中途半端なスナク首相(1)

スナク首相の底の浅さを示す出来事が続いている。ビジネスマンとして金融界で働き、十分な政治経験のないまま、かつて保守党党首だったウィリアム・ヘイグ(野党だったため首相にはなれなかった)の選挙区から2015年に保守党下院議員となる。その後、自治省の政務官(2018年1月9日から2019年7月24日)、副財務相(2019年7月24日から2020年2月13日)を経て、財相(2020年2月13日から2022年7月5日)ととんとん拍子に昇格した。そして、パーティゲートなどのスキャンダルに見舞われたボリス・ジョンソン首相辞任後2カ月近く費やした保守党党首選でリズ・トラス外相に敗れた。しかし、トラス政権が財源の裏付けのない大規模減税を打ち出したため金融危機を招き、トラスが辞任した後、短期間の保守党党首選で党首となり、2022年10月25日に首相となる。1年余り前のことだ。

首相となるには、通常、政府運営の広範囲にわたる経験と知識が必要である。もしそれらが不十分であれば、それがある人に補佐してもらう必要があるだろう。ところが、スナク首相の言動には、そのような補佐の存在が感じられない。もちろん首相のアドバイザーはいるが、そのような能力に欠けているように思われる。その端的な例は、スナク首相に会いにロンドンに来たギリシャ首相との会談を前日にキャンセルし、外交問題にしたことだ。

ロンドンの大英博物館にはギリシャのパルテノン神殿にあった彫刻がある。ロンドンに来たギリシャ首相が、2023年11月26日(日曜日)に出演したBBCの番組で、そのギリシャ返還問題を問われた際、それは、モナリザが半分ずつあるようなものだと答え、大英博物館にある彫刻のギリシャ返還を求めた。この彫刻は、かつてギリシャがオスマン帝国の一部であった時代の19世紀初め、英国大使だったエルギン伯爵が英国に持ち帰り、英国政府に売却し、大英博物館で保管されている。これは一般にエルギン・マーブルと呼ばれている。ギリシャ政府は、それらの彫刻の返還を1983年以来公式に続けているが、その願いはかなえられていない。

ところが、BBCの番組の翌日11月27日(月曜日)の午後、11月28日に予定されていた、スナク首相との会談がキャンセルされた。このようなトップ会談が突然キャンセルされることはまれだ。英国側は、ギリシャ側が、エルギン・マーブルの話を公に持ち出すことをしないという約束を破ったためとしたが、ギリシャ側は、そのような約束はなかったという。

スナク首相がギリシャ首相との会談をキャンセルした問題は、11月29日の下院の「首相への質問」で取り上げられた。スナク首相は、ギリシャ首相がスタンドプレーしようとした、会談ではそう重要な問題を話す予定ではなかったと主張した。しかし、労働党のスターマー党首は、ギリシャは、NATOのメンバーで、経済関係で大切な仲間であり、不法移民問題対策でも重要なパートナーの国の一つだとし、自分はギリシャ首相と会談したが、中東・ウクライナ問題、移民問題などを話し、意味ある会談だったとした。この問題でのスナク首相の下院での返答は、首相就任以来最悪の非常にお粗末なもので、保守党下院議員をも落胆させるものだった

なぜスナク首相はギリシャ首相との会談を突然キャンセルするという外交的な失敗をしたのか?ギリシャの首相が自分に会う前に野党労働党のスターマー党首に会ったことが原因だという見方がある。労働党に支持率で大きな差をつけられており、次期総選挙の行方に神経質になっている表れだというのである。しかし、11月13日の内閣改造で、スナク首相は、保守党のデービッド・キャメロン元首相を外相に任命した。キャメロン外相とは相談しなかったのだろうか?

キャメロンは、ブレア労働党政権時代の2005年に保守党の党首に選ばれた。2010年総選挙で下院の過半数は取れなかったものの、保守党が第一党となり、自由民主党と連立政権を組んだ。その政権を一期5年間維持し、2015年の総選挙では予想を上回って下院の過半数を占め、保守党単独政権を確立した。実は、2015年の総選挙では、保守党は過半数を取れないだろうと見られており、マニフェストでもEU離脱の国民投票を実施するとしていた。連立政権となると、自民党がそのような国民投票実施に賛成するはずがないという読みだった。ところが、予想外に単独政権となったために、2016年に国民投票を実施せざるを得なくなり、結果は、わずかな差で離脱が上回ったために、首相を辞任した。それ以降、破たんしたグリーンシルという金融関係会社に関わり、また、中国との関係を強め、その評判に影響が出てきていた。しかし、スナク首相が、上院議員(男爵)に任命し、外相の職に就けたのである。上院議員で大臣となると年俸は10万ポンド余り(約2千万円)で、それまでの収入と比べるとはるかに少ない。ただし、外相公邸並びにロンドン近郊のケントにある伯爵家の家だった豪邸チーブニングが使える。キャメロンにとっては、評判を挽回する機会を得ることになった。

実際、キャメロンの外相就任には誰もが驚いた。過去の人だとか、グリーンシルとの関係や中国と関係が近すぎるなどの批判が出たが、筆者は、この任命は、スナク首相が非常によい判断をしたと思った。キャメロンは、これまで多くの失敗をしたが、野党時代を経験し、自民党と5年間連立を組み、概してそつなく運営したのである。6年間の首相経験で海外のトップ政治家と付き合うなど十分な経験がある。また、身長がオバマ元米大統領と同じ185センチで、恰幅がよい。

ギリシャ問題を巡って、キャメロンにどの程度の相談があったのかは明らかになっていない。しかし、このようなミスを犯したことは、キャメロンにきちんと相談していないことは明らかだろう。おかげで、12月3日のBBCの日曜日の同じ番組で、このギリシャの問題が再び取り上げられた。スナク首相には、キャメロン外相をどのようにスナク政権のために使うかの戦略的判断に欠けるようだ。

支持率の上昇するリフォーム党

右派のリフォーム党(Reform UK)の支持率が上昇し、政党支持率で8〜10%を獲得している。労働党、保守党、自民党に次ぐ支持率だ。小選挙区制度(それぞれの選挙区で最多得票した1人だけが当選する)の英国下院議員選挙で下院の議席を獲得する可能性は極めて低いが、次期総選挙(下院)で、北アイルランドを除く、イングランド、スコットランドとウェールズの全選挙区で候補者を立てると明言しており、労働党に支持率で差をつけられている保守党が神経質になっている。

リフォーム党は、英国独立党(UKIP:UK Independence Party)、そして2018年にはブレクシット党(Brexit Party)を経て、2021年に現在の政党名となった。UKIPは英国のEUからの離脱を目指して1991年に設けられた政党である。保守党内の英国のEU離脱を目指す欧州懐疑派が、移民の増加などの理由で有権者のEU離脱支持が強まりUKIP支持が増加し、党内の造反が強まったことが、キャメロン前首相が2016年にEUを離脱するか否かの国民投票を実施したことの理由である。当時、キャメロンは、英国民がEU離脱に賛成するとは思っていなかった。国民投票でEU残留の結果が出れば、保守党内の造反が抑えられるとの読みであったが、それが裏目に出る結果となった。

なお、UKIPは、2014年の欧州議会議員選挙(地域ごとの比例代表制)で、英国に割り当てられた73議席のうち24議席を獲得、2019年の欧州議会議員選挙では、ブレクシット党として29議席を獲得した。なお、英国のEU離脱で、英国からの欧州議会議員は英国がEUを離れた2020年にいなくなった。

リフォーム党は、英国の移民問題に焦点をあてている。現在の有権者の関心事項は、高いインフレにもたらされた生活費の高騰と経済、そして医療問題、3番目が移民の問題である。それでも、移民の問題が連続して大きく報道されるとその影響力は増す。

保守党の副幹事長を務める下院議員が、リフォーム党に移れば、5年間の議員としての給与を保証すると言われて勧誘されたと示唆したことが報道された。リフォーム党の党首はBBCのテレビ番組で、多くの他の政党の議員と話をしてきたが、お金で勧誘したことはない、また、その下院議員は、このリフォーム党への勧誘の話で保守党の副幹事長のポストを獲得したと発言した。当の下院議員は、それはばかげた話だとした。しかし、2018年まで労働党の地方議員だった人物が、保守党に替わり、前回の2019年総選挙で保守党から初当選し、2023年2月に保守党副幹事長になったのである。不自然だという感は免れないだろう。いずれにしても、スナク首相がリフォーム党の動向に神経質になっていることは明らかだ。

いずれにしても、リフォーム党の影響は大きい。前回の総選挙で保守党に投票した人のうち12%がリフォーム党に投票するとし、労働党に投票するとした人は10%だという。

UKIP並びにブレクシット党の党首だったナイジェル・ファラージュは、リフォーム党の名誉会長である。現在、人気テレビ番組のI’m a Celebrity…Get Me Out of Hereに出演している。ファラージュの政治へのカムバックもささやかれている中、リフォーム党の現党首は、ファラージュが党首として再登板する可能性にも言及している。リフォーム党の行方が注目される。