レトリックの効用

キャメロン首相のレトリックの使い方には、驚くべきものがある。これで保守党が総選挙に勝ったのではないかと思えるぐらいだ。

その端的な例は、移民の数の問題である。イギリス国民は、これに非常に大きな関心を持っている。イギリス独立党(UKIP)への急激な支持の増加は、この問題に端を発する。キャメロンは、前回の2010年総選挙前、政権につけば、移民数(正味の移民数で、移入者の数から移出者の数を引いたもの。いずれも1年以上の動きが対象)を間違いなく10万人未満にすると約束した。この総選挙期間中には、当時のブラウン首相(労働党)が、遊説中、ダフィーさんという年金生活者から東欧からの移民の問題を質問された後、お付きの人に、あの頑迷な女と言ったことが明らかになり、わざわざダフィーさんの自宅に謝罪をするために訪問した事件(ダフィーゲート)があった。

キャメロンは、その約束にもかかわらず、首相を5年務めた後、当時の最新の移民数統計は29万8千人で、約束した数の約3倍だった。公約を果たせなかったのである。これを質問されたキャメロンの答えは揮っていた。

「10万人は今でも目標で、それを達成したい」

公約を果たせず、申し訳ないとは言わず、その目標に向けて今も努力しているとの答えだった。イギリス国民は、これを言葉通り受け止め、この公約違反は、選挙期間中、大きな問題とはならなかった。

そして、2015年総選挙の2週間後、最新の移民数の統計が発表された。それによると、前回より減るどころか、さらに増え、2014年には31万8千人だった。この数字は、過去最大の2005年の32万人に迫る数字である。前年から50%ほど増えている。キャメロンは、それでも、選挙期間中と同じことを主張した

労働党支持の新聞、デイリーミラーは「キャメロンの大嘘」と第一面で批判した。タイムズ紙は、社説で、キャメロンのように、恣意的に数字を決めるのは誤りとした。

もともと正味の移民の数を調整するのは、極めて難しい。移入してくる人には、大きく分けて3つある。移民の自由の権利のあるEU内の人たち、海外から帰国してくるイギリス人、それにEU外から来る人たちである。このうち、EU外からの人たちは規制できても、それ以外の人たちは難しい。その上、外貨の大きな収入源であるEU外からの学生、技能や人手の不足している分野の労働力など、規制を強めることは、自らの首を絞めかねないという問題がある。例えば、医師や看護婦などが不足しており、キャメロンは、医師5千人など、この分野での雇用を拡大するとしているが、いったいこの医師がどこから来るのかという疑問がある。EU外からの移民に頼らざるを得ないと見られている。

その上、EUの景気が低迷している中、経済成長で雇用の増加しているイギリスは、EU内の人たちには非常に魅力的だ。イギリスの増加する雇用の半分近くは、移民に行っている。

一方、移出していくのは、帰国する外国人と、海外に移住するイギリス人である。いずれも、数を規制するのは困難だが、この数字は30万人台で安定している。

これから見ると、もともと恣意的な数字を挙げたこと自体、判断に疑問がある。しかし、ここでの問題は、その判断ではなく、そのレトリックである。キャメロンは、偽りとも言えるような言葉、表現で乗り切っている点だ。

来るEUに留まるかどうかの国民投票の問題でも同じような手段を用いている。キャメロンは、2015年総選挙に勝ち、首相に留まれば、イギリスが有利となるようEU各国との交渉を行い、その上で、2017年末までに、この国民投票を実施すると約束していた。この国民投票は、2016年に行われるとの見通しが強まっているが、EUとの交渉でキャメロンの達成したい目標がはっきりしていない。

EU内の人の移動の自由を制限するための方策の中心は、イギリスで受けられる、タックス・クレジット(給付付き税額控除)などの福祉手当を、最初の4年間は受けられないとするものである。しかし、これがEUで認められるかどうかに疑問がある上、もし認められてもイギリスで福祉手当を受けているEU国民はわずか6%しかおらず、その効果は乏しいのではないかと見られている。しかも、違法移民の取り締まりを強化すると言うが、自発的、強制的国外退去の数は減っており、また、関連の予算はさらに削られる方向であり、言うことと実際に行うことの間にはかなり大きな差がある。

その上、イギリスのEU交渉での大きな目標の一つは、EUの統合を強めていくという従来の方向性を変え、イギリスに独自の道を許されるようにするというものである。確かに、シンボル的な意味はあろうが、実際にどの程度の効果があるか疑問である。

EU国民投票は、イギリスの将来に大きな影響を与えるが、レトリック、もしくは言葉で乗り切ろうとする意図があるようだ。確かにこれらは大切だ。特に政治家にとってはそうだろう。

国民は、保守党が過半数を獲得した今回の選挙結果を概して歓迎した。「ハングパーリメント(宙づり国会)」となる可能性が高かったために、不安があったからだ。そのためだろう、総選挙前に保守党が何を言ったかにこだわる向きはあまりない。このような有権者心理から考えると、キャメロンのレトリック戦略は成果を生む可能性が高いと思われる。しかし、同時に、危ういものがあるように感じられる。また、一つ間違えば、有権者の政治不信を招く可能性もあろう。

欧州のイギリスへの影響

イギリスの現在の政治を考えるうえで欧州の問題は重要だ。これには大きく分けて二つある。まず、EU経済のイギリスへの影響、そしてEUに留まるかどうかの国民投票が行われるかどうかである。この二つがイギリスの政治・経済に、大きな不安定要因となっており、企業の投資意欲を削ぐ大きな要因ともなっている。

EU経済不安

EU経済のイギリスへの影響はかなり大きい。イギリスの貿易の半分はEUとの取引であり、EU圏、特にユーロ圏の経済の停滞はイギリスに響く。欧州中央銀行(ECB)が景気支援とデフレ回避を目的にQE(量的緩和)を発表したが、その効果には疑問がある。また、ギリシャが反緊縮財政の左翼政権の誕生で、ギリシャがユーロ脱退する可能性が高まった。ギリシャは、これまでEU、ECB、IMFらの支援を受け、緊縮財政を実施してきたが、GDPが25%減少、失業率は25%となった。そのため、国民は、反緊縮財政を訴えた左翼政権を選んだのである。ただし、ECBらは既にギリシャに厳しい態度を示しており、ユーロ圏に大きな不安がある。もし、ギリシャがユーロ離脱ということとなれば、かなりの混乱が起きると思われ、イギリスへの影響も免れない。さらにウクライナ紛争に関連した不安材料、ロシアへの経済制裁などの要因もある。5月の総選挙を控えてイギリスの経済が順調に成長してほしいキャメロン政権の不安材料でもある。

EU国民投票

次にイギリスがEUに留まるか、脱退するかの国民投票の問題である。保守党のキャメロン首相は、5月の総選挙後、首相に留まることができれば、2017年末までに国民投票を実施すると約束している。しかし、キャメロン首相らは総選挙後できるだけ早く実施したい考えだ。労働党はこの国民投票を実施しない方針だ。総選挙の結果、保守党政権、もしくは保守党が中心となる政権が誕生すると、EU国民投票の結果、イギリスはEUから離脱する可能性があり、不安材料となっている。

もし国民投票が行われれば、1975年にウィルソン労働党政権下で、国民投票を実施した時とはかなり状況が異なる。その前のヒース保守党政権下でイギリスはEUの前身であるEECに加盟していた。ウィルソンは欧州を巡る労働党内での対立に終止符を打つために国民投票を実施したのである。当時国民はEU支持であり、しかもウィルソンは国民投票でEECに留まるという結果が出ることを確信していた。しかもこの国民投票へのキャンペーンには、EECに留まる側が、脱退側の10倍のお金を使ったと言われる。つまり、ウィルソンは勝つのは間違いないという状況で、さらに念を押した運動を行ったのである。

ところが、もしキャメロン政権下で国民投票が行われれば、前回のものとかなり様相が異なる。世論調査によると、EUメンバー維持の賛成、反対が拮抗している。しかもスコットランド独立住民投票と同じく、賛成側、反対側ともに運動で使える金額は同じだと見られ、しかも使えるお金に厳しい制限があることは間違いない。つまり、1975年の国民投票のようなわけにはいかないのである。

これらの不安定さが、イギリス企業の投資意欲にも大きく水を差しており、欧州に関連して、イギリス政治の不安定さは続く。

イギリスはEUを離脱するか?

EUの欧州委員会がイギリスの国民所得を計算しなおした結果、イギリスに約17億ポンド(2900億円)のEUへの追加負担金を121日までに支払うように求めてきた。それに対し、キャメロン首相が怒り、その通りには払わないと主張した。

これには、イギリスの多くの新聞がこれでイギリスのEU離脱が近づいたと報道したが、果たしてそうなのだろうか?

キャメロン政権がこの追加負担金を払わなければ、1か月ごとに罰金を課され、その最大限度額は17700万ポンド(300億円)だとタイムズ紙が報じた。

追加負担金より、この罰金の金額がかなり小さいため、払わずに罰金を選択する可能性もあるが、多くは負担金の減額並びに長期の分割払いを交渉すると見ている。しかし、いずれにしても、この追加負担額を支払うことは、イギリス独立党(UKIP)に保守党を攻撃する機会を与えることになるため、キャメロン首相はそう簡単に取り扱える問題ではない。また、もし払わなければ、他のEU加盟国から批判を招く。特にドイツ、フランスはかなり大きな払戻金を受け取ることになったため、その批判は強いだろう。

キャメロン首相はEUを改革し、イギリスのEUとの関係を変えた上で、2017年末までにEUに留まるかどうかの国民投票を実施すると約束している。EUに留まることを望むキャメロン首相は、その交渉をするには、これらの国との関係を悪くすることは避けたい。

しかしながら、キャメロン首相が、この交渉で最も重要な課題と位置付けているEU移民の制限については、EU内の移動の自由の原則に触れる。この原則を変えることに理解を示している国はドイツを含め、EU内にない。つまり、この交渉は不調に終わる可能性が極めて高い。

それでは、もし、保守党が半年後の総選挙で勝ち、交渉の結果にかかわらず、国民投票を実施することになればどうなるか? 

世論調査会社Ipsos-Mori20141011日から14日に世論調査を行い、197710月から201410月までの世論の動きをまとめている。それによると、201410月の時点で、EUに留まる人は56%、離脱は36%という結果で、EUに留まるに賛成の人の割合は、過去23年で最も高い。 

201111月にはEU離脱賛成の人の割合は49%で、加盟維持の41%を上回ったが、これは、欧州統一通貨ユーロ危機の時であった。興味深い事実は、UKIPの支持率は当時低かった。ところが、今やUKIPの支持率は16%とこの世論会社の調査で最も高くなっている。

つまり、イギリスのEUからの離脱を謳うUKIPへの支持が高くなるにつれ、EUに留まることに賛成の有権者が増えているのである。

この点の分析では、これは有権者が極端を嫌う傾向が強いためだと見ている。

まず、有権者のうち、自ら進んでEUとの関係がイギリスの主要な課題と見ている人はわずか8%しかいない。その反面、イギリスの最も重要な対外関係は、欧州との関係という人が47%いる(なお、コモンウェルス25%、アメリカ20%と続く)。

一方、有権者に既成政党離れがある。80%の有権者がUKIPは他の政党と違うと見ており、それがUKIPへの支持につながっている面がある。しかしながら、UKIPが極端な政党だと見る人は64%おり、極端を嫌う有権者がUKIPの目指す方向とは反対の方向に動いているという。

YouGov/Sunday Times1023日~24日に行われた世論調査では、EU継続派が41%、離脱派が40%だった。それでもUKIPが強くなればなるほど有権者がEUとの関係継続に動く傾向があるなら、キャメロン首相の交渉がどうなろうとも、その結果にあまり左右されない結果となるように思われる。

キャメロン首相の止まない頭痛

EU委員会がイギリスに「突然」、21億ユーロ(約17億ポンド、約2900億円)を支払うよう求めてきた。しかも121日が支払い期限である。

これは過去18年間の経済成長を勘案して、より成長の大きな加盟国により大きなEUの財政負担をさせるためのもので、それぞれの国の経済データの結果をもとに調整される。毎年行われており、イギリスは2008年に払い戻しを受けたことがあるが、いずれの場合も金額はかなり小さく、この金額には誰もが驚いたと言われる。

イギリスはEUに約170億ポンド支払っているが、払い戻しで33億ポンド、そして各種のEU補助金に52億ポンドほど受け取っているために、実際には86億ポンド(約15千億円)ほどの正味の支払いとなる。つまり、今回の請求は、その5分の1ほどの金額である。

イギリスの他にも支払いを求められた国がいくつかあるが、金額で2番目のオランダはイギリスの3分の1以下であり、イギリスの額が突出している。一方、フランスやドイツは、この調整で払い戻しを受ける。

このような結果となった原因はイギリスの国民所得の計算法の変更である。これまで計算に入れられていなかったもの、例えば、慈善団体のサービスや地下経済なども含めるようになった。そのため、麻薬取引や売春といったものも入れられるようになった。ドイツでは2002年から売春が合法化され、国民所得で含められていたため今回の払い戻しにつながったと言われる。

キャメロン首相は、記者会見で、怒って、言われたようには支払わないと主張した。EU内でイギリス追加支払い分の若干の減額が合意されるかもしれないが、いずれにしても、これまでの慣例で支払わないわけにはいかないと見られている。

この問題は、キャメロン首相にとり、悪いタイミングで表面化した。イギリスのEUからの離脱を訴えるイギリス独立党(UKIP)に、キャメロン首相率いる保守党は支持を奪われており、保守党を離党してUKIPに移った議員の優勢が伝えられる補欠選挙が1120日に控えている。

イギリスのEUとの関係をめぐる問題では、移民の制限を設けるイギリスの要求が受け入れられる可能性はほとんどない。しかも欧州議会がEU予算の増額を要求している。イギリスの多くの有権者の反感を買う事態が次々に起きている。 

UKIPのファラージュ党首が言ったように、キャメロン首相はまさしく「不可能な立場」に置かれている。キャメロン首相の威勢のよい発言に対する有権者の信頼は次第に減少しており、発言に対する裏付けの行動がないとキャメロン首相はさらに困難な立場に追い込まれる。

EUで孤立し、自らの立場を苦しくしたキャメロン首相

EUの首相」ともいえる立場の欧州委員会委員長の選任をめぐって、キャメロン首相はEU加盟国28か国の中で孤立し、627日の異例の投票の結果、キャメロンがEU改革の妨げになると真っ向から反対していた「本命」が26か国の支持を得て選ばれた。

イギリスの新聞は、この結果をイギリスが「EU脱退に一歩近づいた」と表現した。 

イギリスの有権者は、この投票前からキャメロン首相が反対するのは正しいと見ていた。例えば、投票数日前に発表されたPopulus/FTの世論調査によると、キャメロン首相が「本命」のユンケル前ルクセンブルグ首相の就任を阻止しようとするのはどういう結果になっても正しいと有権者の43%が見ていた。さらにもしその就任をブロックできるのなら正しいと見た人は14%で、そのような態度は誤りだという人は13%だけだった。

同じく投票前に行われたYouGov/Sunday Timesの世論調査でも40%の人がキャメロン首相は正しいと言い、誤っているという人はわずか14%であった。それは投票後に行われたSurvation/Mail on Sundayでも同じで、43%の有権者が正しかったと評価し、誤っていたと考えている人は、15%に過ぎない。

キャメロンの取った行動の結果、Survation/Mail on Sundayによると47%の有権者がイギリスをEUから脱退させたいと考え、留めさせたいと考えている人は39%で、脱退派が増えている。

つまり、キャメロン首相の行動は、さらにイギリスをEU脱退の道へと進める結果となった。有権者から支持を得ているのなら、10か月先に行われる総選挙も考えると決してマイナスではないという見方もあろう。

しかしながら、キャメロン首相は、イギリスをEUに留めたいと考えている。イギリスは、EU改革で国の権限をEUから取り戻したい。次期総選挙でキャメロンが再び首相となれば、その改革を行った上で、2017年末までにEUに残留するかどうかの国民投票をすると約束している。

そのような戦略を進めるために、ユンケル反対の立場を早くから明らかにしたが、あてにしていたメルケル独首相がユンケルやむなしという立場に変わった。そのため、キャメロン首相は振り上げたこぶしを下ろせず、面目を保つために、選考方法が正しくないとし、「原則を貫く」という旗印のもとに突っ走ったというのが実態である。

国民には、そのような改革が行なわれた上でなら、EU残留に賛成するという人が多い。それは上記のSurvation/Mail on Sundayでもそうで、41%が残留、脱退は37%である。問題は、それではどのような権限を取り戻せるかである。

キャメロンは、その詳細についてはあいまいにしたままで総選挙を乗り切り、EUの他の加盟国と交渉した上で、できることとそうでないことを見極めたいという判断をしていたと思われる。

ところが、上記のSurvation/Mail on Sundayでも、有権者は、移民の制限を一番に挙げている。ところが、これはEUの基本にかかわる問題であり、EUに留まりながらこの権限が取り戻せると考えている人は恐らくいないだろう。

さらに同じ世論調査で誰がEUを支配していると思うかでは、メルケル独首相と答えた人が50%、次期欧州委員会委員長のユンケルが12%、そしてキャメロン首相が9%である。キャメロン首相のEU内での影響力は、イギリスの有権者の目にも弱まっている。

その一方、キャメロン首相は、自分の反対したユンケルが欧州委員会委員長となることから、自らの立場を明確に打ち出す必要に迫られており、イギリスの取り戻したい権限のリストを求められると考えられている。しかし、このようなリストに保守党内の欧州懐疑派の求めているような、本格的な移民の制限などが含まれる可能性は乏しく、次期総選挙前に保守党内の党内抗争の火種を増やすだけのように思われる。また、もしそのようなことを含めても、それが達成できる可能性は少ない。そしてその結果、イギリスのEU脱退の可能性が大きくなる。

ブルーンバーグのコメンテーターは、イギリスがEUに留まるには、キャメロンがもう一度敗れる必要があるとコメントした。この敗北は次期総選挙での敗北である。

キャメロンがもう少し慎重にことを運んでいれば、ユンケルの次期委員長就任を防げただけではなく、EUの運営に大きな影響力を維持できていただろう。誤算のため、自らの今後の選択肢を極めて狭くし、自らをより厳しい立場に追い込んだことは間違いない。 

クレッグ・ファラージュ討論(Clegg vs Farage Debate)

326日(水)に自民党の党首ニック・クレッグ副首相と英国独立党(UKIP)のナイジェル・ファラージュ党首の「英国とEU」をめぐる討論が行われた。親EUの自民党のクレッグ党首が呼びかけたもので、反EUUKIPファラージュ党首が受けて立ったために実現したものである。42日(水)に2回目の討論が行われる。

この討論は政治関係者らが注目したが、そのインパクトはかなり限定されたものだった。第一回目の討論は、ロンドンのラジオ局LBCが主催し、ラジオで放送されたほか、ニュースチャンネルのスカイニュースでも同時にテレビ放送した。また、LBCのホームページでも実況放送した。

直後の世論調査ではファラージュのほうがよかったという人が57%、クレッグのほうに軍配を上げた人が36%でファラージュが21ポイント上回った。ただし、この世論調査を実施したYouGovの担当者が、千人余りの応答者を見つけるために数万人に当たる必要があったと明らかにしたように、この討論を視聴した人は限られていた。

翌日の新聞でもこのニュースは掲載され、第一面で扱った新聞もあったが、その後の世論調査であまり大きな動きはない42日の第2回目の討論は公共放送のBBC2テレビとスカイニュースの両方で午後7時から1時間放送される。関心は少し上がるだろうが、2大政党の保守党と労働党が参加しない討論では盛り上がりに欠ける。 

1回目の討論は、細かな数字を挙げて論争を挑もうとするクレッグと、かなり恣意的な数字を使い、威勢のよいファラージュの戦いであった。ファラージュは予想以上に欧州の問題や英国の有権者の関心に対して答えを持っており、自民党元党首パディ・アッシュダウンも指摘したように高いレベルの討論に対応できる政治家であった。

一方、クレッグは下院の図書館の調査の数字ではといったように細かな数字を出したが、このような戦術が有権者にどの程度効果があるか疑問である。多くの有権者は細かな数字には耳をふさいでしまうか、自分の感覚で感じていることに反することには耳をかさない傾向がある。そのため、ファラージュが何度か顔を固くした場面があったが、わかりやすい話をしたファラージュに軍配が上がったと思われる。 

討論後、ファラージュがEUはウクライナを不安定にし問題を招いた責任があると指摘したことに関して、ロシアのプーチン大統領の肩を持っているという批判があった。しかし、これにファラージュは反論し、プーチンのしたことに賛成しないが、EUの外交政策は大失敗だと主張した。EUはウクライナで民主的な選挙で選ばれた大統領を倒すのに手を貸した、シリアでも期待をあおっただけで状況を悪化させているなどと批判した。 

政治コメンテーターたちは二人ともこの討論に参加することに利益があるという。自民党は世論調査で10%前後の支持しかなく、522日の欧州議会議員選挙では議席がなくなるかもしれないと指摘されている。そのため自民党はメディアの注目を浴びる機会を求めていた。自民党は唯一の親EU政党だと主張しており、英国がEUから離れることを心配する人たちに自民党の主張を訴えられる機会となるからである。 

一方、UKIPは、前回の2009年欧州議会選では保守党に続き、第二位の得票率、議席数を獲得したものの、完全小選挙区制の下院では議席を獲得できていない。5月の欧州議会選挙では、野党労働党と英国選挙区でのトップを争う位置にあると見られているが、そこで多くの得票をし、議席を獲得することで、来年5月の総選挙への弾みにしようとしている。

下院に議席がないため、これまで泡沫政党の扱いを受けてきたが、3月の初めに、情報通信庁(Ofcom)がUKIPを欧州選挙で「主要政党」として扱うようにすべきと判断したことは大きい。保守党、労働党、自民党の3大政党と同じように扱われる形になるのは政党として望ましく、このような討論の機会はUKIPのステイタスを上げる。ただし、党首ファラージュのワンマンバンドともいわれる政党であり、ファラージュがどの程度無難に討論ができるかに注目が集まっていた。その第一のハードルは超えたと言える。

保守党、労働党はこの討論には参加していない。むしろ参加すればUKIPらにメディアに注目される機会を与えるだけだと考えている。しかし、このクレッグ・ファラージュの第一回目の討論の結果、もし2015年総選挙前にも主要政党の党首討論が行われれば、UKIPを入れる必要が出てくるのではないかという見方が強まっている。

欧州議会議員選挙と世論調査(European Parliament Elections and Opinion Polls)

欧州議会議員選挙が5月22日(木)に行われる。欧州議会はEU加盟国28か国から5年ごとに選ばれる751議員によって構成される。英国にはこのうち73議席が割り当てられており、地区別の比例代表で選ばれる。イングランド、スコットランドそしてウェールズはドント方式で選ばれるが、北アイルランドは単記移譲式投票である。

この選挙では、英国のEUからの離脱を求める英国独立党(UKIP)がトップとなるのではないかと予想されている。UKIPは下院に議席を持たないが、前回の2009年には保守党に引き続き第2位の得票率で、第2位の議席を獲得した。

2009年6月4日(木)に行われた選挙結果は以下のとおり(イングランド、スコットランド、ウェールズ)。労働党は当時、ゴードン・ブラウンが首相で政権政党であったが、第3位となった。

 政党 得票率 議席数
保守党 27.9% 25+北アイルランド提携1議席
UKIP 16.6% 13
労働党 15.8% 13
自民党 13.8% 11

なお、それまでの2回の選挙結果は以下の通り。

政党

1999年

2004年

  得票率 議席数 得票率 議席数
保守党 35.8% 36 26.7% 27
労働党 28.0% 29 22.6% 19
自民党 12.7% 10 14.9% 12
UKIP 7.0% 3 16.1% 12

2009年には、1ヵ月ほど前までの世論調査でのUKIPへの支持率は1けた台だったが、それから支持が伸びた(2009年欧州議会議員選挙までの世論調査のまとめ)。投票前日までに行われたYouGov/テレグラフ紙の世論調査では、上記4党の支持率は以下のようだった。

政党 支持率
保守党 26%
UKIP 18%
労働党 16%
自民党 15%

1ヵ月ほど前までの世論調査が選挙結果とかなり異なっていた理由としては以下のようなことが考えられる(参照)。

・ 有権者が欧州議会議員選挙でどの政党に投票するか直前まであまり考えないこと。

・ 選挙期間中マスコミがUKIPをかなり大きく報道したこと。

・ 2009年には国会の議員経費問題が発覚したため、有権者が既成政党離れを示したこと。テレグラフ紙が国会議員の経費乱用の詳細を入手し、2009年5月8日から毎日のようにそれを次から次に発表した。

2014年の欧州議会議員選挙に対しては、2013年11月21-22日に行われた世論調査の結果は、以下のようである。

政党 支持率
保守党 24%
UKIP 25%
労働党 32%
自民党 8%

UKIPは2013年には下院の補欠選挙や地方議会選挙で善戦した。2014年の欧州議会議員選挙でも台風の目となることは間違いない。

メージャー政権の欧州問題の再来?(Major’s Tory Eurosceptic Mess Again?)

ある保守党下院議員のEUの国民投票を来年行うべきだという発言を聞いて、ジョン・メージャー首相の保守党のことを思い出した。

メージャー首相率いる保守党は、1997年の総選挙でブレア労働党に地滑り的大敗を喫した。

メージャー政権下では、現在のキャメロン政権と同じく、失業が減り、経済は上向いていた。ブラック・ウェンズデー(ポンド危機)があり、また、議員の数々のスキャンダルや1979年から続く保守党政権への飽きもあった。しかし、中でも大きく保守党を揺るがせたのは、EUとの関係の問題だった。

EUからの撤退や権限関係の見直しを求める欧州懐疑派が党内を動揺させていた。さらにEUに留まるかどうかの国民投票を求めるジェームス・ゴールドスミスの国民投票党が出現し、保守党が分裂したまま選挙戦に突入した結果だった。

10月6日、保守党下院議員のアダム・アフリエー(Adam Afriyie)がEUに留まるかどうかの国民投票を2015年の総選挙の前に来年10月に行うべきだと提唱した。

アフリエーは無役だが、キャメロン後の保守党党首の座を狙っていることが今年初めに報道された。アフリエーの動きは、この野心と結びついていると見られているが、その提案は、キャメロン首相がこれまで慎重に取り扱ってきた英国とEUの関係戦略を大きく揺るがす可能性がある。

キャメロン首相は、もし2015年に予定される次の総選挙で勝てば、2017年末までにEUに関する国民投票を実施すると約束した。その前に他のEU加盟国と交渉し、EUから一定の権限を取り戻した上でその国民投票を実施する計画である。

これは、保守党からかなりの支持が流れている英国独立党(UKIP)対策である。つまり、キャメロン首相は、EUの国民投票を実施すると約束することで、欧州懐疑的な保守党員と一般有権者を納得させようとした。

しかし、それでは十分ではないという批判に対応するため、その2017年国民投票を法制化しようとした。ところが、親EUの自民党と連立を組んでいるため、2017年国民投票を政府提案で法制化できない。

そこで議員提出法案の時間を使ってその法律を推進することとし、7月に議員提案で「欧州連合(国民投票)法案」を提出したのである。その法案は11月に討議が始まる。

しかし、議員提出法案に使える時間には制限があり、しかも自民党と労働党の多くが反対しているために、この法案が法律になる可能性は少ない。それでもキャメロンはこの法案を推進することで保守党の国民投票実施の決意を示そうとしている。

アフリエーは、キャメロンの考えは明確ではないという。2017年ということになれば、次期総選挙でUKIPが保守党から多くの票を奪う可能性がある。その結果、労働党が政権につけば、国民投票そのものがなくなる、つまり、国民はEU国民投票の機会を失うことになる。それより次期総選挙前に行う方がよいというのである。

そして次期総選挙前に結果が出れば、保守党はUKIPをもう恐れる必要はないという理屈だ。アフリエーは、先述の議員提案を修正して、来年10月にEUの国民投票を実施させようというのである。

アフリエーの提案には支持者があまりおらず、そのような修正案が通る可能性は少ない。むしろ限られた時間がさらに少なくなると批判されている。

ただし、問題は、このままではEUの国民投票そのものがなくなる可能性が指摘されたことだ。この可能性は誰もが感じていたことだが、改めてはっきりと指摘されると、上記の議員提出法案で一旦休戦状態になった保守党内を動揺させる可能性がある。

キャメロン政権とメージャー政権末期の違いは、メージャー保守党は当時ブレア労働党に世論の支持率で大きく引き離されていたが、キャメロン保守党は一桁代の差に留まっていることだ。

それでも来年5月の欧州議会議員選挙でUKIPが保守党より多くの得票をするようなことがあれば、保守党は再び大きく動揺するだろう。

なお、英国では選挙にも賭けがある。2014年の英国での欧州議会議員選挙で最も多い票を獲得する政党の賭け率は賭け屋大手のウィリアム・ヒルでは以下のようになっている。
UKIP 10/11、労働党 15/8、保守党 7/2で、UKIPが優位に立っていると見ている。

もし英国がEUを離脱すれば?(What If UK Leaves EU)

保守党の下院議員が中心になって、EUに留まるか否かの国民投票に関連した法案が5月8日の女王のスピーチに含まれていなかったことに遺憾の意を表する動議が提出された。その討議と採決が5月14日か15日に行われる見込みだ。

女王のスピーチでは、キャメロン首相率いる保守党と自民党の連立政権の今後1年間の政策を表明した。キャメロン政権では、親欧州派の自民党が反対するため、EU国民投票関連の動きを進める政策を進めることが難しい。そのため、この動きは、保守党がEU国民投票に前向きだということを強調する一種のデモンストレーションと言える。5月2日の地方選で、英国のEUからの撤退を党の看板にすえるUKIPが大きく躍進したことに対して、保守党が危機感を高めていることがその背景にある。

ただし、この動きがどの程度のインパクトがあるのか疑問だ。世論会社のPopulusが5月8日から10日に2千人余りにどのニュースにもっとも気づいたかという質問を行ったが、女王のスピーチを挙げた人はわずか3%だった(https://twitter.com/PopulusPolls/status/332843047664635904/photo/1)。高級紙では女王のスピーチにかなり大きな紙面が割かれたが、一般の有権者の関心は低い。

労働党の大半と自民党がその動議に反対し、しかも保守党の中にもその動議に反対する議員がでる見込みで、動議が可決される可能性はほとんどないが、たとえ可決されても拘束力はなく、何も変わらない。そのため、この動きは自己満足的なものにしか過ぎないように思える。

英国がEUから離脱すればどうなるか?

保守党の重鎮の元財相のナイジェル・ローソンが、キャメロン首相がEUとの関係を改めるための交渉をしてもあまり意味がない、英国はEUから撤退すべきだ、と主張し、保守党関係者に大きな衝撃を与えた。保守党のラモント元財相やジョンソン・ロンドン市長らは、まずは交渉をしてみて、それで成果が上がらないようなら英国はEUから撤退すべきだと考えている。いずれも、基本的に、英国がEUから離脱しても大丈夫だという考え方に立っている。

英国がEUから脱退すればどうなるかについては、決定的な分析はない。そのプラス・マイナスについては、わからないというのが結論である(参照:http://www.bbc.co.uk/news/business-22442865)。

英国がEUに加盟していることで支払っているのは、2012年に150億ポンド余りであり、そのうち、英国に返ってくるものを除くと約70億ポンド(約1兆円)である。英国はドイツの次に実質拠出額の多い国であり、GDPの約0.5%である。ただし、それがEUを脱退するとなくなるわけではない。例えば、EUのメンバーではないノルウェーは単一市場に入るために、より貧しいEU加盟国に一定額を拠出している。つまり、英国がEUを脱退した後も継続して単一市場に残ろうとすればかなりの費用負担が必要である。

EUの規制が、英国にコスト増などの負担を強いていると見られるが、EUを脱退したとしても、そのまま残す必要があるものはかなり多いと見られている。すぐに廃止できるものはそう多くないようだ(タイムズ紙5月8日 David Charter)。

貿易では、英国はその半分をEUと行っており、輸出よりも輸入のほうがかなり多い輸入超過となっている。しかし、英国への企業投資は、EUのメンバー国であることがプラスに働いているものが自動車産業などかなりある。英国の金融セクターへの影響もある。経済的なプラス面とマイナス面をすべて網羅して適切に判断することは極めて困難だ。また、英国がEUを離れると、その国際舞台での威信や影響力の低下は避けられないと見られ、それを政治的・経済的にどう評価するかもある。

読めないEU脱退の影響

多くの議論で欠けていると思われるのが、EU脱退の短期的な影響である。英国がヒース保守党政権下でEECに加盟した時に、英国経済へのプラス効果がすぐには現れなかった。労働党ではEECの問題について意見が対立し、その結果、次の労働党政権下で国民投票をせざるを得ない状況となった。一方、もし英国がEUを離脱すればそのマイナス効果はすぐに表面化する可能性がある。

EU脱退は、その国民投票の結果が出てからのこととなるが、細部にわたる交渉が必要であり、脱退するのにも時間がかかる。つまり、中途半端な状態が続くこととなる。また、国民投票の結果が出れば、その時点から企業は新しい状況に対して動き始める。その結果、投資の中止、引き揚げなどの動きの影響がすぐに出てくる可能性がある。

さらに、その時点での景気の動向もあるだろう。景気の上昇局面と下降局面では、その影響が異なる可能性がある。

しかも、EU脱退のマイナスの影響の出てくる時期が選挙に近いと、時の政権にとっては、有権者からの反応が心配となるだろう。問題は、このような時期や状況がどれくらい続くかをあらかじめ予測することは極めて難しいように思われることだ。

結局、英国には、EUから脱退しても大丈夫だという威勢のよい見解はあるものの、離脱の影響が十分読めないために、よほど大きな政治・経済的環境の変化がなければ、英国のEU脱退は政治的に非常に大きなリスクがあるように思える。

プレスの新自主規制機関の段取り(Schedule for New Press Regulation)

3月18日に主要三党の間で合意されたプレスの新自主規制機関に関する勅許は、今年5月に出される予定である。

この勅許に関連した法は、以下の二つの法案に取り入れられた。いずれの法案も今回のプレスの自主規制には関係のないものであるが、たまたま上下両院で審議が最終段階に入っていたものである。

下院では、犯罪・裁判所法案が使われ、裁判所が新規制機関に加入していない新聞などのプレスの常軌を逸した行動に懲罰的賠償金を科す条項が入れられた。この法案そのものは既に上院の審議を一度終えており、下院で審議中であった。この条項を付け加えた法案は下院で3月18日に賛成多数で可決されており、上院に最後の修正のために送られた。

上院では、エンタープライズ・規制改革法案が使われた。この法案に「2013年3月1日以降に勅許で設けられた機関」については、勅許の中に定められた要件を満たさないと規定を変更できないことを明記した。この法案そのものは既に下院の審議を一度終えており、3月20日に上院を通過する。その後、下院に修正のために送られる。

以上からこれらの二法案は、来週にも法となる予定だ。その後、5月に枢密院に勅許案が提出され、女王の勅許が出されるという段取りである。

なお、プレスの自主規制機関に加入しないまま、もし被害者から訴えられるようなことがあれば、通常よりはるかに高額の懲罰的な賠償金を科される可能性があることは、日本では憲法上の問題となるかもしれない。しかし、英国は「国会主権」であり、日本の「国民主権」下での憲法の枠組みとは異なり、基本的に国会は、国会がふさわしいとみなす法を制定できる。

もちろん、今回の合意の内容が、欧州人権条約10条の表現の自由に反するという見解を持つ専門家もいるが、それが今回の合意を妨げるものとはなっていない。

一方、このプレスの自主規制機関のような極めてセンシティブな問題が政治的に急に決着が図られるということについて、納得のいかない人もいるかもしれない。しかし、これも上記の「国会主権」の産物の一つであり、国会で決定されれば、従わざるをえないという民主主義の基本原則に関連している。