ジョンソン首相の結婚式で浮き彫りになった「特権階級」

ボリス・ジョンソン首相と婚約者のカリー・シモンズが2021年5月29日に結婚式を行った。この結婚式は、秘密裏に準備され、行われた後、英国では大きく報道された。なお、英国では、結婚式の少なくとも29日前に登記所に届け出る必要があり、この結婚式が急に計画されたわけではないと思われる。

カリー・シモンズの友人たちは、この結婚式は、シモンズがカミングスに勝利したことだなどと主張している。これは、5月26日にジョンソン首相のトップアドバイザーだったドミニック・カミングスが、下院の委員会で、ジョンソンは首相にふさわしくない、シモンズが英国の政治の妨げになっており、自分の友人たちを首相官邸の仕事につけようとしている、倫理的にも法律的にもおかしいなどと批判したことを指している。

ただし、この結婚式そのものが、かなり異例だ。最初にこのニュースを聞いた時、結婚式がウェストミンスター大聖堂(Westminster Cathedral)で行われたと聞いて、おかしいと感じた。ウェストミンスター寺院(Westminster Abbey)の誤りではないかと思ったのである。ウェストミンスター大聖堂は英国のイングランドとウェールズのカトリックの中心となる教会であり、2度の離婚を経験しているジョンソン首相がカトリックの教会で結婚できるとは思われなかったためである。なお、ウェストミンスター寺院は、イングランド国教会の教会である。

カトリックでも、再婚できないわけではないが、相手が生存中はできないことになっている。ジョンソン首相の場合、これまでの2度の結婚の相手二人とも生きている。

これについて、ウェストミンスター大聖堂は、何ら問題はないとの立場である。関係者は、ジョンソン首相のこれまでの結婚は、カトリック教会で行われたものではなく、カトリック教会の認めるものではない、それゆえ、問題はないという。

ただし、この説明は、一般に行われているものではない。カトリックの神父からも、日ごろ、離婚したら再婚できないと話しているのに、という声が出た。またジョンソン首相に適用されたのなら、他のケースにも当てはめるべきだという意見がある。

ジョンソン首相とシモンズは、おカネの問題で、何かと批判の対象となっている。首相官邸の庭で行われた披露宴は30人以内のコロナ制限を守り、質素に行ったように見せている。しかし、カトリック教会での結婚式は、ジョンソンが首相であるために特別に認められたという印象が免れない。首相の特権を利用したように見られかねない結婚式は意図に反して逆効果のように思われる。

ハンコック厚相の弁明

2021年5月26日に開かれた下院の2委員会合同委員会での、首相のトップアドバイザーだったドミニク・カミングスの7時間にわたる証言の中で強く批判されたマット・ハンコック厚生・社会ケア相が、5月27日に労働党の影の厚生・社会ケア相が求めた緊急質問に立ち、下院議場で議員たちから質問を受けた

カミングスは、5月26日の委員会での証言で、以下のような主張をした。

1.ハンコック厚相は、政府部内でも公でも嘘をつくので更迭すべきだと、当時の内閣書記官長(Cabinet Secretary)とともにジョンソン首相にアドバイスしたが、首相は更迭しなかった。これは、ジョンソン首相が、ハンコックが現在のポストにいると、政府のパンデミックへの対応について早晩行われる見込みの公的調査で、ハンコックに責任をかぶせられると言われたからだと主張した。

2.昨年春、ハンコックが、病院のベッドを空けるため、入院中の高齢者約2万人をケアホームに送り返したことについて、厚相が、カミングスとジョンソン首相に、PCRテストをきちんとして退院させると請け合ったが、実際にはPCRテストはあまり行われず、その結果、ケアホームでコロナウィルスが広がり、何万人もの人が亡くなったと主張した。

これらの批判を受けて、ハンコックは、5月27日の下院では、具体的な話には一切触れず、自分の誠実さに関する主張は本当ではないとし、カミングスの証言は、「裏付けのない主張」だと一蹴した。しかし、5月27日夕方に行われた首相官邸でのハンコックによる記者会見では、質問がケアホームでの死者の問題に集中した。ハンコックは、自分が首相らに高齢者の退院前のテスト実施を約束したかどうかに触れることなく、PCRテストの実施能力を高める必要があったと繰り返し述べるにとどまり、テストをほとんどせずに約25000人を病院からケアホームに移し、それが一因でケアホームでの死者数が42000人にも上ったことについては触れなかった。

ハンコック厚相の苦難はまだ始まったばかりと言えるかもしれない。

ジョンソン首相のトップアドバザーだったドミニク・カミングスの証言

2021年5月26日午前9時30分、下院の二つの委員会が合同開催した委員会で、ボリス・ジョンソン首相のトップアドバイザーだったドミニク・カミングスの証言が始まった。終了したのは午後4時35分。7時間にわたり、15分ほどの休憩2回をはさんでぶっ続けで行われた。二つの委員会の委員長たちが3つの課題を交代して委員長を務めたが、その2人とカミングスの計3人が7時間つきあったのである。委員会の他のメンバーはソーシャルディスタンスの制限で次々に入れ替わって質問し、もしくはインターネット会議で参加した。この委員会に出席した委員たちは、既に聞かれた質問を繰り返す人も多かったが、遠隔で参加する人が多かった上、長時間にわたったため、やむを得ないと思われる。筆者は、この委員会の最初から終了までテレビで非常に強い関心をもって見た。その結果、むしろ、カミングスの真摯さに胸を打たれることとなった。

カミングスは、2019年7月にジョンソン首相が保守党の党首になってから2020年の11月に辞任するまでジョンソン首相のトップアドバイザーを務めた人物である。その立場上、首相官邸の中の司令塔として出来事を把握していた。カミングスは、英国のEU離脱に大きな役割を果たした。2019年に、テレビドラマBrexit:Uncivil Warでベネディクト・カンバーバッチがカミングスを演じている。このドラマでは、カミングスが離脱のコンセプトを生み出すのに苦しむのが描写された。そしてカミングスは「Take back Control(コントロールを取り戻す)」というスローガンを生み出した。これは、EUから離脱することで英国が国のコントロール権を取り戻すという意味である。そしてソーシャルメディアのデータベースを活用し、2016年のEU離脱の国民投票では、当初の予想を覆して52%対48%で離脱派の勝利に導いた。カミングスは、このドラマの中で目的にまい進する非常に能力の高い変わり者と描かれている。

EU残留派から離脱派に転向したジョンソンは、この国民投票の結果で、首相になれた。前任のメイ首相辞任後の首相に就任した2019年7月にカミングスをそのトップアドバイザーとしたのである。

さて、5月26日の委員会でカミングスが明かした内容は、衝撃的だった。かつてメイ政権などで閣僚の経験もある両委員長もその内容に驚いたように見えた。カミングスは、マイケル・ゴブ(ジョンソン現内閣閣僚)がキャメロン政権で教育相だった時に7年ほどスペシャルアドバイザーを務めたことがあるが、英国の官僚制度に非常に批判的で、ジョンソン首相のトップアドバイザーとなった後、官僚制度の改革は、そのトッププライオリティの一つであった。その観点から、官僚制度を真二つに切って捨てるもので、パンデミックの対応で機能不全に陥った官僚機構、官僚の行動様式と採用方法の根本的な改革の必要性を明らかにするものであった。筆者には、カミングスの分析は、英国の官僚制を見る上で、また日本の官僚制度が学べるものの「宝庫」だと感じた。

カミングスのこの委員会での狙いは、パンデミックのような大きな危機が生じた場合の対応で、このような失敗が二度と起こらないように、何千、何万人もの人が必要なく亡くなることがないようにしたいということだった。自分も首相のトップアドバイザーとして、国民が期待するレベルではなかったとして繰り返し謝罪したが、ジョンソン首相と直接の担当者だったハンコック厚相への批判は極めて強いものだった。

ここで見ておかねばならないのは、首相の問題だ。ジョンソンが首相になる前、保守党の議員も含めて、多くがジョンソンは選挙にはいいが、首相の器ではないと指摘していたが、それがはっきりと表れた。カミングスが使った表現で面白いのは、ジョンソン首相が考えをくるくる変える表現として、スーパーマーケットでの買い物で購入したものを入れるトロリー(ショッピングカート:鉄製の大きな押し車)が、押されて片方の壁にガチャ―ンとぶつかり、また違う方向に押されて反対の壁にガチャ―ンとぶつかるようなものだとした点だ。筆者は、首相が方針をくるくる変えると、政府のメカニズムがその方向で動き出し、そのためにそう簡単に止まれず、大きなショックがそのたびごとに生まれるということを表現したのではないかと感じた。いずれにしても、ジョンソン首相の判断能力、もしくは決断できない能力にスポットライトがあたった。

さらに、ジョンソン首相の婚約者の問題だ。ジョンソン首相は、二人目の妻と離婚し、今は首相官邸に婚約者と住んでいる。この婚約者との間には1歳の子供がいる。この婚約者はもともと保守党の本部で広報をしていた女性で、この女性が、ジョンソン首相に様々な問題を起こしていることが改めて浮き彫りになった。

カミングスが首相のトップアドバイザーを辞職したのは、この婚約者カリー・シモンズとの関係が悪化したためである。2021年4月に保守党支持紙らが首相官邸の様々な情報を漏らしていたのはカミングスだと伝えた(これをブリーフィングしたのは、ガーディアン紙が首相自らだったと伝聞形で報道している)。この報道に対して、カミングスが自分ではないと反論したが、そのブログの中で、その情報漏洩の一つは、内閣書記官長(Cabinet Secretary:官僚トップ)が調査し、首相官邸で働いている人物だと特定したそうだ。それをジョンソン首相に報告したところ、その人は自分の婚約者の親しい友人だとして、それ以上調査しないよう求めたという。今回の証言でも、カミングスはこの婚約者は、自分の友人たちを官邸での仕事につけようとして他の人の採用を妨害した、違法の可能性があるとも述べている。そのほか、首相の2020年12月の西インド諸島へのホリデーの問題や首相住居の改装に伴う個人負担部分のおカネの出所問題などジョンソン首相の金銭問題にまつわる問題がある。これらには公式の調査が進んでいるが、56歳のジョンソン首相は自分よりも20歳以上若い婚約者に振り回されている感が強い。今回の証言でも、パンデミックの対応でロックダウンするかどうかの瀬戸際の昨年3月12日、アメリカから中東爆撃の機密情報が入ってきて対応せざるを得ない中、首相の婚約者がタイムズ紙に書かれた自分たちの犬のことで首相官邸の広報に対応を求めてきて、このような些事にも対応せざるをえなかった官邸の状況が述べられた。

カミングスのジョンソン批判の中心は、昨年9月に自分も含めて、政府の役職に就いている科学者らが揃ってロックダウンを求めたのに、ジョンソンがそれを拒否したことだ。結局、10月末までロックダウンは行われなかったが、それまでの間に何万人もの人が亡くなった。

ジョンソンは、(経済に大きな影響を与える)ロックダウンはしたくないと主張し、死体が山のようになってもかまわないと叫んだと伝えられる。この言葉はこれまでも何人ものジャーナリストが報告しているが、カミングスも委員の質問に答えて確認した。筆者がカミングスの証言の休憩時間に、毎週水曜日正午の「首相への質問」があったのでそれを見ると、ジョンソン首相が、ワクチン接種がうまくいっていることが大切で、将来を見るべきだと繰り返し主張していた。「科学者のアドバイスに従って決定する、人の命が大切だと」言いながら、実際には、科学者のアドバイスに反した判断をし、しかも人命を軽視する発言をしていることは「首相の器」に大きく影響すると思わざるをえない。

手段を選ばないジョンソン首相

ボリス・ジョンソン首相は、目的を達成するためには手段を選ぼうとしないようだ。もちろん最終的な目標は、次期総選挙で勝利することである。それにはいくつかの方法がある。

まず、10月31日にEU離脱を成し遂げることである。EU離脱を成し遂げれば、EU離脱を目的に掲げるブレクジット党の存在意義がなくなる。この党は5月の欧州議会議員選挙で勝ち、世論調査で現在10数パーセントの支持を得ている。保守党のジョンソンがEU離脱を成し遂げたということで、現在のブレクジット党の支持者が保守党支持にかわり、保守党が総選挙に勝つという読みだ。

これを成し遂げるため、ジョンソンらは、合意なしでEU離脱をした場合に想定される大きな経済的打撃を打ち消すのに躍起だ。政府の「合意なしのEU離脱の影響」を査定した文書(「イエローハンマー」文書と呼ばれる)が漏洩され、その後、その要約が発表されたが、それを古いものだと言い張っている。それどころか、担当のゴブ大臣は、ビジネスは、合意なしでEU離脱をした場合の準備ができていると主張しているが、ビジネス側は、否定している。ジョンソンらは、一度EUを離脱してしまえば、結果は後の祭りというわけだ。大きな経済的混乱が生じても、その責任は誰かほかに負わせられると見ているようだ。

その一方、「合意なしのEU離脱」を防ぐ法律の裏をかく手段が明らかになった。この法律は「ベン法」と呼ばれる。ジョンソンが合意なしでEU離脱するのを恐れた議会が、9月3日に提案し、9月9日に法律となったものである。10月19日までにEUとの合意ができなければ、ジョンソンがEUに離脱交渉の3か月延長を申し入れなければならないとするものである。

ところが、ジョンソンは、法を尊重するが、EUに交渉延長を求めることはしないと主張している。そのため、この法律には強制力があるが、ジョンソンが何らかのずるい手を考えているのではないかと野党が慎重になっていた。その手の一つが明らかになった。大臣らだけによる枢密院令を使って、議会を停止し、10月31日までに議会が手を打つのを止めようとするものである。

古くから存在する制度を恣意的に使って、特定の目的に供しようとするこのような試みは、9月24日に出された最高裁の、議会の意思を重んじる判示に反する。ただし、限られた時間内で、このようなすべての試みに対応するのには限界があろう。

次に、もし、10月31日にEU離脱ができない場合、総選挙が直ちに行われるのは確実である。ジョンソンは、その場合、「国民」対「議会」の構図で選挙を行うつもりだ。すなわち、議会はEUに降伏した、その主権を取り戻すには、ジョンソン率いる保守党が総選挙で勝たねばならないとするものである。

この構図を維持していくため、ジョンソンはそのレトリックを緩めないだろう。ジョンソンは、国民の中に怒りを植え付けることで、保守党に勝利をもたらせようとしている。国民をさらに分断し、国民の統一を犠牲にしてでもだ。このようなタイプの政治家は近年、イギリスにはいなかった。アメリカのトランプ大統領の影響といえるかもしれない。

総選挙必至のイギリス

イギリスでは今秋総選挙が実施されることが確実になった。総選挙の告示と選挙の間には5週間必要で、総選挙は10月か11月となる。

ボリス・ジョンソン首相には「嘘つき」という評判がある。記事をでっちあげてタイムズ紙を首になったり、女性関係で嘘をつき、影の内閣を首になったりと話題には事欠かない人物である。

現在でも、EUとまともな交渉をしている気配が全くないのに、交渉は進展している、EUと合意して離脱するとしながらも、その一方、EUとの合意ができようができまいが、法律で離脱する日となっている10月31日にイギリスはEUを離脱すると約束している。多くは、ジョンソンは全く合意を結ぼうとしていないと考えている。そして合意なしで離脱した後、合意ができなかったのは、議会が悪い、EUが悪い、労働党が悪いと責任転嫁するつもりだろうとみている。

そのため、10月31日にイギリスが合意なしでEU離脱をすることがないようにと、野党と保守党の21人の下院議員が協力して、「10月19日までにEUと合意ができなければ、ジョンソン首相はEUに3か月の延期を申し入れなければならない」という法案を下院が通し、現在上院で審議中である。この法案は、来週早々にも女王に裁可される見通しである。

この過程で、保守党の下院議員で自民党に党を替わった者がおり、ジョンソン政権は、閣外協力をしている民主統一党(北アイルランドの政党、DUP)の数を入れても下院過半数を割った。その上、ジョンソンの手を縛った21人の保守党下院議員を保守党から除名したため、政権がまともに運営できない状況となっている。

もちろん反ジョンソンの勢力が結集すれば、別の政権を作ることは不可能ではないが、誰を首相にするかでまとまる状況ではない。そのため、この宙ぶらりんの状況が続くことになる。

もともと、議会の口を封じて、何が何でもEU離脱を成し遂げるために議会を閉会にしたのは、開会後の新議会で政権の施政方針演説である「女王のスピーチ」を発表するということが理由であった。しかし、いくら施政方針演説を行っても、下院で賛成を得られない方針は、絵に描いた餅である。

この手詰まりの状態を打開するため、ジョンソンは総選挙に出ようとした。しかし、現在では首相に解散権はない。野党も総選挙の必要なことはわかっているが、総選挙を合意した途端、ジョンソンが総選挙の日を変更して「合意なし離脱」をしようとするのではないか、すなわち、総選挙の話は「合意なしのEU離脱」を成し遂げるための策略だろうとして野党は慎重になっている。ジョンソンは、必死になってコービン労働党党首を臆病者だ、意気地なしだと攻撃している。

コービンは、「合意なし離脱」の可能性がないということがはっきりすれば、総選挙に出てもよいという考えだが、今はまだそれを見極めようとしている。

いずれにしても総選挙が10月か11月に行われることは必至である。

不文憲法に付け入ったジョンソン

イギリスの不文憲法は、日本の成文憲法と異なり、状況の変化によって変わっていけるのでよいという見方があった。しかし、ボリス・ジョンソン首相は、イギリスがEUからの離脱問題を抱え、大きな決断を迫られているこの時期に、イギリス憲法の中核をなす女王を使って、9月中旬から10月中旬まで議会を閉会するという挙に出た。議会がジョンソンの動きを妨げることができないようにするのが狙いである。女王は首相の助言に逆らえない。ジョンソンのやったことは、ほとんど独裁的な行為である。自分の目的のため、不文憲法に付け入り、これまでイギリスが誇りにしてきた民主的な意思決定過程を踏みにじるものだ。

イギリスは国民主権の日本と異なり、議会主権の国である。その議会の口を封じようとするのは独裁的としか言いようがない。確かに不文憲法がそれを可能にしたわけだが、その基本原則を踏みにじるような行為は、罰されねばならない。

ジョンソンを罰することができるのは国民だ。早晩行われる総選挙でそれができるかどうかがイギリスの民主主義がどの程度のものかをはかるバロメーターとなろう。

唯我独尊メイ首相

イギリスがEUから離脱する予定の日は2019年3月29日だったが、下院がメイ首相のEUとの合意を大差で2度否決したため、メイ首相はEUに3か月ほどの期限延長を願い出た。メイ首相のやり方に疲れ果てたEUは、3月22日、もしEUとの合意が下院の了承を得られるなら、欧州議会議員選挙日の前日5月22日まで、もし下院が賛成しなければ、4月12日まで延長するとし、それをメイ首相も受けいれた。

メイ首相は、3月25日に始まる週に、自分のEU合意をもう一度下院に持ち出して可否を問うと見られていた。しかし、閣外協力を受けている北アイルランドの民主統一党(DUP)がメイ合意に賛成しないと発表。保守党強硬離脱派も反対するとしている。さらに保守党をはじめ、野党にも、これまでブレクシット案への合意ができていないのは(自分の責任ではなく)下院議員たちの責任だと国民への訴えで主張したメイへの反発は強い。そのため、メイの合意が下院に承認される可能性はほとんどなく、メイ首相は自分の合意を下院に出さないかもしれないと示唆した。

これは、イギリスのEU離脱が4月12日となる可能性を強く示唆している。すなわち、メイは自分のやり方が通らないなら、とにかくイギリスをEUから離脱させるという自分の「約束」を守るつもりだという考えのように見える。合意があろうがなかろうが、である。歴史的に見れば、それは、何もできず、混乱だけもたらせて去った首相というレッテルよりよいだろう。自分だけが正しいとする唯我独尊メイにはそのような腹積もりがあるように思われる。

このようなメイ首相をなぜ保守党は見限れないのか。昨年12月の保守党の党首信任投票でメイは過半数の支持を受けた。そのため、1年間は再び信任投票が行えない。しかし、下院はメイ政権を不信任投票で倒すことができる。しかし、保守党下院議員にそれに踏み切れない人がほとんどだ。ほとんどの保守党選挙区支部で強硬離脱派が多い。そのため保守党の中でソフトな離脱を図る議員たちも保守党党首のメイ首相を不信任するまでには踏み切れていない(それができる議員は既に離党した)。政党選挙のイギリスの総選挙で、地元の選挙区支部から候補者として選任されなければ議員として生き延びられないためだ。あとしばらくの期間、あらゆる術策を講じて延命を図ろうとするメイ首相と、将来の方向を決める力を握ろうとする議会勢力とのせめぎあいが続く。

メイ首相の度重なる先延ばし戦術

このようなことがいつまでも続くわけがない。

メイ首相は、27日に予定されている下院の投票で、3月29日のEU離脱日が延期されることとなる危機に直面した。しかも自分の内閣の閣僚や準閣僚らのかなり多くがその案に賛成する見込みだと伝えられた。合意なしの離脱は絶対避けるべきだと主張する人たちである。これはただでさえ権威の失われているメイ首相にさらに大きな打撃となる。

これに対するメイ首相の戦術は先延ばしだった。3月12日にメイ首相の最新の修正案の投票をする。そしてもしこれが可決されなければ、13日に合意なしの離脱をするかどうかの投票をする。それも合意を得られなければ、14日に離脱日を短期間延期するかどうかの投票をするというのである。ただし、延期に合意してもそのような延長は1回だけで6月までに離脱、しかも合意なし離脱の選択肢は残したままだという。この3段階の案は、2月26日の閣議で了承され、その後、下院で発表された。

メイ首相のEUとの合意案で大きな障害となっているアイルランドのバックストップでEUが大幅な譲歩をすると見る人はほとんどいない。イギリスの現在の政治経済に及ぶ不透明な状況はビジネス投資などに極めて大きな影響を与えているが、このままでは、それが少なくとも6月まで続く可能性が大きい。このようなことがいつまでも続くわけがない。

メイ首相は、就任当初から、議会や閣議さえもバイパスしてブレクシットの交渉をしようとしてきた。それが今やこれらから足をすくわれかねない状況だ。

リコールを免れた北アイルランド下院議員

北アイルランドの下院議員が地元選挙区でリコールされる可能性があった(拙稿)が、それを免れた。民主統一党(DUP)の下院議員イアン・ペイズリー・ジュニアが、かつてスリランカ政府から手厚いもてなしを受け、スリランカ政府の依頼でキャメロン保守党政府にロビーイングしたことが表面化し、30日の登院日出席停止処分を受けた。オンライン記録の残っている1949年以来最も長い出席停止処分である。実際、家族も含めたそのもてなしは、10万ポンド(1500万円)にも上ると見られ、法外なものだった。そしてペイズリーは新法に基づき、選挙民からのリコールにさらされる最初の下院議員となる。

その新法は、もし、選挙区の有権者の10%がリコール署名をすれば、現職下院議員が失職し、補欠選挙が行われるというものだが、ペイズリーは、かろうじてその不名誉を免れることとなった。その選挙区の有権者の10%は7543人だが、9.6%の7099人が署名し、444署名不足したのである。

この結果を受け、DUPの対立政党である、北アイルランド第二の政党シンフェイン党は、選挙委員会が最大10か所まで開設できる署名所を3か所しか設けなかったと批判した。ただし、この選挙区と北アイルランドの政治風土を考えれば、地元の有権者が選挙に消極的になったことは十分理解できる。

メイ政権のカレン・ブレイドリー北アイルランド相が、ここはイングランドと全く違う、違う筋の投票は全くしないことを知らなかったと発言して批判を浴びたが、北アイルランドの政治風土はそれ以外の地域と大きく異なる。それに付け加え、この選挙区は、ペイズリー議員の父親であり、DUPの創設者で、後に北アイルランド首席大臣となるペイズリー・シニアが、1970年から議席を保持してきた選挙区である。そのため、前回の2017年総選挙でも、ペイズリー・ジュニアは、2万8521票と投票総数の6割近くの票を獲得し、次点の7878票を大きく引き離して当選した。

もし、ペイズリー・ジュニアがリコールされていたとしても、再び立候補することが許されているため、当選確実だった。DUPは既に亡くなっている父親の盟友や支持者たちに強い力があり、ペイズリー・ジュニアの再立候補が阻止される可能性はなく、補欠選挙そのものが茶番となる可能性があった。有権者がそのような選挙を好まなかったのは明らかである。結局、北アイルランドの特殊性が改めて浮き彫りになったリコール騒動だったと言える。

女性の政治進出にカギとなるメディア

世界中で女性の政治進出が拡大している。かつて政治は男の世界という見方が強かったが、今ではその壁は破られ、女性が政治のトップに就く例は世界中で広がっている。欧州でもドイツのマルケル首相やイギリスのメイ首相をはじめ数多い。さらにニュージーランドの女性現職首相は妊娠中でマタニティーリーブ(出産休暇)を取る予定である。女性の政治進出への壁はさらに破られている。

日本にも女性首相の可能性はあるが、これまで実現していない。その大きな理由の一つは、政治に進む女性が少ないことだろう。日本の衆議院の女性議員の割合は、調査された世界193か国の中で158位だった。先進国(OECD加盟35か国)最低である。2018年5月、男女候補者均等法という女性の政治進出を促進する法律が成立したが、これには拘束力がなく、効果は疑問視されている。

ある研究によると、内閣の大臣の女性の割合を上げるのに最も効果のあるのは、トップ政治家の約束だという。選挙の前にこの約束がなされると、トップ政治家にそれを守らなければならないという精神的な圧力がかかる上、周辺や支持者もそれを達成できるように動くからだという。そして女性の割合が一定のレベル以下に下がらなくなるというのだ。研究者たちは、この一定のレベルを「コンクリートの床(Concrete Floor)」と呼んでいる。これは、女性らの昇進を妨げる障害としてよく使われる「ガラス天井(Glass Ceiling)」、すなわち、何もないように見えるが、実際には存在する、あるレベル以上昇進できなくする慣行や考え方を指すのに対比したものだ。

女性の大臣の数が増えることは、女性の政治進出に大きな影響を与えるだろう。ドイツなどでは閣僚の男女比はほぼ半々となっている。上から変えることが重要だ。そのためにはメディアの役割が極めて大きいと思われる。特に選挙前、トップ政治家に女性大臣の割合目標や、それに議員割合目標などをはっきりさせてもらうことに大きな役割を果たせるのではないか。

イギリスの下院議員の選挙で、保守党や労働党は候補者選定にしばしば女性のみの候補者リストを使う。この6月の補欠選挙でも、労働党は労働党の非常に強い選挙区の候補者を選ぶのに、女性の少数民族出身者のみのリストを使い、選挙区党員の投票で選んだ。こういう形で、女性の少数民族出身者の政界進出を促進している。

労働党内には、女性になった人を女性のみのリストに入れるのはどうかという議論がある。正式に女性となった人たちだけではなく、労働党は、自分が女性だという人をすべて含むこととしたが、それは不当だとして数百人の女性党員が労働党を離党したと言われる。

イギリスには、保守党党首のメイ首相の他、多くの優れた女性の政治リーダーがいる。スコットランド国民党(SNP)の党首でスコットランドの首席大臣二コラ・スタージョンやスコットランド保守党のルース・デービッドソン党首、北アイルランドの主要2政党の党首、それに労働党では、コービン現党首の次の党首には女性のエミリー・ソーンベリー影の外相かアンジェラ・レイナー影の教育相が有力視されている。

ただし、トップが女性だからといって、必ずしも女性の政治進出が進むというわけではない。例えばサッチャー政権には、女性閣僚がほとんどいなかった。20人ほどの閣僚のうち、ほとんどの期間1人だった。労働党のブレアは女性だけの候補者リストを初めて使ったが、政権に就いた後、女性閣僚の数を大きく増やす。その後のブラウンは女性閣僚の数を一時8人にまで伸ばした。キャメロン連立政権では、連立相手の自民党の都合もあり少なかったが、その後のキャメロン保守党政権で増やし、メイ保守党政権と女性閣僚の数はかなり多いまま推移している。

メイ首相は、サッチャーが1979年にイギリスの首相となった時、イギリス最初の女性首相になれなかったと機嫌が悪かったという。サッチャーは1975年に保守党の党首に選ばれていたから、次の首相になる可能性はかなりあると思われていたはずだ。しかし、この話は、1979年の総選挙でメイが保守党の敗北を考えていたことを示唆している。

結局、女性が首相などのトップ政治家になったからといって必ずしも女性の政治進出が進むわけではなく、むしろ、男性・女性にかかわらずトップ政治家が、女性の政治的役割、進出にどのような約束をしたかがカギになるようだ。そしてそのような約束を促すメディアの役割は重要だと思われる。