国家公務員に責任を押し付ける政治家

イギリスの大臣たちは、レッドボックス(Red Box)と呼ばれる赤いブリーフケースを持つ。この中には、大臣が目を通しておくべき書類が入っており、公私ともに多忙な大臣たちがどこででも書類に目を通すことができるようになっている。レッドボックスは、大臣のいるところに届けられる。

現在、内務大臣のアンバー・ラッドが、内務省の強制退去達成目標を知っていたかどうかの議論がある。ラッドが、下院の内務委員会で、達成目標はないと主張したが、実際にはあったことが明らかになった。ラッドは、そのような目標を知らなかったと謝罪したが、後に、達成目標を記した書類が、ラッド、その下の閣外大臣らを始め数人に送られていたことが漏洩され、ラッドの主張に大きな疑問が投げかけられている。

このような問題を国家公務員の責任にしようとする政治的な動きがある。これまでにもラッドは、いわゆる「ウインドラッシュ世代問題」は内務省の国家公務員の問題だと示唆した。イギリスに正規に入国してきて、何十年も住み、本来在留権のある人たちが、書類で証明できなければ強制退去を迫られたり、NHS(健康保険サービス)や社会福祉を正当に受けられなかったり、仕事を解雇されたり、住居を借りられなかったりした問題である。さらにラッドが強制退去目標を知っていたかどうかの問題では、メイ政権の環境相マイケル・ゴブが、国家公務員がラッドにそのような書類を渡していなかったためだと示唆した。しかし、担当の国家公務員が、そのような書類をラッドに渡していなかった可能性は極めて少ない。

各省庁の大臣室には、首席秘書官(Principal Private Secretary)がいる。この首席秘書官は国家公務員であり、将来事務次官になりそうな優秀な人物が任命される。この首席秘書官が、このような書類の仕分けの責任を持つ。大臣に目を通してもらいたい書類を重要なものを上にして重ね、書類の一覧表をつけ、書類が一目瞭然でわかるようになっている。しかも大臣からの問い合わせに備えて、副本を作っておく。

今回、漏らされた書類は、昨年夏のもので、強制退去目標を10%上回ったというものである。当時、これは大臣にとって良いニュースであり、それが大臣に知らされなかった可能性はまずない。この点は、ゴブ環境相が4月28日に出演した公共放送BBCラジオの看板番組Todayでもキャスターのジョン・ハンフリーが指摘したことだ。

国家公務員にむやみに責任を負わせようとするのは賢明ではないだろう。4月29日のBBCテレビのSunday Politicsでも、ブロガーのイアン・デールが指摘したように、そのような動きに反発した国家公務員が政治家に不利な情報を意図的に漏らす可能性がある。

ラッドは、4月30日に再び下院の内務委員会に招かれたが、この委員会は内務省事務方トップの事務次官も呼んだ。政治家が国家公務員に責任を擦り付けるような事態に事務方がどのような見方をしているか確認するためのようだ。いずれにしても、政治家が国家公務員を粗末に扱うのは危険だといえる。

典型的なメイ首相

メイ首相は、決断できない人物だ。決めるのに非常に長い時間がかかる。失敗を恐れるからだ。それでも時には、短時間で決めなければならないことがある。追い込まれて決め、間違った判断をする。

イギリスがEUを離脱する交渉でもそうだ。なかなかイギリスの交渉戦略を決められない。2016年6月の国民投票でEU離脱が決まってからもう1年9か月経つ。メイが首相となってから1年8か月だ。それでもまだイギリスの交渉戦略ははっきりしていない。昨年12月のEUとの第一段階の交渉での最大の問題は、イギリスの一部である北アイルランドと南のアイルランド共和国の間の国境問題だった。追い詰められて、現状通り国境検問のない状態を維持すると約束したが、EU単一市場にも関税同盟にも残らないという前提の下では、それはほとんど不可能だ。

ロシア人の元スパイとその娘が、軍事用レベルの高度な神経剤を盛られて危篤状態に陥っている。その神経剤は、ロシアが作ったとされており、ロシア政府が関連した暗殺事件ではないかと見られている。メイ首相は、内相時代、他のロシア人が放射性物質を盛られて暗殺された事件で、ロシアとの関係を配慮して公的調査の実施を長年遅らせ、批判されたことがある。そのためか、今回は、首相として、ロシア政府に2日で釈明をするよう求めたが、ロシア政府は、全く急ぐ様子はない。振り上げたこぶしを振り下ろすのに困る状態となっている。

メイ首相は、アメリカのトランプ大統領とは全く異なる。トランプ大統領は、基本的にビジネスマンだ。勝つときもあれば負ける時もあると割り切っており、少々の毀誉褒貶は気にしない。ところが、メイ首相は、小さなことにこだわりすぎ、国内政治的な損得勘定にあまりにも多くの時間を費やしている。木を見て森を見ないメイ首相では本来の仕事はなかなか進まない。

メイ首相のお粗末な政権運営

保守党内でもメイ首相への批判が高まっている。メイ首相は、国内政治で停滞しているばかりではなく、EU離脱交渉でも閣僚の中の強硬離脱派とソフト離脱派の対立をまとめられていない。また、メイ首相が専心しているとされるEU離脱交渉はうまくいっていないと有権者の多くが見ている。ところが、通常大きく下がるはずの支持率がそれほど影響を受けていない。最近の世論調査では、有権者の保守党支持が野党第一党の労働党を上回っているさらに最新のOpinium/Observer。この原因には様々な説明がある。有権者が政治に注意を払っていない、有権者がEU離脱の賛成、反対で分かれていて、その線に沿って政党支持を決めている、または、労働党の支持がこれ以上伸びない点に達しているなどだ。

メイ首相は、イギリスのEU離脱はイギリスにとって歴史的に重要であるため、自分がそれに専心しなければならないと考えているようだ。しかし、そのようなことは第二次世界大戦後でもメイ首相に限ったことではない。例えば、第二次世界大戦で破産状態となったイギリスを立て直し、しかも「ゆりかごから墓場まで」と言われる福祉国家を築いたアトリ―である。アトリ―はその福祉国家の中心となる国民保健サービス(NHS)の設立をナイ・べヴァンに託した。すべてを首相が担当できるわけではなく、そのような権限移譲をしなければ重要なことを成し遂げることは極めて難しい。

メイ首相はマイクロマネジャーで、すべてを自分が決めたいと思っている人物だ。しかもなかなか決断できない人である。それがEU離脱交渉だけではなく、国内政治にも大きな影を投げかけている。メイ首相はいまさらそのやり方を変えられないだろうが、その政権運営がどこまで続くか見ものである。

懲りないメイ首相

メイ首相は内閣改造を行った。新年を迎え、フレッシュな政権のイメージを訴える意図があったと思われるが、不発に終わった。そのことよりも、メイ首相の変わらない手法に落胆したのは筆者だけではないだろう。

メイは相変わらず、側近だったニック・ティモシーに頼っているようだ。ティモシーは、昨年6月の総選挙で、メイが保守党の議席を減らした後、保守党下院議員らの圧力で、首相のスペシャルアドバイザーを辞任した人物である。そして、よく「トーリーグラフ(保守党新聞の意味)」と揶揄されるデイリーテレグラフ紙のコラムニストとなった。ティモシーは、もともと教育問題に深く関わっている。過去の言動で大きな議論を呼び、4 万ものツイッター投稿を削除したトビー・ヤングの、新大学監督機関、学生局(Office for Students)の役員会への任命の背後にあるのではないかと思われる。ヤングは、フリースクールと呼ばれる新しい形の学校の組織「ニュースクールズネットワーク」で、ティモシーの後任の代表者となった人物である。結局、ヤングは学生局役員を辞任することとなる。

しかも、ティモシーは、グリニング教育相が更迭された背後にあると見られている。この更迭は、保守党の議員も含め、大きな議論となった。メイは相変わらず、政治感覚の乏しい側近の声に動かされている。

さらに、その閣僚の任命の仕方だ。その典型は、北アイルランド相に任命されたカレン・ブラッドリーである。この女性は、前任の文化相時代、政府出資のテレビ局チャンネル4の役員への黒人女性の任命に反対して論議を起こした。チャンネル4のトップらが歓迎し、テレビ局の監督機関オフコムが推薦した、イングランド芸術評議会の副会長だった女性に拒否権を行使したのである。大きな問題となり、説明を求められたが、十分な説明ができなかった。結局、1年後にこの女性の任命を認める。

北アイルランドへの対応は熟練の政治家でも難しい。再生エネルギー政策の欠陥で大きな財政問題を抱えているだけではなく、政党間の深刻な対立で、分権議会が2017年1月から停止されている。北アイルランドの政治を正常化するのはたいへんだ。メイは、自分が判断できると考えている節があるが、そのような何もかも自分が采配したいし、できるという発想そのものがメイ政権のこれまでの失敗につながっている。自分に政治感覚が乏しいことを自覚していないようだ。

今までとやり方の変わらないままでは、EU離脱交渉も含め、メイ政権の前途が苦しいものとなるのは間違いないだろう。

さらに増加するメイ首相の苦しみ

6月の総選挙で、過半数を失い、EUとの離脱交渉に苦しみ、その威信がほとんどなくなっているメイ首相に、さらに多くの問題が加わっている。政治には、良い時もあれば、悪い時もあり、その命運はどう変わるか予測できない面がある。それでも極めて弱体化したメイ政権は、火消しに追われている状況で、いつ倒れてもおかしくない状態だ。

英国議会のセクハラ問題

どの国の議会でも同じだろうが、議員は自分たちが厳しくコントロールされることを嫌う。

ブレア労働党政権時代の議会倫理基準コミッショナーだったエリザベス・フィルキンは、下院議員への調べ方がまともすぎると嫌われ、本来、3年の任期の後、再任されるはずだったが、再任されなかった。つまり、言うことを聞かない人物は、追い出されるという傾向があるようだ。

しかし、今回のセクハラ疑惑は、既に多くの議員の名前が挙がっており、そのような壁を乗り越えているようだ。自分のナンバー2の名前も挙がっているメイ首相は、11月6日の野党党首らとの会談で、議会スタッフをより強く守る制度改善を合意した。しかし、これには十分でないという意見もある。

ただし、そのような若干の継ぎ足しの制度強化だけでは、これからさらに増加すると見られる議員のセクハラ疑惑に対応するのは難しいだろう。

国際開発相の勝手な振る舞い

夏にメイ政権のパテル国際開発相がイスラエルにホリデーに行き、そこで、イスラエル首相らを含むトップ政治家らと会っていたことがわかった。この行動は、外務省に知らされておらず、しかも国際開発省のスタッフも同行していなかった。これは閣僚の行動基準に反すると見られる。なぜ、パテルが独自で行動したのかは、はっきりしていないが、メイ後の党首選で立候補するため、英国のイスラエルロビーから資金提供を受ける土台作りをしていたのではないかという見方がある。弱体化したメイのもたらした問題だとも言えそうだ。

パテルは、メイ首相から譴責されたが、それでは不十分だという見方もある。パテルは、議員のセクハラ疑惑やパラダイス文書などの問題でメディアの関心が分散しているので助かっていると言われる。

外相の不注意発言

ジョンソン外相は、イランで刑務所に入れられている、イランと英国の国籍を持つ女性が、イランにジャーナリズムを教えていたのだと、いう発言をした。そのため、イランが、この女性の刑期をさらに延長するのではないかと心配されている。ジョンソン外相の不注意発言は有名だが、実際にそれで理不尽な罰を受ける人が出るようなことがあれば、深刻な問題である。

官僚トップの内閣書記官長の病

ヘイウッド内閣書記官長は、キャメロン政権時代からこのポストを務めるベテランだが、ガンにかかった。どの程度仕事に差仕えているかに拠るが、このような人物のサポートが最も必要な時に、それが疑問になるのは不運だと言える。

EU離脱影響評価書の発表

メイ政権は、58の分野におけるEU離脱の影響評価をしたが、これらの評価書の発表を渋っている。野党労働党らが、下院のEU離脱委員会にそれを渡すよう求め、下院の議決も得た。この議決は拘束力があり、下院議長は、11月7日にそれを渡さなければ、なぜそうしないのかを明らかにする必要があると決定した。

メイの現在の状況は、そのすべてをメイが生み出したわけではない。しかし、度重なる不運に襲われるのも、政治家の運と言えるだろう。

批判の強い、メイの新国防相任命

メイ首相の弱点が改めて曝け出された。マイケル・ファロン国防相の辞任を受け、メイ首相が新国防相にギャビン・ウィリアムソンを任命したが、特に保守党下院議員たちから強い批判が出ている。

ウィリアムソン(1976年6月25日生まれ)は、2010年総選挙で初当選の41歳。その後、保守党内閣の閣僚の、無給の議会担当秘書官となった。このポストは、仕える大臣の、議会での目と耳となる役割である。キャメロン前首相の議会担当秘書官ともなり、保守党下院議員たちとの関係をつけた。EU国民投票でイギリスがEUを離脱することとなり、キャメロン首相が辞任した後の保守党党首選では、メイ選対の主要メンバーとして、メイが首相となるのに大きな貢献をした。その功績と、下院議員らとの関係を買われ、保守党下院議員の規律を保つ役割の、閣僚級の院内幹事に任命された。しかし、省庁の大臣職や準大臣職などのポストに就いたことはない。特に国防関係のポストに就いたことがなく、経験の乏しい人物に、内閣の中でも最も重要なポストの一つで、多くの複雑な問題を抱える国防相が務まるかという疑問がある。

イギリスでは、大臣は、自分の任命した特別アドバイザーのアドバイスを受けながら、省庁をリードしていく役割がある。前任のファロンは、問題をすぐに把握する能力と政治的な勘、そしてその強いリーダーシップを発揮して国防省を率いてきた。ファロンの国防相としての評価は非常に高かった。

一方、ウィリアムソンは、昨年の保守党党首選を扱った、公共放送BBCのドキュドラマ「テリーザ対ボリス」で描かれたように、目的のためには手段を選ばないといったような非常に癖のある人物である。メイがそのような男を頼りにしているのは間違いないだろう。しかし、院内幹事の役割には、閣僚に空席ができた時、党全体のことを考えて、首相にアドバイスすることもある。そのため、メイ政権が、EU離脱交渉や国内の政治課題に関して、党内の規律問題で苦しんでいる時に、自分の仕事を放り出して、国防相のポストをとるということは、おかしいという見方がある。ウィリアムソンは、自分の野望のために、メイが自分を任命するように仕向けたという見方さえある。

メイの問題は、人物の能力をきちんと見極めず、自分に忠誠を誓う人たち(少なくとも当面は)を次々に引き上げる傾向があることだ。例えば、メイは、大学時代からの友人ダミアン・グリーンを副首相格にした。メイは、自分の政権が苦しい立場に陥っていることから、そのような人物に頼らざるをえない点がある。しかし、メイはますます追い詰められた立場にあり、イギリスという国全体のことより、自分の政権の延命に懸命になっているようだ。ウィリアムソンの任命は、メイの立場が非常に弱体化していることの表れだとする見方もある。

英国国会のセクハラ疑惑

アメリカのハリウッドで、業界有力者がその地位を利用して、性的な行為を無理強いした疑いが明らかになったが、その問題が、イギリスの政界に波及している。イギリスの多くの下院議員が、そのスタッフやジャーナリストなどにセクシャルハラスメントをしたという疑いを、英国のマスコミが、連日報道。下院議員のスタッフらがまとめたとされるリストには、かなり古い問題も含めて、保守党下院議員40名の名が挙がっているとされる。下院議員のスタッフなどに対する問題だけではなく、ジャーナリストへのセクハラ、政党内部の疑惑、さらには下院の事務局もそのような苦情にきちんと対応しなかったという疑惑も出てきて、英国政界を揺るがしている。2009年の国会議員経費問題は、国会を大きく揺るがしたが、今回の問題は、それを上回るのではないかと言われる。

そして、驚いたことに、マイケル・ファロン国防相が辞任した。ファロンは、手堅い、有能な政治家で、鋭いインタビューにも動じず、安定した言動には定評がある。そのファロンが、2002年に女性ジャーナリストの膝を何度も撫でたという疑惑が表面化し、さらにファロンの問題はそれだけにとどまらないという疑いも出てきて、ファロンの辞任につながった。首相官邸は、ファロンの最初の疑惑の後、ファロンを信任するかとの問いに、すべての閣僚を信任すると答えたが、そのような立場がもう保てなくなったようだ。さらにメイ首相の大学時代からの友人で、事実上の副首相であるダミアン・グリーンに関しても、ある女性の苦情がタイムズ紙に掲載され、グリーンはそのような疑いを払しょくするのに懸命だ。

既に脆弱なメイ政権は、このセクハラ問題の対応で苦しんでいる。公的には、この問題に真剣に取り組むとしながらも、閣僚や政府のポストについている者を含んだ、多くの保守党下院議員に疑いが出ており、迂闊に動けない状態だ。下院議長の行動を求め、被害者は警察に届けるよう主張し、他の政党に共同歩調をとるよう呼びかけるなど、できるだけ自分だけに責任がかかるのを避けようとしている。もし、保守党下院議員を政府のポストから解任すれば、その議員の行ったとされる行為を認めたこととなり、その議員が、反メイになりかねない。疑いのあがっている議員に、おざなりなものではなく、徹底的な調査を行うのも難しい。6月の総選挙で下院の過半数を失い、北アイルランドの小政党、民主統一党(DUP)の閣外協力で政権を運営しており、さらに政権運営が難しくなりかねない。EU離脱交渉で、次の段階の将来の貿易関係交渉に移れず、苦しんでいるメイ政権にとっては、新たな大きな重荷だ。

ここで出てきた苦情は、これまで英国の政治の世界にあった、そのような問題を容認する文化への挑戦である。これまで溜まってきた、被害者らの不満が、勇気ある告発者たちによって一気に噴出している。ただし、これがどこまで広がるかは予断を許さない。

それでも、ファロンの「10年、15年前に許されていたことが、今では許されない」という言葉は、どの国の政治家にもあてはまることだろう。

メイ首相と国の運

トップ政治家にとって最も必要なのは「政治センス」である。これは、政治の状況を読んで、大きく、どういう政治の方向を取るか直感で判断できるとか、人々の気持ちを感じられ、それに対応できるというように、頭よりも心でそれを察知できる能力と言える。メイ首相はそれに欠ける。すなわち、多くの官僚に見られるように、与えられた仕事をきちんとこなす能力があっても、刻一刻変化する状況に対してクリエイティブな行動のできる能力に乏しい。メイは官僚としては優れているかもしれないが、イギリスがEUを離脱するような重大な時に国の舵を取る役割は、荷が重すぎる。メイが力を失い、早晩その地位から去る状況が生まれているのは、イギリスという国に運があることを示しているかもしれない。

イギリスは、1973年以来、過去44年間メンバーだったEUを離れることとなった。イギリスとEUとの関係は、単に全貿易の44%を占めるEUとの貿易関係だけではなく、産業、労働、消費、人権、研究開発、地域開発、セキュリティなどを含め、社会のほとんどすべての分野に及ぶ。EUを離れるにあたり、EU法や規制に関わる19000の法令を見直す必要がある。すなわち、EUを離れることは、イギリス人にとって、非常に大きな変化だ。そしていかにEUと別れるかは、今後のイギリスに大きな影響を与える。

メイ首相は、68日の総選挙で率いる保守党の議席を減らし、第一党の座を維持したものの全650議席のうち318議席と過半数を割った。お粗末な選挙戦を展開したためだ。その後のロンドンの公営住宅グレンフェル火災、10議席を持つ、北アイルランドの統一民主党(DUP)との閣外協力をめぐる協議、さらに、イギリスに住むEU国人のEU離脱後の権利をめぐるイギリスの提案などお粗末な対応が続いている。

メイのお粗末な政権運営

EU離脱交渉は、619日から始まったが、メイが昨年713日に首相となって以来の言動で、EU側(イギリスを除く27か国)の態度を硬化させ、EU側は、その既得権の維持、EUの今後を優先し、容易に譲歩する考えはない。EU側は、EU内のセキュリティなど他の問題の方が大切で、イギリスとのEU離脱交渉は二の次だとする。

メイは総選挙で当初、地滑り的大勝利を予測されながら、それまでの過半数をやや上回る状態から、少数政権となったことから、権威を失った。メイの側近らのスピン(情報、印象操作)で、有権者からの支持率はサッチャーを上回る、戦後最高レベルとなったが、本人の政治センスのなさが曝け出され、支持を失ったのである。

メイは、施政方針である、621日の「女王のスピーチ」で、首相就任以来主張してきた数々の政策を放棄した。保守党が過半数を大きく下回る非公選の上院(執筆時点で807議席のうち254議席)ばかりではなく、下院保守党内での見解の相違から、下院の賛成を得る見込みのないものは放棄せざるを得なくなったためだ。また、EUとの対決的な離脱交渉戦略を改めざるをえなくなった。しかし、メイの施政方針もEU離脱交渉も中途半端でとても維持できるものとは思えない。

メイの政策変更

メイ政権は、3月の予算で、2025年までに財政赤字をなくすとしたが、総選挙後、これまでの緊縮財政を緩和し、国家公務員や看護師らのNHSスタッフの給料も、過去7年間の1%アップ上限を変更し、増やす構えだ。ポンドが下落し、輸入品などの価格が上がり、物価が2.9%上昇する中、ある程度の賃上げが必要となっている。

グレンフェル火災以来、公営住宅をはじめとする、公共建築物の火災対策をめぐる巨額の財政負担が予想され、しかも総選挙マニフェストで挙げていた、高齢者の冬季燃料補助、年金上昇率の計算基準、高齢者ケア費用負担、無料学校給食の変更など数々の財源確保策を実施しないこととしたため、財政が混乱するのは間違いない。

壁にぶち当たるEU離脱交渉

EU離脱交渉は、既に壁にぶち当たっている。イギリスは、既に、EU側の求めた、2段階交渉プロセスに合意した。最初にイギリスのEU離脱交渉で合意し、その後、貿易をはじめとするお互いの将来の関係交渉に入るという段取りである。

第一段階のEU離脱交渉では、①イギリスに住むEU国人の権利、②メンバー国としてイギリスに責任のある、EU側に支払うべき「離婚料」、③アイルランドの北アイルランドと南のアイルランド共和国の国境問題がある。このうち最も容易な問題だと思われた、①イギリスに住むEU国人の権利とEU国に住むイギリス人の権利の問題では、メイが622日のEU首脳会談で提案したが、十分ではないと冷たい反応を受けた。それだけではなく、今後、このようなことは、正式な交渉の場で対応すべきで、重要なサミットで持ち出さないようにという指摘を受けたと言われる。さらには、EU加盟国のリーダーと個別に話をする場合には、離脱交渉に関する話を持ち出さないようにとクギをさされたと言われる。

このイギリスに住むEU国人の権利に関して最も重要な問題は、合意ができても、どのような形でその合意がきちんと実行されるかという点である。EU側は、欧州司法裁判所がその任に当たるべきだとする。メイは、まず、イギリスの裁判所がその任を果たすとする。メイは、これまでにイギリスが主権を取り戻すために欧州司法裁判所の管轄から離れると発言しており、また、保守党内の強硬離脱派への配慮から、欧州司法裁判所は受け入れ難い。一方、将来結ばれるであろう離脱条約で明記されれば、国際司法裁判所で扱える、もしくは、新たに仲裁機関を設けるなどの案もあるが、いずれも現在のところ実現性は乏しい。メイは、基本的に、これまでの発言から強硬離脱的戦略を捨てられない。

スムーズにいかないDUP閣外協力

メイの期待したDUPとの協力関係交渉も壁にぶち当たっている。DUPの要求しているとされる、北アイルランドのNHS(国民保健サービス)へ10億ポンド(1400億円)、さらにインフラ整備などに10億ポンド、計20億ポンド(2800億円)の財政要求は、バーネット・フォーミュラと呼ばれる予算計算方式で、自動的に他の地域、イングランド、スコットランド、ウェールズへの増額を招き、20億ポンドで済まず、総額700億ポンド(49千億円)となるという見方もある。北アイルランドの人口185万人はイギリスの全人口の3%弱であるため、全体額が35倍膨れ上がる可能性がある。財務省らが慎重だとも言われている。

その上、DUPはもともとEU離脱派だが、ソフトなEU離脱を求めている。また、北アイルランドと南のアイルランド共和国との国境は、現在のように、地図上国境はあるが、物理的な国境のない状態を維持したいとしており、メイの強硬離脱的な戦略とどのように折り合えるか疑問がある。

メイの後継首相 

現在のメイは、総選挙直後より強い立場だとする見方もあるが、とてもそのような状況とは言えず、まさしく風前の灯火であり、メイ政権は早晩崩れるだろう。

その後継首相は、もしすぐに総選挙が行われなければ、現離脱相のデービスとなるだろう。

長く筆頭候補だったジョンソン外相は、離脱交渉の終わる2019年前には党首選に出ないと示唆した。EU離脱に当たり、イギリスは何らの支払いをする必要はないどころか、むしろこれまでの貢献分から払い戻しがあるべきだと主張した上、昨年6月のEU国民投票キャンペーン中にEUを離脱すれば、週に35千万ポンド(490億円)をNHSに向けられると主張した。これらの発言と現実の交渉を両立させることは極めて難しい。また、ハモンド財相は、EU残留派だった上、ソフトな離脱を訴えており、党内をまとめることは難しい。

デービスは、離脱派の一人だったが、既に離脱交渉の難しさを十分に理解している。2005年の党首選で勝利するだろうと見られていたが、キャメロンに敗れた。キャメロン党首の下で影の内相となったが、人権問題で自分の考えを貫くために、議員辞職して再び立候補し、当選した人物である。625日のBBCテレビでのインタビューで、イギリス側とEU側が折り合える点を探ると発言したが、現実的な対応をするように思われる。

一方、もし、総選挙があれば、労働党が政権に就き、党首コービンが首相となるだろう。コービンは政治センスが意外に優れていることが明らかになってきている。コービンは、昨年のEU国民投票の前、EU残留を10の内、7もしくは7.5賛成とし、EU残留に100%賛成ではなかった。しかし、EU離脱交渉では、労働党は、合意を必ずするとし、労働者を守るために、貿易関係を重視するとしている。メイと比べて、これまでのお荷物がはるかに少なく、より現実的な交渉ができるだろう。

メイの困難な立場は、多くの国民にEU離脱後の不安を掻き立てており、貿易で現実的な妥協を求めるようになってきている

この状況の中では、メイが首相の座を去ることは、恐らくイギリスにとって望ましいことのように思われる。イギリスがEUから離脱すること自体、長期的に見れば悪いことばかりではないだろう。しかし、その離脱の仕方が大切で、長期的な関係が維持できる、スムーズな離脱となるよう慎重な配慮が必要だ。もしイギリスに運があれば、政治センスのないメイがこの舞台から退場させられることとなるだろうと思われる。

マーティン・マクギネスの死

北アイルランド自治政府の副首席大臣だったマーティン・マクギネスが、2017年3月21日に亡くなった。1950年5月23日生まれ。66歳だった。稀な心臓病だったという。マクギネスの死は、イギリスの一つの醜い歴史が終わりかけていることを感じさせる。

北アイルランドの問題は、アイルランド南部が自治領となってイギリスから自立し、その際、プロテスタントが主流の北アイルランドがイギリスの一部となって残ったことに始まる。

マクギネスは、北アイルランドのデリー(ロンドンデリー)のカソリック教徒の貧しい家庭に生まれ、15歳で肉屋の見習いとなった。当時、北アイルランドでは、カソリック教徒に対する公式並びに非公式の差別が強かった。マクギネスは、北アイルランドを南のアイルランド共和国と統合させ、アイルランド島全体で統一されたアイルランド共和国の建設を目的としたアイルランド共和国軍(IRA)の武闘派に加入する。若くしてデリーのリーダーとなり、後にはIRAの主流派「暫定IRA」の参謀長となったと言われる。

この間、IRAは、1979年、女王のいとこで、チャールズ皇太子に近かったマウントバッテン伯爵を爆殺。1984年には、イングランド南岸のブライトンで開かれた保守党大会でマーガレット・サッチャー首相の暗殺を謀り、保守党幹部の宿泊していたホテルで爆弾を爆発させ、5人を死亡させるなど、数多くの事件で多くの血を流した。

その一方、武力闘争から民主的な政治闘争へと徐々に切り替えを図り、マクギネスは、IRAの政治組織シンフェイン党の幹部として地歩を築く。1994年にシンフェイン党のチーフネゴーシエーターとなり、1998年のグッドフライデー合意(ベルファスト合意ともいわれる)に結び付けた。この合意では、イギリスとの関係維持派(ユニオニストと呼ばれる)とアイルランド統合支持派(ナショナリストと呼ばれる)との共同統治のシステムが設けられた。それまでの30年にわたる、トラブルズと呼ばれ、3千人以上が殺された歴史に終止符を打つためだった。その結果、1998年選挙後、元IRAリーダーのマクギネスが、なんと北アイルランド政府の教育相となる。しかし、この議会は2002年から2007年まで停止される。

北アイルランドでは、もともと、アイルランド共和国との平和的な統合を目指した社会民主労働党(SDLP)がナショナリスト側の主流派だった。しかし、2007年選挙で、シンフェイン党がナショナリスト側の最大議席を持つ政党となり、マクギネスは首席大臣と完全に同じ権限を持つ副首席大臣となる。

マクギネスは、ユニオニスト側の最強硬派だった民主統一党(DUP)の設立者で党首のイアン・ペースリーと首席大臣・副首席大臣のコンビで働き、シンフェインが大嫌いだったペースリーと個人的な信頼関係を築き上げる。そして二人が「クスクス笑いの兄弟」と言われるほどになり、DUPの関係者らを含め、多くを驚かせる。

シンフェイン党の党首は、ジェリー・アダムズ(現アイルランド下院議員)だが、北アイルランド政府トップにマクギネスを送り込んだのは極めて適切な判断だったように思われる。アダムズはマクギネスほど柔軟ではなく、ペースリーとアダムズでは、油と水のような関係となっていたかもしれないからだ。

マクギネスは、2012年、北アイルランドを訪れたエリザベス女王と握手する。シンフェイン党は、イギリス下院議員選挙で5人当選させている。しかし、正式に議員となるにはエリザベス女王への忠誠を誓う必要があるため、それを拒否して通常の議員活動をしていない。そのため、マクギネスと、いとこをIRAに殺された女王との握手には象徴的な意味があった。

今年1月、首席大臣の再生可能エネルギー施策のスキャンダルで、マクギネスが副首席大臣を辞任したため、3月2日に北アイルランド議会議員選挙が行われたが、マクギネスは健康上の問題で立候補しなかった。インタビューで「選挙には立候補しないが、どこへも行かない」と答え、マクギネスがこれからもにらみをきかせるつもりだと見られた。

かつてBBCテレビのドキュメンタリーで、マイケル・コックレルがマクギネスにインタビューした時のことを思い出した。マクギネスの顔の周りをハエが飛び回っていた。マクギネスは、それを全く気にしなかった。そこで、そのハエをコックレルが追い払おうとすると、マクギネスは、そんなことはどうでもいいことだと静かな声で言い、コックレルがたじろいだ。マクギネスの凄味を感じた。

マクギネスのイギリス政治への最大の貢献は、アダムズとともにIRAに武器を放棄させ、政治勢力へと転換させたことだ。徐々にメンバーの考えかたを変えさせ、状況を受け入れられるようにしていった。これは簡単なことではない。戦略的な思考と、忍耐、そして最大の警戒が必要だ。二人が暗殺されず、マクギネスは自然死を迎えたが、いかに上手にこの過程を進めたかがうかがわれる。

マクギネスは酒を嗜まなかったが、それは、飲めないのではなく、油断を排除するためだった。また、マクギネスは長く収入がほとんどなく、その妻バーナデットが4人の子供を養うため、イギリス名物フィッシュ&チップスの店でも働いたといわれる。

マクギネスの死は、シンフェイン党の世代交代も象徴している。マクギネス本人が手掛け、指示を出し、また容認した殺人事件は数多あると考えられている。血で汚れた世代から新しい世代へとシンフェイン党が変わる時代が来ている。

ご参考: 幣著「いかに平和をもたらすか?: IRAリーダーからトップ政治家へ マーティン・マクギネス

前財相の新聞編集長就任

キャメロン前政権で2010年5月から2016年7月まで財相を務めたジョージ・オズボーンが、ロンドンの夕刊紙イブニング・スタンダードの編集長に就任することとなった。これには多くの批判が出ている。しかし、それは政治的なものや嫉妬からくるものが多いようだ。

オックスフォード大学で学んだ後、ジャーナリストの道を目指したオズボーンだったが、タイムズ紙に断られ、また、テレグラフ紙にも正規には入れなかった。そこで保守党本部に入った経緯がある。ジャーナリストになるのは、その当時から夢だったようだ。もちろん編集長になるための十分な経験に欠けるという面があるが、ブレア元首相が能力のある人だからと指摘したように、そう時間がたたないうちに経験不足をカバーするだけのものを発揮し始める可能性はあるだろう。

特に注目しておくべきは、オズボーンの前任の編集長は、BBCラジオ4の看板番組であるTodayの編集責任者に就任することだ。この朝の3時間のニュース番組は、政治関係者には必須のものであり、そのプレゼンターの一人は、BBCの前政治部長ニック・ロビンソンである。

イブニング・スタンダード紙は、ロシア人のオーナーとなった後、無料としたが、90万部が読まれており、その影響力は相当なものがある。普通の無料紙とは異なり、本格的な記事も掲載しており、今なお翌日の新聞の論調の方向を決めるのに大きな役割を果たしている。

ロンドンは労働党の強いところだが、この新聞は、2008年のロンドン市長選で、現職だったケン・リビングストンに対抗し、保守党候補として立候補したボリス・ジョンソンを支持し、当選させた。

オズボーンにとっては、そのステイタスを考えても、断れないジョブ・オファーだったといえる。

現職の保守党下院議員でありながら、新聞紙の編集長が務まるはずがないという見方がある。ただし、夕刊紙であるため、編集の仕事は午前11時ごろには終了するとみられる。早朝5時には出勤する必要があるだろうが、午後の下院審議には間に合う。

さらにこの新聞は月曜から金曜日まで週に5日であり、平均して週に4日ほどの出勤となるという。オズボーンにとっては、主に週末の地元選挙区での活動にそう大きな支障があるようには思えない。

下院には、伝統的に弁護士をはじめ、下院議員の7万5千ポンド(1050万円)の年俸を大きく上回る収入を他から得ている議員が多い。もともと下院議員には年俸がなく、始まったのは1911年からである。それでも額が少なく、多くの議員にとっては他の収入源が必須だった。その名残が残っており、重要な審議は今でも午後に行われている。

オズボーンの場合、昨年7月に財相のポストを更迭された後、アメリカのスピーチ会社に登録し、これまでに80万ポンド(1億1200万円)近く稼いだといわれる。その上、世界最大の資産運用会社であるブラックロックのアドバイザーに就任したばかりだが、週に1日の仕事で年俸64万ポンド(9千万円)を受ける。その他、アメリカの研究機関との契約をはじめ、新聞編集長の仕事が6つ目になる。

それでもオズボーンはまだ46歳であり、自分の可能性を試してみたいという気持ちはよくわかる。オズボーンには、新聞紙の編集長という立場上、また仕事をすでに多く抱えているなどといったことから下院議員を辞職すべだという声がある。

ただし、もし次の総選挙が新しい選挙区割りで行われれば、オズボーンの選挙区は消滅する。また、メイ首相の支持率は今のところ高いが、Brexitの交渉はまだ始まっていない。非常に困難な交渉になると考えられており、展開次第によっては、オズボーンが次期保守党党首・首相となる目があるかもしれない。それらを考えると、なるべく多くのオプションをオープンにしておいて、無役の下院議員である現在の立場をフルに活用したほうがよいと考えているのではないかと思われる。

もちろん政治的には、オズボーンのイブニング・スタンダード編集長就任は大きなショックであった。特に強く反発したのは、労働党とメイ首相らである。ロンドンに強い支持基盤があり、またロンドン市長を抱える労働党は、現職の保守党下院議員のオズボーンを警戒するのは当然ともいえる。

一方、メイは、首相就任時、オズボーンを冷たくクビにし、他の閣僚職も与えなかっただけではなく、オズボーンに近い人物にも大臣職らのポストを与えなかった。そのため、メイらは、オズボーンが、その仕打ちに対し、編集長の地位を利用し、Brexit交渉を批判し、反攻に打って出てくることを警戒している。

なお、大臣職にあった人物が、職を離れた後、2年以内に民間の仕事に就くには、独立監視機関の承認を受ける制度がある。また、下院議員の第二の職を検討しなおす必要があるという声があるが、これらがオズボーンの編集長就任に大きな障害となる可能性は乏しいように思われる。

オズボーンは予定通り5月半ばに編集長になるだろう。どのような編集長ぶりを見せるか見ものである。