北アイルランドのプロトコールをめぐるジョンソン政権の2019年の決断

英国はEUと離脱協定を結び、2020年1月31日にEUを離脱した。その離脱協定の中の北アイルランドのプロトコール(貿易上の手続き)をめぐって、英国とEUが対立している。英国は、北アイルランドの現状にふさわしくないとして、このプロトコールの抜本的な見直しを求めているが、EUにはその意思はなく、その代わりに現在のプロトコールをできるだけ柔軟に適用することで対応しようとしているEU側は、貿易上の手続きをしなければならないモノを大幅に減らす案を出してきた。英国側は、それでは十分ではないとの立場だ。

この中、2019年12月の総選挙時のジョンソン政権の考え方が改めて注目を浴びている。ジョンソン首相のトップアドバイザーだったドミニク・カミングスによると、ジョンソン政権は、英国のEUからの離脱を最優先し、北アイルランドの問題を含め、離脱協定の中で、ジョンソン政権の気にいらないものは、離脱後、改めて蒸し返すつもりだったというのである。そのため、不十分なものだとわかっていたが、北アイルランド問題の合意ができた時点で、ジョンソン首相が非常によい合意だと国民に訴えて英国の離脱を進めたというのである。

カミングスは、労働党のコービン党首(当時)が総選挙に勝って首相になるのを防ぎ、機運が大きくなりつつあったEU離脱をめぐる第2の国民投票につながるような芽を摘む必要があったとし、とにかくEUとの離脱協定をまとめる必要があった。そしてその判断は、北アイルランドの問題でさらに揉めるより、1万倍の意義があったとする。なお、カミングスによると、ジョンソン首相は、2020年11月まで北アイルランドのプロトコールの意味を分かっていなかったという。

カミングスは、2016年の国民投票で離脱賛成多数の結果をもたらした人物であり、何がなんでも英国のEU離脱を成し遂げるつもりだったのは明らかだ。もし2019年末の時点で、北アイルランドの問題のために離脱協定をまとめることができていなければ、総選挙に臨む国民に「この離脱協定で離脱する」と主張することができず、総選挙の結果が変わっていた可能性がある。そうなれば、英国のEU離脱が宙に浮く可能性もあった。カミングスらの戦略で、保守党は、総選挙で大勝利を収め、労働党には、歴史的な敗北を喫した。カミングスの判断はかなりの成功を収めたが、北アイルランドのプロトコール再交渉問題は大きな危険性を秘めている。

北アイルランドのプロトコールの問題

英国はEUを2020年1月31日に離脱した。その離脱協定で最も大きな問題の一つとなっているのが、北アイルランドのプロトコールと呼ばれる手続きである。この手続きは、多くの努力を経て達成された北アイルランドの平和を維持していくため、英国とEUが特別に設けたものである。

北アイルランドの平和は、1998年のベルファスト(グッドフライデー)合意で基本的に達成されたが、英国とEUの両者は離脱交渉の最初からこの合意を尊重することとしていた。この合意は、ユニオニスト(英国との関係を、英国の他の地域と同じレベルで維持していくことを求める立場)と、ナショナリスト(アイルランド共和国との統一を求める立場)の間のバランスを保ち、北アイルランドの将来を自ら判断していくことで成り立っている。この合意でユニオニストとナショナリストの代表者たちはノーベル平和賞を受賞した。

なお、英国の北アイルランドと南のアイルランド共和国は、同じアイルランド島にある。国境はあるが、税関の施設などはない。国境を通り過ぎるのは、日本の高速道路で異なる県に入ったことを告げる看板を見るようなものである。

英国がEUのメンバーだった時には、アイルランド共和国がメンバーのEU域内の単一市場でモノの流通が自由であった。しかし、英国がEUを離脱すれば、EUのメンバーであるアイルランド共和国と、メンバーでない英国との間に通関する場所を設けることが必要となる。しかし、そのような施設を設けると、過激派の標的になりかねない、また、セクト間の抗争を招く可能性があるとして、英国(北アイルランド)とアイルランド共和国の陸上の国境には、何も構築物を設けないことにし、北アイルランドとアイルランド共和国の間のモノのやり取りは、北アイルランドがEUの商品規格に従うことで、チェックなしで行うこととした。その代わりに、英国の本土のグレートブリテン島とアイルランド島の間のアイルランド海に事実上通関上の線を引くこととし、モノの移動は、北アイルランドの港で事務的な手続きを行うこととしたのである。

すなわち、北アイルランドは、英国の一部でありながら、アイルランド共和国とのモノの移動の面で、EUの単一市場のような扱いを受けるようになったのである。当初、この新しい仕組みを歓迎する声が北アイルランドのユニオニストの中にもあった。北アイルランドが英国とEUの「いいとこ取り」できるかもしれないとの思惑があったからである。ところが、北アイルランドと英国のグレートブリテン島とのモノのやりとりには一定の事務的なルールがある。手続きには時間がかかり、到着の遅れ、非EU国である英国からの食品のチェック、ソーセージなどの冷蔵食品の輸入制限の問題をはじめ、英国本土と同じ扱いを求めてきたユニオニストの人たちには大きな問題となった。2021年3月末から4月初めの北アイルランド各地の暴動は、この問題と大きな関係がある。さらに2021年9月には、ユニオニストの4政党は、このプロトコールを廃止するよう共同声明で要求した。なお、プロトコールには、4年ごとにこのプロトコールの是非について判断する条項があり、北アイルランド議会がそれを判断することになっているが、それはまだ先のことである。

ジョンソン首相の前のメイ首相は、北アイルランドの通関の問題で新たな仕組みを英国とEUが合意できるまで、英国全体をEUとの関税同盟に残すという案(バックストップ)をEU側と同意した。メイ首相はその案を下院に提出したが3度否決された。ジョンソン首相は、その案の代わりにプロトコールをEU側と合意したのである。

ただし、ジョンソン首相が、北アイルランドをどれほど真剣に考えていたか疑問が残る。英国政府は、今や、モノの移動がよりスムーズに進むよう、このプロトコールにまつわるほとんどのチェックをやめたいと考えている。また、欧州委員会と欧州裁判所のプロトコール遵守の監視もやめさせたいとする。英国政府は、プロトコールの影響を過小評価していたため現在の問題が起きたと主張するが、これらのプロトコールの問題は、離脱協定が結ばれる前から分かっていたようだとBBCが報道した。すなわち、問題があるのは十分に分かっていたが、とりあえずEUを離脱し、その後で問題を蒸し返して変えさせるつもりだったというのである。

一方、EU側は、できるだけ柔軟に対応したいとする考えはあるものの、このプロトコールそのものを廃止したり、変更したりする意図はない。

この北アイルランドのプロトコールの問題は、英国のアメリカとの貿易交渉にも悪影響を与えている。ジョンソン首相は、2021年9月の国際連合総会に出席した際、英国とアメリカの自由貿易協定の足掛かりをつかもうと考えていた。ジョンソン首相は、英国のEU離脱キャンペーンのリーダーだったが、EUから離脱すれば、EUの枷を離れて自由に世界各国と貿易協定が結べると訴え、その代表格としてアメリカとの自由貿易協定を挙げていたのである。しかし、バイデン大統領には、そのような意思はなかった。逆に北アイルランドのプロトコールの問題をジョンソン首相にきちんと対応するよう要請した

バイデン首相は、アイルランド系アメリカ人である。アメリカにはアイルランド系の人が多い。アメリカの統計局が2019年に行ったコミュニティ調査によると、自分をアイルランド系と考えるアメリカ人は、人口の9.7%、3200万人に上る。特に民主党とアイルランドとの関係の強さはよく知られている。1998年のベルファスト合意でも、アメリカのクリントン大統領が、IRAを含めて当事者たちに相当な圧力をかけて、合意に至るよう力を尽くした。通常、自由貿易協定の締結にはかなり時間がかかるが、北アイルランドのプロトコールの問題も含め、英国とアメリカとの自由貿易協定が結ばれるような状態となるまでには、まだ長い時間がかかりそうだ。

北アイルランドのプロトコールに関連して、10月にEU側の提案が出されるようだが、ユニオニスト側が強硬になっているため、ジョンソン政権には前途多難な秋となりそうである。

分権政府が維持できない可能性が出てきた北アイルランド

紆余曲折を経、ユニオニスト側とナショナリスト側のコンセンサスで共同統治をする考えを中心にして北アイルランドの分権政府が生まれた。しかし、それが維持できない可能性が出てきた。たとえそうなっても、選挙を実施するなど、英国の中央政府が直接統治する仕組みが設けられているが、共同統治によって平和を回復してきた北アイルランドには大きなマイナスである。その大きな原因は、まず、英国がEUを離脱した、いわゆるブレクジットから発生した問題であり、次に、現在の最大政党でユニオニストの民主統一党(DUP)の支持率の大幅な低下である。

北アイルランドの最大政党であるDUPの内紛が表面化し、2021年4月にアーリン・フォスター首席大臣が党首を辞任した。その後任のエドウィン・プーツは、波乱の党首選挙を経て5月に選ばれたが、わずか3週間で党首を辞任、そしてその後の6月の党首選で、下院議員ジェフリー・ドナルドソンのみが党首選に立候補し、党首に選ばれた。この過程で、DUPはさらに支持を失うこととなった。もともとフォスターの辞任は、自らが求めたものではない。ブレクジット交渉を経て、英国とEUが合意した、北アイルランドの貿易問題に関するプロトコールと呼ばれる手続きが、大きな問題となったためだ。フォスターが、そのプロトコールの影響の判断を誤ったために英国のEU離脱後、北アイルランドが英国本土とのモノのやり取りで税関手続きを経なければならないこととなったと糾弾され、党所属議会議員たちから不信任を突きつけられたためであった。ユニオニストは、もともと英国本土とのつながりを重視しており、北アイルランドと英国本土との間でそのような手続きをしなければならないことに反対している。

DUPの内紛は、その支持率の低下を心配し、来年5月には行わねばならないことになっている北アイルランド議会の次期選挙を心配した議員たちが引き起こしたものと言えるが、党内の混乱で以下のようにさらに支持率の低下を招いている。

調査実施日 DUP ᵁ シンフェイン ᴺ UUP ᵁ SDLP ᴺ 同盟党 ᴼ TUV ᵁ 緑の党 ᴼ その他
2021年8月20-23日 13% 25% 16% 13% 13% 14% 2% 2%
2021年5月 16% 25% 14% 12% 16% 11% 2% 2%
2021年1月 19% 24% 12% 13% 18% 10% 2% 1%
2020年10月 23% 24% 12% 13% 16% 6% 3% 2%
2017年3月2日選挙結果 28.10% 27.90% 12.90% 11.90% 9.10% 2.60% 2.30% 5.40%

ユニオニスト(U):DUP民主統一党、UUPアルスター統一党、TUV伝統的ユニオニストの声党
ナショナリスト(N): シンフェイン党、SDLP社会民主労働党
なお、UUPは、5月に元軍人のダグ・ビーティーが新党首となり、新鮮な印象を与えている。TUVは、現党首のジム・アリスターがDUPの欧州議会議員だった時の2007年にDUPとシンフェイン党が共同統治の合意をしたため、DUPを離れて設立した政党である。

北アイルランドの次回選挙が、2022年5月の予定より早く行われる可能性があるものの、その選挙ではナショナリストのシンフェイン党が最大政党となるのは確実と見られている。その上、DUPはユニオニスト側でも最大政党になれず、UUPの後塵を拝する可能性がある。

北アイルランドでは下院議員と北アイルランド議会議員を兼任することはできないため、ドナルドソンは、早い機会に下院議員を辞め、北アイルランド議会議員に就任して、プーツの指名した現在の首席大臣に入れ替わって自分が首席大臣になるつもりと伝えられていた。首席大臣だったフォスターが首席大臣退任時に議員を辞職したため、その議席が空席になっているが、現在の政治情勢を踏まえ、直ちに北アイルランド議会議員になるつもりはないようだ。

むしろ、ドナルドソンは、北アイルランドのプロトコールが根本的に変わらなければ、選挙、分権政府から手を引くと発言している。また、ユニオニストの支持者たちが騒擾を起こす可能性に触れた。支持を失いつつあるDUPの流れを止め、逆に支持を回復しようとしているようだ。

北アイルランドは、その特殊な過去の歴史を反映して、ユニオニストとナショナリストの共同統治である。そしてその分権政府のトップは、同等の権限を持つ首席大臣と副首席大臣である。最大政党から首席大臣、そしてその政党との所属するユニオニストもしくはナショナリストのグループとは異なるグループの最大議席を獲得した政党が副首席大臣を推薦することになっている。もし、いずれかが欠ければ、もう1人もその職を退くことになっており、北アイルランドの分権政府は機能しないことになっている。そのため、現在、DUPから出している首席大臣を辞任させ、後任を指名しなければ、それで分権政府は倒れる(この点で、中央政府は新たな仕組みを導入しようとしている)。また、次回選挙で、たとえDUPがユニオニスト側の最大政党となったとしても、副首席大臣の地位を占める北アイルランド議会議員を指名しなければ、首席大臣も任命できない。

DUPには、首席大臣と副首席大臣の権限が同等であっても、ナショナリストのシンフェインに首席大臣の地位を奪われるのは屈辱だという見方がある。DUPは、もし万一プロトコールが変えられれば、それを成し遂げたのは自分たちだと言うだろうが、もしそれがかなわなければ、分権政府ではなく、英国中央政府の直轄統治の方が良いという立場をとる可能性がある。そうなれば、分権政府はかなり長期間停止され、北アイルランドの平和が脅かされる可能性がある。

北アイルランド100周年

北アイルランドが生まれて、100周年。これを記念してキリスト教各会派が集まり、2021年10月21日に式典を催すが、それへの招待をアイルランド共和国のヒギンズ大統領が断ったことがニュースになっている。

英国の北アイルランドは、アイルランド島にある。アイルランド島はもともと英国の一部だった。自治を求めるアイルランドのカソリック教徒にアイルランド島の南で自治を認め、英国本土のグレートブリテン島に近い北部に、アイルランド島全域のプロテスタント教徒やグレートブリテン島からの移住者の子孫らを集めて北アイルランドの行政区を設けたのは1921年である。それ以降、北アイルランドを南部の現在のアイルランド共和国と併合させる運動が今でも続いている。血を血で洗うようなトラブルズという時代を経て、1998年のベルファスト(グッドフライデー)合意で事態は落ち着いてきている。

北アイルランドのアイルランド共和国への併合を求める人たちをナショナリスト、それに反対して、北アイルランドの英国との関係を維持することを求める人たちをユニオニストと呼ぶ。ナショナリストの中で、武力を使ってでも目的を達成しようとする団体に「IRA暫定派(Provisional Irish Republican Army)」があったが、この団体の政治部門が現在のシンフェイン党に脱皮し、ベルファスト合意に署名し、IRA暫定派は武器を捨てたと宣言した。しかしながら、この動きに納得しないIRAの分派が今でもまだ活動しており、その中で「新IRA」と呼ばれる団体の銀行口座が凍結されたとの報道がある。

ヒギンズ大統領は、これまでの対立の歴史からの和解に力を尽くしてきた人物だと考えられているが、記念式典への招待を断ったのは、そもそも北アイルランドを設けたことに不満を持つ人たちに配慮したためではないかと思われる。

北アイルランドの問題は簡単なものではない。アイルランド共和国の副首相(前首相)レオ・バラドカーが今年6月に「自分の生きている間にアイルランドが統一されるかもしれない」と発言して議論を呼んだが、その前の4月のBBCの世論調査では、北アイルランドとアイルランド共和国のそれぞれの住民の過半数が、25年後には北アイルランドはアイルランドに統一されているだろうと見ていることがわかっている。

北アイルランドの行方

英国の北アイルランドは、アイルランド島にある。島内のアイルランド共和国と国境で隔てられているが、この国境は地図上のもので、国境を超える時に通過しなければならない税関やチェックポイントのようなものは実際にはない。

これは、もともとアイルランド共和国が英国から分離して生まれ、その後の歴史的な関係を反映したものだが、この北アイルランドの地位は、英国がEUを離脱するブレクジット交渉の際に大きな問題となった。アイルランド共和国は今もなおEUのメンバーだが、英国はEUを離れ、EU外の国である。そのため、同じアイルランド島にある、北アイルランドとアイルランド共和国との間の関係を調整する必要ができたのである。妥協策として合意した、英国とEUとの間の貿易上のプロトコール(ルール)は、今になって英国側が受け入れられないとして再交渉を求める展開となっている

その中、北アイルランドの住民の考え方も変化してきている。北アイルランドが英国から別れて、南のアイルランド共和国と統一されるべきかどうかという点では、最近の世論調査によると、北アイルランドをアイルランド共和国と統一するべきかどうかという「国境投票(Border Poll)」を5年以内に実施すべきだという人が37%、それ以降に実施すべきだという人が31%と、合わせて住民の3分の2になっている(そのような投票はすべきではないという人は29%)。なお、もしそのような国境投票があれば、英国に残るべきだという人は49%、アイルランド共和国と統一されるべきだという人は42%である。問題は、英国がEU離脱交渉を始めて以来、北アイルランドがアイルランド共和国と統一されるべきだという人の割合が増えてきている点だ。

同じ目的を持つ国境投票は、1973年に実施されたことがある。最初から結果がわかっていたからこそ実施したということがあったのだろうが、その際、ナショナリストと呼ばれる、アイルランド共和国との統一を求める人たちは、その投票をボイコットした。結果は、投票率58.7%で、98.9%が英国に残りたいであった。その時に採用された国境投票の制度は、1998年のベルファスト(グッドフライデー)合意で受け継がれた。そのような国境投票は、英国の北アイルランド相が実施時期の裁量権を持つが、北アイルランドの半数以上が統一支持になれば、実施しなければならないことになっている。ただし念頭に置いておかなければならないのは、2016年の英国のEU離脱の国民投票でも予想を裏切って離脱が多数を占め、離脱することになったように、特に現在のような世論の動きの中で、国境投票を実施することは大きなギャンブルであり、英国は北アイルランドを失う可能性がある。

現アイルランド共和国副首相で、前首相のレオ・バラッカーは、自分の生きている間にアイルランドが統一されるかもしれないと示唆し、英国政府はそれに強く反発したが、その可能性も出てきた。ブレクジットの中長期的な結果が、国境投票が行われるかどうか、または行われた場合、その結果を左右するだろう。

北アイルランドでは、ジョンソン首相の業績を悪い、もしくはひどく悪いと評価する人が79%にも上っており、将来、北アイルランドが英国を離れるというような事態が発生すれば、EU離脱国民投票で離脱派のリーダーだった上、首相としてブレクジットを推進したジョンソン政権が、その大きなきっかけを作ったと批判されかねない状態となっている。

北アイルランド問題で苦しむメイ首相

メイ首相のEUとの離脱合意には、アイルランド島内の「イギリスの北アイルランド」と南のEU加盟国アイルランド共和国との間の国境に関する「バックストップ」が含まれている。バックストップとは、安全ネットもしくは「保険」と表現されるが、アメリカの野球のホームベース後ろの安全柵のことで、観客の安全のために設けられたものである。

現在、北アイルランドとアイルランド共和国の間の国境に建造物はない。自由通行できる。そのため、ブレクシットのバックストップとは、国境にそのような建造物を作る必要がないようにするものである。これは、1998年のグッドフライデー(ベルファスト)合意で一応終えた、北アイルランドの30年余りにわたるナショナリスト(カソリックでアイルランド共和国との統一を求める勢力)とユニオニスト(プロテスタントでイギリスとのつながりを維持していく勢力)の血にまみれた「トラブルズ」と呼ばれる状況を再びもたらせないようにするものである。国境を区切る建造物が生まれると、再びテロ活動の標的とされる可能性があると多くが心配しているためだ。

メイ首相の合意案は、EUとの関税同盟に参加しないなどのレッドラインに固執しているため、このバックストップを含まざるをえない。そしてこのバックストップゆえに、メイ率いる保守党の中の欧州リサーチグループ(ERG)がこの合意案に賛成しない。そのバックストップが半永久的に続き、イギリスはいつまでたってもEUを離脱できないのではないかと心配しているからだ。

メイ首相は北アイルランドをレベルの低い地域とでも考えていた節がある。2019年2月の初めに北アイルランドを訪れ、国境に建造物は作らないと、下院でいつも行うようなスピーチを行った。その反応は?もろ手を挙げて称賛されるようなものとは遠く離れたものだった。北アイルランドの新聞は極めて冷静で、事態を鋭く見抜いたものだった。メイのスピーチは疑問を解決し、不安を和らげるようなものではなかったというのである。メイにとっては、北アイルランドの政治関係者は、今もなお、子供のような争いを繰り広げているように見えるかもしれない。しかし、北アイルランドの政治は、その困難な時代を潜り抜けて成熟したものになっている。

メイ首相は、最初から北アイルランドを軽視していたように見える。北アイルランド問題を十分に理解していない人物を2人続けて北アイルランド相につけた。一番目のジェームス・ブロークンシャーは、本来、中立的な立場であるべきなのに、民主統一党(DUP)寄りのスタンスで、「愚か」だと批判される始末だった。二人目のカレン・ブラッドリーは、北アイルランド相に就任するまで北アイルランドの政治を十分知らなかったと話し、あきれられた。二人とも内務省でメイの下で仕えた人物である。他の多くのポストの任命と同じように、その人物の適性よりもメイとの距離を考慮した人選であったことは疑いがない。

北アイルランドでは、2016年EU国民投票で56%がEU残留に投票したように、もともと新EU寄りの姿勢が強かった。もしイギリスが合意なしでEUを離脱するようなこととなると、北アイルランドがアイルランド共和国と統一するかどうかのいわゆる「国境投票」への声が強まるだろう。そのような場合には55%の有権者が統一に投票するという世論調査がある。このままではメイ首相は、イギリスをEUから合意なしで離脱させ、しかも北アイルランドを失う役割を果たした人物となる可能性があろう。

 

リコールを免れた北アイルランド下院議員

北アイルランドの下院議員が地元選挙区でリコールされる可能性があった(拙稿)が、それを免れた。民主統一党(DUP)の下院議員イアン・ペイズリー・ジュニアが、かつてスリランカ政府から手厚いもてなしを受け、スリランカ政府の依頼でキャメロン保守党政府にロビーイングしたことが表面化し、30日の登院日出席停止処分を受けた。オンライン記録の残っている1949年以来最も長い出席停止処分である。実際、家族も含めたそのもてなしは、10万ポンド(1500万円)にも上ると見られ、法外なものだった。そしてペイズリーは新法に基づき、選挙民からのリコールにさらされる最初の下院議員となる。

その新法は、もし、選挙区の有権者の10%がリコール署名をすれば、現職下院議員が失職し、補欠選挙が行われるというものだが、ペイズリーは、かろうじてその不名誉を免れることとなった。その選挙区の有権者の10%は7543人だが、9.6%の7099人が署名し、444署名不足したのである。

この結果を受け、DUPの対立政党である、北アイルランド第二の政党シンフェイン党は、選挙委員会が最大10か所まで開設できる署名所を3か所しか設けなかったと批判した。ただし、この選挙区と北アイルランドの政治風土を考えれば、地元の有権者が選挙に消極的になったことは十分理解できる。

メイ政権のカレン・ブレイドリー北アイルランド相が、ここはイングランドと全く違う、違う筋の投票は全くしないことを知らなかったと発言して批判を浴びたが、北アイルランドの政治風土はそれ以外の地域と大きく異なる。それに付け加え、この選挙区は、ペイズリー議員の父親であり、DUPの創設者で、後に北アイルランド首席大臣となるペイズリー・シニアが、1970年から議席を保持してきた選挙区である。そのため、前回の2017年総選挙でも、ペイズリー・ジュニアは、2万8521票と投票総数の6割近くの票を獲得し、次点の7878票を大きく引き離して当選した。

もし、ペイズリー・ジュニアがリコールされていたとしても、再び立候補することが許されているため、当選確実だった。DUPは既に亡くなっている父親の盟友や支持者たちに強い力があり、ペイズリー・ジュニアの再立候補が阻止される可能性はなく、補欠選挙そのものが茶番となる可能性があった。有権者がそのような選挙を好まなかったのは明らかである。結局、北アイルランドの特殊性が改めて浮き彫りになったリコール騒動だったと言える。

下院議員のリコール

今年7月、北アイルランドの民主統一党(DUP)所属のイアン・ペーズリー・ジュニア下院議員が、イギリスの下院から30日の登院停止処分を受けた。オンラインで記録をさかのぼることのできる1949年以来最長の登院停止処分である。そして、現在、2015年下院議員リコール法が設けられて以来初めて、リコールするかどうかの公式な署名がペーズリーの選挙区で行われている。 

このリコール法では、下院議長の要請で選挙管理官が選挙区内に署名所を設け、有権者総数の10%がリコールに賛成すれば、現職議員が失職し。補欠選挙が実施されることとなる。今回の署名期間は、88日から919日までであり、3つの署名所で、平日午前9時から午後5時まで、そして96日から13日までは午後9時まで行われる。失職した議員は再び立候補でき、ペーズリーはたとえ失職しても再立候補する意思をすでに表明している。 

北アイルランドの選挙は、極めて特殊であり、党派色が極めて強い。ペーズリーの父親は、DUPの創立者の宗教家で、下院議員、北アイルランド政府首席大臣、上院議員も務めた人物である。個人の信奉者が多かったため、それらの人々がペーズリーを今でも支援している。2017年の総選挙では、この選挙区(North Antrim)では、76000人ほどの有権者で、投票率が約64%、ペーズリーは60%ほどを得票した。その選挙で他の政党に投票した有権者数は約2万人で、全有権者数の10%の7600人署名は到達可能な数字だ。補欠選挙があっても、ペーズリーが立たず、DUPから他の候補者が立てば楽勝するだろうが、ペーズリーの背景からそれはできず、結果はDUP支持者の投票率次第だろう。それでも、ペーズリーが再選される可能性は極めて大きい。

なお、DUPもペーズリーもEU離脱派だ。2016年のEU国民投票では、北アイルランド全体の56%が残留に投票したのに対し、この選挙区では離脱賛成派が62%だった。この選挙区は南のアイルランド共和国との国境から遠く離れているため、イギリスとEUとのブレクシット交渉で「合意なし」の可能性が高まっていることはそう大きく影響しないだろう。 

ペーズリーの登院停止処分を引き起こした問題は、2013年の家族でのスリランカへの3度にわたる招待旅行で、スリランカ政府から旅費などを含む過剰な接待を受けたことだ。その金額は、10万ポンド(1400万円)ともいわれる。下院議員の利益供与などの登録をきちんとしていなかった上、スリランカ政府の要請を受けてイギリス政府に対してロビイングをしていた。これは明らかに「有償受託ルール(Paid advocacy rules)」に反しているとして、下院の倫理基準委員会が、夏休み後下院の再開する94日から30日の登院停止(30日間ではなく、30日の登院日の登院停止のため、政党の党大会休会期間も含み、かなり長くなる)を提案し、下院がそれを承認したのである。 

メイ首相は、DUPから閣外協力を受けて政権を運営しているが、DUPの下院議員数が当面10人から9人となったことは痛手だ。これが秋の政局にどのように影響するか注目される。

北アイルランドのDUPはどうなる?

2017年1月に北アイルランド内閣が倒れた。その直接の原因は、RHI(Renewable Heating Initiative)と呼ばれる再生可能エネルギー利用に関する政策で北アイルランド政府が大きな欠損を出すことがわかったことだ。その政策は、民主統一党(DUP)現党首のアーリン・フォスターが、担当の企業相だった時に導入した。そこで、シンフェイン党が首席大臣だったフォスターにこの問題の調査中、首席大臣の地位から一時離れることを求めた。しかし、フォスターがそれを拒否したため、シンフェイン党の副首席大臣が辞任する。ユニオニスト側(DUPらイギリスとの関係を維持する立場)とナショナリスト側(シンフェインらアイルランド共和国との統一をめざす立場)の共同統治の仕組みのため、いずれかが欠けると内閣と議会が維持できないのである。

それ以来、北アイルランドの行政は、内閣と議会なしのまま、公務員によって運営されている。政治的な決定ができないため、ウェストミンスター議会が北アイルランド相の勧告に従い、必要最小限、代わりに決定する形となっている。本来、このような場合には、中央政府の北アイルランド相が直接統治する形を取ることになっているが、メイ首相はそこまで踏み切れないままだ。

RHI問題は、退任判事を委員長とした公式調査が進んでいるが、そこではDUPに都合の悪い事実が明らかになってきている。一方、北アイルランド内閣と議会の復活を求めるメイ政権の努力にもかかわらず、その機運は盛り上がっていない。現在の問題は、シンフェイン党がアイルランド語の公式制度化を求めているのに対し、DUPがそれに反対していることだ。それが、最大の障害となっている。いずれの側の支持者もこの問題に対する態度を硬化させており、この問題の決着がつく状況にはない。

一方、DUPは2017年6月の総選挙以来、脚光を浴びている。北アイルランドで10議席を獲得したDUPが、過半数を割ったメイ保守党政権を閣外協力で支えているからである。DUPはメイ政権から10億ポンド(1500億円)の追加の政府支出を勝ち取った。そしてDUPの極端な体質や政策が取り上げられる機会が多くなっている。

その一つの例が、DUPの妊娠中絶反対である。隣のアイルランド共和国の国民投票で、妊娠中絶が認められることになった。しかし、北アイルランドでは当面変わらないだろう。DUPのほとんどの幹部は妊娠中絶に反対している、原理主義的なプロテスタントのアルスター自由長老派教会のメンバーであり、DUPのメンバーの3割はこの教会の信者だといわれる。DUPは妊娠中絶がアイルランド共和国で認められても、それは北アイルランドには関係ないという。これには批判が強い。

2018年2月の世論調査によると、DUPへの支持率が下がり、シンフェイン党の支持率は上がっており、その支持率の差は小さくなってきている。特にDUPに心配だと思われるのは、18歳から44歳の支持率でシンフェイン党が大きくリードしていることだ。シンフェイン党の38.7%に対し、DUPは29.2%である。

シンフェイン党はカトリックの政党だが、カトリック教会がIRAとシンフェインを強く批判してきたことから、カトリック教会に従わず、自ら決める傾向がある。また、国民の多くはカトリック教会の役割は、日本のように結婚と葬式の際には宗教的に振る舞うが、それ以外はあまり気にしないという状態になってきている。シンフェイン党はアイルランド共和国での妊娠中絶の合法化に賛成し、北アイルランドでも合法化の運動を始めているが、上記のように若い人たちの支持をナショナリスト、ユニオニストに関わらず集めてきている。

イギリスがEUを離脱するブレクシットでは、DUPはEU離脱に賛成してきているが、イギリス本土とのつながりを重んじ、北アイルランドがイギリス本土と異なって扱われることに反対している。その一方、北アイルランドとアイルランド共和国との国境に建築物やチェックポイントなどができることには反対だ。

EU側は柔軟で、北アイルランドとイギリス本国の間のアイリッシュ海を貿易上の国境とし、北アイルランドとアイルランド共和国の陸上国境をそのままとすることを受け入れる用意があるが、これにはメイ政権も反対している。メイ首相はDUPの言うことに従わざるを得ない立場にある。もしイギリスがEUと将来のきちんとした関係の合意なしに離脱することになった場合には、北アイルランドの政治経済的なコストが増加するばかりか、そのようなお粗末なブレクシット交渉をしたメイ政権を支えた上、アイルランド共和国との国境にチェックポイントができることになり、北アイルランド住民とビジネスに多大な不便をかけることになる。北アイルランドでは離脱に反対の声が大きく増加している

カトリック教会の枷にこだわらないシンフェイン党は、アイルランド共和国と北アイルランドの両方で新しい世代の女性をトップに押し立てている。新しい感覚で北アイルランド政治の中心となっていくように思われる。DUPは明らかに時代遅れの政党である。北アイルランドはイギリスでも特殊な地域であるが、時代遅れのDUPが北アイルランドで最大政党の地位を占める時間はそう長くないのではないか。

 

北アイルランドの新たな脅威

北アイルランド内閣と議会は停止している。しかし、北アイルランドの政治は停滞していない。政治を取り巻く環境は大きく変化している。その一つは、北アイルランドのテロリズムの復活である。

1998年のグッドフライデー(ベルファスト)合意で、それまでの30年ほどの血で血を洗う抗争を終えることとなった。アイルランド島内のイギリス北アイルランドと南のアイルランド共和国を統一させようとする勢力(ナショナリスト、その過激派はリパブリカンと呼ばれる)とそれに反対する勢力(ユニオニスト、その過激派はロイヤリストと呼ばれる)の争いだった。

1998年合意の半年前、リパブリカンの団体、暫定IRA(PIRA)のメンバーが集まり武器放棄を決めた際、それに反発して去ったメンバーがいた。それ以降、異なるテロ組織、真IRA(Real IRA)がテロ活動を行ってきたが、今やそれと他の団体が一緒になった新団体、新IRA(New IRA)と呼ばれるグループが立ち上げられ、2012年の創設以来、40件ほどのテロ活動を行ってきたと見られている。この間、テロで刑務官2人と警察官2人が死亡している。なお、1998年の前、30年ほどで、302人の警察官と24人の刑務官がテロで殺害されたと言われる。

この新IRAはかつての暫定IRAと比べ、はるかに小さな組織だ。しかし、ブレクシットを利用してその活動、勢力の拡大を狙っていると見られる。イギリスのEU離脱後、イギリスとEUとの「国境」となる、北アイルランドとアイルランド共和国の国境にチェックポイントができる可能性が高まっており、これを標的にしようとしている。住民にアイルランドは今もなお分断されていると再認識させるためだ。

EUとイギリスは、貿易に関する影響を減らし、そのようなテロの可能性を減らすべく、1998年の合意を守り、新しい構造物も作らないし、チェックポイントも設けないとしている。しかし、それはかなり難しい状態となっている。イギリスがEU側に提案している2案(関税パートナーシップ案とMax-Fac案)は、メイ首相の保守党内で批判があるほか、EU側が、それらは実行できるものではなく、また、受け入れられるものでもないという。この状態に危機感を持っている北アイルランド警察は、新IRAなどの脅威に対応するための治安テロ対策に警官を増員する必要を訴えている。警官が狙われる可能性も高く、この状況は緊迫してきている。

イギリス側が上記の2案の立場を取るのは、メイ首相が、イギリスのEU離脱後、イギリス本土と北アイルランドで同じ経済・貿易システムを維持したいと考えていることにある。EU側は、北アイルランドとイギリス本国の間の北海を貿易上の国境として、北アイルランドはEUの単一市場と貿易同盟に残り、アイルランド共和国の国境の通行を現状のまま自由通行とする用意があるが、これにはメイ政権が反対している。メイ政権を閣外協力で支えている、北アイルランドの民主統一党(DUP)が反対しているからだ。DUPはイギリス本土とのつながりを重んじ、北アイルランドがイギリス本土と異なって扱われることに反対している。その一方、北アイルランドとアイルランド共和国との国境に建築物やチェックポイントができることに反対している。

DUPがこれらの立場を変えることは、党の基本原則に関わることであり、難しい。また、メイ首相は、北アイルランドを別に扱うのは、イギリスの統一を損なうと明言している。そのため、結果的に、北アイルランドとアイルランド共和国の国境にチェックポイントなどが設けられるようなこととなると、テロ活動が活発化する可能性がある。