マニフェスト公約と移民問題(Immigration: A Big Burden on Tory)

キャメロン政権は、英国に入ってくる人の数を制限して、外国人移民の数を減らそうとしている。EU内での人の移動は制限できないために、EU以外の国籍を持つ人がその対象となる。その対策の1つが、学生ビザでの入国を厳しくすることだ。これは、学生ビザで入国してくる人の中に、学校での授業にはほとんど出席せず、仕事目的で入国する、またはビザが切れた後も不法滞在する人が例を断たないためである。

ロンドン・メトロポリタン大学は、EU以外からの外国人を勧誘し、教育をする資格をはく奪された。外国人学生の学生ビザの発給事務並びにその出席管理に大きな落ち度があることがわかったためである。その結果、2千人余りの学生が宙に浮いた形となり、国外強制退去処分を受ける可能性が出てきている。

これは、確かに、移民管理の強化を図る政策当局の非常に強い意思を示し、国内の他大学やそれ以外の学校に対する大きな警鐘となるが、同時に、国外に対しては、PR面で大きなマイナスだ。外国からの留学生は学部学生でも9人に1人となっており、1年間に30万人の学生が英国に留学している。それから生まれる経済への貢献分は50億ポンド(6200億円)だと計算されており、英国の重要な産業の1つとなっている。それを傷つけることとなる。それなのになぜ、こういう対応をするのか?

この政策に力を入れる理由は、2010年の総選挙の際の保守党のマニフェストで、移民のレベルを1990年代の10万人以下のレベルに下げると言ったことにある。これには、移民が仕事を奪っている、公共サービスに多くの負担をかけており、自分たちが二の次になっているという英国人の不満がある。

保守党は、この点につき、マニフェストで以下のように言った。
‘we will take steps to take net migration back to the levels of the 1990s – tens of thousands a year, not
hundreds of thousands.

連立政権合意書では、移民に上限を設け、非EU移民の数を減らすとした。そして保守党下院議員である移民担当閣外大臣は、保守党のマニフェストで述べた数字を繰り返し発言している。つまり、労働者や学生らの移民を制限する政策を実施し、20万人を大きく超えるレベルから、次の総選挙の予定される2015年までに10万人以下のレベルに下げるというのだ。

保守党は「法と秩序」の政党として見られている。しかもこの移民の問題は、2010年の総選挙の大きな争点の一つとなった。党首テレビ討論で一躍支持の拡大した自民党のクレッグ党首の勢いを大きく削いだのもこの問題であった。自民党は、50万とも100万とも言われる不法滞在者の滞在期間が長くなれば一定のチェックを行い、基準に達していれば在留許可を与える政策を打ち出した。実はこの政策は、それまでの労働党政権の政策とそう大きな差があったわけではない。しかし、タブロイド紙などはこの点で自民党を攻撃した。そのため、クレッグの遊説先で、自民党のこの政策を攻撃して叫ぶ人も見受けられたほどである。一方、労働党のブラウン首相は、ダフィーゲートと呼ばれる失言問題を引き起こしたが、その発端になったのは、ダフィーさんという年金生活者の移民問題に関する質問だった。この選挙には、移民反対をスローガンにする英国国民党(BNP)などの影響もあった。

結局、このような背景のある注目政策が達成できないと、政権の能力に大きな疑問符が付く。そのため、政権は、何とか達成しようとする。しかし、移民を10万人以下にすることは不可能だと見られている。8月30日に発表された統計局の推定の数字では、昨年12月までに入国した人から出国した人を引いた純移民の数が、前年の25万2千人から3万6千人減り、21万6千人となったという。しかし、それでも目標の2倍以上の数である。しかも減った数の3分の1以上は英国からの海外への移住が増えたためである。企業らからは労働ビザの制限には大きな批判があり、この制度の強化には限界がある。今年6月までの12か月間の学生ビザの発給数は28万余りとその前年から21%減少したが、同じ期間の労働者へのビザの発給は7%減となっている。

もし達成できなければ、どういうことになるのか?マニフェストを達成できなかったという事実が残る。それを、野党労働党とメディアが攻撃する可能性がある。労働党は、保守党の「法と秩序」の党のイメージを崩す手段に使うだろうし、また、達成できないようなことに敢えて取組み、そのために、外国人学生の英国への留学意欲を削ぎ、また、企業関係者の来英意欲を削いだ結果、英国経済にマイナスとなったという批判をするだろう。一方、保守党は、努力したが、前政権の労働党の残した負の遺産は大きすぎたと攻撃するだろう。新聞紙は、保守党支持紙はそれをあまり追求した報道をせず、労働党支持紙はそれを叩き、それ以外の新聞はそれを淡々と事実として表現するだろう。

もちろんこれらは次の総選挙時の関心がどこにあるかにもよる。例えば、現在の連立政権の最大の目標は、財政削減で財政収支をなるべく早く均衡させること、そして経済成長を図ることだ。もし、これらの目標が達成されたならば、他の問題はあまり大きな関心を呼ばない可能性がある。それでも政権政党はなるべく他の政党などに攻撃材料を与えないように努力することになる。

オズボーン財相のもう一つの失敗(Another mistake by Osborne)

9月上旬にキャメロン内閣の内閣改造が行われる予定だ。そこでジャスティン・グリーニング運輸相が異動するかどうか注目されている。グリーニング運輸相は、昨年10月に、財務省の経済担当閣外相から昇任したばかりだ。通常なら、留任の線が強いと思われるが、グリーニングには、一つ大きな問題がある。ロンドンのハブ空港であるヒースロー空港の第三滑走路を巡る問題だ。

グリーニングは、ロンドン南西部にあるパットニー選挙区から選出されている保守党の下院議員である。2005年、現職の労働党議員を僅差で破り、初当選した。パットニーは、ヒースロー空港への発着航路に入る地域で、2010年の総選挙前には、グリーニングはヒースロー空港の第三滑走路反対運動の中心的なリーダーとして活動し、この総選挙では、労働党候補に大差をつけて勝った。労働党政権が第三滑走路の建設を促進したのに対し、保守党は、反対した。保守党と連立政権を組んだ自民党は、第三滑走路に反対で、しかもロンドンを含むイングランドの南東部の空港の拡張に反対していた。その結果、連立政権合意書でも、第三滑走路の建設をキャンセルすると謳った。

しかし、保守党が政権について直面したのは、ヒースロー空港のキャパシティは、ほとんど満杯であり、拡張の余地は乏しく、中国、インドそれに南米などの新興工業国との多くのダイレクト航空便がなければ、ダイレクト便のある空港を持つ他の欧州各国との競争で後れを取るということであった。ジョンソン・ロンドン市長らの提唱するテムズ川河口空港建設案なども出されたが、それでは時間がかかり過ぎ、また費用もかなり大きくなることから、第三滑走路の建設が再び見直されてきた。これには経済界からの強い圧力がある。この見直しを中心になって進めているのがオズボーン財相である。

もちろん、第三滑走路の建設見直しについては、マニフェストで約束したことであり、自民党の合意が得られないことは明らかであるために、次期総選挙後になるが、それへの準備をしていく必要がある。しかし、グリーニング運輸相は、それに反対している。そのために、グリーニングの異動が取りざたされているのだ。

これにはオズボーン財相の失敗が関連している。昨年10月にグリーニングは運輸相に任命されるまで、オズボーンの下で閣外相として働いていた。確かに閣僚の中で女性が少なく、ワルジ保守党幹事長を含めてわずか4人であった女性閣僚の数を増やす必要に迫られていたとはいえ、グリーニングのヒースロー空港第三滑走路に関する運動を見れば、運輸大臣として客観的に空港建設問題を判断できるかどうかどうかは疑問だった。特に、自分の下で働いていた人物だけに、この任命にはストップをかけることもできた。ところが、今になって、グリーニングがオズボーンの頭痛の種になっている。オズボーンの判断力がさらに疑問視される一つの例と言えよう。

自民党を苦しめる政治資金(Lib Dem Party funding)

英国の政治資金は、アメリカや日本などと比べてもはるかに地味である。8月2日に選挙委員会(The Electoral Commission)が発表した、政党の昨年2011年の収入、支出報告によると保守党が2366万ポンド(29億円余)、労働党が3133万ポンド(39億円弱)、それに自民党が620万ポンド(8億円弱)である。

英国のマスコミは、保守党の収入が前年より45%減ったと指摘している。また、労働党も減ったが、2010年の選挙の結果が、いずれの政党も過半数を占めることのないいわゆる「ハング・パーリアメント」に終わった翌年の実績としては、特にそう目くじらを立てる問題でもないように思われる。

保守党は、選挙がある前には、きちんと選挙ができるだけのお金を集めるだろうし、また、労働党は、労働組合が支援しているだけに、2010年総選挙では、かなり倹約せざるを得なかったが、いずれの政党も特にお金の面で困窮することはないと思われる。

問題は、自民党である。もともと献金が少ない。保守党と連立政権を組んだが、政権に就いたといっても、急に資金源ができるわけではない。むしろ、野党に渡される主要な公的資金を失った。政党に対する公的扶助は4つある。下院のショートマネー(Short Money)、上院のクランボーンマネー(Cranborne Money)、スコットランド議会の補助金、それに選挙委員会が扱う、選挙マニフェストづくりに使われる政策発展補助金(Policy Development Grants)である。

このうち、自民党はスコットランド議会では、野党のため、受けられる。また、政策発展補助金は受けられるが、それ以外のものは受けられない。2010年5月の総選挙前の2009-10年度にはショートマネーは、175万ポンド(2億2千万円)に上ったが、これが、連立政権参加後に失われた。

その上、2011年、2012年5月の地方選挙で多くの地方議席を失った影響もある。自民党の地方議員は、通常、議員報酬の1割を党に献金しているが、地方議員の数が急速に減っている中、この面からの収入も減った。しかも、党員の数が、2011年には、6万5千人から4万9千人へと4分の1減少した。

8月20日に選挙委員会の発表した2012年第二四半期の政党献金では、献金72万ポンドのうち、これまで何度も献金している企業家のRumi Vergeeから25万ポンド(3100万円)、それに自民党の上院議員から10万ポンド(1200万円)の献金があった。しかし、自民党が財政的に苦しんでいるのは明らかであり、その財政問題が、連立政権の行方に影響を及ぼす可能性がある。

政策の外注の効用(Outsourcing Policy-Making)

英国政府が、政策の外注を試験的に始めた。これは、国家公務員らの政策立案は、幅が狭く、新しいアイデアに乏しい傾向があるという反省に基づき、シンクタンクや学者グループらにアイデアを外注することによって、より斬新で効果的な政策をより安価に求めようという考え方である。

この8月1日に政府が公募したのは、行政と政治家との間の関係を見直すもので、オーストラリア、シンガポール、米国、フランスそしてスェーデンの実例を検討しながらも、特にニュージーランドのモデルに的を絞っている。ニュージーランドでのモデルは、政治家である大臣が具体的な成果を求め、各省庁の責任者との間で契約関係を結び、それぞれの責任者が政策を実施し、その責任を持つことになっている。この政策外注では、政府とその関係機関がどのような機構を持ち、どのように機能しているかについての分析、評価をするもので、それらを英国にあてはめる場合、どのように実施するかの提案を求めるものだ。キャメロン首相は7月に下院の委員会委員長連絡会議で、行政をフランスや米国式の政治化されたものにする必要はなく、「常設で中立の国家公務員制度」を維持すると発言している。しかし、これは、行政の仕組みを根本から見直すもので、行政外からのインプットを求めるにはふさわしいプロジェクトと言えるだろう。

この公募は、6月19日に発表した国家公務員改革計画で設けた、コンテスタブル政策基金(Contestable Policy Fund)で賄う。これには50万ポンド(6200万円)の枠があり、省庁がさらに同額を自主調達し、合計100万ポンドで実施することになっている。それを利用した初めての政策外注で、今回は5万ポンド(620万円)の予算である。

さて、英国と比べて、日本の民間、特にシンクタンクと学者グループに政策形成能力が乏しいように思われる。それが日本の政党のマニフェストなどの政策形成能力に影響し、また、マニフェストへの建設的な批判が乏しいことに結びついているのではないかと思われる。日本で大きな問題だと感じられるのは、マニフェストに書かれたことが実行されたかどうかに力点が置かれ過ぎ、その中の政策が妥当かどうかは二の次になっている点だ。マニフェストで述べられた政策が妥当かどうかの「厳しい評価」があってこそ、マニフェスト選挙・政治の意味が出てくると言える。しかし、政策を「厳しく評価」するには、かなり高い能力が必要である。

英国では数多いシンクタンクや学者グループに、そのような高い能力を持っている場合が多く、特に中立系で「Respected」と表現されるものの見解が注目される。しかし、日本では、そのようなことのできるシンクタンクや学者グループがどの程度あるだろうか?もちろん、日本では政府や政権政党の政策への批評は、後難を恐れ、避ける傾向にある風土もあるだろう。また、研究資金の出所の問題もあるように思われる。しかし、シンクタンクや学者グループなどの政府外の団体の能力を伸ばし、斬新な見解の発表が促進され、活発な議論が行われる環境にしていく必要があるように思われる。

オズボーン財相の次の手(What Osborne Can Do)

景気低迷で英国の税収が減り、失業手当などの福祉経費が増加しており、4月以来毎月政府の赤字が続いている。特に7月は、企業の四半期ごとの納税があり、28億ポンドのプラスになると見られていたが逆に6億ポンドのマイナスとなった。通常、7月は一年で2番目に税収の多い月であるため、事態はかなり深刻ではないかと見られており、今後政府の打つ手が注目されている。

英国統計局の発表によると、前年の7月と比べ、税収が全体で0.8%減少した。特に法人税が20%減少したが、これは、北海の油井のオイル漏れのための操業減少の影響が大きいようだ。一方、福祉関係費が6.2%アップした。この結果、英国の債務は、GDPの65.7%に達した。このままで行くと、今会計年度の赤字の予測額1200億ポンドを300億ポンド上回る可能性があるという。

このため、政府が、計画通り2012年から17年の5年間で実質9.5%の財政支出を減らす方針を遂行しても、それでは足りず、2015年に予定されている次期総選挙時に有権者に将来への光を示すことができないことになる。

そのため、財相の打つ手は、さらに財政支出のカットを上積みし、財政支出を減らして数字を合わせるか、もしくは、野党の労働党が主張するように「プランB」、つまり、政府が財政カットを停止、または緩和してさらに借金し、それを使って景気刺激策を講じるかのどちらかとなる。

問題は、「プランB」に移行することは、オズボーン財相にとってさらなるUターンとなり、既に財相への信頼度がわずか16%になっている状態を悪くさせるばかりか、キャメロン=オズボーンの経済運営に対する信頼が失せてしまうことだ。それよりも、もっと深刻な問題は、もし「プランB」の刺激策を実施してもそれで景気が回復するかどうかはっきりと見通せない点だ。

多くのエコノミストが引用している、The National Institute of Economic and Social Research のNitika Bagaria, Dawn Holland, John van Reenen の研究では、財政カットを2014年以降に延期しても、英国経済はそう大きく成長しないという。2013年は、財政カットをすれば1.3%、しなくても 2%。2014年には、財政カットをして2.4% 、しなくても2.6%。2015年には財政カットで2.7%、しなければ 2.9%。そしてその後は、した方がしない場合より成長が上回ると言う(参照 サンデータイムズ8月5日David Smith)。

特にGavyn DaviesがFTで指摘したように(FT 8月10日)、現在の経済停滞の原因には不明な点がある。しかも財政を緩めることによる財政危機の可能性は完全には否定できない。しかも欧州債務危機もある。

これらから考えると、オズボーン財相の取る道は、財政緩和よりも、さらなる財政の削減に向かう可能性が高いのではないかと思われる。

見かけ倒しのタイムズ紙見出し記事(A Red Herring at the Times)

8月20日のタイムズ紙一面のヘッドラインは「March of the mandarins」だった。マンダリンは英国の国家公務員のトップ級を指す言葉で、これらの人々が何か共同行動でも行うのかと思った。

景気後退で税収が減少し、その穴を埋めるためにさらに大きな財政カットの圧力が強まっている。また、最近の国家公務員制度の改革で、大臣が事務次官クラスを任命、解雇できる方向に進んでおり、これらは政治家の過大な干渉だと受け止められている。これらの不満がたまって何かの「示威行動」をするのかと思われたのである。

ところがこの記事の内容は、全くそのような期待・予想に沿うものではなかった。これはいわゆる、夏場の国会休会中の「Silly season」の穴埋め政治記事のようだ。

この記事では、特に野党の選挙マニフェスト作成段階から国家公務員が関与し、実施する際の問題を予め指摘し、修正、準備するなど、政権に就いてから政策の実施がスムーズにできるようにするというものである。その例として、NHS改革、国有林の民営化、税改正、上院改革をあげ、もし国家公務員が早くから関係していれば、これらのUターンや失敗が防げたというものだ。しかし、そのようなことをしてもUターンや失敗が防げた可能性は少ないと思われる。

国家公民が早くから関与していても、問題はそう簡単ではないだろう。野党ともっと早くから接触すべきだという前提は必ずしも妥当とは思われない。それは以下の理由による。

① 現連立政権で制定された、5年定期国会法が守られる可能性は100%ではない。つまり、総選挙が不意に行われる可能性がある。
② 選挙の結果、連立政権が生まれる場合、マニフェストの中身を知っていても、連立交渉の中で、中身が変わる可能性がある。
③ 国家公務員と野党との接触には首相の許可が必要だが、首相がそう簡単に認めるとは思われない。ブラウン前首相もなかなかその許可を出さなかった。

こういう問題以上に、国家公務員の能力への疑問がある。現政権下でも国家公務員トップらの財政運営能力や、プロジェクト運営能力を高めるためにオックスフォード大学らと提携して特別講座を開設する。これは、これらの能力が国家公務員のトップに不足しているからであり、単純に国家公務員が政党の政策に早くから関与していればよいというものではない。

ベストの対応は、国家公務員の能力を高め、政権交代などで大きな政策転換が起きても、それに対応できるだけの機動力をつけることではないかと思われる。

なお、このタイムズ紙の記事は、「保守党と自民党の50の政策争点」の追加記事のようだが、この「50の争点」もかなり単純なものだ。この争点の書き方は、「Will・・・?」というものなので、YesとNoで私が答えてみたが、Yesが20でNoが30だった。政策の違いを埋めるのは、当たり前のことだが、「妥協」である。要は、その妥協をする意欲があるかないかであり、明らかに最初から妥協できないと思われるものは、棚上げされる。これらの小さな問題で保守党と自民党の関係がより悪化するという見方もあるが、必ずしもそうとは言えず、要は、2党が一緒にやって行こうとするかどうか、その意思の方が重要だろうと思われる。

民間セクターの限界(The Limit Private Sector Can Perform)

 

ロンドンオリンピック開始直前に大きな問題が発生した。2億8400万ポンド(350億円)で10400人のセキュリティスタッフを派遣する契約を負っていた、世界有数のセキュリティ会社G4Sが、その人数を確保できないことがわかったのである。その穴埋めは、軍と警察が担った。軍からその穴埋めに約4700人が追加で投入され、合計約1万8千人の陸海空軍などの軍人が使われた。当初、関係者には、軍人の存在が目立ちすぎることに警戒感があったが、背に腹は代えられない。それでも軍人、警察官がオリンピック開催中至る所で見られ、そのことがむしろセキュリティを向上させたのではないかと思われる。しかし、この結果、民間セクターに公共セクターの仕事を任せる場合の限界も明らかになったと言える。

フィリップ・ハモンド国防相がインデペンデント紙(8月14日)のインタヴューに答え、G4Sと軍の違いを分析した。ハモンド国防相は、元ビジネスマンである。

ハモンドは、二つのモデルの違いがくっきりと明らかになったと言う。これは以下のようなものだ。

① G4Sの例。予定のコストの範囲内で結果を出すために、できるかぎりぜい肉を削ごうとする。マネジメントの構造も一時的で、臨時スタッフのやる気に頼っている。その結果、問題が起きた時の回復能力が非常に弱い。
② 軍の例。もしもの時のための能力で、確固としたマネジメント機構があり、使っても使わなくても、巨額の経費がかかる。しかし、実際に使われた時には効果が高い。

この二つの例はそれぞれかなり極端な例だが、ハモンドは、国防省の仕事への民間セクターの導入を再考すると言う。G4Sの失敗は、民間セクターの弱点を浮き彫りにしたため、今後のキャメロン政権の民間セクター導入計画にかなり大きな影響を与えるように思われる。

英国政府の効率化と無駄削減(Coalition trying hard to cut waste)

内閣府担当大臣のフランシス・モードが、2011年3月から2012年3月までの間に、効率化と無駄削減で政府が55億ポンド(約6800億円)節約したと発表した(http://www.cabinetoffice.gov.uk/news/francis-maude-reveals-further-savings-beat-expectations)。

2010年に保守党と自民党が連立政権を組んで以来、保守党重鎮のモードが責任者となり、2010年5月から2011年3月には37億5千万ポンド(約4600億円)の節約を成し遂げた。今回の数字は、前年を大きく上回る。モードは、今後も徹底した質素倹約と生産性の向上を追求し、さらに節約の実を上げ、2015年には200億ポンド(約2兆4600億円)の節約を目指すと意気込んでいる。

この節約の内容は以下のようなものだ。

① 国家公務員の削減と絶対必要なスタッフ以外の雇用の管理で15億ポンド(約1800億円)。これは前年3億ポンド(約370億円)であった。2010年からスタッフの数は5万人以上減り、現在、第二次世界大戦後最低の42万8千人となっている。
② 政府全体のコンサルタント使用の凍結で10億ポンド(約1230億円)。コンサルタントの使用は、2010年以来85%減少したという。
③ 政府の物品・サービスの一括購入、効率化で5億ポンド(約620億円)。前年3.6億ポンド(約440億円)。
④ 広報・広告費は、必要不可欠なもの以外は凍結し、3.9億ポンド(約480億円)。前年は4億ポンド(約490億円)。
⑤ 政府のオフィスの効率利用、リースの契約見直し、打ち切りなどで2億ポンド(約130億円)。これは前年0.9億ポンド(約110億円)。

内閣府でこの責任者であった、元大手コンサルタント会社社長のイアン・ワトモアは今年1月から内閣府の事務次官も兼ねていたが、5月に突然辞職した。その理由は明らかになっていない。モードは、政治家でありながら非常に細かい点にまで口を出してくるマイクロマネジャーだと聞いたことがあるが、それが我慢できなくなった可能性はある。また、いくら無駄削減努力をしても、さらに多くを求めてくるのに嫌気がさした可能性はある。

なお、この発表には、マンチェスター・ビジネス・スクールのColin Talbot 教授などから、これは単なる財政カットであり、政府の主張する効率化ではないという見解もある(http://whitehallwatch.org/2012/08/09/lies-damned-lies-and-government-efficiency-savings-yet-again-this-is-starting-to-get-boring-4/)。人員削減にしても、空港の移民審査官など必要な人を減らしてしまい、混乱を招いたなど、試行錯誤的な要素はあるが、継続していると次第に焦点が合ってくる可能性が高いと思われる。前労働党政権時代の「放漫経営」で緩んだ政府の体質改善には時間がかかるだろう。

スティール卿の上院改革案(Lord Steel’s Lords’ Reform)

自民党の上院議員スティール卿が議員提出の上院改革案(House of Lords(Cessation of Membership) Bill)を出し、上院での審議を経、7月24日に第三読会を無修正で通過して下院に送られた。スティール卿は、最後の自由党党首で、社会民主党との統合後、社会自由民主党党首を自民党と改名するまで務めた人物である。この法案は、上院議員の引退、無出席、それに犯罪行為について定めようとするものである。これは、上院改革案でも、自民党党首クレッグ副首相の公選制を導入した上院改革とは基本的に異なる。

スティール卿の見解はこうだ(タイムズ紙8月8日への投稿を参照)。上院議員の数が多すぎる。高齢者が多い。世襲議員が未だにいる。議会に出席しない人でも上院議員として遇している(咋期には72人いたという)。また、かなり重い罪を犯した人でも議員として居座ることを許している。公選制を導入しようとする前にできることはかなりあるというのである。

そこでスティール卿は上記の上院改革案に付け加えて、以下のような点を付け加えるべきだという。

① 各議会会期終了時点での上院議員の定年を定める。現在825人ほどの上院議員がいるが、例えば、80歳とすれば、次期総選挙の予定されている2015年には、200人近い人が減り、もし75歳とすれば350人余り減る。なお、現在74歳のスティール卿は、この枠に入る。
② ブレア政権での上院改革で92人の世襲制貴族を残し、もしそのうちの誰かが上院を去れば、世襲貴族内での選挙を経て後継者が選ばれているが、この選挙をやめる。つまり、時間が経てば、世襲貴族はいなくなる。
③ 政党党首の上院議員候補者推薦をやめ、既存の上院議員任命委員会の役割を拡大する。

スティール卿の指摘したことはもっともなことである。多少の手直しで大きく改善すると思われる。しかし、政党のリーダーたちは上記の③を手放したくないのでことはそう簡単には進まない。

下院選挙区の新区割り作業の今後(What’s going to happen on Boundary changes)

自民党の党首であるクレッグ副首相が、保守党内での反対で公選制を導入する上院改革が不可能となった状況を受け、それに対する対抗手段として、保守党が積極的に進めてきた選挙区の新区割りに反対すると表明した。保守党を率いるキャメロン首相は、それでも新区割り手続きを進めていく方針を表明したが、新区割りが次の総選挙で実施される見通しはない。

それでは、2011年国会投票制度並びに選挙区法で進められてきた下院の新選挙区割の手続きはどうなるのだろうか?

① 選挙区区割り委員会の作業は継続し、来年9月末までに区割り最終案を出す。
② 大臣が直ちにそれを施行するための命令案を国会に提出し、それを受け入れるかどうかの投票が行われるが、明らかに可決される見通しのないものには投票しない可能性がある。
③ 次の総選挙は既存の650選挙区の区割りで行われる。
④ それまでに2011年法の修正、もしくは、現在国会で審議中の選挙管理法案2012-13に新しい条項を加え、2011年法の事実上の修正が行わなければ、区割り委員会は2011年法に基づき、現行の650議席ではなく、600議席に基づいた作業を進めていくことになる。問題は、区割り委員会は、これまで人口動態によって選挙区区割りの見直しを行ってきたが、次回選挙も、その次の選挙も650選挙区制度に基づいた区割り見直しができなくなる点だ
⑤ 次期総選挙でもし労働党が勝てば、2011年法は労働党に不利なため、大幅な修正・もしくは廃止される可能性がある。選挙区のサイズの誤差を5%より大きくする、2011年法では有権者の数を基に選挙区割りをすることとしたが、保守党の強い選挙区では、人口に対して有権者登録の割合が高いと見られているので、人口を基に選挙区割にする可能性がある。また、区割り見直しの期間をそれまでの8年から12年から5年ごとに変えたが、これを元に戻すか、10年ごとの国勢調査ごとにする可能性などがある。