英国の議員の行動の監視制度

英国の下院議員には、公職を担う議員として守るべきルールがある。ある保守党下院議員が、企業の依頼を受けて顧問料を受け取り、大臣や政府関係機関に働きかけていた疑いが表面化し、下院議員の行動を監視するコミッショナー(The Parliamentary Commissioner for Standards)が調査した。そして、その事実があったとし、登院停止30日間の勧告をした。その後、下院の行動基準委員会(The Committee on Standards )がその勧告を審査する。そしてその勧告を受け入れる、もしくはその勧告を変更するなどの決定をする。このケースの場合、登院停止30日間の勧告通りに下院本会議に諮られた。最終的には下院が判断するからである。ところが、ジョンソン首相の指示を受けて、保守党が過半数を占める下院がその通り承認しなかったために、大きな騒動となった。その上、当の保守党下院議員は、保守党支持のテレグラフ紙のインタビューを受けて、自分は何も悪いことをしていない、また同じことをすると居直ったのである。ところが、ジョンソン首相は、下院の採決の翌日には考えを変え、その結果、当の下院議員は議員を辞職した。

なお、下院が登院停止10日以上と決定した場合、若しくは他の特定された条件を満たした場合、下院議員のリコール請願が行われる。この請願に選挙区の有権者の10%以上が署名すると、リコール選挙が実施される。対象となった下院議員は再び立候補することも可能だが、上記のケースの場合、そのような不名誉を避けたかったことが背景にあるようだ。

この騒動で、下院議員の利害登録や議員活動に注目が集まった。その結果、保守党の幹部で、ジョンソン政権の下院院内総務と枢密院議長を兼ねるジェイコブ・リース=モグが、現在、コミッショナーに調べられている。自分の所有する会社から計600万ポンド(約9億円)ほどのお金を低利で借りたにもかかわらず、それを登録しなかった疑いのためである。

一方、下院議員で法廷弁護士のジェフリー・コックスが、弁護士として多額の報酬を受け取り、コロナパンデミックの最中に、西インド諸島の政府の仕事で西インド諸島に飛び、また、議会の議員事務所からビデオ会議に参加していたなどで批判されていた問題では、コミッショナーが調査をしないことが明らかになった。コミッショナーは、それぞれの事案が調査に値するかどうかを独立して判断して調査をするかどうかを決定する。そして調査中の事案は、コミッショナーのウェブサイトで発表される

それでも下院議員の行動基準や大臣や国家公務員らの行動基準には、まだあいまいな点が多く、さらなる検討が必要である。

公職に関するノーラン7原則とジョンソン首相

公職にある者が心がけておかなければならない原則として、「公職にあるものの行動基準に関する委員会」の初代会長ノーランが掲げた7原則がある。それらは以下の通り

  1. 無私無欲
  2. 誠実さ
  3. 客観性
  4. 説明責任
  5. オープン性
  6. 正直
  7. リーダーシップ

ジョンソン首相が、30日間の登院停止処分を勧告された保守党下院議員を救い、それとともに、行動基準を逸脱、もしくは逸脱した可能性のある議員の調査を実施し、その処分を決定するシステム全体を改革しようとした。そして、下院のその勧告に関する投票で、保守党所属下院議員に指示し、以上の2つの投票で勝利を収めた。ところが、これを英国政治の大きな危機だとみなしたメディアや識者が強く反発したため、ジョンソン政権はその翌日Uターンすることとなる。そのUターンの前、上記委員会の現会長のエバンス卿(元MI5のトップ)が政府の倫理基準は、国民の信頼の基盤であるとして、強く批判し、ノーラン7原則を改めて強調した。

そして、これまであった、Good Chap theory という、みんなが自制してうまくいくように運営できるという前提は当てにできないとし、コンプライアンスのシステムが必要で、その文化を養成していく必要があると強調したのである。

ジョンソン首相の狙いは、下院議員の行動基準コミッショナーのキャスリン・ストーンの排除にあったと見られている。ジョンソン首相は、既にストーンに3度調べられている。ストーンが公職にあるものとして自分の仕事をきちんと行っているところが煙たがられたようだ。しかも首相の住居の改修費用の問題やホリデーなど、さらに調べられる材料がいくつもある。ジョンソン首相のトップアドバイザーだったドミニク・カニングスは、ジョンソンは、自分への非合法な献金が暴かれるのを恐れているのだと言う。ストーンに脅迫などの攻撃が激しくなったとして、警察のセキュリティが強化されたと伝えられるが、ストーンは現在の職を離れるつもりはないと明言している。

今回の件で、公職への任命を含み、公職の行動基準への関心が大きく高まったことから、ジョンソン首相の行動は、やぶ蛇になったと言えよう。

ロビーイングのルールを破った下院議員への制裁が二転三転

ロビーイングのルールを破った下院議員への制裁が、ジョンソン首相の指示で二転三転し、ジョンソン首相に大きなダメージとなった。

2021年11月3日、英国の下院は、ロビーイングのルールを破って、大臣や官僚など関係者に陳情していた保守党下院議員への制裁(30日間の登院停止)勧告を覆した。そしてこの勧告を出した制度そのものの見直しを始めることを賛成多数で決めたのである。このベテラン保守党下院議員オーウェン・パターソンは元閣僚で、1年に112,000ポンド(1736万円:£1=155円)ものコンサルタント料を受け取り、合わせて50万ポンド(7,750万円)もの報酬を2つの会社から受け取っていたと言われる。

この勧告は、下院の規範委員会の決定に基づくものだ。この委員会は、下院議員7名と一般人7名で構成される。その下院議員の内訳は、保守党4名、労働党2名、SNP1名である。この委員会は、下院の議会規範コミッショナーの報告に基づき判断する。そして委員会の判断は、通常、下院がそのまま承認する。特に今回は、委員会が、パターソンの件は、おカネをもらって大臣や当局に働きかけた「悪質なケースだ」とし、全員一致で制裁に賛成した。

ところが、保守党党首であるジョンソン首相は、規範委員会の勧告に反対するよう保守党下院議員に指示した。保守党は2019年下院総選挙で他の政党議席を80議席上回る勝利を収め、首相の指示通りに投票すれば、下院の投票でその通りの結果を得られる。投票結果は、規範委員会の勧告は承認されず、また、同時に、下院は、議員の規範問題を扱う新しい仕組みを作ることに賛成した。この投票には、野党の労働党、SNP、自民党などがこぞって反対票を投じた上、保守党議員が13名反対票を投じた。また、投票に出席しなかった保守党議員も多かった。政府の役職についていたが投票しなかった保守党下院議員は直ちにその役職をクビになった。一方、野党は、新しい委員会を作ることには反対で協力しないと表明した。

この結果は、1晩で覆ることになった。ビジネス相が、報道機関を回って、規範コミッショナーは辞職を考えるべきだと示唆したが、朝刊は、この下院投票の結果を第一面トップで取り上げて批判したものが多かった。「恥を知らない保守党下院議員が汚職ルールを引き破る」といったセンセーショナルで猛烈な反発に、保守党は突然方針を転換することとなる。パターソンの件は改めて採決するとし、規範の新体制は、野党と相談しながら進めるとした。また、政府の役職をクビになった保守党下院議員には、新しい役職を与えた。行き場を失ったパターソンは、下院議員を辞職した。

このUターンは、ジョンソン政権に大きな痛手となったように思われる。下院での投票直後、BBCの政治部長が規範委員会の勧告に反対した保守党議員は、そのことをこれからずっと言われ続けるだろうと発言したが、保守党議員のジョンソン首相への信頼は大きく揺らぐだろう。

この問題は、ジョンソンの2019年12月のカリブ海ホリデーに関連しているのではないかと見る向きもある。パターソン問題を扱った議会規範コミッショナーがジョンソンのホリデーのお金の出所を詮索し、ジョンソンがルールを破ったとの結論を出し、それを規範委員会に送った。規範委員会がさらに調査を進め、ジョンソンの報告には誤りがなかったとしたが、ジョンソンのコミッショナーへの対応を批判した。ジョンソンは、パターソンの件をこの規範コミッショナーへの復讐に使ったのではないかというのである。この規範コミッショナーに調べられて制裁を科されたり、調査を受けていたりする議員はかなりおり、このコミッショナーを嫌っている下院議員はかなりいると思われるが、ジョンソン首相の復讐の話はさもありなんと思わせるところにジョンソンの問題がある。

ジョンソン夫人への批判

ジョンソン首相の妻のキャリーは、ジョンソン政権に大きな影響力があると見られている。そのため、キャリーをマクベス夫人(シェークスピアの「マクベス」の登場人物)やマリー・アントワネット(フランス革命時のルイ16世の王妃)になぞらえた批判がある。マクベス夫人やマリー・アントワネットは悲劇的な最期を遂げた人物だが、時には夫をしのぎ、政治に介入した女性たちを引き合いに出してキャリーを揶揄するものに対しては、キャリーが女性差別の対象にされているという批判がある。確かにそのような面はある。その反面、キャリーは公的な役職についていないが、そのような影響力を発揮している人物を批判するのは、当然だとする見方がある。

一方、ジョンソン首相のトップアドバイザーだったドミニク・カミングスは、2016年のEU国民投票で、ジョンソンらの離脱派の公式団体の責任者として大胆なキャンペーン戦略を打ち出し、予想を裏切って離脱派の勝利をもたらした人物である。2019年7月にジョンソンが保守党党首、そして首相となるや首相のトップアドバイザーとして招かれ、12月の総選挙でジョンソン率いる保守党に大勝をもたらした人物だが、キャリーは、その総選挙直後からカミングスらを首相官邸から追い出す動きを始めたという。カミングスは、2020年11月に辞任するに至る。キャリーは保守党本部で働いていた人で、動物愛護を中心にした環境保護の考えを持つ人だとされているが、どの程度政治のことが分かっているか不明だ。カミングスは非常に癖の強い人物であり、このような人物を嫌う人は少なくないだろうが、ジョンソンの水先案内人だったカミングスのような人物を排除しようとするからには替わりの候補者がいるか、自分によほどの自信があるかのどちらかと思われる。カミングスに代わるような「他の候補者」はまだ現れていない。

なお、ジョンソン首相の子供が12月に生まれる予定である。ジョンソン首相(57歳)には、これまで「少なくとも6人」の子供がいると言われてきたが、これが「少なくとも7人」になることになる。2021年5月に正式に結婚したキャリー(33歳)との間には、2020年4月に息子が生まれている。3人目の妻のキャリーとの間では2人目の子供になる。

現職の首相に子供が生まれるのは、2000年のブレア首相、2010年のキャメロン首相の例がある。ブレア首相の場合、4人目の子供が生まれるということは、ブレア首相や妻のシェリーがあまり積極的に触れることはなかった。逆に、4人目の子供の生まれた後、ブレアが全国婦人会の総会に出席した際、子供のことに触れなかったので出席者から批判されるほどだった。キャメロン首相の場合には、首相になる前に重度の身体障碍者の息子を失っていたので、一般に同情的に受け止められた。ジョンソン首相の場合、妻のキャリーがこの妊娠をジョンソンに政治的に利用しようと思っているように感じられる。2021年7月にイギリスで行われたG7のサミットでも、キャリーは息子を連れだし、G7出席者らとの会話の材料に使っていた。子供の生まれることは喜ばしいことだが、キャリーの打つ手が限られてきているように感じられる。

なぜアロン・バンクスが注目されているのか?

大金持ちでイギリス独立党(UKIP)の支援者だったアロン・バンクスに焦点があたっている。なぜこの人物が問題なのだろうか?

それは、2016年のイギリスがEUを離脱すべきかどうかの国民投票に関する問題についてバンクスの関与である。バンクスがEU離脱キャンペーンに違法な形で資金支援したのではないかという点と、そのお金がどこから出たか、自分のお金か、EUの混乱と弱体化を狙うロシアからのものか、もしくはロシアの協力を得て稼いだお金から出たのかの点である。

2016年のEU国民投票の結果は、離脱賛成51.9%対、離脱反対48.1%の僅差で、離脱賛成の結果となった。その結果、国民投票を実施した保守党のキャメロン首相は首相を辞任し、後任のメイ首相が来年3月のイギリスのEU離脱に向けて、現在EU側と交渉を行っている。

バンクスは、保険分野で成功し、1億ポンド(150億円)以上の資産があると見られている。その妻はロシア出身であり、バンクスがロシアを訪れること自体、何ら不思議なことではない。しかし、2016年のEU国民投票の前後、バンクスがロシアの外交官らをはじめ、ロシア関係者に何度もあっていることがわかった

1.違法な資金援助

バンクスは、UKIPのファラージュ元党首らの離脱キャンペーン団体「離脱EU(Leave. EU)」を設けたが、それ以外の離脱キャンペーン各種団体を含め、その資金援助総額は900万ポンド(13億5千万円)にも及ぶと見られている。「離脱EU」の支出報告には、既に選挙委員会から違反があったとして、7万ポンド(1千万円)の罰金の支払いを命じられている。これにバンクスらは法廷で争う構えだ。選挙委員会は、この団体のチーフエグゼクティブを警察に告発し、警察が調査を進めている。

2.お金の出どころの問題

バンクスが自らの資金を自ら出していれば、そのこと自体に問題はないが、ロシアからの資金が流れ込んだり、ロシアから利便の提供を受けたりしていれば、問題である。

バンクスは、下院のデジタル・文化・メディア・スポーツ委員会から「偽ニュース」や個人データの悪用について証人として出席するよう何度も求められていた。これは、バンクスのケンブリッジアナリティカというデータ分析会社との関係を中心にし、アメリカ大統領選挙やここでのEU国民投票への影響について調査するものである。バンクスは、ファラージュUKIP元党首と一緒にトランプ大統領とも会っている。バンクスは委員会の召喚を無視する構えだった。しかし、内務委員会への出席などを求める声も出てきており、新しい状況下で出席を承諾した。

なお、バンクスへの調査がどのようなことになっても、それで国民投票の結果が無効になるわけではない。イギリスは、EUを来年2019年3月29日に離脱することに変わりはない。

調査しないことになった下院議長のいじめ疑惑

ジョン・バーコウ下院議長のいじめ疑惑について、下院の行動基準委員会が行動基準コミッショナーに調査依頼しないこととした。5人の委員のうち、3人が調査に反対、2人が賛成だった(委員長は同数となった場合にしか投票しない)。調査するかどうかはコミッショナーの判断次第という点では委員全員が同意したが、この委員会のルールで7年を超える前の件については、コミッショナーは委員会に諮る必要があり、よほどの事情がない限り、委員会は調査依頼しないことになっている。バーコウはすべての疑惑を否定している。

バーコウは2009年から下院議長を務めている。下院の元職員でバーコウにいじめられたとする二人のうち一人は2010年、もう一人は2011年2月にそのポストを離れた。すなわち、7年を超えている。また、二人とも、その主張を正式な苦情申し立てとして訴え出ていない。2010年に退職した人物は口外禁止条項に署名したとしたが、バーコウは、その話には自分は関与していないし、自由に話してもらって結構だとしている。

なお、バーコウの件を調査するようコミッショナーに求めたのは、委員会に所属しない保守党議員。委員会でコミッショナーへの調査依頼に反対したのは保守党議員2人と労働党議員1人で、賛成したのは保守党議員と労働党議員1人ずつだった。

国家公務員に責任を押し付ける政治家

イギリスの大臣たちは、レッドボックス(Red Box)と呼ばれる赤いブリーフケースを持つ。この中には、大臣が目を通しておくべき書類が入っており、公私ともに多忙な大臣たちがどこででも書類に目を通すことができるようになっている。レッドボックスは、大臣のいるところに届けられる。

現在、内務大臣のアンバー・ラッドが、内務省の強制退去達成目標を知っていたかどうかの議論がある。ラッドが、下院の内務委員会で、達成目標はないと主張したが、実際にはあったことが明らかになった。ラッドは、そのような目標を知らなかったと謝罪したが、後に、達成目標を記した書類が、ラッド、その下の閣外大臣らを始め数人に送られていたことが漏洩され、ラッドの主張に大きな疑問が投げかけられている。

このような問題を国家公務員の責任にしようとする政治的な動きがある。これまでにもラッドは、いわゆる「ウインドラッシュ世代問題」は内務省の国家公務員の問題だと示唆した。イギリスに正規に入国してきて、何十年も住み、本来在留権のある人たちが、書類で証明できなければ強制退去を迫られたり、NHS(健康保険サービス)や社会福祉を正当に受けられなかったり、仕事を解雇されたり、住居を借りられなかったりした問題である。さらにラッドが強制退去目標を知っていたかどうかの問題では、メイ政権の環境相マイケル・ゴブが、国家公務員がラッドにそのような書類を渡していなかったためだと示唆した。しかし、担当の国家公務員が、そのような書類をラッドに渡していなかった可能性は極めて少ない。

各省庁の大臣室には、首席秘書官(Principal Private Secretary)がいる。この首席秘書官は国家公務員であり、将来事務次官になりそうな優秀な人物が任命される。この首席秘書官が、このような書類の仕分けの責任を持つ。大臣に目を通してもらいたい書類を重要なものを上にして重ね、書類の一覧表をつけ、書類が一目瞭然でわかるようになっている。しかも大臣からの問い合わせに備えて、副本を作っておく。

今回、漏らされた書類は、昨年夏のもので、強制退去目標を10%上回ったというものである。当時、これは大臣にとって良いニュースであり、それが大臣に知らされなかった可能性はまずない。この点は、ゴブ環境相が4月28日に出演した公共放送BBCラジオの看板番組Todayでもキャスターのジョン・ハンフリーが指摘したことだ。

国家公務員にむやみに責任を負わせようとするのは賢明ではないだろう。4月29日のBBCテレビのSunday Politicsでも、ブロガーのイアン・デールが指摘したように、そのような動きに反発した国家公務員が政治家に不利な情報を意図的に漏らす可能性がある。

ラッドは、4月30日に再び下院の内務委員会に招かれたが、この委員会は内務省事務方トップの事務次官も呼んだ。政治家が国家公務員に責任を擦り付けるような事態に事務方がどのような見方をしているか確認するためのようだ。いずれにしても、政治家が国家公務員を粗末に扱うのは危険だといえる。

強引な節税

昨年のパナマ文書に続き、パラダイス文書と呼ばれる書類が大量に漏えいされた。この書類で明らかにされたのは、大企業や大金持ちがタックスヘイブン(租税回避地)を利用し、税金逃れを図っていたことである。この中には、アップルや、イギリスのエリザベス女王、フォーミュラ1のドライバー、ルイス・ハミルトンなども含まれていた。いずれも不法なものではないとされるが、既存の制度を巧妙に利用したもので、本来支払われるべき税金が支払われていない。

メイ首相は、税金逃れに対するこれまでの対策と成果を語り、きちんと税が支払われねばならないと主張したが、それ以上の策には踏み込まなかった。

一方、野党労働党のコービン党首は、英国産業連盟(CBI:日本の経団連に相当する)での演説で、これらの税が支払われなければ、国民保健サービス(NHS)などの公共サービスが影響を受け、財政赤字が出れば、その穴埋めをするのは一般の国民だと批判した。

昨年のパナマ文書は、アイスランド首相の辞任につながった。また、イギリスのキャメロン首相が、父親が租税回避地に設立したトラストファンドの持ち分を売り、利益を得ていたことがわかり、キャメロン首相自身が政治家として終わりだと思ったと伝えられる。政治家には、直接関与することがあれば、大きなリスクとなりうる。

今回の漏えいは、有権者がこのような文書の漏えいに慣れてしまっており、パナマ文書ほどのインパクトはないのではないかという見方がある。恐らくそれは正しいだろう。公共放送BBCが、パラダイス文書を扱った番組パノラマを放映したが、そのインパクトははるかに小さいように思われた。

産業振興や投資促進などが複雑に絡み合い、税金の仕組みは非常に複雑なものになっている。イギリスには、王室属領などの租税回避地の存在で、その金融セクターの発展に役立ててきた歴史がある。それらを巧妙に操作し、強引な節税に走る向きは、そう簡単に減りそうにない。

ブレアのイラク戦争責任を問う下院動議

イギリスは、2003年のイラク戦争に参戦し、その後、イギリス軍はイラクに2009年までとどまった。その間、179人の兵士らイギリス関係者が亡くなった。イギリスのイラク参戦への批判はやまず、労働党のブラウン首相が、イラク参戦にまつわる徹底的な調査をするためのチルコット委員会を設け、その報告が7年後の2016年にやっと提出された。

その後の余震は今なお続いている。下院で、スコットランド国民党(SNP)らがイギリスをイラク戦争に導いたブレア首相をさらに調査すべきだという動議を圧倒的多数の反対で否決した。賛成票70に対し、反対は439票だった。

チルコット委員会は、機密文書を含め、すべての文書にアクセスできる権限を与えられ、徹底的な調査をした。さらに、その報告書で批判された人には、発表前に反論の機会を与えたため、時間が非常にかかることとなった。その報告書では、イラク参戦は、最後の手段ではなかった、大量破壊兵器を持っていたという主張は正当化されない、この参戦の準備、その後の治安計画などが不適当であったという結論を出した。イラク戦争参戦を決断したブレアが議会に意図的に誤った情報を与えたかどうかという点では、それを否定し、むしろインテリジェンス当局や軍関係者の責任を問う結果となった。

下院の議決の結果には、この委員会の報告を含め、すべてのイラク戦争関係報告書が、ブレア首相が意図的に誤った情報を与えたという点を否定している中で、さらにブレア首相の調査を行うというのはブレア首相をスケープゴートにするばかりか、政府が今後同じような過ちをしないようにするという目的から外れるという判断が表れている。

ブレア元首相の責任を問う声は未だにある。SNPの下院議員、サモンド前スコットランド首席大臣がSNPの動議をリードしたが、これは、イラクで亡くなった兵士らの関係者が、ブレアが非合法の戦争に踏み切ったために無駄死にしたと、未だにブレア訴追を求めて活動していることが背景にある。

イギリスでは、下院議員が、サージェリーと呼ばれる、地元住民らとの面談をすることが通例となっている。そこでは、それぞれの住民の問題や苦情が話される。それらの人々の圧力を受けて、下院議員が動くことが多い。それは、11月28日に放映された、下院議員のサージェリーやその背景を報道したテレビ番組でよく出ている。

イラク戦争は、イラク国民にたいへん大きな影響を与えたが、それはイギリスの政治に今でも大きな影響を与えている。

コービンを嘘つきと決めつけるメディア

8月11日のこと。労働党のコービン党首が、労働党党首選の候補者討論に出席するため、ロンドンから列車でイングランド北部のニューカッスルの隣のゲイツヘッドに向かった。このヴァージン鉄道の車内を、席を探して歩き回ったが妻と一緒に座れなかったコービンは他の乗客と一緒に床に座った。そして、それを関係者がビデオに撮った。その中で、コービンは列車が非常に混んでいるとし、乗客のために鉄道の国有化を唱えた。そのビデオは、ガーディアン紙オンラインに掲載された。

この話に対し、ヴァージン鉄道を創設した億万長者のリチャード・ブランソンは、空席があったのに、コービンが座らず、床に座ったのは、そのビデオを撮るためのスタントだったと示唆し、コービンが車内を歩いた際のCCTVの映像をインターネットで公開した。これには、データ保護法違反の疑いがあり、情報コミッショナーの調査が始まった。

ただし、ヴァージンの映像だけでは、すべての事実関係が明らかになったとは言えない。ガーディアンが、最初のビデオの映像には含まれていなかった映像を追加で出したが、この列車はかなり混んでいたようだ。指定席に空席があったのは明らかだが、自由席がどうであったのかはっきりしない。車掌が、2等切符を持ったコービンに1等席に座るよう話をしたが、コービンは他の乗客も床に座っている状態で、そのようなアップグレードは受けられないと断ったため、車掌が2等席に座っていた他の乗客に1等席に移ってもらい、そこにコービンが座ったと言われる。それは、列車が出発してから42分後のことだった。

ヴァージン鉄道の言い分は、事実に反して、コービンがこの列車をスタントに使ったというものだが、テレグラフ紙、デイリーメール紙、タイムズ紙らは、この出来事をコービンが「嘘つき」だと決めつけるのに使った。正直なはずのコービンがメディア操作をしようとした、「新しい種類の政治」を唱える人物は「嘘つき」だと言うのである。

この報道ぶりを見て、2010年総選挙時の、自民党クレッグ党首への個人攻撃を思い出した。保守党、労働党、そして自民党の3党首テレビ討論の後、突如、クレッグブームが起き、自民党の支持率が大幅にアップした。そのクレッグブームを抑えようと、次の3党首テレビ討論前夜、テレグラフ紙らが協同してクレッグの政治献金疑惑を打ち上げた。その疑惑は数日で消えるが、テレビ討論後の世論調査で、クレッグブームは沈静化した。

コービンへの反対勢力は、労働党内の下院議員の4分の3以上に及び、労働党は内乱の状態に陥っている。しかし、コービンへの一般党員やサポーターの支持は非常に強く、党首選でもコービンが勝つのは間違いないと見られている。コービンへの一般有権者の評価は低いが、コービンの信念と誠実さに惹きつけられたコービン支持者の広がりは誰もが驚くものがある。アメリカで予想外にトランプが共和党の大統領候補となったように、既成のエスタブリッシュメントに飽き足らない有権者は新しいものを求める傾向がある。万一、一般有権者のコービンへの支持に火がつかないよう、コービンをけなし、信用を失わせるように仕向けているのではないかという感じがする。有権者に最も評価の高いビジネスマン、リチャード・ブランソンのコービン攻撃を誇大に報道することで、その目的を達成しようとしているようだ。また、ブランソンにもコービン攻撃へのメリットがあるという見方もある。