トップ政治家の終わり方

スコットランド自治政府首相二コラ・スタージョン(52歳)が、率いるスコットランド国民党(SNP)の党首並びに自治政府首相を辞任すると2月15日に発表した。SNPはスコットランドの独立を目指して生まれた地域政党で、左派の政党である。スタージョンの辞任のニュースは、英国中を驚かせた。スタージョンは、地方政治家ではあるが、全国的に有名で、現在の英国の政治家の中で最も優れているとの声もあるほどだ。

スタージョンは、16歳でSNPに入党し、グラスゴー大学で法律を学んだ後、弁護士となり、1999年にスコットランド議会議員となる。2004年の党首選挙でアレックス・サモンドの副党首として立候補、当選した。サモンドはウェストミンスターの下院議員だったため2007年のスコットランド議会選挙まで、スコットランド議会でSNPのリーダーを務める。2007年の議会議員選挙でSNPが政権を獲得し、スタージョンはサモンド内閣で、副自治政府首相となった。2014年の「スコットランド独立レファレンダム」では、スタージョンが先頭に立って運動を展開したが、独立反対が多数を占め、独立に失敗した。サモンドが、責任を取って、党首・自治政府首相を退いた後、後任の党首・自治政府首相に就任し、現在に至る。

スタージョンは、英国下院の2015年総選挙前の党首討論で、明確な議論を展開し、そのディベート術は誰にも引けを取らなかった。非常に高い評価を受け、その前の2010年総選挙の6議席を56議席と伸ばした(2011年のスコットランド議会選挙でSNPは前回2007年の46議席から69議席を獲得し、スコットランド議会の過半数を制していた)。そのため、討論する相手としては、非常に手ごわい相手だと見られ、2017年、2019年の総選挙では、現職の首相がテレビ討論を避ける動きに出たほどだ。

スタージョンに対するスコットランド住民の支持率は若干下がっているが、継続して高い。しかし、スタージョンの成し遂げたかったスコットランド独立レファレンダムは、ウェストミンスター政府が認めなかった。最高裁が、スコットランド議会はこのレファレンダムをウェストミンスター政府の許可なく行うことはできないと判断し、その代わりの方法を模索している段階である。また、世論調査では、独立反対派がかなり上回る状態だ

さらに最近の性別転換議論をめぐるスコットランド議会とウェストミンスター政府との対立の問題もある。スコットランド自治政府は、SNPと緑の党で成る政府だ。緑の党が性別転換の容易化を強力に推進し、SNP(反対者もいる)、緑の党、それに労働党らの支持で、その法案をスコットランド議会で通した。しかし、その法案が法律になるには、国王の裁可を受ける必要があるが、それをウェストミンスター政府のスコットランド大臣がスコットランド法の権限を使って、拒否した。スコットランド政府は、最高裁に訴え出たが、最高裁は、スコットランド大臣の行ったことは合法とした。この問題は、まだしばらく尾を引きそうで、SNPには頭の痛い問題である。

その上、急激な物価上昇の中、NHSや教員のストライキの問題など、頭の痛い問題が多い。

スタージョンの退陣で、スコットランドの独立運動が弱まる、またはSNPへの支持が弱まると見る向きは多い。2019年総選挙で、労働党は59議席あるスコットランドでわずか1議席しか獲得できなかった(一方、SNPは48議席)が、それが最近の支持率増加で、25議席程度まで増えるかもしれないと憶測する向きもある。

スタージョンは、若い時から、政治に打ち込んできた。流産を経験し、子供はいない。スタージョンは、現代の政治は残酷ともいえ、自治政府首相は気を緩める余裕がない、エネルギーが次第になくなってきている、人間としてもう少し時間を過ごしたい、と辞任の記者会見で語った。先だって首相を辞任したニュージーランドのアーデンを思い起こさせる発言だ。かつてウィンストン・チャーチルが首相在任中の1953年に脳卒中で倒れたが、そのことを本人の指示で秘密にしたことがある。かなり長い期間、政治の表舞台から消えたが、気づかれなかった。このようなことは現在では極めて困難だろう。

スタージョンを強く批判する人もいる。スタージョンは、自分の都合で自治政府首相をやめた、辞任を迫られてやめたのではない、というのである。しかし、政治が人生のすべてではないだろう。

政治家の中には、はっきりとした目的を持って、それを貫く人もいるが、権力の座にいることに満足を感じて、それから退きたがらない人も多い。例えば、かつてマーガレット・サッチャーは自分でないと英国の首相は務まらないと考えていたふしがあり、夫のデニスのアドバイスもなかなか受け入れず、劇的な失脚を招いた。

スタージョンが、「2015年からの自分の政権でより公平なスコットランドにした」と自分の業績を辞任記者会見で語ったが、何かやり遂げたという満足感を背景に、自分の素直な気持ちに基づいて辞任することはそれなりに正当化できると思われる。ただし、スタージョンの場合にも、その夫でSNPのチーフエグゼクティブであるピーター・マレルに関連したSNPの資金に関する問題を警察が調査中とされる。政権が長期になると、どうしても緩みが出てくると思われ、その点では、長期政権は望ましいものではない。

「性認知改革案」でスコットランド独立熱が高まる?

スコットランド議会が、生来の男女の性別を当人の意思で変えられやすいようにする「性認知改革案(Gender Recognition Reform bill)」を3分の2以上の賛成(86対39)で可決した。これに対し、ロンドンのスナク保守党政権のスコットランド相が、拒否権を行使し、英国(北アイルランドを除く)の機会均等などに反するとして認めないとした。この法案は、スコットランドに権限移譲されていない「保留事項」に触れるというのである。このため、この法案は英国国王の裁可を受けることができず、法律とはならない。スコットランド相のこのような拒否権行使は、現在のスコットランド議会が1999年に設けられてから初めてのことである。このスコットランドとロンドンの対決は、スコットランド独立運動に少なからず影響を与える可能性がある。

イングランドとスコットランドはもともと別の国であったが、1707年の合同法で統一された。しかし、1997年に政権についたブレア労働党政権は、スコットランドの独立運動に配慮し、住民投票を実施した後、大幅な権限をスコットランドに移譲し、スコットランド議会を1999年に設けたのである。

スコットランド議会の設置当初、スコットランドの独立を求める地域政党スコットランド国民党(SNP)は、スコットランド議会内の少数派だったが、急激に支持を伸ばすことになる。もともと、スコットランド議会でSNPが多数を占めることを恐れ、過半数を占めにくいような選挙制度(小選挙区比例代表併用制)を採用した。この制度では、有権者は、小選挙区と地域比例代表(政党の名簿に基づく)の2票を持つ。小選挙区の当選者を優先するが、8つに分けた地域代表選出議席をそれぞれの地域内の小選挙区の獲得議席数とリンクした。なお、日本の衆議院の選挙制度は、小選挙区と比例代表の議席を基本的に切り離し、小選挙区での獲得議席とは別に、比例区でそれぞれの政党の獲得票に基づいて議席を割り振るが、スコットランドでは、比例代表の得票で割り当てられた議席数に小選挙区で当選した議席数を勘定に入れる。小選挙区での獲得議席が多ければ、比例代表の得票で割り当てられた議席数を超えて比例区の議席を割り当てられない。そのため、比例区内の小選挙区の議席をすべて獲得してもその比例区に割り当てられる議席はないということもありうる。例えば、2021年のスコットランド議会議員選挙では、SNPは、73の小選挙区議席のうち62議席を獲得したが、比例区では2議席しか獲得できず、64議席に終わった。全129議席で、その過半数は65議席だが、SNPは過半数に1議席足りず、スコットランド独立を謳う緑の党と連立を組み、政権を維持している。

SNPは、2007年に議会最大政党となった。129議席中47議席しかなかったが、緑の党の首席大臣指名協力を経て、少数与党政権を率いた。政策ごとに対応を変え、政権を運営し、その次の2011年スコットランド議会選挙では69議席を獲得し、過半数を制した。これまで、スコットランド議会で1党が過半数を制したのはこの時だけである。

2014年には、スコットランドの独立をめぐるスコットランドの住民投票が行われた。当時のキャメロン保守党政権の支持を得て実施されたが、結果は、45%独立賛成、55%反対という結果で、独立は否定された。キャメロン政権は、スコットランドの独立熱を見くびっており、投票日が近づき、世論調査で独立支持が急激に伸びてくるのにあわてふためく場面もあった。

SNPは、継続して議会の最大政党としてスコットランド政権を維持している。スコットランド独立の夢を抱き続けている。そして独立をめぐる住民投票を2023年10月に実施する案をスコットランド議会で可決したが、保守党政権はそれを認めず、SNP政権は英国の最高裁に判断を求めた。最高裁の判断は、スコットランド議会がロンドンの中央政府の支持なしにそのような住民投票を実施できないとした。

そのため、SNP政権は、2年以内に行われる英国下院の総選挙や2026年5月に行われるスコットランド議会議員選挙をスコットランド独立住民投票へのスプリングボードにしようとしているが、それが目的通りの効果を生むかどうかはっきりしない。

そのなかで、性認知改革法案の問題が出てきた。この問題は、SNPが2016年のスコットランド議会選挙のマニフェストで訴えて以来のものである。手続き的な問題を簡略化し、また申請者の年齢を18歳から16歳に下げるものである(なお、スコットランドでは、スコットランド議会と地方議会選挙の投票権は16歳に与えられている)。スコットランド議会で野党の労働党や自由民主党などの賛成も得て可決されたが、SNPや労働党にも反対投票した議員もいる。特に、簡単に性転換できるようになると生来の女性や少女たちの「安全なスペース」が侵害されたり、制度が悪用されたりする可能性があると指摘する。労働党のスターマー党首は、16歳への年齢引き下げに懸念を表明している。

一方、これまで、スコットランドで独立熱が高まるごとに、地方分権の程度の問題が取り上げられてきた。すなわち、より多くの権限を与えれば、スコットランドの、独立したいという気持ちを抑えることが可能だという議論である。ところが、性認知改革法案の件で、実際には、スコットランドは、自分たちの決めることが実行できないということが確認されることとなった。

SNPは、スコットランド相の判断について、裁判所の判断を仰ぐとしている。ただし、裁判所の判断がどうなろうとも、スコットランドの住民が自分たちの権利について大きな疑問を持ち始めるきっかけとなったと思われる。どうなるか注目される