英国の経済財政問題に苦しむスナク首相

2023年6月28日に行われた、英国下院恒例の「首相への質問」で、労働党のクリス・ブライアント議員が英国の経済財政問題にコメントした。スナク首相は、財相時代から含め、1323日間、英国の財政を担当してきたが、成し遂げたものは、以下のことだというのである。

・国の財政赤字:平和時最大

・税負担:第2次世界大戦以来最大

・コア・インフレ(食品やエネルギーなどを除いた基礎的なインフレ):1991年以来最高

・金利(英国の中央銀行イングランド銀行の定める公定歩合);1989年以来最速の上昇

・生活水準:歴史上最大の下降

リシ・スナクは、2022年10月25日に首相に就任した。そして2023年1月4日に、首相として成し遂げるとして5つの指標を発表している。それらは以下のものである。

・インフレを半分にする

・経済成長させる

・借金を減らす

・NHS診療の待ち時間を減らす

・不法移民のボートを止める

これらの達成度合いを見て、首相として、また保守党政権として評価してほしいとした。当時、これらの中でも、トップのインフレ半分は比較的簡単だと思われたが、今では、これらのいずれも達成できない可能性が強くなっている。

物価上昇率を2023年末までに半減するという目標はかなり難しくなっている。物価上昇率は2022年10月に11.1%に達したが、2023年の4月も5月も8.7%だった。イギリスの中央銀行であるイングランド銀行は、5月以降インフレ率はかなり下がると見ていたが、そうならず、逆にその5月にはコア・インフレ率が上昇した。そのため、イングランド銀行は、さらなる物価上昇を抑えるため、大方の予想に反し、6月の金融政策委員会で公定歩合(Official Bank Rate)を0.5%上げ、5%とした。これは、さらに上げられると見られており、今では来年には6.25%まで上がると予測されている。これでは、景気後退に入る可能性が高い。

物価の急激な上昇は、生活コストのアップで多くの英国人を苦しい立場に追いやっている。一方、ユーロ圏のインフレ率は5.5%である。英国のエネルギー価格は下がり始めているが、まだかなり高い。また、英国のガスの備蓄量はわずか12日分と欧州の主要国と比べて格段に少ないことから、世界状況の影響で大きな変動にさらされる可能性がある。

次期総選挙は、来年秋にも行われる予想だが、世論調査で野党労働党に20%程度の差をつけられているスナク政権の前途は多難だ。

「秋の予算」が保守党の支持回復につながるか

コロナ下で集会などの法的規制が行われている中、首相官邸などでパーティが開催され、その中にはジョンソン首相が参加していたものもあったことがわかった「パーティゲート」でジョンソン政権が倒れた後、トラス政権が、9月に発足。トラス新政権は、経済成長を促進するとして、その9月の「ミニ予算」で300億ポンド(5兆円)の減税を打ち出したが、金融市場の信頼を失い、トラス政権はわずか50日で崩壊。そして10月、スナク政権が誕生。この間、保守党の政権・財政運営能力への信頼が失われた。その結果、ハント財相の「秋の予算」が発表される11月17日の時点での世論調査による政党支持率で、保守党は、野党第一党の労働党に22ポイントの差をつけられていた。それが、11月20日の時点では、17日以降に世論調査の行われた5世論調査の平均で、その差が24ポイントになっている。

ブックメーカー(賭け屋)大手のウィリアム・ヒルによると、次期総選挙の労働党の勝利するオッズは2-5で、本命である。

インフレ率が11.1%に達する一方、賃金の上昇率はその半分にも達せず、光熱費をはじめ、生活費の高騰が大きな社会問題になっている。政策金利が上昇し、借金や住宅ローンの利子も大きく上がった。トラス政権の「ミニ予算」で、利子の上がり方が悪化した。英国は既に景気後退に入っているが、スナク保守党政権の「秋の予算」は、金融市場の信頼ばかりではなく、有権者からの信頼を取り戻すきっかけになるかどうか注目されたが、今のところその気配はない。

ジェレミー・ハント財務相の打ち出したのは、財政削減と増税で550億ポンドをねん出する方針である。実際の財政削減を次期総選挙後の2025年に先延ばした。増税では、エネルギー関係会社への超過利潤課税を強化する一方、所得税率の上がる限度額をなんと2028年まで据え置いた。これでは、所得が上がっても、そのかなりの部分は、税金に持っていかれる。それでも年金、福祉手当などは9月のインフレ率10.1%増加させ、また、低所得者の収入の底上げに最低賃金を時給9.5ポンドから10.42ポンドに増やす。これらは、2023年4月から適用される。それまで待てないという声もある。また、緊桔の課題である学校とNHS関係の予算は増加させた。それ以外の部門の削減のレベルは、将来の歳出見直しで決定されることとなる。さらに現在は、光熱費の単位当たりの上限が設けられているが、これは2023年4月から最も弱い立場の人たち重点の制度に変更される。

これでは、中間所得層に特に大きな負担がかかるという批判が出ている。インフレに見合って賃金が上昇せず、可処分所得が減少する状況であり、1人当たりの可処分所得は、2022年には1940年後半以降最大の4.3%減少、2023年には2番目の2.8%減少すると予測されている。なお、経済は2023年に1.4%縮小し、失業も増える予測だ。

これまで比較的穏やかな天候が続いていたが、少し寒くなってきた。NHSの待ち時間も大きく上昇してきており、保守党政権により批判的になる条件がそろっているといえる。