ぶり返した「平民事件」(Plebgate Deepens)

9月、当時院内幹事長だった保守党下院議員アンドリュー・ミッチェルが首相官邸のあるダウニング街入り口のゲートから外に出ようと、自転車であったにもかかわらず、自動車用の正門ゲートを開くよう求めたが、警護の警察官に断られたため、「平民」など不適切な言葉を使ったと非難され、辞任した事件が起きた。ミッチェルは警察官に敬意を持って対応しなかったことは認め、謝罪したが、「言ったと言われている言葉は使っていない」と一貫して主張したが、サン紙やテレグラフ紙などが次々に「新しい事実」を報道する中で、マスコミだけではなく、警部までのすべての警官が加盟する警察連盟(Police Federation)もミッチェルを攻撃したため、ミッチェルに対する圧力が高まり、辞任した。

なお、院内幹事長は、党所属の下院議員の規律を維持し、下院で議員に党指導部の望む通り投票させる役割がある。閣僚ではないが、給与は閣僚と同じレベルで、閣議に出席する。

さて、この事件が起きた時、キャメロン首相は、ミッチェル本人からも説明を聞いたが、特に自ら行動しようとはしなかった。ミッチェルの下の副院内幹事長が、自分の選挙区の選挙民から、その事件を目撃したとして、苦情のEメールを受けており、それをキャメロンに伝達した。キャメロンは、公務員である内閣官房長(Cabinet Secretary)に調べるよう依頼し、内閣官房長はEメールとCCTVの画像を比較したが、この画像には音声がなく、はっきり結論が出せなかったという。その際、副院内幹事長は、自らその選挙民を訪ねている。英国の下院議員が選挙民の苦情などに対応して、本人に会いに行くということはよくあることである。

この事件が起きた3か月後、BBCの時事政治番組であるニュースナイトの元政治部長で、他のテレビ局チャンネル4に移った記者が、先述のEメールを送った人物が、警察官だと探り当てた。しかもこの人物は、その場にいなかったという。さらに警護の警官の当日の記録で、問題の事件が起きた時、数人の一般人が驚いて見ていたと記述していたが、CCTVを見ると、その時に通過した人は一人だけだった上、その記録とそのEメールは非常に似通っていた。その結果、キャメロン政権で行っている、警察予算の大幅カット、警察年金引き下げなどで不満を持つ警官たちが共謀してミッチェルを陥れたのではないかという疑いが浮上した。

チャンネル4の記者と一緒にCCTVを見た時には、ミッチェルはかなり控えめであったが、自分に分があるのを知ってからは、ミッチェルは強気に転じており、警視総監が苦しい立場に立っている。警察は、この捜査に30人以上を投入しているが、もし問題の場面で、関与した二人の警護警官が事実をねつ造したということになれば、二人はグロス・ミスコンダクト(著しい不行跡)で懲戒解雇となる可能性が高いため、この二人がそのねつ造を認める可能性は少ないように思われる。そうなれば、この問題は、行き詰ってしまうことになるかもしれない。今後の展開が待たれる。

新たな議員経費疑惑(New Allegations on Expenses Claims)

2009年に英国国会で多くの議員が議員経費を悪用していたことが暴露され、裁判所で何人もが有罪判決を受けた。この議員経費悪用問題が、キャメロン政権の文化大臣に降りかかってきた。

2009年にこの問題を暴露したのは、テレグラフ紙であるが、今回もテレグラフ紙がこの問題を取り上げた。そして、労働党の下院議員が、議会の倫理基準コミッショナーにこの問題を調査するように求め、このコミッショナーが調査することになった。

今まで報道されている「事実」は以下のようなものである。マリア・ミラー文化大臣は、2005年の選挙で保守党の下院議員に選出された。選挙区は、ロンドンから西に電車で30分余りのところである。1996年、ミラーは、シティの弁護士事務所でパートナーを務める弁護士の夫とともに南ロンドンに家を購入したが、その年、ウェールズに住んでいたミラーの両親が、ウェールズの家を売り払い、この購入した家に移ってきたという。ミラーは自分の仕事の上に、政治的な野心があり、子供の面倒をみてもらうことが目的であったようだ。

2005年に下院議員となってから、ミラーは、選挙区に小さな家を借り、そこを本宅とした。そして南ロンドンの家を第二住宅と指定し、議員の第二住宅に関する経費を利用して、その家のモーゲージ(住宅ローンの一種)の費用をこの議員経費から支払っていた。それは、2009年に議員経費悪用問題が国会を揺るがす大問題となる直前まで続き、それ以降請求をやめていた。2011年にミラーは、この南ロンドンの家を本宅として届け出た。

第二住宅への議員経費は、地方の選挙区から選出されている議員が、住宅費の高いロンドン、もしくはそれぞれの選挙区で生活する補助として設けられたもので、借家や借アパートに住んでいる場合にはその家賃を、物件を購入した場合には、その支払いを補助するものであるが、受けられる支払いには上限がある。

2009年に議員経費問題が発覚した際、コミッショナーが経費請求の基準を明確にし、第二住宅は、議員としての義務を果たすために、議員がもっぱら使用するものでなければならないとし、特に政治家の親を住まわせることは禁じると明確にした。

これまでのところ、どの程度、ミラーがこの南ロンドンの家に住んでいたかなど、事実が十分に明らかになったとは言えず、ミラーの行為が倫理基準に反するものかどうかは不明だが、議員経費制度そのものが2009年まで非常にあいまいな制度であったことを考えると、特に問題はなかったという調査報告が出る可能性はある。

キャメロン首相は、この経費疑惑をマスコミから尋ねられ、ミラーを全面的に支持していると答えた。コミッショナーの結論がどのようになるかは別にして、この疑惑をテレグラフ紙が現在取り上げるのは、レヴィソン報告を受け、ミラーが担当する大臣として新聞業界に自主的で効果的な自己規制組織を作るよう圧力をかけていることに関連しているのではないかという疑いがぬぐいきれない。つまり、キャメロン首相に対して、新聞の自主規制問題をうまく取り扱わなければ、このような疑惑発掘がこれからも続くという一種の警告である可能性である。