北アイルランドのDUPはどうなる?

2017年1月に北アイルランド内閣が倒れた。その直接の原因は、RHI(Renewable Heating Initiative)と呼ばれる再生可能エネルギー利用に関する政策で北アイルランド政府が大きな欠損を出すことがわかったことだ。その政策は、民主統一党(DUP)現党首のアーリン・フォスターが、担当の企業相だった時に導入した。そこで、シンフェイン党が首席大臣だったフォスターにこの問題の調査中、首席大臣の地位から一時離れることを求めた。しかし、フォスターがそれを拒否したため、シンフェイン党の副首席大臣が辞任する。ユニオニスト側(DUPらイギリスとの関係を維持する立場)とナショナリスト側(シンフェインらアイルランド共和国との統一をめざす立場)の共同統治の仕組みのため、いずれかが欠けると内閣と議会が維持できないのである。

それ以来、北アイルランドの行政は、内閣と議会なしのまま、公務員によって運営されている。政治的な決定ができないため、ウェストミンスター議会が北アイルランド相の勧告に従い、必要最小限、代わりに決定する形となっている。本来、このような場合には、中央政府の北アイルランド相が直接統治する形を取ることになっているが、メイ首相はそこまで踏み切れないままだ。

RHI問題は、退任判事を委員長とした公式調査が進んでいるが、そこではDUPに都合の悪い事実が明らかになってきている。一方、北アイルランド内閣と議会の復活を求めるメイ政権の努力にもかかわらず、その機運は盛り上がっていない。現在の問題は、シンフェイン党がアイルランド語の公式制度化を求めているのに対し、DUPがそれに反対していることだ。それが、最大の障害となっている。いずれの側の支持者もこの問題に対する態度を硬化させており、この問題の決着がつく状況にはない。

一方、DUPは2017年6月の総選挙以来、脚光を浴びている。北アイルランドで10議席を獲得したDUPが、過半数を割ったメイ保守党政権を閣外協力で支えているからである。DUPはメイ政権から10億ポンド(1500億円)の追加の政府支出を勝ち取った。そしてDUPの極端な体質や政策が取り上げられる機会が多くなっている。

その一つの例が、DUPの妊娠中絶反対である。隣のアイルランド共和国の国民投票で、妊娠中絶が認められることになった。しかし、北アイルランドでは当面変わらないだろう。DUPのほとんどの幹部は妊娠中絶に反対している、原理主義的なプロテスタントのアルスター自由長老派教会のメンバーであり、DUPのメンバーの3割はこの教会の信者だといわれる。DUPは妊娠中絶がアイルランド共和国で認められても、それは北アイルランドには関係ないという。これには批判が強い。

2018年2月の世論調査によると、DUPへの支持率が下がり、シンフェイン党の支持率は上がっており、その支持率の差は小さくなってきている。特にDUPに心配だと思われるのは、18歳から44歳の支持率でシンフェイン党が大きくリードしていることだ。シンフェイン党の38.7%に対し、DUPは29.2%である。

シンフェイン党はカトリックの政党だが、カトリック教会がIRAとシンフェインを強く批判してきたことから、カトリック教会に従わず、自ら決める傾向がある。また、国民の多くはカトリック教会の役割は、日本のように結婚と葬式の際には宗教的に振る舞うが、それ以外はあまり気にしないという状態になってきている。シンフェイン党はアイルランド共和国での妊娠中絶の合法化に賛成し、北アイルランドでも合法化の運動を始めているが、上記のように若い人たちの支持をナショナリスト、ユニオニストに関わらず集めてきている。

イギリスがEUを離脱するブレクシットでは、DUPはEU離脱に賛成してきているが、イギリス本土とのつながりを重んじ、北アイルランドがイギリス本土と異なって扱われることに反対している。その一方、北アイルランドとアイルランド共和国との国境に建築物やチェックポイントなどができることには反対だ。

EU側は柔軟で、北アイルランドとイギリス本国の間のアイリッシュ海を貿易上の国境とし、北アイルランドとアイルランド共和国の陸上国境をそのままとすることを受け入れる用意があるが、これにはメイ政権も反対している。メイ首相はDUPの言うことに従わざるを得ない立場にある。もしイギリスがEUと将来のきちんとした関係の合意なしに離脱することになった場合には、北アイルランドの政治経済的なコストが増加するばかりか、そのようなお粗末なブレクシット交渉をしたメイ政権を支えた上、アイルランド共和国との国境にチェックポイントができることになり、北アイルランド住民とビジネスに多大な不便をかけることになる。北アイルランドでは離脱に反対の声が大きく増加している

カトリック教会の枷にこだわらないシンフェイン党は、アイルランド共和国と北アイルランドの両方で新しい世代の女性をトップに押し立てている。新しい感覚で北アイルランド政治の中心となっていくように思われる。DUPは明らかに時代遅れの政党である。北アイルランドはイギリスでも特殊な地域であるが、時代遅れのDUPが北アイルランドで最大政党の地位を占める時間はそう長くないのではないか。

 

北アイルランドの新たな脅威

北アイルランド内閣と議会は停止している。しかし、北アイルランドの政治は停滞していない。政治を取り巻く環境は大きく変化している。その一つは、北アイルランドのテロリズムの復活である。

1998年のグッドフライデー(ベルファスト)合意で、それまでの30年ほどの血で血を洗う抗争を終えることとなった。アイルランド島内のイギリス北アイルランドと南のアイルランド共和国を統一させようとする勢力(ナショナリスト、その過激派はリパブリカンと呼ばれる)とそれに反対する勢力(ユニオニスト、その過激派はロイヤリストと呼ばれる)の争いだった。

1998年合意の半年前、リパブリカンの団体、暫定IRA(PIRA)のメンバーが集まり武器放棄を決めた際、それに反発して去ったメンバーがいた。それ以降、異なるテロ組織、真IRA(Real IRA)がテロ活動を行ってきたが、今やそれと他の団体が一緒になった新団体、新IRA(New IRA)と呼ばれるグループが立ち上げられ、2012年の創設以来、40件ほどのテロ活動を行ってきたと見られている。この間、テロで刑務官2人と警察官2人が死亡している。なお、1998年の前、30年ほどで、302人の警察官と24人の刑務官がテロで殺害されたと言われる。

この新IRAはかつての暫定IRAと比べ、はるかに小さな組織だ。しかし、ブレクシットを利用してその活動、勢力の拡大を狙っていると見られる。イギリスのEU離脱後、イギリスとEUとの「国境」となる、北アイルランドとアイルランド共和国の国境にチェックポイントができる可能性が高まっており、これを標的にしようとしている。住民にアイルランドは今もなお分断されていると再認識させるためだ。

EUとイギリスは、貿易に関する影響を減らし、そのようなテロの可能性を減らすべく、1998年の合意を守り、新しい構造物も作らないし、チェックポイントも設けないとしている。しかし、それはかなり難しい状態となっている。イギリスがEU側に提案している2案(関税パートナーシップ案とMax-Fac案)は、メイ首相の保守党内で批判があるほか、EU側が、それらは実行できるものではなく、また、受け入れられるものでもないという。この状態に危機感を持っている北アイルランド警察は、新IRAなどの脅威に対応するための治安テロ対策に警官を増員する必要を訴えている。警官が狙われる可能性も高く、この状況は緊迫してきている。

イギリス側が上記の2案の立場を取るのは、メイ首相が、イギリスのEU離脱後、イギリス本土と北アイルランドで同じ経済・貿易システムを維持したいと考えていることにある。EU側は、北アイルランドとイギリス本国の間の北海を貿易上の国境として、北アイルランドはEUの単一市場と貿易同盟に残り、アイルランド共和国の国境の通行を現状のまま自由通行とする用意があるが、これにはメイ政権が反対している。メイ政権を閣外協力で支えている、北アイルランドの民主統一党(DUP)が反対しているからだ。DUPはイギリス本土とのつながりを重んじ、北アイルランドがイギリス本土と異なって扱われることに反対している。その一方、北アイルランドとアイルランド共和国との国境に建築物やチェックポイントができることに反対している。

DUPがこれらの立場を変えることは、党の基本原則に関わることであり、難しい。また、メイ首相は、北アイルランドを別に扱うのは、イギリスの統一を損なうと明言している。そのため、結果的に、北アイルランドとアイルランド共和国の国境にチェックポイントなどが設けられるようなこととなると、テロ活動が活発化する可能性がある。

ブレクシット交渉への高まる不安

メイ政権のブレクジットに関する発言は次第に変化してきたが、イギリスのEU離脱交渉では、現在、以下のような点を重んじてきている。

  • EUの単一市場と関税同盟を離脱する
  • EUとの経済貿易関係にできるだけ摩擦のないようにする
  • 他の国と独自に貿易関係を結ぶことができるようにする
  • EUとイギリスとの地上国境となるアイルランドの国境には検問などのチェックポイントを設けない

これらを同時に解決するのは極めて困難だ。確かにEUを離脱しても、EUの単一市場や関税同盟に残り、EUと摩擦のない関係を維持することは可能だ。しかし、それでは、EU外の国と独自に貿易関係を結ぶことはできない。メイ首相は、その政権を維持しながら、この交渉をまとめるために様々な要求を満足させる方策を考え出そうとしている。大きな問題は時間がなくなっていることだ。10ヶ月後には、イギリスはEUを離脱するのである。

そのため、ビジネスも公共セクターも10か月後をにらんで動き始めている。イギリス経済は、既に投資を控える動きなどから成長が鈍化しており、過去12ヶ月、アメリカが2.2%、ユーロ圏が2.5%成長したのに対し、イギリスは1.2%だった。5月末、欧州のトップ50企業の代表がメイ首相に事実上EUの関税同盟に残るよう訴え、また、イギリスのバークレイズ銀行は、国内の投資への貸し出しに関する条件を厳しくしている

その一方、北アイルランド警察に関しては、その警察官の組織が、現在の警官数では、国境を警備しかねると訴えた現在の警官数は6621人だが、かつては、警官13500人と軍人26000人で国境と治安を守っていた。しかし、北アイルランドでは、反政府過激分子が新しく設けられる可能性の高まっている検問所などを攻撃する可能性は否定できないとして、財政削減で計画されている警察署閉鎖を中止し、警官を増強するよう訴えた。

このような動きはさらに強まっていくだろう。

アイルランドの中絶合法化の北アイルランドへの影響

5月25日の妊娠中絶に関する国民投票で、アイルランドは妊娠12週間までの中絶を認めることになった。アイルランド共和国と国境(地図上のもので、フェンスも検問もない)を接するイギリスの北アイルランドでは、妊娠中絶は禁じられており、非常に思い刑罰を科される可能性がある。

アイルランドの国民投票の結果を受け、このアイルランド共和国とイギリスの北アイルランドの差をなくすため、北アイルランドの制度を変えるべきだという意見が強く出てきている。北アイルランドの第二政党のシンフェイン党は、南のアイルランド共和国と両方に基盤を持つカトリックの政党だが、アイルランドでは、中絶を認めるキャンペーンに参加した。そして北アイルランドでも同じ制度にするようキャンペーンを始めている。

そしてイギリスのメイ政権の女性担当相をはじめとする有力女性議員たちが、北アイルランドでも中絶を認めるよう強く働きかけている

しかし、北アイルランド最大政党である民主統一党(DUP)はプロテスタント政党だが、中絶反対の立場を変えていない。そしてこの問題は北アイルランドに決める権利があり、北アイルランド議会で決めるとする。

北アイルランドは分権されており、独自の議会と政府を持つ。しかしその政府は、2017年1月に崩壊して以来、機能していない。北アイルランド政府は、グッドフライデー(ベルファスト)合意で、イギリスとの統一を重んじるユニオニスト側(DUPら)とアイルランド共和国との究極的な統一を目指すナショナリスト側(シンフェイン党ら)の共同統治となっている。そのため、それぞれの立場から全く同じ権限の首席大臣と副首席大臣を出すことが必須である。2017年の政府崩壊は、ナショナリスト側最大政党のシンフェイン党のマクギネス副首席大臣が辞任し、代わりの人を出すことを拒否したため起きた。この事態を打開しようと北アイルランド議会選挙が行われたが、北アイルランドの政治情勢は変わらず、現在まで政府を樹立できず、議会も機能していない。そのため、必要があれば、イギリスのロンドンのウェストミンスターにある議会で法律を成立させている。

そこで、ウェストミンスターでは、北アイルランドの政治不能の状態を逆手に取り、中絶の問題についてウェストミンスターの議会で押し通せばどうかという意見も出ている。

しかし、DUPの閣外協力で政権を維持しているメイ首相は、DUPの意思に反した行動を取れない。また、DUPが北アイルランド議会でというのは、シンフェイン党に共同統治に戻るよう促している意味がある。

一方、シンフェイン党は、DUPがその方針を変えようとせず、アイルランド語の公式な制度化を渋っていることなどを理由として共同統治に戻る考えは今のところない。その上、シンフェイン党はIRAの政治組織として生まれたことから、ウェストミンスターを信頼していない。そのため、イギリスの総選挙で候補者を立てて当選しても(2017年には7人当選した)、女王に忠誠を誓うことを拒否して下院に出席していない。すなわち、シンフェイン党がウェストミンスター議会にこの問題で助けを求めることはありそうにない。

そのシンフェイン党の当面の対応は、アイルランドできちんと妊娠中絶が制度化されれば(今年中に行われる予定)、北アイルランドの住民が南のアイルランド共和国へ行って中絶できるようにすべきだというものである。これは、現在、北アイルランドからイギリス本土へ行って中絶することができることに対応した考えである。

シンフェイン党が北アイルランドで住民投票を求めるかどうか注目されるが、DUPはそれには反対するだろう。シンフェイン党が求めたとしても、それを決める北アイルランド議会が機能していない状態では、ウェストミンスター議会に頼るしかない。堂々巡りとなる可能性がある。様々な政治的な読みと駆け引きがあるだろうが、北アイルランド議会、政府がきちんと機能しなければこの問題は前に進まないように思われる。

DUPの妊娠中絶に対する立場に縛られるメイ首相

北アイルランドの民主統一党(DUP)は、イギリスの下院に10議席持ち、メイ保守党政権を閣外協力で支えている。昨年6月の総選挙で過半数を割った保守党は、下院で過半数を確保するためにDUPの協力が必要だ。その上、ブレクシットをめぐり、保守党内で強硬離脱派とソフトな離脱を求めるグループが対峙している中、EU離脱支持派であり、ほとんど一丸となって動くDUPの協力は不可欠だ。

2018年5月25日のアイルランドの妊娠中絶を認めるかどうかの国民投票で、3分の2が認めるとし、認めないとする方が3分の1であった。これでアイルランド共和国では認められることとなる。ただし、同じアイルランド島の中の、イギリスの北アイルランドでは認めないままであることから、メイ保守党の女性議員の中にも認められるようにすべきであるという意見が強まっている

北アイルランドはイギリスの一部ではあるが、イギリスが妊娠中絶を1967年に認めたのは適用されず、今もなお、妊娠中絶は犯罪である。妊娠がどのような理由によってもたらされたとしても、医師が母体を守るために他に手段がないと判断した時以外、禁止されている

2016年11月、北アイルランドの裁判所がそれを国際人権法に反するとしたが、DUPらは法律を変えることに反対してきた。これは、DUPを創設し、後に首席大臣となったイアン・ペースリー牧師らの宗教的信念に基づいたものだ。

なお、北アイルランド第二党のシンフェイン党は、アイルランド共和国とまたがって両方に政治勢力を広げている。このカトリック政党のリーダーに今年就いたばかりの女性党首は、アイルランドの中絶認可に賛成した。そして、シンフェイン党は妊娠中絶のルールについてアイルランド島全体で統一されたものとすべきと訴えている。

しかしながら、メイ首相は、保守党内の女性議員らから突き上げがあっても、DUPに配慮し、北アイルランドでの法律改正には慎重だろう。数か月先には最高裁で北アイルランドの中絶禁止が女性の人権侵害になっているかどうかの判断が下される予定だ。状況が変わる可能性があるが、メイ首相は、DUPの意向を無視して行動できず、ブレクシットも含め、手が縛られた形となっている。

メイの難問:イギリス離脱後のEUとの貿易関係

メイ首相は、EU離脱後、イギリスはEUの単一市場も関税同盟も離脱するとしている。関税同盟は、域内の関税をなくし、域外からの輸入に同じ関税をかけるものであり、他の国に対しては一つのブロックとして交渉する。そのため、イギリスはこれまで独自の貿易交渉をしてこなかった。イギリスの単一市場、関税同盟離脱の大きな理由は、EUに事実上の決定権を握られ、しかもイギリスが独自に貿易関係を結ぶことができないからである。

ただし、それではイギリスの貿易の半分近くを占めるEUとの貿易関係をどうするかという問題がある。EU内にあることでイギリスに拠点を置いてきた外国資本がイギリスから撤退していくかもしれない。また、アイルランド島内のイギリス領北アイルランドとアイルランド共和国(EUメンバー)の国境問題がある。現在の境界も検問もない状況のままで継続していくためには、イギリスとEUとの貿易関係を緊密にし、検問などのチェックをできるだけなくする仕組みにしなければならない。

そこで出てきたのが、以下の2つの案であるが、いずれもEU側は消極的である。

①Max Fac(Maximum Facilitation)案:認定企業制度とテクノロジー(まだ開発中のものを含む)などを駆使し、国境でのチェックをできるだけ少なくする案である。しかし、税関でのチェックが完全になくなるわけではない上、EU側も同じような制度を設ける必要が出てくる。また、このような試みは世界でまだなく、実施までにかなり時間がかかる可能性がある。

②関税パートナーシップ(Customs Partnership)案:関税同盟の代わりに、イギリスとEUとの間で新たな枠組みを作り、EU並びにイギリスへの外部からの輸入に関し、それぞれの手続きをお互いの手続きと同じと認め合う案である。関税に関しては、もし外国からモノがイギリスに入ってきた場合、EUもしくはイギリスの関税のうち高い方をかけ、もしモノがイギリスに留まり、イギリスの関税がEUより低いものであれば、その関税の差を輸入業者は払い戻し請求ができる仕組みである。

この案では北アイルランドの国境で通関チェックの必要なしで済ませられる。しかし、EUの様々な規制に縛られる他、EU側、イギリス側の両方でかなり大きなコストがかかると見られる。また、事実上、イギリスがEU外の国と貿易関係を結ぶのに障害があると心配されている。

メイ首相は、この②案の方をよいと考えているが、5月2日のブレクジット内閣小委員会でこの案への反対が上回った

EU側は、アイルランドの国境問題の解決策をこの6月のEUサミットまでに合意したいと考えている。この問題は、EUとイギリスの将来の貿易関係に非常に密接に関係している。時間は乏しい。

なお、これからのイギリス・EU関係のスケジュールの概略は以下の通り。

2018年6月28-29日 EUサミット

2018年10月18-19日 EUサミット: EU側交渉代表者のバーニエはEU側がそれまで交渉してきた離脱合意に合意することを目指している。これには、「移行期間」に関する合意も含み、将来のイギリスとEUの関係についての「政治宣言」を含む。

2019年1月 イギリス議会と欧州議会の両方の離脱条約承認を目指す。

2019年3月29日午後12時(イギリス時間3月29日午後11時)イギリスがEU離脱。計画通りに進めば、イギリスは「移行期間」に入り、EUの意思決定過程から外れるが、それまでのイギリス・EU関係が続く。この関係は、2020年12月31日まで続き、それ以降、イギリスとEUは新しい関係に移る。イギリスは他の国と独自の貿易条約を結ぶことができるようになる。

ブレクジット交渉の難問の一つアイルランド問題

イギリスはEUから2019年3月末に離脱する。EU側のイギリス離脱交渉責任者ミシェル・バーニエによると、交渉の75%は合意したという。しかし、バーニエは、離脱合意に至るには、アイルランド問題での合意が不可欠だとする

ここでのアイルランド問題とは、アイルランド島内のイギリス領北アイルランドとアイルランド共和国の国境の問題である。イギリスがEUを離脱した後、イギリスとEUとの地上での国境が接するのはここだけである。現在、両者の間には地図上の国境はあるが、建物も検問もない。ところが、イギリスが、EU離脱後、EUの単一市場も関税同盟も離脱する方針であることから、EU側は、EU内の統一性を維持するために現状のまま放置できず、何らかの対策を立てなければならない。昨年12月の交渉で、イギリスは、もしこの国境問題で両者が合意できなければ、EU内の統一性を守るための方策を講じることに合意したが、その内容について争っている。

イギリスのメイ政権は昨年の総選挙で過半数を失ったが、その政権を閣外協力で支えているのが、北アイルランドの民主統一党(DUP)である。このユニオニスト(イギリスとの関係を維持していく立場)政党はイギリスのEU離脱に賛成しているが、アイルランド共和国との国境に新たな建物や検問を設けることに反対する一方、イギリス本土と異なる扱いを受けるのに反対している。北アイルランドのナショナリスト(アイルランド共和国との統一を目指す立場)政党も新たな国境制度を設けるのには反対しており、アイルランド共和国も基本的に同じ立場だ。北アイルランドをアイルランド共和国と共に関税共通地域として、アイルランド島とイギリス本土との間に関税などの国境を設ける方策にはDUPが反対している。イギリス政府は、絶対譲歩できない立場(レッドライン)として単一市場も関税同盟も離脱するとし、北アイルランドとアイルランド共和国との間は新しい国境制度を設けず、テクノロジーで対応するとしているが、これがきちんと機能すると考える人は少ない。

離脱合意が達成できなければ、離脱後予定されている「移行期間」もなくなり、イギリスは2019年3月末で、いわゆる「崖っぷち離脱」することとなる。すなわち、来年3月末で法制が変わり、貿易関係やそれ以外のイギリスとEUの関係が大きく混乱することとなる。

その一方、きちんと離脱合意がなされるには、イギリス議会や欧州議会での合意内容の吟味や審議、それに採決もあるため、今年秋までには基本的な離脱合意がなされる必要がある。そのためにはアイルランド問題はこの6月のEUサミットまでに解決される必要があるとされている。すなわちほとんど時間がない。

DUPのフォスター党首は、バーニエを攻撃し、バーニエは北アイルランドの状況を理解していない、「誠実な仲介者」ではないなどと発言したが、フォスターはバーニエの役割をわかっていないようだ。バーニエは、EU側の交渉担当者である。EU側(アイルランド共和国を含む)の利益を優先するのが、その立場である。この事態を招いているのは、その立場に固執しているメイ政権といえる。

メイは、ラッド内相が辞任し、自分の内相時代に推進した移民政策の批判に直接さらされる状況にある上、さらに5月3日の地方選挙では保守党がかなり劣勢と見られている。その上、議会の上院で政府のブレクジット政策が次々と覆されている中、メイ政権内の離脱派・残留派のバランスを取り、さらに政権を維持していくために保守党内の離脱派・残留派の対立もまとめていく必要がある。これらに関連したアイルランド問題を処理し、EU側との離脱交渉を進めていくのも簡単ではない。これらは実はメイが自ら作り出した状況である。

Brexitと北アイルランド

20年前の1998年4月10日、北アイルランドでグッドフライデー合意(ベルファスト合意)が結ばれた。これは、それまで30年余にわたる血で血を洗う争いをやめ、南のアイルランド共和国との統一を求めるナショナリスト側と、イギリス本土側との関係を維持していくことを求めるユニオニスト側とが、平和な北アイルランドを求めて合意したものである。特に、これに武装グループIRA(アイルランド共和国軍)の政治組織シンフェインが加わったことが大きな成果となった。IRAは武器放棄することとなった。

ところが、Brexitが、この合意を脅かしているという見方がある。これは、イギリスとEUとのBrexit交渉で北アイルランドとアイルランド共和国との国境が大きな問題となっていることに関係がある。これまで、北アイルランドとアイルランド共和国との間に「国境」はなかった。もちろん地図上にはあるのだが、車でその国境を横切っても、通り過ぎてから道路際の表示で違う国に入ったと知る程度である。

イギリスがEUを離れるにあたり、EU内の人やモノの移動の自由がなくなる可能性があり、もしその自由がなくなれば、国境で検査をする必要があるかもしれない。もしそのような事態となれば、グッドフライデー合意の基礎が揺るがせられるというのである。

この議論に対し、野党労働党の影の国際貿易相が、アイルランド共和国やシンフェイン党が、この議論を誇張しているとコメントした。そのコメントに対し、強い非難があったが、この影の国際貿易相のコメントは正しいように思われる。もう時代は変わった。かつてのように武器云々の時代ではない。ユニオニスト側のロイヤリストと呼ばれる武装グループは麻薬取引や売春などの非合法な活動を行っていると見られていたが、それらも、非合法な活動をする者たちをその組織から除名すると宣言した。また、シンフェイン党が北アイルランドでもアイルランド共和国でも正当な政党として勢力を大きく伸ばし、いずれも女性リーダーをいただく中、IRAが武器闘争に復活するとは思われない。むしろグッドフライデー合意の精神は根付いたと見る方が正しいだろう。

もちろん、グッドフライデー合意では、北アイルランドの将来は、最終的に北アイルランド住民が決めることとなっている。そのため、シンフェイン党にとっては、北アイルランドとアイルランド共和国の間に何らかの目に見える国境ができることは象徴的な意味でマイナスだろう。また、アイルランド共和国は、人やモノの動きに制約が生まれ、その経済への影響を恐れるだろう。それは、ユニオニスト側のDUP(民主統一党)などにとっても同じである。

Brexitが北アイルランドに一定の影響を与えるのは間違いないだろうが、それがグッドフライデー合意の根本に関わるという議論は少し行き過ぎのように思われる。

まだ道遠い北アイルランド自治政府復活

北アイルランドでは、2017年1月に自治政府が倒れて以来、自治政府を復活できない状態が続いている。これは、北アイルランドの特殊性に関係している。北アイルランドでは、イギリスとの関係を重んじるユニオニスト(キリスト教のプロテスタントと重なる)とアイルランド共和国との関係を重んじるナショナリスト(キリスト教のカソリックと重なる)の紛争が続き、両者の妥協がなければ北アイルランドの平和は保てないという考えから、自治政府のトップである首席大臣と副首席大臣の二人をそれぞれの側の最大政党から選出する仕組みを作ったことにある。

この仕組みは、北アイルランド地元の政党、イギリス政府、アイルランド共和国政府だけではなく、アメリカ政府も絡んだ大掛かりで、しかも複雑な交渉の結果生まれたものだった。これはベルファスト合意(グッドフライデー合意)と呼ばれる。

2017年1月の自治政府の崩壊は、首席大臣の、民主統一党(DUP)のフォスター党首がビジネス担当相時代に始めた再生可能エネルギー政策の法外な政府負担の問題に端を発し、シンフェイン党のマクギネスが副首席大臣を辞任し、その後ナショナリスト側最大政党のシンフェインが代わりの副首席大臣を出さなかったことによる。

それ以来既に13か月経つ。2017年3月には北アイルランド議会選挙が行われた。また、同年6月にはイギリス全体の総選挙も行われたが、北アイルランドの結果は、ユニオニスト側、ナショナリスト側の両者ともそれぞれの最大政党であるDUP、シンフェインがさらに勢力を伸ばし、北アイルランドの政治構造は全く変化していない。すなわち、北アイルランドの自治政府の復活のためには、DUPとシンフェインとが納得できる合意をなしとげなければならない。そのためにイギリス政府、アイルランド政府も尽力してきた。

問題の一つは、現在、北アイルランド自治政府は、その公務員によって運営されていることであり、通常、北アイルランド議会の判断で行われる予算の議決などができないことだ。必要最小限の法制は、ロンドンのウェストミンスターの議会で行えるが、このままでは北アイルランド政府が成り立って行かないという危惧がある。北アイルランド議会を停止して、ウェストミンスターからの直接統治をするという方法はあるが、これはベルファスト合意の趣旨を損ない、しかも新しい法制を設ける必要がある。

一方、複雑な北アイルランドの政治にウェストミンスターの政権が深く関与することには慎重だ。

さらにメイ政権は、2017年6月の総選挙で過半数を失い、DUPの閣外協力で政権を維持していることがある。DUPの機嫌を損なうことは政権の危機につながる可能性がある。昨年12月、イギリスのEU離脱後の、アイルランド島内の、英国の北アイルランドとEUメンバーのアイルランド共和国との間の国境問題が大きな話題となった。DUPの立場は、北アイルランドがイギリスの他の地域と同じように扱われることを求め、現在設けられていない国境での検問の再設置には反対というものである。これらを満足させることはメイ政権にはそう簡単なことではない。一方、機能していない北アイルランド議会議員の給与が全額払われているが、これを減らすべきだという報告書もあり、メイ政権には重荷になっている。

2018年2月、シンフェイン党の党首がジェリー・アダムズからメアリー・ルー・マクドナルドに変わる中、新しい動きがあった。シンフェインの要求していたアイルランド語を公式に法律で認めることにDUPが理解を示し、この問題の解決で、自治政府が再開するのではないかという期待が盛り上がったのである。ただし、DUP側の支持者らの理解を得られず、DUP側が退いた。

これには、シンフェインの伝統的な交渉戦術があるように思われる。一つの課題を粘り強く推していくのである。新党首のマクドナルドは、もしこの要求が認められれば、新党首として大きな成果となる。シンフェインは、政治情勢の移り変わりにその支持者らをともに連れていくことを重視している。すなわちシンフェインは政治情勢を極めてよく読んでいるといえる。一方、DUP側は、自治政府の再開に躍起になっており、シンフェインほど細かい配慮をしていない。

北アイルランド自治政府の再開にはまだ時間がかかりそうである。メイ首相の頭痛の種は残ったままだ。

シンフェインの新リーダー

シンフェインの党首ジェリー・アダムズが退き、その後任にメアリー・ロウ・マクドナルドが就くこととなった。

マクドナルド(1969年5月1日生まれ)は、2009年からシンフェインの副党首を務めている。48歳。2004年にシンフェインの欧州議会議員に選出され、2011年からアイルランド下院議員を務めている。他の多くのシンフェインの議員と異なり、裕福な家庭で育った人物で、他の政党のメンバーだったことがある。

シンフェインは、北アイルランドとアイルランド共和国の両方にまたがる政党で、北アイルランドとアイルランド共和国の統一を目指している。マクドナルドが党首となることで、既に北アイルランドのリーダーが女性であることから、シンフェインのトップ2人が女性となる。血にまみれた過去のあるシンフェインのイメージが大きく変わる。

党首を退くアダムズは、IRAのトップ級幹部だったと言われている。アダムズの相棒だったマーティン・マクギネス(故人)は、自らIRAの幹部だったことを認めたが、この2人はIRAに非常に大きな影響力を持っていた。

IRAの行った多くの殺人事件にアダムズやマクギネスが関与したと考えられているが、新しい党首にはそのような過去から引きずってきた問題がない。その意味では、北アイルランドで第2、アイルランド共和国で第3位の政党で、国境を越えて勢力を拡大してきたシンフェインにとっては、さらなる飛躍を目指す、一つの大きなステップとなるだろう。

ここで注目すべきは、IRA/シンフェインのリーダーの選び方だ。アダムズとマクギネスの例を見てもそうだ。ヒース首相時代の1972年7月7日、IRAのトップが、当時の北アイルランド相と密かに会談した時、2人はそのメンバーの中に含まれていた。アダムズ(1948年10月6日生まれ)は当時23歳、マクギネス(1950年5月23日生まれ)は22歳だった。このような重要な機会に出席したということは並々ならぬことだった。その当時から2人がはっきりとしたリーダーシップを発揮していたばかりではなく、将来のトップとして見込まれていたのである。

マクドナルドは、はっきりと話す、強い女性だ。他の政党からもその能力は認められている。シンフェインのような組織が生き残り、勢力を拡大していくためには、リーダーシップの質が極めて重要だ。それが次の世代のリーダーを選ぶ基準となっているようだ。シンフェインは、世代交代の時期を迎えていた。このマクドナルドの就任で、シンフェインがどう変わり、アイルランド共和国と北アイルランドの政治にどのような変化を起こすか注目される。