変わる英国王室

ハリー王子メガン・マークルさんが2018年5月19日結婚した。この結婚に至る過程は、父親チャールズ皇太子や兄のウィリアムス王子のものとはかなり異なる。英国王室が大きく変わってきていることを示すものと言える。

メガンは、これまでの王室に入る女性のイメージとは異なる。アメリカ人で、母が黒人の混血であり、ハリーより3歳年上で離婚歴がある。しかし、有名な女優で、慈善事業や男女平等などの活動で知られた、自分の考えをしっかりと持つ女性である。

チャールズ皇太子は、ダイアナ妃と結婚する前、現在のカミラ夫人と付き合っていた。カミラ夫人はその前に他の男性と付き合っていたことがあるため、将来の国王となるチャールズの伴侶にはふさわしくないと判断されたといわれる。そのため、チャールズはカミラをあきらめ、将来の国王の妻にふさわしいと考えられたダイアナ妃と結婚することとなった。しかし、チャールズは、既に結婚していたカミラとよりを戻し、後にダイアナ妃が「私の結婚には3人いる」と告白した事態になる。すなわち、ダイアナ妃、チャールズ皇太子、そしてカミラの3人である。そしてチャールズとダイアナの離婚、ダイアナ妃の事故死を経て、チャールズとカミラが結婚する。

1997年のダイアナ妃の事故死で、イギリス国民はヒステリックな状況となり、皇室への反感が高まった。そのため、エリザベス女王が、テレビに出演し息子チャールズの離婚した元妻であったにもかかわらず、ダイアナから学ぶものがあったとし、国民のダイアナへの思いに感謝するという事態となった。そしてダイアナ妃の棺を乗せた霊柩車の後ろをエリザベス女王の夫であるフィリップ殿下、チャールズ皇太子、そしてウィリアムとハリーらに歩かせるということとなる。また、国民のチャールズとカミラへの反感を鑑み、カミラの処遇に慎重になり、チャールズ皇太子の妻となるのに時間をかけた。

こういう問題があったため、チャールズ皇太子の長男ウィリアム王子の結婚には、本人の意思を重んじる方針に転換した。ウィリアム王子の大学の同級生キャサリン・ミドルトンとの関係が明らかになった際、キャサリンの母親はイギリスではそう高く評価されていないスチュワーデス出身であり、普通の家の出であるが受け入れようとした。また、キャサリンに目立ったキャリアはない。一時期、ウィリアムとキャサリンの関係が冷却したと言われ、女王が残念がったという話も伝えられ、女王がこの問題に気を使っていたことがわかる。

弟のハリー王子には、役立たずの印象があった。ハリーのどんちゃん騒ぎや女性関係はよくタブロイド紙をにぎわせたが、軍での経験の後、慈善活動に本格的に取り組みだしていた。母のダイアナ妃は慈善活動で有名だった。2016年にメガンに出会い、付き合い始め、メディアの心ない報道に面し、心を決めたようだ。

イギリスでは、ハリーとメガンの結婚式にあまり関心がないという世論調査があったが、BBCや他のメディアの報道を見ると、それ一色という状態である。むしろ、この結婚式で、大きな経済効果が期待されている。様々な文化の複合するイギリスによくマッチした非常にうまく演出された結婚式は、王室が変わったということをはっきりと示し、すでに国民の多くが評価している王室の存在を再確認したと言えるだろう。

90歳を迎えた女王

エリザベス2世は、2016年4月21日に90歳の誕生日を迎えた。その公式な行事は徐々に減らされているが、今もお健やかで、最長の君臨期間(1952年から)を記録している。父親ジョージ6世は次男で、王位継承するとは考えられていなかったが、父親の兄の国王エドワード8世が離婚を2度したアメリカ人女性シンプソン夫人と結婚したいと言い出したために、当時のエスタブリッシュメントらの強い反対を受け退位した。その後を受けて、父が1936年に国王となり、国王の死去で女王となったのである。父が国王となった経緯を通じて、国民の支持を受けなければ、王位、王室の存続は難しいことはよくわかっていると思われる。

ダイアナ妃がパリの交通事故で亡くなった際、国民の中に王室への反感が高まった。ダイアナ妃は女王の長男チャールズ皇太子がカミラ夫人(現在のコーンウォル公爵夫人)と不倫していたために結婚生活が立ち行かなくなった。またダイアナ妃の不倫もあり、二人は離婚する。そのような状況の中で、ヒステリー現象とも言われるほど国民のダイアナ妃への同情が強くなり、反王室感情が高まった。この中、女王は、当時のブレア首相とも相談し、テレビを通じてスピーチし、ダイアナ妃を称え、祖母としてウィリアム王子とハリー王子への気持ちを語り、国民からの花束やメッセージなどに感謝した。その結果、反王室感情は沈静化した。

開かれた王室のイメージを作るために努力し、女王は、自らの日常を公共放送BBCのテレビ番組で公開もした。この番組で印象に残っているのは、国賓をディナーに迎える前に、女王がその部屋と食器の並べ具合、花の飾り方、食事の内容などを自ら出向いて確認し、アドバイスする姿であった。また、タッパーウェアに入ったコーンフレークなどの質素な朝食をとる姿であった。

また、別の機会には、あるクラシックカーのグループが、宮殿を訪れた際のことである。宮殿前の台の上に上がった女王の前をクラシックカーが一台ずつゆっくりと通り過ぎていく。すべての車が走り終えるまでに1時間ほどかかった。それは寒い、雨の中だったが、女王は傘を自らさして台の上で微動だにせず、立っていた姿である。

女王の人気は高く、ある世論調査によると、王室への支持はこれまでになく高い。そして7割の人が、90歳になっても引退すべきではないとする。

この女王には、日本の象徴天皇制と異なり、大権がある。その大権は、首相と内閣のアドバイスを受けて行使されており、特に政治的な論争には介入しないよう留意している。もちろん週に1回首相との面談があり、そこで話されたことは口外されないことになっている。

2010年の総選挙の前、単独過半数を獲得する政党がない可能性が高まり、もしかすると当時のブラウン首相が、女王の大権を使って、再び解散するかもしれないという憶測が高まった。そこで女王が政治闘争に巻き込まれるのを恐れた当時の国家公務員のトップ、ガス・オードンネル卿が、内閣マニュアルを作成し、そのような事態に備えたという逸話がある。

国会開会では、時の政権の政策を読み上げ、また、イギリスの議会政治の中では大きな役割を果たしながら、政治と距離を置くよう留意している。同時に国民の支持を維持するよう努めるなど、女王の仕事はそう簡単ではない。それをうまく務めている女王の働きぶりは、称賛すべきものであるように思われる。