北アイルランドの行方

英国の北アイルランドは、アイルランド島にある。島内のアイルランド共和国と国境で隔てられているが、この国境は地図上のもので、国境を超える時に通過しなければならない税関やチェックポイントのようなものは実際にはない。

これは、もともとアイルランド共和国が英国から分離して生まれ、その後の歴史的な関係を反映したものだが、この北アイルランドの地位は、英国がEUを離脱するブレクジット交渉の際に大きな問題となった。アイルランド共和国は今もなおEUのメンバーだが、英国はEUを離れ、EU外の国である。そのため、同じアイルランド島にある、北アイルランドとアイルランド共和国との間の関係を調整する必要ができたのである。妥協策として合意した、英国とEUとの間の貿易上のプロトコール(ルール)は、今になって英国側が受け入れられないとして再交渉を求める展開となっている

その中、北アイルランドの住民の考え方も変化してきている。北アイルランドが英国から別れて、南のアイルランド共和国と統一されるべきかどうかという点では、最近の世論調査によると、北アイルランドをアイルランド共和国と統一するべきかどうかという「国境投票(Border Poll)」を5年以内に実施すべきだという人が37%、それ以降に実施すべきだという人が31%と、合わせて住民の3分の2になっている(そのような投票はすべきではないという人は29%)。なお、もしそのような国境投票があれば、英国に残るべきだという人は49%、アイルランド共和国と統一されるべきだという人は42%である。問題は、英国がEU離脱交渉を始めて以来、北アイルランドがアイルランド共和国と統一されるべきだという人の割合が増えてきている点だ。

同じ目的を持つ国境投票は、1973年に実施されたことがある。最初から結果がわかっていたからこそ実施したということがあったのだろうが、その際、ナショナリストと呼ばれる、アイルランド共和国との統一を求める人たちは、その投票をボイコットした。結果は、投票率58.7%で、98.9%が英国に残りたいであった。その時に採用された国境投票の制度は、1998年のベルファスト(グッドフライデー)合意で受け継がれた。そのような国境投票は、英国の北アイルランド相が実施時期の裁量権を持つが、北アイルランドの半数以上が統一支持になれば、実施しなければならないことになっている。ただし念頭に置いておかなければならないのは、2016年の英国のEU離脱の国民投票でも予想を裏切って離脱が多数を占め、離脱することになったように、特に現在のような世論の動きの中で、国境投票を実施することは大きなギャンブルであり、英国は北アイルランドを失う可能性がある。

現アイルランド共和国副首相で、前首相のレオ・バラッカーは、自分の生きている間にアイルランドが統一されるかもしれないと示唆し、英国政府はそれに強く反発したが、その可能性も出てきた。ブレクジットの中長期的な結果が、国境投票が行われるかどうか、または行われた場合、その結果を左右するだろう。

北アイルランドでは、ジョンソン首相の業績を悪い、もしくはひどく悪いと評価する人が79%にも上っており、将来、北アイルランドが英国を離れるというような事態が発生すれば、EU離脱国民投票で離脱派のリーダーだった上、首相としてブレクジットを推進したジョンソン政権が、その大きなきっかけを作ったと批判されかねない状態となっている。

ジョンソン政権後に向けて動き出した保守党

ジョンソン首相の保守党政権は、長期政権と思われたが、必ずしもそうではない状況になっている。

保守党を率いるジョンソン首相は、2019年12月の下院総選挙(上院は公選ではない)で大勝した。保守党議席が下院の他の議席の合計を80議席上回ったのである。英国の下院は、任期が5年の固定制である。下院の3分の2が賛成すれば、解散総選挙できることになっており、任期途中で総選挙が行われる可能性はあるが、そういう事態でも、ジョンソン首相に都合の良い時に実施されるだろうということから、ジョンソン首相の地位は安泰だと見られてきた。ところが、前回の総選挙から2年もたたないうちに、ジョンソン首相の後の政権を想定した動きが出てきている。

2019年総選挙では、保守党が労働党の伝統的に強い議席を多数獲得したことが、保守党の大勝につながった。その傾向は、2021年5月の地方選挙・下院補欠選挙でも続き、保守党は地方選挙で大きく議席数を増やした上、下院補欠選挙では、野党第一党の労働党が継続して維持してきた「労働党の指定席」ともいえる選挙区だったが、保守党が大勝して議席を獲得し、繰り返し選挙区に入ったジョンソン効果が出ていると思われた。ところが、その翌月6月に行われた、現職の保守党下院議員が死去したために行われた「保守党の指定席」の選挙区補欠選挙で、自民党の候補者に大差で敗れた。敗北した保守党候補者が予想もしていなかったと言ったほどで、保守党に衝撃が走った。ジョンソン政権に不満のある保守党支持者が自民党に投票し、また、勝ち目のないと思われた労働党支持者が自民党に投票したために起きた結果だが、ジョンソン政権への不満が想像以上に大きいことがわかったのである。さらに7月には、保守党が労働党から議席を奪えるだろうと思われた下院補欠選挙で、わずかな差で敗れ、議席が奪えなかった。

ジョンソン首相の政権運営には、多くの批判がある。数々の政策変更、ジョンソンの元トップアドバイザーからの強い批判、コロナパンデミック対応策など、枚挙にいとまがない。ジョンソンへの批判は、世論調査でも高まってきており、保守党の下院議員の中には自分たちの次の選挙を心配する声が出てきている

これらの批判の中でも、特にジョンソンが自分たちを特別扱いし、一般の人たちの従わねばならないルールに従わないという批判は強いものがある。また、いいことを言っても、その内容が希薄(例えば、イングランドの比較的恵まれない地域をレベルアップすると主張しながらその具体策に欠けるなど)で、しかも実行が伴わない(今後の介護負担に関する政策を決めると首相就任時に約束しながら進んでいない)など、ジョンソンは都合のいいことばかりを言うが、「嘘つき」だという批判を生むに至っている。根底には、ジョンソンが、本当に国民のことを考えているのかという疑問(昨年秋、専門家らがコロナによる死者の数が急速に増えているためロックダウンをするよう求めたのに対し、「死体が山積みになっても」ロックダウンをしたくないと叫んだ、また、死亡者の多くは80歳以上の高齢者で、平均余命を考えると早晩死ぬのだからと言ったといわれる)と、首相としてのジョンソンの能力への疑問が出てきていることだ。

ジョンソンの能力への疑問は、アフガニスタンのタリバンが首都カブールを押さえた問題で端的に出た。もちろん、タリバンの動きを把握する、英国のインテリジェンス(諜報)に問題があり、そのような事態になることを予測できていなかったことは、統治能力の欠如を疑われても当然だ。夏季休暇中の下院を臨時に呼び戻してアフガン問題の緊急討論の機会を持ったが、ここでは、メイ前首相を含む保守党の議員たち、特にアフガニスタン派遣も経験した軍経験者たちから非常に強い批判を浴びた。その中でも、英軍の駐留に協力した通訳などが、タリバンから迫害を受けることのないように、英国への移住を認める政策で、ジョンソン政権の対応の遅れが大きな争点になった。特に、8月15日にカブールのほとんどがタリバンの手に落ちたのに、そのような事態の起きる重大な時にジョンソン首相とラーブ外相の最も重要な人物2人とも休暇中だったことが大きなニュースとなった。ジョンソンは、国内でのホリデーで、14日の土曜日に出発し、その後の事態の進展を受けて日曜日にロンドンに帰り、緊急事態に省庁を超えて対応するコブラ(COBR or COBRA)と呼ばれる会議を開いた。一方、ラーブ外相は、地中海のギリシャのクレタ島の海辺で日光浴をしており、イギリスに帰国したのは16日の月曜日だった。しかも13日の金曜日、英国外務省の官僚が、英軍に協力したアフガン人を助けるため、ラーブにアフガン外相に直接電話をしてくれるよう頼んだが、ラーブは副大臣に頼んでくれと断ったという。アフガン外相は、英国の副大臣からの電話は格が違うためとらないとしたため、その電話がなされないまま、タリバンがカブールに入ってしまったというのである。

ラーブに批判が集まったが、ラーブは野党などから求められた辞任を拒否し、ジョンソンはラーブを信任しているとして更迭することを拒否した。ジョンソンは、これまでも、内相(パテル内相による内務省職員の取り扱いがハラスメントだとし、事務次官が辞任し、その事務次官は自分の件を労働裁判所に提訴している。パテル内相は、その前の職でも同じような問題があったことが明らかになっているが、更迭されず、今も内相のままだ)、厚生相(ハンコック厚生相が、政府のコロナのソーシャルディスタンスのルールを破って、自分のアドバイザーである人妻と不倫をしていたことがわかったが更迭されず、その後、大臣の職務上の情報管理の問題で辞任した)、そして今回の外相と、深刻な問題があっても、ジョンソン自身の行跡を追求されるのを恐れてか、更迭を拒否するばかりである(この理由についての一つの分析参照)。

ただし、ジョンソン首相には、ラーブのことよりも、アフガニスタンから8月末に撤退するとしているアメリカの問題の方がはるかに重要だ。それまでに英国関係の人の撤退、国外脱出を完了するのは難しいためだ。この問題での英国とアメリカとのやり取りの中で、英国はアメリカと特別な関係にあるとのジョンソンの主張が、アメリカにとってそれほど重要なものではないことが明らかになってきた。ジョンソンがEU離脱の際に、アメリカとの特別な関係があるから大丈夫だと主張してきたのとはかなり様相が異なる。EUとの関係も良好ではない。EU離脱交渉の中で、アイルランド島にある英国領の北アイルランドの特殊な問題を解決するために特別な手続きを定めたのに、英国はそれを蒸し返そうとしている。英国の2020年のGDPは、日本の半分を少し上回る程度である。そのような国が、アメリカとの絆を基に、世界を席巻するグローバル英国と主張するのには少し無理がある。ただし、そのような英国の優越を信じてEU離脱に賛成した有権者の夢を砕く可能性を秘めている。

これらの問題が次々に展開する中、国民のジョンソンへの信頼は大きく失われてきたようだ。ジョンソンがどこまで持ちこたえられるか、見どころである。

ジョンソン夫人への批判

ジョンソン首相の妻のキャリーは、ジョンソン政権に大きな影響力があると見られている。そのため、キャリーをマクベス夫人(シェークスピアの「マクベス」の登場人物)やマリー・アントワネット(フランス革命時のルイ16世の王妃)になぞらえた批判がある。マクベス夫人やマリー・アントワネットは悲劇的な最期を遂げた人物だが、時には夫をしのぎ、政治に介入した女性たちを引き合いに出してキャリーを揶揄するものに対しては、キャリーが女性差別の対象にされているという批判がある。確かにそのような面はある。その反面、キャリーは公的な役職についていないが、そのような影響力を発揮している人物を批判するのは、当然だとする見方がある。

一方、ジョンソン首相のトップアドバイザーだったドミニク・カミングスは、2016年のEU国民投票で、ジョンソンらの離脱派の公式団体の責任者として大胆なキャンペーン戦略を打ち出し、予想を裏切って離脱派の勝利をもたらした人物である。2019年7月にジョンソンが保守党党首、そして首相となるや首相のトップアドバイザーとして招かれ、12月の総選挙でジョンソン率いる保守党に大勝をもたらした人物だが、キャリーは、その総選挙直後からカミングスらを首相官邸から追い出す動きを始めたという。カミングスは、2020年11月に辞任するに至る。キャリーは保守党本部で働いていた人で、動物愛護を中心にした環境保護の考えを持つ人だとされているが、どの程度政治のことが分かっているか不明だ。カミングスは非常に癖の強い人物であり、このような人物を嫌う人は少なくないだろうが、ジョンソンの水先案内人だったカミングスのような人物を排除しようとするからには替わりの候補者がいるか、自分によほどの自信があるかのどちらかと思われる。カミングスに代わるような「他の候補者」はまだ現れていない。

なお、ジョンソン首相の子供が12月に生まれる予定である。ジョンソン首相(57歳)には、これまで「少なくとも6人」の子供がいると言われてきたが、これが「少なくとも7人」になることになる。2021年5月に正式に結婚したキャリー(33歳)との間には、2020年4月に息子が生まれている。3人目の妻のキャリーとの間では2人目の子供になる。

現職の首相に子供が生まれるのは、2000年のブレア首相、2010年のキャメロン首相の例がある。ブレア首相の場合、4人目の子供が生まれるということは、ブレア首相や妻のシェリーがあまり積極的に触れることはなかった。逆に、4人目の子供の生まれた後、ブレアが全国婦人会の総会に出席した際、子供のことに触れなかったので出席者から批判されるほどだった。キャメロン首相の場合には、首相になる前に重度の身体障碍者の息子を失っていたので、一般に同情的に受け止められた。ジョンソン首相の場合、妻のキャリーがこの妊娠をジョンソンに政治的に利用しようと思っているように感じられる。2021年7月にイギリスで行われたG7のサミットでも、キャリーは息子を連れだし、G7出席者らとの会話の材料に使っていた。子供の生まれることは喜ばしいことだが、キャリーの打つ手が限られてきているように感じられる。

コロナワクチン接種に報酬を与える試みの是非

コロナワクチン接種をすれば、コロナに感染しにくくなり、感染しても発症したり、重症化して病院に入院したり、または死亡するリスクが大きく減ることがわかっている。さらに他の人にうつすリスクも減る。

イギリスでは今や大人の10人のうち9人が1回目の接種を受け、4人のうち3人が2回の接種を受けている。それでも、40歳未満の人たちでワクチン接種の1回目を受けた人は4分の3にも満たない。イギリスでは、接種のペースが鈍化しており、特に若い世代でコロナ接種に消極的な人が多い。

コロナワクチン接種を促進するために、世界には、おカネがもらえるなど何らかの奨励策を設けようとする動きがある。イギリスでもある大学が、10本の5000ポンド(約75万円)のあたる奨励策を打ち出した。ただし、このような手法がどれほど有効かは疑問がある。ガーディアン紙への投稿で2人の学者は逆効果になると主張している

まず、ワクチン接種は、それぞれの人のためになるだけではなく、社会全体の利益になるのに、そのような「報酬」を与えると、うさんくさく感じられることである。特にワクチン接種の副反応に疑いを持っている人たちである。

行動学的研究によると、利他的な行動におカネを払うことは逆効果になる場合がよくあるという。献血の例でみると、自発的に対価なしで行うのが普通になっている場合、おカネを支払うと献血者の数が減るかもしれない。また、慈善事業への募金を集める人たちは、少しばかりのお金を支払われる場合より、支払われない方がより努力し、より多くのおカネを集めるという。

それぞれの状況によるだろうが、長期的にみれば、特に、若い人たちの利他的な行動をするやる気を削ぐかもしれない。ワクチン接種をなるべく早く進めたい気持ちは理解できるが、「報酬」を出すのは慎重に行われなければならないように思われる。

EU離脱後のイギリスの経済への影響

コロナパンデミックの影響で、EU離脱後のイギリスの経済状況がどうなっているかわかりにくい面がある。イギリスは、2020年1月31日にEUを離脱し、12月31日に貿易などの移行措置が終了した。イギリスのEU離脱に賛成した人たちは、イギリスのEU離脱後、短期的な悪影響はあるだろうがやむをえないと思っている。しかし、その悪影響は具体的に出ており、長期的なものであるという見方がある。具体的には、EUとの貿易に悪影響が出ており、外国からのイギリスへの投資が減っているという。

コロナパンデミックがやや落ち着いてきて、世界貿易がブームになっている中、イギリスからのEUへの輸出は2019年レベルより下がっており、イギリスの輸出企業は、EU離脱に関連した「お役所仕事」の増加に影響を受けているそうだ。また、外国からの欧州への投資のイギリスへの割合が減っており、特に製造業へのイギリスへの外国直接投資は2015年には欧州全体の13%だったが、今では8%余りになっているという。

イギリスは、EU以外の国との貿易交渉に躍起だ。EUの結んでいる合意の継承交渉を進めるとともに新しい貿易合意も結んできている。イギリスの貿易の2%を占める日本との新しい合意も結んだ。これらが、どの程度実り多いものとなるかは今後の課題である。

次の総選挙までに労働党のしておかねばならないこと

野党第一党の労働党は、2010年の総選挙で敗れて下野して以来、2015年、2017年、2019年の総選挙で立て続けに敗れている。特に2019年の総選挙では、コービン党首のもと、ジョンソン現首相率いる保守党に大敗を喫した。次期総選挙は、2023年頃に行われると見られているが、コービンの後任の党首となったスターマー党首の下、支持率はそれほど伸びていない。

ジョンソン政権の混乱したコロナパンデミックの対応もあり、ジョンソン首相の評価や保守党への支持率が下がってきている。有権者がジョンソン首相に飽きはじめていることがうかがえる。その中、かつての労働党のブラウン首相の世論調査担当者が、スターマー党首の戦略担当者となり、現在の政治情勢を分析した。その主な点は、以下のとおりである。

・有権者は、労働党の目的が何か、どのようにして人々の生活を向上させようとしているのかわかっていない。

・政策を次から次に発表するだけではだめで、労働党の考え方や党首の考え方を反映した、(1)はっきりとして(2)焦点の定まった(3)気持ちの高揚するようなメッセージを出していく必要がある。

これらの点は、かつてジョンソン首相のトップアドバイザーだったドミニク・カミングスの手法に通じるように思われる。カミングスは、2016年のEU離脱をめぐる国民投票で、EU離脱派の公式団体の責任者だったが、「コントロールを取り戻そう」と訴え、予想に反して離脱賛成の結果をもたらした。また、2019年の総選挙の際、ジョンソン首相の下で、「EU離脱を成し遂げよう」のスローガンでジョンソン保守党の大勝利をもたらした。

労働党の党員は、50万人弱から43万人程度まで減ったと言われるが、スターマー党首の下党員の中のコービン支持が大きく減る傾向が出てきている。2019年の総選挙で、労働党を長年支持してきた有権者の票を多く失った。労働党の内外の変化に対応し、次期総選挙でまともに戦えるよう準備をするためには、今が正念場であると言える。

自分に都合の悪い法律を作らせないことができるイギリスの女王

イギリスの君主である女王には「大権」がある。この大権は外交をはじめ広範囲にわたっている。現在では、イギリスの君主は基本的に首相の助言を受けて行動するようになっており、女王がこの大権を自由に使えるわけではない。ただし、このような大権に関連して女王に都合の悪い法律を作らせないよう、王室がスコットランド分権政府に働きかけ、法律を変えさせていたことがわかった。

環境問題は世界的に大きな問題で、イギリスでも積極的に取り組まれている。スコットランド(分権)政府が、グリーンエネルギーに関連して熱を送るためのパイプラインを敷くための法律を制定したが、その中には、パイプライン用の土地を強制的に購入できる条項がある。(なお、日本では公的な目的のための土地収用の力は弱いが、イギリスでは、公的な収用の力は強い。)

この法律案では、議会で正式に合意される前に、女王の権力や個人的利害、王室の収入などに関する場合だとして、女王の同意(Crown Consent)が求められた。(法律を裁可する形式的なRoyal Assentとは異なる)。ここで、王室側から女王の土地は強制収用の対象から除くよう要求され、スコットランド政府がそれを呑んだ。女王は、スコットランドに広大な土地を所有しているため、この制度の対象から除かれるようにしたというわけである。スコットランド議会が設けられてから、このように王室があらかじめ法律案を審査した例は67事例あるという。

王室は、特に1997年のダイアナ妃の悲劇的な死以降、国民にいかに見られるかに大きな注意を払っている。そのため王室が極端な行動に出る可能性は少ない。それでも、不文憲法で、古い、よく知られていないしきたりや制度が残る制度は、現代にはふさわしくないといえる。

ジョンソン首相の評価が急速に悪化

ジョンソン首相の有権者からの評価が大きく下落している。コロナ感染を抑えるための法的な制限の緩和をめぐり、様々な混乱が生じているのが主な原因だ。

Opiniumが7月22-3日に行った世論調査では、政府のコロナパンデミックへの対応を良いとしている人は32%、良くないとしている人は48%である。また、ジョンソンを首相として良いと見ている人は34%、良くないと見ている人は47%で、評価はマイナス13%である。野党第一党の労働党のスターマーを党首として良いと見ている人は30%、良くないと見ている人は36%で、これだけを見ると評価はジョンソンよりも良いと言える。それでもOpiniumの世論調査によると、保守党の支持率は労働党を8%上回っている。実際、保守党の支持率は下がっているが、労働党の支持率はそれほど上がっていない。すなわち、ジョンソン首相と政府の評価は悪化しているが、それがそれほど労働党の支持向上に向かっていないということになる。

7月20-21日に行われたYouGov7月19-20日に行われたSurvationの世論調査では保守党の労働党に対するリードはいずれも4%となっており、YouGovではその前2つの世論調査から8-9%の下落、Survationでは、その前の世論調査から7%の下落となっている。Survationのジョンソン首相の評価は、その前より10%悪化している。

ただし、コロナの問題について一つよくわかっていないことがある。感染力の強いデルタ株のために、コロナ感染者の数が大きく増えていくと思われたのに、逆にコロナ感染者数が減っている。それが5日連続で続いている。この傾向がなぜ続いているのかはっきりしていない。病院に入院する人の数は少し増える傾向にあるが、それでも今年1月のレベルと比べるとはるかに少ない。7月19日の「フリーダムデー」で規制が大幅に解除された後、感染者数などがどうなるかは2、3週間しないとはっきりわからないと言われる。もし、感染者数が予想されているほど増えず、病院にもそれほど大きな負担がかからないという状況が生まれれば、ジョンソン首相の評価が変わる可能性もある。

権威を急速に失いつつあるジョンソン首相

2021年7月22日は、下院の夏休み前の最後の開催日だった。下院議場で、労働党の下院議員ドーン・バトラーが、保守党のジョンソン首相を「嘘つき」と繰り返し攻撃。議長が2度、発言を取り下げるよう求めたが、バトラーは「本当のことだ」と発言を取り下げなかったため、議長の代わりに議長役を務めていた労働党の議員から退席を命じられた。バトラーは、労働党の「影の女性・平等大臣」を務めている人物であるが、平気な顔で議場を去った。ジョンソン首相の権威が失われつつあるのを象徴する出来事のように思われた。

その前日の7月21日には、恒例の「首相への質問」があった。労働党のスターマー党首や下院第3党のスコットランド国民党などからのコロナパンデミックなどに対する質問にジョンソン首相は、正面から答えようとしなかった。国難の際には、野党は政府を支持すべきだ、まだワクチン接種を受けていない人は受けるべきだなどと主張したが、質問へのまともな答えを持ち合わせていないような返答に、ジョンソン首相の姿が急速に小さくなってきているように感じられた。

7月19日にはコロナ関係のほとんどの法的な制約が解除された。ジョンソン首相は、この日を「フリーダムデー(自由の日)」と銘打ち、その日が来ると、もう覆らないと主張してきていた。しかし、7月19日が近づいてくるにつれ、感染者数が大きく増加してきたため、ジョンソン首相は、慎重さが必要だ、必要だと思われればマスクを着用すべきだなどと大きくトーンダウンしてきていた。それでも7月19日の解除は実施されたのである。

そのため、ナイトクラブも営業できるようになった。7月18日の真夜中12時を過ぎると、外に行列を作って待ちかねていた多くの若者たちがナイトクラブに流れ込む映像は、多くの人にショックを与えた。このような場所はコロナ感染が大きく拡大する可能性がある。オランダでは、規制を解除し、ナイトクラブも解禁されたが、その後コロナ感染が急速に拡大し、オランダの首相が政策は誤りだったと公式に国民に謝罪したぐらいだ。

イギリスでは、感染力の強いデルタ株が急速に広まっており、感染者数が1日に5万人程度になっている。ジャビド保健相が、感染者数は1日10万人程度にまで広がるだろうと発言したが、専門家は20万人になるかもしれないと言う。イギリスでは大人の人口の3分の2が既に2回のワクチン接種を受けており、死者数や病院収容数はこれまでのピーク時に比べてはるかに少ないが、それでも死者数は今年の3月レベルに近くなってきた。医療現場では、危機感が高まってきており、医療を圧迫する可能性が強まっている。首相のチーフメディカルアドバイザーのクリス・ウィッティも病院収容者数は恐ろしいほどの数になるかもしれないという。リスクが大きすぎる。

ナイトクラブ対策として、ジョンソン首相は、9月末には、2回のワクチン接種を受けているという証明書(ワクチンパスポート)がないと入場できなくすると、7月19日に突然発表した。もともとジョンソン政権では、施行が難しいことからワクチンパスポートを導入しないとしていた。それが前触れもなく変更されたのである。しかし、この新しい政策には、保守党の中でも反対が強いうえ、労働党は、現在直ちに陰性証明書の提示義務を導入すべきだとして、反対する構えだ。そもそも、ワクチン接種を2度受けていたジャビド保健相もコロナ陽性となったように、2回接種を受けてもそれだけでコロナに感染していないとは言えない。実現は難しいと見られている。

一方、規制解除から残されたものがある。これは、急速に大きな問題となっている。NHS(国民保健サービス)などの公的機関から感染者に接触の可能性があると通知を受けた際には10日間の自己隔離を行う必要がある。このため、工場、スーパーマーケット、公的サービスなどでスタッフが突然出勤できなくなっている。ごみの回収もストップする場合がでてきている。自己隔離をしなければならない人の数は60万人を超えたが、この数は感染者数が増えれば増えるほど大きくなるため、公的サービスが麻痺する可能性が出てきた。公的または必要不可欠な仕事では、この自己隔離義務を2回接種をしている人や陰性の人には免除しようとしている。スムーズにはいっていない。

また、ジョンソン首相の行ったEU離脱をめぐっては、ジョンソン政権は、北アイルランドのプロトコールの問題を蒸し返そうとしているばかりではなく、イギリス水域で行われているEU漁獲量をイギリス政府が把握していないことが表面化するなど次から次に問題が出てきている。

イギリス政府の中枢が機能を果たしていないようだ。もともとジョンソン首相は首相の任に堪えないだろうと多くの人が感じていた。それでもジョンソン首相のトップアドバイザーだったドミニック・カミングスが7月20日のインタヴューで言ったように、ジョンソンが首相で、実務能力のあるマイケル・ゴブが財相の地位を与えられ、それにブレーンのカミングスがトップアドバイザーで政府を回していくのなら何とかなると思われたかもしれない。カミングスがジョンソン首相の妻キャリーとの勢力争いに敗れて首相官邸を去り、ゴブは、内閣府大臣として異なる役割を与えられ、その能力を発揮するのを妨げられた挙句、妻と離婚することになり、公私ともに能力を十分発揮できない状態だ。ジョンソン首相一人では、政府として統合性のある政策を打ち出していくことは難しい。

ジョンソン首相の素早いUターン

先月保健相となったばかりのジャビド保健相は、既に2度のワクチン接種を受けている。しかし、7月17日、ジョンソン首相やスナク財相と会った後、コロナ陽性のテスト結果を受け取った。そのためジョンソン首相とスナク財相が濃厚接触者と判断され、自己隔離をしなければならない状態となった。

「検査と追跡のシステム」で濃厚接触者として判断され、自己隔離をしなければならない人は、50万人以上に上っている。この自己隔離に従わねばならないため、7月17日にはロンドン地下鉄の路線が閉鎖される事態も発生した。工場の閉鎖など経済にも大きな影響を及ぼしている。

ロンドンなどを含むイングランド(スコットランド、ウェールズ、北アイルランドは分権政府が担当している)でコロナ対応のほとんどの制限が7月19日に解除されることとなっている。その中、首相官邸は、ジョンソン首相とスナク財相は、テストを頻繁に行いながら仕事を続けるパイロット事業に参加し、自己隔離は行わないとした。この制度は、内閣のメンバーであるゴブ大臣が6月にサッカー欧州選手権の試合のためにポルトガルに行って帰ってきた時に使い、自己隔離を免れたことがある。しかし、今回のジョンソン首相らの対応は、大きな反発を招いた。一般の人にはルールを守るよう要求しておきながら、自分たちはルールを守らないという批判である。このため、ジョンソン首相は、発表した157分後には、方針を変え、自分たちも自己隔離すると発表した。BBCの政治記者は、政府の最も素早いUターンの一つだとメントしている。