切羽詰まってきたイギリスのEU離脱交渉

11月10日に終わった6回目の交渉の後、EU側の交渉責任者ミシェル・バーニエが、次の第二段階の交渉を年内に始めるためには、イギリス側は2週間以内に、イギリスの離脱清算金の立場をはっきりさせる必要があると発言した。12月14日、15日に開かれるEU首脳会議で話し合うには、その準備の時間も含めてかなり時間がかかる。そのため、あと2週間の話がでてきているのである。なお、離脱清算金は、イギリスがこれまでEU加盟国として約束しているお金の支払いや、EU公務員の年金などを含むものである。

メイ英首相は、9月末のフィレンツェの演説で、EU加盟国が不利にならないようにすると発言したが、それを詳しく説明するように求められたのである。メイは、これまでに、200億ユーロ(26兆円)ほどのお金の支払いを示唆したと見られている。しかし、EU側は、600億ユーロ(80兆円)を求めているとされており、その差は大きい。

もちろんEU側は、イギリスが具体的な金額を提示することを求めているわけではない。その最終的な額が決定されるにはかなり時間がかかることは承知しているが、どのような項目で支払いを行うのか、その明示を求めているのである。しかしながら、このEU側の要求にイギリス側が答えることは極めて難しいように思える。

EU側は、第一段階の交渉で、(1)イギリス離脱後のEU国民の地位(そして逆にイギリス国民の地位)、(2)清算金、そして(3)EU加盟国アイルランド共和国とイギリスの一部、北アイルランドとの国境の問題の3課題で、大きな進展があれば、第ニ段階の、貿易を中心にした将来の関係の交渉に入るとしている。つまり、これらの問題に両者の基本的な合意がなければ次の第二段階の交渉に入れないことになっている。

しかも2019年3月のイギリスのEU離脱後、両者の新しい関係が始まるまでの、いわゆる「暫定期間」の交渉も将来の関係の大枠が見えなければ進まないという状況にある。将来の関係がある程度明らかでなければ、「暫定期間」を設けることそのものの意味が乏しくなる。

そして、イギリス側の関心の中心は、貿易関係であり、これがどうなるかで、清算金への立場が変わる。イギリス側は、離脱交渉でEUとの差は極めて小さいと主張しているが、実際には、上記の清算金の例でも示されるようにかなり距離がある。すなわち、現在のように、将来の貿易関係がはっきりしない中で、どうして清算金の具体的な話ができるのかという見方が、イギリスの中にある。

一方、ビジネス側は、年内に第二段階の交渉に進むことを求めている。ビジネスにとっては、その戦略を立てる上でイギリスがEU離脱後、どのような立場になるかをかなり前に知っておくことが必要だ。例えば、輸出入への対応や新しいコンピュータシステムを構築するのにも、1年以上かかる。12月に第二段階の交渉が始まらなければ、その次にEU首脳が集まるのは来年3月であり、もしその際に、交渉が第二段階に移れるほどの十分な進展を達成しているかどうかを議論されるのでは遅すぎる。2019年3月の離脱に対して、手続き上の制約から、イギリスとEUとの合意は、2018年秋までになされている必要があり、バルニエらが何度も触れているように、時間は本当になくなってきている。

イギリスのEU離脱の、過去40年以上の非常に緊密で複雑な関係を清算するような試みは、これまでになく、その困難さは前例のないものである。メイ政権は、明らかに、この離脱交渉を見くびっていたと言える。

問題は、離脱清算金の詳細の合意に、あと2週間しかないと言われて、それがその期間内でできる状況にあるかどうかである。デービス離脱相が、双方のイマジネーションと譲歩が必要だと主張したが、イマジネーションが本当に必要とされるようなら、お互いの立場が膠着しているのは間違いない。

一方、現在でも保守党内の強硬離脱派は、巨額な清算金の支払いに反対している。オランダの国会議員が、メイ政権は、国全体のことより党のことを考えて行動していると批判したが、辞任した閣僚の後任の任命に閣僚のバランスを慎重に考える必要のあるメイ首相では、重荷に過ぎるだろう。もし、2週間で交渉が進展しなければどうなるか?恐らく、すぐに動きはないだろうが、イギリスの政治に切羽詰まったムードがさらに広く蔓延してくるのは間違いないだろう。それでどうなるか?

イギリス政治がさらに面白くなってきた。

強引な節税

昨年のパナマ文書に続き、パラダイス文書と呼ばれる書類が大量に漏えいされた。この書類で明らかにされたのは、大企業や大金持ちがタックスヘイブン(租税回避地)を利用し、税金逃れを図っていたことである。この中には、アップルや、イギリスのエリザベス女王、フォーミュラ1のドライバー、ルイス・ハミルトンなども含まれていた。いずれも不法なものではないとされるが、既存の制度を巧妙に利用したもので、本来支払われるべき税金が支払われていない。

メイ首相は、税金逃れに対するこれまでの対策と成果を語り、きちんと税が支払われねばならないと主張したが、それ以上の策には踏み込まなかった。

一方、野党労働党のコービン党首は、英国産業連盟(CBI:日本の経団連に相当する)での演説で、これらの税が支払われなければ、国民保健サービス(NHS)などの公共サービスが影響を受け、財政赤字が出れば、その穴埋めをするのは一般の国民だと批判した。

昨年のパナマ文書は、アイスランド首相の辞任につながった。また、イギリスのキャメロン首相が、父親が租税回避地に設立したトラストファンドの持ち分を売り、利益を得ていたことがわかり、キャメロン首相自身が政治家として終わりだと思ったと伝えられる。政治家には、直接関与することがあれば、大きなリスクとなりうる。

今回の漏えいは、有権者がこのような文書の漏えいに慣れてしまっており、パナマ文書ほどのインパクトはないのではないかという見方がある。恐らくそれは正しいだろう。公共放送BBCが、パラダイス文書を扱った番組パノラマを放映したが、そのインパクトははるかに小さいように思われた。

産業振興や投資促進などが複雑に絡み合い、税金の仕組みは非常に複雑なものになっている。イギリスには、王室属領などの租税回避地の存在で、その金融セクターの発展に役立ててきた歴史がある。それらを巧妙に操作し、強引な節税に走る向きは、そう簡単に減りそうにない。

さらに増加するメイ首相の苦しみ

6月の総選挙で、過半数を失い、EUとの離脱交渉に苦しみ、その威信がほとんどなくなっているメイ首相に、さらに多くの問題が加わっている。政治には、良い時もあれば、悪い時もあり、その命運はどう変わるか予測できない面がある。それでも極めて弱体化したメイ政権は、火消しに追われている状況で、いつ倒れてもおかしくない状態だ。

英国議会のセクハラ問題

どの国の議会でも同じだろうが、議員は自分たちが厳しくコントロールされることを嫌う。

ブレア労働党政権時代の議会倫理基準コミッショナーだったエリザベス・フィルキンは、下院議員への調べ方がまともすぎると嫌われ、本来、3年の任期の後、再任されるはずだったが、再任されなかった。つまり、言うことを聞かない人物は、追い出されるという傾向があるようだ。

しかし、今回のセクハラ疑惑は、既に多くの議員の名前が挙がっており、そのような壁を乗り越えているようだ。自分のナンバー2の名前も挙がっているメイ首相は、11月6日の野党党首らとの会談で、議会スタッフをより強く守る制度改善を合意した。しかし、これには十分でないという意見もある。

ただし、そのような若干の継ぎ足しの制度強化だけでは、これからさらに増加すると見られる議員のセクハラ疑惑に対応するのは難しいだろう。

国際開発相の勝手な振る舞い

夏にメイ政権のパテル国際開発相がイスラエルにホリデーに行き、そこで、イスラエル首相らを含むトップ政治家らと会っていたことがわかった。この行動は、外務省に知らされておらず、しかも国際開発省のスタッフも同行していなかった。これは閣僚の行動基準に反すると見られる。なぜ、パテルが独自で行動したのかは、はっきりしていないが、メイ後の党首選で立候補するため、英国のイスラエルロビーから資金提供を受ける土台作りをしていたのではないかという見方がある。弱体化したメイのもたらした問題だとも言えそうだ。

パテルは、メイ首相から譴責されたが、それでは不十分だという見方もある。パテルは、議員のセクハラ疑惑やパラダイス文書などの問題でメディアの関心が分散しているので助かっていると言われる。

外相の不注意発言

ジョンソン外相は、イランで刑務所に入れられている、イランと英国の国籍を持つ女性が、イランにジャーナリズムを教えていたのだと、いう発言をした。そのため、イランが、この女性の刑期をさらに延長するのではないかと心配されている。ジョンソン外相の不注意発言は有名だが、実際にそれで理不尽な罰を受ける人が出るようなことがあれば、深刻な問題である。

官僚トップの内閣書記官長の病

ヘイウッド内閣書記官長は、キャメロン政権時代からこのポストを務めるベテランだが、ガンにかかった。どの程度仕事に差仕えているかに拠るが、このような人物のサポートが最も必要な時に、それが疑問になるのは不運だと言える。

EU離脱影響評価書の発表

メイ政権は、58の分野におけるEU離脱の影響評価をしたが、これらの評価書の発表を渋っている。野党労働党らが、下院のEU離脱委員会にそれを渡すよう求め、下院の議決も得た。この議決は拘束力があり、下院議長は、11月7日にそれを渡さなければ、なぜそうしないのかを明らかにする必要があると決定した。

メイの現在の状況は、そのすべてをメイが生み出したわけではない。しかし、度重なる不運に襲われるのも、政治家の運と言えるだろう。

16歳投票権議論に見る政治の影響

イギリスの下院で、労働党下院議員が16歳に選挙投票権を認める提案を出したが、保守党下院議員のフィリバスター的な長い演説で採決にいたらず、事実上否決された

イギリスでは、現在、日本と同じ18歳に投票権を与えている。16歳投票制は、2014年のスコットランド独立住民投票の際、キャメロン保守党政権も認めて実施され、今では、スコットランド内の選挙にも採用されている(下院の選挙など、国全体の投票では18歳を維持している)。世界でもいくつかの国が採用している

労働党支持のイギリスの若者

イギリスでの投票年齢引き下げ提案には、政治的な背景を考慮しておく必要があろう。労働党はこれまでも一般に若者の支持する政党だったが、2017年6月の総選挙では、若者の支持が急増し、その投票率が大幅にアップ、しかも29歳以下の3分の2近くが労働党に投票したとされ、その結果、労働党が予想外に健闘した。労働党は、コービン党首が党首選に立候補して以来、党員が急増し、今や50万人以上の党員を擁し、西欧で最大の政党となっている。

自民党支持の日本の若者

一方、日本では、若者が自民党を支持する傾向がある。2017年10月の選挙で、NHKの行った投票所の出口調査によると、18-19歳は47%、20代は50%、30代は42%が自民党を支持し、それらより上の年代の自民党支持が30%台にとどまったのに比べ、大きな差があった。若者の支持で2位だった希望の党などの野党は、若者の支持を惹きつけられず、それぞれ10%台以下に留まった。これらの世代の第二次世界大戦や北朝鮮問題への捉え方の違いがその背景にあるように思われる。

投票年齢引き下げの政治的影響

結局、イギリスの場合、保守党下院議員が16歳投票制に反対するのは、新しく有権者となる150万人ほどの16-17歳の過半数が労働党に投票する可能性が極めて高く、保守党に不利だという判断があるためだ。

ただし、今回の保守党下院議員の16歳投票制反対は、かなり巧妙になされた。この提案に直接反対したのではなく、同じ日に議論された他の提案で長い演説をし、16歳投票制案を議論する時間をなくしたのである。現在の16歳は、2022年までに行われる次期総選挙には投票権を持つ。そのため、これらの若い有権者に保守党へ投票しない理由を与えることを避けようとしたのである。

16-17歳に投票権を与えるべきかどうかという理論的な考え方はともかく、このような政治的判断がその行方を大きく決めることとなる。

批判の強い、メイの新国防相任命

メイ首相の弱点が改めて曝け出された。マイケル・ファロン国防相の辞任を受け、メイ首相が新国防相にギャビン・ウィリアムソンを任命したが、特に保守党下院議員たちから強い批判が出ている。

ウィリアムソン(1976年6月25日生まれ)は、2010年総選挙で初当選の41歳。その後、保守党内閣の閣僚の、無給の議会担当秘書官となった。このポストは、仕える大臣の、議会での目と耳となる役割である。キャメロン前首相の議会担当秘書官ともなり、保守党下院議員たちとの関係をつけた。EU国民投票でイギリスがEUを離脱することとなり、キャメロン首相が辞任した後の保守党党首選では、メイ選対の主要メンバーとして、メイが首相となるのに大きな貢献をした。その功績と、下院議員らとの関係を買われ、保守党下院議員の規律を保つ役割の、閣僚級の院内幹事に任命された。しかし、省庁の大臣職や準大臣職などのポストに就いたことはない。特に国防関係のポストに就いたことがなく、経験の乏しい人物に、内閣の中でも最も重要なポストの一つで、多くの複雑な問題を抱える国防相が務まるかという疑問がある。

イギリスでは、大臣は、自分の任命した特別アドバイザーのアドバイスを受けながら、省庁をリードしていく役割がある。前任のファロンは、問題をすぐに把握する能力と政治的な勘、そしてその強いリーダーシップを発揮して国防省を率いてきた。ファロンの国防相としての評価は非常に高かった。

一方、ウィリアムソンは、昨年の保守党党首選を扱った、公共放送BBCのドキュドラマ「テリーザ対ボリス」で描かれたように、目的のためには手段を選ばないといったような非常に癖のある人物である。メイがそのような男を頼りにしているのは間違いないだろう。しかし、院内幹事の役割には、閣僚に空席ができた時、党全体のことを考えて、首相にアドバイスすることもある。そのため、メイ政権が、EU離脱交渉や国内の政治課題に関して、党内の規律問題で苦しんでいる時に、自分の仕事を放り出して、国防相のポストをとるということは、おかしいという見方がある。ウィリアムソンは、自分の野望のために、メイが自分を任命するように仕向けたという見方さえある。

メイの問題は、人物の能力をきちんと見極めず、自分に忠誠を誓う人たち(少なくとも当面は)を次々に引き上げる傾向があることだ。例えば、メイは、大学時代からの友人ダミアン・グリーンを副首相格にした。メイは、自分の政権が苦しい立場に陥っていることから、そのような人物に頼らざるをえない点がある。しかし、メイはますます追い詰められた立場にあり、イギリスという国全体のことより、自分の政権の延命に懸命になっているようだ。ウィリアムソンの任命は、メイの立場が非常に弱体化していることの表れだとする見方もある。

英国国会のセクハラ疑惑

アメリカのハリウッドで、業界有力者がその地位を利用して、性的な行為を無理強いした疑いが明らかになったが、その問題が、イギリスの政界に波及している。イギリスの多くの下院議員が、そのスタッフやジャーナリストなどにセクシャルハラスメントをしたという疑いを、英国のマスコミが、連日報道。下院議員のスタッフらがまとめたとされるリストには、かなり古い問題も含めて、保守党下院議員40名の名が挙がっているとされる。下院議員のスタッフなどに対する問題だけではなく、ジャーナリストへのセクハラ、政党内部の疑惑、さらには下院の事務局もそのような苦情にきちんと対応しなかったという疑惑も出てきて、英国政界を揺るがしている。2009年の国会議員経費問題は、国会を大きく揺るがしたが、今回の問題は、それを上回るのではないかと言われる。

そして、驚いたことに、マイケル・ファロン国防相が辞任した。ファロンは、手堅い、有能な政治家で、鋭いインタビューにも動じず、安定した言動には定評がある。そのファロンが、2002年に女性ジャーナリストの膝を何度も撫でたという疑惑が表面化し、さらにファロンの問題はそれだけにとどまらないという疑いも出てきて、ファロンの辞任につながった。首相官邸は、ファロンの最初の疑惑の後、ファロンを信任するかとの問いに、すべての閣僚を信任すると答えたが、そのような立場がもう保てなくなったようだ。さらにメイ首相の大学時代からの友人で、事実上の副首相であるダミアン・グリーンに関しても、ある女性の苦情がタイムズ紙に掲載され、グリーンはそのような疑いを払しょくするのに懸命だ。

既に脆弱なメイ政権は、このセクハラ問題の対応で苦しんでいる。公的には、この問題に真剣に取り組むとしながらも、閣僚や政府のポストについている者を含んだ、多くの保守党下院議員に疑いが出ており、迂闊に動けない状態だ。下院議長の行動を求め、被害者は警察に届けるよう主張し、他の政党に共同歩調をとるよう呼びかけるなど、できるだけ自分だけに責任がかかるのを避けようとしている。もし、保守党下院議員を政府のポストから解任すれば、その議員の行ったとされる行為を認めたこととなり、その議員が、反メイになりかねない。疑いのあがっている議員に、おざなりなものではなく、徹底的な調査を行うのも難しい。6月の総選挙で下院の過半数を失い、北アイルランドの小政党、民主統一党(DUP)の閣外協力で政権を運営しており、さらに政権運営が難しくなりかねない。EU離脱交渉で、次の段階の将来の貿易関係交渉に移れず、苦しんでいるメイ政権にとっては、新たな大きな重荷だ。

ここで出てきた苦情は、これまで英国の政治の世界にあった、そのような問題を容認する文化への挑戦である。これまで溜まってきた、被害者らの不満が、勇気ある告発者たちによって一気に噴出している。ただし、これがどこまで広がるかは予断を許さない。

それでも、ファロンの「10年、15年前に許されていたことが、今では許されない」という言葉は、どの国の政治家にもあてはまることだろう。

EU離脱交渉でほとんど身動きの取れないメイ首相

イギリス政府は、2017年10月には、EU(イギリスを除いた27か国)と将来の貿易関係についての交渉が始められると期待していたが、それはほとんど不可能となった。

EUからの離脱について定めたリスボン条約50条に従い、イギリスが2017年3月末に離脱通告したため、それから2年たった2019年3月末にはEUを離れることになる。すなわちあと1年半弱で離脱する予定だが、スムーズな離脱のためには、それまでにイギリスとEUとの権利義務関係の合意をし、欧州閣僚理事会、イギリス議会と欧州議会の承認を受ける必要がある。もし合意ができなくても、2年間の時間が過ぎれば、離脱ということになる。合意を得ようとすれば、2018年秋までには、その合意が必要とされ、また、離脱後、新しい貿易関係の始まるまでの「移行期間」が必要と見られていることから、同時期に将来の貿易関係の基本的な合意ができている必要があり、この10月がデッドラインと目されていた。

このイギリスとEUとの交渉には、イギリスがEUを離脱する離脱交渉と両者の「将来の関係交渉」の二つがある。離脱交渉では、基本的にこれまでの権利義務関係を清算する。この合意では、欧州閣僚理事会での全員一致は必要ない。しかし、定められた2年の交渉期間の延長、将来の貿易関係を合意するには、関係する全議会(例えばベルギーでは地域議会が複数ある)の承認が必要である。なお、「移行期間」の合意は、2年の交渉期間の延長とは性質が異なるが、30を超える議会の承認が必要になる可能性があることを考えると、時間はあまりない。イギリスにとっての問題の一つは、イギリスがEUとの合意なしに離脱する可能性が少なからずあり、イギリスの将来が不確かなことを勘案し、企業が投資を控えたり、イギリスからEU内に拠点を移動させたりする動きがあることだ。

EU側は、将来の貿易を含めた関係交渉に入るには、3つの点で基本的な合意ができる必要があるとする。それは、関係清算金、イギリス在住のEU市民の権利、そしてアイルランド島内のイギリス(北アイルランド)とEU加盟国アイルランドとの国境の3つの問題である。この中でも、特にお金の問題はメイ首相率いる保守党内に大きな意見の違いがあり、それをまとめるのは現在ほとんど不可能な状況だ。

メイ首相は、そのお金の問題の結論を出すことなく、次の段階の交渉に入ろうと懸命だ。9月にはわざわざイタリアのフィレンツェに行き、演説し、レトリックを駆使したが、その目的を達成することはできなかった。さらに、急きょメイ首相がEU本部のあるブリュッセルに行き、ユンケル委員長やバルニエ交渉代表らと会談することとなった。

保守党内の問題の背景にあるのは、EU離脱の考え方に大きな違いがあることだ。強硬離脱派は、合意なしで離脱し、たとえ一時的に大きなショックがあっても、中長期的に見れば、イギリスに有利に働くと考えている。これは、1979年のサッチャー保守党政権誕生後、金利を上げ、財政を絞り、多くの失業者を出したにもかかわらず、その後イギリス経済が大きく成長したことが念頭にあるようだ。しかも強硬離脱派は、イギリスの主権を重んじ、EUや欧州裁判所の管轄から離れることを目指している。一方、ソフト離脱派は、離脱に伴うショックをできるだけ小さくし、EUとの障壁のない貿易をはじめとする関係をできるだけ維持していくことが大切だと考えている。これらの二つの考え方は前提条件が異なり、妥協点を見つけ出すことは困難だ。

メイ保守党政権には下院の過半数がなく、北アイルランドの小政党、民主統一党(DUP)の閣外協力で政権を維持している状態だ。そのため、強硬離脱派とソフト離脱派のいずれかがメイ政権に反旗を挙げれば、政権を維持していけないというジレンマがある。メイ首相は、身動きの取れない状態であり、まともな実質的な交渉を積み上げていくというより、空中戦的な対応を迫られている。コービン労働党党首が、メイ政権が発足して以来、15か月間何も進捗していないではないかと批判したが、第二段階の交渉が12月までに始まらないようだと、メイ首相に対する圧力は極めて強いものとなろう。

機を見た、労働党のEU離脱新政策

EU離脱交渉の3回目が、8月28日から始まるが、交渉の見通しは暗い。この交渉開始直前、労働党がEU離脱に関する方針を大きく転換し、メイ政権に大きな重圧をかけた。

EU側が、はっきりとした目標を決めて対応しているのに対し、イギリス側の対応は後手に回っている。その上、残された時間が短くなっているため、イギリス側は、必死にあの手この手を繰り出している。EU国民投票から14か月、EUへの離脱通知から5か月たち、時間に追われているのに交渉は進んでいない。

イギリス側はその交渉指針をあわてて発表したが、それらへのEU側の対応は冷ややかだ。EU側が主張し、イギリスの呑んだ交渉計画では、交渉を2段階に分け、第一段階の①EU国民とイギリス国民の権利、②イギリスの財政負担(いわゆる離婚料)、③アイルランド島のアイランド共和国とイギリスの北アイルランドの国境、の問題で基本合意をした上で、ニ段階目の将来の関係交渉を行うこととなっている。しかし、現状では、とても第二段階に進める状況ではない。

交渉指針の発表で分かったように、イギリスの計画は、希望的観測に基づいたもので、国際交渉に必要な、それぞれの立場と能力を見極めながら進めるものとはほど遠い。

メイ政権の立場は、2019年3月の離脱後、EU単一市場(人、モノ、サービス、資本の障壁がない)と関税同盟(域内の関税を課さない)のいずれも離脱するというものである。但し、将来の関係の実施までの移行期間を設け、現在の関税同盟とほとんど同じ内容の新しい関税同盟を合意し、現在のEU関税同盟では許されていない、それ以外の国との貿易交渉を進めるというものだ。しかし、この交渉は、第一段階の3項目がある程度合意した後で行えることである。

6月の総選挙で議席を減らし、弱体化したメイ政権は、北アイルランドの民主統一党(DUP)の10議席の閣外協力で政権を運営しているが、保守党内の強硬離脱派の、特に四つの要求で身動きが取れない状況だ。それらは、①離婚料、②EU外の国との貿易交渉を離脱後直ちに始める、③欧州裁判所の管轄を離れる、④EUからの移民を制限する、というものである。

これらの問題が、保守党内で、当面、直ちに解決できる見通しは暗い。交渉の時間切れで、いわゆる「崖っぷち」離脱の可能性が高まっているゆえんだ。

このような中、野党の労働党は、その方針を大きく変更した。労働党には、EU側の対応と、メイ政権の苦境を見て、そのスキを突き、何が可能で、何が実際的かを判断する余裕がある。メイ政権の求める「新たな関税同盟」を交渉する時間的な余裕はないと判断し、離脱後の移行期間中、EUの単一市場と関税同盟、そして欧州裁判所の管轄下に残るとし、将来の関係交渉でもこれらを維持する可能性を排除しないこととした。

この結果、EU国民投票前、ほとんどの党所属下院議員が残留派だった労働党は、保守党の直面する党内の問題がないこととなり、さらに早晩、この方向へ立場をシフトさせざるを得ないと思われるメイ政権の上手を取るばかりか、保守党内の亀裂を拡大できるという効果も期待できる。

メイには非常に大きな圧力がかかっている。メイは何とか党内の批判勢力をなだめて、自分の首相としての地位を維持しようとしているが、このままでは、メイの失墜は時間の問題のように見える。

イギリスのお粗末なBrexit案

イギリス政府の、EU離脱後のEUとの貿易関係案のお粗末さには驚いた。この案の発表される前、タイムズ紙が、上級公務員の話として、省庁は内容を検討する時間がほとんど与えられておらず、わずか3日(通常12日)与えられたのみで、学生のエッセー提出のように切羽詰まって書き上げるようなものだと報道したが、この案は、まさに修士課程レベルの学生が慌ててまとめたようなもののように思われた。

この案では、イギリスは、単一市場と関税同盟を離脱するが、現在の関税同盟(拙稿参照)とほとんど同じ内容の新たな関税同盟をEUと合意し、通関の摩擦のない「まだ試されていない」システムを使うというものだ。それにはテクノロジーの開発も含む。そしてイギリスは、現在の関税同盟では許されていないEU以外の国と貿易交渉を進めるという。

この案に対し、EU関係者に「幻想的」だというコメントがあった。EUの交渉責任者バルニエは、まず、第一段階の交渉を進めることが先だと反応したが、経験豊富なEU側交渉責任者らは、このような非現実的な案では交渉は難しいと感じたのではないかと思われる。

そもそもイギリスは、テクノロジーの絡んだ新しいシステムを推進するのが得意ではない。例えば、2003年に始めた国境通過管理のコンピュータ化計画(いわゆるEボーダー)は、多額の費用を無駄にし、2014年に方針を転換したが、今なおあまり進捗していない。また、2010年に開始した、各種の社会福祉手当をコンピュータで統合するユニバーサル・クレジットは、今なお多くの問題を抱えている

イギリス案は、ビジネス界などの、離脱後のEUとの関係を心配する声を配慮し、また、EUとの2段階の交渉の第一段階の3つの主要項目、①EU離脱後のイギリスに住むEU国民の権利とEU国に住むイギリス国民の権利、②アイルランド島のアイルランド共和国とイギリスの北アイルランドとの国境問題、そして、③イギリスのEU関係負担金に対する清算(いわゆる離婚料)に対応するために将来の方向性を示すことが必要だったことは理解できる。

なお、これらの項目である程度の合意ができた後、第二段階で、貿易関係を含むEUとイギリスとの将来の関係が交渉されることとなる。

ただし、イギリスの立場で特徴的なのは、現実を直視しているように見えない点だ。今年3月にEUに離脱通知をして以来、ほとんど5か月たつ。残すのは、2年間の交渉期間(これを延長するにはEU加盟国すべての同意が必要)の内、19か月余。カナダとEUとの貿易交渉で見られるように、貿易交渉には10年程度はかかることを考えれば、決して長い期間ではない。また、第一段階の交渉で進展がなければ、第二段階に進めないため、19か月は極めて短いと言える。

しかもイギリス側は、合意された内容を離脱後に実施するまでの「移行期間」の長さを自らの意思で決められると考えている節があるが、これには、イギリスとEU側が合意する必要がある。

さらに、イギリス離脱後にビジネスが不安を持つのは、EU側も同じである。すなわち、EU側も将来の関係をなるべく早くはっきりとさせる必要がある。いつまでも交渉の結果を待っているわけにはいかない。

イギリスとEUとの貿易関係に関して、イギリスからEUへは、その全輸出の44%だが、逆にEU全輸出のイギリスへの割合は8%である。EU側は、交渉が円満に進まなくとも、その8%がすべて失われるわけではない。「離婚料」などの問題でイギリスと合意ができなければ、世界貿易機関(WTO)のルールが適用され、関税などの障壁のため輸出がある程度減る、また、部品なども両者間で関税なしで送れる体制から様々な障壁のある形となり、ある程度のインパクトがあるだろう。それでも、EU側は、一定の損失を受け入れ、イギリスとの合意なしで済ませるという選択肢がある。なお、現在、ユーロ圏の経済成長率は、イギリスの2倍である。

イギリス政府の対応は、メイ政権がその方針の決定を遅らせたことに大きな原因があるように思われる。本来、方針をはっきりと決めて、準備を怠りなく進めるべきであったが、それが後手に回った。方針を慎重に見極めることなく、時間に押されてEUに離脱通知をし、また、時間に追われて方針の決定に迫られている。第二次世界大戦以来、最も重要な国際交渉だと言われながら、その準備ができていなかった。政治の大きな失敗と言える。

日本の民進党に何が必要か?

森友学園、加計学園問題などで苦しむ安倍政権は支持率を下げているが、野党第一党の民進党は、支持率が上がるどころか逆に下がり、一桁台中ほどで停滞している。東京都議選でも小池都知事率いる東京ファーストが大きく支持を集め、民進党は議席を減らし、党首が辞任する結果となった。

東京ファーストの躍進は、フランスのマクロン新大統領が当選し、その率いる新政党が地滑り的大勝利を収めたことと重なる。すなわち、既成の主要政党に飽き足らない有権者がフレッシュな政治勢力に望みを託したいという思いを反映しているといえる。このような例に刺激されたのか、民進党の主要メンバーが離党して新党を模索する動きに出たが、マクロン大統領の支持率は既に大きく低下しており、このような新政治勢力が支持を持続していくのはそう簡単ではないことを示しているように思われる。

一方、イギリスの総選挙で見られたように、メイ首相の保守党は、地滑り的大勝利を予測されていたにもかかわらず、過半数を割る結果となった。その一方、野党第一党の労働党は、大敗北を予想されていたにもかかわらず、議席を増やし、もし総選挙が近々あれば、さらに議席を増やし、労働党政権が生まれる可能性が高いと見られている。

保守党と労働党はいずれも前回総選挙より大きく票を伸ばし、2党で、前回2015年の総選挙の得票率60%台から80%台に達する状況となった。その一方、地域政党を除いて第3党だった自民党はEUに関する2回目の国民投票を約束して選挙戦を戦ったが、予想に反し、前回総選挙で大きく失った得票をさらに減らした。前回総選挙で13%近い得票のあったイギリス独立党(UKIP)は2%を下回った。UKIPはもともとEU離脱を謳って設立された政党で、有権者の既成の政治に対する不満も吸収してかなり高い得票率を得たが、EU離脱が決まり、さらにUKIPの不満票を惹きつける力が無くなった結果と言える。

イギリスの主要2政党が高い得票率を達成したのは、有権者にはっきりと違う選択肢を提示したことが大きな要因と思われる。両党とも、EU離脱では、2016年国民投票の結果を尊重して離脱するという立場だったが、これからの国の在り方の点では大きく異なった。

前回2015年の総選挙では、キャメロン首相率いる保守党とミリバンド党首率いる労働党の間の政策の差が少なかった。労働党は、一定期間光熱費を凍結するという政策など、保守党から強い批判を浴びた政策を打ち出したが、いずれも緊縮財政の立場では同じような立場をとった。

一方、2017年総選挙では、保守党が緊縮財政の立場を維持し、税政策をあいまいにし(すなわち増税の可能性)、また、既存の便益を減らす立場を取ったのに対し、労働党は基本的に反緊縮財政の立場を取り、通常の公共支出ではない公共投資を大幅に増やし、保守党政権下で、実質ならびに事実上削減された福祉、教育、健康医療などの財源を確保するため、保守党政権下で大幅に下げた法人税を引き上げ、所得税ではトップ5%に増税するなどとした。その政策には大学授業料の無料化も含まれ、大学卒業後5万ポンド(約700万円)以上の借金を抱えると見られる多くの若者の負担を大幅に引き下げるとし、労働党は、「少数ではなく多数のため」に働き、「希望」を提供すると訴えた。つまり、保守党と労働党がはっきりと異なる立場を取ったことが、2党に票が集まった大きな原因と言える。

もちろんこれには、政治的な状況がある。メイ首相への有権者の評価が終盤まで高かったこと、コービン党首への特に若い世代の支持が急伸したこと、さらに労働党の政策への支持が高まったことである。労働党の政策は、強硬左派と目されたコービン党首が長年持ってきた基本的な考え方に基づくもので、それらが、2010年以来の保守党政権下の緊縮財政への不満が顕在化してきた時流に合ったことが背景にある。

さて、日本の民進党の最大の問題は、なぜ自民党ではなく、民進党でなければならないのかという基本的な問いに答えられていないことである。そしてその答えに必要なのは、イギリスの労働党のような将来への具体的なイメージであろう。

イギリスでもそうだが、政治コメンテーターのほとんどは、これまでの政治の動きの延長で将来を予測し、その枠内で行動しようとする。その将来の予測が共有されてくると、一定の範囲から離れられない(英語ではよくHerdingと言うが)という状態に陥る。それが、思考の足かせとなる。これが、ほとんどの世論調査会社がイギリスの2017年総選挙の予測を誤った原因でもある。

政情やタイミングにもよるが、政権政党の過ちを攻撃するだけでは、より多くの有権者の支持を得るのは難しい。さらに、もし民進党が党内で誰もが合意できる政策を打ち出そうとすれば、新しい、魅力のあるものが何も生まれないことになりかねない。むしろ、はっきりしたイメージをもとに、強い方向性を訴えて、その方向に党を引っ張っていくことが必要だろう。つまり、他の人を説得していく過程で、党内に強い求心力を作っていくということである。かつて小泉元首相が自民党の党首に選出された際には「自民党をぶっ壊す」と主張したが、そのような強いものが必要とされるだろう。

なお、今年初めに日本に帰国した際、民主党の蓮舫党首の街頭演説を見る機会があった。その際の印象は、すべてがたるんでいるというものであった。党首のスピーチは地元の状況にマッチしておらず、話が浮ついていた。しかもその前の地元の人のスピーチも準備不足だった。街頭演説の準備作業自体もおぼつかないものだった。

話を聞く人の心をどのようにつかむのか、どのような言葉を頭に入れてほしいのか、また、党や党首に関してどのような印象を与えたいのかというはっきりとした考えなしに、単に「流している」という印象を持った。緊張感のないこの状況では有権者の支持の流れを自分たちの方へ向けることは難しいと感じた。基本的な方向性の見えない状況で、自らに有利な政治状況を作ることのできない五里霧中状態の反映なのだろうと思われた。民進党がこのような閉塞状態を打ち破り、有権者に希望の持てる将来像を示すことが再生への第一歩のように思われる。

現状のままで、小手先だけの政策提示に留まると、支持を失いかけている自民党とともに、有権者の不満に直接さらされ、都民ファーストに見られたように新しい政治勢力に有権者の関心を奪われてしまう可能性があるだろう。