マニフェスト公約と移民問題(Immigration: A Big Burden on Tory)

キャメロン政権は、英国に入ってくる人の数を制限して、外国人移民の数を減らそうとしている。EU内での人の移動は制限できないために、EU以外の国籍を持つ人がその対象となる。その対策の1つが、学生ビザでの入国を厳しくすることだ。これは、学生ビザで入国してくる人の中に、学校での授業にはほとんど出席せず、仕事目的で入国する、またはビザが切れた後も不法滞在する人が例を断たないためである。

ロンドン・メトロポリタン大学は、EU以外からの外国人を勧誘し、教育をする資格をはく奪された。外国人学生の学生ビザの発給事務並びにその出席管理に大きな落ち度があることがわかったためである。その結果、2千人余りの学生が宙に浮いた形となり、国外強制退去処分を受ける可能性が出てきている。

これは、確かに、移民管理の強化を図る政策当局の非常に強い意思を示し、国内の他大学やそれ以外の学校に対する大きな警鐘となるが、同時に、国外に対しては、PR面で大きなマイナスだ。外国からの留学生は学部学生でも9人に1人となっており、1年間に30万人の学生が英国に留学している。それから生まれる経済への貢献分は50億ポンド(6200億円)だと計算されており、英国の重要な産業の1つとなっている。それを傷つけることとなる。それなのになぜ、こういう対応をするのか?

この政策に力を入れる理由は、2010年の総選挙の際の保守党のマニフェストで、移民のレベルを1990年代の10万人以下のレベルに下げると言ったことにある。これには、移民が仕事を奪っている、公共サービスに多くの負担をかけており、自分たちが二の次になっているという英国人の不満がある。

保守党は、この点につき、マニフェストで以下のように言った。
‘we will take steps to take net migration back to the levels of the 1990s – tens of thousands a year, not
hundreds of thousands.

連立政権合意書では、移民に上限を設け、非EU移民の数を減らすとした。そして保守党下院議員である移民担当閣外大臣は、保守党のマニフェストで述べた数字を繰り返し発言している。つまり、労働者や学生らの移民を制限する政策を実施し、20万人を大きく超えるレベルから、次の総選挙の予定される2015年までに10万人以下のレベルに下げるというのだ。

保守党は「法と秩序」の政党として見られている。しかもこの移民の問題は、2010年の総選挙の大きな争点の一つとなった。党首テレビ討論で一躍支持の拡大した自民党のクレッグ党首の勢いを大きく削いだのもこの問題であった。自民党は、50万とも100万とも言われる不法滞在者の滞在期間が長くなれば一定のチェックを行い、基準に達していれば在留許可を与える政策を打ち出した。実はこの政策は、それまでの労働党政権の政策とそう大きな差があったわけではない。しかし、タブロイド紙などはこの点で自民党を攻撃した。そのため、クレッグの遊説先で、自民党のこの政策を攻撃して叫ぶ人も見受けられたほどである。一方、労働党のブラウン首相は、ダフィーゲートと呼ばれる失言問題を引き起こしたが、その発端になったのは、ダフィーさんという年金生活者の移民問題に関する質問だった。この選挙には、移民反対をスローガンにする英国国民党(BNP)などの影響もあった。

結局、このような背景のある注目政策が達成できないと、政権の能力に大きな疑問符が付く。そのため、政権は、何とか達成しようとする。しかし、移民を10万人以下にすることは不可能だと見られている。8月30日に発表された統計局の推定の数字では、昨年12月までに入国した人から出国した人を引いた純移民の数が、前年の25万2千人から3万6千人減り、21万6千人となったという。しかし、それでも目標の2倍以上の数である。しかも減った数の3分の1以上は英国からの海外への移住が増えたためである。企業らからは労働ビザの制限には大きな批判があり、この制度の強化には限界がある。今年6月までの12か月間の学生ビザの発給数は28万余りとその前年から21%減少したが、同じ期間の労働者へのビザの発給は7%減となっている。

もし達成できなければ、どういうことになるのか?マニフェストを達成できなかったという事実が残る。それを、野党労働党とメディアが攻撃する可能性がある。労働党は、保守党の「法と秩序」の党のイメージを崩す手段に使うだろうし、また、達成できないようなことに敢えて取組み、そのために、外国人学生の英国への留学意欲を削ぎ、また、企業関係者の来英意欲を削いだ結果、英国経済にマイナスとなったという批判をするだろう。一方、保守党は、努力したが、前政権の労働党の残した負の遺産は大きすぎたと攻撃するだろう。新聞紙は、保守党支持紙はそれをあまり追求した報道をせず、労働党支持紙はそれを叩き、それ以外の新聞はそれを淡々と事実として表現するだろう。

もちろんこれらは次の総選挙時の関心がどこにあるかにもよる。例えば、現在の連立政権の最大の目標は、財政削減で財政収支をなるべく早く均衡させること、そして経済成長を図ることだ。もし、これらの目標が達成されたならば、他の問題はあまり大きな関心を呼ばない可能性がある。それでも政権政党はなるべく他の政党などに攻撃材料を与えないように努力することになる。

オズボーン財相のもう一つの失敗(Another mistake by Osborne)

9月上旬にキャメロン内閣の内閣改造が行われる予定だ。そこでジャスティン・グリーニング運輸相が異動するかどうか注目されている。グリーニング運輸相は、昨年10月に、財務省の経済担当閣外相から昇任したばかりだ。通常なら、留任の線が強いと思われるが、グリーニングには、一つ大きな問題がある。ロンドンのハブ空港であるヒースロー空港の第三滑走路を巡る問題だ。

グリーニングは、ロンドン南西部にあるパットニー選挙区から選出されている保守党の下院議員である。2005年、現職の労働党議員を僅差で破り、初当選した。パットニーは、ヒースロー空港への発着航路に入る地域で、2010年の総選挙前には、グリーニングはヒースロー空港の第三滑走路反対運動の中心的なリーダーとして活動し、この総選挙では、労働党候補に大差をつけて勝った。労働党政権が第三滑走路の建設を促進したのに対し、保守党は、反対した。保守党と連立政権を組んだ自民党は、第三滑走路に反対で、しかもロンドンを含むイングランドの南東部の空港の拡張に反対していた。その結果、連立政権合意書でも、第三滑走路の建設をキャンセルすると謳った。

しかし、保守党が政権について直面したのは、ヒースロー空港のキャパシティは、ほとんど満杯であり、拡張の余地は乏しく、中国、インドそれに南米などの新興工業国との多くのダイレクト航空便がなければ、ダイレクト便のある空港を持つ他の欧州各国との競争で後れを取るということであった。ジョンソン・ロンドン市長らの提唱するテムズ川河口空港建設案なども出されたが、それでは時間がかかり過ぎ、また費用もかなり大きくなることから、第三滑走路の建設が再び見直されてきた。これには経済界からの強い圧力がある。この見直しを中心になって進めているのがオズボーン財相である。

もちろん、第三滑走路の建設見直しについては、マニフェストで約束したことであり、自民党の合意が得られないことは明らかであるために、次期総選挙後になるが、それへの準備をしていく必要がある。しかし、グリーニング運輸相は、それに反対している。そのために、グリーニングの異動が取りざたされているのだ。

これにはオズボーン財相の失敗が関連している。昨年10月にグリーニングは運輸相に任命されるまで、オズボーンの下で閣外相として働いていた。確かに閣僚の中で女性が少なく、ワルジ保守党幹事長を含めてわずか4人であった女性閣僚の数を増やす必要に迫られていたとはいえ、グリーニングのヒースロー空港第三滑走路に関する運動を見れば、運輸大臣として客観的に空港建設問題を判断できるかどうかどうかは疑問だった。特に、自分の下で働いていた人物だけに、この任命にはストップをかけることもできた。ところが、今になって、グリーニングがオズボーンの頭痛の種になっている。オズボーンの判断力がさらに疑問視される一つの例と言えよう。