ブレグジットとSNPに対するスターマー労働党の戦略

英国の次期総選挙は任期が2025年初めまでで、2024年に行われるだろうと見られている。それでも2011年議会任期固定法が廃止され、解散権を握るジョンソン首相の行動には予測できない面がある。現在、野党第一党である労働党が、世論調査でジョンソン保守党をリードしている。

労働党の次期総選挙に対する基本戦略が次第に明らかになってきている。

その一つは、英国が欧州連合(EU)を離脱したブレグジットだ。スターマー党首は、EU残留派だったが、ブレグジットを受け入れる立場に変わった。EUへの再加入を求めず、ブレグジットを受け入れ、EUとの関係を向上し、英国の経済成長を図るとする。さらに、EUの単一市場、貿易同盟、移動の自由を求めないと明言したのである。

スターマーが考えを変えたのは、選挙で勝つためには、ブレグジットを受け入れる必要があるという見方がある。前回の2019年総選挙でEU残留支持の有権者の多かった選挙区はEU離脱支持の有権者の多かった選挙区よりかなり少なかった。地域政党が議席を争う北アイルランドを除く632選挙区で、前者が229に対し後者は403だったという。EU残留支持者の多い選挙区のうち、保守党は72議席を獲得したが、この72議席中、労働党が次点だった選挙区はわずか30にとどまり、労働党がEU残留の立場を貫いたとしてもあまり多くの議席が期待できないとする。

現在、ブレグジットは誤りだったとする人が増えている。そのため、EU再加入に賛成する人の割合が徐々に伸びているのは事実である。ただし、最近の世論調査によると、EU再加入に賛成する人と反対する人は拮抗していると言える。すなわち、もしスターマーがEU再加入を掲げて総選挙を戦い、もし首相となった場合には、EU再加入の国民投票を実施する必要があるが、2016年の前回国民投票と同じく、国民を賛成と反対で二分する可能性が強い。そしてその結果はどうなるかわからない。非常に多くのエネルギーを使い、国民投票を実施しても、もしEU再加入反対となった場合には、その責任を取る必要があろう。また、EUがどうなっていくかも予想できない面がある。

なお、労働党のコービン前党首も指摘していたように、EUの統制機能、例えば、国の投資の規制など、自国で行いたい経済政策を行えない可能性がある。

それらを考えると、ブレグジットを過去のものとし、現在のEU離脱合意の改善を図り、経済成長を図っていくほうが、より現実的だとすることは理解できる。

一方、次期総選挙とその後の政局について、労働党は、スコットランド国民党(SNP)との提携を否定し、また、協力関係を持たないとした。総選挙の結果が、どの政党も過半数がない「宙づり議会(Hung Parliament)」の場合、保守党が他の政党と協力して過半数を制することができれば、保守党主導の政権となる。しかし、それ以外の場合、労働党は、少数党政権で政権を担当する用意があるとする。もしSNPが労働党少数政権の政策に反対して労働党政権を倒した場合、保守党の少数政権となるが、その場合、その責任は、SNPにあるという理屈である。また、労働党は、スコットランド独立住民投票実施の許可を与えないともする。保守党は、労働党がSNPと組んで英国政治の混乱を招くと攻撃しているが、その攻撃の芽を摘もうとする狙いがある。

ただし、保守党は、労働党とSNPが協力してスコットランド独立住民投票を実施させ、スコットランドが独立する可能性への攻撃をやめないだろう。それとは逆に、次期総選挙後に、保守党が中道左派のSNPと何らかの形で組むかもしれない。

なお、労働党は、スコットランドで、スコットランド労働党の勢力を回復しようと躍起だ。労働党は、スコットランド議会で2007年まで、ウェストミンスターの下院のスコットランド地域では2015年まで、最も多くの議席を持つ政党だった。スコットランドでの支持の低下が全国での労働党の弱体化を招いている。スコットランドでSNPを抑え、より多くの議席を獲得することが、スターマー労働党政権の樹立につながる。

保守党のジョンソン首相は、個人的な問題の火消しや自らの判断を正当化するのに懸命だが、労働党は、次期総選挙への準備を進めている。

北アイルランドのプロトコールをめぐるジョンソン政権の2019年の決断

英国はEUと離脱協定を結び、2020年1月31日にEUを離脱した。その離脱協定の中の北アイルランドのプロトコール(貿易上の手続き)をめぐって、英国とEUが対立している。英国は、北アイルランドの現状にふさわしくないとして、このプロトコールの抜本的な見直しを求めているが、EUにはその意思はなく、その代わりに現在のプロトコールをできるだけ柔軟に適用することで対応しようとしているEU側は、貿易上の手続きをしなければならないモノを大幅に減らす案を出してきた。英国側は、それでは十分ではないとの立場だ。

この中、2019年12月の総選挙時のジョンソン政権の考え方が改めて注目を浴びている。ジョンソン首相のトップアドバイザーだったドミニク・カミングスによると、ジョンソン政権は、英国のEUからの離脱を最優先し、北アイルランドの問題を含め、離脱協定の中で、ジョンソン政権の気にいらないものは、離脱後、改めて蒸し返すつもりだったというのである。そのため、不十分なものだとわかっていたが、北アイルランド問題の合意ができた時点で、ジョンソン首相が非常によい合意だと国民に訴えて英国の離脱を進めたというのである。

カミングスは、労働党のコービン党首(当時)が総選挙に勝って首相になるのを防ぎ、機運が大きくなりつつあったEU離脱をめぐる第2の国民投票につながるような芽を摘む必要があったとし、とにかくEUとの離脱協定をまとめる必要があった。そしてその判断は、北アイルランドの問題でさらに揉めるより、1万倍の意義があったとする。なお、カミングスによると、ジョンソン首相は、2020年11月まで北アイルランドのプロトコールの意味を分かっていなかったという。

カミングスは、2016年の国民投票で離脱賛成多数の結果をもたらした人物であり、何がなんでも英国のEU離脱を成し遂げるつもりだったのは明らかだ。もし2019年末の時点で、北アイルランドの問題のために離脱協定をまとめることができていなければ、総選挙に臨む国民に「この離脱協定で離脱する」と主張することができず、総選挙の結果が変わっていた可能性がある。そうなれば、英国のEU離脱が宙に浮く可能性もあった。カミングスらの戦略で、保守党は、総選挙で大勝利を収め、労働党には、歴史的な敗北を喫した。カミングスの判断はかなりの成功を収めたが、北アイルランドのプロトコール再交渉問題は大きな危険性を秘めている。