自民党の苦悩(Agonising Lib Dems)

BBCの政治副部長が、ある保守党下院議員が言ったとして次の言葉をツイートした。

「自民党だけだ。セックスの絡まない性的スキャンダルがあり、それをリーダーシップ危機にできるのは」

今回のレナード卿のセクハラ疑惑(レナード卿は強く否定している)で、ニック・クレッグ自民党党首・副首相は「いつ何を知っていたか」で追い詰められた。「何も知らなかった」と党に言わせ、自分が答えるのを引き延ばした挙句、党の発表と異なる声明を発表した。その結果、クレッグは大きく傷つけられた。

警察がレナード卿のセクハラ疑惑に犯罪行為の可能性があるかについて自民党の職員と会った。労働党下院議員が警察にコンタクトした後、自民党スタッフが被害を受けたという女性たちの代表として警察にコンタクトした結果だ。警察がこの疑惑に犯罪行為の要素があるとして本格的な捜査に入るかどうかにはかなり疑問がある。しかし、自民党としてはこのような行動を取らなければならない立場に追い込まれてしまったと言える。

当事者の女性たちは、非常に真剣で、そのうちの一人は、自分たちのこれまでの苦しみを他の若い女性たちに味あわせたくない、とテレビ出演に踏み切ったいきさつを語った。これらの女性たちは、そのために自民党の体質を変えることに傾倒しているようだ。

それは正しいと思う。10人にも及ぶ複数の女性が同じような疑惑を訴えていることを考えれば、元チーフ・エグゼクティブは、同じことを何度も繰り返していたのではないかと想像され、「真の被害者」、つまり、嫌であったにもかかわらず、事に及ぶこととなった人も少なからずいるのではないかと思われる。つまり、セクハラを無くすことは、こういう真の被害者もなくすことにつながり、自民党にとっては極めて大切なことだといえる。

BBCラジオにスーザンという名の自民党地方議会議員が出演し、自分の同様の経験を語った。その中で、この女性は、クレッグはどうしたらよいかわからなかったのではないか、非常に下手に問題を処理したと言ったが、これはかなり実情に近いのではないかと思われる。クレッグは、2005年に下院議員に初めて当選し、2007年12月に党首となった。すぐにレナード卿の問題を報告されたようだが、下院議員として経験の浅かったクレッグにはこの問題はかなり重荷ではなかったかと思われる。そして、この問題が現在まで尾を引いている。

ただし、この一連の過程で明らかになったのは、自民党の古い体質だ。男性優遇の体質が残っている。女性の下院議員の数は、現在56人の下院議員のうちわずか7名。しかも自民党の強い選挙区から出ている下院議員は男性だけで、現在のような低支持率が続くと、次の総選挙では、女性議員が一人もいなくなる可能性がある。クレッグのように下院議員となる前から特別扱いで、自民党の非常に強い選挙区から出馬した男性とは違う。しかも、現在自民党から出している5人の閣僚(クレッグ副首相、ケーブル・ビジネス相、アレキサンダー財務省主席担当官、デイビー・エネルギー相、ムーア・スコットランド相)は全員男性だ。

自民党が、これを契機に、党の体質を変えようとすることが、他の政党にも変わるきっかけを与えることになるだろう。自民党は、古い体質があるとはいえ、それでも保守党や労働党と比べると、かなり純粋な政党である。そのために、今回のスキャンダルが自民党に与えた打撃は大きい。しかし、長い目で見ると、英国の政治の体質を変えるためのきっかけの一つとなるのではないかと思われる。

弱り目クレッグの誤った判断(Weakened Clegg’s Misjudgment)

2月25日の新聞の第一面の多くにニック・クレッグ自民党党首・副首相の顔写真が掲載された。

かつて自民党のチーフ・エグゼクティブだったレナード卿が、在任中に党の女性関係者にセクシャル・ハラスメントをしたという疑いがかかっている件で、前夜、クレッグが自分で声明を発表した。

そこで、それまで党が継続して、「クレッグはそのような疑いは全く知らなかった」と言っていたにもかかわらず、クレッグは「レナード卿の行為に対して、間接的で特定されていない懸念」を知っており、自分の首席補佐官をレナード卿のもとへ送り、「そのような行状は、全く許されないと警告した」と党の発表とは異なったことを発表した。非常に慎重に言葉を選んで書いた声明であったが、それまでの発表とは違うという事実は変わらない。しかもクレッグは声明を読んだ後、メディアからの質問を受け付けなかった。

25日の新聞の第一面の見出しは以下のようだった。

デイリーメイル しかめ面のクレッグの逃げ口上

デイリーミラー クレッグ:私は痴漢卿のことを知っていた。

インデペンデント クレッグ:私は性的苦情を知っていた。

デイリーテレグラフ 明らかになった:ニック・クレッグに対するのっぴきならない新主張

タイムズ クレッグが上院議員についての性的苦情を知っていたと言う。

ガーディアン クレッグが性的苦情について知っていたと認める。

サンは、「衝撃的なUターン」と表現し、それはデイリーメイルも同じで、クレッグが逃げ口上を言うと攻撃した。また、デイリーエキスプレスは、クレッグはその政治家としてのキャリアで最悪の危機に陥ったと言った。

クレッグはこの日、28日の補欠選挙のある選挙区周辺でラジオ局などのインタヴューに応じたが、それ以外のメディアからの質問には答えず、海外へ飛び立った。

クレッグは、この問題への対応を誤ったようだ。2月24日の夜に自ら声明を発表するまで6日間考えに考えた挙句である。

その大きな原因は、クレッグが政治的に非常に弱い立場にあるためのように思われる。自民党はまとまりの強い政党で、現在のように低い支持率であっても、クレッグを党首として引き下ろそうという動きは見られない。しかし、2010年に保守党と連立を組んで以来、世論調査の支持率を大きく落とし、野党への政党補助金を失った上、政治献金額を大幅に減らし、しかも党員の数が大きく減った。2011年、2012年の地方選で大きく地方議員の議席も失った。連立政権に参画する代償の下院の選挙投票制度を変えるAV制度の国民投票は大差で否決され、しかも第二の代償として位置付けていた上院改革は、保守党議員の反対で失敗した。連立政権の政策に自民党カラーを注入していると言っても、それらは必ずしも一般に理解されていない。

そういう中で、さらに自民党への打撃となる事態を避けたかった心情は理解できる。

2008年にレナード卿の、特定されていない不適切な行為の疑惑の話を聞き、当時首席補佐官だったダニー・アレキサンダーにレナード卿に話をさせた、と言われる。このような疑惑の話は、多くの職場にあることで、具体的な苦情がないと具体的な対応が難しいのは恐らく周知の事実だろう。タイムズ紙のインターネットのコメント欄への投稿者も同じ見解だ。

もし、クレッグが、「特定されていない懸念」を聞いただけというのが真実ならば、クレッグは、最初から、自分はその時点で妥当だと信じたことをした、と開き直ることもできたかもしれない。もちろん、被害にあったと訴える女性たちは、具体的な話を政党のトップクラスの政治家に訴えたと主張している。もしその話がクレッグに伝わっていなければ、それはそのトップクラスの政治家たちの責任ということになろうが。いずれにしても、弱くなっているクレッグは、そのようなリスクは取れなかったと思われる。

クレッグは打つ手が限られてきている。もし、自民党の優勢とされる28日の補欠選挙で敗れるようなことがあれば、非常に難しい立場に追いやられるだろう。補欠選挙に勝ち、事態が沈静化したとしてもクレッグがさらに大きく弱体化することは避けられそうにない。

クレッグの声明でさらにわかってきたこと(What Clegg’s Statement Reveals)

2月24日(日曜日)夜、クレッグ自民党党首・副首相は自民党本部で声明を読み上げた。

自民党の元チーフ・エグゼクティブで、上院(貴族院)議員のレナード卿が在任中に女性の党関係者に対してセクシャル・ハラスメントをしていた疑いがあることを、2月21日(木曜日)テレビ局のチャンネル4ニュースが報道した件についてである。

その声明で、クレッグは「レナード卿の行為に対して、間接的で特定されていない懸念が私のオフィスに2008年に届いた。それに対応する行動を取った」と言った。

その「懸念」は、クレッグの首席補佐官であったダニー・アレキサンダー(下院議員で現財務副大臣)がレナード卿に伝え、「そのような行状は、全く許されないと警告した」そうだ。

なお、この声明が出る前、自民党のスポークスマンは、クレッグは「これらの疑いを、まったく知らなかった」と主張していた。

クレッグは質疑応答に応じず、声明を終えた。その後、明らかになったことは、21日(木曜日)に最初に報道したチャンネル4ニュースが19日(火曜日)に、報道の中身をすべて自民党に提供しており、しかも3週間前の日曜日(2月3日)には自民党の幹部にこの件を調べていると知らせていたということだ。つまり、クレッグは、レナード卿のセクシャル・ハラスメント疑惑に答えるまでに少なくとも6日間かけている。

しかも、チャンネル4は、被害者の一人(オックスフォード大学政治学講師)が、2009年当時の自民党プレジデントからレナード卿のセクシャル・ハラスメント疑惑がチーフ・エグゼクティブを辞職した原因の一つであると聞いたと主張している件について、19日(火曜日)以来、クレッグがそれを否定するかどうか問い合わせているが返事がないという。

さらに興味深いことは、クレッグの声明とレナード卿の声明とのつじつまが合っている点だ。

レナード卿の声明

“I am disappointed and angry that anonymous accusations from several years ago are once again being made public in this manner in a clear attempt to damage my reputation.
“Let me reiterate that in 27 years working for the Liberal Democrat party, not a single personal complaint was ever made against me to my knowledge.”

これでは、数年前の匿名の疑惑が再び公になった、特定の人物の苦情は私には一つもなかったとレナードの声明は言う。これは、クレッグの「特定されていない懸念」に対応する。

一方では、クレッグ側は、BBCの政治記者に、この問題は、レナード卿の問題ではなく、クレッグとその指導部への攻撃だと、クレッグは感じていると言わせ、レナード卿から焦点をそらせようとしているようだ。

今後の展開が待たれる。

レナード卿問題での自民党ダメージ軽減戦略(Lib Dem’s Damage Limitation Exercise on Lord Rennard Scandal)

自民党の上院議員(貴族院議員)レナード卿が自民党のチーフ・エグゼクティブ在任当時、女性の党関係者に対してセクシャル・ハラスメントをしたという疑いが出ている。この問題に対して自民党は、どのように対応をしているのだろうか。

疑惑の内容

テレビ局のチャンネル4が、2月21日夕方のニュースでレナード卿の過去のセクシャル・ハラスメント問題の特集番組を組んだ。二人の女性(クレッグ副首相の元スペシャルアドバイザーとオックスフォード大学政治学講師)が実名で出演し、もう一人が匿名で自分たちの経験を語った。実名の二人は党の幹部にそのことを伝えたが、きちんと対応しなかったという。その後、ある報道によると現在までに少なくとも10人の女性が被害を訴えているそうだ。

 レナード卿

クリス・レナード卿(1960年7月8日生まれ)は、12歳から自民党の活動を始め、大学卒業後、自民党のスタッフとなる。選挙に卓越した能力を発揮し、補欠選挙で自民党にいくつもの議席を勝ち取った上、総選挙でも自民党の勢力を大きく増大させた。

1989年に自民党の全国の選挙の責任者となったが、その後は、1992年の総選挙までに3つの補欠選挙に勝ち、1992年総選挙で2議席減らし20議席となったものの、1997年の総選挙までに4つの補欠選挙で議席を増やした。1997年総選挙では、46議席とし、それまでの功績で、レナードは39歳で一代貴族に任ぜられ、上院議員となる。2003年に自民党のチーフ・エグゼクティブとなり、2009年まで務めた。この間、2001年総選挙を経て、2005年総選挙では62議席を獲得し、党勢を伸ばした。

レナード卿は、お金の分配や党の支援をどの候補者に振り向けるかなどに大きな権限を持ち、非常に大きな力を持っていたと言われる。党首より力があったという声もある。

自民党の対応戦略

大きく分けて3つあるように思われる。

①党首のニック・クレッグ副首相をなるべくこの問題から遠ざける。

クレッグは、2007年に党首となったが、レナードがチーフ・エグゼクティブを辞職する2009年までにも、セクシャル・ハラスメントを起こしていた疑いが出ており、クレッグがどこまでそれを知っていたかが、大きなカギとなる。クレッグの直接の部下(次席補佐官)がそれを知っていたと言われ、クレッグがそれを知らなかったはずがないという見方がある。

2009年にレナードはチーフ・エグゼクティブを辞職した。クレッグは、レナードの功績をたたえた。レナードのクレッグの欧州議会議員選挙やその後の総選挙などの助力に感謝し、レナードなしには党首になれなかったと発言している。そのため、クレッグがレナードのセクシャル・ハラスメントを知りながらそれが表ざたになるのを抑えていたのではないかという疑いがある。レナードの辞職は、そのセクシャル・ハラスメントに関係していると見る人がいるが、健康(糖尿病)と家族を理由にしたレナードはそれを否定している。

クレッグは、2月20日からスペインにホリデーに出かけた。クレッグの妻はスペイン人で、これまでにも子供を連れてスペインの妻の実家にはよく行っている。ちょうど学校がハーフタームと呼ばれる1週間の休み期間中だが、2月28日には、重要な補欠選挙がある。自民党の党首選挙で自分と競い合い、連立政権参画後は、エネルギー相となったクリス・ヒューンが議員辞職したための補欠選挙である。この選挙では、自民党が優勢を伝えられるものの、この重要な週末にホリデーに出かけるのは少し不自然である。なお、クレッグは、チャンネル4の放送の36時間前までレナードのセクシャル・ハラスメントの疑いを知らなかったといわれており、それが正しいとすれば、ホリデーに出かける前にこの問題を知っていたこととなる。チャンネル4の放送後、事態がどうなるかを見極める狙いがあった可能性がある。英国では、日曜日の新聞にこういう問題の深い分析や新しい情報が出てくることが多く、それらが出つくした後、今後の対応を検討する方が好ましい。

いずれにしても、クレッグはスペインにいるためにそのもとへマスコミが大挙して押しかけ、コメントを求めるという事態は避けられた。クレッグのコメントはすべて公式スポークスマンを通して慎重に出されるという体制を取っている。24日の日曜紙にクレッグは知っていたという見出しを掲げたものがあるが、これに対しては、「全く知らなかった」とスポークスマン、それに自民党のビジネス大臣のヴィンス・ケーブルを通じて否定している。

クレッグは、自民党のプレジデントであるティム・ファロン下院議員に過去にこのような問題に対いてどのような処理をしたかを含めて手続きに関する調査を進めるよう指示した。自らをこの問題から引き離すとともに、一方ではこの調査委員会にクレッグも証人として出席し、自分の身の潔白をその場で訴える機会とするようだ。

自民党は、大学学費問題でその信用を大きく傷つけたが、この問題は、それよりはるかに深刻な影響を自民党に与える可能性がある。自民党はこれまで女性の権利の擁護・向上を訴え、誰もが公平に扱われることを求めてきたが、その基本原則に関する問題で自分たちがきちんと対応していないことが明らかになってきたからである。レナードのセクシャル・ハラスメントに対する苦情が握りつぶされたり、苦情を訴えたりしたために辞めさされたという話も浮上してきている。それらをクレッグが知っていたということになれば、事態は極めて深刻だ。

なお、現在の自民党のチーフ・エグゼクティブのティム・ゴードンは、「我々は自分たちの政治理念に十分にかなった行動をしなかったようだ。それを残念に思う」と言っている。

②自民党がこの問題を深刻に捉え、素早くこの問題に対応しているという印象を与える。

自民党は、チャンネル4がこの問題を放送した時には、既に最初の調査委員会を持って対応を始めていると主張した。これは、自民党プレジデントのファロン下院議員の委員会のことで、チャンネル4の放送した木曜日に第一回目の会合を持った。そこでは、実際に何が起きたかを調べるとともに、このような問題の苦情処理手続きが妥当だったか検証するようだ。手続きについては、上記のゴードンも別の委員会を設けると言っている。

つまり、この問題は、既に党が上げて取り組んでいるから大丈夫だという印象を与えることを目的としている。この手法は、英国では至る所で使われている。報道機関が問題を取り上げた時には、既に手を打っていると主張するのである。

なお、手続き上の問題を取り上げるのは、もし手続きに問題があれば、それを改め、改善するという意思を示すものであるが、実際には、これは一種の隠れ蓑ともいえるものである。手続きがあろうがなかろうが、悪いと思われることは直ちに対応されるべきで、もし対応されなければ、それはその組織を与る人の責任である。手続きを設け、または改めることが必ずしも問題の解決策とはならない場合が多い。

まずは委員会を設け、問題の深刻さを十分に認識していると主張しながら、世の中の関心が鎮まるまで時間を稼ぐこととなる。

特に今回の問題は、2月28日の補欠選挙へ影響を与える可能性もあり、素早く対応する必要があった。

③レナード卿とのコミュニケーションのラインを維持する。

レナード卿は、疑惑を完全に否定した。しかし、自民党に迷惑をかけないという名目で、自発的に自民党関係の職を一時的に退いた。それでもレナード卿は今でも大きな影響力を自民党に持っている。

一方レナード卿は、自民党の要職を長く務めてきたため、自民党下院議員や関係者の「内輪の秘密」をかなり知っていると思われる。そのような人物との関係を悪くすることは危険だ。

そのため、レナード卿と連携して対応した方が得策と言える。ただし、事態の進展によってはその連携が批判される可能性があるため、これは、非公式なラインとなるだろう。

さらに、事態が沈静化した後のレナード卿のセクシャル・ハラスメントの疑いに対する処分について、それなりの落としどころを予め想定しておく必要がある。自民党が党としてどういう行動を取るにしても、その結果を想定せずに行動することはない。

チャンネル4で報道された疑いは、「被害者の話」であり、その具体的な証拠に欠ける面がある。この形式の話が多く集まっても、疑いは深まるが、決定的な証拠とはならない。そのため、最終的な処分にはかなり大きな裁量の余地がある可能性がある。

そのため、結果は以下のようなことになる可能性がある。

「本人は否定している。決定的な証拠はないが、多くの女性の元党関係者に批判されたレナードは党の重要な役職から身を引く。しかし、上院で自民党所属議員として引き続き活動することを許す」

なお、自民党が、幹部の女性スタッフへのセクシャル・ハラスメントを党として大目に見ていたという批判をなるべく少なくするためには、この問題の責任を取る人を決め、その人の判断が不十分だったということにする可能性があろう。事態を見極めながら、その時々の時点で高度な政治的判断が必要だろう。今後の展開が待たれる。

行政の政治化?Politicisation of the Civil Service?

大臣が専門家アドバイザーを任命している。公務員を、変化に消極的で、能力や専門知識に欠けているとし、新しい血を行政に持ち込もうとしている。これを行政の政治化として捉える人が少なからずいるようだ。

例えば、何かと物議を醸しているマイケル・ゴヴ教育相率いる教育省では、昨年9月以来3人の専門家アドバイザーが任命されている。この3人は以下のような人物である。

・タイムズ紙のコラムニストのアリス・マイルズ(Alice Miles)
・LSEの経済歴史のリーダー(Reader)ティム・レオン(Tim Leunig)
・元歴史教師で、マッキンゼーのコンサルタントのトム・シナー(Tom Shinner)

これらの専門家アドバイザーは、臨時公務員として任期が2年ほど、職のランクは課長職もしくは部長職レベルのようだ。

もちろん大臣らにはすでにスペシャルアドバイザーという政治任用のスタッフがいるが、専門家アドバイザーは、それとは異なり、公務員として働くことになる。

この制度は、2012年6月に発表された公務員制度改革計画(Civil Service Reform Plan)の中で触れられたものである(p21参照)。

http://resources.civilservice.gov.uk/wp-content/uploads/2012/06/Civil-Service-Reform-Plan-acc-final.pdf

これらの人たちは、必要な専門知識を持った人材が公務員の中にいない、そして公募するのが適当ではない場合に、大臣が事務次官に依頼し、国家公務員任用委員会(Civil Service Commission)の許可を受け、ごく少数、期間を限って任命できる。公務員規範に従う必要があるため、政治的な行動は制限されることとなる。

この動きは、大臣が公務員の任命により大きな役割を果たそうとしていることに関係している。昨年12月、国家公務員任用委員会は、公務員制度改革計画の中で触れられた、大臣の事務次官人事への関わりについて説明した。

事務次官任命の手続きは以下のようである。
まず、この選任は、国家公務員任用委員会会長(First Civil Service Commissioner)もしくはその指名した人物を長とした独立委員会が担当する。
手順は、
①どのような技能が事務次官に必要か大臣に見解を問う。
②応募者の中から少人数の候補者を選び出し(ショートリストと呼ばれる)、それらの候補者に大臣が会う。そしてそのフィードバックを独立委員会に渡す。
③そして独立委員会の審査の結果、推薦する候補者を再び大臣に会わせることもできる。
④もし独立委員会が決められない場合には、最終的な候補者を大臣らに再び会わせることもできる。

そして独立委員会の推薦した候補者を任命するかどうかは最終的に首相が判断する。

以上の手続きは以下参照:

http://civilservicecommission.independent.gov.uk/wp-content/uploads/2012/12/EXPLANATORY-NOTE-PERM-SEC-COMPETITIONS-MINISTERIAL-INVOLVEMENT.pdf

いずれにしても、専門家アドバイザーは数が限られており、政治的な活動にも制限があることから、この任命をもって直ちに行政の政治化とまでは言えないように思われる。

一方、前述のゴブ教育相は、教育省の予算をゼロベースで見直し、2015年までに2010年就任時の予算を42%、そして2016年までには50%減らそうという計画だ。そのため、4000人のスタッフを1000人減らす必要があると言われる。

教育省は、アカデミーと呼ばれる中央直轄の学校を急激に増やしており、また、フリースクールもさらに増える状況だ。仕事量が増える中、予算を減らし、しかもスタッフの数を減らしていくのはかなり大変な課題である。

これに対し、中堅以下のスタッフの労働組合であるPCSは教育省の組合員のストライキに関する投票を行い、ストライキへの賛成が2対1であった。そのため、近日中にストライキが行われる可能性が高い。

キャメロン政権の中でも最も改革派の大臣と呼ばれるゴブは、方針を全く変えないと思われるがこれにどのように対応するか注目される。ゴブの専門家アドバイザーで一つ気になったのは、昨年9月に任命した二人はいずれも机で仕事をする人たちだ。コンサルタントが後から加わったにせよ、理論優先で実施後回しの感がぬぐいきれない。

政策の舞台裏(What is Behind the Labour’s New Policy?)

2月12日(水曜日)の首相のクエスチョンで、デービッド・キャメロン首相が労働党のエド・ミリバンド党首を揶揄した。

キャメロン首相は、手にカードを持ちながら、言った。
「明日、重要な経済のスピーチをするという招待状を受け取った。その中に何も新しい政策はないだろう」
ミリバンド党首は、
「来られるのなら大いに歓迎します」
キャメロン首相は答えた。
「何も政策がないのに行く意味がない」

ミリバンド党首は、これまで何も重要な経済政策を発表していないと批判されているが、このやり取りを見ていて、翌日のミリバンド党首のスピーチは政治コメンテーターたちの注目を浴びると思った。

ミリバンドの新しい政策

ミリバンドの打ち出した政策には、予想通り注目が集まり、その実際的な意味について、マスコミ各社は数々のシンクタンクの見解も紹介した。

ミリバンドの打ち出した政策の中心となるのは、以下のものだ。

「ゴードン・ブラウン前労働党政権で廃止した10%の所得税率を復活させる。その財源には高価な住宅(200万ポンド以上:約3億円)への課税で生み出す」

新政策の狙い

これには、幾つかの政治的な効果を狙っている。

①労働党に経済運営能力があるという印象を与えること。

労働党は世論調査で、キャメロン首相の保守党を10ポイント程度リードしている。しかし、経済運営能力では、ミリバンド党首・ボールズ影の財相のチームは、キャメロン首相・オズボーン財相のチームに後れを取っている。経済運営能力は、次の総選挙で有権者にかなり大きな影響力を与える可能性があり、この問題へ対応していく必要がある。

その手段として、労働党が「不況下で収入よりも物価のほうが上昇し、懐が乏しく圧迫感を受けている人々」のことを考え、努力している、というメッセージを一般有権者に送ろうとしたわけだ。

つまり、上記の首相へのクエスチョンでもミリバンド党首が強調したのは、以下のことであった。

・キャメロン政権の政策は効果がない
・キャメロン政権は経済運営の能力がない
・一般の人々は、その結果、生活水準が下がり苦しんでいる

この背景の下で、その翌日の発表につなげるという戦略である。

②高価な住宅に税をかけると言うのは、自民党の政策で、特にビジネス大臣のビンス・ケーブルが力を入れた。

この政策を打ち出すことで、10%の所得税導入に必要な財源をはっきりと示すという狙いがあるとともに、連立政権の中での保守党と自民党の間の溝を広げるという目的がある。

自民党は、連立政権内での自らの存在をアピールし、そして自らの政策をもっと有権者に理解してほしいという強い願いを持っている。そこで労働党が、この自民党の政策を動議にかけるようなことがあれば、自民党下院議員を惹きつける可能性がある。その結果、二つの党の間の関係をさらに悪化させる可能性に目をつけている。

また、この政策は次期総選挙のマニフェストで自民党が主張する可能性が高いことから、次期総選挙後、もし労働党が過半数を得られなかった場合に自民党との連立の可能性も含みに入れたものである。

③ミリバンド労働党がブラウン労働党とは違うということを印象付ける狙いがある。ブラウンは、有権者に人気のない首相であった。

もともと所得税に10%の税率を導入したのは、ゴードン・ブラウン前労働党首相がブレア政権の財相時代のことであり、1999年から実施された。それまで最低税率は23%であり、より多くの低所得者層が仕事につくためのインセンティブを設けようとしたものである。2007年にブラウンが首相として、その10%の税率を廃止し、最低税率を23%から20%にすると発表した時には、低所得者に不利になると不評で、そのためブラウンは大きなダメージを受けた。

ミリバンドはブラウン首相の下で閣僚を務め、ブラウンと近く、しかも2010年のマニフェストの責任者であった。その上、影の財相のエド・ボールズは、1997年にブレア政権が誕生する前からブラウンの側近で、ブラウンが財相となった後、下院議員ではなかったが、「財務副大臣」とまで呼ばれたほど大きな影響力を発揮した人物である。そのため、ボールズは今でもブラウンの影を背負った人物といえる。ブラウンの行ったことを否定し、これらのイメージを拭い去る必要があった。

この政策の問題点

ただし、このミリバンドの新政策には多くの批判がある。課税最低限の額を上回る最初の千ポンドだけに適用されるという案であるために、手続きが煩雑になるだけで、実際の手取り増加額は、1週当たり67ペンス(約100円)程度であると見られている。

実は、2007年のブラウンの発表は、当時IFS(The Institute for Fiscal Studies)の責任者であったロバート・チョウト(現在は、英国予算責任局議長)は正しい判断だと評価した。それに逆行するものである。

しかも高価値の物件をどのように評価するかという別の問題がある。該当する物件は約7万件程度あると見られているが、具体的な適用はそう簡単ではない。

労働党は、次期総選挙のマニフェストにこの政策を入れるかどうかについては、明言を避けている。一種の花火のようなもので、その反応を見ながら次の手を考えていくための材料であるといえる。この政策をめぐる今後の展開は興味深いものになりそうだ。

なぜ英国の人がアイルランド大統領になれるのか?(Who Can Be Irish President?)

2011年11月、マイケル・D・ヒギンズがアイルランド大統領に就任した。この際の大統領選挙には、英国の下院議員で、また北アイルランド議会議員でもある北アイルランド政府副首席大臣のマーチン・マクギネスも出馬した。

マクギネスは、北アイルランド議会で第2の政党であるシン・フェイン党の議員であり、アイルランド大統領選挙に落選した後も、そのまま北アイルランド議会議員で、北アイルランド政府の副首席大臣である。下院議員は、先だって辞職し、2013年3月にその補欠選挙が行われる。

英国の下院議員や地方政府の議員/大臣が、異なった国であるアイルランドの大統領選挙に出馬できることには違和感を覚える人が多いかもしれない。

これには、歴史的な経緯がある。アイルランド憲法で、アイルランドはアイルランドの全島(第2条)としているが、これには北アイルランドを含んでいる。アイルランドはかつて英国の一部であった。アイルランドが独立しようとした時、プロテスタントの人口の多い北アイルランドを英国の一部として残し、残りの主にカトリックの住む南アイルランドに自治、そして独立を認めたという歴史に関係している。

アイルランド大統領選挙には、アイルランド市民が立候補できる。これは、基本的にアイルランドの島内(北アイルランドを含めて)で生まれた人である。前大統領のメアリー・マッカリースは、北アイルランドのベルファストで生まれた。なお、大統領選挙への投票権は、18歳以上のアイルランド共和国の住民でなければならない。つまり、北アイルランドの住民は、アイルランド大統領選挙に立候補できるが、投票はできない。

さらに大統領選挙に立候補するためには、幾つかの条件がある。
①アイルランド国会議員(上下両院の226人)のうち20人以上の推薦
②地方自治体(34ある)のうち4以上の推薦
③本人の推薦(現職であるか元大統領のみ)

このうち、マクギネスの場合は、アイルランドのシン・フェイン党国会議員の推薦を得た。

北アイルランドの国勢調査から(Some Interesting Facts from National Census Northern Ireland)

北アイルランドの人口
近年の経済成長も反映し、人口がかなり増えている。
2001年から2011年の10年間で7.5%増加し、181万人となった。特にダンガノン(Dungannon)という1万6千人の町は、ベルファストから約65キロ離れているが、人口が21%も増えた。

・どのパスポートを持っているか?
英国の一部であるので、英国パスポートと考えがちだが、実態は必ずしもそうではない。
①英国パスポート 59%
②アイルランドパスポート 21%
③パスポートなし 19%

・セントラルヒーティングのない世帯
経済的に豊かとなり、しかも福祉が充実してきたせいだと思われるが、セントラルヒーティングのない世帯がかなり減った。2001年には4.9%であったが、2011年には0.5%となった。

・自分を何人だと思うか?
自分を複数の「国籍」があると考える人がかなりいる。
①英国人 40%
②アイルランド人 25%
③北アイルランド人 21%
④英国+北アイルランド人 6.2%
⑤アイルランド+北アイルランド人 1.1%
⑥英国+アイルランド+北アイルランド人 1%
⑦英国+アイルランド人 0.7%
⑧その他 5%

以上をまとめると、自分を英国人と見る人は48%、29%が北アイルランド人、そして28%がアイルランド人とみている。

謝罪して男を上げた教育大臣マイケル・ゴブ(Apologetic Michael Gove Praised)

教育大臣のマイケル・ゴブが、2月7日、下院で政策変更を発表し、政策の一つが行き過ぎで誤りだった、と謝罪した。GCSEという16歳の中等教育修了試験に代わって「イングランド・バカロレア証明書」の制度を導入する計画で、英語、数学、科学、歴史、地理は2015年から教え始めるはずであったが、これを中止し、GCSEの仕組みを強化することとした。なお、ゴブ教育大臣の管轄はイングランドのみで、それ以外の地域は分権政府の管轄である。

ゴブは、どの大臣も失敗する、「将来の学校建設プロジェクト」の件でも失敗したが、これも誤ったと言って謝罪した。

このスピーチを聞いて、このように率直に自分の失敗を認めるのは最近では珍しいと思った。野党の労働党は、これは政府のひどい失態だとして、ゴブを攻撃したが、保守党からはゴブを称賛する声がきかれた。

ゴブはもともとタイムズ紙のジャーナリストだった人物で、キャメロン首相の側近の一人である。保守党の「影の教育大臣」として、保守党の教育政策の準備を進め、キャメロン政権誕生後は、教育大臣としてキャメロン政権の中で最も改革志向の大臣である。もちろんそのために、教員たちからはかなり嫌われている。

マイケル・ゴブは教育相として以下のようなことを実施しようとしてきた。

①学校の規律を重んじる校長を支持する。
②できの悪い校長は首にする。
③自律性の高いアカデミーの数を増やす。
④フリースクール制度を設ける。
⑤教育水準を上げるために既存のGCSEとその上のAレベルの試験制度を改革し、カリキュラムを書き換える。

①と②では、学校監視官に、学校の規律を重んじ、生徒の能力向上に大きな成果を上げ有名だった学校長を口説き落とし、任命し、学校評価基準を厳しくした。
③では、2010年に203校であったアカデミーが2012年9月末で2309校となっている。アカデミー校は、公立校であるが、地方自治体の管轄を離れ、政府直轄の学校であり、学校運営にかなりの自由が許される。
④では、2012年9月末までに79校設けられている。
そして⑤への取り組みに関してこの「失敗」が発生した。

ゴブのGCSEを廃止して、イングランド・バカロレア証明書を設ける案には、教員だけではなく、連立を組む自民党、下院の教育委員会、それに資格試験監視機関(Ofqual)からもリスクが大きすぎると反対された。

ゴブは同時にGCSEの大幅改革を発表した。さらに学校評価制度を改革し、イングランドのナショナル・カリキュラムの原案を発表した。それには7歳から外国語を学ぶことが含まれている。

ゴブの政策の効果はともかく、ゴブの教育水準向上にかける熱意にはかなりのものがある。同僚の保守党下院議員からの評判もよく、キャメロン後の保守党党首候補の賭け率では、ロンドン市長のボリス・ジョンソンに次ぐ有力候補である。

ある政治家の目指す政治(Ed Davey’s Politics)

自民党の下院議員で、キャメロン連立政権のエネルギー・気候変動大臣を務めるエド・デイビー(1965年12月25日生まれ)は、4歳の時に弁護士だった父を亡くし、教員だった母を15歳の時に失った。癌だった母親を亡くなるまで3年間世話したといわれる。そして母方の祖父母に育てられた。

オックスフォード大学出身で、ロンドン大学バークベック・カレッジの経済修士コースで勉強している頃から自民党の経済リサーチャーとして働いた。自民党に入った頃は、自民党の政党支持率が低く、自分が将来下院議員になるなど思ってもいなかったし、大臣になるなどまったく考えていなかったそうだ。その後、マネジメントコンサルタントとなった。

1997年にロンドン近郊の選挙区で自民党から出馬し、現職の保守党の下院議員を56票差で破り当選した。

2005年に結婚し、息子が生まれた。現在5歳の息子は歩くことも話すこともできない障害児である。病名については、まだきちんとした診断がついていないという。

デイビーは、「政治家の役割は、支援の必要な人々の側に立つことだ」と言い、自分の経験がその考え方に大きく影響しているという。