上院改革法案の採決で見る政党事情(Parties’ Position on Lords Reform)

連立政権を構成する保守党と自民党の間がきしんでいる。この大きな原因は、上院改革法案である(内容は下の記事を参照のこと)。自民党は、2011年5月の国民投票で、下院の選挙制度を修正するAV制度の導入が否決された後、この上院改革案に望みを託している。しかし、保守党内で上院改革法案に反対する者が多く、保守党のリーダーシップがそれを抑えることができないために、連立政権内で軋轢が起きている。

7月10日夜の下院の上院改革法案の第二読会で、保守党が最厳重党議拘束をかけたにもかかわらず、91名の保守党議員が反対した。しかも19人が棄権。法案そのものは、野党の労働党が賛成したために、賛成462、反対124で賛成多数で通過した。しかし、本当の問題は、反対票を投じる保守党議員が多いことがわかったために、この当日、この法案の審議を10日間に限定する議事進行時間表の採決を取り下げたことにある。労働党がもっと審議の時間が必要だとしており、しかも保守党内での反対が多いために、採決をすれば否決されるのは間違いない状態だった。この結果、保守党の反対者が下院でフィリバスターをするのは確実で、この法案の審議が長引くこととなる。労働党は大切なところで反対する可能性がある上、国民投票を求めている。

この結果、上院改革法案が2015年までに成立・施行される可能性はほとんどなくなった。定期国会法によって、5年の任期となったが、まだこの政権は発足して2年3か月であり、時間はあるという見方があるかもしれない。しかしながら、時間的な余裕はほとんどない。

もし、保守党の下院議員の賛成があれば、自民党と合わせて多数を持っているために、まず間違いなく否決されると見られる上院で否決されても、国会法を使い、早ければ来年秋には成立・施行できる。しかし、最厳重党議拘束をかけたにもかかわらず、110人もの保守党下院議員が反対または棄権したという事実は重要だ。つまり、キャメロン首相らが採決後に主張したように、もう一度説得を試みるといっても、それで覆る議員の数はかなり少ないものと思われる。つまり、保守党の努力で変えられる要素は極めて少ない。そうなると労働党の動きがカギとなる。しかし、労働党は、法案の基本的な案には賛成しているが、じっくりと法案を吟味すべきだという立場で、しかも事前に国民投票の実施を求めている。その上、連立政権の保守党と自民党の間の関係が悪化するのを望んでいる立場からすれば、そう簡単に連立政権を援けようとはしないだろう。自民党は、AVの国民投票の失敗があり、国民投票の事前の実施には賛成しないと思われる。

そこで、保守党の反対者が納得できるように法案の内容を大幅に変えればよいという見方があるが、選挙で選ばれる上院議員の割合を大幅に減らす案では、自民党が納得しない。それは、連立合意に反し、しかも自民党の存在意義を明示することができなくなるからだ。

英国政治の縮図・上院改革法案 (Typical, House of Lords Reform Bill)

政府が6月に提出した上院改革法案は7月10日に第二読会を通過した。しかし、与党保守党の議員がこの法案に多数反対し、政府がこの議案の議事時間表の採決を諦めたために、この法案が2015年までに成立・施行される可能性はほとんどなくなった。しかしながら、この法案には英国の政治の1つの姿が凝縮していると言える。つまり、漸進的に物事を進めようとし、細部にあまり留意しない傾向である。

上院改革は、連立政権合意に含まれた。2011年5月に政府の原案が出された後、上下両院の合同委員会で検討され、その報告書が2012年4月に提出された。それを参考にして政府が上院改革法案として提出した。骨子は以下の通りである。

 基本的な定数は450(後に述べるが、これに若干のプラスがある)。
 基本定数の450の8割は公選で2割は任命。
 任期は3回の選挙を経る1期のみ。下院議員選挙の総選挙の際に同時に行われる。5年の定期国会法が既に成立しているが、もし、総選挙が前回の総選挙の2年以内にあれば、上院議員選挙は行われない。すなわち3回の選挙が5年ごとに行われれば、15年だが、最短の場合は、6年あまりの可能性もある。一方、もし2年以内に総選挙が繰り返されれば、任期がかなり長くなる可能性がある。
 給料はなく、1日の日当は300ポンド(日本円にして3万7千円)。議会開会中毎日出席したとしても、年間150日程度で、約4万5千ポンド(日本円にして560万円)。
 この制度が完全に導入されるまでには3回の選挙が必要で、それまで以下の三段階のステップが踏まれる。
 最初の選挙時(2015年を想定)には、上院議員の構成は以下のようになる。
選挙で選ばれる120名。上院議員任命委員会による任命30名。英国国教会司教最大21名まで。議員以外の人を大臣に任命するために上院議員とする特別枠の議員。2015年選挙前から存在する上院議員の3分の2(なお、2012年6月時、全体816名で、そのうち議事に参加できるのは775名)。2回目、3回目の選挙も含めてまとめると以下のようになる。

1回目選挙後 選挙120 任命30 司教・最大21 大臣・若干名 既存議員・2/3
2回目選挙後 選挙240 任命60 司教・最大16 大臣・若干名 既存議員・1/3
3回目選挙後 選挙360 任命90 司教・最大12 大臣・若干名 既存議員・0

 選挙は、欧州議会議員選挙の際に使われる大選挙区の区割りで、地区ごとに比例代表制で行われる。

この法案には、多くの反対がある。上院が選挙で選ばれるようになると、その民主的正当性のために下院と上院との力関係が崩れる、上院で確保されてきた専門知識が失われる、費用がかかる、などがその主な理由である。しかし、それ以外にも疑問がある。例えば、国教会の司教が本当に必要か?内閣の大臣職の総数には制約があるものの、大臣職に就かせるために首相の判断で任命できる上院議員の数には制約はない。これで本当に良いのだろうか?また、上院議員の任期の長さに不確定な要素があり、人によっては、任期が大きく違う可能性がある。これもそれでよいのだろうか?この法案は、いかにも英国的なあいまいさを残しており、未成熟だと思われる。しかし、さらに根源的な問題として、本当に上院が必要なのかどうかを問うていない。

上院改革法案へのこれまでの経過

2010年の総選挙の際のマニフェストで、主要三党のいずれもが上院改革を謳っていた。以下の通りである。

 保守党:主に選挙で選ばれた上院のコンセンサスを作る。
“We will work to build a consensus for a mainly-elected second chamber to replace the current House of Lords, recognising that an efficient and effective second chamber should play an important role in our democracy and requires both legitimacy and public confidence.”
Conservative Party, An Invitation to Join the Government of Britain, 2010, p67
 自民党:議員数を減らし、100%選挙で選ばれた上院に入れ替える。
“Replace the House of Lords with a fully-elected second chamber with considerably fewer members than the current House.”
Liberal Democrat Party, Liberal Democrat Manifesto 2010, 2010, p88
 労働党:比例代表選挙で100%選ばれた上院とし、その国民投票を行う。
“We will ensure that the hereditary principle is removed from the House of Lords. Further democratic reform to create a fully elected Second Chamber will then be achieved in stages. At the end of the next Parliament one third of the House of Lords will be elected; a further one third of members will be elected at the general election after that. Until the final stage, the representation of all groups should be maintained in equal proportions to now. We will consult widely on these proposals, and on an open-list proportional representation electoral system for the Second Chamber, before putting them to the people in a referendum.”
The Labour Party, The Labour Party Manifesto 2010: A Future Fair for All, 2010, 9:3
 連立合意書:100%もしくは主に、比例代表制で選ばれる上院改革を提案する委員会を設置し、2010年12月までに草案を提出する。。
“We will establish a committee to bring forward proposals for a wholly or mainly elected upper chamber on the basis of proportional representation. The committee will come forward with a draft motion by December 2010. It is likely that this will advocate single long terms of office. It is also likely that there will be a grandfathering system for current Peers. In the interim, Lords appointments will be made with the objective of creating a second chamber that is reflective of the share of the vote secured by the political parties in the last general election.”
HM Government, The Coalition: Our Programme for Government, 20 May 2010
 2011年5月発表の白書・草案のまえがきでキャメロン首相(保守党)とクレッグ副首相(自民党)は、上院最初の選挙を2015年に行うことを約束した。
“(We) are fully committed to holding the first elections to the reformed House of Lords in 2015.”
House of Lords Reform Draft Bill, May 2011

上院改革と選挙区割り改革の取引(The Lords Reform and Boundary Changes are a Set)

選挙区割りの変更で最も不利な政党は?

答えは、自民党である。そのため、もし、保守党がこれをやり遂げたければ、自民党に代わりになるものを与えなければならない。つまり、上院改革を行い、比例代表選挙で選ぶ仕組みに変えることである。

2010年の総選挙後の保守党と自民党の連立合意で一つの取引が成立した。政権で、自民党は、下院議員選挙制度をAVと呼ばれる制度に変更する国民投票を行う、保守党は、選挙区の数を650から600に減らし、選挙区のサイズを均等にするというものだった。それぞれの党に有利な制度へ変更しようという合意であった。

自民党に有利になるはずのAV制度を導入するか否かの国民投票は2011年5月に行われ、国民はノーと言った。一方、選挙区の区割り作業は現在進行中であるが、既に区割り委員会の案は発表され、コンサルテーションもかなり進んでおり、微調整の段階である。

当初、この選挙区区割りで有利になるのは保守党で、最も大きなマイナスの影響を受けるのは労働党と見られていた。保守党が最も有利になるのは、同じだが、最も大きなマイナスの影響を受けるのは、実は自民党であることがわかっている。

その計算については、以下の二つのスタディを参照のこと。
① http://eprints.lse.ac.uk/37245/1/blogs.lse.ac.uk-The_proposed_constituency_boundary_changes_will_hurt_the_Liberal_Democrats_and_not_help_the_Tories_mu.pdf
② http://ukpollingreport.co.uk/blog/archives/4627

これらの計算では、もし次回の総選挙で、有権者が前回の2010年の総選挙と同じ投票行動をすれば、どういう結果となるかという仮定に基づいている。現在の政治状況は、その当時からかなり変化しているため、前回と同じとなる確率はほとんどない。

上の二つのスタディの内、より新しい②によると、新600議席のうち、保守党は299議席、労働党は230議席、そして自民党は46議席となる。つまり、2010年の650議席で、保守党は306議席、労働党は258議席、そして自民党は57議席獲得したのに比べると、それぞれマイナス7、マイナス28、そしてマイナス11となる。数字的には労働党のマイナスが大きいようだが、割合でいうと、最も大きいのは自民党で5人に1人近くが議席を失うこととなる。労働党は、9人に1人ほどだ。2010年総選挙では、自民党は23%の得票を獲得したが、それ以降、自民党の支持率は大きく下がっている。地方選挙の結果などからみると、選挙では自民党への支持がアップすることがわかっているが、それでも、次期総選挙では、大幅な支持率減少が予想されている。そういう中、自民党がこの新区割りを受け入れる可能性は極めて低い。唯一の可能性は、上院改革を行い、比例代表選挙で8割の上院議員を選ぶ制度に変えることだ。そうすれば、自民党は、公選で選ばれる360議席のうち、74議席を獲得する可能性がある。なお、保守党は128議席、労働党141議席と予測される。http://ukpollingreport.co.uk/blog/archives/5702 これは、自民党にとって5人に1人であり、現在の下院の11人に1人より大きな前進となる。

政権政党の思考の罠(Governing Party’s Wrong Way of Thinking)

バークレー銀行がLibor(ロンドン銀行間取引金利)とEuribor(欧州銀行間取引金利)の不正操作で、英国や米国の金融監視当局から莫大な罰金を科された。この問題には銀行内での企業文化や慣行などが深くかかわっていると言われるが、この問題の究明調査方法を巡り、政権を担当する保守党と野党の労働党の間で見解が食い違っている。

キャメロン首相らは、議会が特別の委員会を設置し、上下両院から委員を選んで、何が起きたかを突き止め、それを基に改善策を打ち出し、それを直ちに実施すべきだと言う。昨日の首相のクエスチョンタイムでも、首相は「スピーディ」という言葉を連発した。

一方、野党労働党のミリバンド党首らは、この調査は、トップ裁判官一人の率いる委員会で、厳正に行うべきだと主張している。メディアの倫理などの問題を扱っているレヴィソン控訴院判事の率いる委員会のような調査方法を取るべきだと言うのである。また、この形の委員会には時間がかかりすぎるという批判に対しては、財相の主張しているように今年の12月までにLiborの問題の報告を求め、1年後に銀行業界の文化や慣行に対する報告を求めればよい、と反論する。首相らの案の議会の委員会の焦点は狭すぎる、もっと広い問題に迫る必要があるというのだ。

この見解の違いは、政権が、銀行関係者にあまり大きな圧力をかけたくないということからきている。何らかの究明委員会が必要だということは十分認識しているが、銀行のトップらが、裁判官らの前で、尋問され、厳しい質問を受けるのは、ロンドンの金融センターとしての地位に大きなマイナスだと考えているのだ。

実は、これは、上記のLiborの問題の起きたとされる時に政権を担当していた、労働党にも当てはまる。労働党は、政権担当時、英国の金融業界に関する規制を緩め、銀行らにロンドンの居心地がよくするよう努力していた。キャメロン首相らは、労働党の規制が甘すぎたためにこういう問題がおきたのだ、と繰り返し主張している。これはその通りだと思われる。それでも昨日の首相のクエスチョンタイムでミリバンド労働党党首が指摘したように、キャメロンは、2008年に「英国には規制が多すぎる」と批判しているが。

要は、政権政党は、前の労働党政権、そして現在の保守党も含め、英国の経済の大きな要素を占める金融セクターに配慮し過ぎた、ということだ。この過ちを今回も繰り返すべきではない。つまり、銀行業界の文化や慣習にも踏み込んだ、抜本的な改革が必要だ。つまり、これまでの膿を出すために、考えられる最良の方法、つまり裁判官による委員会で究明するべきだと思われる。

特に、英国の金融業界には古くからの伝統的な文化や慣習、これは、今朝のラジオ番組TodayでのBBC政治部長ニック・ロビンソンの言葉を借りれば、「エスタブリッシュメント」の問題がある。短期的には、政府に対して大きな批判が出てくるかもしれないが、長期的に健全な金融業界を作り、ロンドンの評判を維持していくには必要なのではないか。