保守党の行方

スナク首相を、その内閣の一員で「下院のリーダー(下院の運営に携わる役目)」であるペニー・モーダントに入れ替えようという動きの報道がある。保守党の中には、スナク首相では次の総選挙は戦えないという見方をする人がいる。そのため、保守党のリーダーを入れ替えようというのだ。ただし、2019年の総選挙で大勝したボリス・ジョンソンの後、リズ・トラス、そしてリシ・スナクと首相が総選挙なしに次々に入れ替わり、また次の人物という動きは狂気の沙汰だという意見もある。5年の任期で、次の総選挙は来年の1月28日までに行わねばならないため、あまり時間がない。

スナク首相が、起死回生の策として3月の予算で一部の税軽減を打ち出した。しかし、野党第一党の労働党に20%ほど開けられている世論調査の支持率の改善はできなかった。もちろんスナク首相の政治的センスの疑われる出来事が続いているが、2010年から政権を担当する保守党の問題がこの段階にきて顕著になってきている。

保守党は、これまでの14年間の政権運営の結果、財政緊縮政策を実施し、そのために社会の様々な面で問題が起きている。その一つは、地方自治体の問題である。ここにきて、多くの自治体が財政運営に苦しみ、今年の4月から地方税が5%上昇するところが多い。既に事実上、財政が破たんしている地方自治体の中では、バーミンガム市が今年10%、来年10%上げ、これからの2年間で地方税が21%上がることになっている。さらにこれから財政危機を迎える地方自治体は、5つに1つという報告もある。政府は、この問題に対して、地方自治体の資産の売却を勧める計画があるようだ。

また、民間活力の活用として、規制を緩和したり、時には見て見ぬふりをしたりすることで問題の悪化に拍車をかけている面がある。その代表的な問題は、水質の悪化である。サッチャー保守党政権の民営化政策の一環で、水道・下水道を担う部門も民営化されたが、利益、配当を出すことやトップ経営者の報酬アップに力を注いだ結果、水道施設の改善を怠り、また、生汚水を違法に放流することなどが頻繁に行われた。水質の悪化に関しては、規制当局の予算削減などで検査も十分に行われていない。今や英国最大のテームズウォーターが経営危機になっている。テームズウォーターは、この危機を乗り越えるため、政府に、料金を40%アップし、配当を増すことを許し、そして罰金を下げるよう求めていると言われる

さらに2019年の総選挙で公約の目玉に挙げていたのが、イングランド北部など経済が低迷していた地域の格差解消策であった。そのために、100億余ポンドの予算を組んでいたが、これまでのところ目立った効果は上がっておらず、しかもこれまでに使ったお金はその10%程度にとどまることが下院の公会計委員会の調査で明らかになった。本来、2019年の総選挙を大勝した当時のボリス・ジョンソン首相がこのような重要プロジェクトを責任をもって実施すべきだったが、当時、副財相で財政支出を担当しており、その1か月余り後に財相になったリシ・スナク現首相にも責任があるだろう。

結局、過去14年間の保守党政権で、キャメロン、メイ、ジョンソン、トラス、スナクの5代政権のつけが回ってきているといえる。すなわち、保守党のリーダー・首相を、今、変えたとしても、保守党の置かれた情勢を大きく変えることにつながらないように思われる。

政治家に必要なセンス

スナク首相は、リーダーとして必要なセンスに欠けるようだ。政治家になり、とんとん拍子に財務大臣にまで駆け上り、そしてついには保守党の党首・英国首相にまで登り詰めた。しかし、次期総選挙が今秋に行われると予想されている中、野党第一党の労働党に世論調査で20%ほどの支持率の差をつけられているにもかかわらず、情勢の転換が果たせていない。打つ手が次々に不発になっている。その原因の一つは、スナク首相に人の選び方の政治的なセンスが欠けていることがあるように思われる。

3月11日、保守党の副幹事長だったリー・アンダーソン下院議員が右派ポピュリズム政党のリフォーム党に加入した。アンダーソンは、もともと労働党の地方議員だったが、2019年の総選挙前に保守党に移り、下院議員に当選した人物である。その歯に衣着せぬ発言で注目され、スナク首相が、保守党の副幹事長に任命した。ところがアンダーソンが、ロンドン市長のサディク・カーンはイスラム主義者に操作されており、ロンドンはイスラム主義者の場所になったなどと主張した。カーンは人権弁護士で、英国の人権団体リバティの議長でもあった人物である。保守党はアンダーソンに謝罪するよう求めたが、アンダーソンが拒否したため、保守党下院の党籍を停止した。アンダーソンは、自分の考えに近いリフォーム党に移り、リフォーム党の唯一の下院議員となった。

リフォーム党は、かつてのブレクシット党が母体で、英国がEUを離脱した後に生まれた政党である。なお、ブレクシット党の党首だったナイジェル・ファラージュは名誉議長。

公共放送BBCのまとめた最近の政党支持世論調査平均によると、以下のようになっている(カッコ内は誤差を含めた範囲を示している)。

保守党24%(19-29)
労働党44%(39-49)
リフォーム党10%(7-13)
自民党9%(6-12)

リフォーム党への支持は上昇している。英国がEUを離脱する前、保守党はブレクシット党に票を奪われていた。今や保守党に不満を持つ層がリフォーム党を支持している。

スナク首相は、アンダーソンがそれまでにも問題発言を繰り返していたのにもかかわらず、2023年2月、保守党の副幹事長に任命した。アンダーソンは、それ以降、マスコミに頻繁に登場している。GBニュースというテレビ局の司会者にもなり、今では有名な政治家の1人となった。その人物がリフォーム党の看板となって総選挙を戦う。リフォーム党が下院の議席を獲得する可能性は少ないが、保守党はリフォーム党にかなりの票を持っていかれる可能性が高い。そうなれば、労働党や自民党が当選する可能性が高まる。保守党にとっては、大きな脅威であるが、スナク首相がその状況を作り出すのに力を貸したといわれてもやむを得ないだろう。