なぜ保守党は総選挙を避けたいのか?

611日、保守党の無役の下院議員の会、1922年委員会のブレイディ会長がテレビに出演し、議員たちには「総選挙に臨みたいという気持ちはない」と発言した。この会は、保守党の党首選挙を運営し、また党首への不信任案を扱うなど非常に重要な役割を果たしている。68日の総選挙の結果が分かった9日には、ブレイディはメイ首相と会談している。

この発言の背後には、総選挙で保守党が13議席減らしたのに対し、前評判を覆して2015年総選挙から30議席を積み増した労働党の現状がある。もし総選挙が行われれば、勢いのある労働党がさらに議席を獲得し、メイ政権ではなく、労働党のコービン政権が誕生するだろうという判断がある。

これには、総選挙後の最初の世論調査が指標となっているように思われる。Servationの政党支持率は以下の通りである。

労働党45%、保守党39%、自民党7%UKIP3%、その他6%

労働党が保守党を6ポイントリードしている。すなわち、労働党がさらに議席を伸ばし、保守党は減らすことを示唆している。

Servationは、今回の総選挙で、多くの世論調査会社が世論の状態を読み誤ったのに対し、最も選挙結果に近かった。実は、2015年総選挙でも世論調査会社がこぞって読み誤った。その中、Servationは、ほとんど正しい結果を出していた。ある新聞社と話をしたそうだが、他の会社のものと比べておかしいとして乗り気ではなく、結局、選挙前発表しなかったという話がある。これらの事実から考えると、Servationのこの選挙後の世論調査はかなり信用できるものだと言えるだろう。

このような政情の中で、前財相のジョージ・オズボーンが、メイ首相は、「死刑囚(Dead Woman Walking)」だと発言した。「死刑を待っている女性」だというのである。総選挙の結果、メイ首相の権威はなくなった。本来なら、党首選挙の話が大きく取り上げられるところである。

611日の日曜紙は、ボリス・ジョンソン外相の出馬の憶測を大きく取り上げたが、ジョンソン本人は、くだらない話だと打ち消した。もちろん、上記のServationの世論調査でもジョンソンが最も有権者の支持を集められる候補だ。しかし、党首選となれば、ハングパーラメントの状態の中で、新しい党首は、総選挙を求められるだろう。その時期ではないという判断から、ジョンソンらは様子を見ており、メイ首相が存命している状況だ。611日に行われた内閣改造では、主要閣僚を異動させることができなかった。多くが、サンデーテレグラフ紙が1面トップで指摘したように、メイは首相だが、権力はなくなったと見ている。

ただし、このようなメイ政権で、果たしてきちんとしたEU離脱交渉ができるかという疑問がある。また、メイ政権が北アイルランドの民主統一党(DUP)の支援で、過半数の数を確保できたとしても、それが何らかの事情で機能しなくなる可能性も無視できないように思われる。労働党は、メイ政権の政策を発表する「女王のスピーチ」で、大規模な修正案を出してメイ政権を揺さぶる構えだ。事態はかなり流動的だと言える。

保守党少数政権の行方

68日のイギリス総選挙の結果、保守党は、前回の2015年総選挙から13議席減らして318議席にとどまり、過半数を獲得できなかった。そこでメイ首相は、10議席を獲得したDUP(北アイルランドの民主統一党)の支持を閣外協力で得、少数政権を運営していくこととした。この合意で本当にメイ政権はやっていけるのだろうか?

保守党とDUPの合意で、全650議席のうち過半数(650の半分に1を足したもので、小数点以下切り捨て)を意味する326議席を2議席上回る。ただし、シンフェイン(北アイルランド)は、女王に忠誠を誓うことを拒否して下院の審議に参加しておらず、今回もその旨を明確にした。そのため、事実上の過半数は322である。

メイは、EUとの交渉が始まる前に、その立場を強くするためとし、必要のない総選挙を実施したが、13千万ポンド(182億円)の公費を選挙に使った上、議席数を減らした。権威を失ったメイ政権は、そう長く続かないだろう。保守党をまとめることも難しく、しかもかなり極端な政党であるDUPへの対応も簡単ではない。恐らく年内、遅くとも来年前半にはメイの後任が選ばれ、直ちに総選挙となるだろう。

総選挙結果

政党 議席数 増減 得票増減%
保守党 318 -13 +5.5
労働党 262 +30 +9.5
SNP 35 -21 -1.7
自民党 12 +4 -0.5
DUP 10 +2 +0.3
シンフェイン 7 +3 +0.2
プライドカムリ 4 +1 -0.1
緑の党 1 ±0 -2.1
無所属 1 ±0  

投票率68.7%
SNP
:スコットランド国民党
DUP:民主統一党

保守党の中の問題

保守党が一致結束してメイ首相を支えれば、この政権がしばらく続く可能性がある。しかし、それはかなり難しい。

最大の課題であるEU離脱交渉では、離脱派と残留派の対立が表面化するだろう。メイ首相はこれまでEUの単一市場並びに関税同盟に残らないとし、EUと新しい自由貿易の枠組みを作ることを想定してきた。しかし、権威を失ったメイ首相は、すでに内閣改造をする力も乏しく、そのような枠組みへの党内調整能力はないだろう。

しかも619日に始まる、EUとの交渉ではいわゆる「離婚料」の問題がある。EU側は1000億ユーロ(123500億円)を求めてくるという憶測がある。これがもし、600億ユーロ(74千億円)程度で落ち着いたとしても、保守党内に、これまでのイギリスの貢献額を考えれば、むしろお金が返ってくるはずで、一切そのような「離婚料」を支払う必要がないという考え方がある。その金額の多寡にかかわらず、党内の考え方をまとめることは難しい。

党内の問題は、EU離脱に関わる問題だけではない。例えば、メイ政権は、ヒースロー空港の第3滑走路の建設推進を決めているが、今でも空港周辺の保守党下院議員たちには不満がある。飛航路のリッチモンドパーク選挙区で当選したゴールドスミスは反対派だが、今回の選挙ではわずか45票の差で当選した。ロンドンとイングランド北部を結ぶ高速鉄道HS2建設問題など、それぞれの地元の事情でメイ政権の政策に反対する議員が少なからずでるだろう。

しかも党内の右左の問題もある。福祉政策などをめぐり、対立が表面化する可能性もある。

DUPの問題

DUPは、もともと過激なロイヤリスト(イギリスとの関係を維持する立場)だった牧師イアン・ペーズリーの設立した政党である。1998年のグッドフライデー合意に反対。2006年のセントアンドリュース合意で、仇敵だったシンフェイン(アイルランド共和国との統一を求める立場)と北アイルランド分権政府をともに運営していくことに合意したが、それまで北アイルランド政治の異端だった。

今でも同性婚反対、妊娠中絶反対などかなり極端な政党である。一方では、過激ロイヤリスト武装集団との関係が今でもあると見られている。このため、従来の保守党政権はDUPと深い関係にならないよう注意してきた。

北アイルランド最大政党であるDUPのフォスター党首は、北アイルランドの首席大臣だったが、ビジネス相時代に推進した再生エネルギー政策の大失敗で、その後始末のコストが49000万ポンド(690億円)に上ると見られている。この問題で、北アイルランド議会は解散され、3月に北アイルランド議会議員選挙が行われた。しかし、この問題は解決に至っておらず、未だに再開されていない。

本来、イギリスの中央政府は、この北アイルランドの問題に中立的な立場で臨み、利害の対立する政党を融和させ、話し合いを促進させる立場にある。しかし、メイ政権がDUPの支援を受け、その中立性が失われてしまった。北アイルランドの分権政権回復が難しくなったのは間違いなく、現在の中途半端な状態が慢性化する可能性がある。

すなわち、今回の合意で保守党が支払う代償は、そう小さなものではない。

次期総選挙

保守党が、党内の対立を防ぎ、DUPの枷を一刻も早くなくしたいと考えるのは当然だろう。そのベストの方法は、党首を入れ替え、総選挙を実施し、勝つことである。野党労働党のコービン党首の人気が高まっていることから、人気の点で対抗できるのは、現外相のジョンソンである。すなわち次期保守党党首・首相にジョンソンが就任する可能性は高い。

コービンは2017年総選挙で勝てなかったが、その評価は大きく上がった。労働党内の反コービン勢力の多くが、コービンのリーダーシップを称えた。一般でも、若者だけではなく、コービンを評価する見方が広がっている。

今やコービン率いる労働党は、これまでよりはるかに統一され、活性化された集団となっている。恐らく、労働党は、今回の総選挙直後に政権に就かなかったことを幸運だと考えているだろう。少数政権ではできることが限られているからだ。次期総選挙が実施されるのはそう遠い先ではなく、その準備に既に走り始めていると思われる。

コービンにとっては、次期総選挙、そして政権に就くまでの準備が十分にできることになる。柔軟性に欠けるメイ政権が早晩挫折するのは間違いなく、次の総選挙では、人気はあるが、信念の乏しいジョンソンを党首に抱く保守党をコービン労働党が大きく破ることとなるだろう。

その際、労働党は今回の総選挙で掲げた政策を実施していくこととなる。保守党は、コービンの政策は「魔法のお金のなる木」に頼っていると主張した。しかし、その経済政策は、ノーベル経済学賞を受賞した、アメリカのジョセフ・スティグリッツが「慎重に練られた計画」だと評価している。

いずれにしても、これからメイ政権への重圧は高まる一方で、メイ首相にとっては非常に厳しい政権運営となる。

総選挙結果

メイ首相は、68日、イギリス下院の総選挙を実施した。その結果、総選挙前にあった330議席を獲得できなかった。しかも下院の650議席のうち、過半数の326議席(650の半数+1)も下回った。北アイルランドで10議席を獲得した民主統一党(DUP)の協力で、メイ首相は、政権は維持できるものの、この選挙中、そのポリティカル・キャピタルを使い果たし、今やその進退が議論される状況だ。この状態で、11日後に始まるEUとの離脱交渉に臨まねばならない。メイが首相と保守党党首を辞任する可能性が高まっている。

その結果、EU離脱に関しては、メイが移民の制限を優先して欧州単一市場から離れる意思を明確にし、これまで「悪い合意より合意のない方がよい」と度々主張して示唆してきたような強硬離脱の可能性は薄れ、イギリスはソフトな離脱に向かうのではないかという見方が強まっている。

今回の総選挙は、メイ首相が、保守党が圧勝して100議席を大きく上回るマジョリティを獲得するのは間違いないという考えから自らの判断で引き起こしたものである。世論調査で圧倒的に優位な立場にあったためである。

ところが、選挙中に発表したマニフェストの「認知症税」問題、度重なるUターン、それに選挙期間中にマンチェスターとロンドンでイスラム教過激派によるテロ事件があり、選挙戦の様相が大きく変化した。

一方、多くの有権者だけではなく、労働党の多くの下院議員が、コービン党首は強硬左派で無能だと信じていたが、そのコービンが予想外に健闘した。そのマニフェストは緊縮財政を覆すもので、有権者の多くから評価された。若者を中心にコービンブームが起きた。コービンは明らかにこの選挙戦を楽しんでいる雰囲気があった。また、メイと交互に行われた、2度の聴衆らとのテレビでの質疑応答では、メイを上回る評価を受けた。コービンのスピーチには非常に多くの聴衆が回り、その聴衆の数は増える一方で、あるベテラン政治記者は、これほど各地で多くの人が集まるのは、チャーチル以来だとコメントしたほどである。

選挙期間中に実施された世論調査では、保守党と労働党との差が大きく縮まり、当初の20ポイント余りの差から、一桁、そして最後には、1ポイントの差とするものも出てきた。

メイとコービンのいずれが首相にふさわしいかという選択では、メイが418日に総選挙を実施したいと発表した際には、メイがコービンを39ポイント上回っていた。それが投票日直前には9ポイントとなった。それでも多くの世論調査会社は、保守党が過半数をかなり上回るような世論調査を発表していたが、これらの世論調査会社は面目を失った形だ。

69日の午前7時時点、全650議席の644議席が開票済みだが、各党の獲得議席数は以下の通りである。

保守党:314
労働党:
260
SNP
35
自民党:
12
DUP
10
その他:13

若者の支持で選挙結果が変わる

68歳のコービンを驚くべきほどの若者が支持している。

2015年の総選挙では、若者(18歳以上25歳未満)の投票率は、43%だった。ところが、63日発表の若者を対象にした世論調査(世論調査会社ICMによる)で、必ず投票に行くと答えた若者は63%にのぼる。しかもこれらの若者の中で、労働党に投票するとしたのは68%、メイ首相率いる保守党へは16%だった。

これは、非常に大きな動きである。選挙の結果を大きく左右するものだ。

5月末、世論調査会社大手のYouGovがその政党支持率調査の方法を変えた。68日の総選挙まで10日となって方法を変えるのは、無謀だという見方があった。他の世論調査会社の中には、YouGovを「勇敢」だとし、その上、その結果に基づいて議席予想をし、ハングパーラメント(宙づり国会:過半数を獲得した政党がない状況)になるとの結果を1面トップで掲載したタイムズ紙を「もっと勇敢」だとコメントしたものがある。

現在の主な議席数予測は以下のようだ。

 (出典:63日現在のWikipedia

確かに、YouGovのみがハングパーラメントで、それ以外は、保守党の獲得議席予想が354から368の間にある。全650議席の過半数は326議席だが、YouGov308とし、他の世論調査会社のものとはかなり離れている。

ただし、このYouGovの転換には、それなりの理由があった。それは、主に若者の投票率の問題である。

前回2015年の総選挙で、世論調査会社はその結果を予想できなかった。総選挙前、保守党と労働党の支持率が均衡しており、ハングパーラメントとなると予測したが保守党が過半数を獲得したのである。そのため、英国世論調査協会はその原因を調査した。そして、主な原因は、サンプルに問題があったという結果となった。その一つは、世論調査に応じる、特に若い人たちの投票率は高いが、同じ世代で実際に投票に行く人が比較的少なかったという点である。すなわち、サンプルがその同じ世代の代表値となるとは必ずしも言えないということである。そのため、年齢を区分けして、それぞれの投票する確率を想定し、それで生のデータを加工する方式が主流となった。

6月3日に発表された今回の総選挙の世論調査では、保守党が労働党を12ポイントリードしているものから1ポイントリードのものまである。2015年総選挙の際の年齢別投票率を参考にして結果を出している世論調査会社があるが、このような方法をとっている会社は、保守党のリードが大きい。

YouGovは、その最近の調査の結果から、25歳未満の人の投票率を51%65歳以上の投票率を75%と見ている。その差は24ポイント。下院の調査によると、2015年総選挙では、その差は35ポイントだった。2010年は23ポイント、そして2005年は36ポイント

YouGovは、今回の総選挙では、若者のコービン支持が急増している。そのため、今回は2015年のパターンではなく、2010年のパターンに近いと見ている。そして、もし、若者の中のコービンブームが実際の投票に結び付けば、調査時点での保守党の獲得議席は265から340議席の間となり、その中央点は308、労働党は230から301議席の間で、その中央点は261となるとする。

確かに若者の支持が実際に投票に結びつくかどうかには不確かな点がある。YouGovの新しいモデルが正しいかどうかは総選挙が終わるまでわからない。しかし、最初に触れた「若者の世論調査」のように、2015年の投票率を20%も上回る、もしくはそれに近い投票が現実のものとなれば、メイ保守党の過半数獲得が困難になるのは間違いない。

高まる大番狂わせの可能性

68日の総選挙投票日まで、あと一週間となった。418日にメイ首相が解散総選挙を発表して以来、その率いる保守党が地滑り的大勝利を収めるのは確実と見られていた。ところが、ここにきてその状況は大きく変化している。保守党は過半数を獲得できない可能性が出てきた。

反保守党ムード

その状況は、531日に行われた7党の討論会で典型的に示されたように思われる。保守党への批判が強く、保守党に批判的な言葉に、聴衆が頻繁に大きな拍手をした。そのため、聴衆が左寄りではないかという苦情が出たほどである。筆者も、聴衆の強い反保守党の反応を意外に感じた。

この討論会を主催したのはBBCであるが、聴衆の選別はComResという世論調査会社に委託された。この会社は聴衆を厳密にチェックして選別したと答えている

メイ首相はもともとこのような直接討論には参加しないという立場をとってきた。そのため、この討論会にラッド内相を送った。ラッド内相は、これまで保守党の立場を説明するためメディアに度々登場しており、その登場回数は「労働党攻撃」担当ともいえるファロン国防相を超えて保守党で最も多い。すなわち、保守党の中で最も優れたメディアでのパフォーマーである。しかし、他の参加者たちからそろって強い攻撃を受け、苦しい展開となった。

この討論会には、当初参加しないとしていた労働党のコービン党首が急きょ参加することとしたため、メディアの注目が大きく集まった。他の参加者は、自民党のファロン党首、緑の党のルーカス共同党首(緑の党には二人党首がいる)、ウェールズのプライドカムリのウッド党首、イギリス独立党のヌタル党首、そしてスコットランド国民党(SNP)のロバートソン副党首である。

参加者からは、参加しなかったメイ首相への批判が続いたばかりか、「強い、安定した」リーダーシップを訴えてきたメイ首相をUターンばかりする「Uターンクイーン」で、頼りにならず、グラグラしているという言葉も飛び出した。

参加者と聴衆の最も大きな批判は、メイが緊縮財政を維持しようとしていることにある。国民の関心の高い国民保険サービス(NHS)、ソーシャルケア、学校などの公共サービスが過去7年の財政削減で苦しんでいるのに、それらに名目だけの予算をつけ、本当の危機を救おうとしていないようなことに不満がある。

メイの弱体化                                                                                                   

この背景には、メイ首相が総選挙を2020年まで実施しないと度々主張していたのに急きょ方針を変えたことや、今回の総選挙の保守党マニフェストで打ち出した「認知症税」への批判が高まったため、急きょ方針を変えたこと、さらには、3月の予算で批判が高まった自営業者への国民保険料アップを急きょ取り消したことなど数々の政策転換がある。この討論会の前、529日のITV/SkyNews共催のメイとコービンが別々に出演した討論会でも、ブロードキャスターのパックマンに、少し批判が高まればすぐにUターンする、それでEU離脱交渉ができるかと批判された。

「認知症税」のUターンの際、メイは、この政策は「何も変わっていない、何も変わっていなーい」と主張し、嘲笑を買った。保守党のマニフェストには、その公約に財源がほとんど示されておらず、税金を含め、政権の裁量の非常に大きなものである。このマニフェストは大失敗とみなされている。

531日の討論会に出席しなかったメイは、地方を遊説していたが、その際のジャーナリストからの質問は、メイがこの討論会に出席しないことに集中した。メイはこのような質問を笑い飛ばそうとしたが、本当には笑っておらず、その顔には疲れと焦燥が出ていた。一方、ソーシャルメディア上では、「メイはどこ?」がトレンドとなった。

メイは、これまで、強いリーダー的な振る舞いをし、その強いレトリックで有権者から「敬意」を受けていたが、一連の失敗で、これまでの権威が弱くなり、その政権運営能力にも大きな疑問が出てきている。それは、メイへのジャーナリストからのしつこいともいえる質問にも表れている。メイのポリティカル・キャピタルがなくなってきている証拠である。

これでは、EUとの離脱交渉に当たり、この総選挙で国民から強いマンデイト(付託)を受け、自分の立場を強化したいとの目論見がまったくかなわないこととなる。

人気の高まるコービン

一方、コービンの人気が高まっている。コービンのスピーチ会場はすぐに満杯となり、中に入れなかった人たちのために、コービンが外でもう一度スピーチするという具合だ。遠くからわざわざ聞きに来る人が多く、コービンも、聴衆の数が益々増えているとコメントしたほどだ。

これまで野党第一党の労働党のコービンを無能とする見方が強かった。この背景には、労働党の中で強硬左派の立場であり、多くの労働党下院議員から党首としての資格はないとみなされていたことがある。労働党リーダーシップの指示に、労働党の中で最多の500回以上背いて投票した実績がある。

2015年の労働党党首選に立候補した際には、下院議員の推薦人を集めるのに苦労した。党首選での議論を高めるために左派からも候補者を立てるべきだとして、コービンに投票しないが、推薦人の名前だけは貸してもよいという人の署名を集め、なんとか立候補締め切り直前に間に合わせた人物である。

なぜ立候補したのかと問われ、これまでにマクダネル(影の財相)やアボット(影の内相)が立ったので、今回は自分の番だったと語った。党首となるとは全く考えていなかった。

ところが、コービンが党首選に立候補すると、その原則に生きた、政治の考え方に共鳴する人が急速に増え、コービンブームが起きる。前のミリバンド党首時代に党首選制度を変更し、それまでの党員、労働組合、下院・欧州議員の3つのグループで均等に票を案分する制度から、党員、関連団体メンバー、登録サポーターが平等に一人一票で総得票を争う制度となっていた。コービンを支持するため、党員と登録サポーターの数が急増した。

この党首選挙は、多くが驚いた、コービンの圧勝に終わった。しかし、労働党下院議員や旧来からの労働党支持者らからのコービンへの不信は続く。その上、右寄りの新聞が、コービンを極左、無能と決めつけた。

このコービンでは次期総選挙で勝てないと見た労働党下院議員たちが、2016623日のEU国民投票後に行動を起こし、コービンの影の内閣から次々に影の閣僚が辞任し、コービンへの不信任を突きつけ、圧倒的多数の賛成で可決した。しかし、この不信任は党の規約にはない非公式なもので効力はなかった。結局、2回目の党首選が行われることとなった。ところが、この2回目も再びコービンブームが起き、前回を上回る支持を集め、圧勝。この後、労働党下院議員たちは、コービンの引き下ろしは無理だと悟るにいたる。しかし、この間に、メディアには、コービンは、労働党をまとめることもできない無能な党首だという見方が定着した。

そのため、今回の総選挙は「有能で有権者の評価の高いメイ」と「無能で有権者の評価の低いコービン」の戦いという形でスタートした。

労働党のマニフェストが漏えいされ、メディアで大きく取り上げられると、労働党は鉄道の国有化、大学授業料の無料化など、古い夢のような政策を並べて借金だらけになると批判された。改めて正式に発表されたマニフェストには、その財源リストがついており、しかも個別の政策は有権者に人気があることが分かった。それでも、有権者のコービンへの不信は続く。

ところが、比較的若い人たちを中心にコービンへの支持は拡大しており、しかもジャーナリストたちは、上記の529日の討論会で、68歳でいいお爺さんのイメージのあるコービンが落ち着き、率直で熱意のある優れたパフォーマンスをしたため、コービンを見直し始めた。

531日の討論会では、コービンは7人の参加者の中で、そう目立たなかったが、コービンを無能だと見る見方は、保守党のラッド以外なくなっていた。

議席数予測

保守党と労働党との世論調査の差は大きく縮まってきている。その中でも世論調査最大手のYouGovの世論調査では、総選挙が発表された時には、その差が24%だったのが、531日には3%となった。

また、YouGovは、コンピュータによる新しい選挙予想法を導入した。YouGovは毎日そのデータを更新し、現時点での各党の議席を予測している。この方法には、誤差がかなり大きいという問題があるが、530日に発表された時には、衝撃が走った。保守党が解散前の議席を20議席減らすとしたからだ。この予測には、他の世論調査会社からの批判がある。

なお、世論調査会社の間で、生のデータを解析する方法が異なっており、2015年総選挙で世論調査の結果が誤った後、多くの修正を施している。今回の総選挙では、特に若い有権者の投票率の見方で、その結果がかなり異なる。50歳以上では保守党が強く、それ以下では労働党が強い。通常、若い有権者の投票率は低い。しかし、コービンブームの若い世代は異なるという見方がある。

61日時点でのYouGov各党予測議席数は以下の通り。なお、保守党の選挙前議席数は330だった。

政党 議席予測
保守党 317
労働党 253
SNP 47
自民党 9
プライドカムリ 3
緑の党 1
その他 2
北アイルランド 18

 

タクティカルボーティング

今回の総選挙が始まった時、保守党の圧勝は間違いないと思われた。メイは、EU離脱交渉について「悪い合意より合意のない方がよい」との発言で、繰り返し発言している。メイが過半数を大きく上回る議席を獲得した後、勝手に交渉を進め、イギリスがEUからスムーズに離脱できないのではないかと危機感を持った人たちを中心にタクティカルボーティングを進める動きが出ている。これは、保守党の議席を増やさせないために、それ以外の当選可能な候補者に票を集中させるものである。その動きの一つは、「イギリスにとってベスト(Best For Britain)」である。

531日の7党討論会で現れたように、他の政党は、保守党に非常に強い批判を持っている。それぞれの支持者がタクティカルボーティングで、保守党以外の当選可能な候補に票を集めて当選させる動きは今後強まるだろう。

その一つの例は、東デボン(East Devon)選挙区である。上表のYouGovの議席予測の「その他2」には「下院議長」が含まれるが、それ以外のもう一つで、当選見込みとされている。

完全小選挙区制のイギリスの下院選挙では、それぞれの選挙区で最多得票者が一人だけ当選するため、通常、選挙区に強い支持基盤のある政党の公認を得なければ当選は難しい。ところが、東デボン選挙区では、無所属の候補者が健闘している。

この候補者クレア・ライトは、前回の2015年の総選挙でも無所属で立候補した。その際の結果は以下の通り。

 

得票

得票率

保守党

25,401

46.4

クレア・ライト

13,140

24

UKIP

6,870

12.5

労働党

5,591

10.2

自民党

3,715

6.8

投票率73.7

もし、労働党と自民党の票並びに、その選挙に投票しなかった有権者の投票をかなり集められれば当選の可能性が出てくる。イギリスにベストでは、この無所属候補者に投票するよう勧めている。

このようなタクティカルボーティングは、YouGovの議席予測では、前回総選挙で保守党が自民党から奪った議席の幾つかで効果が出ているようで、その議席数が自民党の予想議席数に反映されている。

苦境のメイ

これまで述べたようにメイ首相は既に傷ついている。保守党が過半数を下回るようなことがあれば、それは大番狂わせであり、メイの進退問題にも発展するだろう。もし、ほとんど議席を増やすことができないようなことであれば、保守党内での立場が極めて弱いものとなり、メイの「強い立場でEU離脱交渉」をするという目的は果たせないだろう。

コービン首相の可能性

68日の総選挙で労働党のコービンが首相となる可能性が出てきた。

531日付のタイムズ紙が、世論調査会社最大手のYouGovの獲得議席数予測を一面トップで掲載した。これは、YouGov5万人の調査から選挙区ごとに分析した結果をまとめたものである。

政党名 予想議席 解散時議席
保守党 310 330
労働党 257 229
SNP 50 54
自民党 10 9
プライドカムリ 3 3
緑の党 1 1
議長 1 1
北アイルランド 18 18

 

なお、この予測では保守党の獲得議席予想数は345から274の幅があるが、上の表通りの結果が出た場合を想定してみる。

北アイルランドでは、2015年総選挙で、民主統一党(DUP)が8議席、アルスター統一党UUP2議席を獲得した。保守党はUUPと特別な関係があり、また、DUPは、EU離脱を支持した。シンフェイン党が支持を伸ばしており、同じような結果が出るとは限らないが、もしDUPUUPが保守党を支持するとすれば、保守党は支持議員の数を10議席伸ばせる可能性がある。シンフェイン党は、4議席だったが、当選しても議会審議には参加しない。もし、その方針が継続すれば、過半数を計算するには、全650議席からシンフェイン党の獲得議席数が差し引かれることとなる。前回と同じ4議席だと仮定すれば、残りは646議席となり、過半数は324議席ということになる。

もし上記の表通りの獲得議席数なら保守党、DUPUUPの合計は320議席で、過半数に足りない。

一方、労働党は、北アイルランドの、前回3議席を獲得した友党の社会民主労働党(SDLP)と、メイ首相のEU離脱方針に反対するスコットランド国民党(SNP)、自民党、ウェールズのプライドカムリ、緑の党の支援を受けられるだろう。すなわち、324議席で過半数を制することとなる。労働党がこれらの政党と連立政権を組むとは考えにくく、少数政権となるだろうが、労働党のコービンが首相となる。

今回の総選挙では、メイ首相率いる保守党が圧倒的に優勢で、最初から結果が決まっているという見方が強かったが、その当初の予想を裏切り、コービンが首相となる可能性が出てきたと言える。

保守党と労働党の支持率の差5%

驚くべき展開だ。68日の総選挙まで2週間。この段階で、世論調査の保守党と労働党の差が5%となった。

この総選挙は、当初、支持率の差で労働党に20%余の差をつけていた保守党の地滑り的大勝利は間違いないと見られていた。しかし、徐々に支持を失う保守党と、急速に支持を拡大する労働党との間で予断を許さない展開となっている。もしこの状態が続けば、確実視されていた保守党の過半数獲得は危うくなり、いずれの政党も過半数のない、いわゆるハングパーラメント(宙づり議会)となる可能性がある。

世論調査最大手のYouGovは、メイが総選挙の実施を発表した418日の後の世論調査では両党の差を24%としていた。それが51819日に実施した世論調査では9%、そしてマンチェスター爆弾事件後の52425日の調査では5%となった。

他の世論調査会社の結果も軒並み一ケタの差を示している。51819日以降に実施された世論調査で、2社が12%14%の差の結果だったが、世論調査結果の算定方法の違いによるもので、いずれも恐らく一桁だったのではないかと言われる。

5%の差を出した世論調査と同じ525日夕方に発表されたもう一つの世論調査の会社の方法は保守党に若干有利と見られているが、結果は8%の差だった。

この原因は何だろうか?それは保守党と労働党のマニフェストに原因があると思われる。

労働党のマニフェストの政策は、近年最も左寄りと言われたが、そのほとんどが有権者に人気のあるものだ。一方、保守党の政策で有権者が最も覚えているのは、高齢者ケアに関するもので、国民の多くに強い不安を起こさせたものである。メイは、下がる支持率と、これでは選挙が戦えないとする候補者たちの声を受けて、マニフェスト発表後に異例の方針転換をしたが、その一連の過程は醜いものだった。メイの「強い、安定したリーダーシップ」のイメージを大きく傷つけるものとなったと言える。また、Brexitが中心となる選挙と思われたが、その影が薄くなっている。

メイは、マンチェスター爆弾事件を自分に有利に導くよう努力したが、その効果は限られていたようだ。その上、内相時代の警官数削減が自分に跳ね返ってきている。

これからどうなるか、その展開が俟たれる。

メイの誤算

68日の総選挙まで2週間余りとなった。労働党のマニフェスト、そして保守党のマニフェストが発表され、世論調査の支持率で大きな動きがある。メイ首相率いる保守党と労働党の差が縮まってきている。

これまで、その差はほとんどが20%内外だったが、それが520日に発表された4つの世論調査で9から13%となった。その平均は11.5%である。

これまで保守党は、下院の総議席650のうち400を上回る議席を獲得するのではないかとみられていた。イギリス下院の選挙制度は完全小選挙区制であり、各選挙区で最高の得票をした候補者が一人当選する。選挙区ごとに事情は異なるが、全国的に第一党の保守党と第二党の労働党の支持率の差が非常に大きければ、各選挙区で保守党の候補者が勝つ率が飛躍的に高まる。

もし保守党が400議席を獲得すれば、他の政党の議席合計は250となり、保守党と他の政党の合計議席の差は150(マジョリティと呼ばれる)となる。1997年総選挙(全659議席)で、ブレア率いる労働党が地滑り的な大勝利を収めて418議席、保守党が165議席を獲得したが、今回の総選挙は、メイ率いる保守党が、1997年の労働党を上回る結果となるのではないかとみられていた。もしそうなれば、メイは、保守党内のEU強硬離脱派らの不満分子を抑えて、余裕のある政権運営ができることになる。

ところが、もしその支持率の差が9%であれば、保守党の議席数は348で、そのマジョリティは46となるとみられている。これでは、保守党内に100名余りいると見られるEU離脱派らを抑えることは難しいだろう。

世論調査で両党の差が大きかった主な原因は、労働党の党首コービンに首相となる能力がないと見る人が多かったのに対し、メイ首相の能力が高く評価されていたためだ。特にこの総選挙直後に始まるEUとの離脱交渉でメイに期待を寄せる人が多かった。

ところが、保守党のマニフェストに含まれた「勇敢」な政策が多くの有権者に保守党への支持をためらわせる効果を生んでいる。保守党のマニフェストそのものは、権威ある中立のシンクタンク財政問題研究所(IFS)が前向きに評価した。しかし、保守党は、所得税や国民保険料のアップを否定していない。その中でも特に大きいのは、高齢者ケアの受給者負担を増加させ、年金生活者への現金補助を減らす政策である。

メイの前任首相キャメロンは、投票率の高い高齢者を厚遇し、しかも有権者の資産を家族に引き継がせたいという希望をかなえさせるため、相続税の大幅な緩和を実施した。相続税は、2007年に保守党が党大会でその大幅緩和政策を発表したため保守党の支持率が上がり、当時の労働党のブラウン首相が総選挙を見送らざるをえなかったばかりか、臆病者の烙印を押された問題である。

ところが、高齢者ケアの受給者負担の増加は、持ち家志向のあるイギリス人の相続に大きな影響を与えるものである。特に、焦点が当たったのは、認知症で在宅ケアを受ける場合、ケアの支払いに新たにその住宅の価値を資産に入れる政策のため、支払いがかなり高額になる可能性があり、しかもそのケアの受給が長期になれば、最後に残った10万ポンド(1450万円)以外のすべてを失う可能性があるということである。イングランドの住宅の平均価値は、23万ポンド(3300万円)だが、遺産の受益者の受け取る額はかなり少なくなる。そのため、これは「認知症税」と表現されている。

もちろん、高齢者が急増する中、そのケアのコストに対する対応は必要である。メイが下院で大きなマジョリティを得ても、公選でない上院では少数派である。上院は総選挙のマニフェストで謳われた政策には反対しない慣例があり、これらの政策をマニフェストではっきりと明言しておけば上院での反対を防げるという効果がある。ただし、メイは、2025年までに財政を均衡させるとし、高齢者ケアや年金生活者への補助カットなどからもかなりの金額を国庫に入れられると計算したようだ。しかし、その結果、有権者の「家」に対する感情をいらだたせ、多くの有権者に大きな不安を与えているようだ。

労働党は、高齢者ケアと年金生活者のこれまでの権利を守る立場をとっている。そしてこれらの権利をこの選挙の中心の論点とし始めている。

労働党のコービン党首の能力に疑問を持つ有権者はまだかなり多い。しかし、どの党に投票するか迷っていた、これまでの労働党支持者に労働党に回帰する傾向が強まっている他、比較的若い世代に支持が広まっている。サッカー場で開かれた音楽コンサートでスピーチした際には、ロックスター並みの歓迎を受けた。有権者登録は、522日に終了するが、418日にメイが総選挙の実施を発表して以来、既に200万人以上新たに登録しており、あと2日でさらに大きく増加する見込みだ。コービンが労働党の党首選挙で勝利した雰囲気を思い出させる。

この状況に加え、メイの高齢者福祉に疑問を持つ有権者の支持がある程度労働党へ向かっているようだ。一方、EU離脱交渉の行方への関心が比較的に弱まっている。メイの誤算が総選挙の構図を変えた。この総選挙の結果は初めから決まっているという見方が強かったが、これからの展開が注目される。

選択肢の狭まったメイ

メイ首相は、53日、通常、国家的に重要な声明を発表する場の首相官邸前で、EU離脱交渉でEU側が脅しをかけてきている、68日投票の総選挙に影響を与えようとしていると厳しく非難した。

イギリスが、外国勢力がイギリスの選挙に介入しようとしていると非難したのは1920年代のことで、メイの非難は歴史的にも極めてまれなことだと言われる。

メイの言うEUからの脅しは、わずか数日前、メイ本人がブリュッセル(EU本部の所在地)のゴシップだと取るに足らないものとして扱った「憶測と情報漏えい」に基づいている。イギリス政府は、通常、そのようなものにコメントしないが、コメントどころか、強い非難となった。

3月末にイギリスはEU離脱通知を送ったが、EU側の27か国や欧州議会の交渉指針のすり合わせ、さらにはメイが突然行うことを決めた総選挙で、具体的な交渉はその総選挙後に始まる予定だった。メイのリクエストで行われた426日のイギリスの首相官邸での夕食会は、イギリス側とEU側の最初の顔合わせだった。

ところが具体的な交渉の始まる前に、既にイギリスとEUの関係は非常に悪くなっている。

426日の夕食会で、メイは、「Brexitを成功させよう」と発言したと言われる。それに対してEUの執行機関、欧州委員会のユンカー委員長は、「成功はあり得ない、悲しいものだ」と答えたとされる。

メイの意味は、イギリスの離脱交渉で、イギリスとEU側の両者がウィンウィンの関係を作り、ともに利益を得ることを目的とすべきだというものだった。

ただし、これには条件がある。その合意には、EUの単一市場にイギリスがほとんどこれまで通り障害なくアクセスでき、その一方、EUからの移民を制限することができるという条件が含まれることである。

もちろんEU側も同じ権利を得ることとなるが、イギリスの人口6300万人に対し、イギリスを含めた5億人余りの人口を持つEUとでは大きく立場が異なる。

また、EU側は、これまで繰り返し主張しているが、EUの単一市場と移民の自由は一つのセットであり、それを分割できないとしている。

しかも、EU側は、将来、イギリスのように離脱する国が生まれないよう、結束を固めるとともに、離脱の条件をかなり厳しいものとする必要がある。

その中、メイは、ユンカーらに「Brexitを成功させよう」と面と向かって主張したのである。

しかもメイが離脱に当たり、法的に財政負担義務はないとする主張をするに至り、メイがEU離脱で「いいとこ取り」を求めていることが明らかになった。

これまでもメイが「合意なしの方が悪い合意より良い」などと強硬な主張をしても、これらは交渉上の駆け引きの一つで、結局は譲歩して合意を求めるという見方があった。しかし、426日の夕食会での面と向かっての発言で、ユンカーが、メイは「異なった銀河に住んでいる」との印象を抱くこととなった。

さて、冒頭に述べたように、メイは、EU側を強く非難し、イギリスの有権者に、自らの率いる保守党に投票するよう呼びかけた。メイはEU側が選挙に介入しようとしている非難したが、もともとEU側には、メイがイギリス国内でその立場を強めることは、Brexit交渉によいという見方があった。この立場は、メイが夕食会で妥協しない立場を示したことで、変化したかもしれない。

ここで問題となるのは、メイが首相として本当にBrexitの交渉を担当するのが適当かどうかということである。メイは自分が「強い、安定したリーダーシップ」を提供し、「可能なベストの合意」を得ると主張してきた。それが本当かということである。

もちろん「可能なベストの合意」の意味は広範囲であり、かなり悪い合意でもそのような主張ができるかもしれない。しかし、メイのこれまでのやり方は、一般の「強い、安定したリーダーシップ」とはかなり異なったものだ。

メイが行ったようなEUへの非難は、かなり前に予測されていた。20171月、イギリスの前駐EU大使が、メイのEU離脱交渉に対する立場が非現実的だとして突如辞任したが、2月に下院委員会に呼ばれた時、そのような事態が起きることを予測していた。ただし、これほど早く起きるとは思っていなかったようだ。

そのような駐EU大使のアドバイスを聞く耳を持たず、辞任に至らせるような状況を作ったのはメイである。また、この交渉で重要な役割を果たすEU離脱省のトップの事務次官に、内務相時代のメイに忠実だったが、昇進が早すぎ、経験の乏しく、その能力が未知数の人物を任命したのはメイである。

また、20166月のEU国民投票は諮問的なものだったが、その離脱の結果を受けて、EUへの離脱通知を議会に諮らず、女王の大権を使って自分の判断で送ろうとした。それはおかしいとした民間人が司法審査を求め、高等法院で議会の承認が必要との判断が下された後、上訴し、結局、最高裁でも議会の承認が必要と判断された。高等法院の判断が出た際、その判事たちを「国民の敵」としたタブロイド紙を、メイは報道の自由だとして批判しなかったばかりか、本来司法を守る立場にあるメイ内閣の法相は、裁判所の判断を擁護する声明をなかなか出さず、法曹界から強く非難された。

メイのやり方は、自分の周囲を自分の意見に従う人物で固め、本当のことを率直に言う人たちを遠ざけ、自分の判断ですべてを取り仕切ることのようだ。これがメイの言う「強い、安定したリーダーシップ」のように思われる。

メイは拙稿でもこれまで度々触れたように、多くのことを成し遂げたいという野心がある。例えば、財政赤字を2022年までに黒字に変えたい、Brexitを成功させたい、やっと生計を立てている人たちを助けたい、優秀な子供たちにそれに見合う優れた教育を受けさせたい(グラマースクール)など多くの目的があるが、あまりにも多くのことに取り組みすぎだ。これらは必ずしも同じ方向にあるのではなく、かなり対立した要素がある。

例えば、BrexitEU側からの巨額の「離婚料」の問題がある。600億ユーロ(73千億円)という数字が出ていたが、今ではそれが1000億ユーロ(122千億円)に増えたのではないかという見方がある。53日のフランス大統領選討論会で、次期大統領となるのが有力なマクロン候補は、イギリスがEUを離脱するには600から800億ユーロを支払う必要があると発言した。マクロンが大統領となると、イギリスに対してこの要求を貫くように思われる。メイは、財政赤字を2022年までになくす方針で、緊縮財政を維持しているが、EU離脱にまつわる様々な財政負担が増えると見られる中、このような要求にたやすく応じられる状況にない。

EU側は、この「離婚料」、イギリスにおけるEU加盟国人の権利、さらにアイルランドの国境問題の3つを、イギリスとEUとの貿易関係交渉の前に行うこととしている。

これらの問題が、そう簡単に解決できるとは思えないが、それが進まないと貿易関係の話にならない。もしイギリスとEUの合意がないままイギリスがEUを離脱すれば、2年足らずでEUへの輸出に関税などの障壁に面することとなる。これまでEUがイギリスに代わって行ってきた対外関係もすべて自前で行う必要がある。イギリスをEUへの窓口として使ってきた外国企業は、その政策を変え、雇用にも大きな影響が出るだろう。金融関係でも既にその動きは始まっている。

メイの選択肢は狭まっている。UKIPの欧州議会議員が、このままでは、Brexitの交渉結果は「イギリスに非常に不利な合意」となると発言したが、もしメイがあくまで合意に固執すれば、メイの「可能なベストの合意」はかなりレベルの低いものとなるだろう。ただし、それはメイが作り出したものではなく、メイの敵が招いたものと主張するだろうが。

「裸の王様」ぶりを曝け出したメイ

昨年6月のEU国民投票後、保守党がキャメロンの後継党首そして首相にメイを選んだ時には、イギリスのEUとの離脱交渉をめぐって、このようなことが起きるとは誰も思ってもいなかっただろう。手堅いと思われたメイが、その無能ぶり、経験不足を露呈した。選挙ステラテジストのリントン・クロスビーの影響を指摘する見方もあるが、メイが「裸の王様」であることを曝け出したといえる。

53日午後、メイは首相官邸前で演説し、EUがイギリスを脅迫していると厳しく批判した。そしてEUが現在進行中の選挙に影響を与えようとしていると断言したのである。EU側は、そのようなことは「全くの幻想だ」と否定した。

メイは、現在のEUとの関係悪化の責任を取ろうとせず、自分の落ち度を棚に上げて、EU側に責任を負わせようとし、自分が何をしているか、何が悪いのか省みる気配がない。むしろ68日投票の総選挙にこの問題を利用しようとしている。

メイ首相では、イギリスがEUとの貿易を含めた将来の関係の合意をすることは難しいだろう。合意なしに離脱する、いわゆる強硬離脱に向かう可能性が高まったといえる。

何が起きたのか?

  1. 426日の夕食会

ちょうど1週間前の426日、メイが、EUの欧州委員会委員長のユンカーらを首相官邸に夕食に招待(拙稿参照)。10人の夕食会が終わった時、ユンカーが「始まる前より10倍懐疑的になった」と発言したと言われる。

翌日ユンカーは、EUの盟主ドイツのメルケル首相に連絡を取り、メイが「異なる銀河に住んでいる」と伝えた。メルケルは、その日、ドイツの下院で、「イギリスには幻想している人がいる」と述べた。

429日、イギリスを除いたEU側の27か国の首脳がブリュッセに集まり、EU側の交渉指針に合意した。

この間、426日の夕食会の内容は少しずつ漏れてきていたが、51日のドイツの新聞がその夕食会の内容を細かく報道し、それがイギリスに伝えられた。

はっきりしたことは、たいへん重要な点でEU側とメイの方針が相反しており、EU側が合意に悲観的になったということである。

しかし、メイは、その夕食会後の「建設的な話し合いがなされた」という声明をうのみにして、その夕食会が大失敗に終わったということに気づいていなかった。

  1. 2つの報道

53日のファイナンシャルタイムズ紙が、EU側はイギリスの離脱にあたり、グロスで1000億ユーロ(122千億円)の支払いを求めるだろうとトップで報道した。これまでの非公式な推定は、600億ユーロ(73千億円)だったが、それよりはるかに大きな金額が求められる可能性を示唆したのである。

この数字は、EU側から出てきたものではなく、ファイナンシャルタイムズ紙の記者が、これまでの報道、データ、それに法律などを分析して積み上げたものである。しかし、このような金額は、ドイツやポーランドなどのEU側がその態度を硬化させている証拠だという見方が強まった。

また、同日のタイムズ紙の1面トップは、426日の夕食会で、メイがEUとの交渉の終盤には自分が直接他の加盟国の首相や大統領などと交渉すると述べたが、メイが直接交渉できるのは、EU側の交渉責任者ミシェル・バーニエのみだという指摘を報道した。

さらに同日、バーニエがイギリス側の「幻想」を指摘し、イギリスの金銭的な責任の合意ができなければ、将来の関係についての交渉には進まない、しかも交渉にはかなり時間がかかると警告した。

そしてその日の午後、EUを強く攻撃したメイの発言が飛び出した。

「裸の王様」メイ

メイが、426日の夕食会の「結果」に51日まで気づかなかったように見えることは驚きだ。さらに53日のタイムズ紙の記事は、メイがEUとの交渉の仕方について理解していなかったことをはっきりと示している。

メイには、EUとの交渉で、率直に正確な情報を伝達してくれる人物が欠けているようだ。イギリスの前駐EU大使は、経験豊富で、EU内の情報や人脈に通じた人物だったが、20171月、突如辞任した。メイ政権が非現実的だと感じたことが原因だった。その後、新しい駐EU大使が任命されたが、この人物はそう大切な役割を果たしていないように思われる。

メイは、自分の考えに合わない人たちの見解を容れない。総選挙の影響もあるだろうが、メイを「強く、安定したリーダー」と称賛するばかりの人たちのみを周囲に置いている。しかし、このままでは、「強く、安定したリーダーシップ」どころか、EUとの関係をさらに悪化させる可能性がある。

もし合意ができなければ、EUも大きな傷を負うが、その悪影響はイギリスの方がはるかに大きい。「裸の王様」が首相では、EUとの交渉の見通しは暗い。

その能力には疑問があるものの、コービン率いる労働党の方がより現実的でスムーズなEU離脱、将来の関係の合意を成し遂げることができるのではないかと思われるほどだ。