ジョンソン首相の終わりの始まり

ジョンソン首相の保守党が再び補欠選挙で敗れた。様々なあきれたニュースが続いた後、昨年末にコロナパンデミックのため国民にはパーティなどの集まりを禁止しておきながら、首相官邸などでパーティを催していたという暴露ニュースが出て、「自分たちのルールと他の人たちにあてはまるルールが異なる」と強く批判された挙句であった。世論調査の政党支持率とジョンソン首相への評価が大きく低下し、最大野党の労働党の支持率の方が上回っている。ジョンソン首相はオミクロン株が急速に広がる中、対策を懸命に講じようとしているが、厳しい局面となっている。コメンテーターの中には、ジョンソン首相には「驚くべき回復力がある」などとして今後の行方を慎重にみるべきだという見方もあるが、既に来夏に党首選挙を考える人もいるなどとされる。ジョンソン政権の終わりが始まったとも言える。

さて、英国の選挙区の境界は、一定の期間を経て継続的に見直されているために全く同じ選挙区ではないが、この選挙区は19世紀前半から200年近く、ほとんど継続して保守党支持の地域である。ただし、この補欠選挙は、現職がロビーイングのルールの違反で、議員の行動基準コミッショナーから30日間の登院停止を勧告されたのに、ジョンソン首相が「厳重投票指示(Three Line Whip)」を出し、下院がその勧告を受け入れなかった。さらに、議員の行動基準制度そのものを変更する動きに出た。それらに世論が反発したため、ジョンソン首相は1晩で方針を変え、その結果、当の現職議員が辞職したために行われた補欠選挙である。

2021年12月16日に行われた下院議員補欠選挙得票結果(North Shropshire

自由民主党 17,957 当選
保守党 12,032 次点
労働党 3,686

(自民党のマジョリティ((第2位との差))は5,925。投票率46.28%)

この選挙区では、2年前、2019年の総選挙で、現職の保守党下院議員が次点の候補者に圧倒的な差をつけて勝利している。

2019年総選挙得票結果(North Shropshire

保守党 35,444 当選
労働党 12,495 次点
自由民主党 5,643

(保守党のマジョリティは22,949。投票率は67.9%)

なお、今回の補欠選挙では、2019年総選挙で第3位の自民党が勝った。2016年のEU離脱国民投票では、この選挙区では60%が離脱に賛成した。離脱選挙区と言える。自由民主党はEU残留政党だったが、その過去は今回の補欠選挙にはあまり影響していないようだ。

なお、自由民主党は、その政策的立場が保守党(右)と労働党(左)の中間にあると考えられており、保守党支持者には比較的投票しやすい政党である。また、労働党支持者には、自由民主党が保守党に勝てる見込みがあれば、自由民主党に投票する傾向もある。そのため、今回は、保守党支持の有権者が投票しない、もしくは自由民主党に投票するという選択肢を選んだことを背景に、自由民主党の勝利となった。

なお、自由民主党は、他の選挙区の6月の補欠選挙でも勝利を収めている。現職保守党議員が死亡したために行われた補欠選挙である。この選挙区(Chesham and Amersham)では、2016年のEU離脱国民投票で55%が残留支持だった。この6月の補欠選挙の結果、今回(North Shropshire)は、自由民主党は党首が何度も応援に駆け付けたのに、労働党党首は一度も足を運ばなかった。英国の賭け屋は、自由民主党勝利と予測していたが、まったくその通りとなった。それでも、選挙区の性格や票のスイング(政党間の票の動き)のため、6月の補欠選挙よりもはるかに大きなショックだった。

この結果は、保守党にとって激震といえる。

保守党下院議員のジョンソン首相に対する不満は大きく高まっており、この補欠選挙前には、保守党下院議員の中に、今回の補欠選挙でジョンソン首相はお灸をすえられる必要があると言う議員もいた。しかし、今回の結果は、その範疇を大きく超え、ジョンソン首相のみではなく、保守党にも大きなダメージとなった。

道遠い自民党

自民党のファロン党首は、労働党の党首に再選されたコービンが野党第一党の党首として失敗した、労働党がその役割を果たさなければ、保守党のBrext政策に対し自民党が反対する用意があると主張した。

2010年総選挙で57議席を獲得した自民党(Liberal Democrats)は、選挙で過半数を獲得できなかったキャメロン率いる保守党との連立政権に参加し、当時の党首のクレッグは副首相に就任した。連立政権では、課税最低限度額の大幅アップや児童への無料昼食などを推進し、また、保守党の行き過ぎを止める役割を果たした。しかし、自民党が総選挙で約束した大学授業料アップ反対に背き、大学の授業料3倍増に同意。その次の2015年総選挙では、自民党の議席が半減するとの予測を大きく下回り、わずか8議席獲得したのみ。クレッグが党首を辞任し、ティム・ファロンがその後任となった。

それから1年。世論調査での支持率は6%ほどと停滞し、ファロンの知名度はほとんど上がっていない。世論調査によると、現在の支持者の85%は連立政権に参加したことに意義があったと感じている。また、2010年に自民党に投票したが、2015年には他の政党に投票した有権者の4分の3は、次の総選挙で自民党に投票することを検討するという。しかし、その7割は、自民党の目的をわかっていない。また、有権者の3分の2が、ファロンがどうしているか知らない。

6月23日の国民投票で、イギリスがEU離脱を決めた後、自民党に2万人近い人が入党し、今や7万8千人ほどになり、1990年代半ば以来最大レベルである。一時、2014年4月には、党員数が4万4千まで落ち込んだと言われるが、2015年総選挙直後、そしてEU国民投票後の増加で、現在のレベルまで回復した。また、コービンが党首に再選された後、1日で300人が参加し、党大会以来の1週間で1千人が加入したという。

自民党の党大会の締めくくりの演説で、ファロンは、Brexitについて、事実上の2度目の国民投票となる、EU離脱交渉の成果についての是非を問う国民投票を提起した。ただし、これには自民党が全体として賛成しているわけではない。例えば、ケーブル前ビジネス相は、そのような試みは有権者の意思をバカにしているという。また、ラム下院議員も反対している。ファロンは、自民党が親欧州政党であり、国民投票後の入党者の増加を勘案し、特に残留を求めた有権者の支持を求めようとしているが、既に国民の多くはBrexitを受け入れ、しかも恐れられていた経済ショックがまだ具体的に表れていない中では弱いかもしれない。しかし、ファロンは、他の政党と異なることを訴えて、注目を集める必要がある。

ファロンは、さらに、労働党のブレア元首相を称えた。ブレア政権はイラク戦争参戦の汚点がついているが、イラク問題などを除けば多くの称賛すべきものがあるとする。例えば、NHSへの投資、最低賃金制度の導入、労働者の権利の向上などである。ファロンは、ブレアを引き合いに、強硬左派のコービン率いる労働党の中道左派、さらには、右のメイ政権の中道右派を引き寄せようとしているようだ。既に傷ついたブレアの名前を出すことでその当初の目的を成し遂げられたか疑問に思えたが、それ以降、千人の入党者があったことから見るとある程度の効果はあったようだ。

それでもファロンの問題は、メイが右の立場から、少数特権階級ではなく「誰にもうまく働く国」というレトリックで中道まで惹きつけしようとしている一方、コービンが鉄道などの「国有化」、「社会正義」などで、強硬左派の立場をはっきりさせている中、自民党の立場が中道というだけで、はっきりしていないことにあるように思われる。

かつて自民党は、保守党ではなく、労働党でもないということで支持を受けていた時代があった。2010年の連立政権交渉で、連立政権に参画する代償として、下院の投票制度の改革(AV)の国民投票実施を保守党に約束させたが、その背景には、保守党や労働党の支持者が、それぞれの選挙区で支持政党が当選する可能性が乏しい場合、より当選可能性の高い自民党候補者に投票する傾向があったことがある。しかし、現在では、特に労働党の支持者が自民党候補者に当選する可能性がかなり少なくなった。自民党が保守党と手を組むことを警戒しているためである。

時代は変わった。2010年には、自民党と保守党との連立の可能性はほとんどないと思われたが、労働党のブラウンを嫌うクレッグが党首で、しかも2010年総選挙キャンペーンではクレッグブームが巻き起こり、クレッグの権威が高かったために実現した。イギリスに経済危機が襲うのではないかとする見通しが高まり、政治の安定が強く求められていた時でもあった。ケネディ元党首が、保守党との連立政権に反対したが、そのような声は少数派だった。自民党の党員は、キャメロン政権でクレッグらが成し遂げたことに今でも誇りを持っている。

ファロンはコービンの労働党を批判し、反メイ保守党政権の有権者の支持を集めようとしている。しかし、その回復への道はまだかなり遠い。

自民党の生活費危機対策

イギリスの経済はG7で最も成長しているが、賃金上昇は停滞している。むしろ物価の上昇を考えれば、マイナスとなっている。 

この中、自民党は来年5月に予定されている総選挙のマニフェストで、それを考慮に入れた政策を打ち出す構えだ。

自民党は2010年の総選挙で、所得に税のかかり始まる、課税最低限度額を1万ポンド(170万円)に上げると約束した。これは既に達成したが、次の総選挙のマニフェストでは、これを12,500ポンド(213万円)にするという。そしてそれを達成した後、国民保険(National Insurance)の労働者負担を下げたいという。

この国民保険は、実は所得税とそう大きく異なるものではない。積立のように将来のために使われるというものではなく、現在、このお金の大半は老齢年金の支払いに回っている。国民保険は、雇用者と被雇用者の両方が支払っているが、現在、所得が8千ポンド(136万円)以上の人が支払っており、ほとんどの人は所得の12%支払っている。

自民党が国民保険に注目している理由の一つは、所得税の課税最低限度額を上げても、既に所得税を支払っていない低所得者の人たちに恩恵がないことである。 

確かにこれはわかりやすい政策だろう。しかし、これは消極的な政策と言えるのではないか?これをマニフェストの目玉とし、「減税政党」のイメージを与えたいのはわかるが、同時に、もっと積極的に賃金が上がる政策を打ち出すことが必要に思える。

労働党のネガティブ・キャンペーン

労働党が2週間後に控えた欧州議会議員選挙のために公共放送BBCの政党選挙放送枠で公開した自民党のクレッグ副首相と保守党のキャメロン首相らを攻撃するパロディビデオはショッキングだった。ネガティブ・キャンペーンである。これからの1年間、このようなダーティー戦術が頻繁に使われるようになるだろう。どこまで行くのだろうか。

このビデオは白黒だが、きちんとした俳優が使われており、かなりの費用をかけていることは明らかである。アメリカでは対立する候補者や政党のイメージを悪くする攻撃宣伝が使われているが、ミリバンド労働党党首が新しく雇った、オバマ選対にいたデービッド・アクセルロッドの影響は否定できないだろう。

自民党はこのビデオに対抗してミリバンド労働党党首を攻撃するビデオをすぐに公開したが、そのクオリティは労働党のものとは比較にならない。保守党には対抗するようなものを作る資金力があるが、自民党にはそれが乏しいと思われる。

労働党のビデオでは、キャメロン首相を一般の人々のことを考えない高慢な上流階級の人物として描いているが、焦点が当たっているのはクレッグである。信念のない、自分のことしか考えず、すぐに服従させられる人物としている。1957年に出た「The Incredible Shrinking Man」という映画をもとに作られており、「The Un-Credible Shrinking Man」と題されている。3分余りのビデオであるが、閣議に出席したクレッグ副首相が、自分の約束や原則を守らず、キャメロン首相に従うたびにその体が縮んで行く。

クレッグは、2010年の総選挙で大学の学費の無料化を約束したが、キャメロン政権の副首相に就き、学費を3倍にすることを認めた。この事実は、自民党の連立政権参加の条件だった下院の選挙制度修正の賛否を問う2011年国民投票(AV制度の導入)で、反対派に使われた。修正案は大差で否決された。クレッグは個人的に大きな痛手を負い、それ以降立ち直れていない。

明らかに労働党はこのクレッグへの悪い記憶とキャメロン政権での好ましくない政策実施に果たした自民党の役割を有権者に思い出させようとしているようだ。容赦がない。522日の欧州議会議員選挙と同時に地方議会選挙も行われるが、欧州議会議員選では、自民党は前回2009年の11議席から23議席へと惨敗すると見られている。また、地方議会議員選でも多くの議席を失うだろう。自民党は総選挙で重要な役割を果たす地方議員を連立政権参加以来大きく失っているが、それがさらに輪をかけて悪化する状況だ。

1年後の来年57日予定の次期総選挙で労働党の標的にしている自民党の議席は14あると言われる。これらの議席を獲得するためにさらにクレッグへの個人攻撃は続くだろう。また、かなり議席を減らす見込みの自民党は党首交代を迫られる可能性が強い。もし、どの政党も過半数を得ることのないハングパーリアメント(宙づり議会)となり、労働党が自民党と連立政権を組まざるを得ないこととなっても新しい党首と協力してやっていけるというシナリオを描いているように思われる。

アッシュダウン卿の自民党への影響(Lord Ashdown’s Influence)

各政党ともに2015年総選挙の責任者を決め本格的な選挙準備に入っている。ニック・クレッグ副首相率いる自民党では責任者は上院議員のアッシュダウン卿である。アッシュダウン(1941年2月24日生まれ)はかつて自民党の党首であり、今でも自民党に大きな影響力を持っている。テレグラフ紙の編集した自民党の影響力の大きい人物ランキングでクレッグ党首・副首相、アレキサンダー財務副大臣、ロウズ教育、内閣府担当大臣に続いて第4位とされている。2013年9月の党大会でクレッグがアッシュダウンを2015年総選挙キャンペーン議長と紹介した時、アッシュダウンへの拍手はひときわ大きなものがあった。

次期総選挙は、2010年5月に保守党と連立を組み、低い支持率にあえぐ自民党にとって党の命運をかける戦いとなる。アッシュダウン卿は、これまでクレッグ党首のメンター的役割を果たしてきた。

2013年は自民党にスキャンダルが襲いかかった。自民党のチーフエグゼクティブだった上院議員レナード卿に性的ハラスメントの疑いがかかり、さらに前エネルギー大臣のクリス・ヒューンが司法妨害罪で刑務所に送られた。ヒューンは、クレッグと党首選を競い惜しくも破れた人である。レナード卿は起訴もされておらず司法的な処置はとられていないが、大きく報道され、いずれも自民党のイメージをさらに傷つけるものとなった。

アッシュダウンは、このような問題はどの党にも起きるとして、起きたことよりもそれらにいかに対応するが重要だと言う。アッシュダウンは、明らかに自分の経験に基づいた話をしているようだ。党首時代に、女性秘書とのかつての関係が明らかになる可能性があった時、先手を取って自ら記者会見を開いて公表し、「パンツダウン」などと揶揄されながらも、その影響を最小限に食い止めたことがある。

アッシュダウンはもともと英国海兵隊のエリート特殊部隊SBSの指揮官だった。その後外務省に入り、一等書記官などを務めたが、実は英国の対外諜報局MI6のメンバーだった。

1983年から2001年まで自民党下院議員を務め、1988年から1999年まで党首。1997年総選挙では18議席から46議席へと伸ばし、自民党の中興の祖ともいえる。2002年から2006年まで国連のボスニア・ヘルツェゴビナ上級代表を務め多くの業績をあげた。その後、国連のアフガニスタン特別代表のポストを一度引き受けたものの、アフガニスタン政府側がアッシュダウンのボスニア・ヘルツェゴビナ時代に示した剛腕ぶりを嫌ったためにポスト就任を辞退したという経緯がある。

なお、アッシュダウンは、1997年総選挙前に労働党のトニー・ブレアと自民党・労働党の連立政権の話し合いを進めていた。労働党が地滑り的大勝利を収めたためにその連立政権の話は無くなったが、この経験が2010年にクレッグが保守党との連立に踏み切った一つの要因になっているように思える。

アッシュダウンがどの程度、自民党の党勢を回復できるか注目されるが、少なくとも自民党活動家にとっては頼りになる人物と言えるだろう。これまでの世論調査の結果では、全国的には支持率が大きく下がっているものの、現職の自民党下院議員の議席ではかなり善戦する傾向が出ており、党活動が命運を分けるカギとなる。その点でアッシュダウンの任命は当を得ていると言える。

3党首の新年の挨拶(Party Leaders New Year Greetings)

2014年を迎えて英国主要3党首の年頭の挨拶が発表された。3者3様だが、いずれも予想の枠内といえる。

保守党の党首キャメロン首相の挨拶は最も「首相的」である。2010年5月から政権を担当してきて、これまでの3年半の実績を強調した。貫禄がでてきた。英国の経済成長が軌道に乗ってきたが、今でもそれは脆弱であり、厳しい政治的決断が迫られるという。さらに国民にとって良い年となるよう祈ったものである。

保守党と連立政権を組む第3党の自民党の党首クレッグ副首相は、3人の中で最も特徴的なものである。自民党は英国をEU内に留めることのできる唯一の信頼できる政党という主張を打ち出した。そして5年に1度行われる、5月の欧州議会議員選挙では自民党へ投票するように訴えた。これが低支持率にあえぐ自民党にとって最も有効だと判断したのだろう。

労働党のミリバンド党首は、昨年9月の党大会以来訴えている生活水準の問題を強調したものである。世論調査でも経済運営の点で保守党に差をつけられている中、この点が最も有権者にアピールするとの判断であると思われるが、ありきたりという感想を禁じ得ない。

総選挙は2015年5月7日実施予定で、1年4か月後である。今年は欧州議会議員選挙の他、9月18日にはスコットランド独立の住民投票もあり、高度に政治的な年と言える。

苦しい立場の自民党クレッグ党首(Clegg at a Crossroad)

自民党の党大会が終わった。ビジネス相のビンス・ケーブルと経済政策を巡る見解の相違があると伝えられたが、党首のニック・クレッグ副首相は、この党大会を無難に終えたと言える。2010年総選挙で保守党との連立政権に参画した結果、党員の3分の1を失い、しかも地方議員の数は半分程度になったが、それでもクレッグへの「反乱」はうかがわれない。自民党の党内の協調力は衰えていないようだ。クレッグがスピーチでも触れたが、党内に影響力のある元党首のパディ・アッシュダウン上院議員との関係が強いことが大きい。

自民党は、前党首のメンジー・キャンベルを世論調査の支持率が低すぎるとして退陣に追いやった。そのキャンベル時代の自民党の支持率は10%台の半ばであった。クレッグが副首相となって以来、自民党の支持率は、それより低く、一桁となることも多い。しかもクレッグ本人への支持率は、極めて低い。そういう中、クレッグは、この党大会を通じて有権者に自分をもっと知ってもらい、そして連立政権の中での自民党の役割を明確にし、政府の中でその役割をきちんとこなせる、責任ある政党だと訴えようとした。しかし、その目的を達成したとは言えないだろう。

この党大会は、自民党の一つの政策と、クレッグの示した方向で特徴づけられたように思われる。7歳以下の小学校児童への無料の昼食を与える政策と、18か月後に予定されている次の総選挙後も連立政権に参加する構えを示したことだ。

児童への無料の昼食

無料の昼食の政策を聞いた時、一般の国民にアピールする政策だと思われた。タイムズ/YouGovの世論調査では、53%が賛成、36%が反対している。親の負担を、該当する年齢の子供一人当たり年間437ポンド(6万8千円)軽減するうえ、子供の健康・栄養が向上し、さらにこれまでの例では子供の成績にもよい結果が出ているからである。既に福祉手当を受けている家庭や、年収が16,190ポンド(250万円)を下回る家庭の子供たちには既に無料の昼食を与えられており、それは子供の約4分の1いる。しかし、弁当を持ってくる子供たちの1%の弁当しか基準の栄養価を満たしていないという話もあり、富裕な家の子供が必ずしも栄養満点の昼食をとっているとは言えない。

ところがこの政策は、各方面から大きな批判を受けた。財政削減の一環として子供手当も親の収入に応じ削減もしくは完全になくなっており、この無料昼食を親の貧富にかかわらず全員が受けることになるというのはおかしいというのである。誰もが受ける「ユニバーサル」なものはできるだけ少なくし、社会の弱者に焦点を絞った福祉給付をしようとする方向に反するというのである。

さらに、この無料昼食は貧しい家庭を助けるよう装っているが、実際は中流階級を助けているのではないかという批判がある。この批判にはある程度信じられる要素がある。というのは、自民党の強い支持層は、保守党にも労働党にも投票したくないという、リベラルな中流階級である。つまり、子供手当の減額を受けた、もしくは失ったこの層への一種の懐柔策という要素があったように思われる。

さらに、この無料昼食の政策は、労働党が区政を握っているロンドンのサザーク区やイズリントン区などで既に行われており、自民党はそれを「ユニバーサル」でお金の無駄遣いだと批判した経緯がある。今回の自民党の政策では、その費用は6億ポンド(1千億円弱)であり、そのお金はもっと有効に使われるべきだというのである。

批判はそれだけにとどまらない、昼食を該当年齢全員に提供することになれば、それを食べる食堂の大きさやそれを調理・給仕する人の増員が問題となる。つまり、予定以上の予算がかかる可能性がある。

この政策は、クレッグ党首らと保守党のキャメロン首相とオズボーン財相との交渉で直前に決まったと言われる。2010年の連立合意でも、結婚している夫婦に税控除を与える保守党の政策を認めると述べているが、それをキャメロン首相が実施する代償として、同じ程度の費用のかかるこの政策が決まった。そのため、自民党はこの政策を十分検討しないまま打ち出したようだ。

自民党は、これまでにも貧しい家庭の子供のための政策を連立政権で打ち出しており、その流れで、子供のことを考える自民党というイメージに合致する政策であったのは事実だが、そのようなことを理解している有権者がどの程度いるかは別の問題である。

この政策で最も大きな受益者と目される、いわゆる家計の圧迫されている中流階級の中でも、特にリベラルな中流階級にこの「ユニバーサル」か「弱者に焦点を絞る」方策を取るかという点で自民党の方針がぐらつき、焦点がぼけているような印象を与えたように思える。

次期総選挙後の連立

クレッグは、次期総選挙後も連立政権に参画する方針を打ち出した。

自民党は、世論の支持率で保守党に大きく水をあけられているが、アッシュクロフト卿の行った世論調査で、前回の総選挙で保守党と自民党の競った選挙区では両党の支持率の差がかなり小さいことが明らかになった。つまり、もう少しの努力で自民党が保守党を破ることが可能だというのである。

この結果が、自民党が無料の昼食政策を生み出す一つの背景にあったことは十分に考えられる。

しかし、これだけで自民党が次期総選挙で現在の議席を維持できる可能性が高まったわけではない。むしろ、一般にはかなり議席を減らす可能性があると見られている。特に、自民党が労働党と競っている選挙区では自民党はかなり弱いと思われる。

次期総選挙で自民党がかなりの議席を獲得しなければ、次期総選挙後に再び、どの政党も過半数を制することのない、いわゆる「ハング・パーリアメント」となる可能性は少なくなる。その点では、連立を言うのは、自民党にとっては、かなり希望的観測といえるだろう。

クレッグには、自分が保守党と連立政権を作ったことを正当化するとともに、次期総選挙後同じことが起きれば、党内の反対を防ぐ意味があったように思われる。

しかし、1年半後の選挙後のことを現在持ち出すのはいささか先走り過ぎている観がある。クレッグは、そのスピーチで国民の気持ちをわかっていると訴えたが、連立政権ではなく単独政権を求める有権者が多い中、自民党が有権者にそのような印象を与えたことは確かであろう。

クレッグが自民党そして自らの置かれた苦しい状況を脱するために努力を払ったことは理解できるが、それが自民党やクレッグの一般有権者に対する立場を大きく変えたようには思えない。クレッグのスピーチは力強く好感のもてるものであったが、結局、自民党の再生は党首交代が最も効果的で手早い方法のように思える。クレッグの苦しみはまだまだ続く。

政治家の信念と政治的なセンス(Clegg: Lack of Political Sense)

政治家が信念を持つことは大切だが、同時に政治的なセンスがなければ、その政治家が生き延びて行くことは難しい。

ここでは、自民党の党首ニック・クレッグ副首相の例をとりあげる。クレッグを主要3政党、保守党、労働党そして自民党の3党首の中で最も信念のある政治家だと見る人が多いが、政治的なセンスに乏しいように思われる。

2010年5月の総選挙で、どの政党も過半数を占めることのない「ハング・パーリアメント(Hung Parliament)」すなわち「宙ぶらりんの議会」の状況となったため、最も議席数の多かった保守党と第三党の自民党が連立した。

そしてクレッグ自民党党首は、保守党のキャメロン首相の下で副首相に就任した。

自民党は2010年の総選挙では23%の得票をしたが、それ以降、世論調査で自民党の支持率は非常に低く、せいぜい総選挙の得票率の半分程度で、一桁のこともしばしばある。

その自民党の秋の党大会は9月14日からだが、9月13日に発表されたEvening Standard/Ipsos Moriの世論調査によると、自民党支持者の中で、クレッグが自民党を正しい方向に導いているという人はわずか51%しかおらず、誤った方向に導いているという人が45%もいる(なお、同じ質問でキャメロンは78%と14%の割合、ミリバンド労働党首は59%、32%である)。

つまり、総選挙以降自民党は多くの支持者を失ったが、今でも残っている自民党支持者の中にもクレッグ党首に疑問を持っている人がかなりいることを示している。

クレッグの「自分が正しいと思ったことをする」ということ自体悪いことではないと思われるが、その政治的なセンスを疑われる例が以下のような重要な問題に表れている。

①シリア問題への対応。キャメロン首相が下院に提出した、化学兵器を使ったアサド政権に軍事攻撃を含む制裁を加えるという動議に賛成した。

②大学授業料の値上げ。財政削減の折柄、授業料の大幅値上げはやむを得ないと賛成した。

③保守党との連立政権に参画。政権を安定させないと株価、英国の格付けが下がり、大きな困難を招く、と踏み切った。

いずれも正しいことをする、という動機から生まれたことのように思われるが、これらの①から③の何が問題なのだろうか。

①シリア問題での下院での採決では、自民党の中でも議論が分かれ、30人が賛成したが、9人が反対した(自民党下院議員55人中)。

10年前の英国のイラン参戦に自民党は反対した。その後の2005年の総選挙で、当時のチャールズ・ケネディ党首率いる自民党は躍進し、62議席を獲得した。その際の最大の要素は「イラク参戦反対」だった。

2010年の総選挙では、主要3政党の党首テレビ討論が初めて行われ、その結果、クレッグ・ブームが起きた。それでも2005年より獲得議席数を減らした。それを考えると、自民党のシリア武力攻撃賛成は、2005年以来自民党を支持してきた人たちをさらに離反させる可能性がある。

②自民党は、大学授業料の値上げ絶対反対を訴えて2010年の総選挙を戦かった。しかし、連立政権が授業料を9千ポンド(135万円)までと3倍に上げたことから大きな公約違反となった。

③自民党はその中に多様な意見があるが、労働党と多くの政策が似ており、そのため、選挙区によっては、自民党・労働党の支持者が、いずれかの他の党の候補者が保守党の候補者を破って当選するよう他党の候補者に投票する、いわゆる「タクティカル・ボーティング(Tactical Voting)」、すなわち「戦術的投票」がかなり広範囲に行われてきた。

自民党が保守党と連立政権を組んだために、これまで自民党に投票してきた人たちのかなり多くが自民党を離れたが、さらに労働党支持者が「タクティカル・ボーディング」で自民党候補者に投票する可能性が減った。

クレッグ党首の前任の党首だったケネディは、保守党との連立に反対したが、反対は少数派にとどまった。かつて1997年にブレア労働党との連立政権を画策したパディ・アッシュダウン元自民党党首・現上院議員らが、保守党との連立に賛成し、自民党の「トリプル・ロック(Triple Lock)」つまり「3重のカギ」となっている党内合意の仕組みを通過させ、連立に踏み切ったのである。

ケネディ元党首は、アルコール中毒で党首を退いたが、以上のことを考えると、政治感覚のある人物だったと言えるだろう。つまり、党勢拡大という点では、ケネディ元党首の判断はかなり優れていたと思われる。

ところが、上記の①から③のような重要な判断で、クレッグは党勢拡大とは反対の方向に動いている。「正しい方向」かもしれない。しかし、問題は、必ずしも自民党にとって「正しい方向」とは思われない点である。

クレッグは、連立政権の中で、一般の国民に対して大きな貢献をしている。例えば、課税最低限度額の大幅アップであり、所得税を払い始める収入額が上がったため、多くの勤労者が恩恵を受けた。しかしこういう貢献はあまり目立っていない。

自民党が次期総選挙でどの程度の議席を維持できるか予測は難しいが、議席を大きく減らすことは間違いなく、「正しいことをする」けれども、政治感覚の乏しいクレッグを党首に選んだことの叡智が問われることとなるように思われる

2015年総選挙への準備 (2015 General Election Is Not Far Away)

2015年総選挙の準備が活発化してきた。次の総選挙は、2015年5月の予定であり、まだ2年近く先のことである。しかし、オズボーン財相が2015~6年の歳出のフレームワーク(Spending Review)をこの6月26日に発表することにしたことから、連立政権を組む自民党も総選挙をにらんだ対応が迫られたことと、労働党は、何も決められないという批判を避けるため、財相の発表前に独自の方針を発表しておく必要があったためである。財相の発表では、既に守られている予算の他は、ほとんどの省庁がこれまでの削減に加え、8~10%の歳出削減を強いられる。

6月22日の、自民党の党首であるクレッグ副首相と労働党のミリバンド党首によるそれぞれのスピーチで2015年に向かっての両者の戦略の基本が明らかになった。興味深いことに、いずれの党も有権者からの「信頼」がキーとなっている。

クレッグ首相は、党所属の地方議員らに対して、2010年の総選挙で大学授業料の値上げに反対すると約束したのに、連立政権に入ってそれを破ったことから、「できることを訴える」と発言した。そして、次回総選挙後、2010年のようにどの政党も過半数を占めることのない「ハング・パーリアメント」となった場合には、党として譲歩できない点をもとに交渉するという。

その譲歩できない点とは、地方議会選挙への比例代表制導入、課税最低限度額の1万2千ポンド(180万円)以上への引き上げ、脱炭化策などだと言われる。

自民党の目標は、保守党と連立政権を組んだことや大学授業料の問題で自民党から離れた多くの有権者を再び引き寄せ、さらに新しい支持者を獲得することである。また、前チーフ・エグゼクティブのレナード卿のセクハラの問題で、クレッグ党首を含め、自民党の幹部が大きな批判を浴びた。つまり、いかに「信頼」を取り戻すかが党への支持を回復するカギである。

自民党は、その下院議員と地方議員、党員が、信頼を取り戻すために尋常ではない努力をしている。それでも次の総選挙は、非常に厳しい状況だ。クレッグは、これまでの抗議政党の立場を越えて、政府の党としての役割を担っていく覚悟があるべきだと発言したが、これは、クレッグの現在の立場を考えると当然の発言だろう。

自民党に今もなお大きな影響力を持つアッシュダウン元党首らの支持を受けている中、次の総選挙までその立場に留まるのは間違いない状況だが、総選挙の結果次第で、自らの進退を考えるように思われる。

一方、ミリバンド党首が、その政策フォーラムで訴えたことは、2015年~16年の予算では、オズボーン財相の予算の枠組みを踏襲し、追加の借金をして歳出を増やすことはしないということである。1997年にブレア労働党政権が誕生した時には、経済が上向いており、歳出を増やせる状況であったが、2015年は状況が異なるとし、もし、労働党が政権を担当しても、政府支出を削減する必要のある状況は変わらないとした。

ミリバンドには保守党の批判を予め封じる目的があった。「政策がない」とか「借金して使うだけだ」という批判をかわし、一般の有権者のミリバンドの「経済・財政に弱い」という評価を覆していく必要がある。つまり、ミリバンドは、自ら率いる労働党政権の経済財政政策への「信頼」を獲得しようとしている。

その一環として労働党は既に裕福な年金生活者への冬季燃料手当を廃止することや、子供手当も年収による額の削減を打ち出したキャメロン連立政権を踏襲することを表明している。

ミリバンドは、労働党の中では、労働党政権の政策的な夢を語りながらも、財政的には過大な期待が高まるのを防ぎ、同時に有権者にミリバンドらの「信頼性」を増そうとする対応をしようとしている。

すでに、国家公務員の一般スタッフの組合PCSは、ミリバンドは頼りにならない、とこき下ろしている。また、保守党はミリバンドの発言に、「ミリバンドは弱すぎて約束を守れない。信頼できない」と批判している。しかし、ミリバンドは、これから同じメッセージを繰り返し、訴えていくことで有権者の理解を得ようとする作戦である。

なお、賭け屋大手のウィリアム・ヒルの賭け率は、次期総選挙で労働党が最大政党になるのは4/9で、次の首相にミリバンドがなる賭け率は4/6であり、ミリバンドにかなり有利な状況だと見ている。しかし、労働党が単独で過半数を取る賭け率は5/4で、やや不安がある。

各政党は、次の総選挙に向かって、できるだけ有利な立場に立てるよう、その準備に本格的に走り始めている。

ヒューン元大臣の今後(What’s Next for Huhne)

クリス・ヒューン前エネルギー相は、3月11日、ロンドンの南西部にあるワンズワース刑務所に収監された。10年前にスピード違反の点数を自分の代わりに元妻に被ってもらった司法妨害罪で、8か月の刑期を宣告されたためである。

ヒューンは、自民党所属の下院議員だった。2007年12月の自民党党首選挙で現党首ニック・クレッグにわずかな票差で敗れたが、実は、12月はクリスマス前の郵便ラッシュのシーズンで、郵便投票の中に遅配があり、そのため、この党首選で勘定に入らなかった票があった。後にこの遅配票を計算に入れると、ヒューンがクレッグを上回っていたという話が明らかになったが、ヒューンは正式な結果を受け入れた。英国の有権者には負けっぷりが悪い人を嫌う傾向がある。

ヒューンは、2010年総選挙後の保守党・自民党の連立政権でエネルギー・気候変動相となった。しかし、自分のアドバイザーとの不倫がタブロイド紙に発表されそうになったため、妻と別れた。

ヒューンは、トニー・ブレア労働党政権当時のロビン・クック外相と同じことをしたのである。クックは妻と別れて不倫の相手と一緒になる道を選んだが、外相の地位を維持した。ヒューンはそうすることで、恐らく、自分の政治家としてのダメージを最小限にする意図があったのではないかと思われる。つまり、有権者に人気のないクレッグ党首・副首相が退任した暁には、自分が党首となれる芽を残しておきたかったのではないか。

クック元外相の前例もあり、マスコミはヒューンの問題に冷静に対応した。もちろん、この問題が発覚した時には、高級紙も含めて大きく取り上げられたが、すぐに鎮静化し、ヒューンは何もなかったかのように大臣としての仕事を継続した。それでもヒューンが一緒になった女性アドバイザーにはかつて他の女性と市民婚をしていた過去があり、それに関する記事がしばらく続いた。

ヒューンは、ジャーナリストからビジネスに転じた後、自民党の欧州議会議員、そして2005年に下院議員となった人物であり、有能な政治家として知られていた。大臣としても公務員がその有能ぶりを認めていたという。

ヒューンにとって誤算だったのは、ヒューンに突然見捨てられ、大打撃を受けた元妻が復讐を企てたことである。この点でヒューンは、クックの例を十分に頭に入れていなかったといえるだろう。クックの場合、その元妻で医師のマーガレット・クックが、クックの人格を否定するような内容の本を書き、出版した。この本は評判になり、テレビ、ラジオ、新聞などマスコミにも数多く出演した。これはクックにかなり大きな打撃を与えた。

この点で、ヒューンは、その元妻ヴィッキー・プライスを低く見過ぎていたといえる。過去に英国政府のトップエコノミストであり、局長級のポストを辞職した後、民間会社に移った元妻が、自らの評判を大きく傷つけるかもしれないような危険なことをするはずがない、と考えていたように思われる。

実際には、ヴィッキー・プライスは、怒りのあまり、復讐の念に燃え、自分への害の可能性も深く顧みず、危険な道を走り始めてしまった。一旦、10年前に何が起きたかの話が報道され始めると、あとは、物事は自らの手を離れ、勝手に走り始めてしまった。10年前にヒューンのスピード違反の点数を自分が被ったのは、夫に強制されたためだ、と古い法律を使って主張したが、それは認められず、自分も司法妨害罪で8か月の刑期を受け、ロンドンの北部の女性刑務所、ホロウェイ刑務所に送られた。

ヒューンは、ワンズワース刑務所での刑務囚としての生活を始めた。サン紙(2013年3月13日)が、ヒューンの生活に触れ、あまりうまく行っていないことを示唆した。刑務官が、所内放送で、下院で議長のよく使う言葉を使って「尊敬すべきワンズワース北の紳士、朝食を事務所まで取りに来るように、静粛に、静粛に(オーダー、オーダー)」と言ったという。また、ヒューンに「金があるのだってね」と付きまとう他の刑務囚もおり、ヒューンは他の刑務囚から遠ざけるために隔離棟に送られたという。これらの話は、ヒューンの愛人が否定している。

話の真偽はともかく、かつて同じく司法妨害罪で刑務所に送られた、上院議員のジェフリー・アーチャーはすぐに他の刑務囚と仲良くなり、刑務囚にサインをしてあげる代わりに何かと便益を受けたという。ヒューンは、恐らく2か月程度の服役の後、電子タグをつけられた上で出所すると思われるが、それまでの辛抱である。

ヒューンの今後については、様々な憶測がある。ヒューンはかなり多くの不動産を持っているが、取りざたされているのは、ジャーナリズムもしくはシティーへの復帰だ。ヒューンはかつて格付け会社のフィッチの副会長を務めたこともあり、その能力がシティーで評価されるのではないかという。

ヒューンは、高転びに転んだといえるが(裁判官は、スピード違反の点数を他の人に被ってもらったことが明らかになっていれば、高い地位に就くことさえできなかっただろうと言うが)、社会でその能力を生かして働く機会を与えられる方が社会全体としては望ましいと思われる。