停滞する英国政治

2024年3月6日、スナク保守党政権が予算を発表したが、改めて英国の政治が停滞していることを印象付けた。この予算発表は、前回2019年の総選挙の後、5年間の任期の切れる直前の今秋にも総選挙が予定されている中、スナク政権にとっては、有権者の支持をとりつける最後の機会だと見られていた。世論調査の政党支持率では、野党第一党の労働党に20ポイントの差をつけられている

この予算で、その差が埋められるほどの影響はなかったようだ。税は、1948年以来最大となるという。次期選挙目当てに減税が取りはやされていたが、日本の厚生年金の保険料に似た、「国民保険料」の減額で落ち着いた。政府はこれで勤労者の生活が楽になると主張したが、英国の権威のあるIFS(The Institute for Fiscal Studies)によると、課税限度額が据え置かれているなどのため、例えば1ポンド(約190円)の減税に対し、実際には1.3ポンド(約250円)取られる計算になるという。

14年間の保守党政権下、キャメロン政権で行われた国民投票でEU離脱となり、その結果、英国経済は少なからぬ影響を受けている。さらに新型コロナの流行で、経済に大きなダメージを受けたばかりか、ジョンソン首相のパーティゲートなどの問題行動、その後のトラス政権の大幅減税策が金融不安を招き、イングランド銀行の介入を招いた。スナク首相は、その後に登場した。前任者たちから引き継いだのは、小さな政府を念頭に置いた財政緊縮策の結果で、医療、地方自治をはじめ、ほとんどあらゆる分野で「危機」と言えるほどの深刻な問題である。この中、政府の取れる策には限界がある。

保守党は、劣勢を挽回しようと躍起だ。その一環として、例えば、難民申請者らで不法入国してきた人たちをアフリカのルワンダに送ろうとしている。しかし、英国の最高裁判所は、ルワンダは「送るのに安全な国とは言えない」として否定した。この問題を乗り越えようと、スナク首相は、議会主権の英国の法律で「ルワンダは安全な国」だと宣言し、ルワンダに送ることとした。ところが、保守党が過半数を持たない上院で反対されており、この政策の将来は不透明だ。また、2023年1月にスナク首相の約束した5つの目標のうち、これまでにはっきりと達成できたのは、インフレ率を半分にするというものだけである。ただし、このインフレ率は、政府よりも英国の中央銀行であるイングランド銀行の役割の方が大きい。

一方、労働党の次期政権が確実視される中、労働党は、政策などで誤った判断をしないよう、ことのほか慎重になっている。労働党が政権に就けば何をどうするかは必要最小限しか出さない。そのため、保守党も労働党も財政支出削減や増税について「沈黙」していると批判をあびている。このような状態が、総選挙まで続いていくと思われる。

追い詰められているスナク首相

スナク首相率いる保守党は、世論調査の支持率で労働党に20%程度の差をつけられている。劣勢挽回を狙ったハント財相の「秋の声明」で働く人とビジネスに対する減税を打ち出した。しかし、その減税は、公共サービスに必要な支出を軽視して生み出したもので、物価上昇率が4.6%に下がったとはいえ、依然大きく物価が上昇している中で生活苦の中にある人々にはそれほど大きな助けにはなっていない。

スナク首相の対応は、目先の問題に対応したもので、長期的な展望に立ったものではない。例えば、ロンドンからバーミンガムを経てマンチェスターなどのイングランド北部への高速鉄道HS2の建設で、バーミンガム以降の路線の建設をキャンセルした。しかし、バーミンガムからマンチェスターの鉄道路線は、キャパシティの余裕が乏しく、老朽化している。キャンセルされた区間の既に買収された土地は売りに出される予定だ。これでは、この路線の復活は極めて困難だ。

HS2の代替策として「自動車の運転手」を助けるとして、道路の傷み修理の遅れている道路網の改善を図る計画を打ち出した。また、ロンドンの空気浄化対策に反対し、また電気自動車への移行目標年を先延ばしし、さらに化石燃料開発の促進に踏み切った。次の総選挙が1年以内に行われる見込み(13カ月以内に実施しなければならない)で、来年2024年5月にある可能性もささやかれている中、スナク首相が英国の長期的なビジョンよりも目先の有権者にアピールする政策を重視していることは明らかである。むしろ、大方が次期総選挙では労働党が勝つと見ていることを考えると、スナク首相は、後のことを考えずに、次期総選挙後のことは労働党に心配させた方がよいと見ているように思われる。なお、次期総選挙での労働党勝利の賭け率は1-8である。ほぼまちがいなく労働党が勝つと出ている。

一方、コロナウィルスによるパンデミックの政府の対応をめぐる公的調査が行われている。この中で、医療の専門家や科学者が、それぞれの日記に、当時財相だったスナク首相を「死の博士(Dr. Death)」や「人を死なせてもOKだ(Just let people die, that’s OK)」などと記していたことがわかった。人々の行動の自由を大幅に制限するロックダウンで飲食業界が大きな影響を被ったことに対して、スナクが多額の補助金を出して「外食して助ける(eat out to help out)」政策を打ち出したことに関連している。この政策が発表される前にスナクは専門家に相談しなかった。専門家たちはこの政策を、政府がお金を使ってコロナを拡散させたとして厳しく批判している。数週間後には、スナク首相が、この公的調査に出席して質問を受けることになっている

また、スナク首相は、移民問題でも苦しい立場に立っている。2022年の移民数(移民として入国してきた人の数から移民として外国に移った人を差し引いた数)が74万5千人だったと統計局が発表し、移民数が大きく増えていることが明らかになったからだ。この移民の最も大きな原因は、学生、そしてケアワーカーや看護師である。その上、不法移民の問題もある。いずれも2023年は2022年よりも減少しているとされるが、有権者の6割が移民は高すぎると思っており、スナク首相に大きな圧力がかかっている。ただし、外国人学生の受け入れは学費収入や生活費で英国の経済にプラスになる上、大学の財政を助けている。また、ケアワーカーや看護師が不足しており、急には移民を止められない状況だ。経済成長がほとんどない中、来年にも景気後退の可能性があるとの予測もあり、移民の減少がマイナス成長をもたらす可能性がある。

いずれにしても、問題解決には、抜本的な対策が必要だ。しかし、保守党内に次期総選挙への不安が高まり、批判勢力を抱え、将来へのビジョンに欠けるスナク首相には、極めて厳しい前途であると言える。