英国自民党の連立政権からの離脱(Lib Dem’s Only Choice)

キャメロン首相が、EUサミットで、ユーロ危機打開の新条約の提案に拒否権を行使したことを受け、連立政権を構成する自民党が、今後のための新しい戦略を練っているように見える。それは端的に言って、適当な時期を見て、連立政権を離れるということだ。これはすぐに起きるというわけではなく、ここ1年から2年の間ということになろう。自民党の大きな戦略転換と言える。

この戦略転換の背後にいるのは、元自民党党首で、上院議員のパディ・アッシュダウンだと思われる。アッシュダウンはニック・クレッグ党首・副首相の後見人的な役割を果たしてきた。保守党のレオン・ブリタンがEU委員だった時、自分の下で働いていたクレッグに保守党の下院議員になるように勧めたがそれをクレッグが断ったために、アッシュダウンに紹介した。それ以降、アッシュダウンがクレッグの面倒を陰ひなたに見てきた。2010年5月の連立政権が非常にスムーズに成立したのは、私の見るところ、アッシュダウン抜きでは不可能だったと思われる。特に、アッシュダウンの後に党首となったチャールズ・ケネディ、それにその後のメンジー・キャンベルに多くを言わせずにことを進めたのは、自民党に大きな影響力を持つアッシュダウンの仕業と言える。ケネディは、自民党の議席数を大幅に増やした立役者だったが、アルコール中毒で党首を引いた人物だ。ケネディは、自民党が保守党と連立政権を組むのに反対だった。

2011年5月に行われた、選挙制度を自民党に有利なAV制に変える国民投票は、自民党が連立政権を組む際の条件であったが、保守党は反対に回った。その反対運動の戦術は、かなり汚いもので、クレッグへの個人攻撃が行われ、自民党の大幅な支持率の低下もあり、AV制は大差で否決された。この汚い戦術に非常に強く反発したのはアッシュダウンだった。今回のキャメロン首相のEU拒否権行使で最も強く反発したのはアッシュダウンだ。最も親EUの立場を取る自民党にとっては、キャメロン首相の拒否権行使は、非常に大きな打撃だ。キャメロンに拒否権を行使できる立場を与えたのは、自民党であり、この意味で、自ら招いた結果とも言える。

アッシュダウンは、12月11日付の日曜紙オブザーバーに投稿し、政府は、これまでの38年間の外交政策をどぶに捨てたと批判した。ほとんど怒りとも言える内容である。しかし、老練政治家は、それでも連立政権は堅持していかなければならないと言っている。ここに大きなカギがあるように思われる。その理由は次のものだ。

まず、自民党が連立政権に参画して以来、自民党の支持率は大幅に下降した。これは予想以上であったが、時期が経てば回復するとの期待があった。しかし、大学の授業料大幅値上げ問題に見られるように、選挙前に、自民党下院議員全員が反対すると学生組合に誓約したにもかかわらず、クレッグ以下ほとんどが賛成に回り、自民党の一般の評価を下げた。この問題などもあり、支持率は上がらない状態のままだ。それでも2015年の次期総選挙までには、政府の財政緊縮も終え、低所得者への非課税枠を拡大するなど、政府での自民党の業績と成果を有権者に示せるとの見込みがあった。ところが、ユーロ危機などの問題で、経済回復が停滞し、その結果、オズボーン財相は、当初の2015年を超えて、さらに2年間の緊縮財政が必要だと述べるに至った。この結果、自民党が次期総選挙でその政府内での役割を声高に訴えることが極めて難しくなっている。

その上、下院の選挙区がこれまでの650から600に減らされ、選挙区の有権者の数を均等にすることが法制化された。その選挙区区割り案が発表され、その公聴会も各地で行われた。この選挙区割りは、最終確定していないが、大地域ごとの議席数は既に確定しており、区割り案とほぼ似たものとなる見込みだ。この区割りで、予想に反して、最も大きな打撃を受けると見られているのは自民党だ。ある専門家は、現在の議席の4分の1をこのために失うと見ている。選挙区サイズの均等化は、もともと保守党が総選挙前から主張していたものだ。連立政権交渉で、自民党の要求したAV制の国民投票を実施するかわりに、もしAV制が導入されると不利になると思われた保守党の失地を回復するために、自民党が受け入れたものだ。しかし、AV制が国民投票で否決された後、この選挙区区割りで保守党が最も有利となる。一方、自民党は、この新制度で選挙を行えば、ただでさえ支持率の低下で大幅議席減が予想されるのに、それに輪をかける結果となる。つまり、自民党は、この新制度の下での総選挙を避けたい。任期満了の2015年5月の総選挙を想定して選挙区区割りは準備されているので、それまでにこれを阻止する行動に出る必要がある。2015年までの5年間の定期国会法が成立しているが、もし自民党が首相の不信任案に賛成すれば、政権は崩壊する。

今回のキャメロン首相のEU拒否権問題で再認識されたのは、多くの自民党関係者や自民党に関心のある人たちが「いったい何のための自民党なのか?」という疑問を強く抱いているということだ。こういう状態では、自民党の支持率の回復は到底望めないだろう。この事態を打開するには、連立政権を、「正当な理由で」、「最もふさわしい時期」に出る必要がある。もちろん、総選挙があれば、自民党は、大きく議席を失うだろうが、これはあくまでも打撃を最も小さくしようとするもので、自らの主導権でタイミングをはかるものとなる。そこから自民党は党の立て直しに入ることとなろう。

もちろん、今は、その時期ではない。国民の多くは、キャメロンのEU拒否権の行使を支持しているからだ。アッシュダウンは、このような戦略を描いているのではないかと思われる。

EU拒否権を行使して孤立した英国(Cameron’s gamble)

12月9日(金曜日)の朝6時のニュースで、キャメロン首相がEUサミットで拒否権を行使したと聞いて驚いた。欧州統一通貨ユーロの危機を救うことが主目的のサミットで、キャメロン首相は、独仏の提案した、関係国の財政自主権を制限する新条約に反対し、EU27か国の中で孤立したというニュースである。英国は、1973年にEUの前身のEECに加入して以来、拒否権を使うのは初めてのことである。

キャメロン首相は、この新条約は、英国の国益、特に金融関係(英国のGDPの10%を占める)を弱める可能性があり、英国の要求を拒否する以上、拒否権を行使するしかないとした。これは、英国内の多くの人々、並びにドイツのアンゲラ・メルケル首相とフランスのニコラ・サルコジ大統領にも予想外だった。キャメロン首相は、直前に拒否権行使も辞さないと発言していたが、これは、キャメロン首相の保守党内で強い勢力を持つEUとの関係を見直すべきだという欧州懐疑派を宥め、サミットでの交渉を有利に進めるための戦術だという見方が強かったためだ。

この拒否権行使で、英国内の欧州懐疑派は喜び、国民もそれに賛成している。12月11日のメイル・オン・サンデーの世論調査によると、62%が支持し、反対したのはわずかに19%だった。しかし、この拒否権行使で、英国はEUとの関係を根本的に変えることとなった。EU内での影響力が大幅に減り、特に中心国の独仏との関係が極めて悪くなった。

この拒否権行使の結果、英国がどうなるかは、専門家の中でも意見が異なる。しかし、間違いなく言えることは、EU一丸のユーロ危機解決策に参加を拒否した結果、ユーロ危機が深刻化する可能性に力を貸したということだ。ユーロが崩壊すると、ユーロに加盟していない英国もGDPが2年間で7%減少する可能性があると見られており、英国の立場は極めて不安定と言える。

しかし、英国内の政治状況を見ると、キャメロン首相の決断は、やむをえないものと言える。特に10月に下院でのEUとの関係に関する国民投票を行うという動議で、キャメロン首相が党所属議員に必ず反対投票するよう命じたにもかかわらず、81人もの保守党議員が賛成票を投じた。保守党内での欧州懐疑派の力は強まる傾向にある。これを受けて、キャメロンは11月14日のスピーチにも見られるように、ユーロ危機を利用してEUから若干の権限を取り戻そうとしたぐらいであったが、これは、事態を見誤っていたためだ。これがキャメロン首相を苦しい立場に自ら追い込んだという点は否定できない。

一方、2010年5月の、自民党との連立政権合意書でも、これ以上のEUへの権限の委譲は、国民投票なしでは行わないと明言し、それを英国の2011年EU法で法制化した。この法の公式説明書の48項で明示しているように、EUで経済、雇用政策に関する協調を進める場合には国民投票が必要だ。
(http://www.publications.parliament.uk/pa/bills/lbill/2010-2011/0055/en/2011055en.pdf#search=’European Union Act 2011 paragraph 48 Explanatory Notes’)
問題は、この時点で、そのような国民投票をするのはふさわしくなく、また、その準備もできていないことだ。EUとの関係は英国にとって極めて大切なもので、現在の状況を変えたくないのが本音だ。また、連立政権を構成する自民党を刺激したくない。

自民党は親EUであり、政権の危機を招くという見方がある。しかし、現在の世論の支持率から見ると、自民党が反旗を翻し、連立政権の解消、総選挙に向かうという可能性は少ない。2010年総選挙で、自民党はその支持率を増やしたものの、それまでの62議席から57議席に減らした。自民党は連立政権参加後、支持率が半分以下に下がっており、もし現在、総選挙があれば、議席数が10台にとどまる可能性がある。こういう状態では、常識的には選挙はない(この点については別項で改めて分析する)。

私は、キャメロン首相の取った判断は、大局的に見れば正しいと思う。特にEUの官僚が、それぞれの国の財政に細かく首を突っ込んでくるのはおかしい。むしろ、EUは、それぞれの加盟国が、自主的に財政を強化する体制を目指すべきだ。確かに、ドイツが財政支援しやすい体制を作る必要があり、危機に直面したユーロを守るために直ちに取り組め、金融市場が支持しやすい枠組みを作ろうとするのは理解できる。しかし、それがために硬直したEU制度を作り、将来への禍根を残すべきではない。英国は、これまでの影響力を失い、新しい将来像を模索しなければならないという課題があるが。