なぜアロン・バンクスが注目されているのか?

大金持ちでイギリス独立党(UKIP)の支援者だったアロン・バンクスに焦点があたっている。なぜこの人物が問題なのだろうか?

それは、2016年のイギリスがEUを離脱すべきかどうかの国民投票に関する問題についてバンクスの関与である。バンクスがEU離脱キャンペーンに違法な形で資金支援したのではないかという点と、そのお金がどこから出たか、自分のお金か、EUの混乱と弱体化を狙うロシアからのものか、もしくはロシアの協力を得て稼いだお金から出たのかの点である。

2016年のEU国民投票の結果は、離脱賛成51.9%対、離脱反対48.1%の僅差で、離脱賛成の結果となった。その結果、国民投票を実施した保守党のキャメロン首相は首相を辞任し、後任のメイ首相が来年3月のイギリスのEU離脱に向けて、現在EU側と交渉を行っている。

バンクスは、保険分野で成功し、1億ポンド(150億円)以上の資産があると見られている。その妻はロシア出身であり、バンクスがロシアを訪れること自体、何ら不思議なことではない。しかし、2016年のEU国民投票の前後、バンクスがロシアの外交官らをはじめ、ロシア関係者に何度もあっていることがわかった

1.違法な資金援助

バンクスは、UKIPのファラージュ元党首らの離脱キャンペーン団体「離脱EU(Leave. EU)」を設けたが、それ以外の離脱キャンペーン各種団体を含め、その資金援助総額は900万ポンド(13億5千万円)にも及ぶと見られている。「離脱EU」の支出報告には、既に選挙委員会から違反があったとして、7万ポンド(1千万円)の罰金の支払いを命じられている。これにバンクスらは法廷で争う構えだ。選挙委員会は、この団体のチーフエグゼクティブを警察に告発し、警察が調査を進めている。

2.お金の出どころの問題

バンクスが自らの資金を自ら出していれば、そのこと自体に問題はないが、ロシアからの資金が流れ込んだり、ロシアから利便の提供を受けたりしていれば、問題である。

バンクスは、下院のデジタル・文化・メディア・スポーツ委員会から「偽ニュース」や個人データの悪用について証人として出席するよう何度も求められていた。これは、バンクスのケンブリッジアナリティカというデータ分析会社との関係を中心にし、アメリカ大統領選挙やここでのEU国民投票への影響について調査するものである。バンクスは、ファラージュUKIP元党首と一緒にトランプ大統領とも会っている。バンクスは委員会の召喚を無視する構えだった。しかし、内務委員会への出席などを求める声も出てきており、新しい状況下で出席を承諾した。

なお、バンクスへの調査がどのようなことになっても、それで国民投票の結果が無効になるわけではない。イギリスは、EUを来年2019年3月29日に離脱することに変わりはない。

調査しないことになった下院議長のいじめ疑惑

ジョン・バーコウ下院議長のいじめ疑惑について、下院の行動基準委員会が行動基準コミッショナーに調査依頼しないこととした。5人の委員のうち、3人が調査に反対、2人が賛成だった(委員長は同数となった場合にしか投票しない)。調査するかどうかはコミッショナーの判断次第という点では委員全員が同意したが、この委員会のルールで7年を超える前の件については、コミッショナーは委員会に諮る必要があり、よほどの事情がない限り、委員会は調査依頼しないことになっている。バーコウはすべての疑惑を否定している。

バーコウは2009年から下院議長を務めている。下院の元職員でバーコウにいじめられたとする二人のうち一人は2010年、もう一人は2011年2月にそのポストを離れた。すなわち、7年を超えている。また、二人とも、その主張を正式な苦情申し立てとして訴え出ていない。2010年に退職した人物は口外禁止条項に署名したとしたが、バーコウは、その話には自分は関与していないし、自由に話してもらって結構だとしている。

なお、バーコウの件を調査するようコミッショナーに求めたのは、委員会に所属しない保守党議員。委員会でコミッショナーへの調査依頼に反対したのは保守党議員2人と労働党議員1人で、賛成したのは保守党議員と労働党議員1人ずつだった。

国家公務員に責任を押し付ける政治家

イギリスの大臣たちは、レッドボックス(Red Box)と呼ばれる赤いブリーフケースを持つ。この中には、大臣が目を通しておくべき書類が入っており、公私ともに多忙な大臣たちがどこででも書類に目を通すことができるようになっている。レッドボックスは、大臣のいるところに届けられる。

現在、内務大臣のアンバー・ラッドが、内務省の強制退去達成目標を知っていたかどうかの議論がある。ラッドが、下院の内務委員会で、達成目標はないと主張したが、実際にはあったことが明らかになった。ラッドは、そのような目標を知らなかったと謝罪したが、後に、達成目標を記した書類が、ラッド、その下の閣外大臣らを始め数人に送られていたことが漏洩され、ラッドの主張に大きな疑問が投げかけられている。

このような問題を国家公務員の責任にしようとする政治的な動きがある。これまでにもラッドは、いわゆる「ウインドラッシュ世代問題」は内務省の国家公務員の問題だと示唆した。イギリスに正規に入国してきて、何十年も住み、本来在留権のある人たちが、書類で証明できなければ強制退去を迫られたり、NHS(健康保険サービス)や社会福祉を正当に受けられなかったり、仕事を解雇されたり、住居を借りられなかったりした問題である。さらにラッドが強制退去目標を知っていたかどうかの問題では、メイ政権の環境相マイケル・ゴブが、国家公務員がラッドにそのような書類を渡していなかったためだと示唆した。しかし、担当の国家公務員が、そのような書類をラッドに渡していなかった可能性は極めて少ない。

各省庁の大臣室には、首席秘書官(Principal Private Secretary)がいる。この首席秘書官は国家公務員であり、将来事務次官になりそうな優秀な人物が任命される。この首席秘書官が、このような書類の仕分けの責任を持つ。大臣に目を通してもらいたい書類を重要なものを上にして重ね、書類の一覧表をつけ、書類が一目瞭然でわかるようになっている。しかも大臣からの問い合わせに備えて、副本を作っておく。

今回、漏らされた書類は、昨年夏のもので、強制退去目標を10%上回ったというものである。当時、これは大臣にとって良いニュースであり、それが大臣に知らされなかった可能性はまずない。この点は、ゴブ環境相が4月28日に出演した公共放送BBCラジオの看板番組Todayでもキャスターのジョン・ハンフリーが指摘したことだ。

国家公務員にむやみに責任を負わせようとするのは賢明ではないだろう。4月29日のBBCテレビのSunday Politicsでも、ブロガーのイアン・デールが指摘したように、そのような動きに反発した国家公務員が政治家に不利な情報を意図的に漏らす可能性がある。

ラッドは、4月30日に再び下院の内務委員会に招かれたが、この委員会は内務省事務方トップの事務次官も呼んだ。政治家が国家公務員に責任を擦り付けるような事態に事務方がどのような見方をしているか確認するためのようだ。いずれにしても、政治家が国家公務員を粗末に扱うのは危険だといえる。

強引な節税

昨年のパナマ文書に続き、パラダイス文書と呼ばれる書類が大量に漏えいされた。この書類で明らかにされたのは、大企業や大金持ちがタックスヘイブン(租税回避地)を利用し、税金逃れを図っていたことである。この中には、アップルや、イギリスのエリザベス女王、フォーミュラ1のドライバー、ルイス・ハミルトンなども含まれていた。いずれも不法なものではないとされるが、既存の制度を巧妙に利用したもので、本来支払われるべき税金が支払われていない。

メイ首相は、税金逃れに対するこれまでの対策と成果を語り、きちんと税が支払われねばならないと主張したが、それ以上の策には踏み込まなかった。

一方、野党労働党のコービン党首は、英国産業連盟(CBI:日本の経団連に相当する)での演説で、これらの税が支払われなければ、国民保健サービス(NHS)などの公共サービスが影響を受け、財政赤字が出れば、その穴埋めをするのは一般の国民だと批判した。

昨年のパナマ文書は、アイスランド首相の辞任につながった。また、イギリスのキャメロン首相が、父親が租税回避地に設立したトラストファンドの持ち分を売り、利益を得ていたことがわかり、キャメロン首相自身が政治家として終わりだと思ったと伝えられる。政治家には、直接関与することがあれば、大きなリスクとなりうる。

今回の漏えいは、有権者がこのような文書の漏えいに慣れてしまっており、パナマ文書ほどのインパクトはないのではないかという見方がある。恐らくそれは正しいだろう。公共放送BBCが、パラダイス文書を扱った番組パノラマを放映したが、そのインパクトははるかに小さいように思われた。

産業振興や投資促進などが複雑に絡み合い、税金の仕組みは非常に複雑なものになっている。イギリスには、王室属領などの租税回避地の存在で、その金融セクターの発展に役立ててきた歴史がある。それらを巧妙に操作し、強引な節税に走る向きは、そう簡単に減りそうにない。

ブレアのイラク戦争責任を問う下院動議

イギリスは、2003年のイラク戦争に参戦し、その後、イギリス軍はイラクに2009年までとどまった。その間、179人の兵士らイギリス関係者が亡くなった。イギリスのイラク参戦への批判はやまず、労働党のブラウン首相が、イラク参戦にまつわる徹底的な調査をするためのチルコット委員会を設け、その報告が7年後の2016年にやっと提出された。

その後の余震は今なお続いている。下院で、スコットランド国民党(SNP)らがイギリスをイラク戦争に導いたブレア首相をさらに調査すべきだという動議を圧倒的多数の反対で否決した。賛成票70に対し、反対は439票だった。

チルコット委員会は、機密文書を含め、すべての文書にアクセスできる権限を与えられ、徹底的な調査をした。さらに、その報告書で批判された人には、発表前に反論の機会を与えたため、時間が非常にかかることとなった。その報告書では、イラク参戦は、最後の手段ではなかった、大量破壊兵器を持っていたという主張は正当化されない、この参戦の準備、その後の治安計画などが不適当であったという結論を出した。イラク戦争参戦を決断したブレアが議会に意図的に誤った情報を与えたかどうかという点では、それを否定し、むしろインテリジェンス当局や軍関係者の責任を問う結果となった。

下院の議決の結果には、この委員会の報告を含め、すべてのイラク戦争関係報告書が、ブレア首相が意図的に誤った情報を与えたという点を否定している中で、さらにブレア首相の調査を行うというのはブレア首相をスケープゴートにするばかりか、政府が今後同じような過ちをしないようにするという目的から外れるという判断が表れている。

ブレア元首相の責任を問う声は未だにある。SNPの下院議員、サモンド前スコットランド首席大臣がSNPの動議をリードしたが、これは、イラクで亡くなった兵士らの関係者が、ブレアが非合法の戦争に踏み切ったために無駄死にしたと、未だにブレア訴追を求めて活動していることが背景にある。

イギリスでは、下院議員が、サージェリーと呼ばれる、地元住民らとの面談をすることが通例となっている。そこでは、それぞれの住民の問題や苦情が話される。それらの人々の圧力を受けて、下院議員が動くことが多い。それは、11月28日に放映された、下院議員のサージェリーやその背景を報道したテレビ番組でよく出ている。

イラク戦争は、イラク国民にたいへん大きな影響を与えたが、それはイギリスの政治に今でも大きな影響を与えている。

コービンを嘘つきと決めつけるメディア

8月11日のこと。労働党のコービン党首が、労働党党首選の候補者討論に出席するため、ロンドンから列車でイングランド北部のニューカッスルの隣のゲイツヘッドに向かった。このヴァージン鉄道の車内を、席を探して歩き回ったが妻と一緒に座れなかったコービンは他の乗客と一緒に床に座った。そして、それを関係者がビデオに撮った。その中で、コービンは列車が非常に混んでいるとし、乗客のために鉄道の国有化を唱えた。そのビデオは、ガーディアン紙オンラインに掲載された。

この話に対し、ヴァージン鉄道を創設した億万長者のリチャード・ブランソンは、空席があったのに、コービンが座らず、床に座ったのは、そのビデオを撮るためのスタントだったと示唆し、コービンが車内を歩いた際のCCTVの映像をインターネットで公開した。これには、データ保護法違反の疑いがあり、情報コミッショナーの調査が始まった。

ただし、ヴァージンの映像だけでは、すべての事実関係が明らかになったとは言えない。ガーディアンが、最初のビデオの映像には含まれていなかった映像を追加で出したが、この列車はかなり混んでいたようだ。指定席に空席があったのは明らかだが、自由席がどうであったのかはっきりしない。車掌が、2等切符を持ったコービンに1等席に座るよう話をしたが、コービンは他の乗客も床に座っている状態で、そのようなアップグレードは受けられないと断ったため、車掌が2等席に座っていた他の乗客に1等席に移ってもらい、そこにコービンが座ったと言われる。それは、列車が出発してから42分後のことだった。

ヴァージン鉄道の言い分は、事実に反して、コービンがこの列車をスタントに使ったというものだが、テレグラフ紙、デイリーメール紙、タイムズ紙らは、この出来事をコービンが「嘘つき」だと決めつけるのに使った。正直なはずのコービンがメディア操作をしようとした、「新しい種類の政治」を唱える人物は「嘘つき」だと言うのである。

この報道ぶりを見て、2010年総選挙時の、自民党クレッグ党首への個人攻撃を思い出した。保守党、労働党、そして自民党の3党首テレビ討論の後、突如、クレッグブームが起き、自民党の支持率が大幅にアップした。そのクレッグブームを抑えようと、次の3党首テレビ討論前夜、テレグラフ紙らが協同してクレッグの政治献金疑惑を打ち上げた。その疑惑は数日で消えるが、テレビ討論後の世論調査で、クレッグブームは沈静化した。

コービンへの反対勢力は、労働党内の下院議員の4分の3以上に及び、労働党は内乱の状態に陥っている。しかし、コービンへの一般党員やサポーターの支持は非常に強く、党首選でもコービンが勝つのは間違いないと見られている。コービンへの一般有権者の評価は低いが、コービンの信念と誠実さに惹きつけられたコービン支持者の広がりは誰もが驚くものがある。アメリカで予想外にトランプが共和党の大統領候補となったように、既成のエスタブリッシュメントに飽き足らない有権者は新しいものを求める傾向がある。万一、一般有権者のコービンへの支持に火がつかないよう、コービンをけなし、信用を失わせるように仕向けているのではないかという感じがする。有権者に最も評価の高いビジネスマン、リチャード・ブランソンのコービン攻撃を誇大に報道することで、その目的を達成しようとしているようだ。また、ブランソンにもコービン攻撃へのメリットがあるという見方もある。

反ユダヤ主義問題とコービン労働党党首

労働党の党首にコービンが2015年9月に就任して以来、8か月近くたつ。コービンは、労働党で最も左と目され、それまで党のリーダーシップから無視されていた。そのコービンが党首選に立候補するのに必要な労働党下院議員35人の推薦(必ずしも支持、投票する必要はない)を受けられたこと自体、驚きであったが、コービンの立候補で、党員や登録サポーターの数が急増し、コービンは地滑り的大勝利を収める。

この結果は、圧倒的多数の労働党所属下院議員の意思に反してだった。つまり、労働党下院議員と党員やサポーターたちとの考え方が全く異なる結果となったのである。これが現在の労働党の問題の底流となっている。

ある新人労働党下院議員が、議員となる前の2014年にイスラエルはアメリカに場所を移すべきだという意見に賛成していたことがわかり、大きな議論となった。この女性議員は、党員資格停止され、取り調べられることとなった。反ユダヤ人の動きが大学生労働党支部や党関係者にあると批判されており、一部の者は労働党を既に除名されている。このような中で、労働党内の反コービン派や保守党の関係者、またメディアらが、地方議員らも含め、労働党関係者のソーシャルメディアなどでの発言を徹底的に調べているようだ。

上記の女性下院議員の問題をきかれた、前ロンドン市長で元労働党下院議員のケン・リビングストンが、これまで労働党内で反ユダヤ主義者は知らないとし、この女性下院議員がやりすぎたと批判しながらも、この女性は反ユダヤ主義者(Anti-Semitist)ではないと主張した。そしてヒトラーが当初シオニズム(Zionism:ユダヤ人国家の建設運動)を支持したが、後に頭がおかしくなり、600万人のユダヤ人を殺害したと発言したのである。

この発言の中で、特にヒトラーがシオニズムを支持したという点が大きな問題となり、反コービン・反リビングストンの労働党下院議員が、リビングストンに面と向かい、ナチス擁護者などと攻撃した。メディアが殺到し、大きな騒動となり、コービンはリビングストンを党員資格停止とし、リビングストンも取り調べられることとなった。

この問題にはいくつかの面がある。

まず、コービンのもともとの考え方である。まず、コービンは、イスラエル政権がパレスチナ人を迫害していると考えている。そしてイスラエル政権を批判し、パレスチナ人の権利を守ろうとしていることである。これは、労働党を含めた多くの左派の人たちの見方だ。これは、反ユダヤ主義ではない。

さらに、コービンはかつての労働党であったような、すぐにメンバーを取り調べ、除名するような体制は好ましくないと考えている。つまり、よほどのことがない限り、このような手段は使いたくないと考えていることだ。そのため、何か問題が出てくると、自分の得心が行くまで決定を待つ傾向がある。

これは、これまでの政党リーダーたちの対処法とはかなり異なる。これまで問題を芽の段階で摘み取ってしまう、もしくは摘み取ろうとする傾向が強かった。既存のリーダーシップの在り方とは異なるため、多くは、コービンはリーダーとしての資格がないと見る。ただし、コービンは、このような批判を無視している。しかし、5月5日の地方分権政府や地方自治体の選挙が控えている中では、放っておけず、行動に出た。特にウェールズでは、メディアの批判の強いコービンに、選挙前にウェールズに来ないでほしいとの依頼があったほどである。

さて、コービンは繰り返し、反ユダヤ主義やいかなる人種差別にも反対すると主張している。しかしながら、反コービン派の人たちは、コービンの対応は遅すぎると批判している。ただし、この批判の背後には幾つかの思惑があるように思われる。

まずは、保守党だ。欧州連合(EU)国民投票で保守党が残留派と離脱派で割れている。そのため、両派のつばぜりあいが続いており、いずれの結果となってもキャメロン首相降板への圧力がかかる状態だ。さらにタタ製鉄の撤退問題対応の不手際、若手医師のストライキなど、政府の統治能力を問う問題が続いている。これらが5月5日の選挙に与える影響を心配し、有権者の視点をコービン労働党の無能ぶりに向けようとしているという要素があるだろう。

また、労働党内の反コービン派は、コービンを党首の座から引き下ろそうとしており、コービンにダメージを与える機会をうかがっている。ただし、実際にコービンを引きずり下ろせるかどうかは否定的な見方が強い。もし党首選が実施されたとしても、コービンが出馬すれば、党員やサポーターの支持は、党首選の際と同じレベルであり、コービンが再び他の候補に圧倒的な差をつけて勝利する可能性が高い。当初、反コービン派は、コービンは自分がリーダーとして不適任であることをすぐに悟って、自ら身を引くと見ていたが、コービンは今でもやる気満々で自分のペースで対応している。

さらにイギリスのメディアへのユダヤ系関係者の影響力が非常に大きい点がある。リビングストンは、反ユダヤ主義を否定するが、一般の人たちにとっては、イスラエル政府の行動への批判と反ユダヤ主義を切り離すことは容易ではない。また、イスラエル政府は、国連らの圧力にもかかわらず、パレスチナ人の国家を認めることに反対している。イスラエル政府の政策や行動への批判は、一般のイギリス在住のユダヤ人にも少なからず影響があるだろう。そのため、ユダヤ系の人たちは強く反応する傾向がある。そしてメディアのコービン労働党への批判は、極めて強いものがある。

リビングストンは、自分の発言は、歴史的な事実に基づくものであり、何ら謝罪する必要がないと主張する。実際、ヒトラーがシオニズムを支持したかどうかについては、少なくとも1933年にヒトラー政権とユダヤ人団体がパレスチナにユダヤ人を移動することで合意した事実がある。リビングストンの発言は一貫しており、かつては大ロンドン議会のリーダー(当時の市長役)を務め、さらに国際都市のロンドン市長を2期8年務めたリビングストンがユダヤ人を含めた人種差別を容認する、もしくは容認したことがあるとは考えにくい。リビングストンは党員資格停止となったが、労働党を除名される可能性は少ないように思われる。

リビングストンとコービンは古くからの友人であり、考え方が近い。リビングストンはコービンから国防関係の諮問委員会の共同委員長にも任じられており、リビングストン攻撃は、実際上、コービン攻撃の要素が強い。

コービンは、この5月5日の選挙で評価される、もしくは評価されるべきで、もし労働党が大きく地方議会で議席を失えば、それは有権者がコービンを不適格だと判断したことだと主張する向きがある。ただし、コービンはそれらの憶測に無関心を装っている。

新聞紙のスタンス

9月12日に労働党の党首に選出されたジェレミー・コービンへの個人攻撃が続いている。その政策は、これまでの労働党主流から大きく左に触れており、「極左」と表現されることが多く、影の内閣での政策不一致などが毎日のように報道されている。

9月20日のメール・オン・サンデーでは、第一面で、昔の話に基づいたコービン攻撃がなされた。コービンの元妻である大学教授に、かつて元愛人が「町を出ていけ」と言ったので、傷ついた、という話である。日曜紙の第一面で扱うほどだから、よほどの内容があるのだろうと思って読み進むと、長い記事だが、ほとんど中身がない。同じことを元妻の言葉を借りて、何度も繰り返しているだけであった。

コービンの現在の妻は、3番目だが、この元妻は1番最初の妻である。サンデー・タイムズ紙が、党首選の最中に、この最初の妻が、コービンは本当に素敵な人だが、政治がすべての先にきて、それが別れた理由だと言ったと紹介したことがある。メール・オン・サンデーでは、元愛人が、この元妻を訪ねてきて、上記の言葉を言ったというが、実は、それは、36年前の1979年のことである。コービンがロンドンの区の区議会議員をしているときのことで、コービンと元妻が別れてからのことである。なお、コービンが下院議員となるのは1983年のことである。

この元愛人は、ダイアン・アボットである。1987年から下院議員を務めており、下院最初の黒人女性議員だった。人権問題に強く、左派のアボットは、2010年には、労働党党首選に出馬し、落選、2015年には、2016年5月に行われるロンドン市長選の労働党候補者となろうとしたが、選ばれなかった。コービンを党首候補として推薦した。かつて広報担当官の仕事をしたことがあるが、党首選の間、コービン擁護の論陣を張り、現在は、コービン影の内閣で国際開発を担当している。

この点をメールは指摘し、かつての愛人にポストを与えたとも批判した。メールは、かつてエド・ミリバンド前労働党党首に痛手を与えるため、ミリバンドの父(故人、アメリカの大学でも教えていたマルクス主義学者)はイギリスを嫌悪したと攻撃したこともある。

一方、デイリー・メールは、元保守党幹事長の億万長者アッシュクロフト卿らの著した、キャメロン首相の伝記の連載を始めた。この伝記では、キャメロンの過去の麻薬の話など、キャメロンには、かなり痛手となるものを含んでいる。保守党支持のメールが、このようなものを連載するのは少し意外だが、メールは、この伝記は、アッシュクロフト卿の「復讐」だとしている。すなわち、保守党の財政担当なども務め、保守党に多額の献金をしたのにもかかわらず、政府内の役職を与えられなかったことに恨みを持っているというのである。

このキャメロン伝記のメール掲載で思い出したのは、2009年の議員経費乱用に関して漏らされたCDをテレグラフ紙が購入したことである。実は、このCDは、当初タイムズ紙に持ち込まれたが、タイムズ紙は断った。それで、テレグラフ紙に渡ったのである。テレグラフ紙は、その内容を徐々に発表し、政界は大騒ぎになった。テレグラフ紙は別名トーリーグラフと呼ばれる新聞で保守党支持だが、多くの保守党政治家も痛手を負った。しかし、誰もがテレグラフ紙に注目した。一方、タイムズ紙では、持ち込まれたCDを断ったことで、トップが怒ったと伝えられる。

メール紙は、保守党支持だが、キャメロン伝記のように多くの読者が得られそうな記事は逃さないようだ。しかし、労働党攻撃、特に絶え間ないコービン攻撃は続く。

イギリス政治の醜い面

3月11日の首相のクエスチョンタイムは、イギリス政治の醜い面が典型的に出た。野党労働党のミリバンド党首が質問に立ち、5月7日の総選挙前の、ミリバンドとの一騎打ちの党首テレビ討論に参加しない意思を表明しているキャメロン首相をなじり、「怖気づいている(チキン・アウト)」と攻撃した。労働党議員の中に、「弱虫」を意味する鶏(チキン)の鳴き声の物マネをする人もいた。

これに対し、キャメロン首相は、スコットランド国民党SNPとの連携を否定しないミリバンド党首を「弱い」、「卑劣」だと主張した。お互いの人格攻撃だった。いずれの側からも大きなヤジが飛びかい、何を言っているか聞こえないほどだが、キャメロン首相もミリバンド党首も、どっちもどっちだ。キャメロンは、選挙に勝ち、始めた仕事を終わらせたい、国の誇りを取り戻したいと言うが、このような発言をして、国民に「誇り」を持たせるようなことができるとは思われない。

これらの発言は、保守党も労働党側も、選挙に向けての効果を考えた上のことだろう。しかし、イギリスの下院議員は、もう少しましだろうと思う人がいれば、それは誤りである。イギリスの下院議員には、ヤジ将軍のような人物が何人もおり、しかも、院内総務が指示を出して、ヤジらせている場合も多い。

しかもヤジだけではない。女性差別的な行動・ジェスチャーをする人も少なからずいる。労働党の「影の下院のリーダー」は女性だが、労働党が政権につけば、下院での発言のルールを厳しくして、議長が処分しやすくすると言う。

女性差別だけではなく、「弱い者いじめ」を下院でする人もいる。自民党の下院議員は、発言しようとして立ちあがるたびに、からかいのヤジを受けた。また、他の党の議員の発言が気にいらない場合、「看護婦」と叫ぶ議員もいる。これは、精神異常者がいるので、処置が必要だという意味である。

このような行動に対して、議員たちは、長い議論に退屈し、それを発散しているのに過ぎないという声もある。しかし、これらの態度は、下院議員が公職についている者であるというよりも、一種の与太者的な印象を受ける。

キャメロン首相の側近で、教育相だった、現院内総務のマイケル・ゴブのヤジは有名で、議長から何度も叱責された。ゴブは、保守党の同僚からは、信念のある政治家で、非常に礼儀正しい人物と考えられている。しかし、同時に、議長に叱責されているのを見ると、公職についていることを忘れているように見える。

このような行動は、ゴブも学んだオックスフォード大学のカレッジの男子学生の騒々しい雰囲気などに助長された面もあるかもしれない。もしそうならば、そのような態度事態、改める必要があろう。

いずれにしても、このような行動を許しているイギリス議会には、幻滅という言葉以外何もない。

誰が機密情報を取扱えるか?

キャメロン首相の広報局長だったアンディ・クールソンが2007年まで編集長として働いていた新聞紙の違法電話盗聴の共謀罪で有罪となった。そのため、政府の機密取扱いに関するチェックがどうなされていたのかに焦点が当たっている。

クールソンは、2007年に保守党のキャメロン党首の広報局長となった。そして20105月の総選挙後、首相となったキャメロンと一緒に首相官邸入りした。その際には、スペシャル・アドバイザーという特別国家公務員としてキャメロン首相の広報戦略を担当し、その給与は、首相よりやや少ないが、閣僚より上であった。 

イギリスの政治では広報戦略は極めて重要であり、この仕事はキャメロン政権の中枢である。首相のすべての動きを把握するばかりではなく、政府内の情報や一般の情報もすべてに目を通し、首相や政府の動きを決定する役割を果たす。つまり、重要な判断がこの担当者に吟味されずに発表されるということはほとんどない。かつてブレア首相の下でこの役割を務めたアラスター・キャンベルは、この仕事はきつすぎる、自分は何度も涙を流した、やめさせてほしいとブレアに訴えたが、ブレアがキャンベルをなかなか手放さなかった。キャンベルが非常に有能だったからである。

クールソンで問題となっているのは、クールソンの機密情報取扱い資格への疑問である。上記で触れたように、クールソンは政府の機密情報に頻繁に目を通す可能性があり、その仕事を行うにはそれなりの資格が必要である。625日の「首相への質問」で労働党のミリバンド党首がキャメロン首相に質問したように、過去14年間に6人のクールソンの前任者がいたが、そのいずれもがDVDeveloped Vetting)と呼ばれる機密情報処理資格を所持していたが、クールソンにはその資格がなかった。むしろその処理資格を得ようとしなかったと見られている。つまり、クールソンがそれを申請しても得られる可能性がないと見られたので、それより低いレベルのSCSecurity Check)で留めておいたのではないかと言うのである。                        

この機密情報取扱い資格には幾つかのレベルがあるが、DVはその最も高いレベルのものである。しかし、DVはそれぞれの候補者の履歴、家族、財政状況などについて徹底的に調べられ、専門家によるインタヴューとそれ以外の情報とのダブルチェックがあるなど、個人のプライバシーにも深く関わった調査が行われる。BBCTwoDaily Politicsに出演した労働党下院議員は、労働党政権下でスペシャル・アドバイザーをしていたが、その際に受けたDVのチェックについての経験を語っている。

キャメロン首相は、クールソンのチェックについては国家公務員側の判断だったとしており、自分の責任ではなかったとしているが、BBCの政治部長ニック・ロビンソンが指摘したように、国家公務員がキャメロンに、クールソンを任命することが賢明かどうかについて何らかの助言を与えた可能性は極めて高い。この問題は、今後の政治任用について重要な前例になるように思われる。