景気後退の英国

英国の中央銀行であるイングランド銀行が、政策金利を0.75%上げ、2.25%から3%とした。2008年以降、最も高い政策金利である。イングランド銀行は、英国のインフレ率を2%程度に維持する責任を課されており、インフレ率が過去40年で最高の、10%を超えている中では、政策金利を上げざるをえない状況にある。

ただし、イングランド銀行は、インフレ率は11%でピークを迎え、下がり始めると予測しているが、金融市場関係者は、政策金利は、来秋には4.75%程度でピークを迎えると予測している。

一方、9月のトラス保守党政権の発表した「ミニ予算」で、金融市場の混乱を招いたが、イングランド銀行総裁が、英国はこれで評判を落としたと発言した。後継のスナク政権は、現在、この後始末に追われている。また、イングランド銀行によると、英国は今夏から景気後退に入っており、次期総選挙が行われると考えられている2024年の半ばまで2年続くとしている。これは1920年代以降、最長と言われる。失業率は、現在3.5%であるが、2025年末までに2倍近い6.4%となると見られている。次期総選挙で苦戦を強いられると予想されるスナク保守党政権が、選挙キャンペーンで英国の経済成長の功績を主張できる可能性は乏しいようだ。

最初の危機に直面しているトラス首相

リズ・トラスが女王エリザベス2世に首相に任命されたのは、9月6日だった。その二日後女王が亡くなった。トラスは、喪中は活動を控え、9月19日の国葬の終わった直後、ニューヨークの国連総会に飛んだ。そして、英国の停滞する経済の成長率を年平均2.5%とすることを目標に、経済成長戦略を実施することを発表した。

トラスには「愚直」の印象がある。トラスが国際貿易相の時にその省で働いていた筆者の友人は、トラスは「Nutter(変わり者、狂人)」だとコメントしたが、トラスは、小さな政府、自由市場経済擁護者で、信ずることを、万難を排してやり遂げようとしているようだ。その決意が、保守党党首選で劣勢を覆し、保守党下院議員の選ぶ二人の候補者に残り、最終的に党員の投票で保守党の党首・首相に選ばれることにつながった。ただし、トラスは、2014年以来継続して閣僚を務めているが、これという業績はない

小さな政府をめざすトラスは、前任のボリス・ジョンソン政権で税金が過去70年間で最も高い水準になったが、そのような政策が英国の経済の停滞を招いているとして、断固として減税に取り組む方針を明らかにしていた。ただし、英国は、ウクライナの戦争のために光熱費並びにインフレの高騰で「生活費の危機」と呼ばれる状況になっていた。光熱費はこれまでの2倍、3倍に膨らむ見通しで、インフレ率は10%を超えた。英国の中央銀行であるイングランド銀行の金融政策委員会(MPC)は、8月4日、2022年第4四半期には、英国はリセッションに入るだろうとしたが、インフレ対策で政策金利を0.5%上げ、1.75%とした。

このような経済状況で、トラスは首相となるやいなや、まず、光熱費の問題に対応する政策を発表した。国民の生活を守るため、光熱費の単位当たりの上限を定め、それを上回る分は政府が借金をし、それを長期にわたり使用者が返済していく方針を発表したが、この借金は、1500億ポンドにも達すると考えられている。9月22日には、イングランド銀行のMPCは、さらに0.5%政策金利を上げ、2.25%とした。

インフレが高いままで、さらに政策金利を上げる必要がある時に、大規模な減税を行うことにはかなり大きなギャンブルである。大規模な減税は、インフレを促進する効果があるからだ。

トラス政権の減税は、9月23日金曜日にクワーテン財相が発表した。財務省は、中立的に予算を評価する英国予算責任局(OBR)の経済予測の発表を拒否し、経済成長戦略は、借金で賄うと説明した。この減税では、450億ポンドの財源を追加の借金で補う。光熱費の政府保証は、ウクライナ戦争の影響でやむを得ないと見られたが、減税で、政策金利を大きく押し上げざるを得ない状態に拍車をかけると多くの専門家や金融市場関係者が警戒していた。

9月23日の減税発表直後、専門家、特に英国で権威のある財政問題研究所(IFS)のポール・ジョンソン所長が、「自分の家を賭けるようなものだ」と批判した。その日に為替市場ではポンドの米ドルに対する為替レートが過去37年間で最低の水準である1ポンド1.09米ドルとなった。

さらに、9月25日日曜日、クワーテン財相は、さらに減税を拡大すると発言した。そして週明けの9月26日月曜日、アジアの為替市場が開くと、ポンドの対米ドル価値がさらに下がり、1ポンド1.03米ドルと、過去50年間で最低レベルとなった。市場関係者の中には、ポンドは、11月末には米ドルと同じ水準となり、年末までに米ドルを下回り、2023年の第一四半期末には、さらに下がるだろうと見る見方がある

ポンドが米ドルに対して弱くなると、アメリカからの輸入品の価格が上昇する。さらに石油や天然ガスのように米ドルが指標となっているものは、その価格が上がる。これらはただでさえ高いインフレに輪をかける。

また、政府の借金の借り入れの金利が大きく上昇している。10年物の金利は4.2%となっているが、1年前からすると4倍である。すなわち、既にGDPに匹敵する国の借金がある上、トラス政権の光熱費救済策、それに減税と、借金が増えることで、市場の信頼を揺るがすこととなっている。

本来、このような政策は慎重に行わなければならないが、トラス政権発足直後の9月8日、財務相は、財務省事務次官を首にした。2016年から事務次官を務める経験豊かな人物であったが、「財務省の慣行」を変えるとの理由で、その地位から除いたのである。ただし、後任の事務次官はまだ任命されておらず、「水先案内人」なしに進めることとなった。

9月26日のポンドの下落で、市場の信頼が失われたことがはっきりし、何らかの対応策を取る必要がでたため、財務省は、11月23日に減税をはじめとする成長戦略とその借金の処理などを説明するとし、また、イングランド銀行は、次回予定されている11月3日のMPCで必要な利上げ対応をするとして、事態の鎮静化を図った。しかし、これらの発表後、再びポンドが下落し、財務省、イングランド銀行の対応が十分でないことがはっきりとした。イングランド銀行が臨時のMPCを開き、利上げをし、11月3日にさらに利上げをする可能性が高いと見られている。なお、政策金利のレベルは2023年には現在の3倍にもなると予想されている。

いずれにしても、トラス政権は、政権発足直後に大きな失敗をしでかしたこととなる。これまでの財政運営に優れた保守党というイメージを大きく損なった。9月23日から25日に行なわれたYouGovの世論調査では、支持率が、保守党28%、労働党が45%で保守党は大きな差をつけられている。なお、この結果は、23日に発表されたクワーテン財相の減税政策が所得の低い人と高い人を同じように扱っているために、所得の高い人に著しく有利になっていることが「不公平」だと見られた結果である。

いずれにしても、トラス政権の看板政策、減税による成長戦略は大失敗となっているといえる。