機能していないように見えるスナク首相官邸

保守党内に、スナク首相を他の人に入れ替えようとする動きがあるとの憶測が報道されたが、それを受けて、スナク首相は、ウェストミンスターの政治には関心がない、大切なのは、英国の将来であると言った。この空虚に聞こえる発言は、追い詰められたスナク首相の本心を言っているわけではなく、スナク首相のアドバイザーの助言に基づくものだろう。

ボリス・ジョンソン首相のスパッズ(Spads 政治任用のアドバイザー)だった人物が、BBCのテレビ番組で、保守党大口献金者の人種差別発言が大きな問題になり、いったいスナク首相のアドバイザーたちは何をしているのだと発言したが、首相官邸のアドバイスもうまくいっているようには思われない。

スナク首相は、政治状況の改善を期待して、短期的な判断でくるくる政策を変えている。例えば、2023年10月、首都ロンドンとイングランド北部を結ぶ高速鉄道のHS2で、ロンドンからバーミンガムの建設は予定通り進めるが、バーミンガムから北部のマンチェスターなどに行く区間の建設を突如取りやめた例である。そしてこの廃止で浮いたお金360億ポンドを、代わりの鉄道、道路やバス網に使うとし、具体的な事例を挙げた。しかし、その中身は乏しく、この中には、既に完成しているものも含まれていた。それから5カ月たって、このお金は47億ドルまで縮小したようだ。しかも、その中のプロジェクトは、次期総選挙がすむまで始まらず、それから7年間かかる予定だ。

その一方、2023年7月の、ジョンソン元首相が下院議員を辞任した後の補欠選挙で、予想を覆し、保守党候補者が勝った。労働党の現職市長の政策(Ulez:Ultra Low Emission Zone:超低エミッションゾーン)がその補欠選挙区に拡大するのに反対したのが功を奏したのである。この例に希望を見出したスナク首相は、環境戦略の緩和を「長期的な」視野に基づくものとして打ち出し、また「自動車の運転手」の側に立つとして、道路の改善整備をすると訴えた。ところが、道路の穴の修繕が大幅に遅れている

目先の問題で、くるくると方針を変えることが続いていると、保守党内だけではなく、直近の世論調査に見られるように、有権者の支持が停滞、下降していく可能性がある。

停滞する英国政治

2024年3月6日、スナク保守党政権が予算を発表したが、改めて英国の政治が停滞していることを印象付けた。この予算発表は、前回2019年の総選挙の後、5年間の任期の切れる直前の今秋にも総選挙が予定されている中、スナク政権にとっては、有権者の支持をとりつける最後の機会だと見られていた。世論調査の政党支持率では、野党第一党の労働党に20ポイントの差をつけられている

この予算で、その差が埋められるほどの影響はなかったようだ。税は、1948年以来最大となるという。次期選挙目当てに減税が取りはやされていたが、日本の厚生年金の保険料に似た、「国民保険料」の減額で落ち着いた。政府はこれで勤労者の生活が楽になると主張したが、英国の権威のあるIFS(The Institute for Fiscal Studies)によると、課税限度額が据え置かれているなどのため、例えば1ポンド(約190円)の減税に対し、実際には1.3ポンド(約250円)取られる計算になるという。

14年間の保守党政権下、キャメロン政権で行われた国民投票でEU離脱となり、その結果、英国経済は少なからぬ影響を受けている。さらに新型コロナの流行で、経済に大きなダメージを受けたばかりか、ジョンソン首相のパーティゲートなどの問題行動、その後のトラス政権の大幅減税策が金融不安を招き、イングランド銀行の介入を招いた。スナク首相は、その後に登場した。前任者たちから引き継いだのは、小さな政府を念頭に置いた財政緊縮策の結果で、医療、地方自治をはじめ、ほとんどあらゆる分野で「危機」と言えるほどの深刻な問題である。この中、政府の取れる策には限界がある。

保守党は、劣勢を挽回しようと躍起だ。その一環として、例えば、難民申請者らで不法入国してきた人たちをアフリカのルワンダに送ろうとしている。しかし、英国の最高裁判所は、ルワンダは「送るのに安全な国とは言えない」として否定した。この問題を乗り越えようと、スナク首相は、議会主権の英国の法律で「ルワンダは安全な国」だと宣言し、ルワンダに送ることとした。ところが、保守党が過半数を持たない上院で反対されており、この政策の将来は不透明だ。また、2023年1月にスナク首相の約束した5つの目標のうち、これまでにはっきりと達成できたのは、インフレ率を半分にするというものだけである。ただし、このインフレ率は、政府よりも英国の中央銀行であるイングランド銀行の役割の方が大きい。

一方、労働党の次期政権が確実視される中、労働党は、政策などで誤った判断をしないよう、ことのほか慎重になっている。労働党が政権に就けば何をどうするかは必要最小限しか出さない。そのため、保守党も労働党も財政支出削減や増税について「沈黙」していると批判をあびている。このような状態が、総選挙まで続いていくと思われる。