これまでの英国2院制の強み The Strength of the Flexible British Parliamentary system

英国の議会制度は大きく変貌してきた。上下両院の議会制度は過去8世紀にわたる歴史を誇る。ウェストミンスター制度と呼ばれ、民主主義の代表的な例として多くの国がその制度を見倣ってきた。アメリカや日本もその例外ではない。しかし、18世紀や19世紀に英国式の二院制を取り入れた国々が、今やこの古い制度の罠に陥り、円滑な国政運営の大きな妨げになっているのに対し、英国には同じような問題がない。アメリカや日本では、ほぼ同じ権能を持つ上下両院の政党の勢力分野にずれがある「ねじれ」現象は深刻な問題だ。

英国では、よきにつけあしにつけ、融通の利く制度を持つがゆえにその制度が長続きしてきた。英国では、当初、上院(貴族院)だけで、後に下院が加わった。下院は、一般有権者による投票で選ばれ、上院は、任命制という形が長く確立している。これが英国の議会制の強みで、下院と上院の見解が大きく異なった場合、結局は任命制の上院側が妥協する。例えば、1840年の選挙法改正や20世紀当初のロイド=ジョージと上院の予算案をめぐる争いでは、下院の多数と政権を握る首相側が、上院の意思を変えるに足るだけの数の上院議員を新しく任命すると脅したために、上院側が折れた。つまり、上院側が任命制であることが、選挙で選ばれる下院の優越を保証し、それが議会法で確立されたのである。また、改正が通常困難な成文憲法ではなく、明文の憲法のない、いわゆる不文法の制度を取っている英国では、時間の経過や、状況の変化によって、柔軟に対処できる仕組みが備わっている。つまり、上院の任命制と不文法が英国の議会制度の柔軟さの主な原因である。

上院は時代遅れ Out of date Upper House

英国の議会制は、よきにつけあしにつけ、融通の利く制度であるため長続きしてきた。しかし、英国の連立政権は現在「より民主主義的な議会」のために、上院議員の選出に一般有権者による選挙を導入し、その特徴である融通性を大幅に減らし、新しい形の二院制をつくろうとしている。これは政党が「進歩的」なイメージを有権者に与えるための「見せかけの姿勢」だ。2010年の総選挙では、主要3党のすべてがこれをマニフェストに入れたが、本来、英国が取り組まねばならないのは、意義の薄れた2院制を廃止し、現在の下院だけの1院制とすることだ。

上院議員には任期がないが、このため、短期的な政党の利害に関わりなく、長期的な視野で国政に関与することができ、また、様々な分野の専門家が多く、法案などの吟味を実施する意義があると言われてきた。しかし、実際上、上院議員への任命には、爵位の授与が伴い、社会的な階級意識の存続にかなり大きな役割を果たしてきている。政党にとっては、上院は、古参の下院議員を送り、下院議員の世代交代を促す効果がある。また、閣僚などの大臣職に就くには上院か下院の議員であることが必要であることから、一般人を上院議員に任命して大臣職に任命できるので便利だ。さらに大口の政治献金者などを上院議員への任命で報いることも通常行われており、その上、ブラウン前首相も首相辞任時に行ったように、自分の秘書を上院議員に任命して長年の忠誠に報いるようなこともある。すべてが高尚な理由だけではない。

ところが、上院議員の選出に一般有権者による投票制を導入するということとなると、現在の上院と下院の権力バランスが変わる。上院議員の8割を選挙で選ぶという案が有力だが、これは、現在の制度で政党に好都合な面を残す意味がある。上院議員には、現在、給料はないが、そのほとんどが選挙で選ばれると、給料を出す必要がある。しかも上院の政治的な正当性が高まり、その発言力が増すこととなる。

一方、法案の吟味が上院で行われなければならないという理由はない。むしろ、社会的な階級意識を減らし、より開かれた議会を築き、屋上屋をかけるように上下両院の権能のバランスを再調整しようと努力するよりも1院制とした方が、コストの点でも、有権者の政治制度の理解の上でもはるかに効率的だと言える。2011年初め、下院の決定が法律になるのを遅らせるために、上院の長い歴史の中でも初めてアメリカ式の審議長引かせ戦術、フィルバスターが行われたが、このようなことは時代遅れだ。議会が2院である必要はない。主要政党にはいずれも多くの上院議員がおり、それらの議員からの圧力はかなり大きいものであろうが、上院の歴史的な役割は終わったという認識が英国に強く求められている。