自民党の苦悩(Agonising Lib Dems)

BBCの政治副部長が、ある保守党下院議員が言ったとして次の言葉をツイートした。

「自民党だけだ。セックスの絡まない性的スキャンダルがあり、それをリーダーシップ危機にできるのは」

今回のレナード卿のセクハラ疑惑(レナード卿は強く否定している)で、ニック・クレッグ自民党党首・副首相は「いつ何を知っていたか」で追い詰められた。「何も知らなかった」と党に言わせ、自分が答えるのを引き延ばした挙句、党の発表と異なる声明を発表した。その結果、クレッグは大きく傷つけられた。

警察がレナード卿のセクハラ疑惑に犯罪行為の可能性があるかについて自民党の職員と会った。労働党下院議員が警察にコンタクトした後、自民党スタッフが被害を受けたという女性たちの代表として警察にコンタクトした結果だ。警察がこの疑惑に犯罪行為の要素があるとして本格的な捜査に入るかどうかにはかなり疑問がある。しかし、自民党としてはこのような行動を取らなければならない立場に追い込まれてしまったと言える。

当事者の女性たちは、非常に真剣で、そのうちの一人は、自分たちのこれまでの苦しみを他の若い女性たちに味あわせたくない、とテレビ出演に踏み切ったいきさつを語った。これらの女性たちは、そのために自民党の体質を変えることに傾倒しているようだ。

それは正しいと思う。10人にも及ぶ複数の女性が同じような疑惑を訴えていることを考えれば、元チーフ・エグゼクティブは、同じことを何度も繰り返していたのではないかと想像され、「真の被害者」、つまり、嫌であったにもかかわらず、事に及ぶこととなった人も少なからずいるのではないかと思われる。つまり、セクハラを無くすことは、こういう真の被害者もなくすことにつながり、自民党にとっては極めて大切なことだといえる。

BBCラジオにスーザンという名の自民党地方議会議員が出演し、自分の同様の経験を語った。その中で、この女性は、クレッグはどうしたらよいかわからなかったのではないか、非常に下手に問題を処理したと言ったが、これはかなり実情に近いのではないかと思われる。クレッグは、2005年に下院議員に初めて当選し、2007年12月に党首となった。すぐにレナード卿の問題を報告されたようだが、下院議員として経験の浅かったクレッグにはこの問題はかなり重荷ではなかったかと思われる。そして、この問題が現在まで尾を引いている。

ただし、この一連の過程で明らかになったのは、自民党の古い体質だ。男性優遇の体質が残っている。女性の下院議員の数は、現在56人の下院議員のうちわずか7名。しかも自民党の強い選挙区から出ている下院議員は男性だけで、現在のような低支持率が続くと、次の総選挙では、女性議員が一人もいなくなる可能性がある。クレッグのように下院議員となる前から特別扱いで、自民党の非常に強い選挙区から出馬した男性とは違う。しかも、現在自民党から出している5人の閣僚(クレッグ副首相、ケーブル・ビジネス相、アレキサンダー財務省主席担当官、デイビー・エネルギー相、ムーア・スコットランド相)は全員男性だ。

自民党が、これを契機に、党の体質を変えようとすることが、他の政党にも変わるきっかけを与えることになるだろう。自民党は、古い体質があるとはいえ、それでも保守党や労働党と比べると、かなり純粋な政党である。そのために、今回のスキャンダルが自民党に与えた打撃は大きい。しかし、長い目で見ると、英国の政治の体質を変えるためのきっかけの一つとなるのではないかと思われる。

弱り目クレッグの誤った判断(Weakened Clegg’s Misjudgment)

2月25日の新聞の第一面の多くにニック・クレッグ自民党党首・副首相の顔写真が掲載された。

かつて自民党のチーフ・エグゼクティブだったレナード卿が、在任中に党の女性関係者にセクシャル・ハラスメントをしたという疑いがかかっている件で、前夜、クレッグが自分で声明を発表した。

そこで、それまで党が継続して、「クレッグはそのような疑いは全く知らなかった」と言っていたにもかかわらず、クレッグは「レナード卿の行為に対して、間接的で特定されていない懸念」を知っており、自分の首席補佐官をレナード卿のもとへ送り、「そのような行状は、全く許されないと警告した」と党の発表とは異なったことを発表した。非常に慎重に言葉を選んで書いた声明であったが、それまでの発表とは違うという事実は変わらない。しかもクレッグは声明を読んだ後、メディアからの質問を受け付けなかった。

25日の新聞の第一面の見出しは以下のようだった。

デイリーメイル しかめ面のクレッグの逃げ口上

デイリーミラー クレッグ:私は痴漢卿のことを知っていた。

インデペンデント クレッグ:私は性的苦情を知っていた。

デイリーテレグラフ 明らかになった:ニック・クレッグに対するのっぴきならない新主張

タイムズ クレッグが上院議員についての性的苦情を知っていたと言う。

ガーディアン クレッグが性的苦情について知っていたと認める。

サンは、「衝撃的なUターン」と表現し、それはデイリーメイルも同じで、クレッグが逃げ口上を言うと攻撃した。また、デイリーエキスプレスは、クレッグはその政治家としてのキャリアで最悪の危機に陥ったと言った。

クレッグはこの日、28日の補欠選挙のある選挙区周辺でラジオ局などのインタヴューに応じたが、それ以外のメディアからの質問には答えず、海外へ飛び立った。

クレッグは、この問題への対応を誤ったようだ。2月24日の夜に自ら声明を発表するまで6日間考えに考えた挙句である。

その大きな原因は、クレッグが政治的に非常に弱い立場にあるためのように思われる。自民党はまとまりの強い政党で、現在のように低い支持率であっても、クレッグを党首として引き下ろそうという動きは見られない。しかし、2010年に保守党と連立を組んで以来、世論調査の支持率を大きく落とし、野党への政党補助金を失った上、政治献金額を大幅に減らし、しかも党員の数が大きく減った。2011年、2012年の地方選で大きく地方議員の議席も失った。連立政権に参画する代償の下院の選挙投票制度を変えるAV制度の国民投票は大差で否決され、しかも第二の代償として位置付けていた上院改革は、保守党議員の反対で失敗した。連立政権の政策に自民党カラーを注入していると言っても、それらは必ずしも一般に理解されていない。

そういう中で、さらに自民党への打撃となる事態を避けたかった心情は理解できる。

2008年にレナード卿の、特定されていない不適切な行為の疑惑の話を聞き、当時首席補佐官だったダニー・アレキサンダーにレナード卿に話をさせた、と言われる。このような疑惑の話は、多くの職場にあることで、具体的な苦情がないと具体的な対応が難しいのは恐らく周知の事実だろう。タイムズ紙のインターネットのコメント欄への投稿者も同じ見解だ。

もし、クレッグが、「特定されていない懸念」を聞いただけというのが真実ならば、クレッグは、最初から、自分はその時点で妥当だと信じたことをした、と開き直ることもできたかもしれない。もちろん、被害にあったと訴える女性たちは、具体的な話を政党のトップクラスの政治家に訴えたと主張している。もしその話がクレッグに伝わっていなければ、それはそのトップクラスの政治家たちの責任ということになろうが。いずれにしても、弱くなっているクレッグは、そのようなリスクは取れなかったと思われる。

クレッグは打つ手が限られてきている。もし、自民党の優勢とされる28日の補欠選挙で敗れるようなことがあれば、非常に難しい立場に追いやられるだろう。補欠選挙に勝ち、事態が沈静化したとしてもクレッグがさらに大きく弱体化することは避けられそうにない。