「日本は今何をしなければならないのか?」その理念 (What Japan now needs to do)

デービッド・キャメロン首相は、いったい何をしたいのかわからないと攻撃されている。そこでトニー・ブレア首相のチーフ・スピーチライターだったフィリップ・コリンズが、キャメロン首相へアドバイスする記事を2012年4月20日のタイムズ紙に書いた。それに触発されて、ここでは「日本は今何をしなければならないのか?」の基本的な考え・理念を英国式に表現してみた。なお、マーガレット・サッチャーが首相となった1979年の総選挙のマニフェストの前文も参考にしている。

私たちは今この時を生きているだけではありません。現在だけではなく、歴史的な時間の流れの中で私たちのなさねばならないことを捉える必要があります。英国の思想家エドマンド・バークが「フランス革命の省察」の中で言ったように、わたしたちは、現在生きている人たちだけのパートナーシップを考えるのではなく、既に亡くなった人たちやまだ生まれていない人たちを含めたパートナーシップを考えて行かねばならないということです。つまり、現在生きている私たちが、過去から引き継ぎ、学んできたことの恩恵を感謝するとともに、将来へきちんと責任を持って引き継いでいくことが必要だということです。

私たちが今直面している課題には、昨年の東日本大震災と福島第一原発事故からの復興がありますが、最大の課題は、この国を再び健全な経済に立て直すことだと思います。国の債務が非常に大きく、巨額の財政赤字が恒常的になっています。これをきちんと立て直すことなしには、いかなる経済的な成長も脆弱なものとなると思われます。特に人口の少子化高齢化が急速に進んでおり、長期的にいかに健全な経済を維持できるかがカギとなると思います。

そのためには、あらゆる方策がとられなければなりませんが、その負担は、精神的なものを含めて、世代を超えて誰もが公平に背負う必要があります。皆が、それぞれの能力に応じて貢献していくことが大切です。そして、日本が健全な経済を取り戻し、再び繁栄を取り戻した暁には、それまでの苦労・努力が報われ、私たちの責任の一端が果たせると思います。その時は必ず来ると信じています。

しかし、健全な経済を取り戻すことが、すべての目的ではありません。健全な経済を取り戻したときに、きちんとした目的に基づいた成果も生まれている必要があります。イギリスで言えば、第二次世界大戦後に生まれたアトリー政権は、破産状態の国を抱えて、非常に厳しい緊縮策を実施しましたが、英国民が今もなお誇りにしている国民保健サービス(NHS)を生み出しました。サッチャーは、「欧州の老人」と呼ばれたように、国が機能しなくなるような労使関係を抱えていましたが、イギリスの経済を現代の世界で競争できるほどに立て直しました。

行政を含む公共セクターは、国がまかなえる中で最高水準のものを創り出していく必要があります。しかし、公共セクターでは、人口の高齢化、要求の多様化の中で需要が増大しており、これらに対応するためには、公共セクターが変わる必要があります。

教育では、全国には素晴らしい学校があり、素晴らしい能力を持った多くの教師の皆さんがおられます。しかし、子供たちの能力が最も大切な経済的・文化的な要素だということを考えると、教育の質を高める必要があります。

将来の繁栄をもたらすためには、私たちが変わる必要があると思います。もちろん、困っている人たちに手を貸すのは当然のことです。それが日本の美徳の1つでもあると思います。しかし、イギリスで見られる福祉国家は、もしアトリーが現代によみがえってきて、現状を見れば、恐れおののくようなものとなっているように思います。感謝を生まずに依存心と権利意識を生む制度へ成り果ててしまっているからです。こういう発想も変えていく必要があると思います。

世界で日本はまだまだ高く評価されています。しかし、日本は今や自信喪失に陥り混迷しているように見えます。この状態を見過ごしておくことはできません。私たちが再び名実ともに誇りを持てる国にするためには、現在の問題に長期的な視点から真っ向から取り組んでいくことが今を生きる私たちの責務であると思います。

自らを再び窮地に陥らせた内相(When cards are stacked against a politician.)

内相テリサ・メイが、再び大失敗をしたようだ。内務大臣のポストは英内閣の4大職の1つでメイは女性で2人目に内相に登用された人物である。オックスフォード大学出身で過去には保守党幹事長を務めたこともある。当初、内相の職を無難にこなしているように見え、キャメロン政権では業績を上げている大臣として一般に見做されていたが、その手腕にはかなり前からクエスチョンマークがついていた。それが昨年、国境管理を巡る問題で、白日の下となった。メイは、事実関係を十分確認する前に、下院の内務委員会で国境管理の責任者である国境局幹部を痛烈に攻撃した。そのため、既に停職処分を受けていた責任者は、職務に留まることはできないとして辞職し、「推定解雇」で労働裁判所に提訴した。この訴訟では、この元責任者が勝つのは間違いないと見られていたが、この3月に示談が成立した。もし、裁判で事実関係が争われていれば、メイ内相らの失態の詳細が公になっていた可能性が大きい。

メイ内相は、今回も上記の問題と同じミスを犯した。今回は、アル・カイーダのオサマ・ビン・ラーデンの欧州での右腕と呼ばれていた人物、アブ・カターダに関わる事件である。カターダを国外退去処分にするため歴代の内閣が努力してきており、送り先のヨルダンとの間で拷問にはかけないとの約束を取り付けていた。欧州人権裁判所はその約束は有効だと認めたが、カターダをヨルダンに送り戻すと、他の人物から拷問で入手した証拠を基に裁判にかけられる可能性があるとして、許可しないという判断をした。そこで、メイ内相が自らヨルダンに赴き、その点での確約書を取った。そして欧州人権裁判所の判断へのカターダ側からの上訴期限が過ぎたと判断するや、国外退去処分の手続きを進め始めた。

この場合も、上記の国境管理の責任者の場合と同じで、「事実関係を十分に確認する前に行動した」。メイ内相らの考えていた上訴期限の日が、一日ずれていたのである。つまり、メイ内相が国外退去処分の手続きを進め始め、容疑者を収監した後、欧州人権裁判所に上訴が提出され、欧州人権裁判所がそれを受理した。この上訴が期限後だとして退けられる可能性はゼロとは言えないが、専門家の見解では、期限内だという。

メイ内相にとって大失敗であったのは、下院で、上訴期限が過ぎたため、容疑者を収監し、国外退去が間もなく行われると、勝ち誇って報告したことだ。その翌日、下院でメイ内相が、政府の上訴期限に対する判断は正しいと主張したが、その判断の根拠を示せと言われると何も出せなかった。むしろ明らかになったのは、あるジャーナリストが欧州人権裁判所に連絡を取った後、その期限の見解を内務省に問い合わせていたことだ。

メイ内相のこの失敗には、いくつかの政治的な背景もある。国境管理の問題で、自分の不手際で大きな失態を引き起こしたメイ内相が自分の失地回復を図ったことがまず挙げられるだろう。次に3月21日の予算発表以来、税問題で叩かれ、しかもガソリンスタンドでのパニックを政府が引き起こしたなどとの非難を受けて、大きく国民の支持を減らしているキャメロン政権のこれ以上の後退をストップさせようとしたこともあると思われる。

問題は、メイ内相は、同じような失敗を繰り返していることだ。しかも今回は、キャメロン政権の支持率が大きく下がっている中で、さらにキャメロン首相に大きな打撃を与えることになった。内務省は、確かに極めて難しい省だ。歴代の内相が苦労してきている。しかし、自分の過去の失敗から学ぶことのできない、能力に疑問のある人物が、こういう重職に居座ることはキャメロン首相にとっても大きな問題だろう。能力に疑問のある大臣が内閣全体の評判を落とすことは何も日本に限ったことではない。