ブレアのイラク戦争責任を問う下院動議

イギリスは、2003年のイラク戦争に参戦し、その後、イギリス軍はイラクに2009年までとどまった。その間、179人の兵士らイギリス関係者が亡くなった。イギリスのイラク参戦への批判はやまず、労働党のブラウン首相が、イラク参戦にまつわる徹底的な調査をするためのチルコット委員会を設け、その報告が7年後の2016年にやっと提出された。

その後の余震は今なお続いている。下院で、スコットランド国民党(SNP)らがイギリスをイラク戦争に導いたブレア首相をさらに調査すべきだという動議を圧倒的多数の反対で否決した。賛成票70に対し、反対は439票だった。

チルコット委員会は、機密文書を含め、すべての文書にアクセスできる権限を与えられ、徹底的な調査をした。さらに、その報告書で批判された人には、発表前に反論の機会を与えたため、時間が非常にかかることとなった。その報告書では、イラク参戦は、最後の手段ではなかった、大量破壊兵器を持っていたという主張は正当化されない、この参戦の準備、その後の治安計画などが不適当であったという結論を出した。イラク戦争参戦を決断したブレアが議会に意図的に誤った情報を与えたかどうかという点では、それを否定し、むしろインテリジェンス当局や軍関係者の責任を問う結果となった。

下院の議決の結果には、この委員会の報告を含め、すべてのイラク戦争関係報告書が、ブレア首相が意図的に誤った情報を与えたという点を否定している中で、さらにブレア首相の調査を行うというのはブレア首相をスケープゴートにするばかりか、政府が今後同じような過ちをしないようにするという目的から外れるという判断が表れている。

ブレア元首相の責任を問う声は未だにある。SNPの下院議員、サモンド前スコットランド首席大臣がSNPの動議をリードしたが、これは、イラクで亡くなった兵士らの関係者が、ブレアが非合法の戦争に踏み切ったために無駄死にしたと、未だにブレア訴追を求めて活動していることが背景にある。

イギリスでは、下院議員が、サージェリーと呼ばれる、地元住民らとの面談をすることが通例となっている。そこでは、それぞれの住民の問題や苦情が話される。それらの人々の圧力を受けて、下院議員が動くことが多い。それは、11月28日に放映された、下院議員のサージェリーやその背景を報道したテレビ番組でよく出ている。

イラク戦争は、イラク国民にたいへん大きな影響を与えたが、それはイギリスの政治に今でも大きな影響を与えている。

コービンを嘘つきと決めつけるメディア

8月11日のこと。労働党のコービン党首が、労働党党首選の候補者討論に出席するため、ロンドンから列車でイングランド北部のニューカッスルの隣のゲイツヘッドに向かった。このヴァージン鉄道の車内を、席を探して歩き回ったが妻と一緒に座れなかったコービンは他の乗客と一緒に床に座った。そして、それを関係者がビデオに撮った。その中で、コービンは列車が非常に混んでいるとし、乗客のために鉄道の国有化を唱えた。そのビデオは、ガーディアン紙オンラインに掲載された。

この話に対し、ヴァージン鉄道を創設した億万長者のリチャード・ブランソンは、空席があったのに、コービンが座らず、床に座ったのは、そのビデオを撮るためのスタントだったと示唆し、コービンが車内を歩いた際のCCTVの映像をインターネットで公開した。これには、データ保護法違反の疑いがあり、情報コミッショナーの調査が始まった。

ただし、ヴァージンの映像だけでは、すべての事実関係が明らかになったとは言えない。ガーディアンが、最初のビデオの映像には含まれていなかった映像を追加で出したが、この列車はかなり混んでいたようだ。指定席に空席があったのは明らかだが、自由席がどうであったのかはっきりしない。車掌が、2等切符を持ったコービンに1等席に座るよう話をしたが、コービンは他の乗客も床に座っている状態で、そのようなアップグレードは受けられないと断ったため、車掌が2等席に座っていた他の乗客に1等席に移ってもらい、そこにコービンが座ったと言われる。それは、列車が出発してから42分後のことだった。

ヴァージン鉄道の言い分は、事実に反して、コービンがこの列車をスタントに使ったというものだが、テレグラフ紙、デイリーメール紙、タイムズ紙らは、この出来事をコービンが「嘘つき」だと決めつけるのに使った。正直なはずのコービンがメディア操作をしようとした、「新しい種類の政治」を唱える人物は「嘘つき」だと言うのである。

この報道ぶりを見て、2010年総選挙時の、自民党クレッグ党首への個人攻撃を思い出した。保守党、労働党、そして自民党の3党首テレビ討論の後、突如、クレッグブームが起き、自民党の支持率が大幅にアップした。そのクレッグブームを抑えようと、次の3党首テレビ討論前夜、テレグラフ紙らが協同してクレッグの政治献金疑惑を打ち上げた。その疑惑は数日で消えるが、テレビ討論後の世論調査で、クレッグブームは沈静化した。

コービンへの反対勢力は、労働党内の下院議員の4分の3以上に及び、労働党は内乱の状態に陥っている。しかし、コービンへの一般党員やサポーターの支持は非常に強く、党首選でもコービンが勝つのは間違いないと見られている。コービンへの一般有権者の評価は低いが、コービンの信念と誠実さに惹きつけられたコービン支持者の広がりは誰もが驚くものがある。アメリカで予想外にトランプが共和党の大統領候補となったように、既成のエスタブリッシュメントに飽き足らない有権者は新しいものを求める傾向がある。万一、一般有権者のコービンへの支持に火がつかないよう、コービンをけなし、信用を失わせるように仕向けているのではないかという感じがする。有権者に最も評価の高いビジネスマン、リチャード・ブランソンのコービン攻撃を誇大に報道することで、その目的を達成しようとしているようだ。また、ブランソンにもコービン攻撃へのメリットがあるという見方もある。

反ユダヤ主義問題とコービン労働党党首

労働党の党首にコービンが2015年9月に就任して以来、8か月近くたつ。コービンは、労働党で最も左と目され、それまで党のリーダーシップから無視されていた。そのコービンが党首選に立候補するのに必要な労働党下院議員35人の推薦(必ずしも支持、投票する必要はない)を受けられたこと自体、驚きであったが、コービンの立候補で、党員や登録サポーターの数が急増し、コービンは地滑り的大勝利を収める。

この結果は、圧倒的多数の労働党所属下院議員の意思に反してだった。つまり、労働党下院議員と党員やサポーターたちとの考え方が全く異なる結果となったのである。これが現在の労働党の問題の底流となっている。

ある新人労働党下院議員が、議員となる前の2014年にイスラエルはアメリカに場所を移すべきだという意見に賛成していたことがわかり、大きな議論となった。この女性議員は、党員資格停止され、取り調べられることとなった。反ユダヤ人の動きが大学生労働党支部や党関係者にあると批判されており、一部の者は労働党を既に除名されている。このような中で、労働党内の反コービン派や保守党の関係者、またメディアらが、地方議員らも含め、労働党関係者のソーシャルメディアなどでの発言を徹底的に調べているようだ。

上記の女性下院議員の問題をきかれた、前ロンドン市長で元労働党下院議員のケン・リビングストンが、これまで労働党内で反ユダヤ主義者は知らないとし、この女性下院議員がやりすぎたと批判しながらも、この女性は反ユダヤ主義者(Anti-Semitist)ではないと主張した。そしてヒトラーが当初シオニズム(Zionism:ユダヤ人国家の建設運動)を支持したが、後に頭がおかしくなり、600万人のユダヤ人を殺害したと発言したのである。

この発言の中で、特にヒトラーがシオニズムを支持したという点が大きな問題となり、反コービン・反リビングストンの労働党下院議員が、リビングストンに面と向かい、ナチス擁護者などと攻撃した。メディアが殺到し、大きな騒動となり、コービンはリビングストンを党員資格停止とし、リビングストンも取り調べられることとなった。

この問題にはいくつかの面がある。

まず、コービンのもともとの考え方である。まず、コービンは、イスラエル政権がパレスチナ人を迫害していると考えている。そしてイスラエル政権を批判し、パレスチナ人の権利を守ろうとしていることである。これは、労働党を含めた多くの左派の人たちの見方だ。これは、反ユダヤ主義ではない。

さらに、コービンはかつての労働党であったような、すぐにメンバーを取り調べ、除名するような体制は好ましくないと考えている。つまり、よほどのことがない限り、このような手段は使いたくないと考えていることだ。そのため、何か問題が出てくると、自分の得心が行くまで決定を待つ傾向がある。

これは、これまでの政党リーダーたちの対処法とはかなり異なる。これまで問題を芽の段階で摘み取ってしまう、もしくは摘み取ろうとする傾向が強かった。既存のリーダーシップの在り方とは異なるため、多くは、コービンはリーダーとしての資格がないと見る。ただし、コービンは、このような批判を無視している。しかし、5月5日の地方分権政府や地方自治体の選挙が控えている中では、放っておけず、行動に出た。特にウェールズでは、メディアの批判の強いコービンに、選挙前にウェールズに来ないでほしいとの依頼があったほどである。

さて、コービンは繰り返し、反ユダヤ主義やいかなる人種差別にも反対すると主張している。しかしながら、反コービン派の人たちは、コービンの対応は遅すぎると批判している。ただし、この批判の背後には幾つかの思惑があるように思われる。

まずは、保守党だ。欧州連合(EU)国民投票で保守党が残留派と離脱派で割れている。そのため、両派のつばぜりあいが続いており、いずれの結果となってもキャメロン首相降板への圧力がかかる状態だ。さらにタタ製鉄の撤退問題対応の不手際、若手医師のストライキなど、政府の統治能力を問う問題が続いている。これらが5月5日の選挙に与える影響を心配し、有権者の視点をコービン労働党の無能ぶりに向けようとしているという要素があるだろう。

また、労働党内の反コービン派は、コービンを党首の座から引き下ろそうとしており、コービンにダメージを与える機会をうかがっている。ただし、実際にコービンを引きずり下ろせるかどうかは否定的な見方が強い。もし党首選が実施されたとしても、コービンが出馬すれば、党員やサポーターの支持は、党首選の際と同じレベルであり、コービンが再び他の候補に圧倒的な差をつけて勝利する可能性が高い。当初、反コービン派は、コービンは自分がリーダーとして不適任であることをすぐに悟って、自ら身を引くと見ていたが、コービンは今でもやる気満々で自分のペースで対応している。

さらにイギリスのメディアへのユダヤ系関係者の影響力が非常に大きい点がある。リビングストンは、反ユダヤ主義を否定するが、一般の人たちにとっては、イスラエル政府の行動への批判と反ユダヤ主義を切り離すことは容易ではない。また、イスラエル政府は、国連らの圧力にもかかわらず、パレスチナ人の国家を認めることに反対している。イスラエル政府の政策や行動への批判は、一般のイギリス在住のユダヤ人にも少なからず影響があるだろう。そのため、ユダヤ系の人たちは強く反応する傾向がある。そしてメディアのコービン労働党への批判は、極めて強いものがある。

リビングストンは、自分の発言は、歴史的な事実に基づくものであり、何ら謝罪する必要がないと主張する。実際、ヒトラーがシオニズムを支持したかどうかについては、少なくとも1933年にヒトラー政権とユダヤ人団体がパレスチナにユダヤ人を移動することで合意した事実がある。リビングストンの発言は一貫しており、かつては大ロンドン議会のリーダー(当時の市長役)を務め、さらに国際都市のロンドン市長を2期8年務めたリビングストンがユダヤ人を含めた人種差別を容認する、もしくは容認したことがあるとは考えにくい。リビングストンは党員資格停止となったが、労働党を除名される可能性は少ないように思われる。

リビングストンとコービンは古くからの友人であり、考え方が近い。リビングストンはコービンから国防関係の諮問委員会の共同委員長にも任じられており、リビングストン攻撃は、実際上、コービン攻撃の要素が強い。

コービンは、この5月5日の選挙で評価される、もしくは評価されるべきで、もし労働党が大きく地方議会で議席を失えば、それは有権者がコービンを不適格だと判断したことだと主張する向きがある。ただし、コービンはそれらの憶測に無関心を装っている。

新聞紙のスタンス

9月12日に労働党の党首に選出されたジェレミー・コービンへの個人攻撃が続いている。その政策は、これまでの労働党主流から大きく左に触れており、「極左」と表現されることが多く、影の内閣での政策不一致などが毎日のように報道されている。

9月20日のメール・オン・サンデーでは、第一面で、昔の話に基づいたコービン攻撃がなされた。コービンの元妻である大学教授に、かつて元愛人が「町を出ていけ」と言ったので、傷ついた、という話である。日曜紙の第一面で扱うほどだから、よほどの内容があるのだろうと思って読み進むと、長い記事だが、ほとんど中身がない。同じことを元妻の言葉を借りて、何度も繰り返しているだけであった。

コービンの現在の妻は、3番目だが、この元妻は1番最初の妻である。サンデー・タイムズ紙が、党首選の最中に、この最初の妻が、コービンは本当に素敵な人だが、政治がすべての先にきて、それが別れた理由だと言ったと紹介したことがある。メール・オン・サンデーでは、元愛人が、この元妻を訪ねてきて、上記の言葉を言ったというが、実は、それは、36年前の1979年のことである。コービンがロンドンの区の区議会議員をしているときのことで、コービンと元妻が別れてからのことである。なお、コービンが下院議員となるのは1983年のことである。

この元愛人は、ダイアン・アボットである。1987年から下院議員を務めており、下院最初の黒人女性議員だった。人権問題に強く、左派のアボットは、2010年には、労働党党首選に出馬し、落選、2015年には、2016年5月に行われるロンドン市長選の労働党候補者となろうとしたが、選ばれなかった。コービンを党首候補として推薦した。かつて広報担当官の仕事をしたことがあるが、党首選の間、コービン擁護の論陣を張り、現在は、コービン影の内閣で国際開発を担当している。

この点をメールは指摘し、かつての愛人にポストを与えたとも批判した。メールは、かつてエド・ミリバンド前労働党党首に痛手を与えるため、ミリバンドの父(故人、アメリカの大学でも教えていたマルクス主義学者)はイギリスを嫌悪したと攻撃したこともある。

一方、デイリー・メールは、元保守党幹事長の億万長者アッシュクロフト卿らの著した、キャメロン首相の伝記の連載を始めた。この伝記では、キャメロンの過去の麻薬の話など、キャメロンには、かなり痛手となるものを含んでいる。保守党支持のメールが、このようなものを連載するのは少し意外だが、メールは、この伝記は、アッシュクロフト卿の「復讐」だとしている。すなわち、保守党の財政担当なども務め、保守党に多額の献金をしたのにもかかわらず、政府内の役職を与えられなかったことに恨みを持っているというのである。

このキャメロン伝記のメール掲載で思い出したのは、2009年の議員経費乱用に関して漏らされたCDをテレグラフ紙が購入したことである。実は、このCDは、当初タイムズ紙に持ち込まれたが、タイムズ紙は断った。それで、テレグラフ紙に渡ったのである。テレグラフ紙は、その内容を徐々に発表し、政界は大騒ぎになった。テレグラフ紙は別名トーリーグラフと呼ばれる新聞で保守党支持だが、多くの保守党政治家も痛手を負った。しかし、誰もがテレグラフ紙に注目した。一方、タイムズ紙では、持ち込まれたCDを断ったことで、トップが怒ったと伝えられる。

メール紙は、保守党支持だが、キャメロン伝記のように多くの読者が得られそうな記事は逃さないようだ。しかし、労働党攻撃、特に絶え間ないコービン攻撃は続く。

イギリス政治の醜い面

3月11日の首相のクエスチョンタイムは、イギリス政治の醜い面が典型的に出た。野党労働党のミリバンド党首が質問に立ち、5月7日の総選挙前の、ミリバンドとの一騎打ちの党首テレビ討論に参加しない意思を表明しているキャメロン首相をなじり、「怖気づいている(チキン・アウト)」と攻撃した。労働党議員の中に、「弱虫」を意味する鶏(チキン)の鳴き声の物マネをする人もいた。

これに対し、キャメロン首相は、スコットランド国民党SNPとの連携を否定しないミリバンド党首を「弱い」、「卑劣」だと主張した。お互いの人格攻撃だった。いずれの側からも大きなヤジが飛びかい、何を言っているか聞こえないほどだが、キャメロン首相もミリバンド党首も、どっちもどっちだ。キャメロンは、選挙に勝ち、始めた仕事を終わらせたい、国の誇りを取り戻したいと言うが、このような発言をして、国民に「誇り」を持たせるようなことができるとは思われない。

これらの発言は、保守党も労働党側も、選挙に向けての効果を考えた上のことだろう。しかし、イギリスの下院議員は、もう少しましだろうと思う人がいれば、それは誤りである。イギリスの下院議員には、ヤジ将軍のような人物が何人もおり、しかも、院内総務が指示を出して、ヤジらせている場合も多い。

しかもヤジだけではない。女性差別的な行動・ジェスチャーをする人も少なからずいる。労働党の「影の下院のリーダー」は女性だが、労働党が政権につけば、下院での発言のルールを厳しくして、議長が処分しやすくすると言う。

女性差別だけではなく、「弱い者いじめ」を下院でする人もいる。自民党の下院議員は、発言しようとして立ちあがるたびに、からかいのヤジを受けた。また、他の党の議員の発言が気にいらない場合、「看護婦」と叫ぶ議員もいる。これは、精神異常者がいるので、処置が必要だという意味である。

このような行動に対して、議員たちは、長い議論に退屈し、それを発散しているのに過ぎないという声もある。しかし、これらの態度は、下院議員が公職についている者であるというよりも、一種の与太者的な印象を受ける。

キャメロン首相の側近で、教育相だった、現院内総務のマイケル・ゴブのヤジは有名で、議長から何度も叱責された。ゴブは、保守党の同僚からは、信念のある政治家で、非常に礼儀正しい人物と考えられている。しかし、同時に、議長に叱責されているのを見ると、公職についていることを忘れているように見える。

このような行動は、ゴブも学んだオックスフォード大学のカレッジの男子学生の騒々しい雰囲気などに助長された面もあるかもしれない。もしそうならば、そのような態度事態、改める必要があろう。

いずれにしても、このような行動を許しているイギリス議会には、幻滅という言葉以外何もない。

誰が機密情報を取扱えるか?

キャメロン首相の広報局長だったアンディ・クールソンが2007年まで編集長として働いていた新聞紙の違法電話盗聴の共謀罪で有罪となった。そのため、政府の機密取扱いに関するチェックがどうなされていたのかに焦点が当たっている。

クールソンは、2007年に保守党のキャメロン党首の広報局長となった。そして20105月の総選挙後、首相となったキャメロンと一緒に首相官邸入りした。その際には、スペシャル・アドバイザーという特別国家公務員としてキャメロン首相の広報戦略を担当し、その給与は、首相よりやや少ないが、閣僚より上であった。 

イギリスの政治では広報戦略は極めて重要であり、この仕事はキャメロン政権の中枢である。首相のすべての動きを把握するばかりではなく、政府内の情報や一般の情報もすべてに目を通し、首相や政府の動きを決定する役割を果たす。つまり、重要な判断がこの担当者に吟味されずに発表されるということはほとんどない。かつてブレア首相の下でこの役割を務めたアラスター・キャンベルは、この仕事はきつすぎる、自分は何度も涙を流した、やめさせてほしいとブレアに訴えたが、ブレアがキャンベルをなかなか手放さなかった。キャンベルが非常に有能だったからである。

クールソンで問題となっているのは、クールソンの機密情報取扱い資格への疑問である。上記で触れたように、クールソンは政府の機密情報に頻繁に目を通す可能性があり、その仕事を行うにはそれなりの資格が必要である。625日の「首相への質問」で労働党のミリバンド党首がキャメロン首相に質問したように、過去14年間に6人のクールソンの前任者がいたが、そのいずれもがDVDeveloped Vetting)と呼ばれる機密情報処理資格を所持していたが、クールソンにはその資格がなかった。むしろその処理資格を得ようとしなかったと見られている。つまり、クールソンがそれを申請しても得られる可能性がないと見られたので、それより低いレベルのSCSecurity Check)で留めておいたのではないかと言うのである。                        

この機密情報取扱い資格には幾つかのレベルがあるが、DVはその最も高いレベルのものである。しかし、DVはそれぞれの候補者の履歴、家族、財政状況などについて徹底的に調べられ、専門家によるインタヴューとそれ以外の情報とのダブルチェックがあるなど、個人のプライバシーにも深く関わった調査が行われる。BBCTwoDaily Politicsに出演した労働党下院議員は、労働党政権下でスペシャル・アドバイザーをしていたが、その際に受けたDVのチェックについての経験を語っている。

キャメロン首相は、クールソンのチェックについては国家公務員側の判断だったとしており、自分の責任ではなかったとしているが、BBCの政治部長ニック・ロビンソンが指摘したように、国家公務員がキャメロンに、クールソンを任命することが賢明かどうかについて何らかの助言を与えた可能性は極めて高い。この問題は、今後の政治任用について重要な前例になるように思われる。

問われる、キャメロン首相の判断力

EUで最も重要なポストである欧州委員会委員長の後任をめぐり、キャメロン首相は、本命と目されるルクセンブルグ前首相のジャン=クロード・ユンケルの任命に真っ向から反対している。ユンケルではイギリスが考えているようなEU改革ができないと見ているためだが、キャメロン首相があてにしていたドイツ、スウェーデンなどがユンケルを支持する方向がはっきりとし、イギリスはEUの中で孤立する状況になっている。そのため、キャメロン首相が大上段に振りかざしたようにユンケルに反対した戦略判断に疑問が投げかけられている。

この人事には、5月に選挙が行われた欧州議会の意思が反映されることとなっている。この選挙で最も多数の議席を占めたのは欧州議会内のグループ、欧州人民党(EEP)であり、ドイツのメルケル首相のキリスト教民主同盟をはじめ、多くの保守中道の政党が参加している。ユンケルはこのグループに支持されている。

実は、キャメロン首相の保守党はこのグループに2009年の欧州議会議員選挙まで所属していたが、選挙後、このグループは欧州連邦主義的過ぎるとして、脱退した。もし、保守党がこのグループに残っていれば、ユンケルを支持するかどうかで発言権があったはずだと見られている。

ちょうどそれに重なるように、キャメロン首相の広報局長であったアンディ・クールソンが過去の違法な電話盗聴問題で有罪となった。クールソンは、廃刊となった、当時イギリス最大の売り上げを誇っていたニューズ・オブ・ザ・ワールドの編集長だった。その編集長時代に電話盗聴に関与していたことが明らかになったのである。 

キャメロンは、2005年に保守党党首となったが、クールソンがキャメロンの下で働き始めたのは、2007年のことである。トニー・ブレアの下で大きな役割を果たしたアラスター・キャンベルのような広報戦略担当者を求めていた。当時、キャメロンの参謀を務めてオズボーン現財相のアドバイスでクールソンを雇ったと言われる。キャメロンは当時、野党第一党の党首として閣僚並みの給与を得ていたが、自分の2倍以上の年俸を払って雇ったと見られている。

そしてキャメロンが2010年に首相となった時、首相よりわずかに少ない給料で、広報局長として首相官邸に入った。ところが黒子役の自分に盗聴問題で焦点が当たるのでは仕事ができないとして2011年1月に辞職した。

クールソンは当初から少し危ういという見方があった。編集長職を離れたのは、ニューズ・オブ・ザ・ワールド関係者の盗聴問題の責任を取ったためである。つまり、クールソンがその盗聴に関与しているのではないかという疑いがあった。そのような人物を雇い、非常に重要な役割を任せることに疑問が投げかけられたのである。

しかしながら、クールソンには、その広報戦略上の能力だけではなく、イギリスのメディアの世界で非常に大きな影響力を持っていたルパート・マードックに直結できるという便益があった。あのサッチャーもマードックに便宜を図ったことが明らかになっている。また、1992年の総選挙で予想を裏切り、保守党が勝ったのはその傘下のサン紙の影響だと多くが信じている。ブレアが1995年にオーストラリアまで行き、マードックの新聞グループの総会でスピーチしたのはその影響力を考慮したためだ。2007年に首相となったゴードン・ブラウンも、マードックのイギリスでの代理人の役割を果たしていたレベッカ・ブルークスに卑屈とまで言えるような態度を取っていた。

そのため、2007年にクールソンがキャメロンの広報戦略担当に任命されたときには、見事だという見方が強かった。キャメロンにとっては、リスクを伴うが、それだけの価値があると見られていた。

ところが、実際に有罪となると状況は全く異なってくる。キャメロンは、クールソンを首相官邸で特別国家公務員として働かせ、高度な機密にも触れさせたと見られている。キャメロンは、誰もが「第二のチャンス」を与えられるべきで、自分はそれをクールソンに与えただけだ、その判断が誤っていたのは申し訳ないと謝罪する。しかし、その「第二のチャンス」を、国を預かる首相の最も重要な側近として働く機会として与えたのは、少なからず論理の飛躍のように思われる。キャメロン首相の判断力が改めて問われることとなろう。

予測できないことのある政治(Unpredictable Political Events)

政治の流れ、動きは予測できないことが多い。コープ銀行の会長を今年6月まで3年余り務めたポール・フラワーズの個人的な不行跡の問題が11月17日の日曜紙で取り上げられ、労働党にかなり大きな影響を与えている。

コープ銀行は、協同組合から出発し、様々な企業体を持つようになったコープ・グループの主幹企業の一つである。労働党は、コープとの関係が深く、32人の下院議員が、労働党とコープ党の両方から推されている、いわゆる労働党・コープ議員である。

労働党の影の財相エド・ボールズは、そのような議員の一人であり、コープ・グループから5万ポンド(800万円)の政治献金を2012年に労働党を通して受けている。また、労働党は、今年4月にコープ銀行から120万ポンド(1億9200万円)の融資を受けている。

コープ銀行の元会長フラワーズは、禁止薬物を乱用していた。しかも様々な不行跡が次々と発覚している。フラワーズは、キリスト教メソジスト派の牧師である。かつては、労働党の地方議会議員であり、そこからのし上がった人物だが、あまり経験のない銀行の分野で会長となり、しかもコープ・グループ全体の副会長でもあったことは多くの人を驚かせた。この点については、内部の問題を扱うのにフラワーズの推しの強い政治的な調整力が役に立ったと言われる。

労働党とコープの近い関係から、フラワーズと労働党党首のミリバンドも何度か接触があった。また、ミリバンドのビジネス関係の諮問員会のメンバーでもあった。

フラワーズがかつて労働党の地方議会議員であったことからミリバンドや労働党トップがフラワーズの不行跡を知りながらそれを隠していたのではないかと保守党支持の新聞各紙が示唆した。

11月20日水曜日の首相のクエスチョンタイムはこういう背景のもとで行われた。これまでミリバンドは一か月半ほど「生活費の危機」を材料に優勢だったが、コープ銀行の問題に焦点を当てたキャメロンに上手を取られた。この問題に執拗に触れるキャメロンの前にたじろいだ。そのミリバンドの姿を見たキャメロンは久しぶりに溜飲を下げたような晴れ晴れとした顔をした。

しかし、政治は一種の魔物だ。調子に乗りすぎたキャメロン首相は労働党の古参下院議員がエコノミスト紙の記事を基に英国のビジネス投資の問題について質問したのに対し「フラワーズと一緒に夜外出し、精神状態を変化させる薬物をやった」に違いないと答えた。

これには労働党側から非常に強い非難の声が上がり、当該労働党下院議員が、議事進行上の問題(Point of order)を提起し、キャメロンの発言は、非議会的で、無礼で、不愉快な発言だと述べた。キャメロンは自らの言葉は軽い気持ちの冗談だと言い、それで不愉快な思いをしたのなら撤回すると言った。

この過程で、影の財相ボールズや他の労働党下院議員たちがキャメロンに「コカインをやったのか?」とヤジを飛ばした。これは、キャメロンがこれまでコカインをやったことがあるかどうかについてはっきりと答えていないことに関連している。

2005年の保守党の党首選では、他の候補者たちはやっていいないと答えたのに対し、キャメロンはみんなのようにやるべきではないことをたくさんやったと述べたにとどまった。また、キャメロンはオックスフォード大学に入る前に学んだイートン校で大麻を吸った疑いで放校処分を受けかけたと言われる。

キャメロンはボールズらのヤジに反応しなかった。議場のヤジ騒音のために公式な議事録であるハンサードには記録されていないが、マスコミがこのやり取りを報じた。

これはキャメロン首相に痛手である。多くの人がキャメロンのコカインの問題を既に記憶の片隅に追いやっていたのに、それを再び公共の面前に突き付けたからだ。

フラワーズの問題が労働党にどの程度の影響を与えたかは、今のところ不明だが、今後大きな影響を与えるとは考えにくい。保守党はこの問題で労働党とミリバンドにできるだけ大きなダメージを与えようとしているが、労働党とコープは同じ団体ではないことや、コープ自体の評判は今でも高いことから考えると、そう大きな傷跡を残すとは思えない。

オズボーン財相がコープ銀行の調査を命じたが、その結果が出るにはかなり長期間、恐らく数年かかり、これで労働党に大きなダメージを与えることも考えにくい。そのため、この事件は一過性のものとなる可能性が高い。

ただし、直接関係のない労働党には晴天の霹靂ともいえる事件であっても、それが政治の力学に影響を及ぼす可能性を改めて示した出来事だと言える。

ある下院議員のスキャンダル対処法(How To Deal With A Scandal)

労働党下院議員で影の女性・機会均等大臣が、かなり悪影響の出ると思われるスキャンダルに対応するため極めて効果的な手段を取った。この議員は、かつてBBCなどでもジャーナリストとして働いた人物である。

スキャンダルは、現在40歳の女性下院議員グロリア・デ・ピエロが、15歳の時に、お金を求めて、トップレスの写真を撮らせたことである。

その写真をあるエージェンシーが探しているという話を聞いて、この議員は、その先手を取った。

その議員はBBCのラジオ番組でそのことを話した上、自分のブログで、そのことに触れた。かつて自分の父親が健康でない時、生活に苦しんでそのような写真を撮らせたと説明した後、それが公表されないことを望むと言ったのである。

この対処の仕方を見て、かつてパディ・アッシュダウン自民党党首が行ったスキャンダル対応策を思い出した。

アッシュダウンは、かつて自分の秘書と関係を持ったことがある。そのことの書面を自分の弁護士に預けていたが、その弁護士事務所に入った泥棒がそれを盗み、新聞社に渡したのである。そのことを知らされたアッシュダウンは、総選挙が迫っている状況も考え、自ら記者会見を開き、自分の秘書とのかつての関係を公表した。

アッシュダウンは、タブロイド紙から「パンツダウン」などと揶揄され、それ以降何度もそれを繰り返されることとなったが、その時の対応の仕方から、総選挙への影響や、自分へのダメージを最小限に食い止めた。

スキャンダルになるようなことに関わりができると、金銭を求めて恐喝される、いわゆるブラックメールされることがあるが、そういう話に乗ってもそれでことが終わるわけではない。むしろ、それを契機にさらに要求されることになりかねない。

それが刑事事件となる、または他の民事訴訟が起こされる可能性のあるような場合は別だろうが、一度自主的に発表してしまうと、それは急速にニュース価値がなくなり、逆にそれを発表したことを賞賛される場合もある。いずれにしてもこういう事態に面した政治家に最も必要なのは、冷静な判断と勇気だと言える。

新聞の自主規制機関(Press Self-Regulated Body)

2011年に発覚した電話盗聴問題は、当時最も売り上げ部数の多かった日曜紙ニュース・オブ・ザ・ワールドの廃刊を招くほど大きな問題となった。

そして新聞の行き過ぎを防ぐために設けられたレヴィソン委員会が2012年11月、報告書を発表。その中で、信用を失ったプレス苦情処理委員会(Press Complaints Commission)に代わる機関として、強い権限を持つ自主規制機関が提案された。

それを基に二つの案が提出された。

まずは、主要三政党の保守党、自民党そして労働党が合意した自主規制機関案である(なおこの提案の概略は、2013年3月に発表された際のデイリーメイルの記事の図参照)。一方、三政党案は政治の介入を許し、報道の自由を侵害する恐れがあるとして、新聞業界は基本的に同じ体裁をとりながらも新聞業界案を出した。

いずれも法律ではなく、女王の認可を得る「勅許(Royal Charter)」の形をとるものである。BBCも勅許で設けられている。

新聞業界の提案したものは、レヴィソン提案の条件に合致しないとして勅許を審査する枢密院の委員会で拒否された。それをマリア・ミラー文化相が10月8日に発表した。

文化相は、主要三党案には修正する余地があるとして、新聞業界の歩み寄りを期待したが、状況は平行線をたどっている。業界は、自分たちの案でも西側先進国で最も厳しいものだという。

そこで、この二つの案を比較しておきたい。基本的な対立点は以下のようになる。

 

 

  主要政党案 新聞業界案
政治の関与 勅許は国会で修正されうるが上下両院それぞれの3分の2以上の賛成が必要。 国会は修正を認めたり止めたりできない。認証委員会、自主規制機関と業界団体がその変更に合意する必要。
認証委員会(新聞が適正に規制されているかを認証する) 元編集長はこの委員会委員になれない。 元編集長も委員となれ、少なくとも委員のうち一人は新聞業界の経験者とする。
任命委員会 4人の委員で構成され、委員は現職の編集長でも下院議員でもない。 4人のうち一人は、関連出版社の利益を代表する人物。
訂正と謝罪 自主規制機関は、訂正と謝罪を要求でき、£100万(1億5千万円)の罰金を課すことができる。それらがどのように実施されるかその具体的な方法を指示できる。 不正確な記事の訂正をきちんと行わせる力を持ち、全体的な不正行為には£100万の罰金を課せる。謝罪は指示ではなく、行うことを要求することができる。
仲裁 被害者は無料で仲裁サービスを提供される。誰もが出版社を訴えることができるよう、苦情を迅速に処理する制度を設ける。 試験的試みが成功すれば、名誉棄損裁判の代わりとなる迅速で費用のかからない仲裁サービスを提供する。