関税同盟はどうなる?

メイ首相は、イギリスのEU離脱にあたって、EUの単一市場も関税同盟も離脱すると明言している。単一市場に残れば、EUの4つの自由(モノ、資本、人、サービスの移動の自由)を受け入れざるを得ず、しかもEUの法制の制約を受ける。関税同盟では、モノへの関税をなくすことができるが、独自の判断で他の国との自由貿易協定を結ぶことができなくなる。EUを離脱するのは、主権を回復し、EU市民のイギリスへの移民を制約することが大きな目的であることから考えると、いずれも受け入れることは難しい。

ところが、これまでその立場を明確にしていなかった最大野党の労働党が、EUと新たな関税同盟を結ぶと主張した。EUはイギリスの最も重要な貿易相手であり、関税のない貿易を継続し、労働者を守る必要があるとするのである。さらに、関税同盟を結べば、懸案のアイルランド島内の北アイルランドとアイルランド共和国との国境での検問をする必要がなくなる。

この労働党の動きは、議会で審議中の貿易法に関連して、メイ首相の率いる保守党の下院議員にEUと関税同盟の関係を維持すべきだと主張する人たちがいることに関係していると見られている。すなわち、労働党が関税同盟を主張してこれらの保守党反乱派らと歩調を合わせれば、メイ政権がこの採決で敗れるかもしれないからだ。そのような事態が起きるかどうかは別にして、労働党がその立場をはっきりしたことは、イギリス政治の展開をよりわかりやすくさせる。3月2日のメイ首相のスピーチが俟たれる。

BBCの見る安倍政権女性活用政策

安倍政権では、アベノミクスの一環としてウーマノミクスを訴えてきた。日本で最も生かし切れていない人材は女性だとし、女性の活用を重点政策としたのである。その成果についてイギリスの公共放送BBCの「リアリティ・チェック(真偽の確認)」が評価している

安倍首相らは、その政策の効果を自画自賛している。25歳以上の女性の雇用率は、過去5年間増加しており、アメリカより高いという。日本の66.1%はOECDの平均59.4%を上回る。

しかし、BBCは、女性の雇用の57.7%は非正規雇用であり、質より量となっている、またその一方、かつて掲げた公的機関・民間会社の幹部の女性の割合を2020年までに30%にするという目標は、2016年に公的機関7%、民間15%に下げられたと指摘する。

さらに、世界経済フォーラムの男女格差指数の世界ランキングで、日本は10年前80位であったのに、2016年の111位、2017年の114位と下がっているが、この主要な原因は、女性の政治参画が逆進していることだと指摘する。2014年の安倍内閣の女性閣僚数は18人中7人だったが、今では、20人中わずか2人。女性衆議院議員は、465人中47人でG8参加国最低。これらは政治的意思次第で変えられることだと指摘する。

イギリスでも、統計などの数字を政治家が自らに有利なように解釈して利用する傾向がある。フェイクニュースの問題もあり、各種の「リアリティ・チェック」がこのような数字の正当性を検証することが流行している。日本の政府が外国の機関のこのような評価分析を好むとは思われないが、個々の国内政策が国際的に吟味される時代となっていることを改めて感じる。

メイ首相のお粗末な政権運営

保守党内でもメイ首相への批判が高まっている。メイ首相は、国内政治で停滞しているばかりではなく、EU離脱交渉でも閣僚の中の強硬離脱派とソフト離脱派の対立をまとめられていない。また、メイ首相が専心しているとされるEU離脱交渉はうまくいっていないと有権者の多くが見ている。ところが、通常大きく下がるはずの支持率がそれほど影響を受けていない。最近の世論調査では、有権者の保守党支持が野党第一党の労働党を上回っているさらに最新のOpinium/Observer。この原因には様々な説明がある。有権者が政治に注意を払っていない、有権者がEU離脱の賛成、反対で分かれていて、その線に沿って政党支持を決めている、または、労働党の支持がこれ以上伸びない点に達しているなどだ。

メイ首相は、イギリスのEU離脱はイギリスにとって歴史的に重要であるため、自分がそれに専心しなければならないと考えているようだ。しかし、そのようなことは第二次世界大戦後でもメイ首相に限ったことではない。例えば、第二次世界大戦で破産状態となったイギリスを立て直し、しかも「ゆりかごから墓場まで」と言われる福祉国家を築いたアトリ―である。アトリ―はその福祉国家の中心となる国民保健サービス(NHS)の設立をナイ・べヴァンに託した。すべてを首相が担当できるわけではなく、そのような権限移譲をしなければ重要なことを成し遂げることは極めて難しい。

メイ首相はマイクロマネジャーで、すべてを自分が決めたいと思っている人物だ。しかもなかなか決断できない人である。それがEU離脱交渉だけではなく、国内政治にも大きな影を投げかけている。メイ首相はいまさらそのやり方を変えられないだろうが、その政権運営がどこまで続くか見ものである。

メイに拍手喝采したEUリーダーたち

メイ首相が12月14日、EU首脳の夕食会に出席した。そこで短いスピーチをしたメイを他の首脳が拍手喝采でたたえたという。イギリスのEU離脱交渉には、いいニュースだろう。2段階の交渉のうち、第1段階の交渉で合意に至り、貿易を含む将来の関係を扱う第2段階の交渉に進むこととなったが、今後の交渉が比較的明るいものとなる兆しである。

イギリスの下院の採決で、EU離脱関係で初めて敗れたばかりのメイも他のリーダーたちの拍手には喜んだだろう。しかし、これは国内政治的にはそうよいニュースではないだろうと思われる。というのは、特に強硬離脱派が、メイが第1段階の交渉で譲歩しすぎたのではないかという疑いを強めるからだ。これからの国内対策が難しくなるかもしれない。

Blessing in disguise

これまでのEU離脱交渉の展開を見ていて、強く感じることがある。英語に“Blessing in disguise(不運に見えるが実は幸運)”という言葉があるが、これが当てはまるのではないかと思われる。

昨年7月に首相に就任して以来、メイの首相としての能力には疑問符が付きっぱなしであった。首相官邸前の最初の演説で、メイは、なんとか生計を立てている人たちを助けると言いながら、それは言葉だけで、実行されていない。メイの最重点項目の一つだった、能力選別「グラマースクール」の拡張、新設政策は、保守党内でも多くの反対を受け、既に放棄した。権限移譲できず、小さなことにこだわりすぎ、しかも「秘密裏」にことを進める傾向は、EU離脱交渉でもそうで、政府内で何が起きているかわからないという不満が募り、政府内のまとまりを欠いた。

大勝するとの世論調査予測でメイが突然実施した今年6月の総選挙では、予想外に保守党は議席を減らし、過半数を割り、北アイルランドの統一民主党(DUP)の10議席の閣外協力で政権を維持していく羽目に陥った。メイ政権は風前の灯火で、いつ崩壊するかわからないという状況だったが、これまで生き延びてきた。総選挙で議席を伸ばした、コービン党首率いる野党労働党が復活の兆しを見せ、もし再び総選挙があれば労働党が政権に就く可能性がある上、EU離脱という難問を処理しなければならず、保守党でメイの後の火中の栗を拾う人物が現れなかったことがその大きな原因だ。

メイは、12月初旬、追い込まれた立場にいた。イギリスのEU離脱に伴うこれまでの責任負担部分の支払い(いわゆる「EU離婚料」)ばかりではなく、政権を維持していくためにアイルランドの国境問題にも全力で取り組まざるを得なかった。EU側も、メイが国内的に苦しい立場にあることは十分に承知しており、協力的だった。

保守党が下院で過半数がないため、メイは、従来のドグマ的で専横的な政権運営から、保守党内の考え方の違い、野党の動き、さらに北アイルランドのDUPの意向などを慎重に見極めながら政権運営をしていかざるをえなくなっているが、それが現在の状況につながっている。まさに“Blessing in disguise”ではないか。

英国下院のEU撤退関連の採決でメイ政権が敗れる

12月13日の下院で、EU撤退法案の修正案が4票差で可決された。EU離脱に関して、メイ政権が敗れるのは初めてである。イギリスの新聞にはこれを殊更に騒ぎ立てる向きがあるが、実際にはそう大きな意味があるとは思われない。メイ政権は下院で過半数がなく、北アイルランドの10議席を持つ民主統一党の閣外協力で政権を維持している。そのため、もし少数の保守党の下院議員が、今回は11人だったが、反対票を投じれば、政府提出法案が否決されることとなる。

この修正案は、EU撤退法案が、EUとの最終合意の実施を政府が命令で行うことができるとしていることに歯止めをかけるもので、議会が法制の形で最終合意を承認しなければできないとしたものである。政府側は、これまで議会に最終合意を承認するか承認しないかの採決をさせるとしてきたが、もし承認しなければ、合意なしの離脱だとしてきた。また、そのような議決の時期がいつかはっきりしていなかった。

EU撤退法案には、イギリスがEUを離脱するにあたって、これまでイギリスの法制でEUの法令に依拠していた部分を、一挙にイギリスの法制とすることを含んでいる。2万にもわたると思われる項目を検討していくには膨大な時間がかかり、しかも最終合意の内容次第で変更方法が異なるかもしれない。実情にそぐわないものは、管轄大臣の職権で変更できるとしているが、本来、議会で吟味して決められるべきものを、このような方法で行うのはおかしいという議論があり、メイは譲歩した。

イギリスは、議会主権の国である。すなわち、議会の法制権をバイパスするようなやり方は、EU離脱が本来、イギリスの主権を取り戻すという考え方から出てきていることを考えると、EU離脱の場合でも、本来の目的にそぐわないこととなる。

多くは、大臣が職権を党利党略に使う可能性があると心配している。そして、議会がきちんと関与した方法を模索すべきだとする考え方が、保守党内にもある。それらの人たちは、いわゆる「EU残留派」であり、それがゆえに、イギリスのEU離脱に反対していると攻撃されている。しかし、これらの人たちが求めた改正案は、そう極端なものではない。

今回の事態に至ったのは、メイ首相の考え方にあるのは間違いないように思われる。EUとの間で第一段階の交渉に合意し、貿易を含む将来の関係を扱う第二段階の交渉に進むこととなり、保守党内をかなりまとめることができたと判断し、その勢いで、今回の採決も乗り切れるだろうと判断したのではないか。メイ政権には、裁量の余地を残したいという気持ちからか、このような雑な計算がしばしばある。きちんとした議論を詰めるべきだった。政府側は、採決前、反乱の可能性のある議員に猛烈な働きかけをしたが、不十分だった。保守党内の強硬離脱派に配慮し、メイが簡単に野党に妥協する姿勢を見せたくないという考えもあっただろう。

但し、これからのイギリスとEUとの交渉を考えると、議会でメイの提案が頻繁に否決されるという事態は避けたいだろう。EU側との第1段階の交渉でも、メイはその方針を大きく覆した。そのようなことが、議会対策でもあるように思われる。

疑問のあるメイのEU離脱交渉

メイ首相は、これまで繰り返して、イギリスのEUとの離脱交渉の詳細はいちいち明らかにしないと発言している。しかし、EU側が EU単一市場へのアクセスと人の移動の自由は切り離せないと主張する中、メイが移民のコントロールを優先するとし、イギリスがEUからの離脱時に、EUの単一市場へのアクセス、そして金融サービスの「パスポート権」と呼ばれる、域内で自由に活動できる権利を失い、域内への、もしくは域内でのビジネスやイギリス人の活動に、関税、その他の制約がつく可能性が高まっている。そのため、その交渉戦略について議会がより積極的に関与すべきと考える下院議員が多い。

それは、野党だけではなく、メイの保守党もそうだ。デービスBrexit相は、10月10日、それを拒否した。下院の財務委員会の委員長で保守党のアンドリュー・タイリーは、戦略を秘密にするメイの決定は全く受け容れられない、交渉の内容を欧州からの情報漏れで知るようなこととなると警告した。また、同じく保守党で元法務長官のドミニック・グリーブは、交渉を下院に諮問することなく、最終的な合意に下院が賛成しなければ、政府はもたないと指摘した。

保守党の離脱派の下院議員には、メイらは下院を無視して交渉しようとしているが、それは非民主主義的で、憲法に反し、立法府の権限を無視したものだと反発する人がいる。議会の主権を回復するために離脱に投票したのに、EUの専横が、議会の権限を無視する政府に取って代わられただけだとする。

メイの態度は、視野の狭い、厳格な母親が、自分はすべてわかっている、みんなのこと、特に恵まれない人たちのことを考えてうまく采配するから、自分に任せておきなさいと主張するようなものに見える。母親の温かみを感じさせず、政策は押し付けである。既に、選別教育のグラマースクール拡張方針には強い反対を受け、地域が望めばと大幅にトーンダウンした。企業に働いている外国人の数を公表させる政策は、企業から強い反対を受け、公表の必要はないと立場を変えた。離脱の秘密交渉も妥協に迫られる可能性が高いように思われる。

メイの計算違い

メイが7月13日に首相に任ぜられてから2か月余り。今もなお、メイの首相としてのハネムーンは続いており、その支持率は高い。この間、イングランドの南部のサマーセットに建設する予定のヒンクリーポイントC原子力発電所の承認を遅らせ、中国との関係を危ぶむ声があったが、これは結局、微調整にとどまり、進行することとなった。何のための精査だったのかという疑問がある。ただし、このプロジェクトが会計検査院の警告したように、金額に見合う価値があるか、さらに中国が絡んでいるため、新首相として国のセキュリティに対する保障の確認などを行うことは理解できる。

しかし、7月14日の「首相への質問」でも取り上げたが、メイの政策の目玉とも言える「グラマースクール」の拡張・新設は、明らかにメイの計算違いだと言える。この学校は、11歳から16歳の子供を教育する公立学校だが、11歳で能力をテストし、優秀だとされる子供に選別教育を与えるものである。第2次世界大戦後、一時期、同年代の4分の1の子供がこの教育を受け、その高い教育レベルの恩恵を受けた人が多い。メイはこの点に力点を置いている。しかし、この学校に行けない、それ以外の4分の3の子供は、敗者のレッテルを貼られ、しかもその子供たちの行く学校(一般にSecondary Modernと呼ばれる)の成績が向上しなかったため、グラマースクールは徐々に廃止され、ほとんどは選別のない公立学校となった。現在ではイングランドに163校残っているが、選別のない学校のほうが、生徒全体のレベルを上げられると広く考えられている。メイの「グラマースクール」の話を聞いた首席学校監察官が「ナンセンス」とコメントしたほどである。

なお、教育は、それぞれの分権政府に権限が分権されており、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド政府にはそれぞれの教育政策があり、メイの「グラマースクール」は、イギリス全体の人口の84%を占めるイングランドだけにあてはまる。北アイルランドにはグラマースクールがあり、この議論には慣れている。一方、スコットランドとウェールズにはグラマースクールはないが、この政策の財政的な影響がそれぞれの教育財源にどの程度あるか注目している。

イギリス独立党(UKIP)が総選挙のマニフェストでグラマースクールの設置を訴えたが、保守党の下院議員にもこの政策に賛成の議員がかなりいる。一方、この政策に反対の議員も少なくない。保守党は下院の過半数を占めるが、その運営上のマジョリティ(「保守党議員の数」マイナス「それ以外の政党の議員の総数」)は17であり、多くの議員が反対に回るような事態は避けたい。また、上院では保守党は810人のうち255人を占めるのみで、反対の労働党・自民党の314人より少ないため、法案が上院で反対される可能性がある。

さて、教育相が、昨年、既存のグラマースクールの分校の設置を承認した。ブレア労働党政権で1998年グラマースクールの新設を禁止した法を制定しているため、それを迂回する手法である。ただし、これが合法であるかどうかには疑義がある。

メイが教育相に任命したグリニングは、メイのグラマースクール政策が下院議員に受け入れられやすいように、様々な対策を加えようとしているが、システムが非常に複雑になるばかりか、それで多くの支持が受けられそうな気配は乏しい。逆に、内乱中の労働党は、この政策反対で一致し、労働党をまとめさせただけだという見方もある。

総選挙のマニフェストでうたわれたわけではなく、突然出てきたこの政策が、現在の状況では、どこまで実現されるか不明だ。むしろ、メイの時間がこの問題にかなり取られるばかりではなく、ポリティカルキャピタルを大きく費やす可能性が高く、難しいBrexit問題を処理する必要のあるメイが、これを手掛けたことが賢明であったか疑問である。

メイ大失敗のPMQs

9月14日、7月に首相に就任したテリーザ・メイの3回目の「首相への質問(PMQs:Prime Minister’s Questions)」が行われた。筆者は、1回目2回目をコメントしたが、3回目は保守党支持のテレグラフ紙も指摘したように最悪だった。質問に答えられず、苦し紛れに、あらかじめ作られた決まり文句やフレーズに頼り、そのために振り回されているという印象があった。

野党第一党の労働党の党首コービンは、メイの進める「グラマースクール」の問題に焦点を絞り、6回の質問をした。

グラマースクールは、11歳でテストを行い、優秀だと思われる児童を選別教育する公立の中等学校である。戦後、一時期、約4分の1の生徒にこの教育を行ったが、それ以外の子供たちの行く学校で教育水準が上がらず、しかも11歳で脱落者の烙印を押されてしまうとの批判が強まり、グラマースクールのほとんどはコンプリヘンシブと呼ばれる普通の学校となる。サッチャーがヒース保守党政権の教育相(1970-1974)だった頃も大きく減り、1998年にブレア労働党政権下でグラマースクールの新規開校は禁止された。現在、イングランドには、3000ほどの中等学校があるが、残存しているのは163校である。

メイは、このグラマースクールの拡大、新設を「誰にもうまく働く国」の目玉として推進しようとしている。これに賛成する保守党下院議員は多い。保守党下院議員の選挙区には中流階級が多く、その子弟が公立のグラマースクールで教育を受けられた方が好都合だからである。しかし、それに反対する保守党下院議員も少なくない。キャメロン前首相も党首時代にそれを明言しており、それはコービンが質問中に引用した。

コービンはメイの考えを支持する専門家の名前を質問した。メイはそれに答えなかった。コービンが次の質問で取り上げたように、グラマースクールの多いケント州(34校)では、貧しい家庭の子供たち(無料昼食の受給者)で良い成績(一定の基準を超える成績)を上げるのは27%であるのに対し、(人口5倍で19校の)ロンドンでは、それが45%だという。その原因の一つは、優秀な生徒とそうでない生徒を一緒に教育したほうが、分けたよりも全体的なレベルが上がるためだと考えられている。権威のある財政問題研究所(IFS)も、グラマースクールのないほうが生徒の成績がよいとしている。ここには、イギリスの階層社会にまつわる独特の問題があるが、メイが社会階層の流動化にグラマースクールを使おうとするのには無理があるように思われる。

結局、これに関する質問は、すべて議論をすり替え、スローガンに終始し、答えに窮したメイは、本来首相が質問を受けて答えるはずであるにもかかわらず、自ら就労者数の増加に関する質問を作り出した。

さらに、メイもコービンもグラマースクールで教育を受けて現在の地位に至ったと自分の経験でグラマースクールを正当化しようとした。メイは、コービンが2番目の妻と離婚したいきさつを知らないようだ。コービンが長男を地元の普通公立学校に行かせようとしたのに対し、妻がグラマースクールに送ったことが原因である。

コービンの6つ目の質問が終わった後の回答で、メイは、長々と、今回が多分コービンの最後の「首相への質問」になるだろうと主張した。党大会シーズンで下院は9月15日から休会に入り、10月10日に再開される。現在進行中の労働党の党首選の結果は9月24日に発表されるが、コービンが多分敗れるだろうからという訳である。誰が労働党の新党首に選出されても、損をするのは国民だと付け加えたが、コービンの当選は確実視されている。奇異な主張だった。

メイの「回答のようなもの」が終わった後、議長が、議事が大幅に遅れていると指摘した。それを起こしていたのはメイだった。左寄りのガーディアン紙は、メイのパフォーマンスを「ディザスター(大失敗)」と評価したが、それは右寄りのテレグラフ紙でも同様だった。

一方、これまで1年間党首を務めてきたコービンは、左右を問わず、これまででベストの出来だったと評価された。

メイ首相の1ヶ月

テリーザ・メイが7月13日に首相に就任して1か月たった。現在、スイスで8月24日まで夏季ホリデー中だが、1型糖尿病でインシュリン注射の必要なメイは、特に健康に留意しなければならないのは当然であり、休暇は必要なものだと言える。このスイス行きは、イギリスがEUを離脱することとなったことを受け、EUでもなく、イギリス国内でもない所を選択するという政治的判断が絡んでいると見る向きがある。それでも、スイスでのウォーキングホリデーの愛好者であることを考えるとそう深く考える必要もないだろう。

それでは、これまでの1ヶ月の評価はどうか。筆者の見るところ、残念ながら、十分なものではない。メイの本来の慎重さと勇み足がミックスしたもので、期待外れの結果となっている。

「誰にもうまく働く政府」

メイは、その首相就任直後の官邸前の演説で「誰にもうまく働く政府」にするとした。そして、重要な政策を決める時、強い人を慮るのではなく、弱い立場の「あなた」をまず考えるとしたのである。この原則を政府全体で実施するとしたが、これは今のところ勇み足に終わっている。

なお、メイをソフトな政治家と考えるのは誤りである。メイは、保守党の右として知られ、例えば、内相として欧州人権条約から離脱したかったが、保守党の中にも反対があり、実現不可能であるため、保守党党首選に立候補する際に、公約から外した経緯がある。

フラッキング 

メイは、フラッキングの実施に、この原則を適用し、この作業の実施される地域の住民に直接現金で補償するとした。フラッキングは、地下のシェールガスなどを取り出すため超高水圧で岩体を破砕するものである。イギリスにはこのガスの埋蔵量が多く、現在の消費量の500年分以上あり、今後の燃料源として期待されているが、環境団体などから、地下水の汚染や地震などの原因となるなどとして反対が強い。一時、原油などの燃料価格の低落で、フラッキングのコストが見合わないのではないかという見方があったが、今では、掘削申請が数多く出ており、メイは、この促進を積極的に図る考えだ。

フラッキングは、キャメロン政権でも推進されていた。オズボーン前財相は、フラッキングで政府が得られた税収の一定割合をコミュニティファンドなどとして、該当コミュニティや地方自治体に支給する構想をもっていたが、メイの場合、それを地域の住民が直接金銭的な便益を受けられるようにするというのである。5000ポンド(70万円)から2万ポンド(280万円)程度と見られている。

メイは、これを「誰にもうまく働く政府」の一環と位置付けているが、果たして、これがそういうものに当てはまるかどうか?地下2~3千メートルといったかなり深いところの作業だが、そのような地域の住人に現金で補償することが、本当に「強い人を慮るのではなく、弱い立場の『あなた』」を考えることになるのかどうか?これでフラッキング反対運動を本当に抑えることができるのかどうか?

その上、住民が何らかの金銭的補償を受けられるとしても、それは、掘削し始めてから5年以上後のことであることがわかった。メイがフラッキングをその原則の一つの適用例として挙げたが、かなり針小棒大の傾向があるように思われる。

グラマースクール

教育の面では、メイが推進する「グラマースクール」がある。グラマースクールとは、児童が10から11歳で受ける11プラスと呼ばれる学業達成度試験で優秀な生徒が進学を許される公立の中等学校である。これまでにグラマースクールの大半が廃止されるか、非選別の総合学校化もしくは私立化されたが、今も一部残っており、政府の教育省が管轄するイングランド(それ以外は分権政府が担当している)の3000ほどの中等学校のうち、163校ある。しかし、新規の開設は許されていない。なお、スコットランドとウェールズにはないが、北アイルランドには69校ある。このグラマースクールの新規開校を許す政策が、首相官邸のジャーナリストへのブリーフィングで紹介され、この10月の保守党の党大会で正式に発表し、推進される考えであった。

グラマースクールは選別学校であり、11歳で人生が決定される結果となるとして、多くの批判がある。メイの父親は英国国教会の牧師で、メイ自身グラマースクールに入学したが、在学中に選別無しの総合学校となった。恵まれない家庭の子弟でも、私立のパブリックスクールのような優れた教育が受けられ、社会の流動性、すなわち、貧しい家庭出身の子弟が、このルートを通じて、社会的に階層を上がれると評価する向きもあるが、その効果には疑問があるという主張も強い。メイの保守党の中にもグラマースクールの新規開設に反対する声がある。グラマースクールの新規開設を許す方針というニュースを受け、労働党、自民党が直ちに反対し、この政策が具体化されるには多くのハードルがある。

メイは、自分の選挙区に既成のグラマースクールの分校を設ける案に賛成しており、このような政策が出てくることは予想されていた。メイの「誰にもうまく働く政府」の原則から見れば、この政策が推進される理由付けは、基本的に優秀な生徒の能力を伸ばし、それほど優秀でない生徒には、それとは異なる道を選ばせることが、それぞれのためになるという理由付けがあるのではないかと思われる。

反対意見の強さに、メイ政権は、新規グラマースクールの許可を20程度と地域と数を限定して実施することにした。反対の強さが示すように、「誰にもうまく働く政府」が、メイらの考えている姿と、それ以外の人たちの考える姿でかなり差があることは明らかである。

これに関連し、大学教育の担当をビジネス省から文部省に移したが、大学も「間引き」が進む可能性があるように思われる。すべての人に大学教育が与えられるべきだとして、大学の数が急増した。このため、大学卒業生の数も急増したが、その学位の価値が下がったという批判があり、大学を出ても、それに見合う仕事に就けないという現実がある。メイは、内相時代、外国人留学生のビザ取得、並びに卒業後の滞在期間に大幅の制限を加えた。多くの大学は、授業料の高く取れる留学生で経営が成り立っていると言われるが、大学によっては、ビザの制限で大学院などへの応募者が大きく減ったと言われる。グラマースクールの理屈でいけば、優れた大学は残るが、そうでない大学は減る可能性があるように思われる。

高齢者ケアの自己負担の原則

さらに、高齢者ケアの問題では、首相官邸の政策責任者が、コストの問題で発言した。既に5人の1人は、ケア費用に10万ポンド(1400万円)以上かかっていると言われるが、資産価値のある住宅を持っている人は、それを全体もしくは部分を売却したり、その資産価値を使ったりして、その費用に充てるようにすべきだという。すなわち、「誰にもうまく働く政府」とは、少しでも資産のある人は、それを使い、ない人は公共がカバーするという形になるようだ。キャメロン政権では、2016年から個人負担の上限を72000ポンド(1000万円)とすることとしたが、この制度の導入は2020年まで延期された。しかし、この上限をさらに上げる、もしくは上限を撤廃し、基本的に個人の負担に重きを置く制度にする意図があるように思われる。しかし、これは、伝統的な保守党の政策、すなわち相続税を軽減し、なるべく資産を子弟などに残す方針に反し、スムーズにいかない可能性が高いように思われる。

重要施策の決定延期

ヒンクリー・ポイントC原子力発電所は、フランスの電力会社EDFが中国の資本協力を得て建設することになっており、EDFの役員会でそれが承認されたが、政府が再検討することを表明した。その決定は、今秋まで延期された。メイがそれを求めたためだと言われる。この原子力発電所の建設は、キャメロン政権で推進されていたが、これには原子炉のタイプ、建設費用、将来の保証価格など、多くの問題があり、再検討することには何ら不思議な点はない。しかし、この決定には、中国側が反発している。特に中国がこの建設に関与することで、セキュリティリスクの問題を指摘する見解があり、中国側がそう簡単には引き下がれない状態にある。イギリスのEU離脱で、中国との関係が重要となるだけに、簡単に再検討というだけでは許されない状況にある。

また、ロンドンのハブ空港であるヒースロー空港がほとんど満杯の状態になっていることから、ロンドン近郊の空港建設・拡張が急務になっている問題がある。キャメロン前政権で、空港委員会を設け、その委員会は、昨年7月、全員一致でヒースロー空港に第三滑走路を建設することを答申した。しかし、ヒースロー空港周辺は航空騒音などの問題で反対運動が強く、キャメロンは決定をEU国民投票後まで遅らせていた。メイは、この決定を秋まで延期した。メイの選挙区でも反対が強い上、内閣には、ヒースロー空港拡張に反対する閣僚が何人もいる。そのうちの1人は、ジョンソン外相である。また、航路が選挙区周辺となるために反対しているグリニング教育相やハモンド財相がいる。ガトウィック空港の拡張へ見方が移っているという憶測もある。

どのような判断となっても、その手法は、上記のフラッキングのように税収の一部を利用して基金を設け、影響を受ける地元住民へ金銭補償となるように思われる。このようなやり方には、金銭補償を受ける住民と受けない住民との溝を広げるだけという批判があり、本当にそのような手法が「誰にもうまく働く」という具合にいくか疑問がある。

イギリスのEU離脱後、経済の先行きが不透明な中、大規模公共事業の推進が求められているが、これらの大規模プロジェクトの判断が遅れている。さらにイギリスがEUから離脱する上での交渉の立場を決める作業を急速に進めていく必要がある。

まだメイ首相の政策は、部分的にしか明らかになっていない。これまでは、そのレトリックに対して様々な解釈がなされてきたが、右寄りのメイが、キャメロン政権の緊縮政策を大幅に変更するとは考えにくい。かつて、ブレア労働党政権下、経済成長が続き、歳入が大幅に伸びた時期があるが、それまでの公共セクターへの不十分な投資への対応などで公共セクターへの実際の効果はかなり制限された。メイ政権下、EU離脱投票の影響で歳入が伸びないような状況下、メイ首相の手は縛られている。メイが国民に「誰にもうまく働く政府」を運営していると思わせられるかどうか、かなり難しいといえる。

ポジショニング段階のメイ新首相

7月20日、メイ新首相が最初の首相への質問に立った。そのパフォーマンスを誉め称える政治コメンテーターは公共放送のBBCを含め多い。確かにメリハリのきいた返答ぶりだった。それでも、メイは、野党第1党の労働党のコービン党首の真剣な質問に答えず、その代わりにコービンを冷笑しただけだった。メイの「冷笑」は、保守党下院議員や、反コービン派の労働党下院議員たちを喜ばせ、政治コメンテーターたちにもエンターテインメントを提供した。しかし、有権者の多くが、まじめで真剣な議論を軽視した、このような政治関係者たちの言動に大きな不満と不信を持っていることを思い起こすべきだろう。欧州連合(EU)国民投票で離脱に投票した友人は、政治家たちは何もわかっていない、目を覚まさせるために離脱に投票したと言う。

メイは、まず、7月20日に発表された、いいニュースとしたうえで、イギリスの雇用が上昇したと言った。実は、これは、2016年3月から5月の数字であり、イギリスがEUから離脱することを決めた後のものではない。オーグリーブズの戦い、すなわちサッチャー政権時代の鉱山労働者と警察との衝突をめぐる真相解明、また、喫緊の問題である住宅問題、生活困窮者らに関する質問にはほとんど答えずなかった。また、イギリスのEU離脱について語れる答えを持っていなかった。このような答えで、なぜ政治コメンテーターたちが高い評価をするのだろうか。政治コメンテーターたちの評価の基準がおかしいのではないか。

メイは、まだ新政権のポジショニング、すなわち、自分の政権をどこに位置付けるかが明確ではなく、今の段階では、スローガンに終始している。メイは、首相に任命された直後の演説で、誰にもうまく働く政権を作りたいと語った。恵まれない人たちを真っ先に考えるとしたが、それを実現する具体策はまだ遠い。

イギリスの統合を重視するとし、首相に就任して最初に訪れたスコットランドでは、スコットランド住民のことを真っ先に考えるとしたが、この訪問は戦略的なものであり、スコットランド住民が、イギリス政府から大切に思われているから独立を考える必要がないと思わせる心理的戦略のように思われる。今のところ、スコットランドのスタージョン首席大臣との関係を作る以上にスコットランドに関して何をするかの具体的な戦略はないのではないか。

一方、7月20日には、ドイツのマーケル首相を訪ね、リスボン条約50条に基づく、EU離脱通知は年内ではなく、来年となると話した。ところが、その通知を出すまでは、具体的な話はしないと釘を刺される。さらにメイが7月21日に訪問したフランスのオランド大統領は、メイの立場に一定の理解を示しながらも、なるべく早くその通知を出して離脱交渉を始めるべきだとする立場を崩していない。これらの訪問では、トップ同士だけではなく、同行のスタッフらの顔合わせの意味もあるのだろうが、いずれにしても、イギリスの交渉のポジションを定めるのにかかる時間の合意も取れていないようだ。

確かに、新政権が発足したばかりで、すべてを要求するには無理があるだろう。中央銀行のイングランド銀行がイギリスのEU離脱の影響はそれほど出ていないとする報告書を出したが、まだ4週間では、今後どうなるか不透明である。EU離脱の影響がもう少しはっきりと見えてくるまでには、もう少し時間がかかるだろうし、恐らく財相の「秋の声明」で財政状況の説明があるまで、今後の財政を含めた方針が立てにくい状況にある。

メイは、首相への質問で、労働党が党首選でもめている間に、EU国民投票で分断した国を統一させると言ったが、それをどのようにして、また、どの程度できるのだろうか。それに、メイは、国民を分断させた国民投票は、保守党のキャメロンが実施したことを忘れているようだ。