手段を選ばないジョンソン首相

ボリス・ジョンソン首相は、目的を達成するためには手段を選ぼうとしないようだ。もちろん最終的な目標は、次期総選挙で勝利することである。それにはいくつかの方法がある。

まず、10月31日にEU離脱を成し遂げることである。EU離脱を成し遂げれば、EU離脱を目的に掲げるブレクジット党の存在意義がなくなる。この党は5月の欧州議会議員選挙で勝ち、世論調査で現在10数パーセントの支持を得ている。保守党のジョンソンがEU離脱を成し遂げたということで、現在のブレクジット党の支持者が保守党支持にかわり、保守党が総選挙に勝つという読みだ。

これを成し遂げるため、ジョンソンらは、合意なしでEU離脱をした場合に想定される大きな経済的打撃を打ち消すのに躍起だ。政府の「合意なしのEU離脱の影響」を査定した文書(「イエローハンマー」文書と呼ばれる)が漏洩され、その後、その要約が発表されたが、それを古いものだと言い張っている。それどころか、担当のゴブ大臣は、ビジネスは、合意なしでEU離脱をした場合の準備ができていると主張しているが、ビジネス側は、否定している。ジョンソンらは、一度EUを離脱してしまえば、結果は後の祭りというわけだ。大きな経済的混乱が生じても、その責任は誰かほかに負わせられると見ているようだ。

その一方、「合意なしのEU離脱」を防ぐ法律の裏をかく手段が明らかになった。この法律は「ベン法」と呼ばれる。ジョンソンが合意なしでEU離脱するのを恐れた議会が、9月3日に提案し、9月9日に法律となったものである。10月19日までにEUとの合意ができなければ、ジョンソンがEUに離脱交渉の3か月延長を申し入れなければならないとするものである。

ところが、ジョンソンは、法を尊重するが、EUに交渉延長を求めることはしないと主張している。そのため、この法律には強制力があるが、ジョンソンが何らかのずるい手を考えているのではないかと野党が慎重になっていた。その手の一つが明らかになった。大臣らだけによる枢密院令を使って、議会を停止し、10月31日までに議会が手を打つのを止めようとするものである。

古くから存在する制度を恣意的に使って、特定の目的に供しようとするこのような試みは、9月24日に出された最高裁の、議会の意思を重んじる判示に反する。ただし、限られた時間内で、このようなすべての試みに対応するのには限界があろう。

次に、もし、10月31日にEU離脱ができない場合、総選挙が直ちに行われるのは確実である。ジョンソンは、その場合、「国民」対「議会」の構図で選挙を行うつもりだ。すなわち、議会はEUに降伏した、その主権を取り戻すには、ジョンソン率いる保守党が総選挙で勝たねばならないとするものである。

この構図を維持していくため、ジョンソンはそのレトリックを緩めないだろう。ジョンソンは、国民の中に怒りを植え付けることで、保守党に勝利をもたらせようとしている。国民をさらに分断し、国民の統一を犠牲にしてでもだ。このようなタイプの政治家は近年、イギリスにはいなかった。アメリカのトランプ大統領の影響といえるかもしれない。

ジョンソン政権の命運と総選挙

イギリスの最高裁が、2019年9月24日、ボリス・ジョンソン首相が女王の大権を利用して議会を2019年9月9日から10月14日の期間、閉会としたのは違法で無効であり、そのような閉会はなかったと判示した。ジョンソンは、裁判所の判断は尊重するが、その判断は誤りだと主張している。野党らはジョンソンの辞職を求めているが、ジョンソンがそうするとは思われない。それでは、ジョンソンのこれからの行動はどうか。また、野党はどう対応するのか。

ジョンソンの行動

ジョンソンは、完全に総選挙狙いである。国民投票では離脱が多数を占めたのに、国民の願いを議会が踏みにじっている、議会を変える必要がある、そのためには保守党が勝たなければならないと主張するだろう。

ジョンソンは、EUとの離脱合意ができようができまいが、10月31日にEUを離脱すると主張している。しかし、それができない可能性が高い。EUとの離脱交渉で最大の障害となっている、アイルランド島内のアイルランド共和国とイギリスの北アイルランドとの国境問題がこれまでのところ解決できる状況にはなく、10月末までに合意することは困難だ。一方、9月9日に成立したベン法と呼ばれる新法で、10月19日までにEUとの合意ができない場合、ジョンソンはEUに交渉期間の3か月延長を申し入れなければならないこととなっている。ただし、ジョンソンのこれまでの言動から見ると、ジョンソンがそのような申し入れをしない可能性がある。その場合、野党らが裁判所に申し出て、国家公務員に代わりに申請させる方法があるとされる。この場合、EUに延長申し入れはしないと主張するジョンソンの言い訳にはなるかもしれないが、少なくともジョンソンは、10月31日に離脱するつもりであったのに議会がそれを邪魔したと訴えるだろう。

なお、イギリスがEUとの交渉期間の延長を求めれば、それが認められるのはほぼ間違いない。EU側は、イギリス離脱はEUの責任だったという非難をできるだけ避けたいとみられるからだ。延長が認められれば、野党側は、合意なしのEU離脱の可能性がなくなったとして総選挙に賛成するだろう。

ジョンソンは、これまでも繰り返し総選挙を実施するよう求めている。しかし、総選挙の実施のタイミングは首相に決める権限があるため、総選挙の日を10月31日、もしくはそれより後にすることで、事実上、イギリスのEU合意なし離脱を可能にさせる可能性があるとの不安がある。

さらに、ジョンソンは、女王のスピーチ(政権の施政方針演説)を予定通り実施するつもりのようだ。施政方針は、通常1週間程度で採決されることとなるが、下院の過半数を持たないジョンソン政権では否決されるだろう。ジョンソンはそのような施政方針が実現可能かどうかよりも、いかに有権者にアピールできるかの方に関心があると思われる。そしてそのような「素晴らしい」施政方針を否決する議会は国民の敵だというスタンスをとるだろう。

施政方針の否決は、政権の信任を否定されたことと見なされ、女王が野党第一党の労働党の党首コービンに政権を担当するよう依頼する可能性がある。その結果、コービンが過半数を得たとしても、そのような寄せ集めの政権は、単にEUとの交渉期間を延長して、直ちに総選挙を実施するだけのものとなる。

その総選挙で、ジョンソンは、国民対議会の対決だと訴え、ブレクジット党を含めたEU離脱支持の有権者の支持を得て、総選挙に勝利し、過半数を確保し、EU離脱を実施するつもりだろう。これまでのほとんどの世論調査では、保守党がリードしている。

野党の対応

野党は、総選挙を実施するよう求めているが、ジョンソンがずるい手法で何をするかわからないと慎重になっている。

総選挙を実施する一番簡単な方法は、ジョンソンがこれまでにも試みたように、2011年固定議会法に従い、下院の3分の2の賛成で総選挙を実施するものである。また、内閣不信任案を提出してそれを採決する方法もある。ジョンソン率いる保守党は閣外協力をしている北アイルランドの民主統一党(DUP)を入れても過半数に足りない。

なお、総選挙が始まると、下院議員は議員でなくなり、議会で政府の行動を監視できなくなる。一方、ジョンソン首相ら政府のポストについている議員は、議員でなくなるが、政府のポストはそのままである。すなわち、ジョンソン首相が勝手に行動しても歯止めがかけられなくなる恐れがある。そのため、離脱合意なしでEU離脱することも可能になるかもしれない。そのため、「合意なしのEU離脱」の事態が起きないようにすることが最優先課題だ。

野党には、総選挙をにらんで、それぞれの思惑や戦略がある。それらは必ずしも野党間で一致しない。そのため、ジョンソン政権を倒したとしても、その後、代替の政権をどうするか、どういう体制で総選挙を実施するかなどで意見が一致しない。

反「合意なし離脱」グループが協力しても、コービンに反発して労働党を離党した議員を抱える自民党などの勢力が野党第一党の党首コービンを支持して暫定首相に推すことは考えにくい。コービン以外の暫定首相には、労働党が同意しないだろう。結局、総選挙時の首相は、ジョンソンである可能性が最も高いだろう。

恐らくEUとの交渉期間が延長された後、ジョンソン首相の下で総選挙が行われることとなる。議会が閉会された数日後に解散され、その25勤務日後に投票されることから11月後半か遅くとも12月初めまでに総選挙が行われるだろう。

現在の下院の各党の勢力

保守党 労働党 SNP 無所属 自民党 民主統一党 シンフェイン ICG PC 緑の党 議長 全議席数
288 247 35 34 18 10 7 5 4 1 1 650

なお、SNPはスコットランド国民党。無所属の過半数は、「合意なしのEU離脱」を嫌って保守党から除名された議員である。また、北アイルランドのシンフェインの下院議員は議員に当選したものの下院の議席についていない。ICGはチェンジのための独立グループ、PCはウェールズの地域政党プライドカムリである。

次期総選挙候補者になれないことを恐れる現職議員たち

9人の労働党と3人の保守党の下院議員がそれぞれの党を離党した大きな原因に、選挙区の政党支部でこれらの下院議員の言動を批判する声がかなり強まっていることがある。様々な嫌がらせや脅迫がある上、このままでは次期総選挙の候補者から外される可能性があるという危機感のため、「正当な理由」を掲げて離党し、新たな方向を模索する機運があった。

なお、イギリスでは、日本でよくみられるような「無所属」で当選することは極めて難しい。党単位で選挙を戦うことが慣例となっており、それを反映して、選挙費用も250万円ほどと抑えられている。

労働党の場合

労働党は、2015年の党首選挙以来、大きな変貌を遂げた。2015年総選挙に敗れた前党首エド・ミリバンドが党首を辞任した後の党首選挙に、ジェレミー・コービンが党内左派を代表して立候補した。推薦した人たちの予想も裏切り、コービンが大差で当選し、党首となった。コービンブームが起きたためだ。それでも、左派のコービンでは総選挙に勝てないと信じた労働党下院議員たちは、2016年EU国民投票でコービンが中途半端な残留運動をしたと批判し、コービン影の内閣からの大量辞職、そして4分の3近い党所属下院議員がコービン不信任(これには拘束力がない)に賛成するという手段に出た。その結果、2016年秋にもう一度党首選が行われた。ところが、コービンは前回よりもさらに大きな支持を集め、党首に再選された。これらの過程で、コービン支持の団体、モメンタムが生まれ、力を増強し、また、コービンに投票するために労働党に入党する人たちの数が急激に増え、20万人程度から、50万人以上となった。今では、西欧一の党員数を誇る政党である。そして、メイ首相が楽勝を信じて仕掛けた2017年の総選挙で、10万人を超えるメンバーのモメンタムが中心となって運動し、コービン労働党の予想外の健闘を招き、メイの保守党の過半数割れを引き起こした。

労働党下院議員たちの多くは、コービンを党首から引き下ろすことはあきらめたものの、中にはコービンを公に批判し続ける議員がいる。コービンがイギリスのEU残留を求めない、第二のEU国民投票を直ちに求めないなどとブレクシットへの対応を批判し、また、コービンがユダヤ人差別を助長しているなどして声高に批判してきた。そのため、これらの議員の選挙区支部で、コービン支持の党員らが議員への不信任投票を実施し、それがいくつも可決されている。ただし、不信任だけでは、現職議員がそのまま次期総選挙候補者となることを食い止めることはできない。

これは、各選挙区支部で、その支部を構成する団体の一定数以上が次期総選挙候補者とすることに反対した場合(トリガー投票と呼ばれる)に可能となる。その場合、現職議員も候補者選出プロセスで他の候補者と争わなくてはならなくなる。かつては50%以上の団体の反対が求められたが、昨年の党大会でそれが3分の1以上に引き下げられた。以前よりも現職下院議員を「クビ」にしやすくなったと言える。

なお、コービン支持者が政党支部の幹部になる例が多くなっており、反コービンの下院議員には居心地の悪くなる例が増えている。

保守党の場合

保守党は、支持者の高齢化がかなり前から問題になっていた。党員数は10万人を大きく割ったと見られており、保守党は最近まで党員数を公表することを拒んでいた(2018年3月時点で12万4千人とみられている)。党員には、もともと反EUである欧州懐疑派が多く、財相も経験した親EUのケネス・クラークが党首選に立候補した時には、党首選の保守党下院議員から2人選ばれる段階で十分な支持がなく、党員全体での投票に進めなかった。党員がクラークを選ぶはずがないと見られたからである。

2016年のEU国民投票で、イギリスはEUを離脱することとなった。そのため、イギリスのEUからの「独立」を目指したイギリス独立党(UKIP)の存在意義が弱まった。今や保守党の中の残留派や旧残留派(EU国民投票前のキャンペーンでは残留を求めたが、今では離脱を受け入れ、できるだけソフトな離脱を求める立場)と強硬離脱派の対立があるが、UKIP支持者らがイギリスの確実なEU離脱を求めて、強硬離脱に反対する下院議員たちの動きを妨害し、また次期総選挙での立候補を阻止するため、保守党に多く入党する動きがある。これはUKIPのシンボルカラーを使って「パープルウェーブ」と呼ばれている。

すなわち、特にソフトな離脱を求める保守党の下院議員たちには、嫌がらせや脅迫が絶えないうえ、選挙区ではこれらの下院議員に反対する党員の数が増えているのである。保守党の場合、次期総選挙の候補者となるためには、現職議員は政党支部にその申請書を提出し、それが委員会で検討され承認されるという過程を経る。ただし、選挙区支部党員50人以上、もしくは党員の10%が求めれば、現職議員を次期総選挙の候補者とするかどうかの投票が実施される。もし、否決されると、候補者選考プロセスで他の候補者と争わなくてはならなくなる。

離党した議員たちには、それぞれの理由がある。しかし、その背景には、上記のような問題がある。

労働党・保守党下院議員の離党

2019年2月18日、労働党所属の8名の下院議員が労働党を離党した。そして2日後、保守党所属の3名の下院議員が保守党を離党し、元労働党下院議員らの作った「独立グループ」に参加した。今やそのグループは11名となった。

今のところ、保守党下院議員が離党した2月20日以降に行われた世論調査は発表されていないが、労働党の下院議員が離党した後の反応は、いくつかの世論調査に出ている。

最も新しいものは、YouGovによるもので、以下のような結果となっている。

保守党                                    38%

労働党                                    26%

独立グループ                        14%

自民党                                    7%

その他                                    15%

独立グループは、保守党、労働党、自民党から支持を奪っているが、最も大きな影響を受けているのは労働党である。労働党支持者の中にどの党を支持するかわからないという層が増えていることがその一つの理由である。これには、この世論調査に2月20日の保守党下院議員3名の離党が反映されていないことがあろう。保守党支持者にも保守党下院議員の離党でどれを支持するか考える人も出るだろうからである。

他にも独立グループが8%、もしくは10%の支持があるなどという世論調査がある。ただし、現在のようなブレクシットでもたらされている沈滞したムードの中では、新しいものに共感する少なくとも一時的な動きは出てくるだろう。

問題は、世論調査でかなりの支持を集めたとしても、それを実際に反映するには、このグループが全国的なネットワークで候補者を立て、その支持を集約していく作業が必要な点だ。考え方の近い自民党との協力がカギとなる。

今後、労働党・保守党を離党してこのグループにさらに加わる動きがでるか注目される。

行き詰まったメイ首相

イギリスのEUからの離脱は3月29日と法律で決められており、あと1か月余りしかない。メイ首相は少なくとも今のところその日を変えるつもりはない。しかし、メイが昨年12月にEUと結んだ合意は、1月にイギリス下院が大差で否決した。その否決の大きな原因となった、イギリスの北アイルランドとその南のアイルランド共和国の国境問題をめぐる、いわゆるバックストップ(安全フェンス)問題ではほとんど進展がない。イギリスは、バックストップが半永久的になることを恐れ、期限をきるか、イギリスの判断で止めることのできるようにしようとしているが、EUはそれが中長期的にEUの最も大切な「単一市場」を崩す原因になると見ており、この問題でEUが大きな譲歩をする可能性は極めて小さい。もちろんイギリスが合意なしで離脱するようなことになれば、イギリスがかなりの打撃を受ける一方、EU側も相当大きな影響を受けるため、できるだけそれを防ぎたいが、できることには限りがある。

この中、労働党下院議員8名が労働党を離党、さらに保守党下院議員3名が離党し、「独立グループ」が11名の勢力となった。この離党の大きな原因は、ブレクシットでそれぞれのリーダーシップと考えが異なる上、労働党側は、コービン党首らの支持者がコービン批判を繰り広げる議員に嫌がらせ、さらにそれぞれの選挙区で次期総選挙の候補者から降ろす動きがあることがある。保守党では、反離脱派下院議員への嫌がらせがある上、イギリス独立党(UKIP)支持者やEU離脱支持者たちが離脱を確保しようと多数入党しており、反離脱派下院議員を次期総選挙候補者から降ろす動きが出てきている。これらの議員たちにとっては自分の意思通りに投票したいという考えもあるだろう。保守党にとっては、その下院議員の離党は、過半数のない保守党をさらに手詰まりにさせることとなる。

一方、早晩総選挙が行われるという話が出てきている。メイ内閣の閣僚が選挙区支部に総選挙の準備を進めるよう依頼した、保守党が次期総選挙マニフェストの準備会議を開いた、保守党が総選挙準備のためのオフィスを探しているなどさまざまな話がある。これらの話がすぐに総選挙につながるわけではないが、手詰まりとなったメイ首相が、総選挙に打って出る可能性は否定できないように思われる。世論調査会社YouGovが2017年総選挙でかなり正確に総選挙結果を予測したモデル(筆者は、2017年総選挙時にこのモデルの予測を追っていたが、総選挙の前日、当日になっても最後の予測がアップデートされなかった。そのかわりYouGovはそれまでの通常の世論調査手法を使った結果をYouGovの公式予測として発表した。新しいモデルの結果に自信がなかったのだろう。)を使って行った4万人の調査では、今総選挙を行っても2017年に比べて労働党が12議席減らすものの保守党はわずか4議席しか伸ばせず、過半数は獲得できないとしている。それでも総選挙をするのかという疑問はあるだろう。

ただし、メイ首相は、バックストップの問題で大きな進展がない場合、もし、労働党が第2のEU国民投票に賛成すれば、それが下院で多数を占める可能性を考えておかねばならないだろう。労働党のコービン党首は、第2のEU国民投票をなるべくしたくないと考えているが、他に手がなければ立場を変える可能性がある。

メイ首相は昨年末の保守党下院議員の信任投票で勝ち残り、その結果、1年間は、さらなる保守党内の信任投票を受けないこととなった。そのため、閣外協力を受けている民主統一党(DUP)の支持を維持し、保守党下院議員の中にメイ政権を崩壊させる引き金を引いてもよいという人物が現れなければ、現状のまま事態は推移していくこととなる。しかし、もし第2のEU国民投票が行われるということになれば、その結果は見通せない。それよりは、総選挙を実施して一か八かの賭けをするかもしれないように思われる。このままでは、メイ首相は、歴史上最悪の首相の一人に名を連ねる可能性がある。EU側が、そのような総選挙(もしくは国民投票でもそうだが)を実施するために離脱日の延長に合意するのは間違いないだろう。

今秋に総選挙?

サンデー・タイムズ紙(2018年5月20日)が、ある保守党議員が総選挙準備を選挙区の保守党支部に依頼したと報道した。保守党内には総選挙があるかもしれないと見ている議員がかなりいるようだ。この背景には、イギリスのEU離脱交渉に関する保守党の党内対立がある。離脱後、イギリスが自由にEU外の国と貿易関係を作ることができるのを求める強硬離脱派と、EUとの関係に縛られても、できるだけイギリス経済に悪影響を与えないようソフトな離脱を求める立場との対立である。野党労働党にも同じ対立はあるが、保守党に比べて強硬離脱派がはるかに少ない。

メイ首相は、この保守党内の対立のために、保守党の勢力が小さい上院で修正され、下院に戻ってくるEU離脱法案の再審議に慎重だ。通常の法案なら、閣外協力をしている民主統一党(DUP)の協力を得て、上院の修正を下院で覆すことが可能だが、この法案ではソフトな離脱を求める修正が可決される可能性が強いためだ。

当初、北アイルランドとアイルランド共和国の国境で検問などを設けない方策をこの6月末のEUサミットまでに出す方針だった。しかし、EUに受け入れられ、しかも保守党内で受け入れられる具体的な方針が打ち出せない状況である。7月に国会の夏休みが始まる。そして9月に再開する。

来年3月にはイギリスはEUを離脱するが、それまでに欧州議会、イギリス議会の承認を取り付ける必要がある。そのため、今秋までには、この懸案を片づけ、離脱合意をし、さらに移行措置の詳細を詰め、将来の関係の基本合意を成し遂げる必要がある。しかし、それができない可能性が高まっている。その結果、メイ政権不信任で解散総選挙になるという見方が強まっているのだ。

もちろん、メイ首相は解散をしたいとは思っていない。2017年6月の総選挙で過半数を失い十分に懲りている。北アイルランドのDUPもこのような状況で解散をしたいとは思わないだろう。DUPは、イギリスのEU離脱には賛成だが、北アイルランドがイギリス本土と異なって扱われたり、アイルランド共和国との国境で検問などのチェックを始めるのには反対している。

北アイルランドでは、2016年のEU国民投票でEU残留が多数派だったが、もし同じ国民投票が現在行われれば残留派がさらに大きく伸び、69%が支持するという。逆に離脱への支持が大きく減る。DUPの支持基盤のプロテスタントでもEU単一市場と関税同盟に残ることに賛成する人が62%いる。フォスターDUP党首がかつて北アイルランド政府でエンタープライズ相だった時に始めた再生エネルギー政策で大きな欠損が出るとして公的調査が行われており、現状で総選挙を歓迎しないのは明らかである。

メイ首相が手詰まりになっているのは明らかであり、特にEU離脱法案の審議が下院で始まると、総選挙がいつ起きても不思議ではないと言える。この中、反ユダヤ人問題で労働党に大きな重荷になっていたケン・リビングストン元ロンドン市長が労働党を離党した。コービン党首と近いリビングストンは自分の問題が労働党に邪魔になっていることをその理由とした。そして「保守党政権を終わらせたい」としたが、総選挙が近いことを想定したもののように思われる。

より大きな権限を求める選挙委員会

イギリスでも、公職の選挙や国民投票など有権者の投票で決めることをできるだけ公平に行われるようにするため、その運動に様々なルールや制限を設けている。そしてそれを監視するのが選挙委員会(Electoral Commission)である。しかし、その選挙委員会が、その権限を強めてくれるよう訴える事態が起きている

まず、選挙委員会の捜査権限の強化である。選挙委員会は、必要な書類などを収集するため、捜査令状を取得し、事務所を捜索、また裁判所に命令を出すよう求めることができる。しかし、時には最近情報コミッショナーが捜査令状を求めた時のように、時間がかかりすぎることがある。選挙委員会が書類の提出を求めても、なかなかそれらが提出されないことがある。例えば、2015年総選挙での選挙費用違反問題で、保守党は、求められた書類を何度も督促されたにもかかわらず提出せず、結局、選挙委員会が裁判所に訴え出た結果、提出された。選挙委員会には必要な書類を得る権限が与えられているが、それが必ずしも時宜にかなっていない場合がある。

また、2016年に行われたEUを離脱するか残留するかの国民投票に関する費用支出違反の調査では、離脱支持の団体が、その支出制限を超えて支出したと選挙委員会が判断して科した罰金の金額は7万ポンド(1千万円)だった。1違反当たり、最高2万ポンド(300万円)を科すことができる。金額はかなり高いが、この団体の中心人物には資産が数百億円あり、このような罰金はあまり効果がないといえる。むしろ、ある程度の罰金を政治のコストと見る傾向も出てきているという。選挙委員会は、より高い罰金額を求めている。

一方、選挙委員会も、もし容疑を受けて行動しなければ、裁判所でその不作為を訴えられる可能性もある。2016年EU国民投票に関連して、選挙委員会が裁判所に訴えられ、選挙委員会が捜査を開始した。クラウドファンディングはその大きな武器となっている。

一般にイギリスでは、選挙違反はそれほど深刻にとらえられていない。上記の2015年総選挙の例でも、選挙費用違反の疑いのあったもののほとんどは不起訴となった。最も深刻な件のみが起訴され、現在裁判で争われている。選挙委員会や警察・検察もすべての問題に対応することは、時間やリソースの問題もあり難しく、優先順位をつけて対応せざるをえない面がある。起訴されたのは、悪質な上、選挙の結果が異なっていた可能性があるためだった。

確かに現代では、選挙違反の取り締まりはそう簡単ではない。例えば、アメリカ大統領選で、ロシアの活動やイギリスに本拠を置いていたデータ分析会社ケンブリッジアナリティカの活動が結果に影響をもたらした疑いがある。2017年のイギリスの総選挙ではロシアがコービン労働党を助けるような活動をしたといわれる。国外からの活動に、選挙の当事者が関係していたかどうかはっきりしないが、もしこれらの活動が選挙結果に大きな影響を与えるとすれば、それをどのように規制するかという問題が出てくる。インターネットでの選挙運動には国境が障害にはならない。ケンブリッジアナリティカがフェイスブックで行ったことのように弊害が出てきた結果、国際的に対応を迫られているように思われる。

EU離脱とイングランド地方選挙

5月3日のイングランドの地方選挙で、イギリスをEUから離脱させることを目的として設立されたイギリス独立党(UKIP)の支持票が崩壊し、その他の政党がその恩恵を受けた。特に保守党への恩恵は大きい。

UKIPは2014年の欧州議会議員選挙でイギリスに割り当てられた73議席のうち24議席を獲得し、2位の労働党20議席、3位の保守党19議席を上回った。地方議会議員の任期は通常4年で、今回のイングランド地方選挙は基本的に4年前に戦われた地方議会議員選挙の再選だった。2014年のイングランド地方議会議員選挙は、この欧州議会議員選挙の直前に行われた。そのため、UKIP票がかなり多かったのである。

2015年の総選挙では、UKIPは、EUの問題以外の不満票も惹きつけ、保守党、労働党に続き、第3位となる12.6%を得票したが、1選挙区から最大得票の一人だけが当選する小選挙区制のため、獲得議席はなかった。もしこれが比例代表制だったならば全650議席のうち80議席余りを獲得していただろうと言われる。

ところが、2016年に行われたEUを離脱するかどうかの国民投票で51.9%対48.1%の結果となり、イギリス国民が離脱に投票したため、UKIPの存在意義がなくなる事態となった。2017年の総選挙でUKIPの得票率が1.8%まで下がり、今回の地方選挙でUKIPの地方議員がほとんどいなくなる結果は予想されていた。

今回の地方選挙で、保守党は、EU国民投票で離脱票が60%以上の選挙区(すなわちUKIP支持が強かったところ)では、13ポイント支持が上昇している。一方、離脱票が45%以下のところでは支持率が1ポイント減少した。これは、2017年総選挙と同じような傾向だ。

また、若い人の多い選挙区、すなわち、18歳から34歳の割合が35%を超えるようなところで保守党は支持を10ポイント落とし、この年代が20%を下回るところで8ポイント支持を伸ばしている。また、65歳以上の人が20%を超えるようなところで保守党が10ポイント支持を伸ばしている。

若い人の多く、大卒の人が多い、そして少数民族出身者の多いところでは保守党の支持は伸びていない。すなわち、離脱に反対した人たちが多いところで保守党は苦しんでいるのである。その代表は、EU残留を強く打ち出している自民党が議会の過半数を新たに占めた4つの地域であろう。

今回の地方選挙でさらにはっきりしたことだが、メイ政権は、党内だけではなく、一般有権者の離脱派の支持を継続して受けられるように政権を運営していく必要に迫られている。

2018年5月イングランド地方選挙(2)

2018年5月の地方選挙では、野党労働党が優勢で、メイ首相率いる保守党はかなり議席を失うと見られていた。地方選挙の予測で良く知られているRallings & Thrasherは、労働党が議席を200ほど増やし、保守党が75ほど減らす、また自民党が12議席増やす一方、イギリス独立党(UKIP)は125議席失うとしていたが、結果は、労働党が77議席増やし、保守党が32議席減。自民党が75議席増やした。全体で4400議席ほどが争われ、労働党が全体で2350議席獲得し、保守党が1332議席、自民党が536議席獲得した。中では、保守党と労働党にとっては、いずれも数%の増減で、それほど大きな変化があったわけではない。なお、今回の地方選挙はイングランドのもので、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドでは行われなかった上、イングランドの中でも全体をカバーしたものではない。

また、地方選挙では投票率は総選挙に比べてかなり低い。2017年総選挙の投票率は、69%だったが、今回の地方選挙の投票率は、公共放送BBCによると前回の2014年と同じく平均で36%である。

このような状況の中で、現在の有権者の政党支持の状況を読み取ろうとするのはそう簡単ではない。BBCは、世論調査の専門家、ジョン・カーティス教授と共同して、参考的な数字を出し、保守党と労働党への支持を35%づつと見ている。総選挙のように全体の結果がはっきりしているわけではなく、ところどころのデータを集めて推定するわけであるから、完全なものではない。それでも実際の投票から得られたものであるため、世論調査の結果より価値があると見られている。

数々の問題はあり、見方は様々に分かれるが、以下のような結果が導き出される。

まず、保守党と労働党の勢力が拮抗しているということだ。カーティス教授は、昨年の総選挙時より労働党がやや支持を伸ばしていると分析するが、これでは労働党が次に政権を取るのは難しいという見方がでる。ただし、ここで注目されるのは、UKIP票の行方である。この票のかなり多くが保守党に回り、今回の選挙で保守党が労働党を上回る議席を獲得したところで特に顕著である。当たり前のことだが、労働党が前回と同じ票を獲得したとしても、それまでの保守党票にUKIP票が加わって労働党票を上回れば、保守党が議席を獲得する。

イギリスのEU離脱を謳って生まれたUKIPはイギリスがEUを離脱することになり、その存在意義を失った。それでも、これらの有権者は、メイ首相のEUからきっぱりと離脱するというこれまでの発言を信じて、保守党に投票した。そのため、もしメイ首相が今後のEUとの交渉で弱腰となれば、これらの有権者が保守党から離れるという見方があり、カーティス教授は、メイ首相は、保守党内とこれまでのUKIP支持者の動向に注意を払うことが重要で、かなり難しい政権運営、EU離脱交渉を強いられると見ている。

一方、労働党はコービン党首のイメージ問題があると指摘されている。イングランド中西部のウォルソ-  ルで、全60議席の内、21議席が争われ、保守党が13議席(+5)、労働党が7議席(-2)、UKIPは0議席(-3)の結果となり、保守党がそれまでの議席と合わせ、30議席で最大政党となった。BBCが有権者になぜこのような結果が生まれたのかを問うたインタヴューを実施したが、コービンには政権が任せられないとの意見が多かった。そのロシアやシリア攻撃、EUの離脱交渉の立場、さらに労働党の反ユダヤ人問題に関連していると思われる。ただし、この地域は、2016年のEU国民投票で、3分の2が離脱に投票しているところであり、メイの今後のEU離脱交渉の対応次第でかなり変わる可能性がある。

次に保守党との連立政権に参画して以来大きく支持を失った自民党に回復の兆しが出てきてことだ。保守党から3つの地方自治体のコントロールを奪った上、それまで過半数を占める政党のなかった自治体で過半数を占めた。自民党が2010年総選挙前の支持を取り戻すにはまだかなり時間がかかるだろうが、望ましい方向に向かっている。

16歳投票権議論に見る政治の影響

イギリスの下院で、労働党下院議員が16歳に選挙投票権を認める提案を出したが、保守党下院議員のフィリバスター的な長い演説で採決にいたらず、事実上否決された

イギリスでは、現在、日本と同じ18歳に投票権を与えている。16歳投票制は、2014年のスコットランド独立住民投票の際、キャメロン保守党政権も認めて実施され、今では、スコットランド内の選挙にも採用されている(下院の選挙など、国全体の投票では18歳を維持している)。世界でもいくつかの国が採用している

労働党支持のイギリスの若者

イギリスでの投票年齢引き下げ提案には、政治的な背景を考慮しておく必要があろう。労働党はこれまでも一般に若者の支持する政党だったが、2017年6月の総選挙では、若者の支持が急増し、その投票率が大幅にアップ、しかも29歳以下の3分の2近くが労働党に投票したとされ、その結果、労働党が予想外に健闘した。労働党は、コービン党首が党首選に立候補して以来、党員が急増し、今や50万人以上の党員を擁し、西欧で最大の政党となっている。

自民党支持の日本の若者

一方、日本では、若者が自民党を支持する傾向がある。2017年10月の選挙で、NHKの行った投票所の出口調査によると、18-19歳は47%、20代は50%、30代は42%が自民党を支持し、それらより上の年代の自民党支持が30%台にとどまったのに比べ、大きな差があった。若者の支持で2位だった希望の党などの野党は、若者の支持を惹きつけられず、それぞれ10%台以下に留まった。これらの世代の第二次世界大戦や北朝鮮問題への捉え方の違いがその背景にあるように思われる。

投票年齢引き下げの政治的影響

結局、イギリスの場合、保守党下院議員が16歳投票制に反対するのは、新しく有権者となる150万人ほどの16-17歳の過半数が労働党に投票する可能性が極めて高く、保守党に不利だという判断があるためだ。

ただし、今回の保守党下院議員の16歳投票制反対は、かなり巧妙になされた。この提案に直接反対したのではなく、同じ日に議論された他の提案で長い演説をし、16歳投票制案を議論する時間をなくしたのである。現在の16歳は、2022年までに行われる次期総選挙には投票権を持つ。そのため、これらの若い有権者に保守党へ投票しない理由を与えることを避けようとしたのである。

16-17歳に投票権を与えるべきかどうかという理論的な考え方はともかく、このような政治的判断がその行方を大きく決めることとなる。