問われる、キャメロン首相の判断力

EUで最も重要なポストである欧州委員会委員長の後任をめぐり、キャメロン首相は、本命と目されるルクセンブルグ前首相のジャン=クロード・ユンケルの任命に真っ向から反対している。ユンケルではイギリスが考えているようなEU改革ができないと見ているためだが、キャメロン首相があてにしていたドイツ、スウェーデンなどがユンケルを支持する方向がはっきりとし、イギリスはEUの中で孤立する状況になっている。そのため、キャメロン首相が大上段に振りかざしたようにユンケルに反対した戦略判断に疑問が投げかけられている。

この人事には、5月に選挙が行われた欧州議会の意思が反映されることとなっている。この選挙で最も多数の議席を占めたのは欧州議会内のグループ、欧州人民党(EEP)であり、ドイツのメルケル首相のキリスト教民主同盟をはじめ、多くの保守中道の政党が参加している。ユンケルはこのグループに支持されている。

実は、キャメロン首相の保守党はこのグループに2009年の欧州議会議員選挙まで所属していたが、選挙後、このグループは欧州連邦主義的過ぎるとして、脱退した。もし、保守党がこのグループに残っていれば、ユンケルを支持するかどうかで発言権があったはずだと見られている。

ちょうどそれに重なるように、キャメロン首相の広報局長であったアンディ・クールソンが過去の違法な電話盗聴問題で有罪となった。クールソンは、廃刊となった、当時イギリス最大の売り上げを誇っていたニューズ・オブ・ザ・ワールドの編集長だった。その編集長時代に電話盗聴に関与していたことが明らかになったのである。 

キャメロンは、2005年に保守党党首となったが、クールソンがキャメロンの下で働き始めたのは、2007年のことである。トニー・ブレアの下で大きな役割を果たしたアラスター・キャンベルのような広報戦略担当者を求めていた。当時、キャメロンの参謀を務めてオズボーン現財相のアドバイスでクールソンを雇ったと言われる。キャメロンは当時、野党第一党の党首として閣僚並みの給与を得ていたが、自分の2倍以上の年俸を払って雇ったと見られている。

そしてキャメロンが2010年に首相となった時、首相よりわずかに少ない給料で、広報局長として首相官邸に入った。ところが黒子役の自分に盗聴問題で焦点が当たるのでは仕事ができないとして2011年1月に辞職した。

クールソンは当初から少し危ういという見方があった。編集長職を離れたのは、ニューズ・オブ・ザ・ワールド関係者の盗聴問題の責任を取ったためである。つまり、クールソンがその盗聴に関与しているのではないかという疑いがあった。そのような人物を雇い、非常に重要な役割を任せることに疑問が投げかけられたのである。

しかしながら、クールソンには、その広報戦略上の能力だけではなく、イギリスのメディアの世界で非常に大きな影響力を持っていたルパート・マードックに直結できるという便益があった。あのサッチャーもマードックに便宜を図ったことが明らかになっている。また、1992年の総選挙で予想を裏切り、保守党が勝ったのはその傘下のサン紙の影響だと多くが信じている。ブレアが1995年にオーストラリアまで行き、マードックの新聞グループの総会でスピーチしたのはその影響力を考慮したためだ。2007年に首相となったゴードン・ブラウンも、マードックのイギリスでの代理人の役割を果たしていたレベッカ・ブルークスに卑屈とまで言えるような態度を取っていた。

そのため、2007年にクールソンがキャメロンの広報戦略担当に任命されたときには、見事だという見方が強かった。キャメロンにとっては、リスクを伴うが、それだけの価値があると見られていた。

ところが、実際に有罪となると状況は全く異なってくる。キャメロンは、クールソンを首相官邸で特別国家公務員として働かせ、高度な機密にも触れさせたと見られている。キャメロンは、誰もが「第二のチャンス」を与えられるべきで、自分はそれをクールソンに与えただけだ、その判断が誤っていたのは申し訳ないと謝罪する。しかし、その「第二のチャンス」を、国を預かる首相の最も重要な側近として働く機会として与えたのは、少なからず論理の飛躍のように思われる。キャメロン首相の判断力が改めて問われることとなろう。

予測できないことのある政治(Unpredictable Political Events)

政治の流れ、動きは予測できないことが多い。コープ銀行の会長を今年6月まで3年余り務めたポール・フラワーズの個人的な不行跡の問題が11月17日の日曜紙で取り上げられ、労働党にかなり大きな影響を与えている。

コープ銀行は、協同組合から出発し、様々な企業体を持つようになったコープ・グループの主幹企業の一つである。労働党は、コープとの関係が深く、32人の下院議員が、労働党とコープ党の両方から推されている、いわゆる労働党・コープ議員である。

労働党の影の財相エド・ボールズは、そのような議員の一人であり、コープ・グループから5万ポンド(800万円)の政治献金を2012年に労働党を通して受けている。また、労働党は、今年4月にコープ銀行から120万ポンド(1億9200万円)の融資を受けている。

コープ銀行の元会長フラワーズは、禁止薬物を乱用していた。しかも様々な不行跡が次々と発覚している。フラワーズは、キリスト教メソジスト派の牧師である。かつては、労働党の地方議会議員であり、そこからのし上がった人物だが、あまり経験のない銀行の分野で会長となり、しかもコープ・グループ全体の副会長でもあったことは多くの人を驚かせた。この点については、内部の問題を扱うのにフラワーズの推しの強い政治的な調整力が役に立ったと言われる。

労働党とコープの近い関係から、フラワーズと労働党党首のミリバンドも何度か接触があった。また、ミリバンドのビジネス関係の諮問員会のメンバーでもあった。

フラワーズがかつて労働党の地方議会議員であったことからミリバンドや労働党トップがフラワーズの不行跡を知りながらそれを隠していたのではないかと保守党支持の新聞各紙が示唆した。

11月20日水曜日の首相のクエスチョンタイムはこういう背景のもとで行われた。これまでミリバンドは一か月半ほど「生活費の危機」を材料に優勢だったが、コープ銀行の問題に焦点を当てたキャメロンに上手を取られた。この問題に執拗に触れるキャメロンの前にたじろいだ。そのミリバンドの姿を見たキャメロンは久しぶりに溜飲を下げたような晴れ晴れとした顔をした。

しかし、政治は一種の魔物だ。調子に乗りすぎたキャメロン首相は労働党の古参下院議員がエコノミスト紙の記事を基に英国のビジネス投資の問題について質問したのに対し「フラワーズと一緒に夜外出し、精神状態を変化させる薬物をやった」に違いないと答えた。

これには労働党側から非常に強い非難の声が上がり、当該労働党下院議員が、議事進行上の問題(Point of order)を提起し、キャメロンの発言は、非議会的で、無礼で、不愉快な発言だと述べた。キャメロンは自らの言葉は軽い気持ちの冗談だと言い、それで不愉快な思いをしたのなら撤回すると言った。

この過程で、影の財相ボールズや他の労働党下院議員たちがキャメロンに「コカインをやったのか?」とヤジを飛ばした。これは、キャメロンがこれまでコカインをやったことがあるかどうかについてはっきりと答えていないことに関連している。

2005年の保守党の党首選では、他の候補者たちはやっていいないと答えたのに対し、キャメロンはみんなのようにやるべきではないことをたくさんやったと述べたにとどまった。また、キャメロンはオックスフォード大学に入る前に学んだイートン校で大麻を吸った疑いで放校処分を受けかけたと言われる。

キャメロンはボールズらのヤジに反応しなかった。議場のヤジ騒音のために公式な議事録であるハンサードには記録されていないが、マスコミがこのやり取りを報じた。

これはキャメロン首相に痛手である。多くの人がキャメロンのコカインの問題を既に記憶の片隅に追いやっていたのに、それを再び公共の面前に突き付けたからだ。

フラワーズの問題が労働党にどの程度の影響を与えたかは、今のところ不明だが、今後大きな影響を与えるとは考えにくい。保守党はこの問題で労働党とミリバンドにできるだけ大きなダメージを与えようとしているが、労働党とコープは同じ団体ではないことや、コープ自体の評判は今でも高いことから考えると、そう大きな傷跡を残すとは思えない。

オズボーン財相がコープ銀行の調査を命じたが、その結果が出るにはかなり長期間、恐らく数年かかり、これで労働党に大きなダメージを与えることも考えにくい。そのため、この事件は一過性のものとなる可能性が高い。

ただし、直接関係のない労働党には晴天の霹靂ともいえる事件であっても、それが政治の力学に影響を及ぼす可能性を改めて示した出来事だと言える。

ある下院議員のスキャンダル対処法(How To Deal With A Scandal)

労働党下院議員で影の女性・機会均等大臣が、かなり悪影響の出ると思われるスキャンダルに対応するため極めて効果的な手段を取った。この議員は、かつてBBCなどでもジャーナリストとして働いた人物である。

スキャンダルは、現在40歳の女性下院議員グロリア・デ・ピエロが、15歳の時に、お金を求めて、トップレスの写真を撮らせたことである。

その写真をあるエージェンシーが探しているという話を聞いて、この議員は、その先手を取った。

その議員はBBCのラジオ番組でそのことを話した上、自分のブログで、そのことに触れた。かつて自分の父親が健康でない時、生活に苦しんでそのような写真を撮らせたと説明した後、それが公表されないことを望むと言ったのである。

この対処の仕方を見て、かつてパディ・アッシュダウン自民党党首が行ったスキャンダル対応策を思い出した。

アッシュダウンは、かつて自分の秘書と関係を持ったことがある。そのことの書面を自分の弁護士に預けていたが、その弁護士事務所に入った泥棒がそれを盗み、新聞社に渡したのである。そのことを知らされたアッシュダウンは、総選挙が迫っている状況も考え、自ら記者会見を開き、自分の秘書とのかつての関係を公表した。

アッシュダウンは、タブロイド紙から「パンツダウン」などと揶揄され、それ以降何度もそれを繰り返されることとなったが、その時の対応の仕方から、総選挙への影響や、自分へのダメージを最小限に食い止めた。

スキャンダルになるようなことに関わりができると、金銭を求めて恐喝される、いわゆるブラックメールされることがあるが、そういう話に乗ってもそれでことが終わるわけではない。むしろ、それを契機にさらに要求されることになりかねない。

それが刑事事件となる、または他の民事訴訟が起こされる可能性のあるような場合は別だろうが、一度自主的に発表してしまうと、それは急速にニュース価値がなくなり、逆にそれを発表したことを賞賛される場合もある。いずれにしてもこういう事態に面した政治家に最も必要なのは、冷静な判断と勇気だと言える。

新聞の自主規制機関(Press Self-Regulated Body)

2011年に発覚した電話盗聴問題は、当時最も売り上げ部数の多かった日曜紙ニュース・オブ・ザ・ワールドの廃刊を招くほど大きな問題となった。

そして新聞の行き過ぎを防ぐために設けられたレヴィソン委員会が2012年11月、報告書を発表。その中で、信用を失ったプレス苦情処理委員会(Press Complaints Commission)に代わる機関として、強い権限を持つ自主規制機関が提案された。

それを基に二つの案が提出された。

まずは、主要三政党の保守党、自民党そして労働党が合意した自主規制機関案である(なおこの提案の概略は、2013年3月に発表された際のデイリーメイルの記事の図参照)。一方、三政党案は政治の介入を許し、報道の自由を侵害する恐れがあるとして、新聞業界は基本的に同じ体裁をとりながらも新聞業界案を出した。

いずれも法律ではなく、女王の認可を得る「勅許(Royal Charter)」の形をとるものである。BBCも勅許で設けられている。

新聞業界の提案したものは、レヴィソン提案の条件に合致しないとして勅許を審査する枢密院の委員会で拒否された。それをマリア・ミラー文化相が10月8日に発表した。

文化相は、主要三党案には修正する余地があるとして、新聞業界の歩み寄りを期待したが、状況は平行線をたどっている。業界は、自分たちの案でも西側先進国で最も厳しいものだという。

そこで、この二つの案を比較しておきたい。基本的な対立点は以下のようになる。

 

 

  主要政党案 新聞業界案
政治の関与 勅許は国会で修正されうるが上下両院それぞれの3分の2以上の賛成が必要。 国会は修正を認めたり止めたりできない。認証委員会、自主規制機関と業界団体がその変更に合意する必要。
認証委員会(新聞が適正に規制されているかを認証する) 元編集長はこの委員会委員になれない。 元編集長も委員となれ、少なくとも委員のうち一人は新聞業界の経験者とする。
任命委員会 4人の委員で構成され、委員は現職の編集長でも下院議員でもない。 4人のうち一人は、関連出版社の利益を代表する人物。
訂正と謝罪 自主規制機関は、訂正と謝罪を要求でき、£100万(1億5千万円)の罰金を課すことができる。それらがどのように実施されるかその具体的な方法を指示できる。 不正確な記事の訂正をきちんと行わせる力を持ち、全体的な不正行為には£100万の罰金を課せる。謝罪は指示ではなく、行うことを要求することができる。
仲裁 被害者は無料で仲裁サービスを提供される。誰もが出版社を訴えることができるよう、苦情を迅速に処理する制度を設ける。 試験的試みが成功すれば、名誉棄損裁判の代わりとなる迅速で費用のかからない仲裁サービスを提供する。

デイリーメイル読者とミリバンド記事(Daily Mail Readers’ View on Miliband Article)

デイリーメイル紙が労働党のエド・ミリバンド党首の亡父を「英国を嫌悪した男」と決めつけた件で、右派のタブロイド新聞デイリーメイルの読者でさえそのような言葉を使うことは許されないと考えていることがわかった。

デイリーメイルは保守党支持で、英国第二の売り上げ部数を誇り、インターネット版では英語版で世界最大の読者数を持つといわれる。

その記事は、マルクス主義の学者であった亡父を攻撃することで、左傾化していると思われたミリバンドの危険性を浮き彫りにする狙いがあった。しかし、父への攻撃に怒ったミリバンドはそれに強く抗議している。

ミリバンドの父は、ナチスドイツの迫害でベルギーから英国に逃れてきたユダヤ人難民で、第二次世界大戦中に英国海軍で戦った人物であった。

この問題をめぐる世論調査では、ミリバンドの父を「英国を嫌悪した男」と呼んだことを許されるという人は17%にとどまり、許されないと言う人は72%にも上っている。また、78%の人はミリバンドがデイリーメイルに苦情を申し入れたのは正しかったという。

特に、保守的な見解に共感する傾向が強いと思われるメイルの読者も60%がそのような言葉を使うことは許されないと言っている。

デイリーメイルの記事は、ミリバンドの勢いを削ぐどころか、むしろその勢いを増進した効果があったようだ。しかも、その読者の見方を考えると、今後ミリバンドを攻撃する際にその親族に触れることはかなり難しくなったと言える。

ただし、デイリーメイルにとって最大の問題は、1年の契約延長がなされたばかりといわれる編集長ではないだろうか。これまでカリスマ的なリーダーシップを揮ってきた編集長に大きな疑問が出てきた。今回のミリバンドとの論争を乗り切ったとしても、一度ぐらついた信頼を取り戻すのはそう簡単ではない。

恐らくその最大の受益者は、デイリーメイルにこれまで叩かれ続けてきたミリバンドのように思われる。

ミリバンドの父の報道をめぐる論争(Mail’s Report about Miliband Father)

労働党のエド・ミリバンド党首の父親は「英国を嫌悪した」と報道したデイリーメイルの記事(9月28日)を巡る論争はまだ続いている。

デイリーメイルは保守党支持である。英国第二の売り上げを誇る、人気のあるタブロイドの新聞紙であり、そのオンライン版は英語版で世界一の読者数を誇るという。

ミリバンドの父ラルフは、1940年にナチスドイツの迫害を逃れ、16歳でベルギーから英国へ来たユダヤ人難民だった。英国の海軍で第二次世界大戦を戦い、その後、LSE、リーズ大学、アメリカやカナダの大学でも教えたマルクス主義の学者であった。1994年に亡くなった。

デイリーメイルは、そのラルフを攻撃することで、その父の影響を受けたとするミリバンドを間接的に批判しようとした。

ラルフが「英国を嫌悪した」としたのは、ラルフが英国に来て数か月後に書いた日記の一節にそれとおぼしきものがあったからだ。17歳の少年の記述を、その生涯の評価として否定的に使うのは妥当ではないだろう。

ミリバンドは、その記事に怒った。父は英国を愛していた、と主張した。デイリーメイルは、ミリバンドの反論を掲載(10月1日)したが、同時にもとの記事の主張を繰り返し、さらに社説でラルフの残したものは邪悪な遺産だと主張した。

ミリバンドは、それにさらに怒り、それ以降、デイリーメイルとの対立が続いている。

10月2日、ミリバンドの叔母(ラルフの妹)の夫の追悼会が身内だけで開かれた。そこにデイリーメイルの姉妹紙であるメイル・オン・サンデーの記者が押しかけて取材しようとした件で、その翌日、新聞紙のオーナーがミリバンドに謝罪した。しかし、デイリーメイルはその立場を維持している。

この論争の影響はかなり大きい。まず、この論争が保守党の党大会開催中に重なり、党大会へ向けられるメディアの報道時間が大幅に減った。

メディアはこの論争にかなり多くの時間を割き、また、親の子供への政治的影響について論評がいくつも出た(参照BBCの論評)。

デイリーメイルは、マルクス主義者の父親を持つミリバンドはその影響を受けて、自由市場主義に反対している、それゆえにそれを報道する価値があると主張する。

ただし、親の子供への政治的影響があるかどうかについては、どちらとも言えないというのが結論だと思われる。例えば、アメリカの共和党大統領だったロナルド・レーガンの息子は、民主党大統領候補を応援した。英国の保守党の有力政治家だったマイケル・ポーティロはメージャー政権の国防相でサッチャーの支持者だったが、その父親は、スペインのフランコ政権を逃れて英国に亡命した左翼の人物だった。

ミリバンドとデイリーメイルの論争がこれからどうなるか現時点では不明だが、こう着状態になる可能性が高いと思われる。しかしながら、もう既にこの論争の効果ははっきりしていると言えるだろう。

まず、これまで保守党らが指摘してきた「ミリバンドは弱い」という評価は消えたと思われる。

次に、新聞はタブロイド紙も含めて政治家の個人攻撃にかなり慎重になるだろう。

さらに来週、枢密院で大手新聞社らの提案した自主規制機関案の審議に少なからず影響を及ぼすだろう。

この案は、主要三党の提案した準公的規制機関案は報道の自由を妨げるとして反対し、提出されたものである。しかし、この論争は、BBCの記者がデイリーメイルは「墓穴を掘った」と評したように、自主規制機関案には大きなマイナスとなった。

デイリーメイルの編集長は、現在の報道苦情処理委員会(Press Complaints Commission)の「編集長の行動基準委員会」の委員長でもある。明らかに不適切な記事を掲載したにもかかわらず、報道の自由だと居直る態度は自己規制案に対して大きな疑問を投げかけたからである。

今回の事件は予想外に大きな影響があったが、英国のメディアの報道のあり方に好ましい結果をもたらしたように思われる。特にこれまで「報道の自由」の名の下に不当に批判されてきた政治家にはそうだろう。

英国の移民問題―神話?(Are Immigration Problems Myth?)

英国では、移民の問題は多くの国民の関心事だ。移民が英国のシステムに付け込んでいる、そして政府が移民をきちんとコントロールしていないと考える人が多い。国境局が、刑務所から出た外国人の取り扱いでミスを犯し、しかも不法滞在者を十分把握していない、移民関係の未解決のバックログが31万2千件もあり、その数が増えているというような話を聞くと、移民問題は本当に深刻だと考えがちだ。

ヨルダン人のイスラム教過激派指導者であるアブ・カタダの例は象徴的だ。この人物の存在は国家の安全を損なうと、メイ内相は、カタダをヨルダンに本国送還しようとしている。メイ内相は、同じことを試みた6人目の内相である。3月27日の控訴院判決で、3人の判事は本国送還を認めなかった。もしヨルダンに送還すれば、他の人を拷問にかけて入手した証拠がカタダに対して使われ、その結果、その人権が侵害される可能性が高いとした。

カタダは、オサマ・ビン・ラディンの欧州の右腕と呼ばれた人物である。カタダには法律扶助が与えられ、家族と住む住居は提供され、しかもそのセキュリティには1週間に10万ポンド(1450万円)かかっているという。しかし、この控訴院の判決で、カタダは英国に居続けるのではないかと見られている。

同じ日に他の裁判でエチオピア人の本国送還も否定された。このエチオピア人は2005年のロンドン爆弾攻撃未遂事件に関連した人物だが、欧州人権条約のために、英国政府は、追い出せないのである。

このような事例は、政府の能力を疑わせ、また、国民の移民への不信感を強める。それは仕事でも同じで、6割の英国人が移民は英国人の仕事を奪っていると考えている。この移民の問題は、UKIP(英国独立党)の支持率がかなり伸びている大きな要因である。

そのため、各政党は移民対策の案を出す必要に迫られている。保守党のキャメロン首相は、移民が福祉手当を受けられるルールを厳しくしようとしている。メイ内相は、国境局を内務省の直接管轄下に戻した。自民党のクレッグ副首相は、移民問題を起こす可能性の高い国からの英国訪問には、供託金を出させ、出国時に返却する案を打ち出した。この対象国は、インド、パキスタン、バングラデシュそしてアフリ諸国で、その額は千ポンド(14万5千円)と見られている。

ハント健康相は、外国人がNHSを無料で使わないよう、病院などでのチェックをきちんとするよう求めている。

野党労働党は、ミリバンド党首が過去の労働党政権下での不十分な移民対策を謝罪し、クーパー影の内相は、移民への福祉手当を抑制する案を持っている。

しかし、実際には、英国のシステムに移民の与えている影響はそう大きくない場合が多い。

例えば、キャメロン首相が移民の公共住宅への申し込みに制限をつけると発表した。一般に、移民が公共住宅の入居で優先権を与えられているという見方があるが、それを裏付ける証拠はない。

http://migrationobservatory.ox.ac.uk/briefings/migrants-and-housing-uk-experiences-and-impacts

2011年の調査では、英国生まれで公共住宅に住んでいる人が17%に対し、外国生まれで公共住宅に住んでいる人は、その18%という結果である。もちろん外国生まれであっても、英国民となっている人はかなり多い。

公共住宅の問題は、住民の生活様式の変化、例えば、離婚や離別などの増加でより需要が高まっていることや、公共住宅の住人への販売のために、公共住宅そのものの数が減っているのに、新しい公共住宅がなかなか増えないことに大きな要因がある。移民が公共住宅の不足を起こしているというよりは、社会条件の変化や政策の停滞が原因となっていると言える。

移民問題は政治家が無視できないほどに重要な問題となっているが、実態は、かなりの偏見に基づいていることが多い。偏見がこれ以上増大しないよう、政府が既存の政策をきちんと遂行し、国民の信頼を得ることからスタートする必要があるように思われる。

 

プレスの新自主規制機関の段取り(Schedule for New Press Regulation)

3月18日に主要三党の間で合意されたプレスの新自主規制機関に関する勅許は、今年5月に出される予定である。

この勅許に関連した法は、以下の二つの法案に取り入れられた。いずれの法案も今回のプレスの自主規制には関係のないものであるが、たまたま上下両院で審議が最終段階に入っていたものである。

下院では、犯罪・裁判所法案が使われ、裁判所が新規制機関に加入していない新聞などのプレスの常軌を逸した行動に懲罰的賠償金を科す条項が入れられた。この法案そのものは既に上院の審議を一度終えており、下院で審議中であった。この条項を付け加えた法案は下院で3月18日に賛成多数で可決されており、上院に最後の修正のために送られた。

上院では、エンタープライズ・規制改革法案が使われた。この法案に「2013年3月1日以降に勅許で設けられた機関」については、勅許の中に定められた要件を満たさないと規定を変更できないことを明記した。この法案そのものは既に下院の審議を一度終えており、3月20日に上院を通過する。その後、下院に修正のために送られる。

以上からこれらの二法案は、来週にも法となる予定だ。その後、5月に枢密院に勅許案が提出され、女王の勅許が出されるという段取りである。

なお、プレスの自主規制機関に加入しないまま、もし被害者から訴えられるようなことがあれば、通常よりはるかに高額の懲罰的な賠償金を科される可能性があることは、日本では憲法上の問題となるかもしれない。しかし、英国は「国会主権」であり、日本の「国民主権」下での憲法の枠組みとは異なり、基本的に国会は、国会がふさわしいとみなす法を制定できる。

もちろん、今回の合意の内容が、欧州人権条約10条の表現の自由に反するという見解を持つ専門家もいるが、それが今回の合意を妨げるものとはなっていない。

一方、このプレスの自主規制機関のような極めてセンシティブな問題が政治的に急に決着が図られるということについて、納得のいかない人もいるかもしれない。しかし、これも上記の「国会主権」の産物の一つであり、国会で決定されれば、従わざるをえないという民主主義の基本原則に関連している。

新しいプレス自主規制機関をめぐる議論(Arguments on the New Press Regulator)

保守党、自民党そして労働党の主要三党の合意した新しいプレスの自主規制機関を巡っては様々な議論がある。新聞の中にもインデペンデント紙のように「もっと悪いものになっていたかもしれない」と受け入れるところもあれば、今回の合意を非難し、態度を留保している新聞も多い。その中で、ガーディアン紙の見解は、「書類の上ではよい取り決めのように見えるが・・・」で、新聞業界との交渉がこれから始まるかもしれないと警告している。(http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2013/mar/18/press-regulation-pressandpublishing

ガーディアン紙は、報道の自由とプレスの個人のプライバシー侵害とのバランスをどうとるかという議論の他に、政治家とプレスとの「腐敗」の問題に言及している。この「腐敗」で示唆しているのは、レヴィソン委員会の公聴会でも明らかになったように、政治家が、読者に大きな影響力を持つ大手の新聞を恐れ、選挙で有利な扱いを受けるようご機嫌取りをし、これらの新聞はそのためにかなり有利な取り扱いを受けていたことだ。その結果、レヴィソン卿の言葉を借りれば、プレスは「罪なき人たちの人生を滅茶苦茶に」していた。

このプレスと政治家の関係のため、政治家は、これまで「報道の自由」の原則を盾に、プレス規制に消極的であったといえる。もちろん、ここでの政治家は、保守党だけではなく、労働党もそうである。結局、レヴィソン卿が報告書で主張したように、政治家の意思が重要であった。主要三党が妥協し、超党派で合意したことで、どの政党もプレスの標的になることを免れたと見られている。

今後の行方であるが、この自主規制機関はかなりのスピードで制定されることになると思われる。3月18日夜、下院で、新しい自主規制機関に参加しない新聞に対して 裁判所に懲罰的賠償金を課すことを許す条項が、ある法案に入れられた。その採決結果は、賛成530、反対13であった。下院議員は党派を超えて、この新制度を受け入れているようである。

勅許の内容は、今後若干の修正があるかもしれないが、一度決まってしまえば、上下両院で3分の2の支持がなければ条項は修正できないことになっている。プレスはこの新制度をできるだけ受け入れやすくするよう懸命のロビイング活動を行うかもしれないが、基本的な枠組みは受け入れざるを得ない状態となっているといえる。

プレス自主規制機関の妥協(Compromise on Press Regulator)

保守党、自民党、労働党が、ようやくプレスの独立自主規制機関の設置に合意した。新聞の中にはこの機関に加盟するかどうか態度を保留しているところもあるが、この妥協は、現在の状況下では最善のものと言えるのではないかと思われる。

経過

2012年11月の控訴院判事レヴィソン卿の報告書にさかのぼる。レヴィソン卿率いる公の調査委員会は、新聞紙らによる電話盗聴など個人の権利に対する侵害が明らかになり、プレスの行動などについて調査するため2011年7月に設けられた。

レヴィソンは、その報告書で、過去70年足らずの間に同様の調査が行われるのは今回で7回目だと指摘し、今回の勧告を採用し、次の調査が行われる必要をなくしてほしいと訴えた。

そこでは、独立の自主規制機関の設立が提案され、この機関は、法的根拠を持つものとすべきだと明記された。それ以来、主要三党間で交渉が進められてきていた。

キャメロン首相が、3月14日、突然、もうこれ以上議論しても、お互いの溝は埋められない、交渉を打ち切り、3月18日に採決すると記者会見した。そして3月15日にキャメロン案を発表。

キャメロン首相の突然の交渉打ち切りに野党労働党のミリバンド党首も、保守党と連立政権を構成する自民党のクレッグ副首相も驚いた。しかしミリバンドとクレッグは共同して案をまとめ、独自の案を3月15日に発表した。保守党内のキャメロン案への反対勢力(20人程度と伝えられた)とも連携し、3月18日には、キャメロン首相は敗れるという見込みが強まった。ところが、3党間の交渉は続いており、3月18日午前2時半ごろ、合意に達した。

争点

キャメロン首相とミリバンド党首・クレッグ副首相との考え方の違いは基本的にプレス側に立つか、被害者側に立つかということだった。キャメロンはプレス側の立場に立とうとした。プレスの自由を大義名分にしたが、プレスの影響力を恐れたためである。メージャー元首相も、23年前に同様の調査委員会を持ったが、その対応は不十分に終わった。現職の首相はこのような場面では極めて弱い立場に置かれるようだ。

一方、ミリバンド・クレッグは被害者側の立場に立とうとした。プレスの影響力は恐れたが、有名な被害者支援組織「ハックド・オフ」から安易な妥協をすれば徹底的な攻撃の書面を発表すると脅されたといわれる。

両者の立場の違いは、端的に、独立の自主規制機関を法に根拠を置くものとするかどうかに集約された。

レヴィソン報告書ではこの法について以下のように述べている

http://www.official-documents.gov.uk/document/hc1213/hc07/0779/0779.pdf.P18)。

この法律で行わないことは

  • プレスを規制する機関を設けない。規定された基準に合う自分たちの組織を設けるかどうかはプレス次第である。
  • その法律は、国会にも政府にも、いかなる規制(またはそれ以外の)機関に対しても、新聞がどのような記事であっても刊行することを妨げる権利を与えない。
  • これらの団体に、認証された自主規制機関に、その機関が認めた情報に関して訂正や謝罪の配置や目立ち方について新聞に指示する権限を持たせるよう求める場合以外、どのような記事であってもそれを刊行するよう命じるいかなる権利も与えない。

この法律で成し遂げることは

  • 政府にプレスの自由を守る法的な義務を初めて課す。
  • 新しい自主規制機関を承認する独立したプロセスを提供し、基本的な要件である独立と有効性があり、また今後とも継続してそうであることを国民に安心させる。(レヴィソンはOfcomを推奨)
  • 新しい機関を承認することにより、その行動基準と仲裁制度が、加入する者にもたらされる法の便益を正当化するのに十分であるかを認証する。これらは、データ保護、容認できる慣行・実務に関して様々な問題に対する裁判所の取り扱い方、さらに妥当な裁判外紛争処理が利用できる場合にはコストの結果に関連することもあり得る。

レヴィソン卿は、以上のような制限をつけながらも、法律で規定された独立の自主規制機関を求めたが、3党ともに、キャメロン案の勅許の方式でこの自主規制機関を設ける案で合意した。問題は、勅許をさらに法律で裏打ちするかどうかであった。キャメロンはそれに反対し、他の2党がそれは必要だと主張した。

勅許だけでは不十分

勅許とは、国王(女王)が出す、一種の手紙のようなもので、羊皮紙に書かれたものである。BBCや数々の大学、プロフェッショナルの機関、地方自治体など合計700余りがこの勅許を受けている。

この勅許を出す手続きは、枢密院で行われる。立憲君主制の下で、枢密院の役割は限られているが、その役割の一つは勅許に関したものである。枢密院の会議で、女王の正式な承認を得るが、それは既に大臣が議論して認めたものであり、勅許で自主規制機関を設けても、大臣が勅許の内容を変えようとすれば、それは枢密院で認められる可能性がある。

この点を反映して、最終的に、上院で審議されている別の法案の中にこの件の条項を付け加えることになった。

ここで重要なのは、この条項で、勅許はその中で述べられた要求事項に合致しなければ変更できないとしたことだ。この条項には、特にどの勅許とも明確にはしていないが、そのような要求事項をつけた勅許は一つしかないことから、どの勅許を指しているかは明らかである。そしてこの勅許の中には、上下議会のそれぞれ3分の2の賛成がなければ修正できないと述べる。

かなり回りくどい方法であるが、その結果、キャメロンは、これは法律に根拠を置くものではないと主張でき、一方、ミリバンドとクレッグは、これは法律に根拠を置くものだと主張できる。役人の入れ知恵かと思われる。

自主規制機関の内容

この自主規制機関は、新しい行動基準を持ち、その役員の任命も運営資金の獲得も自ら行う。苦情処理を行い、無料の被害者との仲裁機関を持ち、プレスが誤ったことをしたと判断した場合には最大限100万ポンド(1億4500万円)の罰金を命じることができる。この自主規制機関に参加しないプレスが裁判で誤りが認められると、懲罰的損害賠償を命じられる。なお、この機関を認証する独立した組織が設けられる。