家

・貯金 £25,963(376万円)

・車1台 フォード/ボクスホール/トヨタ

・趣味 ショッピング、カントリーサイドへのウォーキング、読書、映画を見に行くなど。

平均的な労働者階級の人は以下の通りである。

・既婚

・年収 £20,011(290万円)

・配偶者との合計年収 £32,375(469万円)

・家 £217,969(3,161万円)の3ベッドルームのセミデタッチハウス

・貯金 £13,446(195万円)

・車1台 フォード/ボクスホール/シトロエン

なお、この調査では、モーゲージなどの住宅ローンの有無が明らかになっていない。また、これを見る際には、日本人と英国人との選好の差、例えば英国人の持家指向、それに社会的な条件、例えばNHSをはじめとする社会福祉や不動産の価格などを考慮に入れておく必要がある。

中流階級と労働者階級の差は物の面では、そう大きくない。なお、社会階級を上がりたいと考えている人はこの調査では35%だったという。

参照:

http://www.dailymail.co.uk/news/article-2293690/Britons-earn-25-000-drive-Ford-middle-class.html

http://www.easier.com/112363-the-working-middle.html

キャメロン政権の分岐点(Cameron’s Watershed Moment)

野党労働党のミリバンド党首が下院で質問した。3月13日の水曜日恒例の「首相への質問」でのことである。

「アルコール価格制限での首相のUターンを考えると、首相、おっしゃっていただけますか?ビール醸造所で首相が何か催せるものがありますか?」

これを聞いて、労働党下院議員は大喜びした。保守党下院議員は苦笑いし、静かになった。キャメロン首相はこのジョークの質問を、影の財相をダシに労働党への攻撃に使おうとしたが、不発に終わった。

ミリバンド党首の質問は、英国でよく使われるイディオムに関係している。それは ‘couldn’t organise a piss-up in a brewery’ で、「ビール醸造所で酒宴を催せない」つまり、ビールを作るところで酒宴が催せないほど無能だということである。つまり、キャメロン首相は無能だ、ということを示唆したジョークである。

しばらく前までのキャメロン首相なら、まず、ミリバンド党首もこういうジョークを出すことを考えもしなかっただろうし、もしそのようなジョークが出ても取るにたらないと無視されていたであろう。しかし、今回は効果があった。BBCのニック・ロビンソン政治部長は、このジョークは記憶に残るだろうとコメントしたが、これは、現在のキャメロン首相の立場を如実に語っており、将来、キャメロン政権の分岐点だったと見られるのではないかと思われる。

アルコールの価格制限とは、アルコールの1ユニット当たりの最低価格を決めることで、安いアルコール飲料が人々の健康に与える害を減少させようとするものである。これには多くの医療関係者が賛成している。キャメロン首相もそうで、この政策を実施すると公言していたが、政府はその政策のUターンをすると広く伝えられている。内閣の中に反対があり、また、EU法に反する可能性があり、しかも保守党内から今のような経済環境で、さらに人々の負担を増やすようなことは適切ではないという声が強まったことがこのUターンの原因だと見られている。

実は、このUターンは、3月20日の財相の予算発表に含まれる予定であったが、それがリークされた。キャメロンは、このUターンの代わりに一本買えばもう一本は無料などといったアルコールの販促を禁止するといった方法を考えているようだが、それでもUターンという事実は変わらない。

その上、ミリバンド党首は、キャメロン首相への質問の中で、アルコールの最低価格制限を担当する省の大臣であるにもかかわらずこの政策に反対するテリーザ・メイ内相のことを捉えて、メイ内相にこの政策を却下されたのではないかと揶揄した。これも極めて象徴的にキャメロン首相の権威がなくなっていることを示唆した発言だった。

メイ内相には、キャメロン後に保守党の党首になるという野心がある。3月9日に行われた、保守党支持者のウェブサイトConservativeHomeの大会で演説し、内務省管轄の分野だけではなく、経済など他の分野にも触れた。それがキャメロン後を狙う、党首候補の演説だと見られた。また、最近、キャメロン首相が、学校、NHS、海外援助の予算は削ろうとしないが、それ以外の政府の省庁の予算の大幅削減を求めていることに関して、ケーブル・ビジネス相、ハモンド国防相、それにメイ内相は、キャメロン首相に方針を変えることを求めている大臣として、かつての鉱山労働者全国組合(National Union of Mineworkers)をもじって、National Union of Ministers(大臣全国組合)と呼ばれ、圧力団体視されている。

キャメロン首相の側近のゴブ教育相は、メイ内相を名指しではなかったものの、保守党の閣僚の集まった会で、批判した。メイ内相は普段、首相への質問の時には、首相のすぐそばに座る。しかし、3月13日には、下院議場に遅れて入ってきて、議長席の横で立ったままだった。首相周辺は、メイ内相を一種の見せしめにしているようだ。

メイ内相の動きは、政府の政策の方向を変えるべきであるとか、キャメロン首相の周辺の人を変えるべきであるとか、また、リーダーシップへのチャレンジなどの話が保守党内部でかなり頻繁に出てきている時期であるだけに、極めてセンシティブな問題である。つまり、このような動きが次々に起きれば、党内の規律がますます緩み、キャメロン首相の権威がさらに衰え、保守党が分裂した党だという印象をさらに強めることとなるからだ。

ミリバンド党首も指摘したことだが、保守党が分裂している印象を打ち消すために、ワルジ外務上級大臣が3月10日のスピーチで、「キャメロン首相には全幅の信頼を置いている。保守党の大部分は首相を信頼している」と発言し、逆に保守党が分裂していることを印象づけるスピーチを行った。

英国の有権者は、分裂している政党を嫌う。キャメロン首相周辺は、この問題に極めて神経質になっているが、現在の政治・経済状態では、キャメロン首相への疑問を打ち消すことができず、有効な手を打ちだせないのが現状だ。2013年の第一四半期の経済成長はマイナスになると見られており、リセッションに入るのは間違いないない状況である。オズボーン財相の経済政策には効果が出ていない。この3月20日の予算発表にも特に大きな期待はない。

保守党にとって重要な選挙と位置付けたイーストリー補欠選挙でもUKIPの後塵を拝して3位になった。労働党に10%余りの差をつけられている世論調査でも、支持率が上がる兆しは見られない。支持率が上がらなければ、多くの下院議員が議席を失うことになる。次の選挙はもう既に失われたという雰囲気が漂い始めている現状では、議席を失う可能性のある議員は極めて神経質になり、ますます保守党内の分裂ぶりが目立つ状態となっている。

保守党の40-40ターゲット戦略

このような中では、次期総選挙をにらんだ、保守党の40-40ターゲット戦略が効果を生む可能性は小さい。この選挙戦略は、保守党が次点との差の最も少ない40の議席を守り抜き、労働党の議席で最も弱い議席40を奪うというものである。

保守党はオーストラリア人のリントン・クロスビーを2015年の総選挙アドバイザーとして雇った。しかし、この政治経済状況では、クロスビーのできることにも限りがある。クロスビーは2005年にマイケル・ハワード保守党党首の下で総選挙を担当し、また、2012年のロンドン市長選で、ボリス・ジョンソン市長の選挙アドバイザーを務めた人物だ。クロスビーが、保守党下院議員に保守党の成功していることを訴え、リーダーシップをツイッターで批判しないようにという指示を出したと伝えられる。保守党の対外イメージ戦略の一環である。。

いずれにしても、ミリバンド党首のキャメロン首相への質問ぶりは、自信に満ちており、キャメロン首相の返答ぶりとは対照的だ。もちろん5年間の政権の間には、いい時も悪い時もあるだろう。キャメロン首相には、これがその悪い時かもしれない。しかし、ミリバンド党首のジョークは、キャメロン政権が悪い方向へ大きく動き始めた、その状況を描写する表現として後に残る言葉になるように思われる。

 

 

ヒューン元大臣の今後(What’s Next for Huhne)

クリス・ヒューン前エネルギー相は、3月11日、ロンドンの南西部にあるワンズワース刑務所に収監された。10年前にスピード違反の点数を自分の代わりに元妻に被ってもらった司法妨害罪で、8か月の刑期を宣告されたためである。

ヒューンは、自民党所属の下院議員だった。2007年12月の自民党党首選挙で現党首ニック・クレッグにわずかな票差で敗れたが、実は、12月はクリスマス前の郵便ラッシュのシーズンで、郵便投票の中に遅配があり、そのため、この党首選で勘定に入らなかった票があった。後にこの遅配票を計算に入れると、ヒューンがクレッグを上回っていたという話が明らかになったが、ヒューンは正式な結果を受け入れた。英国の有権者には負けっぷりが悪い人を嫌う傾向がある。

ヒューンは、2010年総選挙後の保守党・自民党の連立政権でエネルギー・気候変動相となった。しかし、自分のアドバイザーとの不倫がタブロイド紙に発表されそうになったため、妻と別れた。

ヒューンは、トニー・ブレア労働党政権当時のロビン・クック外相と同じことをしたのである。クックは妻と別れて不倫の相手と一緒になる道を選んだが、外相の地位を維持した。ヒューンはそうすることで、恐らく、自分の政治家としてのダメージを最小限にする意図があったのではないかと思われる。つまり、有権者に人気のないクレッグ党首・副首相が退任した暁には、自分が党首となれる芽を残しておきたかったのではないか。

クック元外相の前例もあり、マスコミはヒューンの問題に冷静に対応した。もちろん、この問題が発覚した時には、高級紙も含めて大きく取り上げられたが、すぐに鎮静化し、ヒューンは何もなかったかのように大臣としての仕事を継続した。それでもヒューンが一緒になった女性アドバイザーにはかつて他の女性と市民婚をしていた過去があり、それに関する記事がしばらく続いた。

ヒューンは、ジャーナリストからビジネスに転じた後、自民党の欧州議会議員、そして2005年に下院議員となった人物であり、有能な政治家として知られていた。大臣としても公務員がその有能ぶりを認めていたという。

ヒューンにとって誤算だったのは、ヒューンに突然見捨てられ、大打撃を受けた元妻が復讐を企てたことである。この点でヒューンは、クックの例を十分に頭に入れていなかったといえるだろう。クックの場合、その元妻で医師のマーガレット・クックが、クックの人格を否定するような内容の本を書き、出版した。この本は評判になり、テレビ、ラジオ、新聞などマスコミにも数多く出演した。これはクックにかなり大きな打撃を与えた。

この点で、ヒューンは、その元妻ヴィッキー・プライスを低く見過ぎていたといえる。過去に英国政府のトップエコノミストであり、局長級のポストを辞職した後、民間会社に移った元妻が、自らの評判を大きく傷つけるかもしれないような危険なことをするはずがない、と考えていたように思われる。

実際には、ヴィッキー・プライスは、怒りのあまり、復讐の念に燃え、自分への害の可能性も深く顧みず、危険な道を走り始めてしまった。一旦、10年前に何が起きたかの話が報道され始めると、あとは、物事は自らの手を離れ、勝手に走り始めてしまった。10年前にヒューンのスピード違反の点数を自分が被ったのは、夫に強制されたためだ、と古い法律を使って主張したが、それは認められず、自分も司法妨害罪で8か月の刑期を受け、ロンドンの北部の女性刑務所、ホロウェイ刑務所に送られた。

ヒューンは、ワンズワース刑務所での刑務囚としての生活を始めた。サン紙(2013年3月13日)が、ヒューンの生活に触れ、あまりうまく行っていないことを示唆した。刑務官が、所内放送で、下院で議長のよく使う言葉を使って「尊敬すべきワンズワース北の紳士、朝食を事務所まで取りに来るように、静粛に、静粛に(オーダー、オーダー)」と言ったという。また、ヒューンに「金があるのだってね」と付きまとう他の刑務囚もおり、ヒューンは他の刑務囚から遠ざけるために隔離棟に送られたという。これらの話は、ヒューンの愛人が否定している。

話の真偽はともかく、かつて同じく司法妨害罪で刑務所に送られた、上院議員のジェフリー・アーチャーはすぐに他の刑務囚と仲良くなり、刑務囚にサインをしてあげる代わりに何かと便益を受けたという。ヒューンは、恐らく2か月程度の服役の後、電子タグをつけられた上で出所すると思われるが、それまでの辛抱である。

ヒューンの今後については、様々な憶測がある。ヒューンはかなり多くの不動産を持っているが、取りざたされているのは、ジャーナリズムもしくはシティーへの復帰だ。ヒューンはかつて格付け会社のフィッチの副会長を務めたこともあり、その能力がシティーで評価されるのではないかという。

ヒューンは、高転びに転んだといえるが(裁判官は、スピード違反の点数を他の人に被ってもらったことが明らかになっていれば、高い地位に就くことさえできなかっただろうと言うが)、社会でその能力を生かして働く機会を与えられる方が社会全体としては望ましいと思われる。

接戦選挙区の世論調査が語る労働党勝利の見通し(What Marginal Constituencies’ Opinion Polls Say)

次の総選挙は2年以上先の2015年5月の予定だが、もし選挙が今あれば、どうなるか?213の接戦選挙区を中心にした1万9千余りのサンプルの世論調査によれば、労働党が84のマジョリティ(他の政党の合計議席を84上回る)を獲得し、政権を獲得する、である。(http://lordashcroftpolls.com/2013/03/marginal-territory-the-seats-that-will-decide-the-next-election/

この世論調査を実施したのは、かつて保守党の副幹事長も務めた、上院議員のアッシュクロフト卿だ。アッシュクロフト卿は、2005年の総選挙で、接戦選挙区であるいわゆるマージナル議席/選挙区にターゲットを絞った。他の保守党の支援者と協力して自分たちの懐から資金を出し、自分の配下をこれらの選挙区に送り込んで候補者とともに選挙準備に励み、その結果、かなりの成果を上げるに至った。この活動を警戒した労働党が、他の政党との協議で、2010年の総選挙の前に、選挙戦が始まる前に使えるお金を制限する新しいルールを作ったという経緯がある。なお、2010年の総選挙では、保守党はこれらの接戦選挙区で、全国的な政党支持の割合に比べて、労働党から23議席、自民党から9議席多く議席を獲得したと言われる。

アッシュクロフト卿は、このマージナル選挙区活動の進捗状況を測るのに個別の世論調査を実施した。その調査結果は公開されていなかったが、今では保守党の役職から身を引き、自前の世論調査を実施し、その結果を公表している。

アッシュクロフト卿は、保守党への大口献金者として知られていた。今では保守党の支持者らのウェブサイトConservativeHomeを所有するが、保守党への政治献金はストップした。保守党の上院議員でもあり、保守党へのつながりは深いが、その行った世論調査のデータを公表するため、その世論調査にはかなりの信頼性があると考えられており、政治コメンテーターや他の政党関係者も注目している。もちろん主要政党はそれぞれの独自の世論調査も行い、このような世論調査の結果と比べてみるなど、外部の世論調査に頼り切るということはしないが、それでもこの世論調査の結果は、各政党担当者が詳細に分析したものと思われる。

さて、今回の213選挙区は、保守党と労働党が接戦の選挙区と、現在自民党の現職がいる選挙区である。英国の下院の選挙で使われている完全小選挙区制、つまり全部で650ある選挙区のそれぞれの選挙区から最大得票をした一人だけが当選する選挙の制度では、接戦選挙区の結果が選挙全体の結果の行方を決めるということである。つまり、これらの選挙区に力を入れて勝つことが重要だということである。

保守党の行方

保守党の見通しは暗い。保守党が前回の総選挙で議席を獲得したものの、次点との差が少ない、109のマージナル議席のうち、労働党が93議席獲得するという。自民党から17議席を獲得するというが、労働党に失う議席は多い。マージナル議席の多くの選挙区では、UKIP(英国独立党)が、11%から12%程度の支持を集めており、UKIPがかなりの保守党票を吸収していることは打撃となっている。保守党の議席で労働党のターゲットになっている選挙区では、2010年に保守党に投票した人のうち、36%がUKIPに投票することを考えるという。また、自民党の議席で、保守党がターゲットにしている選挙区でも2010年に保守党に投票した人の同じく36%がUKIPを考えるという。

ただし、世論調査ではキャメロン首相がミリバンド労働党党首よりも高く評価されており、しかも保守党の経済政策の評価が労働党のものより評価が高くなっている。しかしながら、現在のような停滞した経済状況が長く続けば(続くと予測されているが)、キャメロン首相やその経済政策の評価が向上するとは思えず、見通しはかなり厳しいといえる。

なお、キャメロン首相への党内からの反乱の可能性が言及されているが、そこまで事態が深刻化する可能性は少ないようだ。

自民党の行方

自民党は、25議席を獲得すると見られており、2010年の57議席と比べると大幅後退だが、そう悪い結果ではないと見る向きがあるかもしれない。自民党の現職は、保守党や労働党の現職と比べると地元の有権者によく知られており、その仕事ぶりの評価は高い。その結果、自民党の保有する議席の選挙区では、全体的にどの党に投票するかをきいた後、地元の状況を考慮に入れるとどの政党に投票するかを聞くと、自民党へ投票するという人が13%高まるという。しかしながら、もともと自民党に投票するという人の数が大幅に減っていることから、保守党に議席を17議席失うばかりか、労働党が相手の選挙区ではまったく議席がなくなってしまう可能性があるという。

アッシュクロフト卿が、この世論調査を発表する前日に発表した自民党に関する2万余りのサンプルで行った世論調査では、自民党は、かつて保守党でもなく労働党でもないために自動的にいわゆる「抗議票」を集めていたが、それが自動的でなくなったと指摘している。自民党は、連立政権に入った途端に、それまでの半分以上の支持を失ったという。

問題の一つは、自民党が連立政権で埋没してしまっていることだ。2010年に自民党に投票し、しかももし選挙が今あれば自民党に投票するという人は、成人の20人に1人いるというが、そういう人たちでも、自民党は見えない、力がないと不平を持っており、しかもこれまでに連立政権で成し遂げた政策がすぐに言えない人が多いという。何か、ヒントがなければ答えられない。例えば、自民党の大きな貢献といえる、課税最低限の引き上げはほとんどの人がすぐに思い出せない。しかも他の大きな貢献である、Pupil Premiumと呼ばれる貧困家庭の子供について回る、学校への特定補助金の制度については、ほとんど理解されていないことがわかった。

一方では、2010年には投票しなかったが、今なら自民党に投票する、もしくは投票を考えるという人が有権者の4%いる。しかし、自民党から去った人たちを補うまでにはいたっていない。2010年に自民党に投票した人のうち、自民党に今も投票するという人は、29%しかおらず、労働党に投票するという人が29%、保守党8%、UKIP7%、それ以外の政党5%で、どのように投票するか分からないという人が22%いる。

自民党は今でも公平を追求し一般の人たちの立場に立つ政党だと考える人が多いが、次回の総選挙では、大きな打撃を受ける状態だ。このため、例えば、自民党の副党首であるサイモン・ヒューズも当選が難しいようだ。

こういう状況を受けて自民党の選挙戦略は、自民党と保守党の競い合う25の選挙区にターゲットを絞ることである。労働党は自民党を離れた有権者の3分の1の受け口となっていることなどから得票が増加する傾向にあり、労働党を破ることは容易ではないが、保守党はUKIPに票を奪われ、票が減少傾向にあるためターゲットにしやすい。つまり、これらの選挙区での自民党の基礎力を背景に、当該選挙区の有権者にリーフレットや戸別訪問で自民党の連立政権内での成果を繰り返し説明し、その理解を深めてもらい、選挙につなげようというものである。

なお、今のところ、クレッグが党首の座から退く可能性はない。

労働党の行方

労働党は、過半数を制し、単独政権となるという結果が出ているものの、他の世論調査を含めて党首や経済政策の評価でキャメロン首相・保守党に後れを取っているために、見通しが必ずしも非常に明るいというわけではない。

ただし、現政権が経済成長で苦しんでおり、保守党がUKIPに票を失っており、しかも自民党の支持が大幅に減ったために、漁夫の利を得ている状況だ。一般に、英国では、選挙は政権政党が失うもので、野党が勝ち取るというものではないという考え方が強いが、それから見ると、労働党の戦略は、積極的に打って出ていくよりもなるべく失点を少なくするということになろう。現在の保守党が反省していることの一つに、このような経済的に困難な時期に、あれもこれもやろうとし過ぎて失敗したというものがある。こういう時期にNHSの根本的な改革などを進めるのは賢明であったかどうかには大きな議論がある。たとえ大枠でうまくいったとしても、必ず、周辺の問題で批判されるからだ。

イーストリー選挙区の行方

2月28日のイーストリー補欠選挙では自民党が勝利したものの、アッシュクロフト卿の世論調査では、今総選挙があれば、保守党が議席を獲得すると見ている。確かにこの可能性はかなり高いと思われる。まず、下院全体の650議席のうち、2010年には主要三党が631選挙区に候補者を立てたが、総選挙で、自民党がイーストリー補欠選挙で行ったような、党の総力を一選挙区に投入する選挙戦を実施することは難しい。また、総選挙では、誰を首相にしたいかということも有権者の判断に大きく影響する。

イーストリー選挙区内の市会議員は全員が自民党で、自民党の浸透力は非常に高かった。その上、投票率が53%であったが、4万ほどの投票のうち、その4分の1は郵便投票だった。これは、自民党の郵便投票戦略に拠るところが大きい。つまり、当日の投票に任せるのではなく、これまでの人的つながりなどを活用して自民党が確実な票の獲得を図ったのである。UKIPのファラージュ党首によると、当日票では、UKIPが最も多かったと言う。

アッシュクロフト卿の当日の世論調査の結果もあるが、この世論調査はサンプル数が760と少ない。この世論調査では、この補欠選挙の投票で自民党に投票した人のわずか43%が2015年の総選挙でも自民党に投票すると言ったのみと指摘している。ただし、これが本当に実情を反映しているかどうかには疑問がある。

いずれにしても、自民党の郵便投票戦略などが次回の選挙で今回ほどの成功を収めるかには不明な点があり、この補欠選挙を上回る結果を出すのはかなり難しいと思われる。総選挙は、首相を選ぶ選挙でもあることから、UKIPに今回の補欠選挙ほど大きな支持が集まる可能性は少なく、その結果、保守党に議席が移る可能性がある。

UKIPの保守党に与える影響

UKIPが2015年の総選挙で議席を獲得すると見る向きは少ない。総選挙は、首相や政権政党を選ぶ選挙でもあることから、UKIPがイーストリー補欠選挙で大量得票したようなことが起きる可能性は、現状では少ないように思われる。ただし、UKIPと保守党の支持層がある程度重なるところから、有権者の三大政党への不満が高まればUKIPがその票の受け皿になる可能性は高く、その結果、保守党の得票に大きな影響が出る可能性がある。

なお各種世論調査の結果、支持率が継続的に高まっていることから、2014年6月の欧州議会議員選挙では、2009年より得票を伸ばし、保守党を上回る可能性が高くなっている。

追い詰められたキャメロン首相(Cornered Cameron)

キャメロン首相はかなり追い詰められている。キャメロン首相が3月7日、経済についての本格的なスピーチをしたが、それ自体かなり異例なようだ。財務大臣の予算発表(3月20日に予定されている)の2週間前にこのようなスピーチを首相が行うのは歴史的にかなり異例だという(テレグラフ紙)。その上、3月8日になって、政府の基本的な経済戦略に大きな疑問が提起された。既に厳しい政治的な環境がさらに悪化していくのがはっきりと見える。

キャメロン首相はそのスピーチの中で、政府は、既存の政策をやり通すしかないと主張した。つまり、財政支出の増加や減税を行わないことを明確にした。そして、政府の赤字削減策が弱い経済の原因ではない、と独立機関の予算責任局(OBR)が明確にしたと言い、赤字の対処が成長のための最初の重要な一歩だと主張した。

この首相のスピーチがかなりの騒動を引き起こした。3月8日、予算責任局の議長ロバート・チョウトがキャメロン首相に手紙を書いて、キャメロンのスピーチの中の「予算責任局が明確にした」という部分に異論を唱えたのである。

チョウトは、増税と歳出削減は経済成長を短期的に減少させる、財政再建策が過去1、2年の間に経済成長を減少させたと指摘した。これは、キャメロンが、財政再建策が弱い経済の原因ではないと言ったこととは異なる。

キャメロンのスピーチの中で予算責任局が政府の政策を正当化するために使われ、その見解が自らのものと異なるために予算責任局は、異論を唱えざるを得ない立場に追い込まれたと言える。予算責任局そのものは、現政権が2010年に設けたもので、経済成長、そして政府の借入金の予測を独立して行うための機関である。つまり、キャメロンらは、この予算責任局の言葉を否定できず、非常に厄介な立場に追い込まれた。

なぜこのようなことが起きたのか理解に苦しむ。オズボーン財相がこのスピーチの原稿を事前に見ていなかったということはありえない。キャメロンによると、ケーブル・ビジネス相がニュー・ステイツマンという雑誌に書いて話題になった記事も事前に財務省がチェックしたそうだ。恐らく、オズボーンは、自分の党内での地位が沈下していることを受けて、自分の立場を強化するために、政府は方針を変えないとキャメロンに言わせ、それに基づいて自分の予算発表を行うつもりだったのだろう。それがものの見事に失敗したのではないだろうか。

このような問題の起きた背景は、幾つかある。

まず、2012年の最終四半期に経済が縮小したことで、政府はその経済戦略について突き上げられている。株式市場は、現在5年ぶりの高値ではあるが、経済は未だに低迷しており、2013年にはほとんど成長しないと見られている。

2番目に、ムーディーズが2月、英国の格付けをトップのAAAから格下げした。格付けを守ることは、キャメロン政権誕生以来、政権の最も重要な課題の一つであったが、それに失敗した。

3番目に、イーストリー補欠選挙で保守党がUKIP(英国独立党)の後塵を拝する結果となった。2015年に予定される次期総選挙で保守党が下院の過半数を占めるには、このイーストリー選挙区のような選挙区で勝つ必要があったが、それに失敗したどころか、支持層のかなり重なるUKIPにも敗れた3位に終わった。この一つの要因は経済低迷である。

4番目に、ケーブル・ビジネス相の記事は、キャメロンのスピーチの一日前に発表された。ケーブルは、借金を増やし、学校や道路、鉄道などの焦点を絞った資本投入プロジェクトを実施するべきだという見解を発表した。自民党の中にそのような見解が増えてきている。

5番目に、保守党の中に大幅な減税を行い、経済成長をもっと積極的に図るべきだと言う声が大きくなっている。

6番目に、党首への挑戦があるかもしれないという噂が流れていることだ。アダム・アフリーや内相のテリーザ・メイなど噂に上がっている人やその周辺は、キャメロン後への準備だとするが、キャメロンらにとっては、こういう噂が出ること自体、問題だ。保守党の規定では、46人の下院議員(下院議員の15%以上)が、1922委員会会長に手紙を書けば、そのプロセスが開始できる。この3月の予算が低調で、5月の地方選挙で保守党が大敗するようなことがあれば、その可能性が出てくるという見方もある。

キャメロンは、政権発足以来、財政赤字を4分の1減らしたと言うが、経済の停滞で、財政赤字はこれから減っていくどころか増加する構えだ。そういう中で起きた今回のキャメロンの失敗は、キャメロン政権への大きな痛手だ。キャメロンは、オズボーンの予算発表の前に期待を下げようとしたという見方もあるが、この失敗で、オズボーンはより大きな圧力を感じているだろう。打つ手に効果がないキャメロンは、一種追い詰められたような状況になっている。

SFO前ダイレクターのお粗末な能力(SFO Former Director’s Mismanagement)

3月7日の下院公会計委員会(Public Accounts Committee)にSFO(重大不正捜査局)の前職と現職の責任者、前ダイレクターのリチャード・オルドマンと現ダイレクター、デービッド・グリーンの二人が呼ばれた。オルドマンは2008年4月から2012年4月まで4年間その任にあった。

焦点となったのは、オルドマンのダイレクター当時に3人の幹部の解雇手当に計100万ポンド(1億4千万円)を支払ったことである。その支払いに必要な内閣府の許可を受けていたことを証明するものが何もなかったことから、会計検査院がその支払いは不正規だと指摘し、限定意見をつけた。さらに、SFO内での情実的人事やスタッフの低いモラールが指摘された上、捜査上の大失敗があったことからこの喚問は注目されていた。

この委員会での質疑で改めてわかったのは、オルドマンは内閣府から許可を受けたと主張するが、それを証明するものがないことである。内閣府はこのような許可をなかなか出さないので知られている。オルドマンは口頭でそのような示唆を受けたのかもしれないが、書面がなければ、その責任はオルドマンにあることになる。

また、3人の幹部の一人は、チーフ・エグゼクティブであったが、その昇進した際の記録が残っていないと言う。また、このチーフ・エグゼクティブは、ロンドンから離れた湖水地方に住み、週5日のうち2日は自宅勤務で、3日ロンドンに出てきていたが、ロンドンでのホテル宿泊費、交通費に2011年度は2万7600ポンド(400万円)公費から支出していたそうだ。

オルドマンは法廷弁護士だが、1975年から公務員として働き始め、2008年にSFOのダイレクターとなった。つまり公務員として30年以上の経験があったことになる。それにもかかわらず、きちんとした記録を残さず、適正手続きの必要性を十分に分かっていなかったようだ。このような人物がSFOのような、重要で、しかも一般からの信頼が要求される部門の責任者のポストに就いていたとは信じがたい。しかし、このような例は恐らくここだけにとどまるのではないだろう。特にSFOのような、英国政府の独立機関ではその可能性がより高いかもしれない。

ファラージュUKIP党首② (Nigel Farage②)

現在、英国で最もホットな政治家、英国のEU撤退を訴えるUKIP(英国独立党)の党首ナイジェル・ファラージュ。UKIPは2月28日の下院補欠選挙で大躍進した。

今日、このファラージュにたまたま道で出会い、これまで会ったこともなかったのに話をした人が、ファラージュはいい人のように見えたと言う。「よくやりましたね」と言うと「まだまだこれからですが、目的に着実に到達しようとしています」という答えが返ってきたそうだ。そして握手をしたという。たばこの臭いが強かったと付け加えた。

ファラージュは、かなり右で、扱いにくい人のように思われるかもしれない。UKIPはファラージュのワンマンバンドだとの批判もあるが、そう悪い人物のようには思われない。と言うのは、ファラージュが3人の英国の主要政党の党首、保守党のキャメロン首相、労働党のミリバンド党首、自民党のクレッグ副首相のうち、だれとなら食事をするかときかれた際、クレッグと答えたからだ。

クレッグは、EU賛成派だ。EUについてファラージュとは180度意見が違う。クレッグは、かつて1999年から5年間欧州議会議員だったことがあり、同期の欧州議会議員だったファラージュと一緒に議員として働いたことがある。しかし、ファラージュのクレッグ評は「ナイスガイ」である。クレッグには悪気が全くないと言う。クレッグをこのように言う人は恐らく悪い人ではないと思う。上記3人のうち、クレッグが最も真面目な政治家だと思うからだ。ただし、真面目な政治家と成功する政治家とは必ずしも一致しないが。